東方大魔王伝 -mythology of the sun-   作:黒太陽

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-語られざる神話- 孤独の果てへ……

 

 

「うっ……くっ……」

 

無縁塚から遠く離れた場所で異魔神に体を乗っ取られていた勇者ロトの末裔・アランは目覚める

 

(俺は異魔神に……ッ!?奴は!!)

 

丘の上に置かれていたアランは周囲を見渡して己が知っている場所ではないと知る

 

(……朧気に覚えている、奴は異なるこの世界に渡り……誰かが立ち塞がった……)

 

状況を整理するアランの視界に突如、黒い光の柱が撃ち上がる

 

「なっ!?……あの傍に居るのは異魔神!?いや、それよりアレは……何だ!?」

 

それはバーンが解放した黒魔晶の魔力

 

(膨大な魔力が集中して……何だこ、この魔力は……天の様に高く、地の様に力強く、海の様に底知れぬ魔力を持った何かが現れた……こ、この力、異魔神に匹敵……もしくはそれ以上……)

 

ロトの血を引くアランをしても掴めない超魔力、言えるのは異魔神と同じく測れない、それ程までに他を隔絶した力

 

「……来い!」

 

アランは手を上げ何かを呼ぶ、しかし何も起きない

 

(ダメか……流石にロトの宝具でも異なる世界までは持ち込まない限り呼ぶ事は出来ないか……)

 

諦めたアランは丘を降り始める

 

(ならばせめて……ロトの子孫として見届けなければ!俺達の代わりに異魔神と戦う……あの男の戦いだけは……!)

 

ただ一人、唯一その戦いを知る勇者は王達の元へ急ぐ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-無縁塚-

 

「……上手くいったか」

 

若返ったバーンは手を握り締め体の調子を確かめる

 

「……フッ……フハハ!」

 

唖然としていた異魔神は気を落ち着かせる様に笑う

 

「そうか……それが貴様の、貴様の全盛たる姿か!」

 

「如何にも……一度しか使えぬ足掻き、奥の手だ」

 

これがバーンに残されていた最後の切り札

 

黒魔晶に蓄えた莫大な魔力を使った肉体活性による時間逆行並の若返り及びに活性した肉体が持ち得るだけの魔力回復

 

脅威に備えたたった一度の、されどこれ以上無き最上の鬼札

 

「やはりそうか、ならばそのままでいられる訳もあるまい?」

 

「その通りだ……長くはおれぬ、が……貴様を消すには充分な時間とだけは言っておこう」

 

その時間は1日、いや1時間もいられないかもしれない

 

しかし、それで充分だと確信を持ってバーンは告げる

 

「ほう……若返った程度で随分と大きく出たな」

 

「試してみるか……?」

 

余裕の表れの様に腕を組む異魔神を一瞥したバーンはゆるりと歩いていきながら右手を差し出す

 

「フッ……力比べか、面白い」

 

乗った異魔神が解いた左手を差し出し……

 

 

 

両者の手が触れた

 

 

 

 

 

 

 

ズンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「!!?」

 

次の瞬間、大地は陥没し、異魔神は膝を着かされていた

 

「なん……!!?」

 

若返った分を考慮して強く力を入れていた筈がそれを遥かに越える力で返され耐える間も無く力負け

 

「一度だ……ただ、一度……」

 

その言葉からは推し量れぬ程の想いが籠められていた

 

「出来れば我が子に遺してやりたかった秘中の秘、それを使わねばならぬこの無念……貴様にわかるまい」

 

「……ッ!!?」

 

己を見下すバーンの背後に異魔神は見た

 

「ならばせめて、とくと思い知るがいい……幻想が至らせた、この力を」

 

鬼の眼を持つ巨大な魔獣の姿を……

 

 

 

「……ヌゥゥゥゥッ!!」

 

形勢を異魔神が押し返し、立ち上がる

 

「少々、力が上がったくらいで調子に乗られては困るな……」

 

「乗っていたのは貴様だ、舞い上がり、余の力を見誤る程に、な」

 

 

ズンッ……!

 

 

二人の込める力が一気に増す

 

 

「ヌゥゥアァッ……!!」

 

「オオオオオッ……!!」

 

 

ビシィッ!

 

 

拮抗し、逃げ場を無くした巨大な力に大地が耐えられず二人の周囲に亀裂が走る

 

凝縮された本来の形態の異魔神、若さを戻した鬼眼王の肉体を持つバーンの力は掴み合うそれだけで大地が悲鳴をあげる程

 

 

ブシュウ!!

 

 

「!?」

 

バーンの腕が裂け青き血が吹き出る

 

「フッ……」

 

それに異魔神が膂力比べの勝利と微笑んだ、次の瞬間

 

 

ベキィ!!

 

 

「!!?」

 

異魔神の腕がへし折れる

 

「何だと……ッ!?」

 

互いに手を離し数歩ずつ退がり、睨み合いながら同時に腕の治癒が完了する

 

「……大した差は無い様だな」

 

「……その様だ、腹立たしい事この上無いが、な」

 

 

ピシッ……!

