●いつもの光景
エ・ランテルの執務室に今日も幾つもの案件が持ち込まれる。
以前と比べ人間の姿がチラホラと窺えるのが賑やかになったと言えなくもない。
「過日。カッツエ平原を領土に組み込みましたが、現時点で問題は発生しておりません」
「抗議を送って無いだけで、認めたとも言って無いだけではないか?」
ロウネは恭しく頷きながら、何枚かの羊皮紙を取り出した。
普段使いしているものと違って削り取られておらず、蜜蝋での封があることから国書であろう。
アインズもそのくらいは一目で判るように成って来た。
「許可を得ましたので開封させていただきましたが、周辺各国共に領有を認めております。聖王国のみは『アンデッドの被害が無くなることを祈る』と付記しております」
「皮肉かな? まあいい。狂信者でないことは良いことだ。話が通じるからな」
「予定通り過ぎてつまらないと思わなくもありませんが、まずはおめでとうございます」
ロウネはアインズとアルベドの会話を聞きながら、背中に汗を感じた。
もし彼らがその気ならば、国書を送らなかった国は滅ぼされていても不思議ではない。
要するに各国ともに、魔導国の脅威を重大事項として認めたのだ。
使者の口頭だけで内々で認める旨を伝える方法もあるが、それは難癖付ける為の口約束であり、逆に言えば難癖を付け返される可能性もある。
アルベドが言うのはそのことを指しているのだろう。
半日で実質的な確保までこぎつけた手段。装甲馬車による電撃占領を他国に使ってみたいのだと…ロウネはこの時まで本気で信じていた。
「ということはその後も予定通りか。面倒ではあるな」
「申し訳ありません。何も無い土地に移住したい者などおりませぬ。低い出現率ながら埋まっているアンデッドもおりますから」
(そうか! 既にその後の経営…いや、領地分配まで視野に入れているのか)
ロウネの背中に汗では無く電流が走りぬけた。
新しい領土を手に入れた時、国内や隣国の貴族はかつての血縁の土地だと言い掛りをつけおこぼれに預かろうとする。
更には活躍した豪族出身の武将などが、正式な権利として分配を申し出ることもある。
何も無い大地なのだから当然だと言う見方もあるが、将来を見越して一言添えるだけ添えるのが貴族社会というものであった。
ここでアインズが確認したのは紐付き支援があるのかどうか、あるいはフリ-ハンドを得たかどうかの確認に違いない。
将来を見越して名目としてでも支援があれば資金も物資も楽にはなるが自由さは失われ、支援が無ければ面倒だが好き勝手にできる。
「であれば全てが直轄領という扱いになりますが、幾つか関所を儲けますか?」
「要らんだろ? あれは面倒だ」
「流石はアインズ様です」
通った事も無い筈の関所に対し煩わしいとの声が上がる。
やはり。との思いが強くなった。魔導王ほどの人物が関所の有用性を理解して居ない筈が無い。
関所とは不埒者が居ないかを確認し、貴重な現金収入を合法的に行う為の場所なのだ。
即ち学者系の官僚たちが夢見て止まない、関所も租税も存在し無い都市の建設…。
確かに租税が無ければ収入は増えない様に見えるが、税が無い商売を求め様々な人々が行き交い、国のどこかで金を落とすのでいつか回収はできる。
最初から十分過ぎる財を所有して居る魔導王には、ちまちました収入よりも国全体が潤う方が重要なのだろう。
「文句ないのは素晴らしいが、自主的な入植者も協力者も居ないのでは手間と資金を無尽蔵に費やしてしまうな。どうすれば良いと思う?」
「全てはアインズ様の御心のままに。ですが…何か提案したそうな者が居るようですわ」
ゴクリ。
自分でも判るほど喉が鳴った。あるいは他の官僚かもしれない。
魔導王たちは自分達に好きな様な絵図面を描けといっているのだ。
失敗したら命が危いかもしれないが、それは何処の国でも同じことだ。
主人の寵愛を良いことに権門になり代わって主座に就いた官僚貴族は、結果が出せなければ粛清される運命。
それは魔導国だけの問題ではないし、ここには反対する貴族どもは存在しないのである。
我知らず他の官僚たちと目を合わせ、視線で順番を決めながら交代で話し始めた。
「労役による資材を用いるとしまして、供給可能なペースに合わせて街を順次建設いたしましょう。まずは発展可能な都市区画を」
「そのペースならば上下の水道を完備することが可能です。街道と共に整備しながら十分な土台を作りあげるべきかと」
