第五話に補足 MWバトル を入れました。
「マルバ、どうしてクソ野郎の仕事を、また受けたんだい?」
「そうだぜ、確かに報酬はいいんだろうがよ。あいつは信用ならねえ」
時は数日戻り、夜更けのCGS社長室でマルバ、ルイス、雪之丞の三人は密かに会合を行っていた。
今マルバの目の前で、不満の表情を浮かべる二人と話しているのは、最近の火星で革命の乙女と呼ばれている、クーデリア・藍那・バーンスタインの地球行きの護衛と輸送を受け持つという仕事についてだ。
この仕事は、クーデリアの父であり、クリュセ自治区代表をつとめ、バーンスタイン家当主であるノーマン・バーンスタインからもたらされた。
この男からの依頼を、CGSは過去に一度、受けたことがある。
ノーマンの前妻が、出産のため実家に帰る際の護衛として雇われたその仕事は、CGSにとって最悪の結果をもたらしたからだ。
バーンスタイン家からの注文で、あまりいかつい人員が警備につくと妻がおびえるから、という理由でマルバは新人による弐番組にこの仕事を任せたのであるが、実家に着いた時に、MWなどで武装した集団に襲撃され、護衛に当たったCGS弐番組数十名の社員が全て殺された。
ノーマンの妻とその子供、さらには家にいた両親も守る事ができなかった。
その集団も、駆けつけたギャラルホルンの実行部隊に全滅させられ、怒りのぶつけどころを失くしたマルバたちCGSは殺された社員達とその遺品を引き取り、遺族達に渡すためにその整理をしていた最中にあるものを見つける。
亡くなった社員の一人が、私物としてもっていた小型ハンディカメラ、その最後の部分に記録された情報である。
仕事が終わった直後らしく、複数の社員と目的地の家の前から始まった映像は、数名の社員を映した後に、何か複数の機械や人の近づく音を捉えていた。
その直後に激しい銃声が聞こえたかと思うと、映っていた社員が次々と崩れ落ち、カメラをもっていた社員が倒れたのだろうか、映像は空を映し出すのみで、ただ襲撃の音だけが続き、それが途絶えた後に襲撃者らしき男達の会話が聞こえだす。
『おう、久しぶりにすっきりしたな』
『ああ、弾代ガス代込みでの依頼だ。金持ちは違うぜ』
『さっすがクリュセ自治区の代表様ってか!』
そういって下品に笑い出す男達の声、直後別の機械の駆動音が複数近づいてくる。
『おい、アレってギャラルホルンじゃ?』
『馬鹿な!あいつはギャラルホルンは足止めしとくっていってたぜ』
『ちくしょう!はめやがったな!ノーマン・バーンスタイン!』
その叫び声の後に、規則正しい銃撃が響きだしたところで映像は終わっていた。
この映像を見つけたルイスが、表情のない顔で、マルバと雪之丞に見せた後
「ちょっと、あいつをブチコロシテクル」
そう抑制の無い声で告げて、出て行こうとするルイスを二人がかりで必死に止めた。
この映像記録があれば、ノーマンの犯行依頼の証拠にはなるだろう。
しかし、相手は自治区代表であり、ギャラルホルンの火星支部とのパイプも持っている。
訴える、若しくはノーマンを殺せたとしても、今度はルイス自身だけでなくCGS全体にも何らかの嫌疑をかけて潰しに来るだろう。
残された奴らのためにも、こらえてくれ。
そう何度もルイスに叫びかけ、最後には三人でお互いを殴りあい、涙を流しあった。
かろうじて、踏みとどまったルイスだったが、すっかりと魂が抜けた様子ですぐに一軍の隊長を退き、構内で隠居のような生活を始めた。
マルバはそれまで以上に金儲けに邁進し、一方で、引き取った孤児やヒューマンデブリ達へ、阿頼耶識システム装着を強要する等、急速な戦力確保に手をつけた。
雪之丞はただ熱心に、後進へ自身の技術を教え、育成する事に力を注いだ。
