魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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タニアのごはん【後編】

「陛下、王国に対して魔導国は何もしないのですか?」

「勿論だとも。我が国は王国と敵対などしておらぬからな」

 ふとロウネ・ヴミリネンが漏らした問いに、魔導王は機嫌良さそうに答えた。

 アインズとしては頭の痛い資金繰りが解決に向かっており、これ以上ないほど御機嫌である。

 ユグドラシルの金貨は無理でも、現地通貨での工作資金は持ち直すだろう。

 

「アルベド、王国は何も変わっておらぬな?」

「はい。何も(・・)、変わってはおりませんわ」

 上機嫌のアインズを喜ばせるためではなく、心底からアルベドは微笑んだ。

 この期に及んで変わることの出来ない王国の運命を、嘲笑う為に。

 

(もはや戦する必要すらないのか…どんな策謀が…)

 その残酷な意味と、あまりにも美しすぎる魔性の微笑みにロウネは心底震えたと言う。

 

●斜陽の王国、不動の王都

 

「とーちゃくなのですっ。大きな町なのですねえ」

「帝都と比べては駄目だよ。アーウィンタールは陛下の肝入りで改修可能だからね」

 タニアを含むキャラバンは無事に王都に辿りついた。

 ある者は商品を売り捌きに、ある者は組織からの連絡を待つ。

 

「三年前とまるで変わって居ない……?」

 そこでアルフレッドは信じられない話を聞いた。

 トマスたちが貴族の家に出入りして居る商家や、場合によっては直接売りつけに行って聞きつけたのだ。

「はい。みなさん争ってお買い求めくださいましたので、順調に在庫が掃けました」

(元もと疲弊して居る上に、カッツエ平原での大敗北したのだぞ)

 それはとうてい信じられない話だ。

 帝国の…というよりは、魔導王一人の為に空前絶後の大敗北を喫して居る。

 当然ながら王国存亡の危機であり、人的な窮地にあり無傷の貴族ですら財政的な見通しが立たないままの筈だった。

 

(…王国貴族たちは成長して居ないのか? 人が居なくなったということは対立して居た老害どもが消えたと言うことなのに)

 ポっと出の国に貢物を送り、王太子になったザナック王子自ら靴の底を舐めるような外交で延命して居るのだ。

 この期に緊縮財政を行って、一気に整理すべき時だと言える。

 それが何故、王党派と反王派で揉めている頃のように夜会や園遊会を繰り返しているのだろうか。

 

 そんな時、ふと疑問が湧いた。

 一体全体、誰と競い合うようにそんな事をしているのだろうか?

「新しい卸し先はどんな家なのかね? 出入りの商人を通さずに買ってくれたのだろう?」

「何でも王国を良くしようと言う改革派と名乗っているそうですよ。一番上のフィリップという方がおっしゃるには、既存の慣習に捉われない自由な競争とやらを入れるべきだとか…」

 どうやら貴族たちは、その改革派と対立しているらしい。

 相手に舐められないように、あるいはパーティを通して裏工作する為に頻繁に接触を繰り返しているのだ。

 

 だがトマスは珍しく歯切れの悪い言い方をした。

 改革派ではなく改革派と名乗っていると告げ、目上のはずの貴族に対してあまり良い言葉で印象を語ってはいない。

 

「あまり感触が良くなかったようだが…もしかして、商人如きとか下働きがどうのと言われたのかね?」

「似た様な物ですね。これまで敵国だった帝国から来た商人を引き入れるからにはとか、良い話を回してやるからと、その…あからさまに値引きを」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 口約束の空手形なのは別に良い、だが体面を重んじるはずの貴族が直接値引きを言い出すなど墳飯物でしかない。

 結果的に値引きを要求するとしても、差額となるような買い取りをさせたり、袖の下としてコッソリ受け取るものである。

 放っておいても次のツテを掴む為にそうしたろうし、恥ずかしいを通り過ぎて先が見えて居ないとしか思えなかった。

 

「しかしフィリップという貴族に聞き覚えが無いが…。そんなに羽振りが良いのかね?」

「なんでも改革を望む商人や貴族の有志が付いておられるとか」

 フィリップという男にまるで記憶が無い為、カッツエの悲劇で結果的に繰り上がった貴族と思われる。

 あるいは商人の一人が金で貴族位を家ごと(婚姻で)買ったのかもしれないが、随分と妙な話だった。

 

 成り上がるまでは良いとして、ソレが派閥の領袖に成りおおせる事が出来るだろうか?