「区画整理は街だけの物ではありませんぞ。いっそのこと大規模農場はいかがでしょうか? 時間が掛るならば実験農場を先にすれば良いのです」
資金は潤沢でも無限に投入しようと言うのは愚かな判断であり、そんな者がここに居る筈は無い。またここに居るのは才能はあっても故郷に居られなくなった者が主体だ。
他にも発展することを前提として、施設を追加し易い区画整理など様々な案が飛び出してくる。
この機に色々と自分がやりたかった事、あるいは師匠筋に当たる学者や友人たちから聞かされた知識を次々と提出する。
これらの奏上に対して宰相にあたる地位にあるアルベドは、どこで聞いたのか成功例失敗例を添えて修正して行く。
官僚たちは知らないが…全て王国の対立を利用して試した実例であり、血と汗を十分に吸った内政案だ。実入りが良さそうなのは当然だろう。
更に、これらを支える資材や種籾などは、既に労役で作りだされ開拓村で作りだされており…豊富にあったのである。
「まさか王国の食糧問題への介入だけでは無く、ここまでの事を全て予測されて…」
「当然よ。アインズ様は常に数歩先を読んで行動されておられるの」
「止さないか。大したことをしている訳でもないからな」
内政案を実行する場所としてこれ以上の場所は無い。
官僚たちは恐れではなく畏れを抱きながら、ならばこの問題も解決策があるのだろうと尋ねたのである。
「土砂に埋められたアンデッドが出て来なければ、住民も増えるでしょう。何か対策はあるのでしょうか」
「…ん? ああ、それならば今から担当者が来る予定だ。まずは学校でも建設し、そこへ研究者や冒険者を送れば良いだろう」
官僚たちはやはり…と唸りながら、恭しく頭を下げたのであった。
●アルシェの退魔行
執務室に赴くアルシェの足は心と同じ様に重い。
(ナザミさんは作戦の都合で蘇生。私の時も実験と言っていた。ただの蘇生ならば簡単)
自分もだが本人や帝国の都合を無視して蘇生させられたことは、単純な蘇生が魔導国では重くないということだ。他国の中には実行すら出来ない国が殆どだと言うのに。
ナザミは防御用の武技が使えて、たまたま地下洞穴攻略に便利な魔法の盾があったからという理由で復活したに過ぎない。
(もしヘッケラン達が有用だと伝えて居れば…。ううん、私と同じ運命は辿らせられない)
アルシェは気が重かった。
生きて死ぬことがこんなに単純にできるとは思いもしなかったし、蘇生させても良いかどうかがこんなにも重い決断だとは思わなかったのだ。
(やっぱり蘇生自体は簡単。申請も楽。…でもこの方法はあの子たちには使えない)
アルシェの気を更に重くしているのは、とある発見が吉報と喜ぶには不完全であったことだ。
クーデリカとウレイリカは見つかったものの死体であり、一人は状態がよろしく無かったのだ。
(普通に蘇生するだけでも失敗する可能性がある。それなのに…あんな状態じゃあ)
クーデリカの死体は飢死かそれに近い、比較的に綺麗な状態の白骨死体であった。
蘇生可能かは別にして、呼びかければ応じてくれるかもしれない。
……だが問題なのは残るウレイリカの方だ。
腕部や脚部が切除されている他、胸部の骨などに『包丁』が切り降ろされた痕跡が見つかった。
つまりは何者かが食人儀式でもやったか、さもなければ亜人の客をもてなす為に食餌として供したか…である。
(幼い子供目当ての凌辱ではないだけマシだけど…。こんな状態で殺されて、まともに蘇生に応じる訳が無い)
飢死か病気などで死んだと思わしきクーデリカを幸いだと思わなければならないとは、なんたる皮肉だろうか。
アルシェは全てのやる気が減退して行くのを感じながら、ヘッケラン達の通常蘇生に切り換えるべきか本気で悩んだ。
だが魔導王たちならば、何らかの方法があるのではないかと淡い期待を抱いて執務室に向かう。
アンデッドや魔神ではあるが、人間のケダモノよりもマシであろうと悲しい思いが心にあふれて消えた。
「アルシェ・イーブ・リリッツ・フォーサイト、太師のお呼びにより参りました」
「良く来た。…まずはそこに座れ」
執務室に通されると部屋の中央に椅子が置かれる。
謁見というには奇妙で、査問か何かかと思わず疑ってしまいそうだ。
宰相役である守護者統括のアルベドはともかく、官僚たちまで居るとなるとそういう面も無くは無い。見慣れない夜会巻きの髪型をした美しいメイドが、失敗でも報告したのだろうか?
