マルバ・アーケイ、再起する   作:なみ高志

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次話投稿します。






沼で泳ぐなら、底は確認しろよ

 ドルト労働組合に、代表者宛のメールが届いたのは二日前の事だ。

 差出人は、鉄華団の顧問を名乗る人物からで、曰く『お届けする荷物』について、代表者と面談の場を設けたいとの内容であり、その場所としてテイワズの管理する資源採掘衛星の一つを用意してもらっている、というものである。

 マスコミに流れる情報によれば、彼らは航行中『何度も』襲撃されており、ドルト近郊に到着すると予想されていた日時よりは、いくらか早い鉄華団の到着であったが、ナボナたちは『荷物』についてのことを知っているために、不審には思わない。

 むしろギャラルホルンの目を掻い潜り、『荷物』を届けるために必要なのであろうと、彼らの慎重さに感心する者がほとんどであった。

 これは資源採掘衛星での労働は、常に労働力が不足しており、各コロニーから労働者が臨時に派遣されることが多く、ナボナたち労働組合のものが数名いたとしても問題は無いということを、鉄華団でも知っているということが想像できたからだ。

 

 (まさに、革命の乙女を守る騎士たちにふさわしい思慮深さですね)

 

 そう考えていたナボナは、用意された面談の場で出会った鉄華団顧問と名乗るマルバの悪い笑顔に、一瞬何かの罠を疑ったが、その柔和な笑顔は一切崩さなかった。

 ドルト労働組合代表として数万人を束ねる彼に、容易い動揺は許されていない。

 それに良く見れば、マルバの連れてきた三名は皆年若いが屈強、マルバと同じジャケットをまとって直立して並ぶ姿は、よく訓練されたものであった。

 やはり彼らは騎士たちだとナボナは思い直し、面談を続ける。

 

 「後ろに控えているのが、右から鉄雄、昭弘、ノルバです。私の護衛としてきてもらっとります」

 「地球行きの途中で、わざわざ私たちのためにご足労おかけします。私の後ろにいるのが、護衛のブッセさんとビーンズさん。そして」

 「ドルト労働組合、副代表のマカロン・フラグレッドです。名高い鉄華団の方と出会えて光栄ですよ。いやあ皆さんお強そうですな!」

 

 ナボナの説明を遮るように発言する、黒縁メガネをかけたちょび髭中年のマカロンに対し、ブッセとビーンズの両名は顔をしかめるのをマルバは見逃さない。

 

 「マカロンさん、この場に来たいと言い張った貴方ですから、興奮するのはわかりますが、まずは私に任せてください」

 「おっと、これはすみませんなナボナ代表。これからのことを思うと、つい興奮してしまいました」

 「じゃあ、早速面談にはいりますが、よろしいですかな?」

 「ええ、お願いします」

 

 室内に用意された席に対面で座ったマカロンと、それをたしなめるナボナを正面に見据え、マルバも席に着くと同時に話を始める。

 

 「まずは、今回の面談に至った経緯をご説明しやしょうか」

 

 そう切り出されたマルバの語る内容に、聞き手にあるドルト労働組合の面々は徐々に顔が青ざめていく。

 木星を出てから、何度も起きた襲撃がその都度航路を変えても起きた為、内部の密告者を疑いまずは手始めとして、通信担当者に尋問を行いその結果、通信担当者の一人がN(エヌ)氏なる人物の指示で、外部に情報を漏えいさせていた事が判明。

 更に密告者の自白内容から、自分達のドルトコロニーへ運んでいた荷物が資材ではなく、MWを含む武器であることが判明したと語ったからだ。

 

 「そ、それではクーデリアさんはこの件はご存じない、と?」

 「本人に聞きましたが、寝耳に水といった顔できっぱりと否定されてましたぜ」

 「マカロンさん、話が違いますよ。貴方は確か、クーデリアさんが我々に力を貸してくれるからという事で今回の話をもってきましたよね?」

 

 柔和な表情も崩れ、マルバの話を聞いたナボナはマカロンに詰問する。

 

 「い、いえ!私もクーデリアさんの代理を名乗る人の話を受けましてですね!我々の活動に非常に共感して武器の供給という形で力を貸していただけるという話でして…」

 「まず、そこらからしておかしいですな。対話による解決を図る為に地球へ向かうクーデリアさんが、何故武器を提供してくれると考えなさったのか」

 「それに関しては、私が説明します」

 

 動揺するドルト労働組合の面々へぶつけたマルバの質問に、動揺を抑えたナボナが淡々と状況を説明する。

 ドルトコロニーでは上層部がほぼ地球出身者で占められており、コロニーに生まれ住むナボナたちの待遇がほとんど考慮されない事。

 一部の良識ある、コロニー出身者の役員を窓口に粘り強く交渉を行っていたが改善の兆しは無く、組合内に不満が暴走寸前まで溜まっていた事。

 よって、不満を持つ者たちの暴走を抑えつつ、会社側と強い交渉を行う為に武力を欲した事を、苦悩をにじませつつ語った。

 

 「サヴァラン君、コロニー出身の役員の人にも止められましたよ。ろくな事に成らないとね。それでもこのまま暴動になるよりは、まだ交渉で終わる可能性があるほうに賭けるしかないんです。私たちの子供の世代への希望の為にも」

