「この雪って最初はすげえ!と思ったけど、ずっと降っていられるとただ寒いだけだな」
「そうだねライド、でもフウカに見せてあげたら喜びそうだな」
「タカキは妹思いだからね。ビデオメール用のは撮影したんでしょ?」
「うん、でもこれは実際この場にいないと伝わりにくいかなって」
「ああ、確かにこの寒さとか、そうかも」
タンカーの上から、ライドとタカキ、そして船酔いから早々に開放されたヤマギの三人は、うっすらと見えてきた陸地を前に白い息を吐きながら、雪の降る中で上陸準備を整えつつ、会話を交わす。
彼らの服装は、ミレニアム島にいる時と異なり、しっかりと防寒具に覆われている。
そうでなければ、このアーブラウ最北のアラスカ地区で寒さに震えるどころか凍死も止む無しであったであろう。
船酔い前の鉄華団首脳陣は、其のあたりの対策も忘れていなかったのは幸いである。
「おう、オメエらは元気そうで羨ましいな」
「そーいうおやっさんは、まだ調子悪そうっすね」
「良くはねえな、まあマルバたちよりはましな程度だな」
「顧問は、船が苦手だったんですね」
「まあ、火星じゃ水に浮かぶ船なんざ乗ることはねえからよ。俺も今まで知らなかったがよ」
そうライドらに話しかけてきたのは日常生活可能なにまで、船酔いを克服し防寒具を着込んだ雪之丞だ。
船の揺れを意識すると気分が悪くなるためか、常以上に仕事で忙しく走り回ることで意識を逸らしている様に見られたが、一部を船酔いで脱落させている鉄華団にとってはありがたいことである。
「おやっさん、陸に上がったらそこから鉄道でエドモントンへ向かうんだよね?」
「そうだヤマギ、アンカレッジってえ街に着いたら、荷物の積み替えとかで忙しくなるぜ」
「そういや、何で鉄道なんすか?」
「ああ、ライドそりゃあよう」
「ギャラルホルンの眼に留まらず、大きい集団を動かすには鉄道が最適です。加えて鉄道の輸送部門はテイワズの影響下にあるのも大きくプラスですね」
「元アーブラウを預かるものとしては、思うところもあるが、今は幸いといったところじゃの」
「特に、この先のアンカレッジのあるアラスカ地区はほんの十年ほど前に、SAUからアーブラウの買い取った土地。もし蒔苗先生の正体に気がついても、おいそれとギャラルホルンに売り渡す事はないでしょう」
タンカー内の一室にて、蒔苗と坂浦は船酔いから復帰したクーデリアとミストから、今後の説明を受けてるところである。
今回の計画では、輸送鉄道が都市郊外しか通らないために、バルバトスらMSのエイハブリアクターの影響を、通過する都市に与えないという点は、密かに蒔苗の評価を上げている。
「よく短期間に調べたものじゃのう」
「火星である程度調べました。交渉相手のことは、知っておくべきでしたので」
加えて、地下資源をあらかた掘り尽くし、収益よりもインフラ整備等の支出が大きいとして、SAUから不経済を理由に冷遇されていたアラスカ地区を、蒔苗の指示の元でアーブラウが買収し、アーブラウ圏内を結ぶ交易と観光の都市として再興したという事実を、火星から来たクーデリアらが知っており、それを計画に組み込んだ点も高く評価していい点である。
大きな恩恵を受けた事を実感するものは、裏切りを起こしにくい事実は今だ人類に共通していますからと、クーデリアは微笑む。
「後は、ラスカーさんの働きも大きいです。蒔苗先生抜きで良く派閥を維持してましたので、楽に一列車分の貸し切りに成功しましたので」
「そうじゃな、あれならばワシの後継を任せても問題は無いじゃろうて」
「今後とも、是非お付き合い願いたいですね」
「フリュウ派閥との問題を解決できれば、であろうよクーデリア嬢」
鉄華団の計画では、テイワズ、ドルトコロニー、モンターク商会に協力をさせ、エドモントン行きの貨物を架空発注し、貨物列車一本をほぼ貸切にするという形であった。
後日、発注取り消しによる違約金という形で、幾ばくかの金銭をやり取りさせる予定であったが、蒔苗派閥の二番手と目され、蒔苗のアーブラウ帰還作戦の現地協力者でもあるラスカー・アレジの手配により、現地企業数社が貨物の架空発注を行い、かつ不自然さを感じさせない処理を行ったのだ。
各企業間の勢力を把握し、多大な影響力を持つ蒔苗派閥の力を、鉄華団首脳陣は改めて認識する出来事である。
「さて、それで列車で移動するのはワイルドウッドまでということじゃったの」
「ええ、当初はエドモントンまで向かう予定でしたが、こちらで入手した情報を元に変更しました」
「其の情報当てにして良いのか?到着等の時間的余裕が減る事となるが」
「情報源としては、半々というところですが、これを取り入れると判断をされた鉄華団の皆様を、私は信じます」
