補足:兵士教育プログラム…ギザロ・ダルトン開発の兵士強化方法の一つ。
阿頼耶識システムを通じ、対象者の脳内に直接、戦闘方法や兵士としてのあるべき姿、忠誠心などを送り込む。
対象者に、多少の精神障害が起きる場合があるので、現在改良中。
エドモントン近郊に設置された、ギャラルホルンの仮駐屯所。
そこには、イズナリオ・ファリドの引き連れてきた暗灰色のグレイズとその搭乗者、及び運用者らのための施設である。
PD世界において、搭載したエイハブリアクターの作用により電波障害を引き起こすMSは、都市部への緊急時以外の立ち入りを制限されているため、このような配慮が取られているのだ。
現在その仮駐屯所は、慌しい動きを見せている。
「グレイズ全機の稼動準備急げ!」
「3から5番!集結点呼後に直ちに搭乗だ、走れ!」
その動きの理由は、エドモントンに設置された司令部よりもたらされた指令のためだ。
曰く、コールドレイク基地にて、今回の作戦に合流予定であったマクエレク・ファルクとその配下が突如反抗を起こした。
現地にいたイズナリオ・ファリドを初め基地のものが鎮圧を試みるも、敵が強力なために攻めあぐねているという。
MS部隊は、全機を持って基地へと向かい、反抗者らの捕縛若しくは排除をせよ、との指令であった。
「準備状況はどうだ、副官」
「はっ、シーバック二佐!現在五個中隊の準備が整いました」
「ならば、最後の中隊は守備として残し、準備の完了した部隊で指令を実行する」
「よろしいので、指令では全機でとありましたが?」
「構わん、全機準備を待ちこれ以上の時間の浪費は避けたい」
既にエドモントンの司令部よりの命令から、一時間以上が経過している現状を、仮駐屯地を任されているシーバックは苦々しく思っていた。
今回の任務は、ややイズナリオ様の独断に近いものであったためか、そのほとんどがファリド家の私兵か、ファリド家の縁者である貴族階級のものが多い。
ギャラルホルンの成立の経緯からか、貴族階級のものは、MS乗りこそが戦場の華であると思っているものが大半である。
その結果、現在のシーバックの配下に貴族階級のものが多く集まっているのだ。
そして、貴族階級のものは大半が、軍人としては無能な怠け者か、無能な働き者であった。
『隊長、何をしている早く出撃だ!』
『そうだ、早く逆賊に鉄槌を振り下ろすのだ!』
『もういい、我らだけでも先行する!諸君行くぞ!』
貴族出身者で固めた一個中隊が、シーバックの命令を待たず、勝手に出撃していく。
戦功に目が眩み、軍事行動の基本である、上官命令の絶対性を致命的に理解できていないのである。
ちなみに、遅れている一個中隊も貴族階級者で形成されており、彼らは軍規を破り、エドモントンの繁華街で豪遊していたため急ぎ呼び戻している所だ。
「おい貴様ら!勝手なことを!」
「構うな、威力偵察として報告書にはあげる。残りをまとめろ」
「ハッ、了解です」
なまじまともな感性であったために、苦労の多い貴族階級であるシーバックは三十台前にしてほとんど白髪となった髪を掻き揚げつつ、副官に残りの部隊掌握を急がせた。
シーバックが四個中隊三十六機を率いて出発できたのは独断専行という名の威力偵察の一個中隊が出撃して、十分ほど経過して後であった。
コールドレイク基地までは、最大加速であれば一時間程の距離であるが、作戦開始時の燃料等を計算すれば当然全速では迎えるはずも無く、二時間程度での到着を予定している。
が、先行している一個中隊にその考えは無いのか、レーダーと通信に反応は無い。
恐らくは後先を考えない最大加速で行動しているのであろうと、シーバックはグレイズのコクピットで人知れずため息をつく。
(このままでは、ギャラルホルンは駄目になる)
事あるごとに頭をもたげる思考を、強引に断ち切り作戦に集中する。
『二佐、前方六百にエイハブウェーブ反応。先行した一個中隊のものです』
『よし、通信し状況を確認せよ』
『それが、先ほどから試みておりますが、反応がありません』
『まさか敵対勢力と交戦中か?』
『いえ、自軍以外のエイハブウェーブ反応はありません』
つまり、想定されるのは心を入れ替えた一個中隊が、合流のために待機しているか、既に撃破され敵対勢力はこの場を離れ、グレイズの感知外に存在しているであろうとシーバックは推測する。
加えて、司令部からの情報では、敵対勢力はイズナリオの連れてきた自分を含めるギャラルホルンの人員が標的であるということだ。
ならば、この場合は最悪を想定するのがシーバックの軍人としての思考である。
『敵対勢力の伏兵による襲撃が予想される。全機防御姿勢で前進せよ』
『ハッ、全機防御姿勢で前進!繰り返す全機防御姿勢で前進!』
指示を受けた副官の命令により、全機がシールドを前方に構え、ライフルを発砲可能体勢にして前進する。
先行した者たちを含め、本部勤務の多い彼らの練度は、実戦経験が少ないとはいえ、そう低いものではないのだ。
そして、シーバックらは襲撃も無く先行した一個中隊に合流することに成功した。
いや、動くことが不可能なそれは、元一個中隊というべきであろう。
先行した一個中隊は、全て撃破されていたのであるから。
『全周を警戒!敵対勢力襲撃に備えろ』
周囲を率いる部隊に警戒させ、シーバックは副官と共に、撃破されたグレイズを観察する。
『どれも同じ武器でやられてます』
副官の言葉通りにどの機体も同じ武器、筒状の巨大な矢の様に見えるもので、コクピットや頭部を貫かれていた。
さすがにエイハブリアクターを貫けるほどの威力はないようだが、コクピットを貫いている一撃は強力であったと推測された。
