監督役である言峰 璃正からもたらされた知らせは、ケイネスにとってはある意味渡りに船だった。
聖杯戦争のマスターに連続殺人犯がおり、キャスターを使役して神秘の秘匿も関係なしに凶行を続けていること。ついてはいったん聖杯戦争を中断し、キャスターを討伐、成し遂げたマスターには令呪を一角譲渡されるということ。
これもまた、聖杯戦争の是非や、聖杯の調査をしやすくなるいい材料になると、ケイネスは睨んでいた。
「――では、質問があるものはこの場で申し上げるがいい」
その言葉と共に、璃正が集まった面々を見回す。使い魔でやってきた者たちは無論質問などできるはずもない。そんな中、1つの手が挙がった。
「しつもん!」
元気よく声を出したのは――シオだ。ぴん、と手を真上に伸ばし、まるで生徒のように指名されるのを待っている。
「なにかな?」
璃正もつい気を緩め、幼子に話しかけるように声をかける。
「キャスターをたいじしたあと、マスターのほうをつかまえたら、そいつはケーサツにわたすのか?それとも、こっちにつれてくるのか?」
「マスターについては、一度こちらで引き取ろう。神秘の秘匿に関わることだ、先に処置しておかねばならないこともあるのでね」
璃正の答えに、雁夜が気に喰わない、と内心で吐き捨てる。今こうして監督役が指令を出したのは、犯罪行為を防ぐためではなく、神秘の秘匿に関わるからだ。人命より自らの保身の方が大切というのは、やはり魔術師とは分かり合えない。シオも似たようなことを思ったのか、困ったように眉尻を下げている。
ほかに質問はあるかね、と璃正が再度声をかけると、今度はケイネスが手を挙げた。
「質問ではないが」
「なんだね」
璃正から言外に許可が降り、ケイネスは立ち上がって話を始める。
「参加者としてではなく、時計塔のロードの一人、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとして提案、並びに要請する。一時的にではない聖杯戦争の停戦と――聖杯の調査協力について」
「……それはどういうことだね」
ケイネスから出た予想外の言葉に、璃正が怪訝そうな表情をする。雁夜達も突然のことに、思わず立ち上がって身を乗り出した。使い魔でやってきた他陣営も、使い魔の目の向こう側で驚いていることだろう。
璃正の問いかけにすぐにケイネスは答えず、シオに視線をやり、口を開いた。
「シオ、といったか。君はガイアの抑止力が遣わした守護者、であっているかね」
「んーと、ちょっとちがう。でも、ホシがシオをつくって、ぜんぶつくりなおそうとしたのはほんとだぞ」
教会前での約束事を守るつもりらしく、シオは正直に答えを返していく。止めるのはあきらめたのか、真偽を見極めたいからか、雁夜もシオを止めない。
ケイネスは予想とは違った答えに、しかし動揺は表に出さないよう努めて冷静に質問を重ねていく。その後方で、大きなリアクションを取りかけたウェイバーがライダーに止められていた。
「創り直そうとした、ということは、星――ガイアはそれをやめたのか?」
「やめた、っていうか、このじだいではやってないぞ。シオは2075ねんからきた、アラガミっていきもので、シオをつかったシュウマツホショクがおきかけたのは2071ねんだ」
きちんと順序立てて話すのは、先ほど雁夜が忠告したからなのだろうか。だとしても、やはりバーサーカーらしからぬ理性的な対応に得体のしれなさを感じる。
「ではなぜ、終末捕食とやらはおきなかったのかね」
「シオが、みんなのカタチがなくなるのがイヤだったから」
「君は親であるガイアに逆らったと」
「ん?そうなるのか?」
肝心なところで分からないと首を振るシオに、雁夜が額を抑える。たまに抜けている部分があるから、シオは油断が出来ない。
ケイネスはこめかみに青筋を立てながらも、静かな口調で更に疑問を投げかける。それは、問答を重ねていく中で一番引っかかった部分。
「――では君は、未来ではすでに死んでいるのか?」
「いきてる」
「生きながら召喚された理由に心当たりは」
「ない」
即答したシオに満足そうに頷き、ケイネスは璃正に向き直る。
「この通り、彼女はガイアの使いであり同時に、
だが、現実として、召喚されるだけのきっかけも分からず、なおかつまだ生きているというガイアの守護者がここにいる。
それは何故か。
「私は聖杯に異常が出ていると考えている」
その言葉に、雰囲気が一気に重くなる。聖杯――この催しの景品に異常が出ている。それは参加者にとっては――とくにある陣営にとっては――大変に重い推論だった。
