まだ続くんじゃよ
この世のすべては我のもの、と言い切ったアーチャーに、全員が様々な困惑の表情を浮かべる。彼の持つ力の性質は理解できたが、それにしたって高慢、そして強欲だ。
と、ライダーがその言葉に対し、最もな質問を投げかける。
「では貴様、昔聖杯を所有していた事があると?どんなものか正体も知っていると?」
聖杯の実態は、御三家の人間以外誰も知らない。ウェイバーが言っていたように、これは「見たこともないものをとりあう戦い」とも言えた。
だからこそ、その形をアーチャーは知っているのかとライダーは問いかけたのだが。
「知らぬ」
「は?」
返ってきたのは大半の予想に反して否。話を聞いていた面々も呆けており、皆一様に、ライダーと同じような心境なのだろう。アーチャーはそんな中でも言葉を重ねていく。
「雑種の尺度で測るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を超えている。だが、宝である時点で我の財であるのは明白だ。それを勝手に持ち出そうなどと、盗人猛々しいにも程がある」
この世の宝は我のもの。だから景品に出ている聖杯も、最初から自分の物であり、他の面々がそれを巡って争うのは盗人まがいの行いだと、彼は言いたいのだ。うむ、いっそ素晴らしいくらいのジャイアニズムである。素直にシオは感心してしまう。
だが、セイバーはその言動に不快感を覚えたらしく、顔を顰めてその言葉を切り捨てる。
「お前の言は、キャスターの世迷い言と全く変わらないな。錯乱したサーヴァントは奴だけではなかったらしい」
その言葉にアーチャーもまたセイバーに鋭い目を向ける。一気に不穏な空気が漂ってきたが――それを見逃すライダーとシオではない。
「いやいや、どうだかな。何となくだが、この金ぴかの真名に心当たりがあるぞ、余は」
「ほらセイバー、どうどう、だ」
ライダーが間に入り、シオがセイバーを宥める。ライダーの言葉にアーチャーの注意が向いたらしく、視線がずれたことで一旦は事なきを得た。
「ほう?」
「余よりもでかい態度の王など、この世に1人しかおらんわ。……では、あれか?お主の承諾さえ得られれば、聖杯を得ることも可能だと」
「左様。だが貴様ら如き雑種に、我が褒賞を賜わす理由はどこにもない」
「貴様、もしやケチか?」
暗に参加者の誰にやる気もない、と言い切るアーチャーにライダーがぽつりともらす。が、アーチャーはそれも戯け、と一蹴する。
「我の温情に与るべきは、我の臣下と民だけだ。故に、お前が我の元に下ると云うならば、杯の一つや二つ、何時でも下賜してやって良いぞ?」
自らの民、臣下に下るのならば、いくらでも褒賞を与える。彼もやはり、自身の民にはある程度は寛容になるのだろう。
だが、そこはライダーも一国の王だった存在。蹂躙し、他国を吸収していく側の存在だ。おいそれとそんな誘いには乗れない。そりゃできん相談だわなぁと笑うライダーに、これあの倉庫街でお前がやったこととほぼ同じだぞと、内心で思った。あきれ顔のケイネスも、きっと同じ心持ちだろう。
「でもな、アーチャー。貴様、別段聖杯が惜しいって訳でも無いんだろう」
しかし、そこで追及を止めるライダーではなく。さらなる問いかけに、アーチャーも言葉を返す。
「無論だ。だが我の財を狙う賊には、然るべき裁きを下さねばならん。要は筋道の問題と云う奴だ」
「つまり何なんだアーチャー、其処にはどんな義があり、どんな道理があると?」
「――法だ」
至極当然の事実だと、当たり前のことだと言わんばかりに、アーチャーは言い切った。
「我が王として敷いた、我の法だ。貴様が犯し、我が裁く。問答の余地など何処にもない」
善か悪かではなく、法に反するか、反しないか。それだけを持って、アーチャーは相手を裁定する。そのカタチは、誰でも持っているもので、しかしこれほど堂々と言い切る人間は初めてで。シオはアーチャーが王たる所以を、本能的に感じ取った。
「うむ。となると、後は剣を交えるのみ」
アーチャーの言に乗る形で、ライダーが宣戦布告する。アーチャーの宝である聖杯を奪う、と。アーチャーもまた、それがライダーの在り方だと知っているからか、否定することは無かった。
