オールド・ワン   作:トクサン

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古き友軍

「少佐、最終確認地点はこの場所ですが、こんな廃都市にBFなんて潜伏しているのでしょうか? 軍属では無いBFがあのガンディアの強襲部隊を仕留めたとはとても……」

「回収班が帝都に提出した武装の中に、とある機体の専用武装が確認出来たらしい、上の予想が正しければ軍属では無い――いや、正確に言えば違うのだが――その中隊を撃破した部隊が此処に潜伏しているという情報は間違いない、或は既に出て行ったのかもしれないが……兎も角、痕跡を探してみれば分かるさ」

 

 廃都市の外れ、二機のBFが周囲を警戒しながら足を進める。中量機である二機の足取りは比較的軽く、一機が先行し、もう一機が背後を警戒するというチームワークで進んでいた。遠征用にキャンプパックを背負ったBF一機は隊長機に従い、小まめな熱源探知を行いながら進む。

 

 彼はこんな場所にBFが潜んでいるとは思っていなかった、BFというのは整備も勿論、何の後ろ盾も持たない存在が保有できる兵器ではない。ハイエナと呼ばれる存在の事は知っていたが、そんな連中にガンディアの強襲部隊が敗れるとは到底思えなかった。

 

 故に、自身の上官が何かを隠しているのは理解しているのだが、正直ガンディアの強襲部隊を僅か三機で破ったというキチガイ染みた猛者と遭遇戦などゾッとしない。正直さっさと帰還して防衛任務に就きたいと言うのが彼の本音だ。

 

 巡回機による尾行の結果、この街に入ったという情報は聞いているが、それ以降の足取りは不明。潜伏しているのか、或は既に去った後か。敵の数と編成が巡回機によって知れたのは良かったが、敵の装甲を剥いで自らの機体に換装するという凄まじい行為。まるで戦場の亡霊だと思った。

 

「……? 少佐、熱源反応です、前方百三十メートル先、建物の向こう側に」

「BFか」

「それにしては随分と反応が小さいですが、休止状態なのかもしれません、警戒して進みます」

 

 そんな事を思っていれば、索敵レーダーに反応。見れば前方にBFと思われる熱源が存在していた。潜伏する為に出力を絞っているのか、或は別の意図があってかは分からないが、敵の前で態々出力を落とす馬鹿はいない。

 

 それはつまり、此方の存在に気付いていないという事だ。

 奇襲するならば今しかない、彼はそう思った。

 

 手元の突撃銃の状態を確認、フルオートに装置を弾くと足音を極力殺して進む。前方の建物は廃れた五階建ての建物だった。ビルと言うには少々小さく、元は書店か何かだったらしい。尤も、今では埃と蔦に塗れた廃墟の一つでしかないが。

 

 熱源探知を接近した状態で行えば、よりハッキリとした熱源を感知する。BFだ、そう確信した。壁越しにでも照準を合わせる事が出来る、彼は向こう側に存在するBFに奇襲を仕掛ける事にした。

 

「少佐、BFです、先手を取ります、ここから壁抜きを敢行して損傷させましょう」

「分かった、弾倉は持っているか?」

「問題ありません」

 

 突撃銃に装填されていた弾倉を外し、腰部に装着。そして腰部後方の収納カバーを開くと、中から赤い弾倉を取り出した。障害物越しに目標を撃破する為の弾丸、BK弾を突撃銃に装填する。ボルトフォワードを引っ張ると、ガコンという音と共に弾薬が装填された。

 機体に膝を着かせると、そのまま精密射撃の体勢に入る。

 

「少佐、射撃を行います、発射まで――三、二、一」

 

 ゼロ、そのカウントと共に バキンッ! バキンッ!という発射音、マズルフラッシュが瞬き弾丸が壁を穿つ。それはボロボロの壁を容易く貫通し、向こう側へと到達した。弾倉を丸々ひとつ分、時間にして約三秒、連続した銃声と閃光が二機の周囲を包み込んだ。

 

 ガチンッ! という反動と共に彼は射撃を停止、弾倉が空になったのだ。突撃銃から素早く弾倉を切り離すと腰から次の弾倉を嵌め込み、薬室に弾薬を装填する。立ち上る埃、ソレが視界を遮って向こう側の様子は分からない。弾丸に貫かれた壁は既に穴だらけで、内部の様子が丸見えだった。

 

「撃破したか?」

「着弾はしたと思います、手応えがありました、後は――」

 

 彼がそう言って再び銃口を向けた瞬間、内部から壁を突き破ってBFが強襲を仕掛けて来た。その機体は片腕に無骨な展開型装甲を身に着け、先頭に立っていた彼に衝突する。盾という鉄の塊の突撃を受けた機体は軋みを上げ、そのまま後方へと倒れた。

 

「ッこの機体は――!」

「野郎っ」

 

 倒された事に憤慨し、背に装着していたキャンプパックを切り離す。

 

 倒れた機体を立て直す為に背部のスラスターを全開、起き上がる為の補助とし、そのまま目の前のBFへと弾丸をブチ込んだ。マズルフラッシュが網膜を焼き、幾つもの弾丸が飛来する。

 

 しかし至近距離で放たれたそれを、目の前のBFは展開型装甲――盾で防いでみせた。火花が次々と散り、表面に凹みは出来るモノの決して貫通はしない。装填した弾倉が通常弾だったため、防弾仕様のソレを貫く事は叶わなかった。やがて弾倉が空になり、閃光が止まる。

