後半は親子の話
人工兵器の類がすべて効かない――
神代、あるいはそれに近い時代にも匹敵する規格外のスキル。どこぞの神話の英雄ですら、一度攻撃を喰らってから対処するというのに、彼女にはそのステップすらない。
これを真正面からやりあって勝てる可能性はあったのか。ケイネスは――今はもうあり得ないが――そのもしもを推測する。
ランサーの武器の内、
もしもを考えて改めてその恐ろしさを実感しながら、件のサーヴァントを見る。無邪気に咀嚼している彼女は、ケイネスに見つめられたことに不思議そうに首を傾げた。
「続きいくぞ、次はこいつの特異性についてだ」
そう言って、雁夜は先ほど書いた人型にある単語を書く。
「Singular point……特異点、か。これがこいつと関係してるのか?」
「これがバーサーカーのコアの名前であり、アラガミとしての呼称だ」
そして、バーサーカーが星の抑止力たる所以。
「とは言っても、こいつだけで抑止力として完成してるわけじゃなかった。バーサーカーはあくまで抑止力の起動キー、本体はべつにある……今のこいつは宝具として持ってきちまってるがな」
説明を続けながら、人型のイラストの胸、人で言う心臓の辺りに丸を書き、「core」と記す。そしてそこから矢印を伸ばし、「nova」と書いた。
「ノヴァ――終末捕食、生命の再分配を行い、世界を最初からやり直すためのアラガミ。それを動かすのに必要なのが特異点、人型を取りうるまで
改めて、未来で星がすべてを滅ぼそうとしたのを聞いて、3人の表情は暗くなる。一体、未来で何があったのか――それは今を生きる者にも、過去に生きたものにも分からないことだった。
比較的切り替えが早かったライダーが、質問を投げかける。
「ならば、何故その終末捕食は起きんかったのだ」
「いや、おきたぞ」
今まで静観していたシオが、突然口を開く。だがその答えは、先ほど教会で言っていたこととは違っていた。怪訝そうな表情でライダーが言葉を返す。
「先ほどはやめた、と言ったではないか」
「んーと、やめたのはチキュウをイタダキマスすることだ。シオ、いっかいノヴァにとりこまれたんだ」
「はぁ!?」
どうやら雁夜も聞いていなかったことらしく、ウェイバーと共に驚きの声を上げる。シオはいつものようになんてことは無い、と言った様子でご飯を頬張りながら答え続ける。
「でも、そこからなんとか、えっと……シュドウケン?をとりかえして、ツキにとんだんだ。そのときツキをノヴァにイタダキマスさせた」
だから、シュウマツホショクはおきたけど、やめたっていったんだぞ。
シオの言葉にその場にいたマスター組が頭を抱える。ライダーはその限りではないが、苦笑していた。言葉が足りない、圧倒的に足りなすぎる。だが、雁夜は今の言葉を聞いてふと、初日の時に聞いたことを思い出した。
「未来の月からきたってそういう事かよ……」
比喩でも何でもなく、彼女は未来で月に住んでいたのだ。嘘は言ってないが、誤解を招きかねない言い方しかしてない。厄介この上ない。
頭を抱えているケイネス達に、何を勘違いしたのかシオが更に言葉を重ねる。
「あ、でもこっちだとぎゃくにヨクシリョクがじゃまして、ホウグのノヴァはつかえないぞ。だから、だいじょうぶ!」
えへん、と胸を張るシオ。違う、そうじゃない。だが、この情報は大きいものだった。
「終末捕食の宝具は封じられているのか」
「そだぞ」
未来の抑止力が生み出したモノが、同じ抑止力によって封じられているというのは、なんとも皮肉なものである。だが、これでやはり、彼女が抑止力の役目を担うためにやってきたわけではない、ということの裏が取れた。あとは、まだ生きている彼女が召喚されたわけを探るだけ。
となると、次にするべきことは資料の調達か。と、雁夜が口を開く。
「今度はこっちの番だ。あんたが行動を起こした切っ掛けは、なんとなく察しが付く。この後どうするつもりか、教えてもらおうか」
「今現在はやはり情報が不足していてね。監督者の助力がもらえていたのなら、今頃は教会で資料を漁っていただろうな」
「でもそれはできてない」
「ああ。ならば次にすべきことは、豊富な情報源の確保だ。――君は賢そうだ、ここまで言えば分かるかね?」
ケイネスの食えない笑みに、雁夜が不快感を示しながらも頷く。つまり、間桐の書庫に入らせろと言っているのだ。雁夜が協力姿勢を見せた時から考えていたのかもしれないが、このタイミングで来るか。
言い方と、元より魔術師への嫌悪感で顔を顰めながらも、雁夜には反対する理由はない。この問題には真摯に取り組んでいると見えるし、桜を人質にとるようなこともしないだろう。
「……分かった、間桐の屋敷に案内する」
雁夜の応えに、当然だと言いたげにケイネスは鼻を鳴らす。その不快な表情に、やっぱり魔術師は気に入らないと雁夜は痛感した。
ぐぬぬと言いたげな雁夜と、得意満面なケイネスの間で、ウェイバーは頭が痛くなるのを感じ、シオとライダーは相変わらず、食事を楽しんでいた。
「はぁ?」