ふたりともなかよくなった、のかな。とシオが見守りながらライダーにもらったジュースを啜っていると、森の中から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。ぱ、と立ち上がって走り出す。
「あ、おいバーサーカー!どこ行くんだー!」
「マスターがきたから、むかえにいってくるー!」
ウェイバーの声にそう返し、シオは森の中へと走っていった。ほんっと、自由に動き回るサーヴァントである。
突然の行動に3人も数瞬固まったが、セイバーが1つ咳払いをし、その空気を打ち破った。
「征服王よ。お前は聖杯の所有権が他人にあるものと認めたうえで、尚且つそれを力で奪うのか?――そうまでして聖杯に何を願う」
セイバーの問いかけに、ライダーは少し気恥ずかしそうな表情を見せ、数秒口ごもったのちに答えた。
「――受肉だ」
「はぁ?」
―――――――――――――――――
昨日の今日で、またここに来るとは思わなかったな。そう思いながら、雁夜は森の中を進んでいく。昨日はあったはずの結界がないのはどういうことだと思ったが、どうせライダーかシオ辺りが壊したのだろう。
昨日と同じように、城に向かって走り出す。戦闘音は聞こえてこないから、穏便に飲み会は始まっているのだろうけれど、実際に見てみないと安心できない。
と、城の方向から自身のサーヴァントが走ってきた。
「バーサーカー」
「マスター、やっとこられたんだな」
そう言って笑うシオの腕には、瓶が抱えられている。誰かに飲料を貰ったらしい。ラベルを見て普通の飲料だと確認、これで酒だったら没収するところであった。
シオに案内されながら、雁夜は現状について話を伺う。
「いま、向こうで何してるんだ?」
「えっと、せいはいをだれがもらうのか、カク?をきそうんだってー!」
憂さ晴らしの飲み会じゃなかったのか。いや、会場がこの場である時点でその趣旨からは確かに外れていたが。向こうも、サーヴァントの行いには振り回されてばかりだ。
「でな、いまはライダーと、セイバーと、アーチャーがいる!」
「待てアイツもいるのか」
「そだぞ」
本当に来たらしい。そういう部分はノリがいいのか。考えてみると、時臣のサーヴァントだと意識していたが、彼の人となりは全く知らない。敵を知る意味はあまりないが、これはいい機会だ。他の陣営の望みも分かるだろう。
道中で、さらに話を聞くと、アーチャーの望み――というか、目的が分かった。いろいろな意味で規格外のサーヴァントだと、雁夜は思った。時臣みたいに型に嵌ったような人間とは、確かに嚙み合わないだろうとも。もう少し奔放に駆けまわるマスターの方が、相性が良かったのではなかろうか。それでも契約は切らない辺り、それなりの信用関係は築けていそうだが。
シオに案内された先は、自分が入った城の内部を抜けた先の庭園。酒器がいくつか置いてあり、マスター陣もサーヴァント陣もいるのを鑑みる辺り、ここが酒宴の会場何だろうが――
「なぁ、バーサーカー。なんでこんなに重い空気が漂っているんだ」
「シオしらない、さっきまでこんなんじゃなかったぞ……」
セイバーが肩を落とし、アーチャーは哄笑を浮かべ、アイリとウェイバーは困惑の表情を。先ほどまで嬉々として話を仕切っていたライダーはセイバーを睨み、頭を抱えていたケイネスもまた、怒りの目をセイバーに向けている。一体、シオが抜けた数分の間に、何があったのか。
この中で唯一話がまともに聞けそうなウェイバーに、シオと雁夜が近づく。
「なぁウェイバー、何があったんだ?」
「あ、カリヤさん、か。いや僕にもよくわかんないんだ。ライダーとセイバーが、自分の望みを言っていったんだけど……ライダーは受肉で、セイバーは故国ブリテンの救済だって」
でも、セイバーの望みを聞いてから、アーチャー笑いっぱなしだし、ライダーはセイバーを罵倒するし、ケイネス先生もなんでか怒り始めるし。
本当に分からない、と言いたげにそう説明するウェイバー。が、雁夜とシオは違った。そこは生きた年数、積んだ経験の違いだろうか。