「このたびは良くやった。褒美を与えるつもりだが…私は糠喜びさせたいわけでも追従されたい訳でもない」
「は…い」
疑念に適当な答えを出すよりも先に、アインズの言葉がアルシェの胸に突き刺さった。
魔導王ですら二人の妹たちを蘇生させるのは容易ではないのだ。
「最初に言っておくが、私は代用手段も含めて三つの…。この表現はいかんな。誤解を招く」
「……」
魔導王は説明や交渉において表現に厳しい面がある。
商人が細部まで確認し条件を取り交わす様に、複数の意図を込めることを良しとはしない。
それこそ曲解による詐欺を許さず、子供でも判る様に噛んで含んで話せと、極力判り易い表現を部下にも徹底させている。魔導王ほどの人物が言葉の真意を読めない筈はないので、それほどまでに契約というものを重視しているのだろう。
まるでアンデッドというよりも、悪魔との契約であると称する者すら居た。
「改めてだが、私は労力が途方も無い方法を含めて、三段階の蘇生手段を持っている」
「三…段階」
オウム返しで答えるアルシェの胸には、平坦さの代わりに何か別のモノが感じられた。
先ほどまで感じていた気の重さが、既に消失しているのを自覚する。
「まずお前達が良く知る蘇生、これは駄目だ。鉄級冒険者以下は耐えられない。次に上位の蘇生は肉体の損壊すら補修する。しかし親しくも無い相手の蘇生を受け入れるか怪しいな」
「…はい」
肉体の損壊すら治す上位の蘇生と聞いて、心が躍りそうになるが悲しい現実が待って居る。
クーデリカはまだ良い、よほど折檻されて食事を抜かれたのでなければチャンスはある。
しかし、ケダモノどもに食われたウレイリカは絶望的だろう。
温和な聖職者ならまだしも、魔導国に所属する魔物たちがやったのでは蘇生を拒否しかねない。
それでも構わないから試してくれと口に出しそうになるが、失敗すれば他の方法が見つかっても尾を引く可能性がある。
また魔導王はもう一つあると言い、それに最後の希望を託したのだ。
「最後の手段は私にとっても容易ではない。お前達の表現で言えば、我が力の一部を犠牲に奇跡を起こす様なモノだ」
「奇跡…そんな御力が…」
衝いて出た言葉は自分のものであったか、それとも官僚たちか。
それほどまでに信じられない言葉だ。いや、普通ならば誰も信じないに違いあるまい。
「他の用途にも使えると言えば、最初に代用手段と言おうとしたのが判るだろう? それほどの使い道、そして一部とはいえ我が力が損なわれることを考えれば容易くは行えん」
誰も言葉を発しようとはしない。
真実かどうかを問い糺す声も無い。というよりも既に誰も疑ってはしない。
恐るべき力を持つ魔導王がそんな虚勢を張る必要はないし、虚勢であれば力を損なうなどと口にする必要も無いのだ。
この場は奇跡に近い手段があることと、魔導王と言えど頻繁に使える手段ではないと理解できれば十分だろう。
「用途の幅で言えば…そうだな。お前が交渉した学院長との会話を覚えているか? その時に出た若返りも可能だとは言っておこう」
「え?」
アルシェは背筋に氷が入れられた様な感覚を覚えた。
何時から知られていた? いや、それとも気が付かないうちに喋らされたのだろうか?
ただ言えることは、魔導国に不都合なことを条件に入れなくて良かったと心の中で胸を撫で下ろしたくらいだ。もし不都合な情報を売り渡していれば、今頃生きては居ないであろう。
…やはり見慣れないメイドは、その辺りの情報収集を任された者なのだろうか?
