魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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旅路の終わりに

「ん? あれはなんだ」

「何か来たのか? 遠見の……いや、いいか」

 アインズが遠くの土煙を確認したが、差し迫ってなさそうなのでラケシルは<視覚拡大>の魔術行使を止めた。

 危険なら身構えるだろうし、一度唱え始めると、他所から別の対象が迫って来ると対処できないからだ。

 代わりに森の脇道が無いかを確認する事で、パーティとして備える。

 

「荷馬車か。…それにゴンド?」

「おお、レイバーにラケシルか。ここで会えるとは丁度良かった。モモン殿も久しぶりじゃの」

「何かあったのか?」

 アインズが告げたのはドワーフのゴンド達が操る荷馬車群だ。

 カルネ村で会うつもりだったので、こちらとしては驚いてしまう。

 

(確かゴンドに正体はバラして無いって話だよな。適当に相槌を打っておくとして、何があったんだろ。ルプスレギナからは何も言ってこないけど…)

 驚きではあるが、見慣れ無い荷馬車にワクワク感を覚える。

 何しろ先頭の車両には銅張りの板が張ってあり、それなりの防備が見えたからだ。

 無論、モモンならばソウルイーターごと叩き斬るのは容易いが、熊やゴブリンくらいならば中で弓を構えるだけで対処出来るだろう。

 こういった物に興味を抱くのは、男の子として仕方ない面もある。

(それに何時の間に仲良くなったんだ? いやレイバーの紹介はしたけど…)

 まあラケシルの事だ、来たと話を聞きつけてマジックアイテム談義に花を咲かせたとは思う。

 ゴンドの持っているマントなど、垂涎の的だったはずだ。

 そして、町に住む彼らや自分に声を掛けたと言う事は、村で何かあったはずなのだが…。

 

「こちらの客人が大怪我をしておってな。町の治療師に診せようと急いでおったんじゃ。…後ろの連中が、この荷馬車を試したいと言うのもあったがの」

「…申し訳ない。迷惑を掛ける」

「はははっ! ええじゃろうが、せっかくワシらが改良して、性能が上がってるおる! この荷馬車そのものが商品じゃからの!」

 ゴンドが後ろを指差すと、相当な怪我を負ったリザードマンと、見慣れぬドワーフ数人が顔を出した。

 特に後者、ドワーフの顔を見分けられないが、それでもルーン工匠くらいは判っていたつもりなのだが…。

 

「そういう事じゃなかろうが。載せて行く事じゃなく…」

「ええじゃないかええじゃないか。ガハハ!」

(話を聞かねー。というか、怪我人くらいはルプスレギナで何とかなるはずだけど…)

 そう思いながらも、新顔のドワーフであること、ルーン工匠では無さそうなこと。

 それらのことから、ルプスレギナに出している保護命令の範疇では無いことだから理解はできる。

 おそらくは、魔力がどうのとか、不在だった事にして様子を見て居るのだろう。

 もし、また危険が起きているなどの問題が発生したのであれば、今度こそ、連絡か伝令の一つも来るはずだからだ。

 

「すまないが、こちらでは話が見えない。順を追って説明を頂けるだろうか?」

「おお、そうじゃったの。おぬしらには区別つかんとおもうが、このリザードマンはカルネ村に居た連中では無くての、もっと北から三日ほどの急行軍で旅をしてきたそうなんじゃ。で、慣れぬ森で大怪我を負ったと」

「西の森の主には、願いを叶えるから通してくれると言われたのですが…。徹夜で突破し注意力が落ちた原因だったようです」

 どうやら森を抜けるまでに獣や、野良のゴブリンか何かに襲われたらしい。

 あるいは、命令の区別がつかない手下に襲われた可能性もあるが…。

 まあ、そのレベルの相手を撃退して倒してしまっても、お互い様で問題は無いだろう。

 

「そこでワシらが改良した荷馬車のテストと、魔導国への貢献も兼ねて、町まで運ぼうと言うんじゃ。なに、礼は酒でええぞ!」

(商魂たくましいな…。いや、酒に意地汚いというべきか)

