魔導国の日常【完結】   作:ノイラーテム

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道路は続くよ何処までも(前篇)

「知謀の王…」

 森の中から一行を観察していたルプスレギナ・ベータは、あまりの事態に畏れおののいて居た。

 金髪の女騎士に見覚えが有り、それが帝国の重要人物の一人と知っていたからだ。

 政策にこそ関わりはしないが、皇帝の身辺に侍る者だという。

 

「デミウルゴス様から聞いた時はまさかと思ったすけど、本当に道一本で世界を動かされてしまったっす…」

 リザードマンの探究者が来訪。

 ドワーフ技術者たちの奮起。

 行政官が街道敷設を夢見る。

 

 そして、帝国騎士がそれらをつぶさに皇帝へ報告するだろう。

 仮に皇帝が属国化を中止しようとしても、即座に戦力が帝国中を駆け巡る。

 逆に、忠実に従い続ける限り、近隣諸国を支配することになる魔導国の物資が、要望があれば届けられるのだ。

 確かに魔法の様な即時性こそないが、街道には魔力の様な限りが無い。さらに街建設と違って、活気の途切れで寂れもしない。

 欲望と恐怖が突き動かす限り、いや、王が必要だと言えば幾らでも使い道が生じるのである。

 

「ともあれここは顔見知りが姿を見せない方が良いっすね。ちょうど回復魔法が使えるそうだし、様子を見るっすよ」

 もしかしたら偉大なる支配者にして、知謀の王のこと、そこまで想定済みだったのかもしれない。

 そう思って、ルプスレギナはアインズにだけ判る合図を送った後で、出来るだけ遠くまで移動するのであった。

 

 偵察という理由で先行したアインズはソレを確認。

 有りもしない誤解を部下達がしているとは知らず、ホっとしていた。

(やっぱり遠足に保護者同伴ってのは面白くないしなー)

 内心は部下達の思いとは、百八十度真逆。

 久しぶりに冒険者として愉しむことを重視していた。

 

 カルネ村に常駐する連絡役でもあるルプスレギナに、あれこれ注釈されても困る。

(猿酒とか他の通行アイテムを既に聞いてて、探し出してるかもしれないし。それじゃ愉しみが半減だ)

 こう言ってはなんだが、今の同行者が知っているのは良い。

 ソレを聞き出すのも、ついでに苦労話を聞くのも楽しい思い出になるイベントだ。

 だがしかし、部下から全部聞き出し、アイテムを渡すと言うのでは、ただの知識と経過のやり取りに過ぎなくなってしまう

 

 その意味では、ルプスレギナが一度下がってくれたのはありがたい。

(こっちから何か言うとツッコミが入る可能性があるからなー。ピポグリフ乗りの方が良かったけど、さっきの騎士が来てくれてよかったな)

 ルプスレギナをナザリックでの接待に出したのはアインズも覚えて居たから、彼女が遠慮した事だけは流石に一致する。

 レイナースなど関心が無かったが、ささやかな役に立ってくれたことに満足を覚えた。

 

 見れば一同に混ざって談義中で、何か便宜でも頼んで居るのかもしれない。

 せめてもの御礼に、話題が終わるまで邪魔すまいと、微笑ましい気持ちで斥候の真似を続けるのであった。

「なるほど、ゴンド殿と街で出会ったのか」

「はい、私の求めている情報が治癒魔法に関する事でしたので、偶然とは言いかねますが…」

「魔法の情報とは面白い。こっちで調べられたら伝えるし、余裕のある時にでも良いから、ゆっくり聞かせて欲しいところだな」

 レイバー達はレイナースからカルネ村にやってきた理由を聞き出していた。

 とはいえ言い難いプライベートに関わる事だと思ったので、ラケシルは話す気になるまで放っておく。

 

 もし、ラケシルが魔法の情報よりも女心に興味があれば、いつでもウェルカムな彼女の心理を窺えただろう…。

 何しろ帝国では周知の事実、レイナースの方に隠す理由など無かったのであるから。

 

