――数千、いや数万だろうか
見渡す限り目に映る人に、シオが目を輝かせる。シオは感じていた、ライダーと、彼らの間につながるものを。
「こいつら、皆サーヴァントだ」
ウェイバーの言葉に、雁夜が瞠目する。こいつらが皆、宝具ではなくサーヴァント。死して尚、呼び声に従い集う彼らの姿は、絆の深さを痛感させる。
「ここは、かつて我が軍勢が駆け抜けた大地。余と苦楽を共にした勇者たちが等しく心に焼き付けた景色だ。」
見渡す限りの砂漠と蒼穹。これが、彼らが生きた景色。生命の気配を感じない景色なのに、ウェイバーにはそこが、恵まれたオアシスのように見えた。
「この世界、この景観を形にできるのは、それが我ら全員の心象であるが故」
固有結界――リアリティ・マーブルは、世界を侵食し、変化させてしまう魔術が故に、維持するのも、展開するのにも膨大な魔力を消費する。サーヴァントであっても、それは同じ。
ならば何故、ライダーにそれが可能なのか?
それは、結界の維持をしているのは、彼1人ではないからだ。展開だけはライダーが行っているが、後は勝手に――ライダー曰く――彼の生前の配下が押しかけてきて、結界の維持の魔力を提供している。全員が同じ心象風景を持っていること、そしてライダーとの深い絆があるがゆえに、彼が固有結界を持ち、宝具として展開することを可能としていた。
「見よ、セイバー。これが余の王道の果てだ」
ライダーの言葉など耳に入っていないのか、セイバーが軍勢を見回している。幾万もの軍勢、これらすべてと、ライダーは友誼を交わし、信頼し、されているのか。これが――これが、ライダーの王道。
「王とは!誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」
「然り!然り!然り!」
ライダーの鬨に、軍勢が応える。その声は野太く、しかしどこまでもまっすぐに。
「すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王。故に!王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!」
「然り!然り!然り!」
嗚呼――これが征服王!彼の生き様の証が、そこにはあった。
そこにいた面々は暫し、その光景に見入っていた。
数分後、ライダーが展開を止める。元に戻った庭園の中で、ライダーが静かに問うた。
「これが余の王道――余は孤高ではなく、臣民と共にあり続けた。おぬしらはどうだ?その王道は孤高だったか?」
「無論だ。我の横に並び立つ人間などおらん」
ライダーの問いかけに、アーチャーは鼻で笑って答える。自身は、孤高であり続けたと。
一方、セイバーは暫し考えた後。小さく答えた。
「私は――孤高だったのだろう。人々の理想の為に、国の為に、身命を賭して殉じた。しかしその在り方は先ほど、ライダーに反論されたように、万人には受け入れがたかったのかもしれない」
「何故、そう思う?」
「言われたのだ……円卓を去る騎士に。“王は、人の心が分からない”と。ああ、そうだ。私には分からない。人々の理想のカタチであろうとした私には、隣に立つ者の真意も、忠誠を誓ってくれた者たちの真意も分からなかったのだろう」
騎士王――騎士の王。騎士道の果てにある形を成そうとしたがゆえに、他を知らぬまま王となってしまったがゆえに、理想に殉じてしまった王。
「だが、それでも。私はこのやり方を、王道を捨てる気にはなれない。この時代のものを見捨て、民を守る――そう決める覚悟もまだない。それでも、私は故国の民を救済し、民を守る剣で――理想の象徴であり続けたい」
だからこそ、自身は孤高であるべきだと、セイバーは告げた。
それは、なんて苦しい生き方なのだろう。雁夜はそう思い、しかし首を横に振る。彼女の生前を、実際に見聞きしたわけでもないのに、憐れんでしまっても仕方がない。
ライダーは、彼女の言葉に静かに頷いた。
「うむ。それが貴様の王道なれば、張り続けてみせよ。その細い腕、清らかな心で」
「ああ、張り続けろ。苦しみ、葛藤するその様は良い肴になる」
アーチャーの言はどう聞いても外道のそれだが、どちらとも、その王道に理解を示した。セイバーもまた、彼らの王道を理解している。第一、アーチャーに関しては、肯定も否定もしていなかったのだが。
三者三様、それぞれの王道が垣間見えたところで、それぞれがまた座り直す。まだ樽にも、アーチャーの酒器にも酒が残っている。問答はまだ続きそうだ。
と、外野になっていたシオがそそくさとやってきて輪に入る。ちょこんと座る様はやはり少女らしく。先ほどの得体のしれなさは感じられない。そのちぐはぐさが、かえって恐ろしいものに思えてくる。
そんなことを思われてるとはいざ知らず、シオはそういえば、とアーチャーを見る。
「アーチャー。アーチャーのマスター、ひるまのあとはどうだった?おへんじ、だいじょうぶそうか?」
それを今聞くのかお前ー!?
