東方大魔王伝 -mythology of the sun-   作:黒太陽

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-秘伝- 合唱(コーラス) Ⅵ

 

 

 

 

(なんで皆そんなに楽しそうなんだ……)

 

試合を見つめる病みし勇者

 

(オレは……こんなに苦しいのに……)

 

 

 

それはまるで……呪詛

 

己が他と違うとわかっているからこそ出る恨みの言葉

 

仔竜の呪詛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

必殺技を放ち戦闘続行の意思を見せたヒュンケルだったが構えを解き佇む

 

(ブラッディースクライドを見せたのはやり過ぎだった、バカな真似をした……)

 

自分の手の内、しかも必殺級の技をタダで見せてしまった愚かな行為の理由を考えていた

 

(勝つ為なら見せるべきではなかった……しかし、構わないと思う自分も居る)

 

普段なら絶対にしない行動、その答えはすぐに出た

 

(ああそうか……俺は戦いを楽しんでいるのか)

 

今は試合、実戦に限り無く近い力比べという環境がヒュンケルに勝利よりも過程を楽しむ事を優先させた

 

決まれば一撃必殺も狙える技を不意打ちのように決めて勝利するよりも全身全霊でしのぎを削った末の勝利の方を求めたのだ

 

(ならば今だけは、今だけはこの愉悦に興じよう……この闘志が静まるまで)

 

再起不能になってからの辛き日々、どれ程体が治る事を祈り、どれ程鍛練をしても上手く動かぬ体に歯噛み、どれ程全盛の頃を願ったか……

 

それが叶ったのだ、その喜びは言葉に表せぬ想いとなって闘志を歓喜で激しく燃え上がらせていた

 

 

「ねぇヒュンケル……」

 

「む……悪いな」

 

呼び掛けに意識を散らしていた事を謝り再開しようとするヒュンケルはフランを見て様子がおかしい事に気付く

 

「今の技、お姉様と同じ……」

 

「何……?」

 

「ヒュンケルもお姉様と同じ技使えるんだ!スゴーイ!」

 

フランは嬉しそうに褒めてきたのだ

 

「待て……お姉様、レミリア・スカーレットもブラッディースクライドを使えるのか?」

 

ヒュンケルからすれば聞き捨てならない言葉だった、自分がアバンを殺す為に編み出した必殺技を使っている奴が居ると言われたのだから

 

「うん、そうだよ?ねーお姉様!!」

 

フランがレミリアを見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うー……」

 

レミリアはバツが悪そうに視線を逸らした

 

「……なぁレミリアよぉ?今の技もお前使ってたよな?」

 

「……ええ……そう、ね……ハーケンディストールより前に……バーンに聞いたら……こんな技があるって……」

 

魔理沙含めた頂点達の追及する痛い視線が刺さる

 

「パクりばっかじゃねぇかお前」

 

「うぅ!?」

 

痛い言葉が突き刺さる、ラーハルトのハーケンディストールに続いて二回目だったから言い逃れは出来ない

 

「それでカリスマなんてよくほざけたもんだぜ、二度と言うなよパクリア・スカーレット」

 

「あうっ!?」

 

精神にクリティカルヒット

 

「それを言うならパチェだって……」

 

「メドローアの事か?バッカ修得の過程で死ぬかもしれねぇ技術と一緒にすんなタコ、メドローアのレベルだと出来るだけでノーベル魔法賞もんなんだよ!雑に聞いてお前流に再現した技と同列にしてんじゃあねぇぜ!」

 

「うー……」

 

涙目のレミリアの横でパチュリーが褒められて満足そうに頷いている

 

「何かあいつ等来て色々メッキ剥がれちまったよなぁお前、うへへ」

 

「うー……うー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?なんかよくわかんないけど再開しよ!」

 

「ああ」

 

臨戦態勢に入る二人の鬼

 

「ハァァァ……!!」

 

「ムムッ……!」

 

先より更に深度を増した集中を見せるヒュンケルにフランの気も否応なく入る

 

「……」

 

ヒュンケルは腰を落とし魔剣を腰に構えた

 

「妖夢もやるから知ってるよ、居合いってヤツだよね」

 

自分の高速攻撃に対するカウンターを狙っている意を読んだフランはそれでも行くかあまり大した事はないが弾幕を撃とうか一瞬迷った

 

「疾風海破斬!!」

 

その瞬きのような間隙を突いてヒュンケルは疾風の如く飛び込み最速の抜刀を放った

 

 

ドシュッ

 

 

鮮血が滴る

 

(これを防ぐか……)

 

相手の予測を外し機先を制した筈の一閃はフランの両腕の防御で受けられていた

 

(危なかったぁ……)

 

内心安堵しているフラン、受けれたのはその昔に対峙したムンドゥスの作り出した悪魔であるネロアンジェロが酷似した技を使っていたからでありその経験がなければ深く斬り裂かれていただろう

 

(ホントに強い、本気でいかないとヤバイね)

 

逆に言えば経験があったから受けれたという事でありヒュンケルの技を見切れなかったという証左でもあった

 

(いや、でも……もうちょっと!)

 

いつもの面子と違う新鮮な相手ともっと楽しみたい気持ちが勝ったフランはまた筋肉の収縮で剣を抑えようとするもそれより速く剣を抜かれてしまう

 

「このっ!」

 

腕を振りかぶっての爪撃

 

「……ッ!?」

 

躱したヒュンケルだがリングが大きく深く抉られたのを見て当たっていた時を想像し肝を冷やす

 

「……!」

 

剣閃を繰り出すも避けられフランはヒュンケルの周囲を高速で飛び回る

 

「よーし……禁忌「フォーオブアカインド」!!」

 

高速機動の最中、フランは四人に分裂した

 

「なっ……何だと!?」

 

目と気配で追っていたヒュンケルは突如増えた気配に大いに混乱した

 

((まやかし)ではない!?実体を持った分身!)

