まだまだ続くよケイネス先生のターン!
切嗣の表情は暗かった。いや、むしろ死んだと言えるくらいに沈んでいた。
――星の意思が、未来で世界を創りなおそうとした?
それは、今の世界を生み出したもの自身が否定したという事。そして、自分が聖杯でもって「恒久的世界平和」という願いを叶えるという目的が、達成されなかったということ。
実際はヨハネス・フォン・シックザールという人物が意図的に引き起こしたものだったのだが、それを彼が知る由はない。しかしその数年後に同じように終末捕食が、今度は
結果的にシオ自身がそれを取りやめ、世界は続いていくらしいが、それでも自分の目的が達成されないと遠回しに通告されたのは、切嗣にとってショック以外のなんでもなかった。
そんな切嗣の傍らで、アイリスフィールはどう接していいか分からずに、ただ寄り添っていた。本当は今すぐにでも戦争をやめて、城に置いてきた愛娘と、側近の彼女と共にどこか遠くへ行こうと言ってほしい。だが、切嗣はそれを望まない。それを知っているから、アイリスフィールはそれを提案せず、ただ寄り添うことにしたのだ。
だがそれと同時に、不可解なことをが思い浮かぶ。
聖杯に異常があるのなら、何故自分は気づいていない――?
その疑問に答えられるものは、今この場にはいなかった。
セイバーは、複雑そうな目で2人を見つめていた。自身とは絶対に関わろうとはしないマスター。態度でもって拒絶してくる彼は今、酷く沈んでいる。それほどまでに、彼の聖杯にかける望みは大きいのだろうか。自分には分からない。
――そう、分からないのだ。話してくれないのだから、彼が何故聖杯戦争に参加したのか、どうしてあんな手段をとるのか。何も、知らないのだ。
何も知らないのに、これでは彼を軽蔑することも、認めることもできない。己の目だけでは、彼の事をはかり知ることはできない。話してくれなければ、協力もできない。これは――ただのわがままなのだろうか。人の心が分からないから、分かるために聞きたいと思うのは。
質問は山ほどあるが、今それを彼に尋ねるのは酷であることくらいはセイバーには分かった。分かったから、ひたすら、見守ることにしたのだった。
そして、久宇 舞弥は、そんな彼らを少し離れたところからそっと、見守っていた。
一方、ある陣営に精神的に大ダメージを与えたとはつゆ知らず、シオと雁夜はケイネス達を追いかけていた。とはいっても、身体能力が人一倍な2人だ、歩いている面々に追いつくのはあっという間だった。
「なーなー!」
シオの呼び声に、ライダーが振り向く。
「どうした?バーサーカーにそのマスターよ」
「詳しく事情を聞きたい。俺たち、聖杯には興味がないんだ。色々と事情があって参戦してたけど――何か不味いことが起きるなら、それを防ぎたい」
臓硯が無力化されたため、今の雁夜の最大の目的は時臣の打倒だ。それは聖杯戦争の最中で達成可能であり、優勝は二の次である。聖杯が原因でこの地で何かが起きるなら、それを阻止するのを優先すると決めたのだ。桜と共に生きると決めたのだ、不測の事態は防がねばならない。
雁夜の訴えに、ケイネスが足を止めて振り返る。
「貴様、名前は」
「間桐 雁夜。御三家の人間だけど、1年前までは出奔してた一般人だ」
「確かに、その見た目からして急造の魔術師だと判別ができるが……中身と些か合わない、どういうことだね」
「それは……」
「シオがやったんだぞ」
言いよどむ雁夜の代わりに、シオがまたもあっさり白状する。雁夜がバーサーカー!?と悲鳴を上げるが、ケロッとした様子で話し出す。
「だって、おまえからのしつもんにはこたえる、ってヤクソクした。だから、ちゃんとこたえる」
どうやら、ケイネスと交わした約束は本人の中で未だ健在らしい。律儀と言うか、ちょろいというか。
ケイネスはふむ、と顎に手を当て、シオを見つめる。
「詳しい事情は、どこまでなら話せる」
「んーと……マスター、どこまでならいい?」
「もう大体話してるようなものだし好きにしろ……第一、能力自体規格外だからどうとでもなるし、俺たちは優勝するのが最終目的じゃないからな」
時臣にだけ情報が渡らなければいい、と雁夜は内心で呟く。情報がダダ漏れ過ぎてハードルが下がりに下がっていることからはそっと目をそらした。
「ただ、ここは街の往来だから、どこか室内で話をしたい。それぞれの拠点に招くのは、色々と問題があるだろうから、個室つきのレストランとか、どうだ」
もっともな提案に、その場にいる全員が頷いた。
――――――――――――――――――
ウェイバーは、自分がここにいるのは場違いなのでは、と考えていた。
「ん、うまいなこれ!マスター、ライダー、これうまいぞ!」
「これか?ん……あ、確かに旨い」
「ふむ、バーサーカーが示す料理は皆旨いのう」
「貴様ら何故そこまで打ち解けているのだ……!」
「あ、ケーネスもくうか?」
「食べるか!」
先生、あなたもなんだかんだで打ち解けてます、というツッコミは脳内にとどめておいた。ぼそぼそと、配膳されたパンを頬張る。ふわふわでおいしいのに、なぜかむなしい気分になった。
昼食を過ぎた時分ということもあり、個室つきのフレンチレストランは空いていた。奥に案内してもらい、それぞれ自己紹介をしたあと、食事をしながら情報を交換することになったのだが、このありさまである。どうしてこうなった。いや、自由人なライダーとバーサーカーがいる時点でわかり切っていたことでもある。
と、ケイネスが咳ばらいを1つ。
「……一先ず、本題に入ろうかね」
その言葉と同時に、先ほどまでの空気が一変する。こういった切り替えの早さは、やはり参加者としての実力なのだろうか。
「始めに言うが、我々が持っている情報はほとんどない。ソラウ――ああ、私の婚約者で、ランサーの魔力供給を担当してくれている――とランサーをロンドンに帰して助力を請うよう頼んだが、援軍が来るまで早く見積もっても1週間はかかるだろう。その間にある程度の情報は集めようと思い、今朝手を組んだばかりなのだ」
ケイネスの言葉と、先の教会での言動を照らし合わせ、雁夜は行動の速さに驚く。彼の言い分から推測するに、そうしようと思い立ったのは早くて昨晩のことだ。魔術師とは引きこもりだと思っていた雁夜にとって、ケイネスのフットワークの軽さは意外だったのだろう。
何より、情報をあっさり開示したことも驚きだ。敵であるかもしれない人間にあっさりと内情を話すとは――この人、何を考えている?