 

 

上昇し始めた魔力に無縁塚の空気が、二人の居る空間が湾曲する

 

 

「フフフ……我が望みが目前だと言うのに何やら気が高鳴って来た、初めての事だからだろうか……余に近しき力を持つ者に出会うのが」

 

「そんな事をほざけるのも今の内だ、すぐ笑えなくなる」

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 

 

攻めぐ二人の超魔力が大気を、大地を、天地を鳴動させる

 

 

「貴様の時間切れを待つなどつまらぬ真似はせぬ、どちらが魔の頂点に相応しいか決めようではないか……互いの死を賭けて」

 

「その言葉が虚勢でない事を祈ろう、そしてハッキリ言うが……死ぬのは貴様、殺すのは余だ」

 

 

 

ゴウッ!!

 

 

 

頂点に達した魔力が炸裂した時、二人を尋常では無いエネルギーを持つフィールドが無縁塚全域に閉じ込めた

 

 

「ほお、互いの力が近いとこの様な現象が起きるのか」

 

「……この程度の奴と「真竜の戦い」とはな」

 

 

互いの魔力・闘気、もしくはその片方が最高位かつ互角のレベルの時に起きる互いの力が作りあげる戦闘フィールド

 

「コレは簡単には出られぬ、出たくば相手を倒すのが一番簡単な方法だ」

 

「その様だ、我等にはお誂え向きと言えよう」

 

このフィールドは完全決着の場でもあり逃げる事は出来ない

 

それは明かしていないが時間に限り有るバーンにとって出し抜かれて世界樹に行かれない事も重なり都合が良く、異魔神にとっても決着は望むところ

 

故に二人に乱れも迷いも無い

 

 

「往ね異魔神……幻想の彼方に消え失せろ」

 

「ゆくぞバーン……幻想を抱いて死ね」

 

 

真の戦いが火蓋を切って落とされる

 

 

 

「「オオオオオオオオッ!!」」

 

 

 

拳が体を抉り合う

 

「ゴッ……フゥ!!」

 

互いに打ち飛びながら異魔神が指をかざし並の人間ならば何人だろうが貫き切る強力な魔力の光線を放つ

 

「……ヌンッ!!」

 

それを掌底で弾き退けながらバーンは手刀を振り下ろす

 

 

ザンッ!

 

 

「何ッ!?」

 

受けれた筈の腕に手刀が切り入っている

 

「この手刀は余の唯一の武器にして地上最強の剣……易々と無傷では受けれぬと知れ」

 

言いながらバーンは手刀とは逆の手に作っていたイオナズンの球体を掌底を食らわせる様に異魔神に打ち込み爆発と共に吹き飛ばす

 

「これが……心技魔体、全てにおいて完全の、余と並ぶ大魔王たらしめる力か……素晴らしい」

 

老人の時とは比べ物にならない威力のイオナズンの直撃を受けて腹に穴を空けた異魔神が爆煙から現れ、傷が塞がる

 

「認めてやろう貴様を……勇者を越える余の最大最強の障害として」

 

構えた二指に魔力を集中させ振り抜くと大地を這う衝撃波がバーンを襲う

 

「ヌ……ゥ……!?」

 

大地の底が見えなくなる威力を持つ衝撃波、避けられず防御したバーンの顔が歪む

 

「オォーーーーッ!!」

 

連射された衝撃波全てがバーンに命中する

 

「グ……ヌゥゥ……!?」

 

受け切ったバーンの表情は次の瞬間更に歪んだ

 

「……ガハッ!!?」

 

異魔神の拳が腹を打っていた

 

「まだ終わりではないぞ」

 

顔面を殴り、膝蹴り、前屈みに崩れた所に両手鉄槌

 

一撃毎に衝撃が走る威力をバーンに容赦無く叩き込む

 

 

ドギャッ!

 

 

異魔神の首がへし折れる

 

「やってくれる……」

 

バーンの掌底が入っていた

 

「グオッ……オォ……!?」

 

怯む異魔神を返す手刀で袈裟に切り裂き腕を掴み引き寄せながら殴り飛ばす、続けて掌圧を追撃に放った後、弾幕を形成する

 

「魔幻「五大五重奏(エレメントクインテット)」!!」

 

「グオオオオオオーーーッ!!?」

 

高密度呪文弾幕を浴びる異魔神の耐える苦声

 

《た つ ま き》

 

出現した大竜巻が残る弾幕を全て飲み、消滅させバーンへ向かう

 

「バギクロス!!」

 

迎え撃った竜巻が衝突する

 

しかし、異魔神が全力で放つ深淵の呪文は僅かな攻めぎ合いの末、バギクロスを打ち消しバーンを烈風の嵐に飲みこむ

 

「オオオオォーーーッ!!」

 

内から魔力で消し飛ばし互いの手が止まる

 

 

「……」

 

「……」

 

同時に再生、または回復する両者

 

「このぐらいか」

 

「そうだな……余も貴様も久方振りの全力で感覚を掴みきれていなかったがもう良かろう」

 

先のはまだほんの序の口、遥かな時を封印または過ごした王位達による全力を出す為の準備運動に過ぎない

 

ここからが言わば本番、神々すら越え世を震撼させた魔神達による凄惨なる殺し合い

 

「……!!」

 

「……!!」

 

より強く、より精錬に、より恐ろしく

 

「オオオッ!!」

 

「ルアアッ!!」

 

より苛烈に衝突する

 

ドウッ!

