特に何もない素晴らしい1日だった。   作:緋月夜

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すみません、長い間本当にすみませんでした。
4ヶ月ぶりに執筆をし、とんでもなくつまらなくなってしまったと思いますが、まだこの作品を覚えていてもらえたら嬉しいなと思います。
それではどうぞ。


八雲亭にて、飛我の過去。~紅魔の吸血姫~

―――妖怪の山 中腹

文と別れ、上りではほぼ気にすることのなかった幻想郷の景色を眺めながら、ゆっくりと下山する飛我。

彼は今、この幻想郷にある“霧の湖”に向かっていた。

(…もし、あの“気配”が本物だとするなら…早めに撃退しておかなくてはな)

そう思いつつ、近付いてくる妖気に軽く注意を向けていた。

左手は、やはり愛刀の柄に添えられ、いつでも応戦できる体勢をとっていた。

「こんにちは、貴方が飛我さんですか?」

そんな時、ふと目の前から現れたのは、昨日自分が引導を渡した白狼天狗と似たような姿形をした少女だった。

「…その通りだが」

相手に敵意がなかったため、それを肯定し歩みを止める。

「私は白狼天狗の犬走椛と申します、実は昨日の会議の後、山の警備にあたっている天狗全員に、あなたの事が簡単にまとめられた書類が配られまして」

と、一枚の紙を取り出し見せてくる。

性別、年齢、名前、姿形の簡単な情報が載った書類のようだった。

「それで、俺に何の用なんだ」

書類に目を通し、椛に問う。

「あのですね…急で申し訳ないのですが、手合わせをお願いできませんか?」

「…」

「……そんなあからさまに面倒くさそうな顔しなくてもいいじゃありませんか」

 

 

―――

「…まぁ、敵対心で攻撃してくる訳じゃないし、相手をしよう」

渋々ではあるものの、手合わせを応じることにし、距離をとった。

「先に相手に一撃入れた方の勝ち……それで構いませんか?」

「あぁ、構わん」

向こうの武装は、どうやら片刃の剣と盾のようだ。

(……この山の妖怪だ、どれほどの力を持っているのか…試させてもらおう)

いつもの通り、左手を柄に添え腰を落とす。

「――行きますッ!」

そう言うなり、抜刀した椛がこちらへ距離を詰めてくる。

「…流石に、身体能力はあるみたいだな……だが、まだ甘い」

「……!」

瞬間、柄に添えていた左拳に“霊力”が集まっていく。

「…せやぁ!!」

飛び込みながら袈裟懸けに刀を振り下ろしてくる椛――しかし、その刀は振り下ろされることは無かった。

「……!!」

「……」

椛の右顎に、霊気が迸る拳が――光拳が、添えられていた。

「…フッ……勝負あり、だな」

霊気を霧散させ、軽く拳を当てようとした。

しかし――「まだッ!」

そのまま椛は刀を振り下ろしてくる。

「……チッ…往生際の悪いッ!」

左拳を戻す勢いで反時計回りに回転し、斬撃を避ける。

そのまま距離を取り、柄に左手を添える。

「…軽く見すぎてたみたいだな、もう少し……本気になっても良さそうだ」

言うなり、飛我の身体から蒼白のオーラが立ち昇る。

「…手を抜かれてたんですか、甘く見ないでください」

対する椛も刀を構え直し、向き直る。

―――先に動いたのは、飛我だった。

「…そこだッ!」

一瞬で距離を詰め、神速の抜刀斬りを放つ。

「…っ…きゃあッ!?」

辛うじて盾をかざし、こちらの斬撃を受け止めようとする椛。

しかし、虚しくもその盾は、上部を飛我によって斬られてしまった。

「そ…そんな…私の盾が……」

椛の顔は驚愕に染まる…が、それも一瞬の事。

すぐに顔を引き締め、こちらへと刀を振るってくる。

「……っ!」

刀を振り抜いた直後の飛我は、刀を戻すのではなく、左手に握った鞘で受け流した。

「……なるほど、中々やるな…」

「…飛我さんこそ、話で聞いた以上の強さですね」

両者同時に得物を構え直し、睨み合う。

(…不用意に手を出せば、こちらも無事では済まないな……)

