今回と前回までのあれを鑑みて「雁夜改造」タグを追加いたしました
いやもうこれ改造だわ……
追記:タイトル修正しました
次の日の朝。
雁夜が目を覚ますと、傍らで桜が眠っていた。視界を巡らせると、部屋の隅に蹲るように鶴野も眠っている。そう言えばあの時、バーサーカーに頼まれてここにきていたのだったな、と思い出す。酒瓶を抱えて寝ているところを見るに、いつものように酒を飲んでいたのだろう。
桜を起こさないよう、ゆっくりと体を起こす。だいぶ暴れていたのか、酷く汗臭い。着替えたいが、桜が衣服をしっかりと握っているのが見えて、着替えるのもはばかられる。
どうしようか……そう思っていると、部屋の扉が開かれた。
「……お、マスターおきたな」
入ってきたのは、首から臓硯が入った瓶を下げたシオ。朝ごはんだろう、昨日の朝と同じ、ドロドロなるまで煮込んだスープらしきものを載せたお盆を持っている。
笑顔を浮かべてこちらに近づいてきたシオは、桜に気が付くとそっと反対側に回り込み、そちら側から雁夜の膝の上にお盆を乗せる。
「サクラもビャクヤも、なんじかんかまえにねたばっかりなんだ。だから、しーっ、だぞ」
「そんなに長期戦だったのか?」
ぼんやりとしか覚えていないが、あの変な空間にいた時間は、そんなに長くなかった気がするのだが。首を傾げる雁夜に、シオはこくりと頷く。
「マスター、すごくがんばってたぞ。サクラもずっと、こえかけてたし、ビャクヤも、しんぱいしてた」
「桜ちゃんは兎も角として、兄貴が心配?」
「あんまりかおにはでてなかったけど、ソワソワしてた」
小声でかわされるやり取りで予想外の言葉が返ってきて、雁夜は思わず鶴野を見た。シオがかけたのだろう毛布に包まり、どこか気の抜けた表情で眠る兄。家族間の情などもうないと思っていたのに、心配してくれたのか。
よくわからない感情に胸中が綯い交ぜになる感覚がする中、シオが匙を差し出してきた。
「たいちょう、すぐよくなるかはわかんなかったから、きのうとおなじのにしてきたぞ。いっぱいうごいたから、オナカスイタだろ?」
その言葉に、雁夜は今更空腹感を覚えた。一晩中暴れていたことになるのだ、確かに腹はへるな。そう考え、匙を受け取る。頭の片隅で、何かが空腹を叫んでいる気もしたが、それは一先ず無視することにした。
ゆっくりと、桜が揺れで起きてしまわないように朝食を食べ始める。相変わらず見た目のわりに味は普通。何をどうしたらこんな料理にできるのだろう、雁夜は不思議で仕方なかった。
雁夜が朝食をゆっくりと摂っている間、シオは窓を小さく開ける。寒さが厳しくなってくるこの季節、換気のためとはいえ、全開にするのはよろしくない。それを完了すると、桜が眠っている側とは反対側に座り、雁夜が完食するのを待っている。じぃ、と見つめられるのがなんだかこそばゆい。
「なんだよ。お前は喰わないのか?」
「もうイタダキマスはすませてきたぞ」
「そ、そうなのか」
追い払う理由もなくなってしまい、雁夜は気まずさを覚えながら朝食を食べ進める。と、シオがあのな、と口を開いた。
「ゴハンイタダキマスしおわったら、まずはマスターのカラダ、しらべるぞ」
「調べるって、どうやって」
「かんのうげんしょう、まえはなしたのおぼえてるか?」
感応現象。確か記憶や心を読むとか言っていた能力のことか。雁夜は頷くことで先を促す。
「それをつかって、マスターのココロに、アラガミがどのくらいのチカラでいるのかをみるぞ」
「待て、俺の中にまだアラガミがいるっていうのか?」
「いるぞ。シオ、ずっとこえきこえてる」
オナカスイタってさっきまでいってた。そう答えるシオに、雁夜は額を抑える。そういえば、さっき頭の隅でそんな感じの声を聞いた気がする。あれは気のせいでもなんでもなく、アラガミとしての意思だったのか。
「てきごうできたから、たぶんないとおもうけど、アラガミがマスターをのっとるかのうせいもあるんだ。だから、どのくらいなのか、カクニンはひつようなんだぞ」
博士から詳しく教わっていなかったが、P73偏食因子とは、すなわち人の細胞をオラクル細胞に変えてしまうことなのだろう。アラガミと人間のハーフ、そうシオは考えた。生まれる前にこれを投与されたソーマが、自分と会うまでずっと自分の中のアラガミと付き合ってきたのを考えると、おそらく一生、雁夜は自身の中のアラガミと付き合う必要がある。
「でも、てきごうできたから、マスターはいままでよりずっとケンコウになったはずだ。メ、みえてるんだろ?どっちも」
そう訊ねられて初めて、視力が戻っていることに気が付いた。いや、これはむしろ以前より格段に上がっている。鶴野が抱えている酒の銘柄が普通に読める。おいそれかなりの年代物じゃないか、なに1人で飲み切ってるんだ。
「マスターのナカのムシのおともきこえないから、たぶんドウカしてるかな。はんぶんオラクルさいぼうになったマスターのさいぼうをイタダキマスしたせいだと、シオはおもう」
半分オラクル細胞になった。それはある意味、自分が人外の世界に片足を突っ込んだという宣告のように思えた。暗い表情になった雁夜に、シオは笑顔を浮かべる。