 

掌圧と衝撃波が相打ち拡散した衝撃が走るも二人の動きを緩ませる事は無い

 

「カラミティエンド!!」

 

「グアッ!?」

 

バーン最強の手刀が異魔神の防御した腕ごと切り飛ばす

 

「……ヌゥアァッ!!」

 

バーンの腕を掴み、肘と膝で挟み、打ち砕くと再生させた腕で殴り飛ばす異魔神の掴む手には千切れた腕だけが残り、消し去る

 

《い か づ ち》

 

大規模の黒雷が落ちる

 

「フェニックスウイング!!」

 

残る不死鳥の翼が黒雷を異魔神へ弾き返す

 

「グガァアアアアッ!!?」

 

己が超呪文を自身で受け苦悶の声をあげる異魔神へバーンは追撃に弾き返した手をかざす

 

「魔符「闘魔滅……」!!?」

 

暗黒闘気が撃たれる事はなかった、その手は手の形をしていなかったから、これでは暗黒闘気の制御が上手く出来る筈がない

 

異魔神が誇る深淵の呪文はバーンの神技でもただでは返されない、返させない

 

「チィ……ッ!?」

 

失った両手を再生するのに掛かる僅かだが一瞬の隙

 

その一瞬に黒雷に怯んでいた異魔神の姿が消えていた

 

ガッ……

 

側方から伸びた腕がバーンを捉える

 

 

ズガガガガァッ!!

 

 

掴んだ頭部を大地に叩きつけ超速度を維持したまま引き摺り回す

 

「ハアッ!!」

 

渾身の力で投げられたバーンは大地を凄まじい勢いで削りながら飛んでいく

 

《し ょ う ど》

 

追撃に放つは超火炎

 

「カァァァ……アアッ!!」

 

そして、口内に収束した魔力砲を撃ち込んだ

 

バシュ……

 

「何……?」

 

爆発を起こす筈の魔力砲が焼滅したと知った次の瞬間に超火炎から炎翼が伸び、振り抜くと超火炎は消え去りそこには多大な傷を癒すバーンとその背に炎鳥が佇んでいた

 

「……ベタン」

 

「ッ!?ヌッ……オッ!?」

 

重圧呪文が動きを鈍らせ炎鳥を消したバーンは6つの魔力球を異魔神の周囲に正確に配置する

 

「今度はただで済むと思わぬ事だ」

 

「こ……れは……させるかぁッ!?」

 

縛から逃れようと魔力を高める異魔神だったが既に遅い

 

「六芒「ギガグランドイオナズン」!!」

 

フィールドを全て埋め尽くす尋常ならざる大爆発、老いた時など比較にすらならない全力の魔力を持ってした六芒魔方陣によるイオナズン

 

その威力は小型の黒のコアにすら匹敵する

 

「……」

 

本来なら結界を用いて爆発の規模を強引に抑えなければ幻想郷に多大な被害を及ぼす威力と範囲を持つ呪文だったが真竜の戦いによって出来たフィールドが結界の代わりをした事で無縁塚が窪んだ更地になる程度で済んでいた

 

(気配が無い……これで奴が死んだとは思えぬ……何処に居る)

 

爆煙が晴れ始め、バーンに纏わりつく周囲の煙が引く

 

「ヌ……クッ……」

 

左半身を失った異魔神が背後に居た

 

「!!?」

 

「効いたぞ……フッ……フフッ……」

 

振り向きざまに手刀を繰り出すバーンだったがそれよりも速く異魔神は懐に入り小指程度しかない極小の魔球を掌底と共にバーンに押し付け、突き飛ばす

 

 

《か い じ ん》

 

 

魔球が閃光を放ち膨張、規模こそ六芒イオナズンより小さいが破壊力が集中した大爆発を起こす、その威力はまさに万象一切を灰塵に変えるがごとく

 

「グアア……ガアッ!!?」

 

仰向けに倒れるバーンは生きていたが左肩から胸を含めた下半身が消し飛び体積の半分を失っていた

 

(心臓の1つがやられた、か……再生が遅い……だが奴のダメージも甚大……動けまい)

 

 

 

 

 

 

 

 

(この肉体にいくらダメージを与えようが余は死にはせぬ、だがここまでダメージを受けると戦闘に支障が出る……)

 

再生途中の異魔神はバーンも動けぬと考え爆煙の中、再生に集中する

 

(加えてこのフィールドが作る熱気がダメージを与え続け再生を阻害し余分な魔力を使わされる……月が有れば打ち消しも出来たがこの地の死者の魂は全て送られ存在していない、新たな月は作れぬ……せめて闇の衣があったならば……)

 

持ってこなかった事を後悔し舌を打ったその後、時間を掛けた肉体の再生は完全に済む

 

 

ゴウッ!

