特に何もない素晴らしい1日だった。   作:緋月夜

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今回はちょっと短め&早めに投稿出来ました。
しばらく過去編をメインに書いていきたいと思います。

それでは、どうぞ。


八雲亭にて、飛我の過去 ~幻想の住人~

――妖怪の山 夕方 会議室

「はぁ…妖怪の賢者とあろう者が……どうしてあんな事を」

ため息と同時に頭を抱えて、机に伏す少女がいた。

幻想郷の閻魔、四季映姫だ。

「…何の考えもなしに行動を起こす様な者では無いはずだ」

「…それは、分かっています」

苦悩する映姫に、妖怪の山の大天狗の夜風が声をかける。

「しかし…我ら幻想郷の妖怪や実力者たちよりも、外から来た人間に委ねてしまうとはな…“勘”でどうにかなるものでも無いだろうに」

仕方なさそうに息を吐きながら夜風が続ける。

「…私達は自由に動ける立場ではないのです、その分外来人に任せた方が好都合なのも分かりますが……」

やはり納得がいかないと、映姫は言葉の外で続けた。

そんな時、誰も来ないと思っていた会議室の扉を叩く者がいた。

「……?」

「…何者だ」

夜風が立ち上がり、扉へ近付きながら妖力を高める。

「…怪しい者ではないと言ったところで、信用してはくれないだろう?」

扉の向こうから聞こえてきたのは、若い少年の声だった。

そして扉が開かれ、その先にいたのはやはり少年だった。

刀を腰に下げ、自然本体で立っていた。

「…名は」

夜風が当然の様に名を尋ねる、それに対して目の前の少年は、目の前の夜風と映姫を見やり、一言。

「…飛我」

「……そうか、お前が」

そうして夜風は、高めていた妖力を霧散させ、同時に戦慄した。

(…ただの人間では出せない“霊圧”だった…何者だ、この少年は)

「…貴方が、飛我ですね」

後ろで座りながら見守っていた映姫から声がかかる。

「…紫から話は聞きました、今この幻想郷で起きている“異変”について、貴方が真相に迫ろうとしていると」

立ち上がり、こちらへと近付いてくる映姫に重苦しい雰囲気を感じ取る飛我。

「……しかし分かりません、何故“貴方”なのですか」

「…分からないな、その問いの意図が」

あくまで対立するわけでもなく、自然体で問答をする。

「……俺は、俺の信念に従っているだけだ、それ以外にない」

「…信念ですか、それはどのような?」

いつの間にか夜風を横に退かし、前に立つ映姫の目は真っ直ぐに飛我を捉えていた。

「…“殺しを許せない”……それだけだ」

「……そうですか」

映姫から発せられていた重苦しい空気はなくなり、互いに力を抜いた。

「実に単純明快な信念ですね、好感が持てます」

「…お前は、人間にしては実に真っ直ぐな目をしている、悪い人間ではなさそうだな」

と、映姫と夜風から評される。

「悪い人間かどうかは分からないが、自分の信念を曲げずに生きている事は誓おう」

そして振り返り、部屋を出ようとする。

その時ふと後ろから声がかけられる。

「ところで飛我さん、貴方の腰に下げている刀の鞘にどうして“血”がついているんですか?」

「……何?」

再び空気が張り詰める、仕方ないことだ、不殺を誓った人間の下げている刀の鞘に“返り血”が付いているのだから。

「…途中で妖怪に襲われてな、反撃した時に付いたものだろう」

振り返りながら飛我は語る、遭遇した“異形の妖怪”について。

 

 

――30分前 妖怪の山 中腹

永遠亭を後にした飛我は、土地勘が無いにも関わらず妖怪の山にたどり着いていた。

と言うのも、彼の特技の一つでもある“気や体内エネルギーの感知”を応用し、紫の妖力を辿ってきていた。

(…山登りというのも、存外悪くないな)

中腹まで登り、振り返ると幻想郷中を見渡すことが出来た。

此処がもし、もしも“飛我”の居るべき場所に出来たなら。

(……その為に、俺がいる)

飛我を守るためなら、例えどんな事があっても。

そうして、夕焼けに染まる幻想郷を眺めていると不可解な気配を察知した。

(…なんだ、何かが“高速”で近付いてきている…)

それと同時に聞こえてくる“足音に似た何か”。

(…来る…ッ…!?)