 まだ蒼の薔薇や朱の雫のリーダー達が、貴族の地位を利用しラナー王女の援助を受けて王党派の派閥を起こしたと言う方があり得る話である。

 

(八本指に召還されたあと生きて帰ることができたら、調べて置く必要があるかもしれんな)

 そう思うアルフレッドであるが、そのフィリップと先に出会うことになるとは思いもしなかったのである。

 縁者からの手紙として渡された、八本指の指示書に寄って貴族たちや改革派の両方へ顔を出すように求められたのであった。

 

●リ・エスティーゼの晩餐

 

 貴族達の集いで、夜通し行われるパーティを早々に辞して一同は宿に戻った。

「王都の料理はたっくさんなのですよ」

 タニアは沢山のお余りを頂いてご満悦。

 何しろ招待されたアルフレッドが適当にしか手を付けて無いので、タニアやトマスたちで分けれたからだ。

 獲物次第である狩猟はともかく、こうして残り者を使用人達に御馳走を分け与えるのが良い主人役の筈であった。

 

「タニアには悪いがこれは駄目だな。とても貴族の食べる料理とは思えん」

「この程度の材料で良くまともに見える料理が出来たと思いますよ。これなら旦那様と敵対して居る商家の方がマシな物をくれます」

 他にも何人か使用人が居たが、アルフレッドやトマスと同じ感想であったようだ。

 怖いモノ見たさで手を付けてはいるが、それぞれ宿に頼んだ煮物などをツマミに酒をかっ食らった方が良いとまで言っている。

「過去の戦乱時における苦労をしのび、限られた材料で伝統的な料理を…という所だろうな」

「他に言い訳のしようがないのですよね…。野菜の細工物とか凄いのもありましたし残念です」

 とはいえ貴族にも体面というものがある。

 あり余る料理を出して、欲しいだけ食べてもらうと言うのが伝統なのだ。あまりに貧相では主催する家の権威が啼くと言うものだ。

 

「萎びた野菜に水を含ませ、干し肉に塩スープで張りを持たせているようなものだからね。明日には改革派の方にも顔を出すが、あまり期待しないでくれ」

「判ってます。値切りまくってるでしょうし腐る寸前の料理が出てもみんな驚きません」

 アルフレッドの言葉にトマス達は苦笑いを浮かべた。

 幾つか改革派の家に顔を出したものの、どこも親分に倣えで似たようなものだったからだ。

「タニア、妙な物があったら先生の代わりにお前が食べるんだぞ」

「任せておくです。何でも美味しく食べられるのですよ」

 重要な女性が居るというなので、連れて行く従者として女の子のタニアが良いということになっていた。

 奴隷のタニアにとって、若旦那の店に買われるまでは仕方なく腐った物でも何でも食べていたものである。

 飢えが予想された年など、ロクでもない物を食材として無理やり使っていたことすらあったはずだ。

 

 しかし、一同の予想は斜め上の方向で覆されることになる。

「お招きいただき、誠にありがとうございます。他所では見かけぬ大変なパーティですね」

「そうだろうとも。爺どもの所では出来ぬことばかりだからな」

 どんな男か見物しようと、真っ先に挨拶に赴いたところフィリップは機嫌良く頷いた。

 そして何が気に行ったのかしらないが、派閥の主人ともあろうものが新参者に案内をしてくれたのだ。

 

(権威というものを考えていないのか? それとも人を誑かす手段か…)

 世の中には些細な功績に感動して見せる演技で、仁君と呼ばれるタイプの貴族も居る。

 アルフレッドがそう思って様子を窺うと、誰もフィリップには心酔した表情を見せて居ない。

 表面を取り繕うのが貴族であっても、これは少し妙なことだ。

 

 そして奇妙なのは、人の流れがあることだった。

 古参の者の多くが奥向きに移動してから、こちらに戻ってくるのだ。まるでフィリップなど二番目で十分だと言うかのように。

(奥方が名のある権門の血筋なのか? そう考えれば辻褄が合うが…王都に来てから待機するように言われた事で情報収集が出来てないのが痛いな)

 おそらくフィリップの反応は、彼を一番と扱った事で自尊心がくすぐられたのだ。そう思って見渡すと何人かこちらに頭を下げる者が数名居て、フィリップもその人物たちには満足げに頷いて居た。