近接時に、このような攻撃を加える武装は幾つか思い当たるものがあったが、それらは基本単発であり、九機全てを撃破できるものとなるとシーバックの記憶には無い。
そして、近くの地面に穴を開けていた箇所にも、同じ武器がめり込んでいた。
まるで、射弾観測のような、そう思った瞬間に、シーバックの脳裏に危険信号が走り、率いる部隊に散開の指示を出そうとした。
が、次の瞬間に衝撃音が響き、周囲を警戒していた二機のグレイズが崩れ落ちる。
そして、わずかの間を開けてまた衝撃音と共に二機が落ちる。
それを目撃した、シーバックは叫んだ。
『全機散開せよ、敵は探知範囲外からの射撃を行っている!回避と探索に専念せよ!』
『残りの機体は回避と探索に移らせたか、中々いい判断だ』
着弾地点から相当に距離のある地点から、マクエレクの声を借りたツヴァイことゼットゼロが呟く。
現在のグレイズシェッツエは頭部を展開し狙撃モードへと移行している。
使う武器は弓を象った電磁投射装置、ライトニングボウという名前が付いているが、みるものが見ればそれは非人道兵器とされているダインスレイヴに酷似していると思ったことであろう。
無論、サイズはダインスレイヴに比して小型であり、射出する弾頭もレアアロイを使用していないために戦艦サイズの標的には然程の効果は無い。
加えて、射撃体勢に入ればグレイズシェッツエの強固な四肢で、体勢を固定しなくてはまともとに発射ができないという欠点があった。
だが連射機能を持つ上に、MSサイズに対しては、現在シーバックらが味わっているように充分な威力。
何よりグレイズ等のセンサー探知外からの攻撃が可能であり、阿頼耶識システムのサポートにより、その命中率は一度の射弾観測でほぼ必中の精度を生み出している。
『ああ、しかしこの阿頼耶識による機体との一体感、素晴らしいですな!』
『その通りだな、C2(シーツー)、これが本来のギャラルホルンのあるべき姿なのだろう』
『真にその通りです。早く逆賊どもを取り除き、あるべき姿へとギャラルホルンを立ち戻らせることが我らの使命ですな』
互いの乗るグレイズシェッツエの強力なセンサーにより、シーバックらのグレイズは補足され続けており、こうした会話の最中でも、グレイズシェッツエの射撃位置を素早く変えて、その攻撃位置を悟らせないように動いているのだ。
こうして、暫くの間戦闘、若しくは一方的な狩りとも言える状況が残るグレイズが一桁になるまで続き、シーバックはかろうじて生き残りの一人に入ることができていた。
『もはや勝負はついた。投降するのだシーバック二佐』
『その声は、コーリス!死んだはずでは!』
『そう、コーリス・ステンジャは死んだ!今の俺は、シーツーという使命の為の道具に過ぎない』
『ふざけるな、道具が人のように語るなど!』
『部下のことも考えるのだ、君の意地だけでどうにかできるとでも?一分やる、有効に使え』
射撃が止み、わずかな時間を与えられたシーバックは思考する。
ここまできて、未だに反撃の糸口は見つかっていない。
もし部下を盾にして、位置を補足したとしても、敵対勢力がここにいるということは基地戦力を無力化したということである。
一つのギャラルホルン基地を落とす戦力に、自分達が勝てるか?
そこまで考えて、シーバックは結論を下した。
『判った、投降しよう。部下の命は助けて欲しい』
『了解した。直ちに機体を一列に並べてから、機体を降りて五十m離れろ』
やがて指示に従い、グレイズを降りたシーバックらは、一列に並んだグレイズのコクピットが次々とライトニングボウで射抜かれていくのを見つめる。
シーバックの生き延びた部下達の中には多少の不満を持つものもいたが、今の光景に青ざめて立っていることしかできなかった。
そして、暫く後に姿を現した二機のグレイズシェッツエと、四機のグラディアートルを無感動に眺める。
『諸君らの命は保証しよう。代わりにこの場にて、迎えが来るまで待て。諸君らにはイズナリオの悪行の証人となってもらう』
「我らは敗者だ、従おう。ただ一つ教えて欲しい」
『できることなら』
「どうやって短時間で、ここまでこれたのだ。基地と此処までにはどう急いでも一時間はかかるはずだ」
『簡単な事だ。基地制圧後に、生き残りの捕虜に通信をさせた。現在苦戦中のため増援を願うとな』
「成る程、我々は戦う前から負けていたのか。回答を感謝する、貴官の名前は」
『マクエレク・ファルク、貴官のような方がギャラルホルンにいて嬉しく思う』
「その名前生涯忘れません、マクエレク様」
シーバックはマクエレクの声で返し去ってゆくツヴァイの言葉に、英雄でも見るかのような瞳をし、敬礼で見送るのであった。
本来のマクエレクの叫びを、聞くものはただツヴァイのみであった。
暫く後、仮駐屯地の目前まで到着したツヴァイ率いるグレイズシェッツエらを、門前で両腕を組み直立で出迎える一機のグレイズから、共通回線で通信が入る。
『ようこそ、反逆者の皆さん。正義の味方ごっこはそこらへんで仕舞いにしてもらえませんかねえ。地域に住む皆さんの迷惑なんですわ』
『無礼な奴め!何者だ貴様は!』
『どうも、鉄華団の顧問をしている、マルバ・アーケイってもんでさあ』
グレイズから返ってきたのは、敬意のないあざ笑うかのような声であった。
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昔のシーバックとコーリス
「シーバック一尉、これが俺と弟、オーリスとの写真ですよ。いい男でしょう?」
「そうだな、貴官に似ている(やべえ、どっちがコーリスかわからねえ)」