オールド・ワン   作:トクサン

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戦場を這う者

 

 オールド・ワンは今正に振り下ろされようとしている斧に対し、右腕の追加装甲を突き出す。腕の関節が突然の全開稼働に悲鳴を上げ、鈍い音がコックピットまで響いた。

 しかしその甲斐あって、重量機の胸部装甲から引き剝がし、無理矢理溶接したソレは実体斧の直撃を見事に防いで見せる。

 

 派手に火花が散り、敵機の振り下ろした斧は追加装甲の半ばまで埋まった。通常なら腕部の内部機構まで食い込んでもおかしくない攻撃だったが、完全奇襲用の調整に加えて斧の状態の悪さが味方した。

 刃は装甲のみに留まり、オールド・ワンの腕は何ら稼働に問題は無い。敵機は奇襲を防がれた事に愕然とし、思考に一瞬の空白が生まれる、それが勝敗を決定付けた。

 

 オールド・ワンは左腕の内蔵武装を展開し、月明かりの元ソレを晒す。

 フロウラウルの狂犬――シーマルク強襲部隊を率いたBFが使っていた電動鋸、チェインソー。それを左腕に装備し、刃を勢い良く回転させる。赤く熱を帯びたソレは闇夜の中でも良く見え、オールド・ワンは容赦なくチェインソーを薙いだ。

 

 狙いは腕、振り下ろした斧を掴んでいた敵機の腕を何の躊躇いも無く削り落とす。凄まじい回転数を誇る刃、少なくとも数秒程度でオールド・ワンの胸部装甲を削り取ったチェインソーは容易く敵機の片腕を削り飛ばした。

 

 不利を悟った敵機は片腕を斬り飛ばされた時点で武器を手放し、そのまま後方へ向けて跳躍を試みる。しかしそれよりも早く、カルロナとカイムが先手を打った。機体の脚部に装着されているアンカーを射出し、敵機のウィークポイントに撃ち込んだのだ。

 返しの付いたアンカーはその役割を十分に果たし、推進剤も使って後退しようとした敵機を引っ張る。丁度宙に機体を浮かし、スラスターを吹かせようとした敵機は予想外の力に体勢を崩し、そのまま転がるような形で岩の上から落下、オールド・ワン達の前に横たわった。

 

 オールド・ワンは腕に突き刺さったままの斧を振り落とし、足で蹴り飛ばす。見ればソレは明らかに正規品のソレでは無く、まるでジャンクパーツを組み合わせた様な歪な形であった。通りで装甲を半分も削れないわけだと独り納得する。

 

 月明りを背にしていた為、敵機の機体が良く見えなかったが、今ならばよく見える。地面に横たわった機体は所々色褪せ、年季の入ったパーツで構成されていた。形状もバラバラ、外部に見える武装は腰部に見える継ぎ接ぎだらけの拳銃。

 少なくともガンディアの追手ではない、機体の外見も勿論、エンブレムが何処にも見当たらなかった。だとしたら何だ、どこの部隊の人間だ。

 

 オールド・ワンは僚機に周囲の索敵を命令し、後続が存在しないか警戒する。その間地面に転がった敵機を足で蹴り飛ばすと、その頭部を何度も踏みつけた。オールド・ワンは重量機であり、その重量は軽量の三倍、中量の二倍はある。

 更に元々フレームの重量もかなり含まれるため、下手をすると中量でも三倍近かった。そんな重量のオールド・ワンに何度も踏みつけられた敵機の頭部はメキメキと音を立て、やがて装甲諸共半分ほどの大きさになってしまう。プレス機としても優秀なオールド・ワンだった。

 

 更に腰部の拳銃に手を伸ばそうとしていた敵機の動きを察知し、残った片腕もチェインソーで強引に切断する。肩部からバッサリと切断されたソレは、派手な火花を散らして地面の上に転がった。

 

 ものの数秒での無力化、少しして僚機から【周辺にBF熱源無し】の報告を受ける。どうやらBFはこの一機だけらしい、念のため自身の機体で熱源反応、それも微弱レベルまで絞った探知を試みるものの反応は無い。

 オールド・ワンは何度か探知を試み、完全に敵は居ないと確信した後に足下の機体を見下ろした。両腕を削り飛ばされ、頭部を圧壊させられた不遇のBF。その機体にはエンブレムもなく、明らかに正規部隊の機体とは思えない。

 

 オールド・ワンは数秒ほど機体を眺めると、『奪う価値無し』の烙印を押した。斬り飛ばした腕も、胴体も脚部もコアも、何もかもがオールド・ワン及び両機の装備に劣る。これでは剥ぎ取ったところで何も旨味は無い。

 

 そう判断した後は素早かった、腕を斬り飛ばした後停止させていたチェインソーを再稼働させ、無様に足掻こうとする敵機の胸部に近付ける。振り下ろす必要もない、軽量機程度の装甲であればものの一秒で削り切るだろう。

 

 キィィィ! と不気味な音を響かせるチェインソーに威圧され、足下の機体は大きく脚部を動かしたり、スラスターを吹かせたりする。しかしカイムとカルロナがアンカーで勢いを殺し、オールド・ワンが頭部を踏みつけ押さえている。今更頭部を切り離そうが遅い、オールド・ワンのチェインソーがパイロットごと胸部を切断する方が早かった。

 

 

 しかし、オールド・ワンが胸部装甲を削る寸前――バキンッ! という音が機外から鳴り響いた。

 

 

 その音はBFの銃声にしては随分と小さく、ともすれば聞き違いと断じてもおかしくはないレベルだった。しかし、オールド・ワンの強化された聴覚は確かにその音を捉えた。同時にチュィン! という何かが装甲に当たる音、それは装甲を削った音ではなく弾いた音だった。