 

四人全て本物に感じる

 

(奥の手か!?これが俺の予想通りなら……勝ち目が無い)

 

旗色の悪さを知る

 

もし分身の実力が本体と同等もしくは近かった場合、ヒュンケルは四人のフランを同時に相手しなければならない、そうなればいくらヒュンケルと言えど万に一つも勝ち目は無い

 

「チィ……ッ!?」

 

凶悪な技に対抗策を思案する間を与えぬと四人の内の一人がヒュンケル目掛け突撃し後に続くように他の三人もヒュンケルへ突撃する

 

「ッ……!?」

 

一人目を切り払い続く二人目を避け三人目を受け流すも四人目の攻撃が捌ききれず爪が頬を掠る

 

「くっ……」

 

続けざまに来る一人目の攻撃を避けまた二人目、三人目を切り払いまた四人目が間に合わず魔剣で斜めに弾くように受ける事になり突進の衝撃が剣から伝わり顔が歪む

 

「あーくっそー!惜しかったな今のー」

 

絶え間無い多角度からの四連撃が続く

 

「どんどん行っくよー!」

 

「ちっ……!?」

 

不利な攻防が続く

 

「……ハッ!」

 

と思われたが数度のループをした頃、ヒュンケルは被弾しなくなっていた

 

(攻撃は単調で稚拙……もっとやりようはある筈だが仕掛けて来ん)

 

絶え間無いだけで攻撃自体は見切り易く最初は驚き掠りはしたが慣れれば問題無く対処出来る

 

(まさか……分身体は複雑な動きが出来ない、のか?)

 

誘いなのかと疑うもそうではないと感じる、ただ波状攻撃をしているだけなのだと

 

(ん~バレたっぽい)

 

本体のフランも察する

 

(あんまり上手くないからなぁ魔法は……そっち方面はぜーんぜん鍛えなかったし)

 

分身体は魔法で造っている、本体の30%程の力量を持つ分身体を三体造り攻めるスペルなのだが熟練度に大きな問題があった

 

三体を同時に操るのはとても繊細なコントロールが必要なのだ、複雑な事をやらせようとすれば更に

 

(やっぱり向いてないなぁ魔法……)

 

だから自らも動かなければならない戦闘中は簡単な事しかさせられない、操作に集中して本体がバレると意味無いので紛れて自分も攻撃するには単調な攻撃になってしまう

 

(一発芸じゃ崩れる程甘くないか)

 

この高いレベルの戦いの中で自ら戦闘をこなしながら三体の分身体に複雑な動きをさせる、そんな神業のような並列処理と魔力操作が出来るのはパチュリーくらいにしか出来ない

 

(最後に一斉攻撃してもうやめよっと!次はどうしよっかなー)

 

通用しないと悟り次の攻め方を考えながら分身体を操作する

 

(ん……?)

 

波状攻撃を中止しヒュンケルの四方を囲んだフランはヒュンケルの様子がおかしい事に気付く

 

(目を閉じてる……?)

 

魔剣を居合いの型で構えたまま目を閉じていたのだ

 

(何して……あ!これってまさか……)

 

予想がついた時には遅かった

 

 

「捉えたぞ!空裂斬!!」

 

 

闘気斬撃がフラン本体に放たれたのだ

 

「うわわ!?」

 

斬撃を慌てて避ける

 

(妖夢も美鈴も出来る心眼ってやつでバレたんだ!)

 

アバン流の空の技は心眼で相手の本体を捉える事が出来る、一斉攻撃の準備に入る隙を突かれ心眼の発動を許してしまっていたのだ

 

「あっ!」

 

避けたフランはヒュンケルが自分と対角に居る分身体へ駆け出したのを見て意図に気付き声をあげるも遅かった

 

「海破斬!!」

 

最速技が分身体を切り裂き、念を入れるように大地斬の胴薙ぎを入れ両断する

 

「くっそー!」

 

早業にフランは悔しそうに残りの二人をヒュンケルへ真っ直ぐ向かわせ自身も真っ直ぐ突撃し三人での一斉攻撃に入る

 

対角点への突撃故に位置的に攻撃の間合いに入った際には三人が横並びになる形

 

「……」

 

両断したヒュンケルが振り向き、逆手に持った魔剣を前にかざす、その魔剣の形は十字架(クルス)に見えた

 

 

「グランドクルス!!」

 

 

十字型の闘気砲が三人を飲み込み、吹き飛ばした

 

「うぎぎ……!?」

 

倒れたフランが呻いている、分身体は三体全て消えた

 

(大した溜めは出来ていない、威力はそこまでないがカウンターで入った……充分なダメージだろう)

 

追撃はせず動き回って荒れた息を整えながらフランをヒュンケルは見つめている

 

「イッタァ……痛過ぎぃ……」

 

(……妙に食らっているな、吸血鬼……だからか?)

 

十字架が弱点である吸血鬼だから十字架を模すグランドクルスのダメージが想定より大きかったのだ

 

日光や流水等は克服しているフランも吸血鬼の弱点を全て消す事は出来ていない、十字架に関してはレミリアも同様、吸血鬼が血を飲むのをやめれないように消せない弱点も吸血鬼という種としてなければならない定義とも言える

 

 

(戦い方上手いね……スッゴイなぁ)

 

痛みに呻く中、フランはヒュンケルの強さに感心していた

 

打開策を見つけるセンス、仕掛けるタイミングを逃さぬ判断力、一斉攻撃の意を読み取り真っ先に対角を倒し三人纏めて攻撃に巻き込めるよう誘導する戦術と駆け引き

 

そしてそれらの効果を最大限に高めるヒュンケル自身の力に

 

(チルノ程じゃないけどあたしも考えながらは苦手なんだよね……面倒って言うかちっとも良くなんない)

 

有り余る身体能力に任せた戦いを得意とするフランは戦術や駆け引きと言った技術が苦手であり今日に至っても良くはなっていない、バーンにも言われた事はあるのだがさっぱり良くならなかった

 

(でも良いんだー長所を伸ばすのがあたしには合ってたし難しい事はお姉様やパチュリーに任せてるから)

 

痛みに慣れたフランは立ち上がりヒュンケルを見つめる

 

「……!」

 

合わせて駆けてくるヒュンケルが繰り出す剣を手刀で防ぐ

 

「うっ!?」

 

空いた手刀で突こうとするも剣の柄頭で打ち落とされ体当たりで距離を剣の間合いギリギリに離される

 

「海破斬・隼!!」

 

最速の二閃が両肩から袈裟に切り裂く

 

(強いなぁ……ホント強いなぁ)

 

一方的に斬られるフラン

 

(ここまでやってまだ笑う余裕があるのか……!?)