「ならば良し。一度預けた下駄を返せと文句は言わんよ。それに、女の勘というものは得てして外れ難いしのう」
そう冗談めかして了承する蒔苗に、ミストは心中安堵のため息をつく。
新たに協力関係となった、モンターク商会からの信頼という点では一段劣るものになるが、地球を拠点とするだけに情報の精度は高いと推測されるだけに、この作戦変更を蒔苗が大人しく了承するかが不安であったためだ。
迷いの無いクーデリアの横にいるだけに、その不安を仮面に押し込めることに終始していたミストはマルバのそのときの台詞を思い出す。
「まあ、あいつらがギャラルホルンに思うところがあるのは、間違いなさそうだ。最悪、俺らを出汁にしようというなら、生き延びて皆で一泡吹かせてやろうじゃねえか、なあ」
船酔いを抑えて、無理に作った悪い笑顔のマルバの顔を思い出すと、つい吹き出したくなるのを押さえ、ミストはクーデリアのサポートに務めるのであった。
その頃、タンカー内の通信室にて、どうにか船酔いを押して業務を務めるマルバと、その補佐をするビスケットがいた。
団長のオルガは、上陸の準備を指導するためにこの場にはいない。
「で、前に言っていた面白い情報の続きはどうですかい?」
「そうですね、今判明しているのはエドモントン近くのギャラルホルンの拠点のひとつ、コールドレイク基地でのセレモニー中に一波乱起きる可能性がかなり高いですね」
応じるのは、モンターク商会の代表、アルベルト・モンターク。
このタンカーの所持者だけに、タンカーから彼への秘匿通信の手段は用意してあり、比較的容易に通信を取れる人物である。
「そのセレモニーって何をするんで?」
「ギャラルホルンの新型MSの発表をするとの事です。イズナリオ・ファリド自ら参加するものですから盛大にするでしょう」
「そんなところじゃ、逆に問題なんか起きそうにないですよね、アルベルトさん」
「それは一面的な考えだよ、ビスケット君。確かに、外部からでは問題は起こすのは至難といっていいだろうね」
疑問を提示するビスケットに、アルベルトはモニターの向こうから、やんわりと否定の言葉を返す。
「…つまり、ギャラルホルンの基地で、何かを起こせるとしたら…それは同じギャラルホルン、それもかなり上のほうの思惑が絡んでいると?」
「その通りです。イズナリオという男は自身の権力を高めるために、色々な手を使っていると聞きます。恐らくはその動きを看過できぬと、若しくは邪魔と思った何者かがいても不思議ではありません」
「で、その恨まれてるイズ何とか様が本拠地からのこのこと出てくる、この機会を生かすということですかね」
「そうです。通常イズナリオの権限で動かせる規模を考えれば、三割程度の兵力で動いてくれるのですから、動く事は間違いないでしょう」
「成る程ねえ」
納得の声を上げつつも、マルバは妙にギャラルホルン内情に詳しいモンターク商会に、不審なものは感じている。
だが、その情報は有益であり、鉄華団の害とならぬ内は、彼らの思惑通りに精々踊ってやるのも悪くは無い、と考えていた。
既に、テイワズの情報部門を通し、エドモントンの詳細な地図と通常時の市内での警備体制等の情報は掴んでいる。
そこに、新たに追加されるギャラルホルンの部隊配置を想定すれば、最悪でもMWを使った議事堂への強行突破という策もとれる状況だ。
故に、傍目にはのんきな様子で船酔いを忘れた様にアルベルトとの対話を継続する。
「まあ、そのどこの誰かの計画が上手く行くといいですなあ」
「まったくですね。我々の商売のためにも」
お互いに、その本心には触れないように、情報だけをやり取りする為に。
ギャラルホルン本拠地たる洋上基地ヴィーンゴールヴ、そこにある技術開発部の機密研究室の格納庫にて。
技術開発部の副長、ギザロ・ダルトンは、目の前に並ぶ『三機』の、完成が近いと思われる大型のMSフレーム達を見上げていた。
「もう、間も無く出番だ。お主等の力、怠惰と惰眠を貪る奴らに、見せ付けてやるがよい」
『はい、父上。了解しました』
『全てはギャラルホルンの為に』
『諸悪の根源に、裁きの鉄槌を』
乗るもののいないMS達がそう応じる光景は、常から冷徹なギザロの表情に、地割れの如き強烈な笑みを刻み付ける。
もはや幕間の劇は無く、演者は一つの舞台に上ろうとしていた。
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何度も書きましたが、観想以外の勘騒乱への書き込みはご遠慮ください。
「もう少し、体調の悪いままでも良かったかな?」
「おっ、どうしたヤマギ、ぼうっとしてよ」
「なんでも無いよ…ばか」