もう夜も深まった間桐家。合流したシオ達は、情報を共有する為、一旦帰宅していた。ウェイバーは晩御飯を間桐家で済ます旨を泊まっているマッケンジー宅に連絡し、シオと雁夜は夕飯の準備、ケイネスは鶴野から渡された桜の資料に目を通していた。
食堂のテーブルで自習する桜は、今日いきなり賑やかになった自宅に落ち着かない様子だ。隣でライダーがその勉強の様子を興味津々に見ている、と言うのもあるのだろうが。
「のう、桜といったか」
突然話しかけられて、桜は鉛筆を止める。高い場所にあるその顔を見上げると、彼はにぃ、と歯を見せて笑いながら言葉を続けてきた。
「お主、勉強が好きなのか?」
真意が見えない問いに、桜は不思議そうに首を傾げながらも「べつに」と答えを返す。桜にとって、勉強はこの家で許された自由の1つなだけで、そこに特に好き嫌いは無いのだ。
だが、その反応はライダーはお気に召さなかったようで、む、とした様子で桜の頭に手を置く。大柄なその手に桜の頭はすっぽりと覆われてしまう。
「そんな齢で、そのように総てを悟ったような顔をするでない。そら、1つや2つ、好きなことを見つける方が、今よりずっと楽しくなるぞ?」
ライダーにそう言われても、桜には楽しいこと、好きなことなど分からない。昔は分かっていたつもりだったかもしれないが、今の桜はその時の気持ちなど忘れてしまっている。だから、ライダーの助言には、頷くこともできない。
無言のまま見つめてくる桜に、ライダーは困ったように頭を掻く。これは思っていた以上に根深いようだ。この少女の闇が晴れるにはそれこそ――それこそ、日常の象徴のような、陽だまりを持つ人間との出会いが必要なのではなかろうか。
同盟を組んだとはいえ、自分が深く踏み込める問題でもないだろう。ここら辺は、家族である雁夜や鶴野、そして魔術師的観点からケイネスが対処するしかない。
と、シオが食堂に顔を出す。外出した時の服――本人曰くユニフォームらしい――ではなく、今着ているのは胸元に白いバラのコサージュがあしらわれたドレスだ。ころころ服が変わっているが、どれも彼女自身の思い出から構成されたもので、どれにしても戦闘は可能だという。デフォルトは、最初に見たあのぼろ布らしいが。
「ばんごはん、できたぞ!」
にこり、と笑ってそう言ったシオが持ってきたのは、2つの鍋。次いで、雁夜と鶴野が、人数分の皿が乗ったお盆をもってやってきた。その皿に盛られているのは。
「だいぶ固形物も食べられるようになったからな、スパゲティにしてみた」
「ソースは、ミートとホワイトの2種類だと。……いきなり手間のかかるのを作るなよ雁夜」
「うるさいなアルコール依存症」
相変わらず仲がよろしくない2人をスルーし、シオは鍋を置いてテーブルのセッティングを始める。桜もいそいそと勉強道具をしまい、夕食の準備を手伝い始めた。貴族階級であるケイネスに気をつかったのか、先ほどまでにらみ合っていた雁夜と鶴野がきちんとセッティングを指示している。
ケイネスも書類に目を通すのを中断し、食事の席に着く。何か気になることでも書いてあったのか、その表情は大変険しい。
「けーねす、すぱげちいのソースはミートとホワイト、どっちにする?」
「ホワイト。というか貴様スパゲティ位言えないのか」
「いえてるぞ!すぱげちい!」
「…………」
言えていない、とツッコミをする野暮、ないし空気を読めない人間はその場にはいなかった。
少しして配膳とテーブルのセッティングも終わり、報告会兼食事会が幕を開けた
最初に口火を切ったのは雁夜だった。
「先に結論から言うと、セイバーのマスターには会えなかったけど、こっちの意思は協力者らしき人に伝えた。その人が伝言を伝えてくれてたらいいんだけど……いい返事はもらえない可能性が高い」
雁夜の言葉に、半ば予想していたのもあって表情を変える者は少ない。しかし実際にそう報告されるとさすがに少し、気分は沈んでしまう。
「接触した相手は衛宮 切嗣さん。たぶん、ケイネスさんが言ってた人、だよな」
「ああ、そいつが私の自慢の工房を……!」
気を取り直していてもやはりその部分だけは割り切れないのか、ギリギリと歯ぎしりを立てている。桜がいるからか――桜本人は英語は分からないが――、汚い言葉で罵らないだけまだましだ。
その時の恥辱を思い出したのか、顔を顰めながらスパゲティを頬張るケイネスに苦笑し、雁夜は話を続ける。
「そいつと話して、なんとか言付けを取り付けたんだが、その本人が「聖杯を確認しない限り納得しない」って言ったんだ。その上、アイツの態度からして、聖杯に強く執着しているようにも感じたな」
確たる証拠が無かったとはいえ、相当に頑なだったし。そう呟く雁夜。俺からは以上だと言って、ケイネス達の方を見る。
口を開いたのは、ある意味一番蚊帳の外だったウェイバーだ。