 そんなこんなで話し込んで居ると、モモン…アインズが興味深そうに地面を眺めて居た。

 ややあってしゃがみこむと、熱心に確認している。

「何があったんですかね?」

「先ほど最初にスレ違った時に伝えたルーンを見付けたんじゃろう。丁度そのくらいのはずじゃ」

「おっ、気になってたんだよな。ちょっと行って来る!」

 レイバーの質問にゴンドが答えると、ラケシルは年甲斐も無くダッシュ。

 誰かさんの『実はですね』攻撃をスルーしつつ、刻まれたルーンに猛接近した。

 

 過程の話であるが、レイナースとラケシル、どちらかに相手の事を思いやる気持ちがあれば、二人は魔法談義で盛り上がれる関係に成っていたかもしれない。

 それに何の意味があるのかは別にして、魔導国と帝国の間で草の根の交流が生まれ、某皇帝陛下の胃と髪の毛に優しい未来が待って居たことだろう。

 

 とはいえ、それはあり得ない未来であり、ここでは関係ない話である。

 ラケシルが近付くと、確かに奇妙な紋章が鈍く輝いて居た。

「確かにルーンだが…。何の効果があるんだ?」

「ええ。一文字だけで、続く文字も隠されて無いようなのですよね。レンジャーの専門家でも呼ぶか、やはり本職のゴンドに聞くしかないでしょう」

 二人は難しい顔をして魔法談義を開始する。

 元々がデータ収集には熱心だったアインズである、どんな意味があるのか、自分が使いこなすとしたら…と何パターンも考慮してみた。

 だが、右から見ても左から見ても、地面を撫でてみても替わりは無い。

 強いて言うなら、その道が火山灰やら何やらを混ぜ込んだ、いわばコンクリートに近い性質だと言うくらいだ。

 

 だがいくら考えても答えが出ない。

 首をひねって意地を通している間に、残りの連中が来てしまった。

「単体でいくら考えても無駄じゃぞ? そいつは試作道路のついでに、ルーンの組み合わせを試すだけのモノじゃからな」

「こいつは一本取られた。意味の無い物に意味なんか見付けられはしないよな」

「ということは光るだけのモノ? ふむ……」

 ゴンドの言い分に苦笑するラケシルであるが、アインズの方は別の見方をする。

 組み合わせを試すと言うからには、別のルーンと組み合わせるはずだ。

 そして刻印コストが安くなるのであれば複合で、無理ならば周囲の『硬化』などの単独で機能する他のルーンを試すだろう。

 

 まず、ここに単体で存在する物は『光る』というルーンで、対象とした文字が光る。

 それだけでも道路標識にはなるが、『投射する』という文字があるならば、道路標識が空に浮かんで見えるだろう。

 そして、『投射する』と『軽量化』を組み合わせれば、道路の上を通る馬車は荷重が随分と楽になるはずだ。

 

 鈴木・悟が営業マンだったから思うのかもしれないが、ソレは兵士や冒険者の強化などより、よほど国の役に立つように思われた。

 そして、レイバーもゴンドからルーンの組み合わせを簡単に聞いて居るのだろう、納得した表情で頷いて居る。

「なるほど、現地で見ないと判らない、当事者にしか判らないモノもあるとはこのことですね」

「確かにそうですね。こればかりは街に居ても判らない」

「二人で何を納得してんだよ。こちとらルーンについては詳しく無いんだ。どんな効果があるかくらい教えてくれたって良いだろうに」

 見合わせて居た顔を同時に苦笑に切り換える。

 普段は冷静なラケシルも、魔法や魔法の品に関しては目が無い。

 こう言う時は手が掛ると、諦めて説明するのであった。

 

 そして一同は、カルネ村で待つリザードマンの探索者たちを訪れる。

 負傷者をレイナースが治療しつつ、同時に、森の件に関して尋ねる為である。

 アインズはともかく、他のメンツには関わりない話ではあったが、せっかくだからと話を聞くことになったのだ。

 

 まずは元小さき牙の部族族長で、今は探索隊の長と名乗るリザードマンが順を追って説明を始める。

 区別が付き難い種族であるが、彼は小柄な割りに非常に引き締まった体をしているので、判り易いというのも会話が弾む一因であった。

「我々リザードマンは森の北部に住んで居ましたが、五つの部族が統合されたことで、食糧や資材の供給に困っていました。そこに魔導王陛下の神託が下ったのです」

「なるほど…。森へ採りに行け、そして人間と交流せよか」

 リザードマンと会った事もあり、事情の判るゴンドが口にした言葉を、元族長…探索の長が頷いた。

 

(神託って何? というかこの忠誠心…何時の間にこんな事になってんの?)