今この場に、あの死んだ目の魔術師殺しがいたら盛大に抗議していただろうが、残念ながら彼は遠く離れた城でこの講義を聞いている。何も言い返すことはできなかった。
「最初はこの聖杯戦争がすでに破綻しており、その原因を消すために抑止力が呼ばれたのだと考えたが、彼女の答えを聞いてその可能性はなくなった。彼女が抑止力としての権能を振るうのなら、顕現してすぐにその終末捕食とやらを引き起こせばいい」
だが、彼女はそれをしていない。いないどころか、マスターと――見たところ――良好な関係を築いている。
「さらに言えば、彼女は未来からやってきたという。ならばこの時代で終末捕食を引き起こせばタイムパラドックスがおき――世界は破滅するだろうね」
あっさりと言い切ったケイネスに対し、声を出さないようライダーに止められているウェイバーの顔は青を通り越して白くなっている。ライダーも常ならぬ真剣な表情だ。
「ならば抑止力としてではなく、ただの英霊として召喚されたのかと思えば、これも違う。理由は先も言った通り」
反論するものもいないためか、そこはケイネスの独壇場になっていた。ゆっくりと教会内を歩き、壇上にいる璃正に近づく。
「それに加えて、この儀式には全く相応しくない行いをするキャスター陣営の登場だ。ここまで異常事態が起きているのだ、聖杯戦争か、あるいは聖杯自体に何らかの異常が出ているのではないか、と疑問を覚えるのは至極当たり前だろう」
よって、とケイネスは笑みを浮かべて再度結論を述べる。
「私は聖杯戦争の停戦、そして聖杯の調査の協力を要請するに至ったのだ」
反論すべき部分がないように見える一連の話に、その場で聞いている面々は感心していた。特にウェイバーは、信じられないと言わんばかりに瞠目している。
彼の述べた理由が――ぶっちゃけこの場で作り上げたものだからだ。無論、でたらめでも何でもない。ただ、今まで推測していた仮説の根拠が正しくなかったために、その場で出てきた情報を元に再度根拠を作り直しただけ。……その「だけ」の作業を、動揺を表に出さずにやってのけるのは至難の業ではあるが。結果的に結論が同じだったからこそ、できた芸当だったのかもしれない。
シオは内心で拍手を送る。自分がここにやってきた理由は分からなかったが、特にそれを気にせず、間桐家のために戦う決意をしていた彼女。だが、この戦争、ないし聖杯自体に問題があるというのはある意味で大問題だった。雁夜から「お前まだ生きてたとか初耳だぞ」という無言の抗議が飛んでくるが、それはそれ。
璃正は沈黙を保っている。ケイネスは答えをひたすらに待っている。反論するとすれば「それらは今聞いたことだ、でっちあげだろう」というくらいだが、それでも彼が出した結論を崩すことはできない。材料が今手に入ったものだとしても、結論の根拠に足りうるものだからだ、感情で無碍にすることはできない。
「――その件については、いったん保留とさせてもらう。審議の上、結論を出すことにしよう」
どれほどの時間が経っただろう。璃正の口から出た答えは、結末を引き延ばす答えだった。
その答えに、ウェイバーは肩を落とすが、ケイネスは動じていない。もとより聖堂教会と魔術協会の仲は宜しくない。魔術師の忠告を、聖堂教会の人間がはいそうですか、と聞くとは思っていなかったのだ。それに今現在、キャスター討伐までという期間限定とはいえ停戦という報せがでた。今ならばある程度自由に調べ物ができるだろう。
「それは何より。良い結論を期待している」
ふん、と鼻を鳴らし、ケイネスは教会を出ていく。
「あ、ちょ待ってください先生!」
その後を追うようにウェイバーとライダーも続く。
「なーなーマスター、あいつにくわしいこと、きこ!」
「……まぁ、何か嫌な予感がしてきたしな、聞けるなら聞くか」
そしてさらにその後を追うように雁夜達が出ていき、使い魔も去っていく。
1人のこされた璃正は頭痛がしてきた頭を押さえ、審議を行うために教会奥へと向かう。
審議をするとは言ったものの、先ほどの根拠に反論しうる事象は無く、またそうだったとしても彼の提案を退ければ、魔術協会側から何かしらの圧力がある可能性が高い。あれは二択に見せかけた一択の要請だった。
今頃、同盟者の時臣も、息子の綺礼も同じように頭、あるいは胃を痛めているかもしれない。そう思いながら、璃正はこれからの事を考えることにした。
――ある場所にいる、ナニカが嗤う
――もっと、見せてくれと
――もっと、光を、と
次回、ようやくキャスター陣営とかアサシンとかセイバーとかがまともに出てくる……はず
セイバーの左手問題をどうしようか