冒頭に残酷な描写があるのでご注意を
――懐かしい夢を見る
「お前のせいだ」
そう、誰かが自分に言った。
「お前がいるから俺たちはこんなに苦しいんだ」
そう、誰もが自分に言った。
「お前のせいで」
「あんたがいたから」
「きみのせいで」
そう、
起きた凶事の原因はすべて自分にあると罵られた。
ある日、不気味な獣の鳴き声に住民が恐怖する日々があった。
――自分のせいだと、喉を潰された
ある日、住民の長の目が見えなくなってしまった。
――自分のせいだと、片目を潰された
怖くて痛くて目を瞑ろうとしたら、もう片方は瞼を固定された。目が乾いて、涙が止まらなくなった。
ある日、住民の1人が食物にあたって死んだ。
――自分のせいだと、皮膚を焼かれた
ある日。
――自分のせいだと、手の指を斬り落とされた
ある日。
――自分のせいだと、足の指を斬り落とされた
ある日。
――自分のせいだと
ある日。
――自分のせいだと
そうやって、そうやって、理不尽に罵られ、疎まれ、虐げられる日々。
憎い、憎い、憎い。
何故自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか。ただ生まれただけだというのに、何もしていないというのに。ただ生きたかっただけだというのに。
こんな目に遭わせた人間が憎い。世界が憎くてたまらない。
憎くて、憎くて――でも、羨ましかった。
いつの間にか体が朽ち果て、岩牢に焼き付いた亡霊となっても。
外に出られず、故郷が朽ち果てても。
自分は憎しみと同時に、羨み続けた。
外の光の中、そこで過ごす日々には、どんな
――どこか懐かしい夢を見ていたようだ
ぱちり、と、目を開ける。起き上がり、窓の外を見ることで大体の時間を推測する。やっと、夜が明けたころだろうか。そろそろ朝食を作らなくては、彼らが起きてしまう。
こっそりと部屋の扉を開け、台所へと向かう。その道中も、あの夢が頭から離れない。
覚えがないはずなのに、懐かしさを覚える夢。理不尽な最期を遂げた、誰かの生涯。
時々、ふと覚えるようになった違和感と、それは関係しているのだろうか。
胸に手を当て、呟く。
「おまえが、よんだのか……?」
答えは、返ってこなかった。
―――――――――――――――――――――
朝。早い時間ではあったが、間桐家の食卓にはいつもの面々と、ケイネスがいた。夜遅くまで資料を整理していたのだろう、目元をしきりに抑えている。
「一先ずだが、今回の聖杯戦争の歪さについてまとめた資料を作成した」
朝食を食べ終わり――臓硯の入った瓶と、シオ特性の流動食もどきにケイネスが瞠目していたのを見て、これは普通じゃなかったなと思ったのは内緒だ――、ケイネスがそう切り出してきた。雁夜と鶴野、シオはその資料に軽く目を通し、桜は臓硯の瓶を抱いて、その様子を観察している。
それと、と3人が資料から顔を上げたタイミングでケイネスがもう1つの資料を差し出してくる。
「こちらはサクラの体質と現状についてと、養子に出された経緯の推察、並びに今後の処遇についての提案書だ」
「それって」
「……興味深い属性を持っているようだからな、ここで腐らせるのは惜しい。魔術師としての実力については、これからの中で見定めるしかないが、自衛の手段を得るために時計塔への入学を勧める」
魔術師への道を勧めるケイネスに、思わず雁夜が立ち上がりかけるが、彼の言っていることは大凡正論の為に反論できずに座り直す。
「それしか、桜ちゃんの道は無いのか」
「この冬木の地で、遠坂でさえ匙を投げた特異な属性を使いこなせるように調練できるのなら、そうする必要は無いが。貴様らにできるのか?」
そう言われてしまえば、魔術師のなり損ないである雁夜たちは何も言えない。彼女の能力がそのままの場合、怪異を呼び寄せる可能性もあるのだと付け加えられ、いよいよ否定する材料がなくなっていく。この家でのまともな魔術師は――あれをまともと言っていいのかは分からないが――臓硯のみだが、彼自身今は眠ったままであり、目覚めた後あの性格が変わっているかも分からない。
さて、と言ってケイネスは立ち上がる。
「私は一旦ライダーたちと合流する。調査の成果が出ているか、確認しなくてはいけないからな」
「あ、じゃあシオがおくっていくぞ」
「いらん。さすがに人目の多い場所を歩いていけば、狙われることは無いだろう。隠匿の礼装もまだ予備がある」
シオの護衛の申し出を退け、ケイネスはすたすたと食堂を出ていく。と、
「ああ、そうだカリヤ」
「なんだ」
「その資料だが、遠坂にでも見せてこい」
「――は?」
突然の指示に、雁夜が目を見開く。ケイネスはそちらの事情など知らんとばかりに、言葉を重ねていく。
「私の署名をしておいた。遠坂の当主がどんな性格をしているかは推測でしかないが、仮にもアーチボルトの署名だ、その資料を無下にはせんだろう」
外部からの参加者であるケイネスには遠坂とのつながりがなく、アポイントを取るのは難しい。しかし魔術師の域に達していない雁夜では、会うことは可能でも恐らく、話すらしてもらえない可能性が高い。それを解消するための案が、「遠坂と繋がりの深い間桐の人間が、魔術の名門アーチボルトの署名入りの資料を持っていく」というものだったのだ。
ケイネスの意図に気づき、雁夜がケイネスを見つめる。ケイネスはそんな雁夜を鼻で笑う。
「奴と話すとき感情に流されるなよ、私の名前にも傷がつくのだから」
「~~っ!」
あ、やっぱりこいつ苦手だ。はっはっは、と優雅に高笑いを上げて去っていくケイネスに、雁夜はそう思った。
一先ずは深呼吸をして落ち着き、残る面々と向き合う。シオと鶴野は話の内容が理解できていたからか、心配そうな目をこちらに向けてくる。いや、鶴野がそのような視線をくれているというのは多分、気のせいだろうが。桜は内容が理解できずに、退屈そうに瓶の中の臓硯に話しかけている。
何故だか、時臣に会いに行くという難関が立ちはだかったというのに、自分の心は静かだった。ここ数日で落ち着いてきたとはいえ、面と向かって顔を合わせるということになったら、いやが上にでも激昂すると自分でも思っていたというのに。
――何のために戦う?