不意の爆弾に、雁夜たちが頭を抱え、セイバーとアイリは唐突な話題に首を傾げる。アーチャーはにやにやと楽し気な笑みを浮かべて答えた。
「あれはいっそ滑稽なくらいに動揺していた。何せ、自身の娘がああなっているとは思っていなかったようだからな――あの娘に関しては愚かな事態を招いたと思っているがな。なんだ、我は子どもは好きだぞ?――。
聖杯戦争の資料についても目を通していたな。我にも関係することだから目を通したが……憶測が多いものだったが実に有意義な資料だった。いいおつまみになったぞ」
おおむね良好な反応だったようだ。「おつまみとは何事だ!あれは私が必死に書き上げた――」「先生落ち着いてくださいよぉ!」だなんて聞こえてくるが外野の雑音なので気にしてはいけない。
だが、とアーチャーが顔を顰める。
「聖杯に何かしらの異常がある、と書かれていたが、根拠はあるのか?」
「んーと、シオがしょうこにはならないか?シオ、せいはいせんそうもしらないし、まだいきてるし、よばれたいとかおもってもなかったぞ」
「――待って、どういうこと?」
一連の話に食いついたのは、アイリ。聖杯を用意する側の人間として、その話題は聞き捨てならないものだった。
どういうことって、どういうことだ?とシオは首を傾げる。が、アイリは眦を吊り上げて毅然とした表情で詰め寄ってくる。
「聖杯に異常があるって部分よ。そんなことあり得ないわ」
「あり得ないって、どういうことだよ」
断定するように言うアイリに、ウェイバーが聞き返す。聖遺物である聖杯もまた、聖堂教会が管理しているものだと思っていたのだが、違うのか。
「
「え、毎回アインツベルンが持ってきてるのか!?じゃあ、確かに問題があるなんて――」
「――待て、アインツベルン。今何と言った?」
ケイネスが、耳ざとく反応する。他の面々も、一様にアイリを見つめていた。
「……何よ」
「今貴様がなんと言ったのかと問うている。“小”聖杯、と言ったのか、貴様は」
「そう、だけど……」
アイリから返ってきた肯定の返事に、ケイネスの表情が変わる。
「――ならば、他にも聖杯があるのだろう?小と付くくらいだ、他にそれと比較する聖杯、例えるならば――
「!!」
思わぬところから転がり出た情報に、ケイネスの口元が緩む。景品とされた聖杯とは別の、もう1つあるかもしれない聖杯。何やら、謳い文句とは違う部分が、他にもあるのではなかろうか。
「アイリスフィール、それは本当ですか」
セイバーもまた驚いているということは、彼女も知らされていなかったのだろう。アーチャーの表情も硬いことから、彼もまた知らなかった可能性がある。
アイリが沈黙する中、ケイネスの追及は止まらない。
「仮に小聖杯とやらの他に大聖杯なるものがあったとしたら。そちらに異常があるかどうかは、それこそアインツベルンの埒外なのではないか?」
「――」
沈黙は、肯定そのもの。反論しないということは、ケイネスの論が事実だと認めているようなものだった。
答えないアイリに、ケイネスはため息を吐く。
「……聖杯戦争のシステム、ないし聖杯が如何様に優勝者の願望を叶えるのか。洗いざらい吐いてもらおうか」
御三家の人間が目の前にいる上、邪魔をしてくるであろうあの男はどういうわけか不在と見える。この機会を逃すわけにはいかない。
アイリも、他の陣営もさることながら、自身を守ってくれているセイバーにも詰め寄られてしまえば、口を開かざるを得なかった。彼女は非情な人間ではないのだ。
「……あなたが言った通りよ。この地にはもう1つ、大聖杯と呼ばれるものがある。それが、聖杯戦争を始めるのに必要な魔力を蓄えているの――」
アイリの口から聖杯戦争の絡繰りが語られた。
――それを、彼らを見張っていたアサシンの報告から知った時臣は、しかし何も行動は起こさなかった
娘の事、そして大聖杯に異常がないかどうか、その可能性を踏まえて今後どう対処するべきかを考えなくてはいけなかったからだ。
故に、酒の席に無粋な訪問者は現れることもなく。
そこにいた全員が、聖杯戦争の正確な知識を得るに至ったのだった。
※時臣は根源に至るための方法(全サーヴァント死亡が条件)も知られる可能性をうっかり忘れています
まだ続きます……こんなに長引く予定はなかったぞ、どうなっている!