 

 

爆煙が同時に吹き飛ばされ、再生が完了した両者は再び向かい合う

 

「……まだ戦う気か?」

 

それを言ったのは異魔神

 

「余と貴様の実力は同等、それは今までで証明された……このまま戦えば制限の有る貴様に勝ち目は無い、にもかかわらず……まだやる気なのか?」

 

確かに実力が伯仲している現状、何か明確な差がない限り時間制限の枷が有るだけ分は異魔神に有る

 

負けるのがわかっていてまだ戦う気なのかと異魔神は聞いているのだ

 

「愚問だな」

 

バーンは止めぬと即答する

 

「何故だ?戻れば貴様は残る些細な寿命を残すだけの老体……大魔王たる力と矜持は十二分に示せた筈、無に還ろうがもう構わぬではないか……」

 

問うのは異魔神がバーンを知らぬから

 

疑問なのは異魔神がバーンの今までを知らぬから

 

そして何より異魔神がそれを知らぬから

 

「そんな問いは何度も聞いた……」

 

その問いにバーンに何の変化も無い

 

想いはどれだけ時が経とうが不変、絆は寿命が近付こうが永遠だから

 

「こんな何も無い孤独な地で何を守る必要が有る?何故抗う?何が貴様をそこまで駆り立てる?無謀なまでの負け戦を……何故だ?」

 

「……」

 

その問いにバーンは答えた

 

「過ぎ去りし過去と、未だ来ぬ未来を繋げる為……そして破れぬ今なお生きる約束の為」

 

過去とは友と仲間と過ごした幻想の時間

 

未来とは新しい時代を作る者達、つまりは我が子

 

そして遠い日に交わした約束、今は亡き王女・レミリアの為に

 

それを繋ぐ幻想郷を守る為にバーンは戦うのだ、命続く限り

 

「わからぬ……何を言っているのだ貴様は……」

 

異魔神に理解出来る筈が無い

 

わかるのはバーンは諦めない、それだけ

 

 

 

 

「わからんのは余の方だ異魔神」

 

「……何だと?」

 

次はバーンの問い

 

「何故、今更そんな事を聞く?どちらが上か決めるのではなかったのか?恐怖を刻むのではなかったか?何故……そんな諦めを乞う様な事を聞く?」

 

「!?」

 

異魔神の表情が歪む

 

「……恐れているのか?」

 

「!!?」

 

そう思われているこの上無い屈辱に

 

「……楽に死ねる最後の機会をくれてやっただけだ」

 

「くれと言った覚えは無い、初めての経験に戸惑うのはわかるが余を言い訳に使うのはよせ」

 

異魔神の心境の機微を感じ取ったバーンは面白いモノを見る様に微笑む

 

「笑わせるな、余が恐れるなど有りうべからず事だ」

 

「貴様こそ笑わせるな、機会をくれてやっただと?違うだろう?貴様は対等な相手と初めて戦った事で焦りが生まれたのだ……破滅に届くかもしれぬ余の力と気概に」

 

「黙れバーン……」

 

「だからその様な弱き言葉が出るのだ、圧倒的な勝利しか知らぬからその芯は実は脆く脆弱、故にこれしきの事で簡単に傾く、弱きへ流れていく」

 

「……」

 

「貴様が先程何を考えたか察しはつく、大方出来もしない小細工か有りもせんモノを思い描いたか……せめて闇の衣が有れば、辺りであろう?」

 

「……!!?」

 

「フハハ!どうやら正解の様だ!さぁ断られた次はどうする?余の時間切れまで不様に逃げ回るか?世界樹を狙う禍根を余がおめおめ逃がすと思うなら一向に構わぬぞ?やってみせろ」

 

「余を愚弄するか……この死に損ないめがぁ!!」

 

バーンへ飛び込み殴り飛ばす

 

「随分と感情的になったな異魔神、今の貴様は怒りで誤魔化そうとするまるで童だ……ククク……」

 

「~~~ッ!?貴様ァァーーーーッ!!」

 

異魔神は呪文を唱える

 

 

《ひ ょ う が》

 

 

冷気がバーンを飲み込み、無縁塚を一瞬で極寒の氷世界に変えた

 

「温い……効かぬわこの程度」

 

「な……に……馬鹿な……!?」

 

しかしバーンに効果は無かった、氷世界の中で平然としている

 

「確かに大した呪文だ、この魔法一度だけで一国滅ぼすのも容易かろう、勇者とて無事で済むまい、しかしな……こと冷気に関しては余の友である妖精の方が貴様なぞより遥かに上だった、足元にすら及ばん……これしきの冷気では余はおろか皇帝不死鳥にすら届かぬ」

 

バーンの生涯の友である氷精

 

その友が操る冷気はまごう事無き「最強」

 

闇の大魔王と比肩するまでに至った力は冷気に関してだけは異魔神を凌駕する

 

それを知っているなら異魔神の冷気程度涼しいもの

 

「妖精……?羽虫のごとき妖精風情が余の呪文を上回るだと!?妄言も大概にしろ!!」

 

「こればかりは本人が居ないので証明は出来ぬが……だが現実に余には通用していない、その結果だけで充分な話だ……そうであろう?」

 

「うっ……くっ……!?」

 

わかり易く狼狽える異魔神にバーンはまた挑発する様に笑みを向ける

 

「舐めるなバーン……これならばどうだ!!」

 

異魔神は新たな超高密度魔法言語を唱える

 

 

《し ん く う》

 

 