ふと、黄色い誰かが、問いかけてきた気がした。何かが、胸を締め付けた気がした。眠ってる間に、何かを自分は得ていたのだろうか。起きてすぐに、夢は忘れてしまうから、それを思い出せないだけで、結論は出ているのだろうか。
桜を見る。思い返してみれば、自分は彼女の意思を確認していなかった。今更だとは思うが、徐々に我を出してきている彼女に、聞いても大丈夫だろうか。
「桜ちゃん」
唐突に話しかけられ、桜は顔を上げるとなに?と言いたげに首を傾げた。シオと鶴野も、不思議そうにしている。
「――時臣に、本当のち……父親に、会いたいか?」
父親、と言う部分を言うのに、かなりの労力を使ったかのような脱力感を覚えながら、雁夜はそう問いかける。桜は、思いもよらない問いかけだったのか、ぽかん、と拍子抜けしたような表情をして、その後考え込む。
「おい雁夜」
答えが出るまで待とうとした雁夜に対し、鶴野は雁夜を引っ張って部屋の隅に連れていく。
「なんだよ兄貴」
「お前どういう風の吹き回しだ。最初のころ言ってたことと矛盾してるじゃないか」
鶴野が言う〝最初のころ〟とは、シオを召喚した次の日に鶴野に訊ねられて告げた、「時臣を殺す」というものだ。だが、それは桜の父親を殺すという事。その矛盾に気づかずに雁夜は戦っていたというのに、一体何があったのか。鶴野はそれが気になっていたのだ。
鶴野の問いに、雁夜は気まずそうに頭を掻く。そうは言っても、自分は変わったつもりはない……たぶん。昨夜辺りからの捉え方の変化から、夢で何か変わった出来事があったんじゃないかとか考えているが、それにしたって荒唐無稽な話である。
「なんて言えばいいんだろうな……多分気づいただけだと思う」
「気づいた?」
「時臣が、桜ちゃんの父親だって」
至極当たり前の事実。けれど雁夜が目を逸らしていたこと。
「昨晩、ケイネスさんから桜ちゃんについて話を聞いて、時臣がしたことは魔術師の親として正しい選択だったって説明されたんだ。俺さ、それに反論することもできなくて」
時臣が悪いんだと思っていた。そう、考えていた。だが、それは違っていて、時臣は彼なりに、娘の桜を気にかけていたのだ。
「その時に――というか、多分その後から朝にかけてだけど――気づいたんだ。時臣は、桜ちゃんの、血が繋がった大切な父親だって」
そして、そんな父親を、雁夜は殺そうとしていたことに。
「それに気づいたらさ、どんなに憎らしくても、死んでほしいと思っていても殺すことなんてできないじゃないか」
怒りも、或いは憎しみもまだ残っている。けど、桜の大切な父親だから、もう殺せない。
そう言って複雑な表情で笑う雁夜に、鶴野は何も言えない。何があったかは知らないが、自分で認めることができたのだ。あの時に口出しできなかった自分が言うことは、ない。
と、考えがまとまったのか、桜が口を開いた。
「わたしね」
か細い言葉を聞くために、3人が静まり、桜を見る。
「わからないの。また、会いたいのか、かぞくになりたいのか」
家族になりたい。簡単そうで、けれどとても大変なこと。
「でも……1回でいいんだ」
そう続ける桜の瞳は変わらず暗く、光は無い。だが、
「とおさかのみんなと、お話ししたいな」
――その瞳の奥にある心は、確かに生きていた
間が悪かった、とか雁夜さんに言ってもらおうかと思ったんですが、なんか違うと思ってボツに
周りの影響を受けて、少しずつ動く間桐の人たち
シオも影響を与える存在にできたらなと思うものの、今回の登場は控えめに
次回は、遠坂来訪編か、ライダー工房蹂躙編かのどちらかになる予定です