 その神妙で重々しいやり取りに、アインズは思わずドン引きしかけた。

 だが、強制ではなく心の底から信じて居る風な様子に、少しだけ考えを改める。

(もしかしてコキュートスが頑張ったのかなぁ。この短期間に慕われるなんて、随分と成長したじゃないか)

 そう思うと思わず存在しない頬が緩むアインズだが、彼は自分の言葉の重みを理解していなかった。

 

 アインズにしてみれば人間側から行かないかもしれないから、リザードマン側からもアプローチがあれば良いよね。

 …くらいのつもりであったのだが、支配された諸部族からすれば重みが異なる。

 ましてその為に、本来はありえぬ蘇生…それもペストーニャによる負担の軽い上級の蘇生であったとすれば、強制でなかったとしても行かざるを得まい。

 

 それで何も得られないならば不満も出ようが、リザードマンに取って食料や資材の供給地が出来るのは素晴らしい事である。

 これまで、陰では緩やかに飼殺しにされることを嘆いて居た者も居たが…。

 森という秘境の探索であれば、自ら切り拓いたと言えるのも大きかった。その意味ではまさに神の与えた試練と言えなくもない。

 何しろアインズはそんな事を少しも考えておらず、自ら勝ち取った成果と言えるのだから。

 そして今回、忠誠心と自らの克己心を示す為に、不眠不休で森を三日で駆け抜けたそうである。

 アインズならずとも呆れる急行軍であるが、ゴンドが同じ様な忠誠心を密かに抱えて居たことで、仲立ちにより奇妙な整合性を見せて居た。

 

「紆余曲折を得て、森の西部を支配する蛇の様な魔物が、猿酒なる物と引き換えに通行を許可してくれると言っていました。採取に関しても、定期的に幾つかの物を納めれば良いと」

「猿酒…? 聞いたことが無いのう。酒好きとして知られるドワーフに聞いてはみるが…」

 信じられません…と不思議そうな面持ちで、次々と為し遂げた成功を語るリザードマンと、首を傾げるゴンド。

 

(あら、そんなに簡単に行くものかしら…もしかして…)

 レイナースは不自然さからなんとなくアインズの手引を感じたものの、魔導王が忠誠を誓う者に恩寵を授けると聞いて、心の高鳴りが抑えられなかった。

 蘇生が可能なだけでなく、試練に対する為に上位の蘇生を行うなど信じられない上級魔法だ。

(口に出さない方が良いわね。迂闊に口出しして、不信感を抱かせたら計画を邪魔してしまうわ。その恩寵を絶対に私も掴んでみせる!)

 これほど凄いのであれば、自身を蝕む呪いなどひとたまりも無いに違いあるまい。

 なお、ナザリックにとっては割りと簡単なので、今すぐ口にしてちょっと試してみたいと思わせれば済むのであるが…。

 

 いずれにせよ、こうしてアインズの知らない所で忠誠心の天井突破が伝染した。

 ゴンドに続いてレイナースまで会話の修正に加わったことで、物語は加速度的に冒険へと向かって行く。

「おそらく冒険者ギルドに持ち込んでも成立する依頼だと思われますが、私達で見付け出すと言うのはどうでしょう? 迂闊な者に任せると、温厚な魔物なのに退治すると言い出しかねません」

 レイナースはこれで、ジルクニフへの恩義は恩義として確かに持っている。

 信じない者も居るが、優先順位として一番で無いだけだ。

 国を出奔せずに済む今回の様な機会をずっと待ち続けて居たと言っても良い。

 その辺の冒険者に渡して、魔剣や鎧などの報酬にされてはたまった物では無い。

 千載一隅のこのチャンス、逃す気は無かった。

 

 皇帝に仕えて来た知識をフル回転させて提案すると、案の定ではあるが、ゴンドの他にリザードマン達も乗ってきた。

「陛下は一度結んだ『約』を曲げる方ではない。それだけに悪さをせん魔物を勝手に退治したらどうなるか判らんの」

「それは困りますね。私たちリザードマンとしても、話の判る者と信義を結びたい」

 彼らも自分の目的と、アインズへの忠誠を両立させていると言う意味では、同志と言えるのかもしれない。

 顔を見合わせて、この場のメンバーで解決しようと言う空気が拡がって行く。

 少なくとも、今のメンバーの中には、迂闊に荒事を起こす様な者はいないのだから。

 