 

 背景が疑問であるが、せっかく機嫌が良いのにここで迂闊に尋ねて怒らせても意味が無い。

 真の権力者への挨拶を怠ったことは諦めるとして、機会を窺ってフィリップの機嫌を取りつつ情報を集めることにした。

 

「どれも珍しい料理ばかりだが、足りなければそこの連中に注文すると良い。みんな王都の料理屋で名前を上げて来た連中だ」

「料理の達人を呼び寄せて、目の前で作らせるとは古い貴族の方ではとうてい思い付かない斬新さですね」

 得意げに語るフィリップであるが、貴族の常識では考えられぬことだ。

 第一に料理人と同席するなどありえないし、普通はパーティでは出さない様な(縁起の悪い)材料であったり珍奇な創作料理が何種類も並んでいる。

 中には思わず唾が出そうな良い香りの物もあるが貴族が食べる物ではない物もあるし、注文形式ということはアレが欲しいと強請る必要がある上、出された物を食べる貴族としてはみっともない。

 

 端的に言うと貴族に相応しい料理では無いし、…料理人たちにも『顔を出させてやる』と言って値引きを求めているのだとしたら恥ずかしいという他は無い。

 

(セオリーから外れてしまった為に美味くない物や、食事以外でも見栄えの悪い装飾品もある。…典型的な大都市病に掛っているのか)

 大都市病や王都病というのは、『素晴らしい考え』を思い付いた改革者が一度は落ち居る罠である。

 何も考えずに突き進んだ挙句、思わぬ落とし穴に落ちて失敗するのが精々だ。

(だが、これほどの勢力にまで拡大して居るとあっては、よほどのバックが付いているな。でなければさっさとつまずいて居るはず)

 アルフレッドはそういって周囲を見渡しながら、質問するのに丁度良い『材料』を見つけた。

 

「そういえば当主や代理ばかりのパーティと聞き及んでおりますが、随分と女性の方が多いですね」

「ん? ああ。連中は女当主になったばかりの奴らだ。貴族扱いしてもらえぬと泣きついて来た」

 男の兄弟が居ないと何処の国でも臨時で女当主が出る時がある。

 王国ではその地位は高くなく、大抵は兄弟の子供が育つまでか、その女の子供が生まれるまでの代理人扱いだ。

 だが奇妙なことに、ここのパーティに出席して居るのは肩で風を切る様な、気合いの入った女性が多い。

 

「おお。フィリップ様が彼女達を保護して居るのですね。流石ですが権門…いえ、頭の固い神殿などはさぞや文句を言ってくるのでは?」

「はっはは。あの連中に何が出来る! 俺が取りなしてやらねば今頃どうなったことか」

 全てフィリップのお陰。

 そう言ってやると随分と嬉しそうに胸を反らせた。どうやら自分の意識と周囲の扱いで不満があるらしい。

 人物を見る限り周囲の扱いの方が正しいのだろうが、ここはおだてて聞いておくべきことである。

 

「生憎と長男ではなかったので家を告げない為、旅暮らしで知らないのですが…。フィリップ様が神殿の問題を片付けて差し上げたのでしょうか」

「俺も三男だったが実力さえあればそう悲観することもあるまい。流れとしてはそういうことだ。連中は身内にとんでもない不心得者を抱えて居てなぁ…」

 得意げに語るその内容は、実に驚くべきことであった。

 

「俺の領地から神官が居なくなって調べさせたら、妙なモノが出て来た。他の連中の領地にもあったらしいが神殿の派閥の一つが麻薬を育てていたのだ」

「それは何と言う事を! ということは、最初のキッカケになって調査をさせて功績が大であるフィリップ様が取りなしたと…」

 おおよその流れを推測して尋ねると、フィリップは鷲のように胸を反らせた。

 

(自分で見付けたと思い込まされていることに気が付いていないのか。しかし、これで背景が判ったな)

 確かに、神殿の一部には犯罪組織と結託して麻薬の栽培を許可して居る連中も居る。

 同じ様に麻薬の流通を手助けしている連中も居る訳だが…。それをフィリップ如きが見付けられる筈が無い。

 

(改革派の手柄にしつつ、麻薬に関わって甘い汁を吸っていた貴族に牽制する為か。まさか八本指が黒幕とは…)

 要するに改革派と古参貴族と争わせることで、両方の背後から王国に根を張るつもりなのだろう。

 それに何の意味があるのかはともかく、今まで以上に八本指の権勢は強くなっているに違いない。

 

