Fate/GODEATER   作:ユウレスカ

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独自解釈を含みます


第24章―なんのために―

 警戒して扉の前から動かない雁夜に、少年――自称・藤木 コウタは笑みを浮かべたまま、小さな冷蔵庫――これまた齧られたような跡がある――に乗っかる形で腰掛けた。

「まぁそう警戒しなくてもいいって。俺はどうせ今夜限りの意思なんだし」

「どういうことだ」

「そのままの意味。本来なら、こうして生まれることも無かったんだけどな」

 ()()()が良かれと思ってしたことで、縁が出来たというか、繋がってしまったっていうか。うん、この現状に関して言えば俺は悪くないよ。

 そう言い切るコウタに対し、しかし雁夜は疑いの目を向けることをやめない。それもそうだ、この状況で目の前の人物を疑わない方がどうかしてる。抽象的な説明しかしないことも、疑念に拍車をかけていた。

 コウタはそんな雁夜の内情などお構いなしと言いたげに、なぁ、と言葉を投げかける。

「あんた、何のために戦うんだ?」

「何のため……?」

 雁夜からの鸚鵡返しに、コウタは頷く。

「あんたがサクラって女の子のために、トキオミって男を殺そうとしてるのは知ってる。でも、それは何のためにやるんだ?」

「何のため、って、それはもちろん桜ちゃんの幸せの」

「本当に?」

 発言に被る形で問いかけてくるコウタ。その目は快活な見た目とは裏腹に、静かな意思を湛えている。

「なぁ、いい加減目を背けるのを止めたらどうだ?」

「目を背けるって、何から」

「あんたがそれをやるのは、何の為だ。よく考えた方がいいぜ」

 それが終わるまで、ここからは出してやんない。したり顔で笑うコウタ。その表情に思わず怒りがこみ上げてくるが、何とか抑える。ここで感情に走っては相手の思うつぼだ。

 幾度か深呼吸をして、コウタを睨む。彼は相変わらず笑っている。年相応の、と言いたいが、どこか悪だくみをしていそうな胡散臭さは、何故かその容貌とは不釣り合いに思えた。

「俺を睨んでも始まらないぜ?大丈夫、夜は長い。考える時間はいくらでもある」

 そういう彼の言動は、やはり違和感がある。最初に言っていた通り、あの姿は借りものなのだろう。

 何のために戦うか、考える。

 桜を助けたいから――これは自分の中ではっきりしている。当然のことだ。

 そのために時臣を殺す――これも当然のこと。

「――本当にか?」

 思考にかぶせるように、まるで思考を読んだかのようにコウタから投げかけられた問いかけに、雁夜が顔を顰める。

「トキオミは誰の何だ?そこを考えて、もう1回その結論が出せるか考えろ」

 相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべてそう言うコウタ。それを一瞥し、また思考に埋没する。

 遠坂 時臣。遠坂家の当主で、桜を間桐に追いやった張本人。彼がいる限り遠坂に桜は戻れない、だから殺すしかない。そう思ってる。

――思っているが

 トキオミは誰の何だ?

 コウタの問いかけが頭を過る。

「時臣は……」

 分かり切った答えなのに、言葉に出せない。何故だ、言葉に出そうとすると、答えようとすると、声が出せなくなる。どうして。

 コウタは何も言わない。相変わらず笑みを浮かべているだけだ。先ほどのように助言をすることはしないらしい。

 胸の奥で何かがギチギチと鳴っている気がする。当たり前の事実――時臣が葵の夫で、桜と凛の父親だということを話すだけなのに、たったそれだけがなぜか言葉にできない。頭ではわかっているのに、何かが拒否しているような、そんな感じを覚える。

 なんでだ?考えろ。コウタも言っていたじゃないか。考えろ、時間はあると。

 何故、時臣が桜達の父親であり、葵の夫であることを口に出せないのか。

――時臣と彼女らがその関係であることを認めるのが嫌だから?

 では何故、認めるのが嫌なんだろうか。確かに葵は好きだし、時臣は憎い。だが2人が夫婦になるのは分かり切っていたことだし、そこを認められないというわけではない。ならなぜか。

 桜を間桐に送り出したこと――は、ケイネスの推測が合っているなら、魔術師としては寧ろ子を思うという意味では最善の方法だった。だとしても赦すわけにはいかないし、だからこそ殺したいと――

――あれ?