「言われてみると確かに頭の痛い問題だからな。実力だけなら送り出せるパーティは居るんだが…」

「ならば受けるのも良いのではないですか?」

 ラケシルが苦い顔をした時、アインズはここぞとばかりに話へ乗ることにした。

 迂闊に街に戻ってしまっては、せっかくの遠足が打ち切りになりかねない。

「表に出る名誉などなくとも、困っている人を助けるのは当たり前。それに手続き上の問題ならば、レイバー殿の護衛という形を継続すればいい」

「そう言えば街道敷設用の調査が名目でしたね。私の方は問題ありませんよ。こちらに伸ばす事が本決まりになれば、まさに、いつか通る道です」

 街に縛りつけられた形のモモンを、レイバーの護衛という名目で連れ出す格好になっていた。

 魔導国としても、モモンの名声を上げずに、国民に協力するのは良いこといだ。

 

 戦闘力の無いレイバーが引き受けることで、気分だけなら引き受けたかったラケシルも折れる。

「レイバー…良いのか? お前が良いと言うなら俺は構わんが、これではプルトンに叱られてしまうな」

「大丈夫さ。私は皆で守ってくれるんだろ?」

「そうですわね。アダマンタイトであるモモン殿が専属で守り、我々で無理なら交代というのはいかがでしょうか?」

 心配するラケシルにレイバーが冗談めかすと、レイナースが口添えという形で、さりげなく貢献出来る立ち位置からパージする。

 できれば自分で成果を上げ、役に立ったと報告して欲しいのだ。

 

「ならワシも着いて行くことにしよう。面白い素材が見つかるかもしれんし、動かない場合限定で、イザとなればレイバーを一緒に隠すくらいはできる」

「私にも問題無い。一人守るのも、二人守るのも同じだからな」

 ここでゴンドが身隠しのマントの説明をすると、おおよその話は決まって行った。

 アインズとしても自分の配下を相手に戦う気は無いし、丁度良いなーと提案を受け入れることにした。

 貢献争いからは押し出された形だが、目下の者が上としてこちらを立てたなら言う事も無いだろう。

 これがイグヴァルジのように、余計な口を挟んだあげくに邪魔をしようとするなら話は別だが…。

 

 アインズは余計な口を挟まれない内に、イニシアティブを取ることにした。

 役に立ったとか立たないとかどうでも良いが、ナザリックの位置を偶然悟る様な状況を作らない為だ。

「では前提条件の確認として、そちらをリザードマンの探索長と呼ばせてもらおう。そしてレイバーもあえて街の行政官と呼ぶ」

「了解した。依頼を持ち込むのと同時に、立場の擦り合わせをすれば良いのですね?」

「なるほど…。ということは、私はリザードマン全体の臨時代表と…。判りました」

 アインズの提案に対し、自分の立ち位置が決まっているレイバーは快諾。

 彼と違ってリザードマンの方は戸惑ったようだが、それでも元は部族の長である。

 言わんとする事を察して、部族からの意見を主張すると約束してくれた。

 

「我々は依頼として話し合うが…、二人は部族として役人として譲れない線。あるいはできれば要請したい事を修正提案してくれ」

「いや、我々は陛下の神託を受け、なんとしても…」

「陛下の指示は確実に交易することじゃろ? 別に何でも受け入れろではあるまい」

 思わず口に出した探索長だが、そこへ脇から仲介が入った。

 ゴンドが噛み砕いて説明してくれたことに、アインズは軽く会釈の様な形で礼を示す。

 

「我々冒険者としても、他種族から見てでは考えられない常識、人では考えられない付き合い方があっても困る。今の内に慣れておかないとな」

「そういう意味では、全てを良しと言うよりも、適度に歩み寄る程度の方が、陛下の役に立つじゃろう」

「判りました。ならば、歩み寄らせてもらいますが、思った事は素直に口出させてもらいます」

 話がまとまった所で、アインズは具体的な話を始める。

 