 とは言いつつも、ガッツのある商売人は嫌いでは無い。

 鈴木・悟であったころは、そう言った営業マンと丁々発止の駆け引きをしたり、あるいは意気投合して企画を練った物だ。

「そういう事ですか…。それならば腕効きの治療師を紹介しましょう。流石に手足の欠損であれば、陛下の旗下にお願いをせねばならぬでしょうが」

「む…確か陛下の所に、そんな術者が居るとも聞いたな。治る光景を見たいものだが」

「お構いなく。この通り…怪我こそ、負ってますがね」

 レイバーの子場にラケシルが興味深そうな顔で見つめるが、リザードマンは五体満足な所を見せた。

 確かに大怪我ではあるが、バレアレ印の治療薬で一命を取り留めるレベルだ。

 おそらくは、ルプスレギナも大事ないから放置したのだろうとアインズは理解する。

 

「ああそうだ。この先の道で軽く補修をしたから、見ておいてくれると助かります。ドワーフ製の通路の知識を織り込んでは見ましたが」

「おお! この間に話したやつじゃの! 了解じゃ。こちらも村で試してみたから見ておくと良い」

(やっぱり仲良くなってるな。…というか、道路の知識のほかにルーン技術を試す材料にしたのか? 費用は上がるだろうけど、面白そうだな)

 レイバーとゴンドのやり取りをみながら、アインズはまだ見ぬ技術に夢を馳せる。

 ユグドラシルにおける有名人に、道マスターというのが居て、一定ヘクスごとに転移先を記したという帳面を作った豪の者も居るくらいだ。

 駆け出しの頃に聞いた時は意味を疑った物だが、トレジャーハントや鉱石スポーンでの効率UPを知ってからは、良く利用させてもらった物である。

 

「ところで、後ろの車列にある荷台にあるのは?」

「おお、見てくれたか! あれこそ自慢の小形カタパルトよ。実用化の暁には、故郷とリザードマンの村を自分達だけで移動できる…と思うておる!」

「そうじゃそうじゃ。この銅張り装甲もその為でな、流石に大型生物は駄目じゃが、素材の質さえ上がればなんとでも!」

「それはもっともじゃが、量産するならミスリルなんぞ使えぬわ!」

 一つ聞くと、次から次へとマシンガントークが飛び出て来る。

 流石に辟易(へきえき)して来るが、ドワーフの国とリザードマンの村が普通に往復できるなら良い事だろう。

 それに浮遊戦車や天使のメルカバほど物騒ではないが、浪漫を書きたてるなぁ…とアインズはユグドラシルを思い出していた。

 

 当然のことであるが、古代戦車という物を知らないことは幸せである。

 こんな物を量産すると他国の連中が知れば、きっと胃か髪の毛のピンチになるに違いない。

「なら治療師や納入先の紹介をしますし、私と実戦練習でもしてみますか? 大型生物だと思っていただければ十分です」

「おお、それは願っても無い事じゃ! 怪我人はゴンドに運んでもらうとして、わしらは試すか!」

「…そうじゃの。ワシは先に行っておるぞ」

 興味を覚えたアインズは、ペストーニャを呼び寄せて居たことを思い出した。

 懐から紙を取り出し、紹介先を書きつけるとゴンドに手渡す。

 そうすると、この技術者たちの横槍に迷惑していたらしいゴンドは、苦笑しながら手紙を受け取ってリザードマンを運んで行った。

 なお一同の預かり知らぬことではあるが、一連の事態に、ルプスレギナは街道敷設に関するアインズの深謀遠慮の一環であると思って居るそうな。

 

 一同は軽く話しあった後、街道を外れて荒野で戦うことにした。

 戦えないレイバーは審判役と、最大移動距離を把握する役。

 荷車に対し、最初にアインズだけで、暫くしてラケシルが増援として加わるという感じで襲いかかることになった。

 もっともアインズはともかく、ラケシルではソウルイーターに叶わないので、あくまで援護役ということになるが。

 まあ、状況を固定せず、場面をいろいろ見れると言う意味では良いのかもしれない。

 面白そうだから戦ってみたいという以上の意味は無いが、走り回ることで荷車の耐久性は示せるだろう。

 