雁夜の怪訝そうな視線に気づいたのか、ケイネスが鼻で笑う。
「貴様らはこちらの提案を呑み、我々に情報を提供した。それに対する返礼と言うことだ。急造とはいえ魔術師、それも今回の聖杯戦争の異変の象徴であるサーヴァントのマスターだ、借りを作る気は毛頭ない」
元よりケイネスは確かにプライドは高い。魔術師以外は見下し、魔術師であっても血筋に問題があると判断したら歯牙にもかけない人間だ。
だが、今回の場合、異常事態が発生している。血筋だの元一般人だのという括りで考えていたら、足元を掬われるだろう。早朝のあのホテル爆破がいい例だ。
今回の異常事態は自身が解決し、神秘の秘匿を完璧に行い、被害を出さないことが、自分の義務だとケイネスは考えていた。その為なら利用できるものは利用するだけだと。
ノブレス・オブリージュ――特権を持つが故に負うべき義務。ケイネスはそれが今回の聖杯戦争の対応に当てはまると判断したのだ。
ケイネスの言葉に、雁夜は一応納得したことにした。その隣でウェイバーが、目玉が飛び出んばかりに驚いているのからはそっと目を逸らして。
「では、今度はそちらから情報を貰うとしよう。いいな?」
「シオはいいぞ」
「まぁ、そういうことなら」
「感謝する」
雁夜とシオの応えに、ケイネスは当然だという態度を取りつつも形式ばった礼を言い、質問に移る。
「まずは君の能力について、詳しく聞こうか。抑止力として、ではなく文字通り全て」
「んーと、シオがはなすとたぶんいろいろまざっちゃうから、マスター、いいか?」
「仕方ないな……」
全く、とため息を吐きながらも、雁夜は携帯していたメモ帳とペンを取り出して説明を始める。
「イギリス英語で問題ないか?」
「当たり前だ」
「んじゃ始めるぞ。まず、こいつはアラガミという生物だ。見た目は人型だが、他のアラガミは獣の形をとっている」
そう言いながら、雁夜は手早く人の形のイラストを描いていく。
「アラガミと言っても、こいつら自身はオラクル細胞という単細胞生物が集まって組みあがった、そうだな……一種の群れ、群体生物だ」
「は?ってことは、1人に見えるけどこいつ、無数の生物が集まってるのか?」
「そだぞ」
シオ本人からの肯定に、ウェイバーがあんぐりと口を開ける。それを無視し、雁夜は説明を続ける。
「こいつの人格を象っているのは、コアという、人間で言う脳みそにあたるものだ。そいつが指令を出して、オラクル細胞を変化させて人のように見せている」
「つまり、そやつの細胞とやらは、様々なものに変化してそれぞれの役割を果たしているのだな」
「進化、ではないということか、その口ぶりからするに」
「ああ。オラクル細胞はただ変化しているだけだ」
そして、オラクル細胞の厄介な部分はそこにも関係している。
「オラクル細胞はさっきも言ったように単細胞生物だ。だが、だからと言って生まれた時から様々なものを真似ることができるわけじゃない」
「なんでだよ」
「
オラクル細胞の特異性――それは食べたものの情報を得られるという事。樹を食べれば樹の性質を、石を食べれば石の性質を。
「そして――武器を食べれば、その性質、使い方を学ぶ」
無論、はじめからすべて食べられるわけではない。最初は小さいものから
「バーサーカーが言うには、こいつの時代のアラガミにはもう既存兵器の何もかもが通用しない。人間はアラガミを武器型の生物に改造して、それを使える人間が前線にたって人類を守っているらしい」
「何もかもって、それじゃまさかこいつにも」
「ああ――スキル、オラクル細胞。こいつには、
※ただし神造兵器はこの限りでない
ケイネス先生のプライドが高い理由、それは「名門貴族」だということ
貴族としての価値観、プライドが彼の態度の原因だとすれば、周囲を見下しながらも、彼自身のノブレス・オブリージュは絶対にあるのだろうと思って表現してみました
原作後半のあれは初めての挫折もあってそこらへんが一気に腐敗していったのかなぁと
説明が長かったり何度も重なってたりしますがキャラクターは初耳だったりするのでご容赦ください