ケイネスがマッケンジー宅に帰宅すると、マーサからウェイバーがまだ起きていないことを知らされた。
「何か朝まで作業していたみたいでして……そっとしておいてもらっても宜しいでしょうか」
「急ぎの用ではありませんからね、大丈夫ですよ」
ふ、と口角を上げてそう告げる。以前ならば、魔術師でもない人間と接するなど御免だと思っていたのだが。この地に来てから、己の面の皮が厚くなったとケイネスは自己分析していた。
グレンへも朝の挨拶をして、ウェイバーの部屋に戻ると、作業をし終わった後に力尽きたのだろう、散らかった部屋の床にウェイバーが死んだように眠っていた。ライダーがベッドに上げればいいだろうにと思ってそちらを見ると、ライダーがそこで何やらテレビに向かってゲームをしていた。
「何をしているんだライダー」
「おお、戻ったかケイネス。いや何、今の世の娯楽に興じておったところよ」
見れば分かる。見れば分かるが納得できない。自身の体格よりもかなり小さい箱を睨みながら、これまた彼の手には合わない位に小さいコントローラーを握ってゲームをしている大英雄……ちぐはぐすぎて頭が痛い。召喚してからではないと実際の人柄が分からないとはいえ、自分が彼を召喚しなくてよかったと、ケイネスはつくづく思う。ランサーも大概だが、あちらは命令を少しは聞くのでまだましだ。ソラウの件は許さないが。
大戦略とかいうゲームに興じているライダーは放っておき、ウェイバー――彼に毛布が掛けられているのはライダーの親切なのだろう――の周囲に散乱している道具を片付ける。非魔術師がいるというのに、道具を出したままなのは頂けない。見たところ、水に魔術的痕跡がないかを調べていたようだ。基本中の基本とはいえ、手間がかかる分正確性は保証できる。彼なりに最善を尽くしたようだ。当たり前の事なので、べつに褒めることもないが。
彼が印をつけた地図を拾い上げ、推定されるキャスターの拠点を確認する。一晩かけたこともあり、場所はかなり狭まっているようだ。使い魔を放ってその付近に怪しい場所がないかを探すことにする。
ウェイバーが起きるまでどうしていようかと思いながら、自身の部屋としてあてがわれている客室に戻ろうと廊下に出ると、ちょうどグレンがやってきていた。
「ああ先生。ウェイバーはまだ眠っていましたか」
「ええ、それはそれはぐっすりと。あれだと恐らくは、夕方くらいまでは眠り続けるかと」
そうケイネスが答えると、では、といってグレンは微笑む。
「大人同士の時間、と洒落こみますか?」
いい茶葉が手に入ったんですよ。そう言って、グレンは笑みを深めた。
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ウェイバーが起きたのは、ケイネスが予想した通り夕方ごろだった。
「んん……よく寝たぁ」
寝ぼけ眼のまま起き上がったウェイバーは、固い床で寝てしまったために凝った体をほぐして立ち上がった。何故か寝ていた時より片付いている部屋に内心首を傾げて、何やら書物を読んでいるライダーに声をかける。
「ライダー、お前が片付けたのか?」
「おう、起きたか坊主。片付けたのはケイネスだ」
「先生戻ってきてたのか!?」
つまりは自分の間抜けな寝顔を見られたというわけで。羞恥でウェイバーは頭を抱える。と、部屋の扉が開く。入ってきたのは話に上がっていたケイネスだ。
「……起きたのか」
「あ、はい、すいません遅くまで作業していて」
「言い訳はいい。夕食を食べたら工房に襲撃を仕掛けに行く」
「わ、わかりました」
どこか不機嫌な様子のケイネスに、ライダーがおや、と首を傾げる。朝この部屋を片付けて出ていった後に、何かあったのだろうか。
そんなライダーの心情をよそに、ケイネスはふん、と鼻を鳴らして部屋を出ていく。そこもまた、今までの行動から考えて違和感があるものだった。ウェイバーもさすがに不思議に思ったのだろう、ライダーを見る目はどこか暗い。
「僕かお前か、先生に何かしたか……?」
「朝あった時は特に何もなかったがなぁ」
その後には会っておらんし……と顎に手を当てて考え込むライダー。本人に聞けば話してくれるかもしれないが、いらないことも次いでとばかりに載せられそうな上、結局話してくれない可能性もある。
ウェイバーはとりあえず今は訊ねないことに決め、服装を整えてからリビングに降りていく。ライダーは夕飯後の行動の為、部屋で準備をしておくことにした。
夕食の席の間も、ウェイバーの疑問は解決するばかりか逆に深まるばかりとなった。
「ほら、先生もこちらをお食べください。サシミですよサシミ」
「サシミ……確か、生魚でしたか。いただきましょう」
「おや、初めてだと抵抗がある方が多いと言いますが、先生は平気なんですね」
「元々、日本の昔ながらの文化は興味がありましてね……ふむ、確かにこれは、美味だ」
――ケイネス先生が友好的になっている……!?
