PD323年、十月のCGS社長室にて、マルバ・アーケイはクーデリア・藍那・バーンスタインと地球行きに向けての打ち合わせを行っていた。
「こいつらが、今回の護衛にあたるもんの代表です」
「参番組隊長、オルガ・イツカです!」
「副隊長、ユージン・セブンスタークっす」
「兵站長のビスケット・グリフォンです」
「三日月・オーガス」
地球行きに当たり、参番組に任せたのはオルガ・イツカの統率力を期待しての事であるが、それ以前に一軍への信頼の低さ、教導隊の人数の少なさがそれを後押ししていた。
その件はルイス、雪之丞とは相談の上であり、整備統括として雪之丞が地球行きに同行する事にも、両者は同意していた。
その後、クーデリアが三日月にCGS内を案内してほしい、と願い出て後の打ち合わせはどうするんだと、マルバは内心思ったが、クーデリアと同行していた怜悧な美貌をした眼鏡をかけたメイド、フミタン・アドモスが打ち合わせを引き継ぐ事を申し出てきた。
フミタンの表情に動揺がないことから、このようなことは日常的に行われていたのであろうと、マルバはフミタンにいささかの同情を覚えた。
打ち合わせはスムーズに行われ、何点かの変更を加えた後に解散となるが、クーデリアが未だに戻らないため、フミタンには契約書の確認作業が残っているので、社長室に残ってもらい、オルガたちを業務に戻らせつつ、クーデリアを見かけたら、用意した客室へ向かってもらうように言い付けて、社長室を後にさせた。
「さて、ここから本題に移りやしょうか、フミタンさん」
マルバは応接セットのソファーから立ち上がり、自身のデスクに置いたタバコを咥えて、ソファーに座るフミタンに語りかける。
同時に、マルバの背後で起立していたルイスが、静かに社長室の入り口へと移動する。
「本題といいますと?」
「バーンスタインのメイドのあんたなら、聞いてるんじゃないですか?クーデリア・藍那・バーンスタインをどうするかを」
「…旦那様からは、ことの推移を見届けた後、報告するように言われております」
「結構、それなら話は早いですな」
マルバはそういって、にやりと笑う。
「あの!どうかお嬢様を地球へ送り届けて、いただけませんか!その代わりに、私をいかようにでもして構いません!」
「へ?」
思いがけないフミタンの発言に、マルバは咥えていたタバコを床に落とす。
幸いにも火はつけていなかったので、床の敷物は無事だ。
「私では物足りないとお思いでしょうが!誠心誠意お尽くし致しますので!どうか!」
「あっ、いや、足るとか足らないとかじゃなくですな」
そのマルバの笑顔に、フミタンが何か勘違いしたらしく、自身をクーデリアの身代わりにと懇願を始め、マルバがわたわたと何とかなだめようと務めている光景に、ルイスは思わず吹き出していた。
「マ、マルバのその笑顔じゃ、仕方ないか!アッハハハ!」
「うるせえ!どうせ俺は悪人顔だよ、笑うんじゃねえ!」
「いやいや、充分いけてるって、僕ほどじゃあないけどね」
「女に不自由してねえ、ルイス様はお黙りやがれよ!」
ルイスとマルバのやり取りに、フミタンは自分が勘違いしていた事に気がついたのか、赤面して俯いた。
「…お騒がせしまして、申し訳ありません」
「あー、いや。まあ、フミタンさんがお嬢様をどう思ってるのか、わかったんでいいでさ」
「マルバ様にも、ひどい誤解から失礼な事を…」
「俺も、まあ善人顔はしてないのは、わかってるんで構わんですよ…。一度、仕切りなおしましょうや」
マルバは立ち上がると、部屋の脇に置かれたポットから、そのポット近くに伏せていくつかある金属製カップ二つに、黒い液体を注ぐ。
「作り置きのブラックしかないが、どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
マルバも応接セットに座りなおし、フミタンと共にブラックのコーヒーをすする。
「で、お嬢さんの件ですがね。俺らCGSはお嬢さんを地球へ送り届けたい、そう考えてます」
「それはありがたいのですが、失礼を重ねますが、何故とお聞きしてもよろしいですか?」