「面白い料理が多いですので、使用人にも食べさせて研究させたいと思います。少し持ち帰っても良いでしょうか?」

「使用人に土産などと甘い男だな。だがまあいいだろう。金を出した分なら幾らでも持って帰っていいぞ」

 とても貴族とは思えぬ言葉にアルフレッドは呆れつつ、寛容さと経済観念に恐れ入ったと演技をしてその場を立ち去ることした。

 

「そろそろ戻るよタニア」

「あ、先生。さっき綺麗なおねーさんが、オヤツをくれるから先生と一緒にいらっしゃいと言ってたのですよ」

 割り当てられた控えの間に居たタニアは、奥向きを指差して髪形を手で再現して見せる。

 だが覚えが無いというか、嫌な予感しかしないので聞いてみた。

「ここの奥様かね? お名前は?」

「呼んでくれたのは手伝いをしてる人で、偉い人はヒルマさんだそうなのです」

 タニアが口にした名前は、八本指の一人の名前であった。

 確かにその人物であれば、フィリップに麻薬を見付けさせることも、神殿に譲歩させることも可能であろう…。

 

●悪意のデザート

 

「ようこそぉおいでくださいましたぁ。ヒルマ様はこちらにぃおいでなのですぅ」

 妙に甘ったるい調子で喋るメイドに案内されて奥向きに入ると、奇妙なことに地下を経由して離れへと通された。

 見た事もないほど美しいメイドではあるが、周囲で垣間見れる光景は奇妙であり知っている者から見れば他人には見せられない物ばかりだ。

 時々人が生き交う他は、同じ部屋に込められて何か作業をしているのだが…。その材料や作業が問題なのである。

 

「先生、なんであの人たちは同じ事ばかりをしてるです?」

「良く気が付いたね。人は覚えるのが得意ではないからね。まずは一つのことだけ覚えているだ」

 まさか秘密を守るために、余計なことを教えて居ないのだとは言えなかった。

 そこで適当な説明をしたのだが、タニアはそれが気に行ったらしい。

「ということは子供でも一つだけなら覚えられるですね」

「そういうことになるね。帰ったら、何に使えるか考えて見るのも良いかもしれない」

 勿論、それは無事に帰れたらの話である。

 あまり人には見せられない作業を見せながら案内しているということは、返答次第で帰さないと露骨に脅しているのだ。

 

「お連れ様はあちらにぃオヤツをたっぷりと用意してますわぁ」

「わーい。お姉さんありがとうなのです」

 やがてどこにも逃げ場の無い部屋に通されると中には美しい女が居た。

 メイドほどではないし痩せこけてはいるが目は鋭く力を称え、時々驚いた様に周囲を窺う他は力強い意志に溢れる女であった。

 タニアはそこで別室に案内され、アルフレッドの返答次第で生きては帰れまい。

 良くても娼館に売られたり、悪ければ変態の貴族に買われて後ろ暗い趣味の為に切り刻まれてしまうなど、死んだ方がマシな目に合う事もあるだろう。

 

「お久しぶりというべきかしらね。まさか暗殺者を育てて来た貴方が普通に教師をする日が来るとは思わなかったわ」

「こちらこそ。まさかヒルマ様が黒粉を捨てるなどとは思いもしませんでした。表に出る気ですか?」

 ヒルマという女は八本指の長の一人で、麻薬取引を担当して居た。

 部門のトップ自ら秘密を暴かせたのなら、他の部下や甘い汁を呑ませている連中が動く筈は無い。

 

 完全な出来レースであり、黒粉と呼ばれる麻薬を発見させる代わりに改革派の名前を上げたのだろう。

 加えて女当主たちが活躍しようと躍起になっているのも、もしかしたら自分も出ようとしているヒルマの画策なのかもしれない。

 

「黒粉はどのみち蒼薔薇の連中が追いかけてたからね。暫くは『お休み』さ。少なくとも王国では育てる必要が無くなったのよ」

 どうせ捨てるモノであれば、せいぜい利用するのだと肩をすくめた。

 もちろん完全に捨てるなどありえず、とりあえず彼女が言う通り休んで居るだけで、王国以外で再び生産する気なのだろう。

「報復はしないのですか?」

「勿論したわ」

 自分達を脅かす者への報復はしないのか?