 

押しているヒュンケルは最中にフランの口元が緩んでいるのを見て言い知れぬ不安を感じてしまう

 

「……ッ!!?」

 

突然、ヒュンケルは身の危険を感じ飛び退いた

 

(……気配が変わった、覚悟無くあのまま攻撃していたらただでは済んでいまい)

 

冷汗を流すまでの確信、今のは退いて正解だったという安堵

 

「ん~……よし!」

 

そんな凶兆をフランから感じ取ったのだ

 

「本気!出すよ!」

 

存分に切り裂かれ血を着ていると言っても過言ではない真っ赤なフランが宣言する

 

「!!……わかった」

 

宣言にヒュンケルは気を落ち着けた、見たいのだ、頂点と呼ばれる者の本気を

 

「いっくよー!」

 

見た目は変化していない、何も変わっていないように見える

 

なのにヒュンケルにはさっきまでとは明らかに違って見えた

 

それは意識、持てる力を全て出そうと決めた頂点の風格がそう感じさせた

 

「ん~!」

 

オーラが激しく揺らめく

 

「でぇいっ!」

 

フランはその場で拳を繰り出した

 

ゴウッ!

 

衝撃波が広がる

 

「ッ!?」

 

避けれなかったヒュンケルがバランスを崩す

 

(拳を振るだけで……本気を出すとここまでか!?)

 

軽々行う馬鹿げた膂力が恐ろしい

 

「でやっ!」

 

崩した隙を突いてフランが肉薄し爪を突き入れる

 

「ぐっ……!?」

 

狙われた腹を回転で何とか避けるも脇腹を掠り傷が出来る

 

「ッ……!?」

 

避けた手刀から突き抜けていく衝撃波が威力を物語る

 

(受ける訳には……)

 

ヒュンケルが危険過ぎる腕力を制限しようと魔剣を振る

 

「……せー」

 

フランは魔剣を受けると同時に片足をリングに砕き入れた

 

「のっ!」

 

リングが押され、激しく動いた

 

「な……に……!?」

 

予想外の方法でバランスを大きく崩されたヒュンケルの目前には腰を深く落として拳を真っ直ぐ構えたフランの姿

 

「必殺!烈風ぅ正拳突きぃ!!」

 

「ッ……ブラッディースクライド!!」

 

美鈴直伝の正拳突きと苦し紛れで出された剣技がぶつかる

 

「ぐっ……おおおおおっ!?」

 

打ち勝ったのはフラン、ブラッディースクライドを僅かな膠着の末に弾き、胸当ての上からだが正拳を直撃させた

 

「ッ……ッッ!?」

 

吹き飛ばされリングを数度跳ねた後に受け身を取り膝を着くヒュンケルは血を吐いた

 

(骨をやられた……ブラッディースクライドで威力を削らなければ終わっていた……な)

 

咄嗟の切り返しで十全ではなかったがそれでも功を奏した事がこの程度で済んでいる証

 

(一発で戦況は俺の優勢から五分近くまで戻された……なんという力だフランドール・スカーレット)

 

類い稀な防御力と耐久力と攻撃力を持つフランと突出した技はあるもののオーソドックスな剣士であるヒュンケルが戦うと一撃と手数の勝負になる

 

フランは如何にして一撃を与えるか、ヒュンケルは如何に一撃を貰う前に削り切れるかという勝負

 

(懐かしい……この身に走る痛みすら懐かしい……)

 

身を走る激痛なのにそれが心地好いと思う

 

(俺の魂が歓喜に満ちている……再び戦いの世界へ帰って来た実感に震えている、フランドール・スカーレットという強敵を前に……!)

 

戦士としての生き様が意味を持ち、己が魂の性質である闘志がまだ際限無く燃え上がる

 

「……フランドール・スカーレット」

 

立ち上がったヒュンケルは闘気を高める

 

「俺も本気で行くぞ……!!」

 

尋常では無い覚悟と集中力がヒュンケルの雰囲気を変えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イテテ……あーくっそ……無茶苦茶やりやがって……」

 

キツーイお灸を据えられたボロボロのガタガタの正邪がようやく動けるようになって観客席に姿を現した

 

「なんだ今ヒュンケルがやってんのか……相手はフラン……頂点じゃんか」

 

老婆のような鈍い動きで席に座る

 

「おー……あのバケモン相手とまともにやりあってら……まっ私をこき使ったんだしそれぐらいやって貰わにゃ割にあわんよ」

 

無理矢理付き合わされたリハビリを思い出す

 

(日を追う毎にとんでもない事になってたからなあの(いくさ)バカ、結局ギリギリまでやって終わんなかったし……これだから強者って奴は!あーヤダヤダ!)

 

弱者を軽く飛び越えて行く強者達を不貞腐れながら見る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……ヒュンケルの奴、やたら強くなってねぇか?」

 

以前を知るポップが疑問を浮かべる

 

「俺も思っていたぞポップ、そういえばヒムよ、大会前に言っていたそれだけじゃないとはこの事か?」

 

「あ、ああ……あいつが完治してリハビリしてる時にわかったんだけどよ、どうもあいつ怪我してた時の鍛練や魔物退治なんかもプラスされてるみたいでよ?前よりかなり強くなってんだ」

 

ヒムの答えにポップは考え込む

 

「……つー事は経験値を貯めこんでて完治したから反映された……雑に言やそういう事か?」

 

「そういう事らしいぜ、永琳がそう言ってたからな、嬉しい誤算ってヤツだ……でもだからかヒュンケルの慣らしは過剰分完璧じゃなかったんだが……どうやらあの化物との試合で掴んだみてぇだ」

 

再起を信じたヒュンケルの必然

 

断固たる意思が得た不死身の男の本意気

 

「勝てヒュンケル……!我が友ならば!アバンの使徒の長兄ならば!頂点だろうが勝てる筈だ!」

 

強く拳を握りラーハルトは言う、友の完全復活を誰よりも喜び勝利を祈る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァァァ……」

 

全身に力が満ちている

 

慣れずに持て余していた力が意識と身体が完全に同調し馴染んだのが感覚でわかる

 

