その日の夜、倉庫街で人知れず、魔術師の戦いは幕を開けた。
その様子を、雁夜とシオは離れた場所から観察していた。雁夜の視力が格段に上がったおかげで、この夜闇の中でも向こうからは見えづらい位置でゆったりと観察できていた。
「おお、あのあおいのがセイバーで、ふたつぼうもってるのがランサーか!」
「みたいだな……ん、ランサーが……うん、黒子が何かあるのか?だめだな、さすがに全部は聞こえない」
「ふつうのシオならきこえたんだろうけどなー、シオもきこえないぞ」
常人なら聞こえないであろう話し合いも、2人からしたらささやき声くらいには聞こえていた。欠片のようにやってくる情報を組み合わせながら、のちに調べるときの材料にしていく。
「セイバーのマスターは、あの銀髪の女の人か」
「っぽいなー。シオとおそろいのかみしてる!」
「だなぁ……あれ、今何かいたような」
ふと、雁夜が倉庫街、ランサーとセイバーが戦っている中心地から少し外れたところに目を向ける。それに首をかしげるシオだったが、同じ方向を見て、目を細めた。
「あいつ……ジュウでねらっているのか?」
「お前そこまで見えるのか。俺には人らしきものしか見えないんだが……」
「マスターはニンゲンだからな、しかたないぞ」
偏食因子の投与のおかげでいろいろとスペックは向上したが、それだけだ。実際五感から入る情報が多すぎて、脳が処理しきれず頭痛に悩まされてもいた。土台が
視覚に関してはシオが格段に上の為、情報を雁夜に伝えていく。
「んー、くろかみのみじかい、たぶんオンナだな。くちがうごいてるから、だれかとつーしんしてる。ほかにもだれかかくれてるかもだ。ふくもくろだぞ」
「黒ずくめの女か……今戦っているセイバーかランサー陣営の関係者のどちらかか、考えられるとしたら。……にしても、魔術師なのに銃を使うってらしくないな」
「シオしってる!ああいうやつはまじゅつをドウグとしてしかつかってない、マジュツツカイっていうんだって!」
「魔術使いか……俺もそれに該当するのかもな」
「だなー」
聖杯戦争の最中とは思えない、ゆるい雰囲気で会話をしつつ、情報を記録していく。こういった乱戦必至の状況に置いて、情報を多く持った方が有利になりうることを、
戦闘をしている2人を観察し、現に雁夜達は多くの有益な情報を得た。
――セイバー。あの一瞬だが見えた剣にシオが反応した。彼女曰くあれは自分と同じく、星が生み出したモノだという。待て、俺お前が星によって生み出されたとか聞いてない。
――ランサー。赤と黄色の2つの槍、そして何かがあるという黒子。槍に魔術を阻害する効果があるのは推測できたので、これだけ情報があれば真名を調べ上げるのは簡単だろう。
入手した情報を確認し、雁夜は立ち上がる。
「そろそろいいんじゃないか?」
それは暗に、シオに戦場へと乱入しろと告げている。が、シオは首を横に振った。
「ハシのほう、だれかやってくるぞ」
「は?」
シオの言葉に雁夜が冬木大橋の方を見た時、それは雷光と共に戦場の真っただ中に突入した。
突撃したのは赤毛の大男。2頭の雄牛が引く戦車に、マスターらしき少年と乗っている。あれはどこの英霊だ、と雁夜が情報を得ようと身を乗り出し、
「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
思い切りずっこけた。
そりゃそうだ。基本サーヴァントは有名すぎる存在――自身の隣に例外がいるのは置いておく――、真名が明かされることでその能力がバレるだけではなく、弱点すらも露呈するのだ。それは、聖杯からの知識でサーヴァント自体も知っているはず。
なのにわざわざばらすということは、よほどの豪胆が、馬鹿者か、そのどちらかだろう。
「あのサーヴァント普通に真名告げて、何を考えてるんだ……おい、バーサーカー?」
呆れる雁夜の隣で、シオはライダー、イスカンダルに釘付けになっていた。何をそこまで注目する要素があるのだろうと、雁夜が首を傾げていると、ぽつりとシオが呟いた。
「あれ、うまそう」
「!!」
シオの言葉に、雁夜が息をのむ。シオは基本自分と同じ形をしているモノ――ようするに人型は喰らうことを嫌う。にもかかわらず、イスカンダルに食欲がわくのは、
「あいつ神性持ちか……!」
暴走の種が2つ。今回は距離が遠かったからかシオも飛び出しはしないが、もう少し距離が近かったらどうなっていたことやら。魔力供給に関して不安はなくなっているが、それでも大暴れされるのは避けたかった。
どうする、このままシオを戦場に突入させるか。雁夜は考える――それが、いけなかった。
「聖杯戦争に招かれし英雄どもよ、今ここに集うがいい!それでもなお姿を現さぬような臆病者は、征服王の怒りを逃れられぬものと知れ!」