「他の人間と同時に使うならばそっちの方が簡単なくらいだ。例えばアインザックやラケシル達とまとめて若返らせることが可能だからな」
「冒険者組合長らと…」
この時点でアルシェ以外、官僚たちも同席して居る理由が良く判った。
彼らを通し魔導王の強大さが広まるだけでは無く、眼の色を変えて功績を争おうとするだろう。
同時に学院長との会談を知っていたとの言葉を聞けば、迂闊な者にしゃべるのではなく身内とだけ相談して切磋琢磨に励むに違い無い。
「あ、改めて御確認いたします。それは冒険者組合長らと並ぶような功績を立てよとおっしゃるのでしょうか?」
「そうではない。いや、半分くらいはあってるのか」
勇気を奮ってアルシェが確認すると、魔導王は少しだけ考えて首を振った。
「お前に新しい任務を用意しようと思ってな。成功すればアインザックらと同列にしても構わないが、そんな苦労も必要も無くす為の研究だ」
「え…? それはどういう…。私には神官になれるような才能はありませんが…」
訳が判らなかった。
唯一考えられるのは、アルシェ自身が上位の蘇生を行えるように成ることだ。
だがそんな都合の良い素質はなく、まだ知性のあるアンデッドにする魔法の方が早いとすら思えた。
結果として魔導王の答えは、その中間であった。
「死者の魂を守り魂を癒し、時に憑依させ会話をする。そんな魔法を覚えよ。そうして上位蘇生の使い手と友人になれば後は簡単だ」
「うそ! そんな方法が…。いえ、御無礼を働きました。でも信じられない…」
まさかそんな方法があるとは思わなかった。
だが言われて見ればウレイリカの魂が上位蘇生を使える人物と友人になれば何の問題も無い。
末路を考えればアルシェも蘇生を拒否したかもしれないが、フールーダの蘇生であったがゆえに呼びかけに応えた様なものだ。
「無礼を許そう。私が知るだけでもその様な魔法は幾つか存在する。それらを研究しカッツエ平原に立てる予定の学校にて後代に伝えよ」
「まさしく一石二鳥ですわね。貴女はどう思うのかしら?」
「私に可能であれば是非とも! …しかし私は研究した事もそんな魔法の存在すら…」
驚愕するアルシェにアルベドは意地悪そうな問いをして来た。
その視線を避けるために平伏し、痛みが気にならないほどの勢いで床に額をコスリ付ける。
「研究法はフールーダに尋ねれば良い、アレの研究にも役に立つ系統ならば嫌などと言うまい。それと魔法に関しては適任者が居る」
「アインズさまの命であれば嫌などと言う者はおりますまい。しかし…<
この言葉にはアルベドも思わず首を傾げた。
アインズが覚えている<
厳密には違うのだが、この世界で魔法のアレンジが開発されている事を考えれば開発そのものはそれほど難しいとは思えないのだ。
ワザワザ自身が使えない魔法を覚えさせる意味があるとすれば、研究させておいて魔導国に導入するということであろうか?
適任者にも覚えが無いので、その辺りを確認しておかねばならないと思ったのである。
「アルベド、お前は仙術が使えるあの子のことを念頭から切り離して居るだろう? 外に出れないあの子にも会話くらいはさせてやろうと思ってな」
「失念しておりました、申し訳ありません!」
思い当たるフシがあったのか、アルベドは慌てて頭を下げる。
「アインズ様はあの子にも任務を…。ありがとうございます」
「なに。お前たち姉妹のうち、一人だけ何もしないのは寂しいだろう? それにユリ、お前に学校を任せる気なのだから丁度良い」
これが外に出そうと言う提案であれば、アルベドも防衛上の問題で反対したかもしれない。
しかし会話だけと念押ししてあるならば何の問題も無い。
ユリとして見れば自分自身の協力を、重要アイテムの警護があるとはいえ、アインズの仕事を手伝えない末妹の事が担当するのであれば望外の喜びである。
「会話だけ…ですか? 何か事情でも…」
「体が弱く外には出れないのだと思っておけば間違いない。せっかくだし、お前が覚える魔法を使ってなら何かさせるのも面白いかもしれんな」
アルシェは御伽噺で聞いたことのある涙が宝石になる少女のことを思い出したが、直ぐに消え失せた。躊躇なく監禁をしそうな連中ではあったが、宝石如き魔導王の資産からすればあっても無くても変わりない。そんな能力のある亜人種が居たとして、厳重に囲むべき対象へ外の様子を窺わせるはずもないだろう。
