Fate/GODEATER   作:ユウレスカ

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工房編ということもあり、知ってる方もいると思いますが念のため

残酷描写にご注意ください


第29章―やすらかなねむり―

「う、ぐ……ぅぷ」

「坊主、無理をせん方がいい、思い切り吐け」

「わかっ、ぶえぇぇぇ……」

「――あの森でも思ったが、やはりキャスターは魔術師の面汚しだな」

 あまりの惨状に吐き出すウェイバーを他所に、ケイネスは表面は冷静さを保ちながらも、内心は怒りに震えていた。これが、魔術師のすることか。崇高な目的の為ならばともかく、ただ己の快楽のために無関係の少年少女を弄び、あまつさえ死なせもしないとは。

 そう――彼らの目の前は、まさに生き地獄だった。

 方々から子どものうめき声、泣き声、助けを求める声が聞こえてくる。彼らはまだ生きている――否、()()()()()()()

 だが、そんな彼らの姿かたちは、とても見ていられないものだ。

 ある者は腸を腹から引きずり出され、杭で打ち付けられ。

 ある者は目をくりぬかれ、まるで洗濯物を干すかのようにぶら下げられ。

 ある者は生きたまま解剖されている途中で。

 ある者は腰掛けろと言わんばかりに、おかしな方向に曲げられた四肢で体を支えていて。

 そんな、筆舌に尽くしがたい状態でも、彼らは生きてしまっていた。いっそ狂ってしまえれば楽なのに、それさえもできていなさそうなのは、キャスターが何かしたからだろうか。

 胃の中身をすべて吐き出しかねない位に、戻し続けているウェイバーを他所に、ケイネスはまだ無事な子どもがいないかを探し始める。無事ならば暗示を施し、解放してやらねばならない。なるべく彼らの体、そして引きずり出されている臓物を踏まないよう、歩いていく。

 冷静な様子のケイネスに、ウェイバーは自分がみじめな者に思えてきた。いや、むしろケイネスが得体のしれないものに思えてきたのかもしれない。これほどの惨状の中、眉一つ動かさずにいられる神経が分からない。

「なんで、こんなことできるんだ……これが、本当の魔術師だっていうのかよぉ……!」

「いや、坊主、お前の感性は正しい。お前くらいの年で、これに動揺せん方がおかしいわ」

「でも、先生は冷静じゃんか……」

「それは違うだろう……余にも、あやつの本心は分からんがな。あれは教師――上に立つ人間だ。それが動揺していては、下の者も落ち着いてはいられんだろう?」

 それは、立場こそ違えど、同じように誰かの上に立つライダーだからこその評価と言える。上が惑えば、下が惑う。まして、この場に自身の生徒であるウェイバーがいればなおさらだ。多少丸くなったとはいえ、ケイネスのプライドは高い。誇りある貴族の魔術師として、教師として。動揺している姿を生徒に見せるわけにはいかない、というのは間違いない事実だった。

 どうにか落ち着いたウェイバーは、それでも子どもたちの惨状を直視できず、しかしなるべく目に焼き付けながら、工房の中を歩き回る。この1人1人に親がいて、もしかすると兄弟/姉妹もいて、友達が、普通の生活が、幸せがあったこと。そして、それを奪ったのは聖杯戦争と言う、魔術師の勝手な儀式だということを、自身に刻み付けるかのように。

 と、ケイネスがウェイバーとライダーを呼ぶ。子どもたちを踏まないようにそちらに行くと、工房の隅に処刑を待つかのように、数人の子どもたちがぼんやりと立ち尽くしていた。どうやら暗示をかけられているようだ。

「暗示がかかったままのようだからな、ちょうどいい。再度念のために暗示をかけて、連れていくぞ」

「は、はいっ」

 まだ、無事な子どもがいた。肝心のキャスターたちはいなかったが、それでも、ここを襲撃した意味はあったのだ。

 ケイネスがしっかりと暗示をかけていく。一瞬でキャスター陣営の術を解除して、素早くかけ直したのを見た時はウェイバーも瞠目した。

「ウェイバー君、これがちゃんとした暗示だ。基本中の基本なのだから、このくらいはできるようになれ」

――いやあのレベルはすぐには無理ですよ!

 教師として発したケイネスの言葉に、ウェイバーは内心でそう返す。彼の言葉の真意はそこではないのだが、それに気づくのは後になってからだった。

 後は彼らを外に連れていくだけだが――その前に、やらなければいけないことがあった。

「ライダー」

「おう」

 ウェイバーの言葉に、ライダーが戦車に先に乗る。ケイネスも意図に気づいたのだろう。子どもたちをなるべく目の前の惨状から距離を取らせた。

「この工房を――焼き尽くせ」

「ああ!駆けよ、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!――この者たちの苦しみを、終わらせよ」

 乗り手の言葉に従い、戦車は駆ける。

 子どもたちが焼けていく。苦しませたくないという、ライダーの情けだろう。一瞬で常人ならば焼き切れそうなほどの熱量の炎。彼らの悲鳴はもう、聞こえてこない。

 焼けた影響で、人体の油分が空気中にまき散らされているのだろう。唇のあたりがじっとりと濡れていく感触がする。あまりの臭い、そして風圧で飛び散る肉片に、目をそむけたくなる。それでも、逸らすわけにはいかなかった。これが――これが、相手がどんな人間であれ、魔術師の行いの、1つのカタチなのだから。