普段、片手で愛刀を振るう飛我だが、この時ばかりは両手で刀を握った。

「……」

盾を投げ捨てた椛もまた、両手で得物を握り上段に構える。

(…次で決める、必ず)

対する飛我は、刀を下げ自分の右足の方へ向け構える。

―――先に動いたのは、椛だった。

「やあぁぁぁぁぁッ!」

突撃しながら、刀を袈裟懸けに振り下ろす椛。

「……“ここ”だッ!」

それに対し、椛の刀を目掛け、左斜め上に斬り上げる飛我。

 

 

―――甲高い金属音が鳴り響き、金属片が地面に突き刺さった。

「…参りました」

「……」

飛我の「神破」が、椛の刀を両断していた。

「……」

「……」

両者ともに刀を納め、一礼をする。

「実力は充分だ…流石に片手で凌ぎきれなかったぞ」

椛の肩に手を置きながらそう告げる飛我。

「……ありがとう…ございました…!」

そのまま立ち去っていく飛我の背中が見えなくなるまで、椛は深々と頭を下げていたという。

 

 

 

―――妖怪の山 麓

椛との手合わせを終えた頃には、既に日が暮れ始めていた。

その為、麓についた時には夕暮れと言って差し支えのない時間になっていた。

(……さて、次に向かうのは――)

そうして、もう1度“感じた気”を辿る。

その先には、この幻想郷でも最高クラスに位置する妖怪である、吸血鬼の住む館―――紅魔館が、佇んでいた。

「しかし…これはちょっと遠いな……」

などと愚痴をこぼしつつ、歩みを進める。

しかし、彼はまだ気付いていなかった。

この先に待ち受ける脅威が――敵の力が、自分の想定を遥かに超えている相手であることを。

 

 

――紅魔館

霧の湖の近くに佇むこの館には、幻想郷では最強クラスの妖怪、吸血鬼の姉妹とその従者達が生活している。

その吸血鬼姉妹の姉――紅魔館の主であるレミリア・スカーレットと、その側近でありメイド長の十六夜咲夜は、レミリアの自室でとある話をしていた。

「…お嬢さま、お気付きになられていますか?」

「…えぇ、もちろんよ」

優雅に紅茶を嗜んでいるだけのようで、その実――この紅魔館の近くに潜んでいる“妖力に似た何か”、そしてそれを目指し近付いてくる“強大な霊力”――その両者に対する警戒をしていたのである。

「…こちらに近付いてる方は置いておくとして――問題は、傍に潜んでいる妖怪らしき奴ね」

「どうやら、こちらの方は動く気は無いようですね……どういたしますか?捜索しますか?」

咲夜は既に準備を済ませている、といった様子でレミリアに提案をする。

「…そうね、今夜は満月――ちょっと、体が疼くのよね」

苦笑いをしつつ、窓を開けて外へ飛び出す。

続いて咲夜も外へと飛び出し、レミリアの側へと控える。

「さて…この妖怪らしいやつは、私を満足させてくれるのかしらね」

月明かりに照らされた彼女の顔は、美しくも冷酷な笑みを浮かべていた。

 

 