「ああ……うん」
「うーん、なんとなく、わかっちゃったぞ」
それは怒っても仕方ないな。笑うのは知らん。
そだな、うん。
訳知り顔で頷く雁夜とシオに、納得がいかないと力なくセイバーが口を開く。
「貴方たちも、私の望みは間違っていると言いたいのですか」
「いや……間違ってはいないと、思う」
「うんうん」
「……は?」
予想していた答えとは違う返答に、セイバーが顔を上げる。ちょっとここいいか、と言って、雁夜とシオはその輪に入った。
「なんて言えばいいんだろうな……。そういえば、セイバーの望みを、なんでライダーたちは受け付けなかったんだ?」
「……こやつの望みは、自らの治世を悔やみ、それらすべてを否定するという事。民が尽くすのが王だというのに、民の為に自らを捧げるのを良しとし、偶像に縛られただけの、哀れな小娘のな」
突然の問いかけに、ライダーが答える。雁夜はふうん、と相槌をうち、だけどさ、と口を開く。
「最低最悪のどん底に落ちた時さ、誰だって思わないか?【あの時、ああしていれば】って」
確かに、自分がしてきたことを悔やみ、それを帳消しにするというのは、人を率いる立場の人間がしていいことではないのだろう。責任問題、ともいえる。
だがそれ以前に、誰だって一度は、それこそ一瞬でもその思いが過ることがある。
――あの時、ああしていれば、と
「もしかしたら、
淡々と、雁夜は語る。
「ライダーが怒ってるのは、それが自分の思う王道とは違うからだろう?違うのは当たり前だ。だってセイバーはライダーじゃないんだ」
王道。そう一言にしてみたところで、その道は人それぞれ、千差万別だ。どんなあり方も、カタチは様々だと、雁夜はもう知っている。
セイバーとライダーは違う。当たり前の事実だが、ライダーが言葉を呑むには、十分なものだった。
次いで、雁夜はケイネスに訊ねる。あなたは何故、怒っているのだと。セイバーはまた責められるのだと身構えるが、それは違った。
「――セイバーの望みの是非は知らん。過去を変えたくなる位には愚かで欲深だったというだけだ。だがな、過去を変えるというやり方だけは認められん!それは人理定礎をゆがませ、今この時代を破壊しかねない望みだ」
やり方がいけないのだと、ケイネスは言う。彼はどこまでも、魔術師だった。他の魔術師よりも良い点は、それでセイバーの望みを全否定するわけではなかった部分だろうか。
思わぬ場所からの援護に、セイバーも呆けた表情を浮かべる。と、今度はウェイバーが呟いた。
「僕も、セイバーの願いは、間違ってないと思う」
「ライダーのマスター……」
「だって結局は、もう死んだ存在のサーヴァントが自分の望みの為に戦ってるのは変わりないだろ。そういう意味じゃ、ライダーや、あ、アーチャーだって死んだくせに願いやら望みを持ってて、我儘だし、欲深じゃんか!」
「ほう?」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
アーチャーに睨まれ、思わずライダーの背中に隠れるウェイバー。だが、「は、発言は撤回しないぞ!」とだけは主張することを忘れなかった。
アイリも、よくわからないけれど、と前置きをしてから話し出す。
「セイバーみたいな、優しい王様がいてもいいと、私は思うわ」
「アイリスフィール……」
短い肯定。しかし、それが、今のセイバーにはとても強いものに聞こえた。
空気の変わった流れの中で、ライダーは気まずそうに頭を掻き、アーチャーはその中でも楽し気にその光景を眺めている。その目が行く先は――シオ
雁夜の言葉を肯定する形で頷いた以外は、何も発していない彼女に視線が集まると、シオはぽつぽつと話し始めた。
「セイバーのねがいも、ライダーのねがいも、アーチャーののぞみも。それぞれのおうどうも、べつに、いいんじゃないか?」
――夜はまだ、明けない
ちょっと、セイバーを上げ直し過ぎた気もしてきます
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次回はシオのターン……になるはず