「だいじょうぶ、マスターはニンゲンだぞ。シオみたいに、イタダキマスしたいキモチであばれたりしない、ちゃんとガマンできる、ニンゲンだ」
「基準それでいいのか……」
がくりと肩を落とす雁夜に、シオは首を傾げる。実際、アラガミは地球が生み出した自浄作用であるほかに、ノヴァが選別の材料として様々な情報を欲する為、食欲がかなり強い。特異点であるシオが上質なアラガミのコアを好むのは、そのアラガミが取り込んだ情報を読み取るため、本能的に選別しているのだろうと、ある研究者は推測していた。
そんなわけで、アラガミにとって一番大きな欲は食欲。それを我慢できる限りはまだ人間だと、シオは言ったのだ。
あと、と顔を上げた雁夜に、シオはさらに言い募る。
「カラダになれるためにも、しらべるのおわったら、うんどうとまじゅつのくんれん、するぞ」
「運動なら兎も角魔術もしなきゃならないのか……?」
魔術嫌いの雁夜にしたら、今のままでも十分に扱えているというのにこれ以上魔術の鍛錬をするのは勘弁願いたいことだった。だが、シオは淡々と理由を説明していく。
魔術回路の代わりをなしていた刻印蟲が同化し、おそらく雁夜自身の魔術回路として機能していると思われる。だが、雁夜が適合に成功してから、シオに送られてくる魔力量が格段に上がっているという事。
今まで持っていたそれよりも何倍も多いそれは、おそらく今のままでは使い魔を操るのも簡単ではないだろうということ。
「だから、くんれんはだいじだぞっ」
ビシッ!と指し示された雁夜は、正論ゆえに反論することが出来ない。渋々ながら従うことにしたのだった。
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それからの2日間は、特に他陣営に動きが無かったので、ひたすら鍛錬と勉学に明け暮れた。
勉学に関しては、シオが本を読みたいと主張し、さらに桜にも勉強を教えるべきだと結論が出たため。シオが魔術についてどんどんのめりこむのが少し気になったが、雁夜は桜に教えるので手一杯、さらに自分の認識より動きすぎる体に感覚を追いつかせるのに一苦労で、彼女の真意を知る機会は訪れなかった。
勉学と食事、睡眠等必要最低限の生活サイクルのほかはすべて体に慣れることに費やした結果、なんとか普段通りの行動の中では支障をきたすことはなくなった。歩くために一歩踏み出した直後勢い余って壁に激突したり、ちょっと跳ねただけで飛びすぎたりすることもない。ただ、まだ走る時だけは注意が必要だった。意識しないといっきに距離を稼いでしまうのだ。
そして、3日目。昨夜泥のように眠り、すっきりとした気分で起きた雁夜を待っていたのは、シオからの世間話のような爆弾発言だった。
「あ、きんぴかのとくろいのが、よるおそくにたたかってたぞ!あれがサーヴァントのたたかいなんだな!」
「おいこらバーサーカーそれ詳しく」
そういわれるのが分かっていたのか、シオが説明を始める。
昨晩全員が寝てしまった後、シオはこっそり屋根に上って、街を眺めていたらしい。そしたらたまたま、ある屋敷で金色の鎧に身を包んだ男と、黒い男らしき人物が戦っていたとか。黒いのは金色の変な攻撃によって消えていったらしい。
「きんぴかのからはうまそうなかんじしたから、たぶんカミサマのちがながれてるとおもうぞ。シオあれにあったら、きをつけないとぼうそうしちゃうかも」
「狂化の影響だな」
「ん」
こくりと頷くシオ。休憩中にちらりとステータスを確認したが、彼女の狂化の影響は、本当に食欲に直結しているものだった。神に近しいものに対して、食欲が増加してしまう――万が一暴走した場合、令呪を使ってでも連れ戻してくれと言われた。何しでかすか、自分でも分からないらしい。
戦闘が行われた場所について聞いてみると、そこは遠坂の屋敷だった。時臣のサーヴァントと誰かのサーヴァントが激突したのだろう。
「時臣の奴なら、恐らく金色のサーヴァントを召喚してるだろうな。あいつそういう部分だけはしっかりしてる」
この2日、ひたすら体を存分に動かしていたからか、それとも鬱屈とした環境が変わったからか、雁夜の時臣に対する憎しみは少し減っていた。とはいっても、最終的に殺すことはあきらめていない。せいぜい話に出てきたくらいでは激昂しなくなった程度だ。
「くろいのやられたんだけどな、そのあとくろいのが、べつのところにみえたんだ」
「はぁ?」
「おなじようなくろいのなんだけど、ちょっとちがうくろいの。あれ、そういうスキルってやつじゃないか?」
「身代わりか、分身か、瞬間移動を使うやつがいるってことか……」
「あと、きんぴかのは、せなかのくうかんがずばばーってひらいて、そこからいろんなブキがばばーん!ってでてきた!」
しゅばばばばって!とその時の様子を体いっぱいに再現するシオ。ああ、うん、とんでもない規格外のサーヴァントを召喚したんだなと、なんとなくわかった。
「なぁ、バーサーカー」
「なんだーマスター?」
だからふと、訊ねてみた。
「勝てそうか?」
その疑問にキョトンとした後、シオは満面の笑みを浮かべた。
「かてそう、じゃなくて、かつんだぞ!」
―聖杯戦争が、始まる
はい、というわけで次回いよいよ倉庫街です
戦闘描写うまくできるといいなあ……