――霧の湖付近 森林

「……そろそろ、か?」

霧の湖付近の森林に着き、周囲を伺う。

先程から感じる“妖力”の正体は、おそらくこの近くに潜んでいるはずであると確信しつつ歩みを進める。

そして、近付くごとに、自分が緊張していることがよくわかった。

刀の柄に手を置き――そして聞いた、“破砕音”を。

「なっ……!?」

突然の破砕音に驚いた訳ではない、目の前にあった一帯の景色がすべて消し飛んだからである。

そしてそこに立っていたのは、大きな金棒を担いだ“巨鬼”。

「…さっきから、コソコソと嗅ぎ回っているのは、お前か童」

背を向けたまま、威圧的に話しかけてくる目の前の巨鬼に対し、腰を低くしながら答える。

「確かにその通りだが…お前は何者だ」

その瞬間――目の前の巨鬼の纏う闘気が、何倍にも膨れあがった。

「俺は“単眼鬼”、名は一眼!」

こちらを振り返り、巨大な金棒を構えてこちらを見据えてくる。

「童ァ!貴様の名は何だ!」

大気を震わせる程の声量で、こちらに問うてくる。

「…俺の名は――飛我、ただの人間だ」

対するこちらも抜刀し、正眼に構える。

そして、自分の中の霊力を最大限に解放する。

「ハッ、ただの人間に―そこまでの闘気、出せるものかよ!」

瞬間、見た目とは裏腹にこちらの予想を遥かに超える速度で金棒を振るってくる。

こちらに当たる瞬間に跳躍し、再度距離をとる。

大きな爆砕音と共に、地面には大きな穴が穿たれていた。

「ふっ…俺の金棒は、今まで葬ってきた剣士の刀を溶かし、再度この金棒に溶かし合わせて作り上げてきた……丁度、お前が100人目だ、童」

口の端を吊り上げて、笑みを浮かべるその姿は―正しく鬼であった。

「…俺の刀、お前に取れるか……試してみろよ、一つ目」

挑発するように、刀の切っ先を向ける。

「その言葉、後悔するなよ――人間」

気が付けば眼前には――既に袈裟懸けに振り下ろし始めた一つ目鬼の姿があった。

 

 

――霧の湖付近 森林

「……!おぉぉぉぉ!!」

愛刀での受けは間に合わない―そう一瞬で判断をし、“光拳”へと切り替え、単眼鬼の金棒へと拳を振るう。

「無駄な足掻きだなァ!潰れろ小童ァ!!」

そのまま振り切ってくる金棒へと拳が吸い込まれ――しかし押し負けることなく拮抗する。

「…ほう、まさか拳で受け止めに来るとはな」

「…ぐぅ…っ…!!」

しかし、元々の筋力差もあり、徐々に押し込まれていく。

「未熟だな――おらぁッ!!」

そのまま拳ごと右になぎ払い、すぐさまこちらの右の脇腹に金棒を振るってくる。

「……!!」

避けきれない――しかし、動き始めた足は止められず、中途半端に後方へと下がってしまった。

「……貰った!」

振り切られた金棒と共に、飛我は遥か遠くへと吹き飛ばされた。

「――ッ!!」

大きな樹に叩き付けられ、声を上げるための空気すら、強制的に吐き出させられた。

それと同時に、腹部に激しい痛みがある事に気が付く。

「……!……はぁ…っ……!はぁっ……」

やっとの事で息をするものの、立てそうにはなかった。

「フッ、さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ?」

単眼鬼が近付いてくる、恐らくこのままでは殺されるだろう――しかし、立てない。

「…まぁ、もう立てんだろうな、安心しろ、今楽にしてやる」

ゆっくりと近付き、金棒を構える。

「…く、くそ…がはっ…げほ…っ…」

声を出そうとし、しかし口から鮮血が吐き出される。

(……ここまで、か)

腹部には、恐らく金棒の突起によって出来た大きな裂傷がある。

生き延びたとしても、恐らく助けられなければそのまま死んでしまうだろう。

「“爆砕”――」

単眼鬼が、こちらへ金棒を振るってくる、しかし避けられない。

飛我は目を閉じて自分の最期を待った、と、その時――

「“スピア・ザ・グングニル”!!!」

「何だてめ――!?」

突如現れた少女の放った一撃が、単眼鬼の急所――その大きな一つ目を貫通していた。

どす黒い血が辺りに撒き散らされながら、単眼鬼は、糸が切れたように倒れた。

(…助かった……のか…)

また命を拾った、そう実感し、飛我は意識を手放した。

 

 

――数分前

「…お嬢様、そろそろの様です」

「分かってるわ――気を抜くんじゃないわよ、咲夜」

飛我と単眼鬼の戦闘が始まる数分前、同じく霧の湖付近の森林の上空を二人の影が――紅魔の吸血姫、そしてその従者の銀髪のメイド。

レミリア・スカーレットと十六夜咲夜が、並んで飛行していた。

「…さっき感じた二つの気配は、今同じ場所にいるようね」

「えぇ…しかし、両者とも力を解放しきっていないようです」

二人が、飛我たちの元へとたどり着くまであと少し――その瞬間、轟音と共に、土砂と樹木が吹き飛ばされていくのを、二人は見た。

「……急ぐわ」

「…はい、お嬢様」

そのあとすぐに発生した次の爆砕音と怒号を聞きながら、二人は飛行速度を上げた。

――――

二人が到着した瞬間、戦っていたのであろう一人の少年が、鮮血を撒き散らしながら吹き飛ばされているのが見えた。

「……!!」

「…落ち着きなさい咲夜、あの妖怪、一撃で葬るわ」

そう言うなり、レミリアは槍を投擲する構えをとる。

「…お嬢様……早くしないと、彼が…!」

若干冷静さを失った様な咲夜は、自分の言葉の内容に驚愕しつつ、レミリアの方を振り返る。

(……何故私は、こんなにも彼の命を助けたがっている…?)