空気中の酸素が燃え尽きる

 

「どうだ!息が出来まい!悶え苦しんで死ぬがいい!!」

 

異魔神は叫ぶ、だが……

 

「……何かと思えば酸素を無くしただけか、くだらん」

 

バーンには効いていなかった

 

「何……だと……」

 

「何を驚く?貴様と同じだ異魔神、魔族は生きるのに酸素を必要とする者は少ない、能力の低下はあるがそれで死ぬのは余程低位の魔物だけ、高位の魔族には効きもせん、こんなモノが有効なのは人間だけだ」

 

「くっ……オノレ……!?」

 

「しかし、人間にしか効かぬ様な専用呪文か……ああ、そういう事か……フフッ、成程な異魔神、貴様……」

 

バーンは納得した顔で異魔神へ言った

 

 

「人間が恐ろしいのか」

 

「なっ!!?」

 

 

それは最大級の侮辱

 

 

「何だと貴様ァッ!!!」

 

 

異魔神の怒りは凄まじい

 

見下していた、足元を這いずる蟻、もしくは小石、その程度にしか思っていなかった人間を恐れていると言われたのだ

 

これ以上無く逆鱗に触れていた

 

 

ズギャアッ!

 

 

大地が爆ぜる

 

 

「許さぬ……余を侮辱した罪、万死に値するぞ……!!」

 

「これはすまぬ、怒らせる気は無かったのだ、余も人間に恐れを抱いた事があるが故つい出た言葉でな……許せ」

 

激情に駆られた拳を振るった異魔神と受け止めるバーン

 

「貴様と一緒にするなよ……バァァァァン!!」

 

開始される攻防

 

「グオッ!?」

 

だが様相は変化していた

 

「ヌグゥ……オオアァッ!!」

 

「フッ……」

 

異魔神の動きに精彩が無い、怒りのままに振るう攻撃はバーンに読まれ、被弾がバーンより多い

 

「オノレェェェ!!」

 

明らかに異魔神から余裕が無くなっていた

 

「ゴハッ!!?」

 

それはバーンの言葉が的を得ていたから

 

圧倒的な力に支えられた圧倒的な勝利のみしか知らない異魔神が初めて戦う対等の相手

 

己を破滅させるだけの力と意思を持つバーンに初めて危機を覚えた

 

その時、既に心は手段を選ばぬ勝利に傾いていたのだ、純粋な力比べの末ではなくただ勝利のみを求めてしまっていた

 

それを読まれてしまったからこそここまで動揺し余裕を失っていた

 

 

「どうした異魔神、貴様の力はこの程度ではなかろう?」

 

対してバーンは極めて冷静、何の変化も無い

 

それはバーンが知っているからに他ならない

 

同等の敵と戦い危機に陥った事も、己など足元にも及ばぬ次元違いの化物と戦った事も有る、人間にも恐怖した、そして勝利、幾多の敗北も……

 

今までの生でそれらを何度も経験したからバーンは動じない

 

力量は互角でも経験の差が今の状況を作っているのだ

 

 

 

ズンッ!

 

 

 

「ゴアァ……ァ……!!?」

 

突き入れられた手刀が胸を穿ち、異魔神は後退する

 

「ハァ……ハァー……消え失せろーーーーッ!!!」

 

手を天にかざし高密度に圧縮された魔法言語を繋ぎ、唱える

 

 

《た い よ う》

 

 

生成した巨大な大火球、まるで小さな太陽、異魔神の魔法の中で最大の火力を持つ呪文

 

それを放つ

 

 

「差し詰め貴様のメラゾーマ、と言ったところか……よかろう、ならばこちらも見せてやる……これが……余のメラゾーマだ!!」

 

最大に高められた魔力が集中し手から極炎が燃えあがる

 

「不尽の火から生まれるは、何度でも蘇る不死の鳥……蘇る度に強くなる伝説の火の鳥……」

 

己が象徴であり誇りであるバーン最強の呪文が放たれる

 

 

「カイザーフェニックス!!」

 

 

出現する炎鳥

 

想像を絶する威力と優雅なる姿から魔界で畏怖と敬意を持って呼ばれたバーンのメラゾーマ

 

『皇帝不死鳥』と呼ばれた友との絆の証

 

 

 

 

ドウッ!!

 

 

 

 

「ウオアアアアアアーーーーッッ!!」

 

 

 

 

衝突する太陽と王鳥

 

不死なる鳥を焼き尽くさんと異魔神は全霊を持って咆哮する

 

 

 

「……まぁ」

 

 

 

最大級の攻めぎ合いの最中、バーンは呟いた

 

 

 

「こんなモノだろうな……」

 

 

 

目を閉じ、かざした手に力を込める

 

 

 

ズバアッ……!!