「報酬に関してはお互いに交易街道の為…としておこう。成功すれば国なり部族から何か出るだろうしな。今後は西回りにリザードマンの集落を目指す、その途中にある西の主人と話を付けるということで良いか?」

「こちらは問題ありません。最初はオマケと考えてましたし、案を練るのに無よりは叩き台にし易いくらいです」

「我々の通って来た道ならば異存は無い。ただ…」

 レイバーが頷いたことで、アインズは密かにガッツポーズを決めた。

 これでナザリックの近くに行く様なコースは殆どあるまい。帝国の方も避難施設だから問題は無いはずだ。

 

 気がかりなのは、従順そうだったリザードマンが口を挟んだ事だ。

 彼らの通った道だから、問題は無いはずなのだが。

「…ここで言わない方が問題だろうな。…神託によって通行を求めたが、部族の全員が他所者を好きではないのを理解して欲しい」

「それは仕方無い。なんなら、村の手前に交易所を置いたらどうだ? お互いに交易したい者だけがそこに集まればいい」

 リザードマンの話は、此処に来るまでに考えた範疇だ。

 アインズが王として提案できないことを、モモンとして口に出すことにした。

「良いなソレ。冒険者でも異種族問題無い奴も居るが、嫌がる連中も多い。だが交易所から出るなと言って納得する奴なら、割と居るはずだ」

 それならば…とリザードマンも頷き、同じ問題に頭を悩ませていたらしいラケシルが同意の表情を示す。

 

 アインズは話がまとまったことで肩の荷が下り、具体的な情報収集に入った。

 ここまではただの前座、オレ達の冒険はここからだ! である。

「すまないが探索長、具体的な条件を教えて欲しい。もしかしたらヒントがあるかもしれない」

「判りました。蛇の様な魔物が出した条件は、『猿酒』『沼鉄』のどちらかがあれば通し、もう片方も揃えば今後の通行も許可すると言うもの」

「さっきの話では猿酒…。ということは、沼鉄は持って居たのか」

 ここで探索長は腰から短剣を引き抜いた。

 粗末な造りの刃で、人間が製鉄する物より、ドワーフ製からすると更に劣る。

 

「これは故郷の湖の一部に、鉄を残す場所があります。もしやと思ってコレかと聞いたら、そうだと頷きました」

「なるほど…ということは、池でも沼でも良い。いや、もしかしたら鉄が貴重だから鉄が欲しいと言ったのかもしれねえなあ」

「いや、ラケシルの話は納得が出来るが、普通の酒は予備案で行こう」

 アレ? いきなり片付いちゃったじゃん。

 アインズは肩透かしを食らいそうになって、急遽、口を挟んだ。

 そういえばラケシルはこれでも頼りになる賢者だったんだな…と、マジックアイテムを見た時の反応と比べてしまった。

 

 そして軌道修正をしつつ、自分も探索できる内容で推し進める。

「できれば沼の鉄と、湖の鉄程度の差の物を見つけたい。その上で、普通の酒も用意しておくのはどうだろう」

「となると猿の造った酒ってやつかあ…。何か知ってる者は居るか?」

 アインズの提案にラケシルは異存ない様だが、顔を見渡しても周囲の反応は無い。

 レイバーは役人だから滅多に出歩かないし、酒を呑まないゴンドや、この地方出身では無いレイナースも同様だ。

 

「予備案を抑えるとして、念のために、この村の者に聞いておくか?」

「そうだなあ。バレアレ家は昔から森に出入りして居るし、聞いてみるのも悪くは無いかもしれん。……研究中でなければ」

 二人は口に出してから、リィジー・バレアレの偏屈さを思い出して苦笑した。

 頼めば教えてくれるだろうし、調べれば判る事なら調べてくれるだろうが、そこに至るまでの苦労が面倒過ぎる。

 

 結局のところ、そこまで行かない内に答えを知ることが出来た。

 杞憂だったと言えるが、新しい厄介が増えたとも言える。

「おう、それならば知っておるぞ。きっとアレに違いないわい」

「そうじゃアレじゃろう。酒ならばドワーフであるワシらに任せておくが良い。ちょっとしたお願いを聞いてくれたら、教えよう」

(本当なのか? 適当言ってるんじゃないだろうな…)