「そうですなあ、いくつか理由はありますぜ。成功すれば、革命の乙女様とコネが出来るし、名声も手に入る。バーンスタインの当主野郎に一泡噴かせられるとかね」
「それでも、この自治区のトップとギャラルホルン、両方に目をつけられますよ?」
「でしょうな。まあ、その辺は何とかなる計算はあるんでね。それと、美人二人と地球旅行できるなら悪かないでしょう」
「まあ、ご冗談を」
少し表情を緩ませるフミタンであるが、マルバの方はまんざら冗談でもねえんだがなと心の中でつぶやきつつ、扉の前でにやついているルイスを睨む。
付き合いの長いルイスはマルバの女性の好みが、丁度、目の前の女性と多く合致する事は知っているからだ。
「で、その計算にはお嬢さんの身柄は俺が持っておく必要があるんで、それだけ納得してくだせえ」
「…わかりました。今回の件、何卒よろしくお願いします」
「ありがとうございます。精一杯頑張らせて貰いますぜ」
マルバとフミタンは握手を交わし、真の意味での契約を成立させたのであった。
翌日の未明、衝撃と警告放送により、マルバは浅い眠りからたたき起こされる。
「やはり来やがったが、あの野郎め!」
ののしりの言葉と共に、手元においていたナイフホルダーとCGSのジャケットを身に着け、放送で叫んでいる集合地点へと急ぐ。
地下格納庫にマルバが到着した頃には、ルイス、オルガ、ハエダが既に集結していた。
「おう、集まってるな。ルイス、状況は?」
「CGS敷地の南側から、MWの部隊が襲撃をかけてきている。その後方から、歩兵らしきものが支援攻撃をしているね。規模的にみて中隊ぐらいだね。今、当直の参番組と教導隊が迎撃しているところだよ」
「敵の所属は、どうだ」
「今ビスケット君に、レーダーで確認してもらっている。…と通信が来たね」
ルイスは、身に着けていたインカムのコール音を確認し。通話をする。
「敵の所属が、確認できたよ。最悪な事にギャラルホルンだ。おまけにエイハブリアクターの反応が三つもあるそうだよ」
オルガとハエダはその言葉にぎょっとするも、マルバとルイスはにやりと笑う。
「おお、ルイスよ、こりゃ想定していた内でも最悪の一つ手前くらいだな」
「そうだね、航空戦力は無いみたいだし。なんとかなるでしょ。プランGでいくよ」
オルガとハエダはその二人のやり取りに、信じられないものを見たような表情を浮かべる。
ギャラルホルンに襲撃されてる状況で、この二人のように振舞えるものは、そういないだろうからだ。
『CGS全職員へ告げる。襲撃者は中隊規模。これより迎撃作戦を開始するが、この場所を守るという意思のあるものだけ、この作戦に参加せよ。そうでないものは、北側にMWに牽引させるカーゴ数台を整備班に用意させたので、それでこの場から去れ。俺も社長もこの場に残る』
「しゃ、社長!相手はギャラルホルンですぜ?逃げないんですかい?」
「馬鹿野郎、相手が誰であれ、人様の家に土足で上がりこんできた相手に、一発食らわせてやらねえ手はねえだろ。俺らの仕事は舐められたら仕舞いだろ」
「そりゃ、そうですが…」
動揺するハエダに、マルバは応じる。
「逃げたきゃ、あんたも逃げなよ。ハエダのおっさんよ。後は俺ら参番組と、ルイスさん達で何とかするぜ?」
動揺から立ち直ったのか、オルガが片目をつぶりにやりと笑う。
やせ我慢でも、出来るだけたいしたものだ、とマルバとルイスはオルガを心の中で賞賛した。
「クッ、舐めるなよ、オルガ!クソガキ共に出来て、俺らに出来ねえこたあねえ!ルイス隊長、指示をください!やってやりますよ!」
ハエダはオルガを睨みつけ、挑むようにそう吠えた。
こいつにも、まだ意地が残っていたかと、計算外のことにマルバはほくそ笑む。
「ようし、お前ら、これから反撃開始と行くぜ!」
CGSは、今強敵を前にして、一つに纏まりつつあった。
ご意見ご感想、評価、誤字脱字ありましたら、よろしくお願いします。
前回に引き続き、多くのお気に入り登録ありがとうございます。
後一.二回ほど同じサブタイトルになると思います。