 そう尋ねはするが、真の意味は別にある。

 足抜けする気の自分に対し、何らかの制裁を考えているのではないかと遠回しに尋ねたのだ。

 

「王国を思って行動為される王女様に感動してね。せっかくだから、自分たちの手でトドメを刺してもらうのも面白いでしょう?」

「なるほど。抵抗して斬り殺された犯罪者の中に、改革派を留められる者が居た訳ですな」

 古参の貴族たちと改革派の対立が、ただでさえ足腰の弱った王国に決定的な死を約束する。

 

 王家は貴族を一つに束ねて改革する事が不可能になり、無意味な出費が財政に浪費をもたらしてしまう。

 それだけではない、食料不足のこのご時世に悠長にパーティを繰り返しているのだ。

 民衆が王国を見離したとしても、そうおかしな話ではないだろう。

 

 そして、この流れの最後の一手を打ってしまったのは、八本指を散々邪魔して来た蒼の薔薇なのである。

「国が荒れ、場合によっては内乱すらあり得る。既に八本指は金を形のある物に変えて外に持ち出して居る…と」

「正解。王国内に残しているのは秤を傾ける為の分銅だけよ。それが何処なのかどの程度なのかは言えないけど」

 アルフレッドの推測に、ヒルマは一切の否定を挟まなかった。

 嘘を言わずに誤解を与えている可能性もあるが、大きく外れてはいないだろう。

 持ち出し先は帝国か最も強大な魔導国か、それを聞くほど命知らずではないのでそこには沈黙を守る。

 

「それで、私に何をさせたいのですか? ここまで話しておいて帰って良いとも思えませんが」

 頷かない限り生かして返す事は無い。

 いや、頷いたとしても監視という紐付きで無ければ話す必要も無いだろう。

 要するにアルフレッドにさせたいことがあって、ヒルマはアルフレッドに頷くしかない状況を作って見せたのである。

 

「何、貴方には簡単なことよ。これからも今まで通り優秀な子供が欲しいの。魔導国に怒られない程度で良いの」

 アルフレッドと言う男は端的言えば人浚いだ。

 見どころのある子供を洗脳し、あるいは浚って教育して闇の組織に出荷して来た。

 それが八本指やイジャニーヤであり、そのほかの勢力であったりと差はあるが。人として褒められた行為ではない。

 

「お断りします。真に優秀な子供は魔導国が連れて行くでしょうし、魔法で真実を暴き出されれば揃って全滅ですよ?」

「そこを何とかするのが貴方の手腕だと言っているの。別に騎士や冒険者向けの子が欲しい訳では無いわ。そこは判るでしょうに」

 お願いして居るのではなく、やれと言っている。

 ヒルマは視線に圧力を掛けて来た。言葉はソフトであるが実質的な命令である。

 

 とはいえアルフレッドとしても頷けない理由があった。

 調べたところによると帝国が送り込んだ人材に対し、魔導王は支配魔法を行使してスパイに『自供』させたという話である。

 普通ならば嘘だろうと疑って掛るべきだろうが、あの魔道王であれば真実であると思う他ない。

 

 迂闊に副業を持ちこんだら殺されても文句は言えない。

 それにアルフレッドには誰にも話して居ない望みがあった。正確には望みが出来てしまった。

 

(あのユリという女…)

 出逢った時から抱いている思い。

 あの目、あの動き、あの仕草。間違うことなく思い描くことが出来る。

 長く後ろめたい稼業に手を染めて、こんなことは初めてだった。

 

(なんという『完成度』であることか。出来得るならばあのレベルの『作品』を仕上げて見たい…)

 アルフレッドはユリに彼女を調練した何者かの影を見ていた。

 おそらくは『死の教師』として名のあるモノに違いあるまい。間違いなく自分以上の存在だと誰に知らされることなく気が付いていたのだ。

(ほぼ狙い通りの性能。ソレは完成にして完成に非ず。僅かな歪みが破滅にではなく、自らをさらなる高みに仕上げさせる螺旋を描いている)

 あのレイナース以上の戦闘力と優雅な仕草。

 完全なる実力と美貌に満足するのではなく、さらなる高みを目指して魔導王の為にあろうとする。

 向上心から言っても忠誠度から言っても、これ以上ないほどの存在であった。

 

(もし神々に従属神が居るとしたら、ああいう存在を言うのであろうな)