「使い魔との感覚共有であれば聞いたことがあります。そのような魔法なのでしょうか」
「憑依魔法の一種だな。併用する魔法は共感呪術や感染呪術辺りか。人形など同じアイテムに作用させると、ペアにした対象にも作用し始める。まあ<
最初こそ戸惑ったが、アルシェにも使い魔の視野を借りる魔法は知識の中にあった。
それをアレンジして、人形に魂を憑依させて会話したり字を書くだけと言われれば、難しくはあっても不可能ではないと思われたのだ。
そしてリンクした対象に効果を及ぼす魔法があるということは、都市区画に紛れ込ませることで他の魔法を広げて行くことが可能と言うことでもある。
「その研究過程で、カッツエ平原にアンデッド対策の結界が敷けるだろう。期待して居るぞ」
「は…い。太師のご期待に必ずや」
それと同時にこれらの魔法は汎用性が高いので、研究に成功すれば冒険者組合長と肩を並べるまではいけるかもしれない。
無論、彼らが先に行っている分だけ追いつくのは遅れるが…先ほどまでの絶望に比べれば、何でもない障害と思われた。
こうしてアルシェは仙術の開発、あるいは退魔行の習得を始めることになった。
実験対象である霊やアンデッドもカッツエ平原に沢山いる。
押しつけられたフールーダと語らい官僚たちと話し合うことで、いつか完成に向かうだろう。
●学園都市
「カッツエ平原には地下洞穴への入り口に砦を建て、そこを拠点に学校を建設せよ。様々な試みを試しつつゆっくりと街を整えれば良い」
「どのような学校にいたしましょう。魔法の研究も行うということならば、帝国にある魔法学院から教師を引き抜きますか?」
アインズはアルベドにそう尋ねられた時、思わず黙りこんだ。
都市のイメージに関して学校を作ることにして先延ばしにすれば、彼女や他の者が具体的な内容を提案すると思っていた。
だが尋ねられた以上は、何らかの方針を示さねばならない。
(どうしよう。魔法学院から引き抜くのは楽でいいけど、それじゃあ規模はともかく同じ学校にしかならないよな)
上下関係に物を言わせて人材を引き抜いた挙げ句、同じ学校を作るのでは二番煎じだ。
面白味が無い上に、そもそもナザリック以上のレベルになるとは思えない。
それならばまだナザリックには無い便利系の魔法を開発させる方が面白いし、どうせ学校を作るのであれば自分達の役に立ってくれる方がありがたいではないか。
(ナザリックの役に立つのは無茶かもだけど、せめて俺が困ってることを手助けでもしてくれれば…。ん?)
アインズはふと、ロクでもないことを思いついた。
(その辺を研究させておけば良いんじゃないか? 困ったらモモンの格好なり学生に見えるように幻覚使って相談しに行けばいい。…それ良いな)
官僚や騎士の学校を作るのは良い。
誰かに相談するのも良いだろう。
しかし、学校で真面目な討論が行われるとは限らないし、真摯な意見だからと言って無条件に採用して良い物でもないのだ。
まして責任を持つべき王が、いい加減な民衆に振り回されるというのは非常によろしくない。というか、あってはならないことである。
(あとは議題を話し合って居ても叱られない様にしておかなくちゃな。ここで話してる内容を聞いたからって、殺されちゃ可哀想だし真面目に議論もしてくれないからな)
だが時として、一周回って問題が問題で無くなると言う事はありえる。
ちょっとしたバランスの変化で名案になり、逆に良策が愚にも付かない事にもなりえるのだ。
「アインズ様?」
「少し考え込んでしまったか、許せ」
顔を上げたことで思案が終わったと判断したのだろう。
アルベド達が一斉にこちらを注目する。
「せっかくだ。魔法を利用した政策そのものを研究させるとしよう。どんな魔法があれば便利かに始まって、それを最大限に生かす方法や、政策そのものの修正も議論と実験までであれば許す」
「おお、やはり…」
「それは素晴らしいですな」
アインズの言葉に官僚たちは、都市建設の話題を始めた時の予想が当たっていたと頷いた。
だがそれ以上の許容をアインズが示すと、思わず絶句してしまったのである。
「議論の中に限り王である私の意見を修正し覆そうとすることも、結果として批判となってしまうことも許そう。私も時には間違えることはあるだろうからな」
「流石はアインズ様。なんという御慈悲でしょう…」
王に意見することはおろか、批判するなどもっての外!