内心で自分に問い、しかし答えは返ってこないまま、レミリアの右手に魔力が集まっていく様を見ていた。

目線を下へと戻し、巨大な体をした鬼が、ゆっくりと動けない少年の側へと向かっているのが見えた。

早く、あの妖怪を倒さなくては――そう考えを巡らせた瞬間に、背後の主から声が掛かる。

「退きなさい、咲夜――」

その手には、巨大な槍状の魔力弾が。

「すみません…失礼いたしました」

最も信頼する主を信じ、咲夜は後方へと下がる。

 

 

――「“スピア・ザ・グングニル”!!!」

気合いの一声と共に、高威力の魔力弾が放たれる。

神槍の名を持つその魔力弾は、単眼鬼の目へと吸い込まれ――どす黒い血を飛び散らせながら、単眼鬼を絶命させていた。

「す、すごい……!」

「ふふん、私にかかればこんなの朝飯前よ」

自慢気に胸を張り、得意気な顔をするレミリアを尊敬しつつも、咲夜は飛我の元へと向かっていた。

「…酷い傷……命に別状はなさそうだけど…一刻を争う状態…か」

冷静に飛我の状態を分析し、早急に処置をする必要があると判断した咲夜は、主の元へと戻って事情を説明――とりあえず紅魔館へと連れ帰り、応急処置をすることになった。

 

――深夜 紅魔館 客室

「…っ…ぐぅ……こ、ここは…」

目を覚まし、視界に映るのは見知らぬ天井。

戦闘後の傷と疲れからか、倦怠感と激痛が全身を支配していて、体を動かすにも動かせずにいた。

(……本当に助かったのか、俺は)

痛みが走ることで、自分が生きていると実感してしまうのは些か悲しいものがあるが、それでも助かったことには安堵していた。

(…初めて負けた、か)

甘く見ていた訳でも、相手が自分より劣っているとも、ましてや相手の戦闘力が自分を上回っていないことはない、なんて決め付けていたわけでもない。

しかし、勝てなかった。

これは、自分自身の力が足りなかった、あの一つ目鬼に言われたように、自分がまだまだ未熟だったからだ。

「ふふ…俺は弱いな…まだまだ、弱い」

顔に手を当て、自嘲したように笑みをこぼす。

そうして、脱力した所に、一人の人間が訪れた。

「失礼致します――あら、お気付きになりましたか」

その人間とは、先程単眼鬼を葬り去った少女の後ろに控えていた女性であった。

「…貴女が、俺を助けてくれたのか」

「傷が酷かったので…軽くですが応急処置をさせていただきました」

と、こちらのベッドの近くにおいてある椅子に座り、続ける。

「貴方が、今幻想郷で起きている事件解決に当たっている人間の――確か、名を飛我という少年でしたか、それに間違いありませんか?」

「あぁ…間違いない、俺が飛我だ」

と、一言だけ返し、目を閉じる。

「…あくまで応急処置ですので、後日永遠亭の永琳様に来ていただいて、しっかりとした治療をしていただきましょう」

そこまで言って立ち上がり、飛我に顔を近づける。

「…貴方の目は、とても綺麗な色をしているのですね……とりあえず、今日はまだ休んでいてください」

と、こちらの額を撫でて部屋を出ていこうとする。

「あ、待ってくれ……名前を教えてくれ」

部屋から出ていこうとする彼女の背中にほぼ無意識的に声をかける、すると女性はこちらへと振り返り、

「私は、この紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と申します、以後お見知りおきを」

上品な一礼とともに、ゆっくりとこの部屋から出ていった。

その姿を見送った飛我は、目を閉じて再度眠りについた。




4ヶ月間投稿を何も言わずにお休みしてしまい本当に申し訳ないです、ちょっと本当に色々とありすぎて書こうにも書けない状態が続いてしまっていました。
この機会をきっかけに、また執筆を再開できればいいなぁと思っております。
それでは。

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