遠坂邸、その門扉の前。
シオとアーチャーは対峙していた。半ば警戒心を露にするシオに対し、アーチャーは相変わらず嘲笑を浮かべている。
「そうこがいからおもってたけど、おまえ、なんでシオのことしってるみたいにはなすんだ」
「何、我は少しばかり〝目〟がいいのでな」
「こたえになってないぞ」
がるる、と歯を見せて威嚇するシオを、アーチャーは鼻で笑って一蹴する。
「ただ我は貴様を見て情報を読み取ったにすぎん。抑止の使いでありながら理に逆らった獣だとな」
「……みただけで、わかっちゃうのか」
「我だからな」
当然だと言わんばかりの態度に、さしものシオも戸惑い気味だ。相手の過去を見る、というものであれば感応現象が挙げられるが、それでも対象に触れることが必要だ。
人の形をしているのに、その範疇は人の外。神の気配を漂わせている彼が、自分以上に規格外の存在なのだと、シオは痛感した。
相変わらず楽しそうな笑みを浮かべているアーチャーに、シオは倉庫街の出来事を思い出し、改めて謝罪する。
「えっと、おなかすいてたからだけど、アーチャーのたいせつなの、イタダキマスしてごめん」
ぺこり、と頭を下げるシオに、アーチャーはふと考え、あの時の事か、とつぶやく。
「すべてを喰らったわけではなかったからな、修復もできている。気にすることでもないが、次に相対した時に罰として我自ら叩き潰してやろう」
特に怒られることもなく、シオは首を傾げた。なんだか、あの夜に見た苛烈な印象だと、謝罪しても許してくれないのではないか、と思っていたのだが。
不思議そうにしているのを察したのだろう、アーチャーがシオを見る。その瞳に、何か自分を通して別のものを見ているような感覚を覚えて、シオは眉をひそめた。
「我も、そしてもう1人も、貴様と似たような存在だったのだ」
「ぬ!?」
それは初耳だ。つまるところ、彼は自分にとって大先輩ということになるのではないか?
そう思っているシオを他所に、アーチャーは話を続けていく。
「無論、貴様と我とでは出歴も違えば、出来具合も実力も我の方が上だがな。……だが、
「アレ?」
先ほど言っていた〝もう1人〟のことだろうか。シオは首を傾げる。
「
そう説明するアーチャーの顔は、なんと表現していいか分からない、複雑なものだった。懐かしんでいるようにも、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。その表情を表す単語を、シオは知らなかった。
「アーチャーは、そいつのこと、すきだったのか?」
「好き、だ?そのような安い言葉で
「ごめん」
キッ、と睨みつけてくるアーチャーに、シオはすぐに謝罪する。触れてはいけない部分だったようだ。
アーチャーはしかし、それ程気分を害した様子もなく、話を再開する。
「貴様と
「こうけい……んと、そいつが、シオのセンパイってことか?」
「我としては非常に不本意だがな。
その言葉で、ようやくシオは彼らしからぬ――と思っている――言動に納得がいった。つまるところ、彼はシオを通して、同じような来歴を持った〝あれ〟と呼称する存在を見ていたのだ。それは少し寂しいものだが、そうやって相手と接することはどんな存在でもあり得ることなので、シオは特に何も言わなかった。
「にしても……」
と、アーチャーがまたシオを見る。今度は何だろうか、とシオはまた首を傾げた。
「なに、貴様のような存在をガイアが生み出すとは、滑稽だと思ってな」
くく、とアーチャーは嗤う。どこか、自分の存在で何かおかしい部分はあっただろうか、とシオが疑問に思っていると、アーチャーが説明を始める。
「ガイアはあくまでも星を延命させる存在だ。世界を滅ぼすような存在を自ら生み出し、且つそれの後押しをするなど……よほど未来の生命は、星にとって厄介な存在だったようだな」
「でも、いまはシュウマツホショク、おわってるぞ」
「――なに?」
瞠目するアーチャーに、シオはそこまでは分からなかったのかな、と思いながら答える。
「みんなががんばってた。あとなん10ねんかしたら、アラガミがいない、もとのホシにもどるぞ」