 

 

 

不死鳥が太陽を貫く

 

 

「こ、こんな事が……有り得るのか……!!?」

 

 

信じられぬ光景を見た異魔神は余りの事に動揺が隠せない

 

「悪いが……コレを越えられるのは皇帝不死鳥のみでな、火の呪文で負ける訳にはいかぬのだ」

 

他の呪文なら負けようが構わないがカイザーフェニックス(メラゾーマ)だけは負けられない、この不死鳥を破った妹紅が唯一認めた者だから、他は認めない

 

故にバーンの誇りにして最強呪文は異魔神の超高密度魔法言語すらも真っ向から捩じ伏せる威力を持つのだ

 

 

「終わりか?」

 

呼び戻した不死鳥を傍らにバーンは乱れる異魔神へ問う

 

「うっ……くっ……」

 

真っ直ぐに見据える迷い無き力強い瞳を受けて異魔神は……

 

 

ビクッ……

 

 

一歩、後退した

 

 

「……今、心が退いたな……?知るがいい、それが恐怖というものだ異魔神」

 

「恐怖……だと……」

 

初めて感じた得体のしれない感情の答えを聞いて異魔神は酷く狼狽える

 

(これが恐怖……だと?あ、有り得ん……この余が……!恐怖を感じるだとォッ!!)

 

 

「馬鹿な!!そんな筈があるか!!余が!!この大魔王異魔神が……貴様ごときに恐怖しているなどあってたまるか!!」

 

 

認めぬと叫ぶ異魔神にバーンは不死鳥を消して手招いて見せる

 

「ならばかかってくるがいい、出来る筈だ……そうだろう?余に恐怖していないのならば」

 

「……図に乗るなよ……!バァァァァン!!」

 

内に芽生えたそれを振り払う様に異魔神はバーンへ向かっていく

 

(異魔神よ、今の貴様のそれ(攻撃)は逃げられぬからだ、この場を真竜のフィールドが覆っていなければ貴様は逃げていた……)

 

向かってくる異魔神を前にバーンのその両手が流麗に動き出す

 

(真に強者とは……敵を怖れ、死を怖れ、その()に……負けぬ者の事)

 

定められた位置で止まり、最高の技の構えは完成される

 

(幾多の危険に晒され、数多の死にも負けず、最後には余をも打ち倒した……勇者の様な、な)

 

 

「消えろォォォォーーーーッ!!」

 

 

「終わりだ異魔神……灰になれ!!」

 

 

両者が激突する

 

 

 

「鬼眼「天地魔闘」!!」

 

 

 

宣言と共に閃光の様な一瞬に懸けた奥義が始動する

 

「フェニックスウイング!!」

 

繰り出される神速の掌底が異魔神の繰り出す拳を弾くどころか腕ごと千切り飛ばす

 

「カイザーフェニックス!!」

 

放たれた炎鳥が炸裂し神すら焼滅させる魔炎が異魔神の肉体を猛烈な勢いで焼いていく

 

「トドメだ……カラミティエンド!!」

 

締めに繰り出すは最強の手刀、振り上げた地上最強の剣を持って異魔神を両断せんと振り下ろした

 

 

 

 

 

 

「グオアアアアアアアアアッ!!?」

 

 

 

 

 

 

不死身の世界樹の肉体を切り裂き、本能が察した異魔神の命の核へ手刀は切り進む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ガキン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ッ!?」

 

その手刀が両断する事は無かった、胸の中心にある球体を切る事が出来ず手刀は止まってしまった

 

(これは……これが異魔神の不死身ではない唯一の弱点、命の要、聖核か!?臨界させれば世界を無に帰する事が出来る神の心臓……誤算だった、ここまでの強度を持つとは!?)

 

まさかの事態に今度はバーンが狼狽える事になった、カラミティエンドが効かないのは全くの想定外だったのだ

 

「……クク……ク……」

 

そしてその事態が異魔神を落ち着かせる

 

「なんて技だ……死にかけたぞ、こやつめ……」

 

「グハッ!?」

 

バーンを殴り飛ばした異魔神は自身を焼く炎を打ち払い、機嫌良く笑いながらドロドロに焼け爛れた体の再生を始める

 

「フッハッハッ!どうやら僅かに届かなかったようだな、ククク……」

 

「グッ……クッ……」

 

形勢は逆転していた

 

バーンの渾身の一撃を持ってしても自身の命を砕けぬ事を知った異魔神は負けは無いと余裕を取り戻し、逆にバーンはこれ以上の手が無い事と迫る時間に追い詰められている

 

「今度は貴様が怯える番だ……泣け、叫べ、そして……死ぬがいい!!」

 

「チ……ィ……!?」

 

攻めてくる異魔神をバーンは迎え打つ

 

「グフッ!?……クハハ!!」

 

異魔神は受けるダメージなど気にせず強引にバーンを攻撃する

 

命を脅かす事が無くなったのだから当然、いくらダメージを負おうが死にはしないのだから

 

「ウグッ!?……クッ!?」

 

逆にバーンは打つ手も無くただ追い詰められていくのみ

 

決め手が無いままただ時間が切れるか先に魔力が尽きるか、もしくは殺されるか……それしか無いのだから

 

 

(負ける訳にはいかぬ、だがどうすれば……余以外にはもう誰も居らぬのだ……!負けられぬ……どうすれば余は勝てる!?)

 

必死に探すが勝利への道は見つからない

 

「どうした?考え事か?動きが鈍っているぞ!」

 

「ッガァ!?」

 

容赦無い攻めに思考すら覚束ない

 

(聖核を破壊するには威力が必要だ……カラミティエンドを越える線の一撃!そう、妖夢の秘剣のような……一瞬の閃光のごとき力が……!)