(幻想郷へ来れた事は一生感謝するだろう……俺を再び戦士に戻してくれたこの場所を)

 

再起不能になってから……どれだけ焦がれたか

 

どんな医者に診て貰っても匙を投げられ、どれ程鍛練をしてもまともに動く事も叶わない

 

戦士として死んだ体で燻り続ける闘志がどれ程この身を悔しく、苦しく焦がし続けたか……

 

戦士のまま死ぬのを許さなかったこの不死身の体をどれ程恨んだか……

 

それでも諦めなかった

 

闘志という信念が燃え続けていたから

 

 

それが今……報われている

 

 

「オオオオッーーーッ!!」

 

 

溢れ出す凄まじい闘気の放出、全身に生気が漲り力感が溢れる、これだけで先程よりも強いのがわかる

 

「そして、魔剣を得た事によって可能になった……!」

 

闘気が魔剣に注がれより切れ味を増し、強くなる、その技法はまさに竜の騎士が竜闘気を剣に通す闘法と同じ

 

「これが……俺の全てだ!」

 

再起した不死身の男の全力は新たな魔剣とフランという好敵手によって真に完成されたのだ

 

「おおー!」

 

そんな並みの者なら降伏を選ぶような力を見せたのにフランは楽しそうに笑う

 

「盛り上がって来たー!とことんやろうねヒュンケル!壊しちゃったらごめんね!」

 

幻想郷の頂点達、特にフランには相手が強い事など燃焼材にしかならない、それにこれは試合であり勝つ事が目的ではない、それがこのヒュンケルという極上の遊び相手を心行くまで堪能しようと胸踊らせるのだ

 

「……」

 

「ふっふ~ん♪」

 

静かに構えるヒュンケル、陽気な鼻唄混じりに構えるフラン

 

「空裂斬!」

 

「てりゃー!」

 

闘気砲と衝撃波がぶつかり相殺される

 

「ハァァ……!」

 

先に動いていたのはヒュンケル、相殺すると見切った故の疾駆が機先を制する

 

「闘気大地斬!!」

 

渾身の力を持って振り下ろされる剛の一閃、フランは手刀で迎え打つ

 

「んぐっ……だりゃ!」

 

本気で固めた手刀に深く切り入られながらもその剛力で空中へ弾き飛ばす

 

「フランドールゥゥキィィィィック!!」

 

直後に放つ流星の如き高速追撃の跳び蹴り

 

「……!」

 

ヒュンケルは魔剣を斜に構え刃の道を作りそこを通らせ受け流す、妖夢がラーハルトにした技と同じ、見て技術を真似たのだ

 

「くっ!?こんのー!」

 

自信のあった跳び蹴りをいなされ急停止するフランへ着地したヒュンケルが直ぐ様空裂斬を放つ

 

「……!」

 

避けるフランを無数の空裂斬が襲う、進化した技量は空裂斬の連射を可能としていた

 

「むー……」

 

正確に狙ってくる闘気砲を飛び避け大きく旋回しながらヒュンケルへ接近し攻撃を繰り出す

 

「ヌンッ!」

 

切り払う

 

「ていやあああー!!」

 

鋭角に切り返し突進

 

「ッ……ツアッ!」

 

切り払う

 

「うりゃああー!」

 

速度を維持したまま物理法則もあったものではないような連続鋭角移動

 

「ッッ……!?」

 

最初の攻防に似ていたが内容は遥かに強く、速く、濃い

 

まるでヒュンケルを中心にピンボールが跳ね回っているよう

 

「ぐっ……くっ!?」

 

捌き続けるヒュンケルから苦声が漏れる

 

一撃も許せない威力が高速で多角度からくる死の領域の中で抗っているのだ

 

一瞬も気を抜けず最善手で捌き続けなければならずそれが無尽蔵のスタミナから永遠と続くのだ

 

「ヌグッ!?」

 

疲労による集中力の乱れでついに切り払いが間に合わず肩を抉られ崩される

 

「ッ……!!」

 

即座にヒュンケルは魔剣を傍らに刺し闘気を抑えた

 

(諦めた?違う……あの目はまだ戦う目だ!)

 

武器を捨てたヒュンケルに一瞬戸惑ったフランだが目を見て突っ込む

 

 

ドギャ!

 

 

フランの爪突きがヒュンケルに命中し、ゆっくり打ち飛ばした

 

「…………」

 

フランは捉えた事で止まっているが違和感を感じている

 

(胸当てに誘導された?だから飛んだ?でもなんであんな少ししか飛ばないの……?)

 

爪で刺した筈なのに打ち飛ばしたのだ、そして自分の力で打ったにしてはあまりに勢いが無い

 

(もしかして受け流され……あ、カウン……)

 

唖然とするフランの前でヒュンケルは華麗に身を翻し受け身を取りフランに向け飛び出した

 

「無刀陣!!」

 

アバン流究極奥義無刀陣

 

敢えて武器を手放し、自らの闘気を無にすることで相手の攻撃を冷静に受け流し、隙を晒した相手に必殺技を打ち込むという捨て身のカウンター技が見事決まる

 

「しまっ……!!?」

 

無防備に接近を許したフランは受ける他無かった

 

 

「ブラッディースクライド!!」

 

 

螺旋剣が心臓を貫いた

 

「がふっ!!?」

 

螺旋の衝撃でフランは打ち飛ばされ、倒れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄まじいですね彼……私が見て来た剣士の中でも一番の使い手です」

 

ロンの膝枕で横になっている妖夢が呟く

 

「あいつは昔から剣なら俺と変わらん腕前を持っていた、それが更に修練を積んだのなら当然の結果だろう」

 

ロンも満足に見ている

 

「あの場に私が居たらどうだったですかね?」

 

「……剣士としての戦いで見るならお前もヒュンケルも同じ技量を重視するタイプだが技量はお前の方が上だ」

 

「……大きな差ではないが、ですね?」

 

「お前には悔しいだろうがそうだ、あと勝るのは速度と見切りくらいで他は負けている、特に体力と力の差が大きい……総合的に見ればヒュンケルが上なのは確実だろう」

 

実戦ならばまた話は変わるのだろうが妖夢よりヒュンケルは強いのだ

 

「そうですか……もっと強くならなければ!」

 