は、と気づいたときにはシオはすでに隣には居らず。リミッターの外れかかっていたシオにあの挑発はだめだった、と雁夜は頭を抱えながら、彼女の視界をジャックし、経過を見守ることにした。
直後、アーチャーが現れたことにさらに頭を抱え込むことになるが。
――――――――――――――――
――オナカスイタ
そんな幼げな声が聞こえた気がして、アイリスフィールはあたりを見回す。そんな彼女に気づいたのは、セイバーだ。
「アイリスフィール、どうしましたか」
「今、子どもの声がしたような……」
「子ども?このような時間に子どもなど――!」
いるはずもない。そう続けようとしたセイバーは、背筋を走りぬけた悪寒に、反射的にアイリスフィールを抱えてその場を飛び去った。突然の行動に驚く面々だったが――セイバーの直感は確かに合っていた。
ふわり、と彼らの中心に、1人の少女が降り立つ。いや、彼女を少女と仮定していいのだろうか。死人のような白い肌にぼろ布を纏い、その瞳は金色に輝いている。顔だちは整っているが、その髪はどうみても人のそれではなく、粘土細工で作り上げたようにも見えた。
無表情、そしてガラス細工のように何も示さない瞳であたりを見回す彼女――シオに、誰も声をかけられない。
「お、おい、ライダー、あいつには声をかけないのか?」
「いやぁ、あれはちと話せる状態ではないのう」
ライダーですら誘うのをやめるほど、今の彼女は獣としてそこにいた。
と、その目がある一点に絞られる。そこにいたのは――先ほど現れた、黄金の王。
目が合った瞬間、彼――アーチャーは無言で背後に円状の波紋を出し、そこから数振りの剣をシオに向かって射出した。それは、先ほど高慢な態度をとっていた彼からは考えられない、油断のない攻め。流れ弾から逃れた面々も驚愕している。
「此度の聖杯戦争、よほど厄介なようだな。よもや貴様のような化け物がいるとは」
着弾した衝撃で上がる煙の中、厳しい目でその中を睨むように見つめるアーチャー。その背後にはいまだ、先ほど武器を射出した波紋が広がっている。
土煙が晴れる。そこには、無傷のまま立つシオ。そして、
「我の宝物を喰らうとは、死にたいらしいな、獣!」
その言葉とともに、さらに打ち出される、様々な形状、用途の武器。
だがその戦闘を見ていた他の参加者にとっては、アーチャーの宝具級の武器もそうだが、彼の発言にも驚愕していた。
宝具を、喰らう。無機物である以前に、宝具はそのサーヴァント独自の所有物であり、他の物が扱ってどうとなるわけではない――なお例外はいるが――。だが、あろうことに件のサーヴァント――行動からしてバーサーカー――は、それを喰らったというのだ。
「ふぅむ、あれは一体いずこの英霊なのだ、そらウェイバー、ステータスは分からんのか」
「み、見てるけど、なんだよこれ!筋力と耐久が
叫ぶウェイバーから告げられるステータスに、その場にいる者たちが瞠目する。それは、離れたところで様子を見ている男――セイバーの本当のマスターである衛宮 切嗣も同じであった。
EXとは文字通り規格外と言う意味であり、規格外に強い、ということもあれば、規格外に弱い、ということもある。が、この場合は前者であることは明白だろう。
射出される武器を巧みにかわし、時に素手で叩き落とし、じりじりと
そして――射出の隙間を突き、シオが一気に跳躍する。街灯の上に立っていたアーチャーに肉薄し、とびかかったのだ。
接近戦には弱いのか、それとも不意を突けていたのか、そのままアーチャー諸共落下する。その最中、動体視力に優れたサーヴァントや人間なら気づいただろう。
彼女が、アーチャーの黄金の鎧の肩当を喰らったことに。
さすがにそのまま無様に背中から地面に叩きつけられるほど、アーチャーも馬鹿ではない。すぐさまシオを突き飛ばし、体勢を取り直して着地する。
「我が宝物を喰らうだけでなく、天に仰ぎ見るべきこの我を地に立たせるなど、無礼がすぎるぞ獣!」
その言葉とともに、波紋がシオを中心として円形に展開する。その数は先ほどの倍近く。一体、彼はどれほどの宝具を持っているのか。ウェイバーは頭を抱えた。
――と、シオの様子がおかしい。何やら先ほどとは違い、何かを確認するようにきょろきょろと見回している。
そして、アーチャーを見、自分を取り囲む波紋を確認し、周りで自分たちを見ている聖杯戦争の参加者を見て、彼女は納得したように言った。
「んと、かってにイタダキマスして、ごめんなさい?」
「ウワァァァァァシャベッタァァァァァァ!」
「死に晒せ雑種がァ!」
ウェイバーの奇声とアーチャーの叫び、宝具の射出音が混ざり、その場は先ほどよりも混沌とし始めていた。
最初はお手紙をアーチャーに渡す予定だったはずなのに……
シオのアグレッシブさは異常