 

「諦めろ!貴様に勝利など無い!」

 

「ウグアアッ!!?」

 

焦燥はバーンをより深く追い詰める

 

先までは精神的に優位に立っていたから戦況も優位に操作出来ていた、異魔神の心の機微を見逃さず更に揺さぶり究極のカウンターである天地魔闘の構えに突っ込ませる様にし向けれた

 

しかし、チェックを掛けた筈が寸前で読み違え逆に詰みが決まったチェックメイトを返されたのだ、バーンでなくとも平静は不可能

 

(どうすれば……)

 

敗北()は目前に迫っていた

 

 

 

 

 

 

 

「ヌアアアアアアアアッ!!」

 

「オアアアアアアアアッ!!」

 

凄絶に繰り広げられる殺し合い

 

「グハァ……ハァ……!?」

 

「ヌクッ……グゥ……!?」

 

苛烈に熾烈を極める天地を揺るがす決戦だったが果ては有る

 

膝を着く両者に深いダメージ、すぐに動ける傷ではない

 

「……再生が……追い付かなくなって来たな……フハハハ……!」

 

「……貴様も……な」

 

無限を思わせた超魔力もついに底を見せ始めた、互いに力は落ち、再生も見るからに遅い

 

「……ッ!?」

 

一瞬、腕の一部が皺がれた老体に戻るのを見て歯噛む

 

状況は変わらないのにバーンは悪くなるばかり

 

(時間が無い……探せ……!勝利の一手を!!) 

 

最後まで諦めぬバーンは過去の戦いから今までの経験、全てから勝利を探す

 

ダイから始まりムンドゥス、エスターク、破壊神、ソルと戦った全てから、果ては幻想郷で見て知ったあらゆる全てから

 

 

(……!)

 

その時、脳裏にある記憶が蘇る

 

(そう、そう……か……アレならば……)

 

それは遥かな遠い昔に友を救う際に一度だけ使用し封印した技、己の敗北を決定付けた苦き記憶が焼き付く技

 

(お前と戦ってなければ至らなかっただろう……この技に至らせたのはやはりお前が余だから、か……)

 

故にそれが絶壁だった敗北の闇に勝利の道を作る

 

(力を借せとは言わぬ、だが……幻想郷に負けはしたが誰にも負けはしなかったその不敗の意気だけを借りる……)

 

この技に己の命と幻想郷の命運、延いては世界の運命を賭けて、バーンは立ち上がる

 

 

 

「異魔神……次で終幕としよう」

 

「ほう、貴様の命に……か?殊勝な事だ、漸く諦めたか、フフフ……」

 

覚悟を決めたバーンに対しどこまでも余裕な異魔神、嘲笑すら浮かべるのは負けないとわかっているから、足掻くだけかと思っているのだ

 

「……」

 

バーンは拳を手刀に型どり、天に掲げる

 

「フッ……カラミティエンド(それ)か、通じぬというのに懲りぬ奴だ」

 

やはり悪足掻きかと思う異魔神の余裕は揺るがない

 

「フン……まぁこれで終わりだからな、ここまで楽しませてくれた礼に最後は好きにさせてやる、存分に打ってくるがいい」

 

「その言葉、忘れるなよ……」

 

不屈、そして不退転の覚悟を勝利への意思に変え、魔力を強く、強く燃え上がらせる

 

「出でよ……カイザーフェニックス!!」

 

猛り狂う王炎から出現した不滅不尽の不死の鳥が主の背に優雅に降り立つ

 

「あの構えすら出来ぬか、それでも来るとは……もはや意地の世界という事か、滑稽だなバーン……貴様の足掻く姿は哀れみすら覚える」

 

「……随分と余裕だが、良いのか?死ぬぞ?」

 

「下らぬ虚勢だな、まさか勝てるとでも?奇蹟が起ころうがそれは不可能な話だ」

 

「……勝てるとも」

 

「何ッ!?」

 

そしてバーンは……宣言した

 

「宿れ我が誇りたる皇帝不死鳥……そして刹那に燃え上がれ、閃光のごとく!天地魔幻、全てを滅する終刃(ついじん)と化せ!!」

 

翼を広げた不死鳥が手刀に注がれ、天を衝く炎柱を打ち上げる

 

 

 

 

    「神刀「フェニックスエンド」!!」

 

 

 

 

真竜のフィールドを越える強烈な熱気が拡散する

 

「な……何だ……それ……は……」

 

それを見た異魔神の表情が一変した

 

「これは呪文の力を武器に込める魔法剣と呼ばれる技、いや、この場合は魔法刀か……余の平行の存在たる太陽神が決め手としていた秘技でな、余は性に合わぬと存在を忘れるほど長く封印していたがこの際だ、封を解くのに躊躇いは無い」

 

(ま、魔法刀……だと?ふ……ふざけるなッ!?何だあの馬鹿げた力の集約は!?アレは……余の聖核の強度をか、完全に……越え……!!?)