「そんなに重そうな鎧を着て、近づけると……。なんじゃソレは!?」

「ゲェー! 回避じゃ回避―!」

(へえ、意外に冷静だなあ)

 アインズは丘を降るかのように、荒野を疾走する。

 徒歩とは思えない速度に、二台の荷馬車に乗ったドワーフ達は大慌てで迂回軌道に入った。

 その様子に自信満々だった先ほどの姿は窺えない。

(そういえば、大型生物には苦労してるって言うか、ドワーフもクアゴアも下から数えた方が早いって言ってたっけな。ちょっと失敗したかも)

 苦戦したことのない冒険者の中には慢心する者も多いが、流石に弱さを自覚しているこのドワーフたちは一味違う。

 恐るべきアインズの速度を見た瞬間に、判断を切り替えたのだ。

 愚かであればもう少し近寄った所を『本気で』急接近した所だが、ここで全力を出すのはまずい。

 

 もっと幅を拡げられて近寄れなくなってしまう。今はまだ全力疾走は取っておくことにしよう。

 距離と言う天然の要塞は、当たる位置に居なければ良いという究極の防御を成立させている。

 いかにアインズが無敵を誇り、モモンとしての姿だけでも無双できるとしても、こればかりは仕方無い。

 

(ということは暫く、追い駆けっこを演じて見せないとな)

 アインズは砲弾変わりの大岩を交わすため、ジグザグに走りながら仮想戦場を斜めにひた走る。

 狙いは崖がある扱いで移動できない場所を抑える形で、追い込む為だ。

 岩など避ける必要も無いが、一端速度を落として見せないと、後々奇襲する時に距離を詰められない。

 限界速度や持久力があると見せ掛けつつ、型の上ではクレバーに追い込み始めた。

 

「なんて奴じゃ。これがアダマンタイト冒険者とやらの実力か」

「感心してる場合か。アレを使うぞい」

(布の包み?)

 次に飛んで来たのは、布で包まれた小粒な石だ。

 途中でハラリと解け、ばらばらと小粒な石が落ちて来る。

 片方だけならそれでも避けられるが、両方が合わせて来るとそろそろ難しい。

(まあ無効化出来るんだけど…。何も受けてないと悪いしな…。少しは喰らってるフリでもするか)

 アインズは片手を上げて兜の目線を隠し、せめて目に入らない様に…というポーズを作った。

 そして僅かに速度を落としたり、『当たらない為に思い切って走り抜けて居る』かの様なポーズを取って見せた。

 

「ラケシル殿、出番だ。私の防御は良い」

「心得た! そろそろこっちも出ようかと思って居たんだ」

 アインズが合図すると、増援としてラケシルが出場。

 むしろ足手まといだが、アインズの方が無敵過ぎるので、弱みを作って見せないとドワーフも動いてこない。

「まずは自分に<鎧化>、…そして、モモン殿に<加速>だ!」

「なるほど! 魔術師の長というのは伊達では無いな!」

 まあ効かないんだけどな…。

 とは思いつつも、せっかくなのでラケシルの魔法が聞いて居るフリをして急加速を掛けた。

 思えば尋常でない速度や持久力を素で出しても引かれるだけだろう。

 そう意味ではラケシルはモモンの名声を守ったのかもしれないが、アインズはその事には気が付かず、攻撃魔法よりも戦況に合わせたバフ系魔法を使いこなす手並みに感心する。

 

 常に地形を把握していたことと、急加速によって一台目のソウルイーターに斬撃を浴びせる。

「ぬわっ! 追いつかれてしもうた。これが最後の一撃じゃ! おぬしは生き残ってくれよ」

「任せておけ! 荷馬車で儲けたら、お前に酒を奢ってやるわい!」

 と言いつつ、アインズが庇うのを計算して、ラケシルを狙うあたりが実に良い根性してる。

 人間の中にはフェアプレーとか言って、効きもしない攻撃を相手のエースに仕掛ける冒険者も居るが、その点においてこのドワーフ達は狡猾だった。

(…自分で言い出してなんだけど、こんな練習止めとけば良かったかな。いや、異なる価値観を知れて良かったと思っておこうか)