 

――ありがとう

 

 そう、幼い声が聞こえたのは、気のせいでなければいい。まだ、生きたいと願っていただろう子どもを、助からないとして意識のあるままに終わらせたのは、まぎれもなく、自分たちなのだから。その一言だけで、背中の何かが、軽くなる気がして。

 ケイネスもまた、沈黙したまま、燃えていく工房を見ている。その表情からは、相変わらず真意は見えない。だが、彼は怒っているのではないかと、ウェイバーは思った。

「先生、ライダー」

 戻ってきたライダーと、ケイネスに、ウェイバーは宣言する。

「キャスターとそのマスターは、僕たちで捕まえるぞ」

「――おう」

「ふん、それが妥当だな」

 聖杯戦争の是非が分からない今、迂闊にサーヴァントを討伐は出来ない。だから、被害が出る前に、迅速に拘束する。

――ウェイバーにまた、新しく戦う理由が増えた瞬間だった

 

 

「……とりあえず、当分は肉を見たくない」

「あれくらいでそうなっては、魔術師としてやっていけんぞ。……だが、確かに肉を見るたびにあれが思い出されるのは嫌なものだ」

「うーむ……では、鬱憤を晴らすために酒飲みはどうだ?」

「はぁ!?/ほう?」

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 同じころ、シオと雁夜はそれぞれ手分けして、キャスターの捜索にあたっていた。本来ならば単独でマスターが行動するなど言語道断だが、空いた時間に行う鍛錬で、ある程度は戦えるようになってきている。サーヴァントには確かに勝てないだろうが、令呪でもってシオを呼ぶまでは生き残れるだろうと、2人は判断したのだ。

 文字通り人外のシオの陰に隠れがちだが、雁夜の身体能力、そして五感ともに、すでに人間のそれとは離れ始めている。偏食因子がしっかりと馴染んでるのだろう。五感が最初のころよりも研ぎ澄まされているのを、雁夜は実感していた。

 使い魔である蟲を飛ばして情報を探りながらも、自分も駆け回ってキャスターの痕跡を探す。ケイネス達がもう手を打ってる可能性はあるが、桜が巻き込まれる可能性がある以上、じっとしてなどいられない。遠坂の面々と彼女を会わせると決めたのだ、早く聖杯戦争なんて終わらせなくては。

 そうやって探し始めたのは夕飯後、早い人なら寝ている時間帯。児童を誘拐して行っているキャスターたちだけでなく、聖杯戦争の参加者も動きやすい時間帯だ。警戒しながらも、雁夜は人気のない路地裏を中心に捜索を続ける。

――と、シオからパスを通して念話が届く

「……はぁ?」

 内容は、なんと酒盛り。この聖杯戦争の真っただ中で、どこかで合流して酒盛りをしようというのだ。提案者はライダーで、先ほどキャスターの工房を破壊してきたらしい。幸か不幸か、キャスターたちはいなかったが、無事だった児童たちは無事に保護したとか。

 ……無事だった、とつくからには、恐らく無事ではなかった子どももいたのだろうが、そこは言っても仕方ない。詳しく触れていないところを見るに、よほどひどい惨状だったのだろう。何人かでも助けられたのなら御の字だ。

 偶然シオと合流したという彼らは、どうやら他にもすでにアーチャーに声をかけてきたらしい。まさかの時臣のサーヴァント。しかも肯定の返事こそ聞けなかったが、行く気はありそうだったとか。シオも乗り気らしい。とことん自由だなこいつら。マスターの方が聖杯戦争を意識しているぞ。

 場所を聞いてさらに頭を抱える。確かにあの城の庭は広かったけれど、だからといってセイバーたちの本拠地に行く意味はないだろう!え?王としての格を競う?聖杯問答?だったら寧ろ王ではない主従(おれたち)要らないんじゃ……あ、同盟相手だからか、そうですか。

 サーヴァントが乗り気なら仕方ない。彼らの手綱はとてもじゃないが握ることが出来ない。令呪?そんなので縛るのは嫌だ。

 仕方がない。キャスターの捜索は一旦打ち切ることにする。ライダーも彼の提案に賛同しているシオも、全く何も考えないでそういった行動を起こすことはない。やはり、工房の中でいろいろと思うところがあったのだろう。

 彼らとの合流地点を決め、向かおうと路地裏から出ようとした時。

「……!」

――今ほど、雁夜は鋭くなり過ぎた五感に感謝したことは無い

 常人ならば聞き逃すほど、遠くから聞こえた声。深夜に近づき、それでも雑音が多い中で、雁夜はしっかりと、1年ぶりにその幼子の声を耳にとらえた。

「凛ちゃん……!?」

 時臣の奴、監督者責任どうしたんだ!いや寧ろ葵さんか!?

 いや、責任の有無は兎も角、今は彼女を保護するのが先だ。時間帯的にも子どもが歩いていい時間帯ではないし、何より今は聖杯戦争の真っ最中だ。しかもキャスター陣営のターゲット層ど真ん中、危険要素が多すぎる。

 いや、それよりも、彼の足を速めたのは、聞こえてきたのが彼女の悲鳴だったからだ。既に巻き込まれている。何してるんだあの子は!

 シオに合流に少し遅れる旨を連絡し、雁夜は夜の街を全速力で走り出した。




凛ちゃんの冒険、もう少しだけ続きます

聖杯問答は次の次、くらいかと

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