「俺たちの方は、キャスターの真名は分かったんだけど、捕縛まではできなかった。途中で邪魔が入ったんだ」
「邪魔……まさかセイバーか?」
「ううん、あれたぶんアサシンだ」
「そっかあれアサ……はぁ!?」
なんの前触れもないシオの暴露に、ウェイバーが驚きの声を上げる。ケイネスもこれは予想外だったらしく、説明しろ雁夜、と睨みつけてきた。爆弾を投下した本人は何かいけなかったか?と不思議そうに首を傾げている。やはり空気を読まない部分は健在のようだ。
「最初の夜、ほらアーチャーがアサシンをあっさりと仕留めた事があっただろう。あの夜、こいつが別の場所にいるアサシンを見たらしいんだ」
その時にさらっと言われただけで、再び見たことが無かったので、彼女が言い出すまで雁夜もすっかり忘れていたのだ。
「それの見間違いと言うことはあり得ないのか」
「ないな。今まで表現の仕方に困ったことはあったけど、バーサーカーは一度も見間違えをしたことがない」
生来の能力の内、そのままで持ってこられた数少ないものの1つ。それはスキルとして、彼女のステータスに刻まれている。
千里眼、ランクB+。未来視など時間を超えた事象を見ることはできないが、彼女は数キロ先の虫すらはっきりと視認できる。バースト状態になればさらに能力は上がり、未来予知とは違うが、相手の動きから次に何がくるのかを予想することも可能になる。
雁夜からの称賛に、シオは嬉しそうにはにかんでいる。ケイネスはそれでも納得はいかないらしく、もし仮に、と冒頭に付け加えてから話を進める。
「もし仮にアサシンが生きているとすると、あの初戦が茶番だった可能性がある。或いは、アサシンのマスターの策略か……」
だが、そこについて今考えても仕方がない。アサシンが生きている前提で、これからのことを考えていくことにして、ウェイバーに報告を再開してもらう。
「キャスターの真名はジル・ド・レェ。セイバーをなんでかジャンヌ・ダルクと間違えて襲って……うん、セイバーからしたら多分襲ってるって認識で合ってると思う。なんか記憶を取り戻させるため、とか言いながら子どもを、海魔にしてた」
内側から海魔によって食い破られる少女を思い出したのか、顔色を悪くするウェイバー。大丈夫か、と雁夜に声をかけられるが、首を横に振ってまた説明を再開する。
「それで、そいつの宝具が魔導書で、それを魔力の基にして海魔を召喚、使役していたから、セイバーと協力して半壊させたんだ。復元できるかはわかんないけど、しばらく犯行は行えないと思う」
「どうやって半壊させたんだ?」
「セイバーが道を切り開いて、バーサーカーが右手をでっかい口に変えて、それでやったんだ」
ウェイバーの報告に雁夜は目を見開き、次いでシオを見る。既に3杯目に突入しているシオは不思議そうに首を傾げたが、雁夜はそれを無視して訊ねた。
「バーサーカー、
突然の問いかけに、どういうことかと訝しむ面々だったが、すぐに思い出した。シオの規格外スキルの1つ、アラガミがアラガミたる所以――オラクル細胞。
「んと、まりょくろ?のしくみはわかった!だけど、シオのなかでつくるのはむずかしくてできないぞ」
「サーヴァントが後天的に自力で魔力作って現界出来たら色々と形無しだからな!?」
さらっと単独行動スキルを生み出すくらいの発言に、ウェイバーは頭を抱える。とことん規格外だ、このサーヴァント。つくづく味方でよかったと思う。
僕からは以上、という言葉でウェイバーが締めくくると、食事をする音だけが響く。次に何をするべきか――各々それを考えながら、食事をしているのだ。
何か難しい話をしているのが分かったのか、桜は食べ終わると鶴野と共に食堂をそそくさと出ていってしまった。自分から鶴野に近づいたのを見るに、少しづつ親子としての距離感は縮まっているらしい。
沈黙を破ったのはライダーだった。
「では、余達は一度帰宅してキャスターの本拠地を探すかのう」
お主では見つけられなかったのだろう?とライダーがシオに訊ねると、うん、と肯定する声。やはり、痕跡を消すのは得意なようだ。
「私は今晩はここに泊まらせてもらおう。まだ整理しきれていない資料もあるのでね」
「あ、じゃあ手伝うよ」
「断る。貴様は魔術師としてはそこのウェイバー以下だ、いるだけで邪魔になるだろう」
雁夜の進言をケイネスは鼻で笑って一蹴する。む、とするが事実なので何も言い返せない。
どうやって――あるかもしれない――追跡を振り切ってライダー達をマッケンジー宅に帰還させるかを話し合った後、ケイネスの魔術礼装の内隠匿能力に優れたものを貸すことで決定。ケイネスもウェイバーも不服そうだったが、懸念事項を減らすためには仕方ないと承知し、この日の三陣営の同盟活動はいったん終わりを告げた。
やっと一日が終わりました……!
次回は同盟陣営のキャラの描写をする予定です、一応