だがアインズは平然とそのことを受け入れて居る様に見える。
世俗の王などとは比べ物にならない叡智と実力が、やれるものならやってみせろと挑戦を待ち受けているのだと官僚たちは受け止めた。
(アインズ様は批判して良いと仰せられたけど、この方が間違うなどあり得ないわ。つまり王や皇帝の批判を許容することで、間接的に自らの絶対性を知らしめると言う事…)
忠誠度が振り切れているアルベドは、アインズを批判という本来なら許されないことをスルーしてしまった。
彼女にしてみれば批判される自体などあり得ず、王や皇帝を批判しアインズのみを讃える社会を作るということに他ならないのだ。
魔導国がこの学園事業で発展するならば、他国が追随しない訳はないし教育システムを抑えれば、これから学ぶ者はみなアインズの素晴らしさを真っ先に学ぶことになるだろう。
相対的に王や皇帝へ批判しても良いのだという考えが広まり、両者の差は開くばかりであるとNPCならではの盲目的な推測を浮かべたのである。
それから数年が経ち、ヤルダバオトの討伐戦も終わった頃のこと。
帝国魔法学院から学生が選ばれ、あるいは自主的に魔導国の学園都市へと送り込まれて行く。
他にも一儲けしようと先行投資したい者たちや、警備を兼ねて研究しようと言う冒険者。
時には冒険者の学校その物を作ろうと言う者たちが、カッツエ平原に建てられた砦へ集められたという。
その日の討論会は、こんな議論だった。
「今回の議題は…えーと、『分担作業で商品を作る』だ。誰の意見かな?」
「はいはーい。タニアが思いついた名案なのです」
私に良い考えがある! というのは微妙な案であることが多い。
とはいえ子供が頑張って提案した事なので、むしろ微笑ましさが溢れた。
「一つの作業だけは覚えた子が協力しあって、一つ終わったら次の人に渡しながら作るのですよ。例えばお服とか!」
「覚える事が一つだけなら誰でも出来ると思うけど…。服は無いんじゃない?」
「まあまあ。まずは服を考えてみようぜ。服が駄目なら細工とか食いモンでもいいだろ」
良くある議論として、難民や孤児に仕事を覚えさせようとする案が失敗し易い。
難民は何もできないから難民なのであって、それは孤児でも同様である。
その意味において学生や商人たちは、一つだけ覚えさせるのはアリだと判断した。
「えっとですね。最初の子はこの形をしたボタン持って来て~とか、次の子は布。それで次の子はチョキチョキするです」
「それなら区別できるか?」
「んー。そうだけど服でも料理でも似たようなのはあるしねえ。文字読めなくても良い様に、もうひとひねり欲しいかも」
「なら箱に札として紋章のような絵を描くのはどうです? それならば文字が読めなくても大丈夫かと」
こんな風に誰かの出したアイデアに対し、修正提案や駄目出しを行っていく。
最初は愚にも付かない案に見えても、現実的な修正を行うことで使えるモノもあるからだ。
「でも子供や難民だと仕上がりが不安じゃない? 不格好な服なんて安くても絶対に着ないわよ」
「真似ることを学ぶという。型を作っておいて墨守させれば良いじゃろう」
「全体を監督する者だけ大人が付いておれば良いのでは? 当然ながら難しい場所は徒弟を使う」
「むしろ徒弟がする必要のない雑用を任せてしまっても良いな。それほど金が掛らないならウチで採用しても良いと思う」
こんな風に思い付きをブラッシュアップすることで、ごく偶にではあるが店や工房で採用されることもあった。
その時は提案者にアイデア料として幾らかを支払ったり、そこで得た成果を無条件で教えるという条件になっている。
もちろん嘘をついたり、再修正した内容を他の街で行うことは問題無いので、必ずしもお金やデータをもらえるとも限らないのだが。
「ひとまずこんなところかな? では魔法を使う場合、開発する魔法はどうだろう?」
「香辛料生み出す魔法で日銭を稼いでるんですが、染料を生み出す魔法はどうです? 魔力使うから別の人が使う必要あるけど」
「そういえばジエット君はウチに納めて居てくれたね。とても助かっているよ」
「それはともかく染料か…。植物から採れる物なら開発も割りと簡単かもしれんのう」
眼帯を付けた学生が手を上げると知り合いが声を掛けたり、魔法の開発に関わったこともあるマジックキャスターが口を開いた。
「そこまでやるなら、まずは料理で試してみるのはどうだい? 着ない服が沢山あっても不良在庫になるだけだが、料理なら食える」
「そうじゃな。香辛料を生み出す魔法をそのまま使用できる。型の代わりに数量指定で良かろう」
「なら若旦那にお願いしてみるです。ジエットくん協力してくれますか?」