それは妖夢に更なる上達の意思を高めるだけ、自分より強い剣士が居る事が悔しくも嬉しくあり強くなる意欲を堪らなく刺激されるのだ

 

「意気込むのは良いが先に怪我を治してからにしろ大怪我人が」

 

「はーい……あいてて」

 

微笑み一息つく二人

 

「それにしてもフランが相手とはヒュンケルさんも災難ですね……」

 

「ああ……ヒュンケルもすぐ思い知るだろうよ」

 

二人は示し合わせたように苦笑した

 

「あの程度で終わるような奴等を頂点とは呼ばれんという事を……な」

 

「得意ですけど苦手なんですよね私、あんまりやりたくないと言うか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

穿った穴からおびただしい血が流れリングに血の池を作りその中で倒れるフラン

 

「……」

 

見据えるヒュンケルの前で指がピクリと動いた

 

「ッッ!!?」

 

次の瞬間、おぞましい凶兆を感じ取りヒュンケルは無意識にブラッディースクライドを放っていた

 

 

ゴウッ!!

 

 

フランから放出された長大に伸びた魔力が螺旋剣圧を打ち払った

 

(……っ!ブラッディースクライドを容易く……!?)

 

驚くヒュンケルの前でフランがゆっくりと立ち上がり笑顔を見せた

 

「……何故生きている、不死身かお前」

 

心臓を穿ち致死量を優に越える血を流してまだ動いているのが信じられない

 

フランの吸血鬼としての強さを知らない故の戸惑いの疑問

 

「不死身じゃないよ、まだ死なないだけ!もうちょっとで死ぬかも!」

 

「……」

 

陽気に言うフランにヒュンケルは黙るしか出来なかった

 

如何にフランと言えどここまで切り刻まれ心臓を貫かれては自慢の体力も残り少ないのは確かなのだが知らないからただただ不気味

 

「これ使うとは思わなかったなー勝てると思ってたからなー」

 

手に持つ不定形の長大な魔力が成形されていく、形が整えられていき粗い剣の形を模していく

 

 

「禁忌「レーヴァテイン」!!」

 

 

フランの身の丈五倍はある魔力大剣が形成された

 

「これがあたしの本気の本気!」

 

禍々しい紅黒大剣、フランが使う唯一の武器にして切り札

 

姉レミリアの魔槍に並ぶ破壊魔剣

 

(これ……は……ッ……)

 

それを見たヒュンケルは表情に出さなかったが圧倒されていた

 

(俺のブラッディースクライドに一方的に打ち勝つ強度と威力、加えてあのリーチ……剣というよりは手足の延長が正しいだろう、あの力を存分に活かす効果的な武器……!!)

 

あの馬鹿げた力でこの大剣を振り回される事を考え戦慄していたのだ

 

「行っくよー!どりゃあ!」

 

フランは大剣を振り下ろした

 

 

ドゴオッ!!

 

 

リングが爆発し割れた

 

「くっ……やはりかッ!?」

 

避けたヒュンケルは予想通りの惨状に顔が歪む

 

「あんまり時間無いからガンガン行くよー!!」

 

ヒュンケルの間合いの外から大剣を振り回す

 

「オラオラオラオラー!」

 

「ちぃ……!?」

 

魔法が苦手なフランの作る魔力大剣は今も酷く粗い、剣の形はしているが切れ味は無いと言ってもいい程ナマクラ、剣の形をした棍棒が正しいというようなお粗末な代物

 

(近付けん……!?)

 

フランにはそれで充分なのだ、フランの馬鹿げた膂力で振られる、ただそれだけで切れ味関係無い破壊を持たらすのだから

 

防御も意味を成さない破壊剣を正面から受けれるのは幻想郷ではフランの膂力を唯一上回るロランとバーンしか存在しないのだ

 

「ハァ……チィィ……!ハァ……ハァッ!?」

 

受ける事も攻撃する事も出来ず避け続けなければならないヒュンケルに今までのダメージと疲労が色濃く表れて来る

 

(俺が……勝つには……)

 

だがその闘志は消えていない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへー見ろよ、せっかく新品にしたリングもうバラバラだぜ」

 

「見ろってそっちかよ、もっと言う事あんだろ魔理沙お前さ」

 

「フランちゃん大丈夫かなぁ……」

 

「かき氷サイキョー!」

 

頂点達は楽しそうに見ている、心配しているのは大妖精とルナくらい、チルノに至っては食べるのに夢中で見てすらいない

 

「言う事ってあんだよ妹紅?フランのクソウゼー技が出た、当たったらヒュンケルアウト、それ以外になんかあんのかよ?」

 

「いやそりゃあんだろ……ヒュンケルの勝ち筋とか」

 

「あー勝ち筋ねぇ……知らね、有るんじゃね?たぶんきっとおそらく、知らんけど」

 

「テキトー過ぎだろ」

 

「わかるわけねぇだろ今日初めて戦うとこ見た奴の勝ち筋なんてよ!お前わかんのかよ!」

 

「……ごめん、言う通りだな」

 

「もっとマシな事言えだぜアンポンタンめ」

 

「ぐぬぬ……」

 

いがみ合う魔理沙と妹紅の横でレミリア、パチュリー、美鈴の三人が微妙な顔をしていた

 

「パチェはどう見てる?」

 

「7:3と見てるわ、相性がね……覆らないと思うわ」

 

「私は8:2よ、同じ考えよ私も」

 

本能で戦うタイプの二人に比べ考えて分析するタイプの二人には結末の予想がついていた

 

「貴方は美鈴?専門家の意見が聞きたいわ」

 

剣士と通じる部分もある武道家に加えフランの事も良く知る者の言葉に耳を傾ける

 

「……御二人の予想は正しいと思います」

 

美鈴は肯定した

 

「フランお嬢様と妖夢さんの手合わせの勝率をご存知ですか?三割です……そこから察していただければと……ちなみに私とも三割程です」

 

「やはりそうなのね……」

 

「脳筋だからねあの子……」

 

結末を見届ける……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どりゃあーーー!!」

 

大剣をヒュンケル目掛け振り回し続けた結果、リングは原型を留めていなくなっていた

 

「ッ……ハァ!?」

 

避け続けるヒュンケル、長大な大剣を手足の如く高速で振り回す力とリングを豆腐のように粉砕する破壊力に危うい場面もあったが被弾せず持ちこたえていた

 

(……行くぞ)

 

準備と覚悟が出来たヒュンケルは……歩を進めた

 

(袈裟斬り……次は横薙ぎ)

 

迫る大剣を紙一重で避け進む、次の横薙ぎを屈んで避けまた進む

 

「なめん……なぁ!!」

 

更に増す勢い、一振毎に衝撃波が荒れ狂う

 

破壊乱舞、破壊鬼が展開する存在を許さぬ絶壊領域

 

(逆袈裟……フェイントからの回転薙ぎ……)

 

その中を進む、近付く度により凶悪になる破壊嵐の中心へ向けて

 

(恐れるな……敵は己の中にあると思え)

 

最短最速無尽に襲い来る死を不屈の闘志が進んでいく

 

(当たんない……!クッソー!?)