この事件はギャラルホルンから、火星独立運動グループによるテロ行為として発表され、ノーマンは妻を殺された悲劇の人、殺されたCGS社員達は巻き込まれた犠牲者として扱われた。
暫く後、ノーマンが報道陣を引き連れてCGSを訪れ、妻を守ろうとしてくれたお礼として、それなりの金額を渡してきた。
事実を知るマルバには、別の意味がある金だと思いつつも、黙って金を受け取った。
その後、ノーマンが資産家だった前妻やその両親の遺産を相続した、葬儀のすぐ後に子供のいる後妻を娶った、その後妻が実は愛人で子供は実の子ではないか、等の噂も全て、マルバは無視してきた。
ただ噂を聞くたびに、マルバの酒量は増加していった。
「まあ待てよ。お前らの言うとおり、あの野郎の依頼がその通りなら、受けねえさ。これを見てくれ」
そういってマルバは、ルイスと雪之丞に手に持ったデータ端末を見せる。
「なんでえ、これは?」
「おいマルバ、これって…」
訝しげな顔の雪之丞と、唖然とするルイスにマルバは告げる。
「おう、クーデリア・藍那・バーンスタインの売買証明書さ。あの野郎にとっては、肉親でも邪魔者は容赦しないってことだ」
「まじかよ、火星独立運動の旗印つっても、自分の娘だろ?」
「いやあ、僕の予想を超えるクソ野郎だったな。吐き気がするよ」
「地球までの護衛と輸送ってのは表向きの事で、本当のところはクーデリア嬢をどこかに売り払うなり、飼うなり好きにしてくれという事さ。ご丁寧に、結構な手間賃までくれたぜ」
そこまでのマルバの話を聞いて、ルイスの表情が薄くなる。
「で、マルバ。どうするつもりかな?」
「ルイス、そのおっかない顔はやめてくれ!どうもしねえよ、ただ表向きの仕事を通すだけだ」
「へえ、この書類データだけでも、クソ野郎にダメージ与えられるのに?」
「そんなもん、偽造だ何だとごねられて、俺達がギャラルホルンに犯罪者として処分されて仕舞いだろうぜ。それじゃ、なんにもならねえ」
「だがよ、地球まで女の子一人連れていってどうすんだ?」
「雪之丞、このクーデリア嬢はただの女の子じゃねえ。ノアキスの七月会議を成功させた、革命の乙女様だぜ?新聞で読んだろ」
「おいおい、この子はただの神輿だろうが。どこのどいつかしらねえが、美味い事動かしてる奴がいるんだろ?」
「まあ、そうだろうな。だがその神輿を『俺ら』で担いじまえばどうだ?」
にやりと笑うマルバに、ルイスと雪之丞は呆れたようにため息をつく。
「もうこの神輿は、至る所で知られているんだぜ。そいつの権利が今、俺達のところに転がり込んできたんだ。上手く使えば、あの野郎を奴の土台ごとぶち壊せるぜ」
「まったく、無茶な事を考えるね。…とはいえ、地球でアーブラウの代表との会談だっけ?それが成功するだけでも、あのクソ野郎の面目は台無し、かつギャラルホルンからも睨まれるわけか」
「ついでに、女の子の目的も果たせて、めでたしめでたし、そういうことかよ」
「そういうことよ、汚い手だと思うかい?」
「いいや、僕は賛成するよ」
「ちゃんと女の子を送るなら、まあ悪かねえ話だよな」
ルイスと雪之丞の了承を受け、マルバは満足そうに肯く。
「ありがとよ。だが、あの野郎がただ邪魔者を売り飛ばしておしまい、って奴じゃない可能性はでかいよな」
マルバの言葉に、二人はうなずく。
「だからよ、そのときのための対策、今から立てようじゃねえか」
その日、CGS社長室の明かりは、夜が明けるまで消える事はなかった。
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今作で、ノーマンさんには、立派な『吐き気を催す邪悪』になってもらいました。