「あー悪ぃ。今日は合格発表日なんだ。鉄級冒険者に挑戦中」
「鉄級とミスリル級以上は実力勝負だからねえ。頑張りなよ」
そんなこんなで実験し易い料理で試そうと、最初に提案された内容からかけ離れたアイデアに変遷してしまうこともある。
アインズがこっそり議論に加わることもあるのだが、こんな時は笑いながら踊る会議を愉しんだと言う事であった。
●魔導学園の冒険者たち
ジエットと呼ばれた学生が冒険者ギルドの分室に赴くと、そこには大きな板に数字が書きだされていた。
「あった! これでようやくダンジョンに潜れるよ…」
鉄級冒険者になれば訓練用のダンジョンに挑む事が出来る。
そこで倒したモンスターの部位や、描き込んだ地図を提出しても小銭が稼げるので、ジエットの能力ならば香辛料を生み出す以上の金が期待できた。
もちろん戦闘が前提になっているので合格は完全に実力勝負。
魔導国はコネや金も力と認められるのだが、あくまで情報収集や資材収拾の補助としてしか考慮されない。
それらが真の意味で役に立つのは、あくまで鉄級以上の冒険者になり、ダンジョンでの成果を見ながらパーティーに誘われてからになるだろう。
「ジエット・テスタニアさんですね。鉄級冒険者合格おめでとうございます。魔導国よりこれらの品から一つをギフトとして贈らせていただきます」
「では補助のワンドをお願いします」
鉄級冒険者になると、四つから五つと言われる品をチョイスしてもらうことが出来る。
ドワーフ製のナイフやハンドアックスといった、戦闘にも工具としても使える品。
あるいはジエットが選んだような、魔法を助ける補助道具もそうだ。
これがミスリル級以上になれば、ルーンの武具や指輪型の補助具もあるそうだが、ジエットに取ってこれが第一の選択である。
嬉しそうな顔を引き締め直して、今日の所は鞄に放り込んでおく。
「それなりの費用を払えばタレントがあるかどうかの魔法を受けることも可能です。どうなされますか?」
「一応ですがもう判って居ますんで無しでお願いします」
ジエットが指でコンコンと眼帯を叩くと受付嬢は、顔色を変えずに少しだけ付け足した。
「では二つ目のタレントがあるかの調査を、自主的なクエストとして受けることが出来ます。担当者を探し出して口頭で伝えてください」
「そんなのがあるんですか…。時間があったら探してみますね」
一応は秘密になっているのか声のトーンだけは神妙だ。
ジエットは簡単に探し出せるとも思えないし、相手のスケジュール次第で相当な時間が掛るだろうと思いその場は頷くだけにしておいた。
そしてまずは初心者ダンジョンの様子を窺おうとしたところで、弓を持ったまま立ちつくして居る少女を見つけた。
目つきが悪いので、犯罪者が憮然とした表情で周囲をギロリと睨んで居る様に見える。
しかしここはダンジョンでありスラム街ではないのだ。仮に金を取りあげようと待ち構えた所で、みんな自分の部屋に置いているに違いない。
「どうされました? もし困っている事があれば…」
「え、ええと…あの、その。パーティ募集が無いかと待って居るんですが…全然声が掛らなくて」
それはそうだろうとジエットは内心で溜息をつく。
どうやら少女は他所の国から来たらしく、鉄級まで一発合格する実力はあるようだが、基本的な事を知らないようだ。
ましてこれだけ目つきが悪くてギロギロ(本人にとってはキョロキョロ)しているのだ。不審者を誰も誘うはずがない。
「ここは初心者用なんで最初の方は一人で回れますよ。パーティー組むのは実力があると判った者に声を掛けたり、戦闘力に自信の無い者は溜まり場を探す方がメインです」
「そ、そうなんですか…」
最初は噂で聞いた隠しクエストや、先ほどの二つ目のタレント検査の事かと思った。
しかし話して見た感じ明らかな御登りさんで、知人に放りこまれたのだと予想してみる。
放置しても良かったのだが、話すたびにボロが出る様子を見ていると、チョッピリ不安になるのであった。
(我ながら人が良いよな…。演技の可能性も無くは無いんだけど…)
なんというか、このまま放っておけば明日まで立っているか、酒場に辿りついたのは良いがグデングデンに酔わされて大変な目に合う未来しか見えない。
盗賊出身者だったら目つきが悪いくらいは気にしないだろう。
仕方無いのでちょっとした提案をしてみることにした。
「俺は合格したばかりで下見だけするつもりだったんですけど、なんでしたら一緒に軽く回ってみます? 慣れたら一人で…」
「お願いします! 私、是非とも強くなりたいんです!」
何か重要な理由でもあるのだろうか?