 何か、妙な感覚を覚える。何故だろう、当たり前の結論のはずなのに、とんでもないことを考えたような。

――結論から言う癖を止めてくれ!

 ふと、自分がシオに言った言葉を思い出す。そうだ、こういう時、ものを説明するときは過程をしっかりと述べないと、納得のいく結論は示せない。過程から思い出すべきだ。

 まず、自分は何故間桐家に戻ったのか――桜が間桐に養子に出されたから。

――なんでサクラがマトウにきたら、マスターがもどってくることになるんだ?

 ふと、シオの声が聞こえた気がした。そうだ、彼女のような知りたがりは、これだけでは納得しないだろう。

 桜が間桐に戻ったことで、何故雁夜が戻ろうと思ったのか――桜をあの家から助ける為。

 いや、これでもまだ足りないだろう。頭に思い浮かぶシオが、まだ疑問を浮かべている。

 何故、桜を助けたいと思ったのか――桜が好きだから

「……いや待て、なんか違う。これじゃただの変態みたいじゃないか」

 桜が好きなのは事実だ。それは親愛的な意味だが、嫌いなわけでも、ましてや興味が無いわけでもない。

 桜が好きなのはなぜか――憎き時臣の娘だというのに、凛と同じで好ましく思っているのは何故か。

 考えに考える。彼女たちには何の責もない、だから嫌うわけがない、というのはある。が、それにしたって憎き男の子どもに、何故自分は関わり、そして遊んでいたのか。

 その答えは、至極簡単に出てきた。葵――自分の初恋の相手の子どもだからだ。雁夜は桜や凜を時臣の子どもではなく、葵の子どもと判断して、接してきていたのだ。

 それは――それは、現実逃避ともいえるものではないのか。そんな考えに、雁夜は愕然とする。彼女たちは時臣と、葵の子どもだ。どちらかが欠けていたら、生まれることのなかった姉妹だ。

 そして、それを思い知らされると同時、自分がしようとしていた「時臣の殺害」という目的は、桜や凛から実の父を奪う事と同義であり、何より葵にとってみれば――愛する人を奪うことになるという事実に気づいた。気づいてしまった。

 自分は、何故その事実から目を逸らして、時臣を殺そうとしていたのか――時臣が憎いから。

 では、何故?それは――

「はい、そこまでだ」

 唐突な割り込みに、雁夜はコウタを見る。

「あんた、1人だと結構冷静にドツボに嵌るんだな。自分の中が歪だったのがそんなにショック?」

 ニタニタと笑うコウタ。だがそんな彼に怒りを向ける余裕もない。そのくらいには、自分の動機の不純さにショックを受けていた。

 反応を返さない雁夜に、コウタはしょうがないなぁと呟いて、再度質問を投げかける。

「じゃ、じっくり考えただろうから、改めて答えを聞くよ。

――マトウ カリヤ、あんたは、何のために戦う?」

 何のために。

 最初は、時臣を殺して、葵のもとに桜を帰してあげることだった。そう、自分では思っていた。

 そうすれば全員が幸せで――葵から、感謝されるのだろうと。

 だが、それは違っていた。自分はただ――ただ、人並みの幸せを享受しておきながら、その幸せをみすみす手放した時臣が許せなかった。葵を、自身の初恋の女性を盗って、恵まれていたというのに。

 そう――雁夜は、嫉妬していたのだ。何をしても完璧な、恵まれた、その上魔術師の時臣が。時臣を殺したかったのは、そういった嫉妬心の現れで、桜の救出を、その建前にしてしまっていたのだ。その考えがいつ頃に根付いたかはもう覚えていないが、蟲蔵での鍛錬の最中で、それが心の支えだったのかもしれないと考えると、皮肉な話である。