その“音の正体”を視認すると同時に、飛我は抜刀していた。

聞こえてきたのは“金属音”。

そして、飛我は目の前の光景に驚愕した。

刀で受けていたのは“妖怪の腕”だった。

だと言うのに聞こえてきたのは“金属音”だったのだ。

「……なんだ、お前は」

「……」

受けているこの間にも、わずかずつではあるものの押し込まれていく。

言葉を発さないということは知能がないのだろうか、そう思いつつ謎の妖怪を観察する。

そして戦慄する、その妖怪には“下半身がなかった”のだ。

「…くそっ…何なんだお前は!」

強引に刀を振り抜いて謎の妖怪を弾き飛ばす。

地面に“両腕”で着地し、こちらへと向き直る。

それと同時にこちらの右側に掻き消える様に腕で這い始めた。

しかし這うスピードを遥かに超えている、明らかに音速に近い。

「……!」

こちらの右側に大きく旋回しながら徐々に加速していく、恐らく先ほどのようにスピードに乗った状態で腕を振り抜いて攻撃するのだろう

しかし、先程感じた異様な気配、殺気と言っても差し支えないものは一体何なのだろうか。

「…試してみるか、一か八かの賭けだが……」

そう言うと飛我は、近くにあった大木を背にし、奴の攻撃を待った。

気配は先ほどと同じ様に真正面から高速で近付いてきた。

(…今だ!)

ギリギリ視認した奴が飛ぶタイミングに合わせてしゃがんだ。

奴は頭上を通り抜けていき、更に奥にあった木を“切断”して通り抜けて行った。

「…恐ろしい奴だな…お前は」

振り返り、こちらを見据える妖怪に対し、もう一度問いかける。

「…お前、名前は?」

「…テケ……テ…ケ」

掠れた声で、それだけを言う。

「…“誰か”にやられたせいで、それになったんだな」

「……!」

テケテケの顔が、驚愕に染まるのが見える。

服装と頭から生えた犬のような耳と白髪。

恐らくは白狼天狗が殺された後に別の妖怪へと化してしまったのだろう。

「……一撃で終わらせてやる、全力で来い」

「……」

それ以上喋ることは無かったが、やはり先ほどのように右に回り込むように高速で移動を始める。

飛我は目を閉じながら、攻撃を待った。

気配はそのまま背後に移動し接近する。

そこで目を開き、ゆっくりと振り返る。

テケテケが飛ぶと同時に飛我は肉薄し、刀を下から右上へと振り上げる。

「ガァ……!」

「……」

そのまま血を振り払い、納刀する。

振り返ってみると、テケテケ――もとい白狼天狗は、苦しんだ顔ではなく、安らかな顔をしていた。

「……冥福を祈る」

白狼天狗の死体は、徐々に煙と共に消え去っていく。

その煙が天へと登っていくのを見届け、飛我は更に上へと足を向けた。

 

 

――現在 会議室

「…妖怪が、別の妖怪になる?」

「……そんな馬鹿なことがあるか!我ら天狗一族が別の妖怪になるなど……!」

「…しかし、これは紛れもない事実だ」

二者二様の反応に対し、淡々と答える。

「しかし、結局の所貴方は、不殺を誓いながら白狼天狗の命を絶った、これも紛れもない事実では?」

張り詰めた空気の中、映姫が一言を言い放つ。

途端に、飛我の纏う雰囲気が重く苦しいものへと変わっていく。

「…ならば、他に方法があったのか…?」

「…え?」

聞き返す映姫の胸倉を掴み、声を荒らげて飛我が続けた。

「お前に、あの白狼天狗を救う術があったのかッ!?」

「!!」

全身から怒りと哀しみを爆発させる飛我に気圧され、何も言えなくなる映姫。

「あの時…お前があの白狼天狗と対峙して、元の姿に戻してやれたのか!?あの痛みから奴を救ってやれたのか!?自我を僅かに残したまま、別の妖怪にさせられて、戦わなければいけなくなった奴の苦しみがお前に分かるのかッ!!」