必死になって掴みかかる少女に、ジエットは内心の溜息が冷や汗に変わるのを自覚する。
そしてロクな打ち合わせもせずにダンジョンに飛び込もうとし始め、早くも後悔しそうになる。
だがジエット自身、早く上級冒険者になって叶えたい願いがある。
そして彼をこの学園に呼んでくれた恩人の必死な姿を重ねながら、こんなキッカケも良いかと初めてのダンジョンに挑むことにした。
「ネ…えーあーオホン。そこの君。良かったら私と組んで…アレ?」
「間にあってます! 私、この人と予約ありますんで、また声を掛けてくださいね!」
それは魔導国で良く見られた出逢いであり、一つの良くあるすれ違いの光景であったという…。
と言う訳で、第二部学園編も終了いたします。
最初は道を作るだけの話で無事に第一部完となったのですが、そのまま第二部として徒然と書き足して行ったので長くなってしまいました。
しかも途中で思い付きを加えて行ったのですが、今思えば外伝はオリ主物の続きでは無く、アルシェの物語として別の枠にした方がスマートだったかもしれませんね。
ともあれこれまでお付き合いありがとうございます。
またの機会があれば、オバロの物語ほかを書いてみようと思いますので、その時はお読みいただければ幸いです。
<
ユグドラシル時代は死亡したPCとゲーム外チャットを行ったり、幽霊系のイベントNPCとの会話に用いる魔法。
死体に使えば死亡する寸前の光景をサイコメトリーの様に見ることもできる。
ウルティマ・オンラインより着想
『共感呪術』と『感染呪術』
前者はリンクした対象に魔法などを掛ける魔法。
後者は接続した対処に徐々に広めるながら掛けて行く魔法。
仙術(符蟲道)の一種であり、フィールドそのものにエンチャントを掛ける為の魔法である。
王都妖奇譚・鉄壱智・ゴーストハントなどより着想。
『ベルク・カッツエ』ないし『カッツエブルク』
カッツエ平原にある地下へ続く孔へ、それを隠す為に建てられた砦。
新しく建設される学園都市を作る為の拠点として、カモフラージュが始まったとか。
秘密基地とか隠しイベントとして構想が練られている。
名称はガッチャマンに登場する敵キャラより
『学園都市』
建設中の街で名前はまだ無い。アインズ様に任せると死天獣朱雀学園とかタブラなんとか学園になる。帝国魔法学院と同じく特に魔法だけを扱う訳ではないが、王様すら批判して良いと言う議論姿勢が有名。
なお風の噂ではフールーダや、魔導王その人が授業に参加することもあるという。
・タニアの提案
いわゆる流れ作業による分担制手工業。
子供の提案なので大したことはないが、商人や学者も議論に加わるので成功することもある。
ただし、服の提案が気が付けば食事を作る話になったように、提案とまるで異なる結論になる事も多いとか。
『ジエット・テスタニア』
WEB版に登場するアルシェの郎党みたいなもの。
その段階で魔法を第一位階まで納め、本編ではWEB版原作より更に数年経過して居るので、第二位階の一部も覚えている。
タレントとして幻覚看破の眼を持っており、アルシェに呼ばれて推薦されてはいるが、鉄級の冒険者資格は実力主義なのでなかなかもらえないで居たとか。
・鉄級冒険者がもらえる選択アイテム
ナイフまたはハンドアックスのような武器兼小道具
ワンドまたはオーブのような魔法補助具
軽量のハンマーや楔、丈夫なロープなどの小道具
一~二人用の簡易テント
などの中から選んで一つもらうことが出来る。基本的にはナイフかワンドというのが定番。
これが銀級になると切れ味の良い武具、ミスリルならルーンの武具や指輪型補助具などにUPするらしい。
『初心者用ダンジョン』
個人または戦闘力の無い者を含むパーティが挑む場所で、モンスターを退治して部位を持ち帰ったり、地図を作製すると段階に応じて小銭をもらうことが出来る。
基本的には本格パーティーを結成する頃には卒業して、より上位のダンジョンに挑むらしい。
・ネなんとかさん
ヤルダバオト討伐後にやって来た少女。魔導国最初のパラディンを目指し、弓矢を強化する神聖魔法はないものかと悩み中。