 

当たらない理由、フランもわかっている

 

(読まれてるんだあたしの攻撃……妖夢や美鈴みたいに……!!?)

 

それはただ力に任せただけの技術の無さが理由

 

フランの剣技は振り回すだけの剣技とも言えない言わば素人、達人から見れば拙い技術など見切るのは容易く自らの技術を存分に発揮させる事が出来るからだ、徒手もまた然り

 

要は相性が非常に悪いのだ、あまり考えずに戦うフランは同じ近接戦闘者相手でも技量の高い相手は天敵と言える

 

「っぐう!?」

 

大剣が掠った手籠手が粉砕、弾け飛ぶ

 

それでも本来なら10:0でもおかしくないヒュンケルと同タイプの妖夢や美鈴から三割の勝率を取れるのは一撃でも致命足り得る膂力と底知れぬ生命力と体力が有るからだった

 

終わりが見えない食らえば一撃死と戦うのは酷く精神を削られるからだ

 

 

「くおのぉぉぉぉーーー!!」

 

「オオオオーーーッ!!」

 

 

戦鬼の間合いに……入る

 

「……だりゃああーー!!」

 

入られたと悟ったフランは大剣を全力で握り締める、己が魔力で作った頑丈な柄を握り潰す程に力を込め、上段に構える

 

 

 

「魔剣「アルテマソード」!!」

 

 

 

全身全霊、渾身の振り下ろし

 

特別な効果も無いただの振り下ろしだが結界が無ければ武闘会場ごと楽に更地に変えられる破壊剣技

 

(……恐るべき相手だったぞフランドール・スカーレット)

 

頭上に迫る大剣を前にヒュンケルは目を閉じた

 

(俺が負けても何らおかしくなかった……お前と戦えた事を……誇りに刻む)

 

逆手に構えた魔剣をかざし、既に最大まで溜めていた闘気を撃った

 

 

 

「グランドクルス!!」

 

 

 

極大の闘気が大剣とぶつかり轟音を唸らせる

 

「グググ……こんッ……のォォォォ……!!」

 

押し切らんと全力で押すフラン、力みに傷から血が噴き出すも退く気は一切無い

 

頂点の意地か大剣は闘気を押し込んでいく

 

「ハァァ……ハアアアアッ!!」

 

逃げ場の無い闘気が膨張し、爆ぜた

 

「……あっ」

 

フランは大剣を構えたままよろめいた、爆ぜた凄まじい衝撃で大剣が弾かれ戻されたのだ、大剣だけ弾き飛ばされてもおかしくなかったがその力故に保持したままでいられた

 

だからよろめいた

 

「あーあ……」

 

フランは見ていた

 

魔剣を構えて駆けてくるヒュンケルを……

 

「終わりだ!!」

 

必中の機を逃さずトドメの大地斬を繰り出すヒュンケル

 

「……」

 

「……!!」

 

その魔剣はフランを切る事はなかった、戦意が消えたのを感じ直前で魔剣を止めていた

 

「もう無理限界……あたしの負けだよ」

 

「……そうか、わかった」

 

フランの降参にヒュンケルは手を差し出した

 

「楽しかったねヒュンケル!」

 

「ああ、良い試合だったフランドール・スカーレット、感謝する」

 

 

 

『フランドール選手降参により勝ったのはヒュンケル選手ーー!!お二人の素晴らしい敢闘に多大な拍手をーー!!』

 

 

 

互いを称える握手により試合は幕を閉じた

 

 

 

 

五回戦 勝者 ヒュンケル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんみんなー負けちゃった」

 

申し訳なさそうにフランは皆に謝る

 

「惜しかったわねフラン、不利な相手だったのに最後までよく頑張ったわね、流石は私の妹よ」

 

「ありがとお姉様、あー勝ちたかったー……あ……クラクラしてきた」

 

「ちょっと死にかけじゃないフラン!咲夜!永琳を連れて来て!」

 

慌てる皆の前でフランの体が光に包まれた

 

「回復魔法……ベホマの光よこれ」

 

パチュリーが呟く

 

「ふっかーつ!元気100倍だよ!」

 

フランは元気良くガッツポーズをした

 

「今のはバーンね、いったい何処から……」

 

「魔力の出所を探ってみたけどわからなかったわ、レムオルでもしてるのかしら」

 

準備していたかのようなあまりに早い治療に苦笑した二人に大妖精が声を掛けた

 

「あのレミリアさん……何かあったんですかアレ?」

 

「どうしたの?」

 

大妖精に促されるまま舞台へ目を向ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだあいつ?」

 

ポップも舞台を見て首を傾げている

 

「怪我で動けん訳ではなさそうだが……わからんな、何を考えているヒュンケル」

 

今だ戻って来ないヒュンケルを見つめる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(成果は充分過ぎる程見せて貰ったわヒュンケル、まさか頂点に勝つとは思わなかったけれど)

 

治療の成果を見せる約束を果たした事を確認した永琳は佇むヒュンケルを見る

 

(ああ……きっとおそらく、静まらないのね……)

 

呆れた溜め息を吐いて見つめる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まだ高揚が収まらん)

 

佇むヒュンケルは闘志の昂りが静まっていなかった

 

フランとの試合が不満だったのではない、むしろ文句無く満足だったのだがあまりに白熱し過ぎた戦いに闘志の熱が下がらないでいた

 