 先ほど馬車を動かしていたドワーフの技術者たちが、自信満々に胸を叩いた。

 嫌な予感しかしないが、この際、仕方あるまい。

 アインズは不承不承といった体で頷きながら、かつてのギルメンが無茶振りして来た時を思い出す。

 素晴らしい提案とかいいながら、大抵は明後日の方向に全力疾走しているのだ。

 

「明らかに勘違いだった場合は、酒を奢るだけ。本当ならば願いを聞くと言うことで良いか?」

「まあ良かろう。苔酒というのがあるんじゃよ。谷の苔酒、あるいはトカゲの苔酒」

「とある谷間に人知れず酒がある。きっとトカゲか何かが造った違いないと言われておる」

「…ワシは知らんが、話からすると猿酒に似ておるのう。じゃがまあ、そこはせめて蛇の苔酒としておかんかい」

 技術者たちは我がことのように、聞きかじった知識を披露する。

 傲然とトカゲと口にする彼らに、少しは常識をわきまえて居るゴンドは、リザードマンと似ては居ない蛇の名前を提案した。

 

「面白そうだな。それで…正体、あるいは製法というのは判るか?」

「一応は…の。じゃが報酬である願いが先じゃ」

「そうそう。まあワシらの要望は簡単じゃ、場合によっておぬしらにも利益と成るかもしれん」

 アインズは冒険の醍醐味を味わい始めた。

 ドワーフ達の要請は面倒が増えるだけだが、イベントというのは、こんな感じで連鎖して片付けておくものだ。

 

「判った、可能な範囲で請け負おう。陛下で無ければ無理な場合も、一応の申請を出しておく」

「そうだな。あまり無茶なのは無理だろうが、利益とリスクさえ吊り合うなら、魔導国の王ならば大抵のことは叶えてくれるはずだ」

 レイバーに合わせてアインズも頷いた。

 流石に無茶な話ではないだろうし、他に人間に無理でも、アインズの魔法ならば簡単だったり、所有物にあるかもしれない。

 

(っ! やっぱり、ここに来て正解でしたわ。ぜひとも功績を立てて、呪いを解いてもらわねば!! 帝国にも有益な事なら、陛下に相乗して…)

 レイナースはそのやりとりに、人知れず野心…いやせつない願いを燃やすのであった。

 冒険の果てに為し遂げた業績の代価であれば、帝国や実家の事情にも無関係で通せる。

 

 そんな彼女の思惑とは裏腹に、技術者たちの願いは、他愛なくそれでいて面倒なモノであった。

 思えば、納得のいくことなのだが。

「大したことでは無い。ワシらが改良したこの馬車に、荷物を積んで拠点替わりにしてくれんか?」

「まあそれくらいならば…。ただし、出入り出来ない地形では、見張り番を付けて置いて行くぞ」

「構わん! これで故郷とリザードマンの村を周回する代わりになると言うものよ!」

 技術者たちの申し出に、レイナースはたったソレだけ? と思い、ラケシル辺りは苦い表情を浮かべた。

 誰かを、余計なモノを守りながら戦うと言う意味に置いて、レイナースは本業であり、ラケシルは面倒な重荷だったからだ。

 実際、全てが無事に終わった後の彼女は、自分はプロフェッショナルだと主張すれば良かったと、漏らしたと言う。

 

「問題ないだろう。話の続きを頼む」

「そう慌てるでないわ。…苔酒なんじゃがの、その谷間の上に森があったのじゃ」

 どこか楽しげなアインズを制し、技術者たちはもったいぶって話を進める。

 

「どうやら果実というか、実が零れ落ちた。あるいはトカゲなり蛇が、非常食として持ちこんでおったのかもしれん」

「なるほど、それが自然発酵したものとは。商品では無く偶然か、これは盲点だったのう」

「先ほどの沼鉄を例とすれば合致しますね。自然発酵した酒精を探すか、近縁の製造過程で作られた酒が無いか探すのも良いでしょう」

 話を聞いて、酒好きではないゴンドが知らない理由も判明した。

 商品では無い噂であることから、酒好きがネタにすることはあっても、彼は知らなかったのだろう。

 探索長たちも膝を打って、それに違いないと言う事になった。

 

 こうして一同は、普通の酒を予備案として、自然発酵の酒を探す事になる。




予定ではこの十話で終わる予定でしたが、思いのほか字数が増えたので分割します。

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