オリジナル短編集   作:はまっち

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やっぱり間に合わなかった……駄文です。完全に駄文です


戦争が終わった日

「――――なんだって?」

 まず、耳を疑った。

 その次に、そのような報告を平然と為す彼女にも、疑いの視線を向けたくなった。

「陛下が御前会議にて連合国からの降伏勧告の受諾および全国軍の戦闘行動の停止を決定されました。

 ――戦争は終わりです」

 焦げ茶色をした軍服の襟を正し、いつも通りに氷のように冷たい声色で語る。その平常さが、逆に怖かった。

 丁度最上部に上った太陽が、窓を通じてごく短い影を落とす。急に吹きすさんだらしい風が枯れ木のように細い緑樹の枝を揺らし、防空ガラスの表面を叩いていくのがわかる。

「戦争が、終わり?」

 首肯。

「これまで15年続いた戦争が……終わったのか?」

 再度、首肯。同時に、壁掛けの洋式時計がボーンボーンと正午を告げる。

 終戦。その2文字が脳裏をぐるぐると回る。

 本当に? 終戦したと言うことは、皇軍は、負けた?

 血の気が失せていく。

「やりましたね司令長官……いえ、中将。これで意味のない作戦詳報は無くなります」

 彼女が私の机に放り捨てた書類を、震える手で拾う。

 第701航空隊発、第五航空艦隊司令部宛。幾度となく見てきた未帰還の文字と戦果無しの文字が、これまでの犠牲と月日を嘲う。

 ここで終戦、降伏勧告を受諾すると、私はどうなる? 連合国の虜囚となるまでは解る。だがその後だ。

 特攻を指揮した戦犯として処刑されるのか? それとも、何もなくのうのうと生きられるのか? 私が死に追いやった若者の、その遺族からの報復は? 国家への忠誠は? ――――私は一体何処へ行く?

 視界が揺らいだ、気がした。吐き気がこみ上げてきたような錯覚を覚え、感じる世界がおぼつかなくなった。

「ただ、これから忙しくなりそうです。南方戦線からの復員や、戦後の引き渡し。武装解除など、なにからなにまで沢山やることはありますからね」

 心なしか口早に喋る。そんな航空参謀の口元が少しほころんでいるように見えて、どくんと動悸が高まった。

「……巫山戯てる」

 気付くと、口が勝手に開いていた。

「え?」

「巫山戯ている。と言ったんだ、航空参謀」

 きょとんと、ハトが豆鉄砲だかなにかでも食らったかのように呆けた彼女に、私は続けた。

「……ここで降伏なんてしたら、これまでに死なせてきた将兵はどうなる」

「中将……?」

「今まで埋没させてきた資産は、そんなものを望んではいない。――私は、国家は、まだ死んではいない!」

 ダンと激情のままに天板を殴りつける。重く鈍い音が執務机から飛び出し、積まれた書類の摩天楼が大きく揺れて崩れ落ちた。

「…………航空参謀、現状の稼働機はどうなっている」

 自分でも、よくこんなに感情の押し殺した声を出せたなと思う。荒げた声の割を食った荒い呼吸を繰り返しながら、続ける。

「723空でも、701空でも、練習機でも戦闘機でも構わないから、現時点にて稼働できるのは何機だと聞いているんだ」

 航空参謀はまずあっけにとられ、ついで失望したような顔になってしゃがみ込んだ。

「…………書類は大切に扱ってください。これから大処分と整理があるんですから」

 全く相手にされていないようで、頭に血が上ったことを直感した。

「5機か、10機か。使える兵と機を皆かき集めれば、せめて一発でも損害は与えられる!」

 中将。静かに、諫められた気がした。

 関係ない。もう敗れた。どさりと再び積み上げられた書類の山を見て、それに隠された航空参謀の顔を見ないままに考えは巡る。

 執務机の引き出しから自決用の拳銃を取り出し、弾倉を確認する。

 ここで戦わなければ、申し訳が立たない。その思いで一杯だった。

「機は何処だ。機は今だ。さあ駐機場へ行くぞ、操縦士も整備兵も、従わなければ撃ち殺してやれ!」

「……中将っ!」

 刹那、視界が飛んだ。

 温かい衝撃が頬に突き刺さったんだと気付いて、でも何故かは解らなかった。

「なんで、せっかく終わった戦争を続けようとするんですか」

 ただただ冷酷に詰問される。なぜだ、なぜそこまで冷ややかな目で見られなければならない。カッと昇った血気のままに、私は叫ぶ。

「――私が続かないと、これまでの被害が、無駄になる。私がこれまで、これまでに何度も訓示してきた特攻の精神に生きようとするなら……考慮するような余地なんてないじゃないか!」

 ガタンと防空ガラスが音を立てて震えた。一瞬うろたえたような表情を見せた航空参謀だったが、眉間に皺を寄せて呟いた。

「……勝手にしてください」

「ああ、勝手にさせて貰う」

 私は拳銃を腰に指し、その場に立ち尽くす航空参謀に背を向けた。そのまま固い木製のドアを開け、執務室の外へと歩き出す。

 執務机から1枚の白紙の文書を抜き取った彼女は、小さく何事かぼやいて壁沿いに歩いて行き、放置したままだったラジオの電源を入れた。

 

「……もう、あんな報告書を作らなくて良いと思ったのに」


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