 

『あのー?ヒュンケルさん?またリングの設置をしないといけないので早く退場して欲しいのですが……』

 

文が困っているとヒュンケルは叫んだ

 

「頼みがある、幻想郷で最強の者と戦わせて欲しい!」

 

その発言に会場はざわめいた

 

『は?え……?えーとヒュンケルさんはもう一試合したい、つまりエキジビションマッチを希望する……という事ですか?』

 

「そうだ、可能ならば頼みたい」

 

会場は余計ざわつく、まさかの提案だったから

 

『レミリアさん……どうします?』

 

文に問われたレミリアはヒュンケルを見てニヤリと笑った

 

「いいわ、認めてあげる」

 

『主催者の認可が出ましたー!エキジビションマッチ決定ー!!』

 

会場は盛り上がる

 

『皆様!フランドール選手に勝利したヒュンケル選手が今しがた発言した言葉を覚えていますか?最強……そう!最強です!彼は我々幻想郷の最強を指名したのですッッ!!』

 

会場の全ての目が一人に注がれる

 

一番強いと言う意味ではバーンなのは間違いない、だが勇者一行とバーンの因縁は幻想郷の皆全員知っている、もしバーンを指名するなら名前を出す筈なのだ

 

しかしヒュンケルは幻想郷の最強と言った、それはバーンを除いた中で最強、と言う事になる

 

 

『これは我々幻想郷に対する挑戦だ!!』

 

 

つまりそれが指し示す相手は……

 

 

「ん?何よ?何であたい見てんの?」

 

 

かき氷を食べていたチルノだった

 

 

「ねー大ちゃん、皆あたい見てくんだけど何かあったの?」

 

食べるのに夢中で何も聞いてなかったチルノは首を傾げている

 

「えっと……出番だってチルノちゃん、フランちゃんに勝ったヒュンケルさんが戦いたいって……」

 

出場させないようにしていた大妖精も観念するしかなかった、相手から指名が来てしまった以上もう誤魔化ようが無かった

 

「ホント!ようやく秘密兵器のあたいの出番って訳ね!やってやるわ!!」

 

「やり過ぎちゃダメだよチルノちゃん!」

 

「オッケー!」

 

かき氷を置いて飛び出して行った

 

 

「良いんですかレミリアさん……」

 

「やりたいって言うから叶えただけよ私はね?まっでもフランが負けた腹いせには丁度良かったのは間違いないわねぇ」

 

「イジワルしちゃダメですよ~ヒュンケルさん大丈夫かなぁ……」

 

不安そうに舞台を見るのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『回復はどうしますか?』

 

「このままでいい、熱が下がらぬ今こそベストコンディションだ」

 

この興奮のまま行くと決めたヒュンケルの前にチルノが降りてきた

 

「あたい参上!!フランに勝ったみたいだけどチョーシに乗ったのが運の尽きってやつよユンケル!」

 

「……ヒュンケルだ、チルノ」

 

リングの残骸と土台しか残っていない場所で向き合う最強と戦鬼

 

(これが……バーンを除いた幻想郷の天辺、最強の二つ名を持つ妖精、頂点の中の頂点……チルノ)

 

およそ見た目からは想像も出来ない事実を反芻するヒュンケル

 

(……脅威には感じない、隠すのが巧みなわけでもない……何が、何がこんな子どもを最強足らしめる……?)

 

実際見たチルノの感想は「騙された」であった

 

フランの様な力がある訳でもなさそうであるし体も見たらわかるほど脆弱、スピードも早くないのはわかったし魔力も感じない

 

光るモノが感じられなかったのだ

 

だが永琳から聞かされた容姿に一致するし何より先程の観客全員が示し合わせた様にチルノに向いた事も演技に見えなかったし演技にしてもやり過ぎている

 

だから探ってみたがヒュンケルには見つけられなかった

 

 

「あ、そうだ!あたい残りのかき氷早く食べたいからちゃちゃっと終わらせていい?」

 

「……何?」

 

ヒュンケルの声に怒りが滲む、手負いとは言え自分を楽に倒せると言いたげなチルノの言葉がプライドに障った

 

「やれるものならやってみろ」

 

闘気を高め臨戦態勢に入る

 

「オッケー!覚悟すんのね!」

 

チルノも準備完了

 

 

 

特別試合 ヒュンケルVSチルノ

 

 

 

『整いましたね?それではエキジビションマッチ……始めてください!!』

 

 

 

開始が宣言された……直後

 

 

 

キンッ……

 

 

 

武闘会場に冬が訪れた

 

 

 

「なん……だと……」

 

極寒に急変した舞台にヒュンケルは訳もわからず混乱した

 

(奴は何をした!?この辺り一帯の気温を一瞬で氷点下に下げるなどどうやって……!?)

 

ヒュンケルには見当もつかない、永琳からは頂点の名前と容姿しか聞いていないし瞬時に冬にするなどまるで意味がわからない

 

「……!」

 

混乱していたヒュンケルはチルノが居ない事に気付くと同時に自分が影に入り陽を遮られた事を知る

 

「……バカな」

 

見上げたヒュンケルは目を疑った

 

頭上には舞台を埋め尽くす巨大な氷塊が浮かんでいたのだ

 

(マヒャドか!?……違う!これは既に魔法のレベルではない!能力……奴の能力か!おそらく氷、いや気温を下げたのを見るに冷気!だがこれは余りにも……)

 

「それっ!」

 

驚愕の思考を遮るようにチルノの声が響き氷塊が落ちてくる

 

「うおおおおおッ!!?」

 

心の準備無く振ってくる逃げ場の無い絶体絶命の危機にヒュンケルは叫び、魔剣を逆手に構える

 

「グランドクルス!!」

 

今日三度目の極大闘気砲、闘気の溜めは充分では無かったが絶体絶命の危機に火事場の馬鹿力の如く闘気を捻り出し最大出力で放った

 

「ッッ……!!?」

 

闘気砲は氷塊を貫き内部で爆ぜた、衝撃波が広がり亀裂の入った氷塊を粉微塵に変え降り注がせる

 

「ハアッ……ハアッ!?」

 

アイスダストの舞う幻想的な空間の中で苦しく喘ぐヒュンケル

 