間桐家の屋敷にて、帰ってきた雁夜から話された内容に、鶴野は間抜けな声を上げる。
キャスター討伐令が下された、ここまでならまだいい。問題はその後だ。
曰く、聖杯に何らかの異常がある。
曰く、その為に情報がほしいと別陣営のマスターから要請があった。
曰く、今そのマスターが門の前にいると。
鶴野はたっぷり10秒、雁夜から聞かされた話を再度かみ砕き。
「……大丈夫なのか」
一言、そう訊ねた。何が大丈夫なのかは恐らく、言わなくても分かっているだろう。雁夜は鶴野の疑問に一瞬考えた後、大丈夫だ、と答えを返した。
当事者である雁夜がそう言っているなら仕方がない。鶴野はいいぞ、と言って、リビングで自習をしている桜のもとへ向かう。桜に事情を話して自室に帰らせたら、久しぶりにゆっくり酒でも飲むか。そんなことを思いながら、リビングに顔を出す。
「桜」
鶴野の声に、テーブルに向かって勉強していた桜が顔を上げる。相変わらず表情も瞳も死んでいるが、雁夜の治療が行われたころから少しずつ、雁夜以外の面々とも言葉を交わすようになっていた。
鶴野はリビングの入り口に立ったまま、これから書庫を使うという人間がくることを伝える。見知らぬ人間がいても気にするな、とも付け加えるが、桜は頷くだけだ。何かを聞き返したりもしてこない。自分がやったことも関係しているとはいえ、子ども特有の無邪気さがなくなってしまったのは、勝手ながらやはり寂しい。
「とりあえず自室、戻っておいた方がいいぞ。書庫には近づくなよ、いいな」
その言葉に桜はこくりと頷いて、道具を片付けて自室へと歩き始める。一応送った方がいいだろうと、鶴野もその後を追った。
小さな歩幅に合わせるのは容易で、だが桜はそれに加えて、どこか覚束ない足取りであっちにふらふら、こっちにふらふらとしながら歩いている。見ていて気が気ではない。まっすぐ自室へと向かっていることだけが救いではある。通り道に書庫は無いから、来るであろう他陣営の魔術師とサーヴァントには会わないはず。
――ほう、ここが御三家の屋敷か
――御三家っつっても、間桐はだいぶ廃れてきてるらしいけどな
階段を上がっていると、件の魔術師と思われる声と、雁夜との会話が1階から聞こえてきた。桜の足が一瞬止まる。だがすぐにまた階段を上がり始めた。
「……挨拶、しに行くか?」
つい、そう声をかけてしまう。今一瞬止まったのは、雁夜に挨拶をしたかったという事なのではないか、と推測したのだ。
鶴野の言葉に、ゆっくりと桜が振り向く。教材を抱えたまま、相変わらずの無表情で、何も言わずに鶴野を見つめてくる。気まずさ故に目を逸らしたくなるが、ここで逸らせば何かが決定的にすれ違う気がして、そのまま見つめ返す。
「ほら、お前雁夜の奴に懐いてるじゃん」
理由らしきものを挙げるとしたらそれしかなく、苦し紛れともいえるその言葉に、桜は首を傾げた。これ無自覚な奴だ、いや分かり切ってたことだけど。
どうしよう、と鶴野が悩んでいると。
「――すか」
「ん?」
桜が小さく、何かを言った。どうしたんだ?と鶴野が聞き返すと、ぽつり、とつぶやいた。
「私があいさつにいったら、おじさん、よろこぶと思いますか」
その言葉は、周囲の機微に鈍感にならざるを得なかった桜だからこそ出る疑問でもあり、人の心を分かろうとする姿勢が出てきたことの現れだったのかもしれない。
だが、この時の鶴野はそんな深くまで事情を考えることは出来ず、
「あいつのことだし、何で出てきちゃったんだとか言いながらも、笑ってただいまって言うんじゃないか」
そう、答えを返すだけだった。
鶴野の言葉に何を感じたかは分からないが、暫し考えた後、階段を下り始める桜。雁夜に挨拶に行くらしい。鶴野は先回りをして1階の廊下に立ち、桜が下りてくるのを待つ。
はっきりいって、すぐにでもこの場から離れたい気持ちがある。自身の身の安全のために、蟲蔵へと彼女を放り込んだ記憶は頭に焼き付き、酒を自重するようになってからは夢にまで見るようになった。最近手が震えるのが、禁断症状だけではないということは、自分以外知らない。
悪夢のせいで現実の桜にも、恐怖を感じてしまうこともある。だが、それが自身の罪であり、逃げてはいけないのだとも思う。今まで散々逃げてきたのだから。
桜が階段を下り切ったのを確認して、書庫へと向かう。桜は兎も角、自分が顔を出したら、あの弟はなんと言うだろうか。バーサーカーはどんな行動をしてくれるだろうか。
なんとなく想像は出来る。
きっと、雁夜は顔を顰めながら「何で来た」と言って、バーサーカーは「ただいまー!」と笑って言葉を返してくれることだろう。
ゆっくりと歩く2人。その距離感は当初より、縮まっているようにも思えた――
たとえ穏やかな時間が訪れたとしても、父に命じられていたのだとしても、被害者本人が心を閉ざし、なにも感じないようにしていたのだとしても、害したのは事実なわけで
償いとは結局は加害者の自己満足であり、被害者が踏ん切りをつけるための装置で
鶴野お兄さんはこれからずっと、義娘にした行いについて、考えていくことになるでしょうね