「……」

沈黙、それは自分では何も出来なかったという事を暗に示していた。

「…当事者でもないお前が…偉そうに…ッ…」

「…!」

映姫は、自分の頬に落ちてくる雫に気が付いた。

「…泣いているのですか……?」

「……っ…悪いか…泣く事は悪い事なのか……!」

涙を拭いながらも、飛我の涙は止まらない。

その原因に、映姫は気が付いていた。

今の主人格である“彼”と、彼の守っている“飛我”が泣いているのだ。

不殺を2人で誓ったはずなのに、白狼天狗を救う為に命を奪ってしまったのだから。

責任感と哀しみが心中を渦巻き、精神的に不安定になってしまっているのだろう。

ちら、と夜風を見ると、困惑してはいたものの、こちらの意図を察して静かに部屋から退出してくれた。

それと同時に、映姫は優しく飛我を抱き締める。

「……っ…慰めのつもりか…」

弱々しく、飛我が声を出す。

しかし、胸倉を掴むその手にはもう力は入っていなかった。

「…貴方は、何も悪い事をしていません……私が浅はかでした」

そして飛我の頭を引き寄せるようにして続ける。

「…私は、白黒付けることに囚われすぎていたようです……貴方の行いは善行に間違いありません」

そして、映姫は“能力”によって、飛我を裁く。

「…貴方は結果的に白狼天狗を救ったのです、その事は悪ではない」

優しい声で、母が子をあやす様に撫でながら映姫は言い聞かせる。

「…貴方の信念は、真っ直ぐで正しい…その事は好意に値します」

「……」

よしよし、と頭を撫でながら映姫が言う。

「……貴方は“無罪”です、罪に問うことはありません」

「…そうか……良かった」

そうして再び、飛我は静かに涙を流し、映姫は飛我が泣き止むまで抱きしめ続けたという。

 

 

 

――夜 妖怪の山 宿舎

結局日が暮れるまで泣き続けた飛我は、泣き疲れたのかそのまま映姫に抱き締められたまま眠ってしまった。

それを見た夜風は白狼天狗を2人ほど呼び、宿舎へと運んだ。

夜風は指示をしたまでだったが、映姫はそのまま飛我の後を追った。

 

通されたのは畳の香りが全体を包む様な部屋だった。

「映姫さままで着いてこられなくても良かったのでは?」

「…いいじゃないですか、私にだって人肌恋しくなる時もあるのですよ」

むぅ、と頬をふくらませて不満そうに言う映姫。

それを見た白狼天狗は仕方なさそうに引き下がって、薄い掛け布団だけを出し去っていった。

「…よい、しょっと……ふぅ、やはり男の子ですね」

ゆっくりと仰向けに寝かせ、飛我の頭をこちらの太ももの上に乗せる。

「……不思議ですね、閻魔であるこの私が…たかだか人間であるこの少年にこんな事をしているだなんて」

膝枕をしながら、飛我の頭を優しく撫でる。

「…男性の髪はもっとゴワゴワしているものだと思ったのですが、飛我の髪の毛はサラサラですね……撫でていて気持ちいいです」

そして、映姫自身も驚いたのは、自分の顔が笑顔であるということに気がついたからだ。

「…不思議な人ですね、貴方は」

今の彼は、一体“どちら”なのだろうか。

どちらでも構わない、きっと、どちらも心優しい性格なのだろうから。

「……貴方が目を覚ますまで、私はここにいますからね」

こうして、彼の精神面も映姫の心中も、穏やかな暖かさが広がっていき、安定させていく。

これが、幻想の住人として認められていく第1歩を踏み出した物語である。




正直投稿期間まちまちになってしまって申し訳ないです。
前書き通り、暫く過去編を書いていきたいと思っております。

それでは、また次回。

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