 だが、そうだとしても。

「――俺は、桜ちゃんの為に戦う」

 雁夜の言葉に、コウタは眉間にしわを寄せる。

「それが、あんたの答え?」

「ああ、これが答えだ」

 こくりと頷く雁夜に対し、コウタはつまらなさそうな表情をする。

「この長い間に考えて、結局何も変わってないじゃん」

「当たり前だ。どんな理由でも、桜ちゃんを助けたい――桜ちゃんに幸せでいてほしいって願いは、最初から変わらない」

 葵に振り向いてほしいとか、時臣が憎いとか、それすら全部抜きにしても、桜には笑顔でいてほしい。桜には、幸せになってもらいたい。たとえどんな考えがあったとしても、その思いは本物で、だからこそ、雁夜は間桐の家(あの地獄)に帰ってきたのだ。

「俺だってただの一般人なんだよ。たとえ初恋の人の子どもだとしても、好きじゃなかったら実家に乗り込みなんてしないし、俺が逃げたせいだなんて考えたりもしない。寧ろ葵さんを慰める方を優先するだろうよ」

 雁夜だって、間桐の家を恐れていなかったわけじゃない。恐れていなかったら寧ろ、正面から立ち向かって、間桐の魔術を潰しに掛かっていただろう。

「葵さんも、時臣のことを抜きにしても、俺は桜ちゃんが大切なんだ。――きっかけは多分、世間的に見れば不誠実で、間違ったものだったんだと思う」

 そこで、くしゃりと相貌を崩す雁夜。それは、この空間に来て初めて見せた笑顔で、コウタは目を丸くする。

「でもさ、でも……誰かを思うって気持ちは、大切な誰かを救いたいって気持ちはさ、きっと、間違ってはいないって思うんだ」

 だから、胸を張って言おう。

「俺は、この聖杯戦争を、桜ちゃんの幸せのために戦い抜くって」

 ダメか?とコウタに問いかける雁夜に、少年はすぐに答えを返さない。

 だが、その表情はどこか軽薄な笑みではなく、満足そうなものに変わっていた。

「そ、っか……はは、やっぱ人間って、いいな」

 そう呟いて、コウタは雁夜を見つめる。

「うん……合格だ。いや、俺みたいなのがあんた(人間)を評価するのはおこがましいんだろうけどさ」

 その言葉に、雁夜がほっと溜息を吐く。と、四方を囲む壁がボロボロと崩れてきた。

「ちょうど、朝みたいだな。ああ、これで俺も終わりかぁ……」

「それ、どういう—―って、お前体が……!」

 ボロボロと崩れる壁と共に、目の前の少年も溶けるように消えかけているのが見えて、雁夜は瞠目する。雁夜の姿は消えかけていないから、これは少年にのみ起きている現象だ。

「ああ、気にすんな。どうせ俺はあんたの中に残ってる。ただ、こうやって明確な自己を保てなくなるだけでさ。元々俺は――いや、これは話さなくていいか。どうせ忘れるし」

「――は?」

 衝撃の事実にまた驚く雁夜に、少年はしてやったりといった表情を浮かべる。

「だってここは夢、起きたら砂の城のように忘れていく記憶さ。ああでも――もしかしたら、毛の先ほどくらいは覚えてるんじゃないか?それがいいなぁ、うん」

 ケラケラと笑う少年の体は、もうほとんど見えなくなっている。手を伸ばそうにも、雁夜の体は言うことを聞かず動かない。

「コウタ!」

「じゃあな、マトウ カリヤ。良かったよ、あんたがまだ――」

――こっち側じゃなくて

 そんな少年の言葉を最後に、雁夜の意識は暗転した。




難産もいいところですねぇ!!!
今回、雁夜の本心というか、心情の考察にほんっっっっっとうに苦労しました
FGOのZeroコラボ見る限り、桜ちゃんを助けたいって気持ちに嘘偽りがないにしても、それに加えた葵に対する恋心とか、時臣に対する歪んだ執着とか、色々と考えて考察して、ぶっちゃけまだ考察しきっていないような気もします

なんでしょう、雁夜と一緒に考えていった感じですね

コウタはなんだったのか?
文中でも書いた通り、彼はコウタ本人ではありません
彼はちょっとした偶然で、自己の消滅の間際に雁夜の夢に現れることができた感じです

この次の日は聖杯問答と、そのまえにちょこっと色々入ってきます
頑張ります

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