もう数年前になるあの時の感覚を、シオは覚えている。その直前から、度々感じていた強い感応波。その何年か前に起きていた、2つの終末捕食の衝突。そしてあの時、暴走する終末捕食を前に、シオはただ祈ることしかできなかった。
その時に起きた、強い感応波。そこから感じた結末に、うれしいやら悲しいやら、様々な感情が相まって久しぶりに泣き崩れたものだ。
「みんないきてて、わらえるホシが、もどってくるんだ。シオ、それたのしみなんだ」
そう言って笑うシオに対し、アーチャーは何か複雑そうな表情でもって見つめてくる。
「貴様は――いや、これ以上は野暮というものだな」
そう独り言のように呟いて、アーチャーは遠坂邸の門扉を開いて中に入る。
「貴様との対話はいい暇つぶしになった。次に会う時まで、精々生き残っていろよ、獣よ」
「……うん」
結局、呼称の訂正がされなかったことに納得がいかないものの、シオは素直に頷いた。アーチャーが雁夜を出会い頭に殺すとは思えないので、特に引き留めることもせず、再び1人で待ち続ける。
雁夜が屋敷から出てきたのはそれから数分後の事で、明るい表情から結果が良かったのを察し、2人は上機嫌で間桐の屋敷への帰路についた。
――――――――――――――――――――
切嗣は、雁夜から齎された話を、アイリには話さなかった。彼が指定したセイバーのマスターとは切嗣自身の事であり、あの場で出した結論以外に答えが出るわけが無かったからだ。
そんな切嗣は今、次の拠点への移動準備をしつつ、アインツベルンから送られてきた資料に目を通していた。
抑止力について、そしてそれが今この時期に現れる可能性があるかどうか。その資料から、彼は見極めようとしていた。
――だが、ここで擦れ違いが生じる
もし聖杯の真実をアインツベルンが把握し、汚染の原因も知っていたのならば、原因の可能性の1つとして、それを提示しただろう。知らなくとも、切嗣が「抑止力が動く要因の有無」ではなく、「これまでの聖杯戦争でイレギュラーがあったかどうか」を聞いていれば、もしかすると、第三次聖杯戦争についての資料を手に入れていたかもしれない。或いは、セイバーと話して、彼女の直感に基づく考えを聞いていたら――
そんなもしもを述べても仕方ないことなのだが。
切嗣の手にした資料には、ただ彼が要望したことに沿うように、抑止力の詳細と
実際のデータを元に出された結論――それも雇い主の――と、敵対する人物からの具体的な根拠もない情報。どちらを信用するか、それは至極簡単なことだろう。
切嗣は資料を何度か確認すると、それを燃やして証拠を隠滅する。考えることは、雁夜が何故あのタイミングで交渉に来たのかということ。
雁夜がそこまで頭が回る人物とは到底思えない。というか、彼が人をだます、ということができるとは考えられないのだ。
想定できるのは、教会で合流していたランサー、ライダー陣営との共謀の可能性。彼ら魔術師は血も涙もない者たちだ、雁夜という一般人を巻き込んで、危険な交渉役に抜擢していても不思議ではない。そもそも、単独であんな――自分で言うのもなんだが――危険地帯にやってきたというのもおかしな話だ。彼がいいように言いくるめられた可能性もある。
「まぁ、そうだったとしても、倒すことに変わりないけど」
聖杯は手に入れなければいけない。やっと見つけた、世界を平和にする方法なのだから。その為ならば、自分はたとえ、大切な人であっても――殺すと決めたのだから。
「そういえば、マスター。セイバーのなかまだっていう、えっと……」
「衛宮さんね、衛宮 切嗣」
「そいつだ、キリチュグ、どんなやつだった?」
「言えてないぞ、お前……なんだろうな、目が死んでた」
「めが」
「死んでた」
「……そういうやつ、いるんだな」
「あんな荒んだ目、桜ちゃん以外で初めて見たな」
「そんなにひどいめだったのか、キリーの」
「言えないからってきりーは何か違和感がある」
「そうなのか?うーん、なんてよべばいいかなぁ」
誤解と、すれ違いをそのままに、聖杯戦争は進んでいく。
ここでこんなにペラペラ喋るのかと自分でも思いますが、似てる存在がいるから、多少は口が軽くなってたらいいなぁ、と
切嗣さんの方はすれ違いが加速中。アハト翁は聖杯が汚染されているのを知らない説を採用しています
次はライダーの工房蹂躙の予定
凛の冒険をどう挟むかが悩みです