 六大神のうち地の神には、八本指・六腕という従属神が居ると伝えられている。

 アルフレッドはユリを介して、至高の存在に辿りついていた。

 魔導王が六大神の仲間と思うかは別にして、それほどの存在であってもおかしくは無いだろうと考えたのだ。

 

「監視を付けるのも、魔導国に務め無かった者を勧誘するのも問題は無いでしょう。ですがこちらから安易に勧める事は身の破滅に繋がります」

「そう…。これほどにお願いしても駄目なのね」

 お願いという命令に対し、可能な譲歩は勝手にやってくれ…という言葉が精々だった。

 孤児院と言う名の学校が魔導王直下の人物が経営する以上は、どんなに秘密にしたところで魔法で暴かれるのは間違いあるまい。

 

 前例がある以上は、もしかしたら魔法を使わないかもしれないという淡い期待も抱くことが出来ない。

 高い可能性で死んだ方がマシな目にあわされるか、ナイフを持ってここに特攻する羽目に成るだろう。

 

「それじゃあ仕方無いわね。デザートを食べたら帰っても良いわよ」

「殺さないのですか? 私としては後で殺されるのも今殺されるのも同じだと思うのですが」

 ヒルマはやけにアッサリと引きさがり、かわりにゾっとするような笑みを見せて指を鳴らした。

 

「魔法に寄る監査を受けた後でまた聞くことにしましょう。と延期しただけよ。デザートはお嬢ちゃんと同じメニューだから安心して欲しいわ」

「その時までに監査が定期的なのか、一度切りなのか調べておきますよ」

 タニアの活け造りでなくて良かった…。

 アルフレッドとしてはそう思う他は無い。

 もしそうなれば、若旦那に対する言い訳として腕の一本も落として見せるか、一度行方をくらます必要があったろう。

 

 そう思っていたところ、デザートというには酷い皿がテーブルに載せられる。

 ゴミ溜めに入ている物を鍋で煮詰めれば、こんな物ができあがるあろう。

「食べきるまでこっちにはこさせないでとお願いしてあるから、帰る為にはお嬢ちゃんの分まで貴方が食べてみせないとね」

「これはご丁寧にありがとうございます。忠誠の証を見せろと言う訳ですか」

 中にはミミズや鼠だか子猫だかの肉と骨まで入っている。

 ゴミ箱に入っている一通りの中味が揃っているようだが、不思議と虫の死骸だけは丁寧に取ってあるのが妙ではあった。

 

 だが妙と言えば、おかしな印象が見受けられた。

(お願い? 今のは命令と言う意味では無かったな。あのメイド…何かあるのか?)

 もしや、誰かに借りたエージェントか?

 言われてみればメイドとしては美し過ぎる上に、身のこなしもしっかりしていた。

 それにこんな陰惨な地下へ案内されて、顔色一つ変えていないのは妙なことだ。

 

(まさか…な。いや、まさか本当にそうなのか!?)

 思えば奇妙なことが幾つかあった。

 何故、八本指が表に出ようとしているのか?

 何故、ヒルマが自分のアガリである麻薬を処分してまで、表に食い込む必要があるのか?

 

 そこに絶対者の命令があったとしたらどうだろう?

 あのメイドは、絶対者からヒルマに貸し出された臨時のボディーガードなり戦力なのかもしれない。

(ユリと言う女と違って強者の格は感じないが…。後衛の魔術師だとしたらそれも頷けるな)

 八本指が魔導国の傘下に収まっているのであれば頷ける話だ。

 ここに来るまでの王国の縮図を見せつけられることになり、この国が将来長くないことを知らされた。

 加えて八本指の食い込み具合を自覚させられては、その行く末がどうなることか判らない筈は無い。

 

(この国は既に終ったな。魔導王が戦争を命じるまでも無い。富を食い荒らされ残るのは『研究成果』のみだ)

 もし、今の改革派と古参貴族の対立が実験であるとしたらどうだろう?

 女性貴族は台頭し、食事に限らず色んな方策が魔導国ではなく、王国で試されているのだ。

 加えて貴族に対する反発が強大化し、民衆自身が評議員を決める国になるかもしれない。

 

(既に魔導王の掌で踊る実験場というわけだ。しかし…その見地であれば先ほどの命令に対する答えも変わってくるな)

 八本指が魔導国の一組織であるならば、そこに人材を供給するのは問題でないだろう。

 表向きの人材は騎士や役人として推挙し、あるいは冒険者として活躍させる。

 そして後ろ暗い仕事向きの子供は、八本指に投げ渡せば良いのだ。

 

 アルフレッドがそう考えをまとめてヒルマを説得しようとした時。

 驚くべきことが生じたのである。

 

 …隣の部屋のドアがけたたましく開き、何かを見付けたヒルマが顔を青ざめたのである!