明日辺りに天地がひっくり返るんじゃないかとか、むしろケイネスが何か特殊な銃で撃たれて再起不能になるんじゃないかとかいろいろと考えてしまうくらいには、目の前で夫妻とにこやかに、明らかに以前よりも柔らかい雰囲気で話しているケイネスが信じられなかった。
どうした、本当に何があったんだ。
疑問が脳内を占めていたからか、夕食の記憶がほとんどない。かなりおいしそうな物だったが、味すら覚えていなかった。気づいたら外出するために玄関に立っていた。どれだけ考え込んでいたんだ自分は。
「じゃあ先生、ウェイバーのことをよろしく頼みます」
グレンがケイネスに頭を下げている。どんな言い訳をしたのだろうか、それとも暗示?
ケイネスは、事務的な笑みを浮かべて、その言葉にうなずいた。どこかその目が、よくわからないものを抱いているように、ウェイバーは思えた。
グレンはウェイバーと外から帰ってきた体のライダー――アレクセイと、グレン達からは呼ばれている――にも挨拶をすると、家の中に戻っていった。それを確認し、3人は目星をつけた地点へと移動を開始した。
「――自身の実力を顧みないから、ああなるのだ」
苦虫を嚙み潰したようなケイネスの独白は、ライダーの操作する戦車の音で、誰にも聞こえることなく潰れていった。
グレンは、先に眠ってしまった妻のマーサを寝顔を見る。ここ数年見ることのなかった、穏やかなそれに、思わず顔がほころんだ。
ふと、先ほど見送った3人が脳裏に浮かぶ。戸惑ったようなウェイバーに、相変わらず凄まじい雰囲気を持っていたアレクセイ。そして――自分が、酷なお願いをしてしまった、ケイネス。
「若い者に、あんな表情をさせてしまうなど、年寄りとしては情けないなぁ……」
申し訳なさそうにひとり呟くが、彼自身からそういった姿勢でいないでほしいと言われてしまった。謝罪することは許されないと。寧ろ、自身の生徒の落ち度だと、彼は言っていたか。
それはそうかもしれないが、今は、彼も我々の孫なのだ。あまり強くは当たらないでほしいと思う。
用意していたホットコーヒー片手に、窓からのぞく星空を見る。この空を、彼らと共に見上げられる日が来ることを、グレンは切に願った。
ウェイバーが見当をつけ、ケイネスが発見した場所は、巨大な下水路だった。確かにここならば、簡単に隠れられるうえ、工房としての応用も可能なのだろう。結界が張られてはいたが、必要最低限のものだ。
だが、ライダーは魔術師的側面ではなく、1人の戦略家として、その工房の立地を素直に評価した。
「隠れるのにここは確かにうってつけのようだな。バーサーカーの鼻でも気づけなかったことから、魔術的側面さえなければ、ここは最後まで気づかれなかった可能性が高いのではいないか?」
「確かに、それはあるかもな。市内にこのくらいの下水路は複数個所あるし、他にも拠点候補地はある。そういう意味じゃ、やっぱりあいつは立派な軍人だったってことか」
分析するライダー主従を横目に、ケイネスは下水路の入り口を注意深く見る。今回は敢えて礼装は使用していない。アサシンが生きているならば、敢えて姿を晒し、誘い込もうと考えたのだ。
そんな彼の思惑も知らず、ライダーは戦車を進めて奥へと向かう。
進むごとに、突き進むごとに増していく隠しきれない鉄の臭いに、3人が顔を顰める。しかも、それと共にわずかながらに声が聞こえてくる。
「ライダー、急げ、まだ生きてる子もいるかもしれない!」
「……おう」
声を明るくするウェイバーに対し、ライダーの表情は硬い。ケイネスもまた同様だ。
そして、キャスターの妨害もなく、アサシンの襲撃もなく、工房に辿り着いた3人。
――そこにあったのは、地獄だった
察した人向け
Q対応緩くね?
Aあの人はまだ人でなしじゃないと思ってるので、あとあの人の人の好さからやらなくても大丈夫だと思ったんじゃないかな
結構考えました、そうするか否か
この時にすでにその自覚があったかは不明なんですが、そろそろなのかなぁと思って
次回、工房襲撃後編と、凛の大冒険の予定です