「やるわねあんた!褒めたげる!」

 

腕を組んだままチルノが降りてきた

 

「ハァ……ハアッ……ッッ!!?」

 

ヒュンケルは余裕の顔をしているチルノを見て信じられない顔をした

 

「……まさか、今のは……全力ではないのか……?」

 

考えたくも無いがあれだけの事をしたチルノは全力だとヒュンケルは思っていた

 

しかしチルノを見るに大した消耗の痕すら感じられなかったのが今のは奥義や本気ではなくただの技なのではないかと思ってしまったのだ

 

「本気じゃないわよ!今のはえーっと、真ん中くらいね!真ん中のぉ……下の方!」

 

「ッッ!!?」

 

ヒュンケルに衝撃が走る、後半は怪しいが確かなのは今のが全力ではなかったという事、自分の持つ最大火力が中継ぎに使う様な技と同等だと言われたのだ

 

「じゃ次で決めるわ!」

 

「!!」

 

チルノの宣言にヒュンケルは身構えると同時に更に寒さを感じ自分の周囲だけ更に気温が急激に下がっているのを知る

 

(ッ……いや、問題無い……鎧は冷気を無効化する!)

 

鎧の魔剣にはデイン系以外のあらゆる呪文やブレスなど外的要因を無効化する耐性がある、それがなければ既に人間が動ける温度ではない

 

(長引かせるのはマズイ……一瞬で決める!)

 

それを知らないチルノの虚を突くべく飛び出そうと構えた

 

「凍んないじゃん……生意気!凍符「エターナルフォースブリザード」!!」

 

 

キンッ!

 

 

ヒュンケルの足は凍り付いた

 

「バカな!?そんな筈は……!?」

 

またも信じられない事態を目の当たりにしたヒュンケルは思い出す

 

(バーンのカイザーフェニックスを受けた際も鎧は砕けた!無効化にも限度がある……)

 

そして戦慄する、鎧の耐性を貫通出来るだけの冷気を持つという事実がその底知れなさの証明だったのだから

 

「えいっと!」

 

チルノが指を突き出すと魔剣が腕ごと凍り付く

 

両足は凍り付き、腕ももう一本しか残っていない

 

(つ、強過ぎる……!?)

 

身を持って思い知った最強の力、バーンに一番近いと言われる妖精、大魔王の領域に手を掛けている氷帝との格の差

 

「まだやる?」

 

「…………」

 

燃えていた熱は最強の冷気により急激に冷やされ……

 

(例え万全でも……勝てん)

 

既に熱を無くしていた

 

「いや……降参する」

 

「わーい!あたいの勝っちー!」

 

敗北を認めたヒュンケルの氷を消し、気温も戻したチルノはすぐに戻って行った

 

「完敗だ……俺もまだまだ、か」

 

『圧勝!エキジビションマッチの勝者は我等が最強!チルノだーーー!!見たか!これが我々幻想郷の最強だコノヤローーー!!』

 

 

特別試合 勝者 チルノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イエーイ!やっぱあたいったらサイキョーね!」

 

戻ったチルノは笑顔でVサインをした

 

「お疲れ様チルノちゃん!はいっかき氷!」

 

「大ちゃんありがとー!」

 

かき氷を食べだすチルノにフランが並ぶ

 

「ヒュンケル強かったでしょ!」

 

「まぁまぁじゃない?あたいの敵じゃなかったけどね!」

 

「ムカツクー!」

 

自分が勝てなかった相手を楽勝だったと言うチルノに腹が立ったフランがかき氷を奪い食べた

 

「あー!何すんのよあんた!」

 

「ムカツクー!チルノが勝つのムカツクー!」

 

「返しなさいよバカ!……!?なんて力よこのパワーバカ!」

 

「うっさいウルトラスーパーバカ!」

 

「言ったわねあんた!」

 

 

「コラコラ喧嘩すんなー」

 

 

笑みは絶えない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく勝手な事しやがって、どう反応したらいいかわかんねぇじゃねぇかよ」

 

「ふっ……すまんな」

 

勝利を喜ぶのか敗北を残念がればいいのかわからない一行達の微妙な空気

 

「どっちも強かったな、頂点の名に偽り無し……ってとこか」

 

「ああ……想像以上だった、世界は広い、井の中の蛙だったと未熟を見直す良い機会だった」

 

「お前も飽きねぇよなぁ、そんでこそ俺達の長兄ってか?……つーかチルノがヤバ過ぎてよ、見ろよ?今だに冷や汗止まってねぇ」

 

「俺も鳥肌が止まらん、剣の技量、装備の質でどうこうという次元ではなかった……フランドールと先に戦っていなければ醜態を晒すところだった」

 

「そのフランドールとだって下手すりゃ負けてたもんな……頂点ってのはちょっと信じらんねぇくらい強ぇな」

 

「聞けば100年以上の戦歴だそうだ、こと経験に関しては奴等の方に一日の長があるのは否めん」

 

「それに勝っちまったお前もスゲェんだぜ?胸張れよ、そんで改めて……おかえりだヒュンケル」

 

戦士として再起出来たヒュンケルを皆が迎える

 

「随分待たせた……今、帰った」

 

不死身の戦士の帰還は今、完全に成されたのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フン」

 

王は機嫌悪く空を見上げる

 

「余が治さなければフランが負けるところなど見る事は無かった……忌々しいがその力は認めねばなるまい」

 

友を破った不快感と強き者への尊敬の念が入り交じった感情を幻想の空へ吐き出す

 

「だが……よくやってくれたチルノ、流石は余の最初の友よ」

 

奇しくも思う事は王妃と同じ

 

友の敗北と勝利に一喜一憂するまるで人間の様な王の言葉はやはり誰も聞いてはいない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やたら多くなりましたがヒュンケル戦どうだったでしょうか?

ヒュンケルはダイに次ぐ二番手のイメージが強いのが反映されました、最終決戦時のポップと合わせてダイの両翼な感じがしてます、アバンストラッシュは今も自分を戒めているので使えるけど使いません、だからブラッディースクライド……という事です、ダイと被りますしね、今回に至ってはラーハルトとも。

先々週にUAがやたらと伸びて(当社比3、4倍)焦った次第です、何があった……

次回も頑張ります!

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