 

「少尉下がれ、私がやるッ!」

 

 少佐が叫び、そのまま突撃銃を向けると、BFは展開型装甲を少佐に投げつけ妨害。そのままスラスターを点火し勢い良く飛び出した。背を向け自分達から逃走を試みるBF――その機体は軽量機で、装甲はどの軍のモノでも無い。

 

 アイツが目標だ、彼はそう理解した。

 

「逃げたか……少尉追跡だ、機体の損傷はどうだ?」

「――突撃された際に右腕部の関節を少し、ですが問題ありません」

「よし、行くぞ!」

 

 突撃銃の弾倉を換装し、そのままスラスターを稼働させ加速する。その背に少佐が続き、逃走する軽量機へと迫った。

 

 しかし目標のBFは操縦技術もさることながら、何と身軽な事か。決して背後から射撃を受けない様に直線は避け、仮に背後から弾丸を撃ち込んでも軽々と避けて見せた。凡そBFが見せる動きでは無く、建物の壁を蹴って三角跳びの様な形で弾丸を躱す。軽量機と言え限度があるだろう。

 

「何だ、コイツ……!」

 

 小まめに射撃を敢行しながら距離を詰めようとするものの、差は開くばかり。おまけに逃走経路を予め決めていたのか道に迷う素振りも見せない。焦りばかりが募る、そもそも中量機と軽量機では重量差による最高速度、加速性に差がある。真っ向勝負では負けて当然と言えた。

 

「………」

 

 少佐は沈黙を守り、じっと逃走する軽量機の背を見つめていた。何を考えているかは分からない、或は少佐だけが知っている情報、隠している何かについて考えているのかもしれないと思った。この動き、ガンディアの強襲部隊を破った三機の内の一機だろう。

 

「! この先、直線が続いているッ」

 

 軽量機を追いかけ一分ほど、軽量機が曲がった先が長い直線である事に気付く。ルートを間違ったのか、ならば好機とスラスターを後先考えず吹かせる。直線距離が長ければ長い程攻撃の機会は増える。

 

 弾薬の少なくなった弾倉を切り離し、腰部から最後の弾倉を掴み、装填した。

 

「っ、この地形――少尉、待て、これは」

 

 少佐の通信が入るが、この一瞬を逃してはまた終わるかも分からない鬼ごっこが始まる。ここで仕留めると意気込み、曲がる瞬間にスラスターをカット、両足でコンクリートを砕きながら減速、さらに機体の向きを調整しながら再度スラスターを点火した。

 

 視界にはこちらに背を向ける軽量機、直線距離は凡そ百メートル程、これだけあれば命中する。

 

「貰ッ」

 

 その背に銃弾を叩き込むために一歩踏み出し、スラスターを吹かせる。

 

 しかしその瞬間、足元から爆音が鳴り響いた。それが何であったのかは分からない、同時に銃声が鳴り響いてメインモニタに亀裂が入る、視界が大幅に制限され慌てて機体を立て直す為に地面に手を出した。

 

 しかし気付いた時彼の機体は突き出した腕を吹き飛ばされ、バランスを崩したままスラスターで加速、地面に叩きつけられながら地面を跳ねた。コックピットが大きく揺れ、彼の意識が一瞬飛ぶ。

 

 その無防備な一瞬、それが命取りであった。

 

 地面に倒れた機体に、左右の建物から現れたBFが飛び掛かる。片方の機体は中量機――カルロナ。

 

 カルロナは手に持ったライフル、ヘカーテを倒れた機体のコックピットに向け、躊躇うことなくトリガーを引き絞った。至近距離からの狙撃、それは容易く胸部装甲を穿ちパイロットを即死させた。

 

 追われていた軽量機――カイムは即座に反転し、砂煙を上げる。

 最後に姿を現したのは重量機――オールド・ワン。

 

 遅れて角を曲がった少佐の機体は三機を見て減速し、それからコックピットに穴の開いた部下を見た。その表情は眉間に皴が寄るだけで、大した変化はない。コンクリートを砕き停止した機体を見て、オールド・ワンは呟く。

 

「レヴォルディオ……」

 

 その特徴的なフレーム、純白の塗装、忘れる筈が無い。全体的にBFというのはオールド・ワンが知る限りゴテゴテとしたデザインが多い、それは迷彩効果だとか着弾角度を調整する為だとか、様々な理由が存在すると聞いている。しかし彼の機体は通常のデザインと異なり、流線的なフォルムが採用されていた。

 

 機体の色は白く、流れるフォルムは機体を普通以上に細く見せる。中量機だと言うのに外見だけで言えば軽量機と判断せざるを得ない。だが侮ることなかれ、その装甲は中量機としての役割を果たす。

 

 武装は手に通常の突撃銃、そして腰にぶら下げた二本の実体剣。それは彼専用にカスタマイズされた非内蔵型の近接装備、剣とは呼ばれているものの、その形状は限りなく刀に近い。それは帝都の近接武装がルーツとなっているからだ。

 

 その機体をオールド・ワンは良く知っていた。

 何度か戦場を共にした事もある。

 

「その声――やはり、その機体はカイムだったか、そうなると隊長機は」

 

 純白の機体、少佐――レヴォルディオがオールド・ワンを見つめる。その向こう側に居る男が、どんな表情をしているのか自分には分かった。

 

「オールド・ワン、君だな」

 

 




 

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