 攻撃を受けたのか。

 オールド・ワンがそう判断し、素早く周囲に無差別探知を行う。最初に検知されたのは僚機の二機、そして次に探知されたのは小さな赤い点が三つ。しかしソレはBFの熱源では無く、人の持つ微弱な熱だった。

 

 先程の探知はあくまでBF用の探知、成程人間は引っ掛からないとオールド・ワンは機体の向きを変える。オールド・ワンから僅か五十メートル程度の距離、オールド・ワン達と同じように高低差の影から一人の人間が顔を覗かせていた。

 その手には銃が握られている――既に見なくなって久しい、旧式の狙撃銃だ。

 

「正気かディーアッ!? BF相手に対人用の銃なんてッ!」

「うるさいッ、このままじゃハイネが死んじゃうでしょう!」 

 

 影から躍り出たのは女性、狙撃銃を構えたまま次々と弾丸を発射する。オールド・ワンは念のため掌でモノアイを庇うと、僚機二機に命令を出す。あんな小さな口径の銃などBFには蚊に刺された程度、まさか倒せるとは向こうも思ってはいまい。

 銃はマズルフラッシュがあるため夜に使用は控えたかったが、仕方ない。僚機の火器使用制限を解除し、ターゲットを足下の敵機から向こう側の人間へと変更。

 まだ何かあるのだろうか、オールド・ワンは思考を巡らせる。

 

 念のため人質としての価値を残しておくべく、チェインソーで足下の敵機のスラスター、そして両足を切断しておく。盛大な火花と共に両足は切断され、スラスターは黒煙を噴き出しながら両断された。これで達磨状態、四肢を捥がれた鉄屑だ。

 

 敵機に向けていた視界を再度人間に戻すと、三人の内の一人がバシュッ! と何かを射出した。拡大するとソレは何か丸い筒の様で、直ぐに何かを理解した。膝を着いて発射する体勢、背後の砂塵が舞い上がるバックブラスト、網膜を焼く六翼の閃光、四百度に及ぶそれは無反動砲としての特徴だ。

 

 過去の戦争で活躍した個人携帯火器のLEE、元々戦車を撃破する為に開発された火砲。口径は60mmで300mmの装甲でも貫通する優れもの。しかし、BFに使用するには余りにも遅い。弾頭がオールド・ワンに着弾するよりも早く、頭部のモノアイが飛来する弾頭を観測、肩部側面に収納されていた小型の武装が展開し バクンッ! と無数の鉛球を発射した。

 

 狙い撃つというより、面で迎撃する。鉛球に接触した弾頭は途中で爆発四散し、風圧だけがオールド・ワンの表面を舐める。対人用の迎撃武装、対BFには殆ど効果を期待できないが、対人武装に関しては絶大な効果を持つ武装。

 

「グルード! 下がれッ」

「くそッ、虎の子のLEEが……」

 

 三人は弾頭が迎撃されると見るや否や蜘蛛の子を散らしたように散開、オールド・ワンから火器使用制限を解除された僚機――カイムは、すぐさま手に持った突撃銃を構えた。人間に使用するには過剰火力と言えるが、どちらにせよ殺すなら問題は無い。カルロナの狙撃銃は弾薬が限られている為、今回は待機だ。

 

 カイムは突撃銃を腰の脇に構え、掠っただけで死に至る大口径の弾丸、鉛の雨を人間に向かって浴びせた。眩いマズルフラッシュ、響き渡る銃声、銃口から放たれたソレは三人を巻き込みながら土埃を巻き上げた。

 

「ぐッ!」

「ッ――」

「マジかッ!」

 

 悲鳴が聞こえ、数瞬の後に三人の姿は土埃に紛れて見えなくなる。二秒程度のフルオート射撃、弾丸は五十メートルの距離を一瞬にして踏み潰し、地面に穴を穿った。濛々と立ち上った砂塵を裂く様に二機がスラスターを吹かせ、三人の元に接近する。カルロナが狙撃銃を、カイムが突撃銃を地面に突きつけるのと砂塵が晴れるのは同時だった。

 

 砂塵が晴れた場所には地面に転がり、無数の弾痕が残る中両手を挙げる三人。どうやら弾丸は命中させず、牽制するに留めたらしい。BFや戦闘車両であれば問答無用で殺害しただろうが、AIは人間を無力と判断したらしかった。

 

「クソッ、くそ、降参だ、撃つなッ!」

「あぁ、もう最悪――だから無理だって言ったのに……」

「流石に無理だ、これは」

 

 両手をだらしなく挙げながら叫ぶ男、狙撃銃を足元に転がしながら静かに両手を挙げる女、俯いたまま力なく両手をハの字に挙げる男、計三人。オールド・ワンが敵の完全制圧を確認すると、足元からガシュン! という空気の抜ける音が聞こえた。

 

 視界を足元に向ければ、胴体しか残っていないBF――その胸部のハッチが開き、コックピットのロックが解除された。しかしどうやらハッチと装甲が噛んでしまったらしく、パイロットは内側から何度かハッチを蹴り飛ばし、強引にハッチを開いた。

 

 コックピットから這い出して来たパイロットはアシストフレームも纏う事無く、ゆっくりと立ち上がった後にオールド・ワンへ向けて両手を挙げて見せた。

 どうやら投降の意思があるらしい、オールド・ワンは緩慢な動作で踏み潰していた頭部から足を退けると、そのまま他の三人に合流するよう手で指示を出す。チェインソーを持たない手でパイロットを指差し、次に三人を指差す。それだけで意図は理解したらしい、両手を頭の上に組んだまま三人の方へと足を進めた。

 

 

 


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