 こういう価値観の違う連中を一緒にさせて冒険をしたら、実に面白いことになるだろう。

 少なくとも自分の常識だけに従って、知らない種族と交渉を始めることは無いだろう。

 できれば多数の国、二種三種の種族が、一緒になって冒険を行っている姿を見て見たかった。

 それこそが、ユグドラシルでも見ることが出来なかった、真の異種族間交流であろう。

 

「ここは私が防ぐ、ラケシル殿は怪我させない程度にもう一台を頼む!」

「その怪我をさせないってのが難しいんだけどな!」

 アインズは剣で大岩を弾きつつ、小岩を鎧の厚みで弾いた。

 その間に残り一台の馬車は遠のいていくが、ラケシルの <電撃>が追いかける。

 銅板で吹き散らされてしまうが、この場は丁度良かった。

 中に居るドワーフ達には怪我を負わせず、車体や…車軸にダメージを与えたからだ。

 

 結局、その場で止まりこそしなかったが、ガクガクと目に見えて動きが悪くなった。

 調子を心配して速度を緩めた所を、アインズが追いついてソウルイーターに切りつけて終戦となる。

「いやー。捕まってしまったわい。じゃが、これでその辺の獣には問題無いと判ったぞ! 更なる改良をして…」

「しかしのう、ソウルイーターに引っ張ってもらうのを基準にしてはいかんじゃろ。せめて馬かロバでないと」

(アダマンタイトの威厳を保つんならこんなものかな。でも思ったより面白かった…)

 アインズはユグドラシルであった、色んなイベントを思い出していた。

 特殊なアイテムを使ったバスケットやサッカー、補助魔法の方が重要な各種プレイ。

 戦闘力だけでは倒しきれないチームが居たりして、散々頭を使った物である。

 

「いやいや、現状でも十分に使えると思う。少なくともコレを壁にするだけでも、隊商なんかは助かると思わないかモモン殿?」

「まあ費用次第ですけど…。ソウルイーター込みでレンタルにしたら、借りる者も多いでしょうね」

「そうか! 今夜の酒は美味そうじゃのう」

「なんじゃ、おぬし毎晩そう言っておるではないか。ガハハ!」

 常識人のラケシルが実用的だと語ると、アインズはこれもアンデッドの普及に使えるかな? と首を傾げる。

 とはいえこれで練習終了である。

 あくまでも自分本位なドワーフ達の酒談議に、笑いながらカルネ村に移動する事にした。

 

 やがて、荷馬車の調子を見ながら、一同はゆっくり村に辿りつく。

 驚いたのは、町に向かったはずのゴンドが急いで戻ってきた事。

 そして…。

「私は帝国騎士のレイナース・ロックブルズと申します。こちらに怪我人が居られると言う事で窺わせていただきました」

 予期せぬ来訪者を伴って居たことである。




 リザードマンが急行して死にそうになってるのと(神託に等しいので完徹三日)、ドワーフが売り込みに来たので魔導国にボクヨユウ自動車が実装されそうです。
 街道整備後はきっと平和な交易のために頑張ってくれることでしょう。ボクヨユウ戦争なんか起きないと思います!
 それと、次回に森で冒険して終わり…なのですが、回復系が居ないので、レイナースさんがパーティに加わります。
 小さき爪の元族長(レンジャー)・レイナースさん(プリースト)・ラケシル(メイジ)で、ゴンド(クラフトマン)が資材調達・レイバー(ロードメイカー)が測量するまで時間稼ぎしつつ、冒険をする感じ。

 後の数行で予定通りのコメントをアインズ様が口にして街道編と共に終了に成ります。
その後に現地産メイド物とかするかもしれませんが、構想とか固まったら…になる予定です。

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