 「…なるほど、お気持ちはわかりましたぜ。ちなみにその不満が溜まっているのは組合全体になんですかね?」

 「いえ、その辺はコロニーごとに温度差がありますね」

 「では、その暴走しそうな所というのは、そちらのマカロンさんが担当していたりしませんか?」

 「…そういえば、ドルト5はマカロンさんの受け持ち区域でしたね」

 「え、ええ。あそこは採掘衛星向け労働者が多くてですね。荒っぽい人たちが多くて、押さえるのに難儀してますよ!ア、アハハ」

 

 マルバの指摘に動揺を見せるマカロンに、マルバは笑みを浮かべて応じる。

 

 「そうそう、さっきの密告者の話ですがね。件のN氏からの指示を受けてましてな『ドルト2へ、クーデリア・藍那・バーンスタインを誘導し、ギャラルホルンへ始末させろ』とね」

 「ほ、本当ですか!?」

 「ええ、当人は始末しましたが個人端末に情報が残ってましてね。それともう一つ、『その後マカロン・フラグレッドに接触し。今後は彼の指示に従え』とね」

 「な、なんのことですか!?そんな馬鹿な話!」

 「オウ、座ってなよマカロンさんよ」

 

 思わず立ち上がりそうになるマカロンを、いつの間にか背後にたっていた昭弘が肩を抑え、強引に座り直させる。

 ここまでのマルバの話は、ほとんどが事実であるが、二つほどの嘘が含まれていた。

 実際の襲撃はブルワーズらのものだけで、それ以外は改心したフミタンを通じてノブリスへ流した誤情報であり、ほぼ予定通りにドルトコロニー域へ到着していたのがひとつ。

 密告者にあたるフミタンは当然始末されずに、タービンズを通してテイワズに別の人物としての立場を用意してもらっている事がもうひとつである。

 

 「密告者の証言に、クーデリアの代理人を自称する人物との接触、加えて暴走を起こしやすい区域の担当とこれだけ揃えば充分だぜ」

 「な、なにが充分だと?」

 「俺ら鉄華団の障害物だという証拠だ。ここからはお前さんは尋問の時間だぜ」

 「ふ、ふざけるな火星人どもが!不当な対応には断固とした!ぐぎい!」

 

 騒ごうとするマカロンの腕を昭弘が取り、ためらわずにへし折り黙らせると、ナボナたちも立ち上がるのを止めて、席に座りなおす。

 マルバたちの話が本当ならば、マカロンの行動は組合への裏切り行為になる可能性も高く、実のところを知りたいのはナボナたちも同じであり、元々過激な言動で組合の調和を乱していたマカロンへの擁護は無用、そう判断してマカロンの切捨てを心中に決定した。

 

 「ああ、安心しな。うちの医者は親切だからそれくらいの怪我は治してくれるからよ。おい連れて行け昭弘、ノルバ。抵抗するならもう一、二本は折っても構わんぞ」

 「うす」「りょーかい」

 

 昭弘とシノは短く返すと、うめいているマカロンを両脇から抱えて、退出する。

 それと入れ違いに鉄華団のジャケットを纏った、長身の精悍な男と恰幅の良い男が室内へと入り、マルバの隣へと着席した。

 

 「き、君はビスケット君かい!?お母さんそっくりになったね!」

 「お久しぶりです、ナボナさん。父と母が生前にお世話になりました。それより、今から今後の事についてうちの団長を交えて相談しましょうか」

 「ああ、そうだね。それと隣のかたが団長さんですか」

 「初めまして、鉄華団団長のオルガ・イツカです。ドルト労働組合代表のナボナさんでしたか。うちのビスケットが昔世話になったそうで、感謝します」

 「どうぞよろしく、どうやら状況は私の思った以上に悪いようだね」

 

 面識のあったビスケットの成長した姿に、驚きと喜びの声を上げたナボナであったが、オルガの声に意識を現状に呼び戻し応じる声を上げる。

 

 「私たちの苦渋の決断が、そもそもお膳立てされたもので、クーデリアさんを始末する為に利用されていたとはね。まったく情けない話です」

 「身内に裏切り者がいたんですから、貴方達全体が悪いとは俺は思ってません。それよりこれからどうするつもりですか?」

 「そうですね、武器のあてはもう無いですが予定通りにデモをして、何とか話し合いの場を会社側に用意してもらえるよう、働きかけますよ。そのための組合代表ですから」

 

 自身でも、実現するとは思ってはいないであろうに柔和な笑みでそう伝えるナボナに、オルガは組織の上に立つものとして、責任を果たす覚悟を感じていた。

 見習うべき大人は、ここにもいたのだとも。

 

 「ビスケットの恩人である人を見捨てるのも目覚めが悪いし、クーデリアを始末しようとする連中の企みを放置するのも俺はしたくない。ナボナさん、俺たちと組んで一仕事しませんか?」

 「良いのかい、オルガ?」

 「このままマカロンの野郎を締め上げただけで終わり、というのももったいないだろビスケット。逆に奴を利用して俺らの損害への賠償をしてもらわねえとな。でしょう、顧問」

 「おう、オルガの言うとおりだが、ここにいるナボナさんらが仕事してくれるかどうかだぜ?」

 「わかってます、でどうでしょうかナボナさん?」

 

 片目をつぶり、自分に笑顔で問いかけてくるオルガの魅力的な誘いに、ナボナは抗えないだろう自分を強く感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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