「せんせー。美味しいオヤツを一杯もらったのです。このおねーさん凄く良いひとなんですよー」

「それほどでもないですよぅ。もっと要りますか? 食べにくいならビスケットもあるのですぅ」

 なんとタニアがゴキブリを両手いっぱいに掴んで現れたのである。

 口元の汚れは、さきほどの『デザート』とやらを食べきったに違いない。

 その上で、ゴキブリをオヤツと言って踊り食いして居る様は驚きである。

 

「そ、それを食べるなら隣で食べて頂戴。…いえ、お願いします。今は大切な相談中でして…」

(どういうことだ? 魔導国の配下どうしならば…。いや、ゴキブリ? ゴキブリが原因なのか?)

 哀れなくらいに慌てふためくヒルマを見ると、ロクでもない目にあわされたのかと想像してしまう。

 もしかしたら、器一杯のゴキブリを食べることが忠誠の証として求められたのかもしれない。

 

(それを考えればこのデザートはまだ有情だな。騎士たちに追われて山や悪所を逃げ回った時は酷いモノだった)

 考え方を変えれば、ゴミ箱の中身はまだ食べられる。

 スラムで生きている連中は、ゴミを漁って逃げ延びている時もあるのだから。

 タニアにしても、故郷で飢えそうな時はゴキブリだろうと鼠だろうと食べたと言っていた。

 アルフレッド自身も山で逃げ回り、血の臭いを出さない為にミミズや食べられる種類の虫を食べざるをえないときがあったのだ。

 

 もし、この場に呼ばれたのが、魔導王へ忠誠を見せるためだったとしたらどうだろう?

 何も考えずにヒルマの言うことに頷いた場合は、無能として一生拘束されるようなことになったかもしれない。だが逆に今のところは忠誠を見せているということだ。

 

「忠誠の証が必要ならば私も食べて見せねばなりませんね。お互いに魔導王陛下の為に忠誠を尽くすとしましょう」

「そ、そうね…。お願いだから食べたらあの子を連れてさっさと帰ってちょうだい」

 鼻を付く嫌なにおいだが、スラムでゴミを漁って逃げ延びた時に比べればマシだと思いながらアルフレッドは皿を片付けることにした。

 強制されて食わされるならば気色悪いことこの上無いが、八本指の横槍無しで活動する為の一杯なら、今だけは美味しく食べられるような気がしたのである。

 

 こうして一同は帝国へ帰還したということである。

 なお、ときどきタニアの元にオヤツが届けられるようになったとか、ならなかったとか。




 という訳で、タニアのごはん後編をお届けします。
乾燥食材や二級品による晩餐会、けちんぼスーパー創作料理界、最後にスラムの有情丼(タニアはオヤツ付き)で締めくくりになります。
基本的には九巻とかの内容をあまり逸脱する事無く、その延長線上で色々書いてみました。
確証は無いので、あくまでアルフレッド先生の推測でしかない。という視点ではありますが。
なお、都合良くアルフレッド先生が派閥の領袖に合えたのは、改革派がフィリップを派閥の長として扱っていないから、滅多に素晴らしい姿を見せられないのでやる気出したというオチ。
本当にフィリップ様はなんでも出来るお方。

 今回でフィリップの役割として想定したのは、『王国内の対立勢力』、『NAISEI担当』、『民衆に嫌われる役目』となります。
彼が成功しようが失敗しようが魔導国はNAISEIの成果を得て、何が良かったのか悪かったのか学習。改革派がどうなろうと八本指は別の『顔』を立てて乗りかえるので問題は無い。という感じです。
また黒粉に関しては、フィリップが無茶ぶりして出ていった神官を利用した。そのまま神殿勢力を抑えるために利用。決定的な証拠は蒼の薔薇が見付けてしまった、これで王国はおしまいだ。という感じになります。
今後もこんな感じで、原作とは少し違う流れを独自の解釈で発展させて入れて行くかもしれません。

 この後の流れとしては、学校物の続きとして書くには時期が早過ぎるので、一度冒険物か政治物を入れてからまた学校物に成る予定です。

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