 

一目でわかってしまったのだ、あの手刀に秘められた威力は命に届く刃であると

 

(今……確信した、この技ならば勝てる……ソルよ……幻想が呼んだ奇縁……お前に感謝する)

 

己が敗北した技を勝機に変え、負け続けた王は魔神を見据える

 

「では……好きにさせてもらうが覚悟は良いな?」

 

「!!?」

 

異魔神は動かなかった、否……動けなかった

 

再び感じる最大の命の危機に滲み出た死の恐怖が体を縫い止め、戦う事も逃げる事も出来ず硬直してしまっていたからだ

 

 

「貴様は強かった、余が出会った強敵達の中で一番強かったかもしれん……だが、その心の脆さ故に誰よりも弱かった……終わりだ異魔神、せめて美しく残酷にこの大地から往ぬがいい」

 

「うぁ……あ……!!?」

 

「……行くぞ」

 

最後の技を構えて飛び込むバーン

 

 

「ウワアアアアアアアアアァァァァ!!?」

 

 

情けなく不様に出された恐怖の絶叫に呼応し、弱きに流れ過ぎた心を負けとした真竜のフィールドが形成するエネルギー全てを異魔神へ向ける

 

 

 

 

カッ……!!

 

 

 

 

強烈な閃光が無縁塚を眩く照らす

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!?」

 

青い血飛沫が舞う

 

バーンの手刀から

 

「オ"……オ"オ"…………」

 

真竜のフィールドエネルギーによって肉体の大半は消滅し僅かに残る聖核を支える胴体に繋がる両断された顔が呻き声をあげる

 

 

「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!?」

 

 

手刀は聖核に切り入り、ひび割れていた

 

「ぬぐっ……くっ……」

 

へし折れた手刀を引き抜きバーンはなけなしの魔力で回復呪文を掛け、異魔神に視線を向ける

 

『み……見事だ……バーン……』

 

命であり力の源を割られた異魔神にもう何も出来る事は無い、ただ己を打ち破った者を称える事だけ

 

『思えばこれが……余の望みだったのかも知れぬ……余が本当に望んだのは自らの崩壊……そして……破滅……』

 

「……今更、貴様は何を言っている?」

 

異魔神の言葉にバーンは怒りを露に怒鳴る

 

「今際の際に出た言葉が自らの破滅だと!?ふざけるなよ異魔神!世界の原初を望み、ここまでの事をしでかした貴様が本当は死を望んでいたなど……今更……!!」

 

今までの戦いを、想いを無下にする言葉がバーンを激昂させる

 

「言うに事欠いて貴様はッ!!」

 

拳を振りかざし、聖核へ落とされる

 

 

「待ってくれ!!」

 

 

その時、二人以外の言葉が掛けられ、バーンは拳を止める

 

「……お前は、ロトの……」

 

止めたのはバーンが避難させたアラン、真竜のフィールドが消えた事でようやく無縁塚に入って来れたのだ

 

「頼む、そいつの始末は俺達に任せてくれないか?」

 

アランは頭を下げた

 

「……何故だ?こやつは幻想郷に危機を持たらせた、完全に息の根を止めねばならぬ……元々はお前の世界の者だがここに居る以上干渉される筋合いは無い、直ぐに済む下がっていろ」

 

「わかってる……何の関係も無いあんたに迷惑を掛けてしまった事も、見ているだけで何も出来なかった事も……!それでもこいつは……!!」

 

アランにも捨てれぬ想いが有る、人生を狂わされた元凶、世界の怨敵なのだ筋は通らぬとも最期は自分達の世界でしたかったのだ

 

「……そこから先は、心して答えよ」

 

「……!!?」

 

圧倒的なバーンの威圧感、殺気がアランに向けられる

 

「命を賭けて余の邪魔をすると……お前はそう言うのだな?」

 

「ッッ!!?」

 

アランは一瞬息をするのを忘れるほど恐怖した

 

異魔神より強い魔人からの本気の殺意、弱っているのは明らかなのに絶対に勝てないと確信してしまう言葉の重み、オーラ、風格があったからだ

 

「ッ……頼む!俺の命で……地上に永久(とわ)の平穏が始まる証をくれ!!」

 

アランは恐怖に負けなかった

 

逃げず、対立は出来ぬとバーンの意を不十分ながら汲んだ上で己が命を代償に仮にも勇者だった使命を果たそうと深く頭を下げた

 

「……いいだろう、命も要らぬ、好きにしろ」

 

バーンからの圧が消えた

 

「い、良いのか……?」

 

信じられないといった顔でアランは問う、願いは聞かれずその場で殺される事すら覚悟していたのだから当然の反応

 

「お前は知らぬだろうがロトの血には少々縁があってな、その昔に助けられたのだ……業腹ではあるがその借りを返すと思えばまぁ良しとしよう、余も些か疲れたしな」

 

「縁……?それはどういう……いや、すまない、恩に着る!」

 

アランは余計な詮索をせずまた深く頭を下げた、詮索を好まないだろうしそれは礼を欠く、そして今はそれどころではなかったからだ

 

「そういう訳だ異魔神、己が世界で裁きを受けろ」

 

『……敗者の余に是非も無し、甘んじて受けよう』

 

返事に頷いたバーンは陰陽の陣を描き扉を出現させる

 

「ついでだ……元居た世界に送ってやろう、あまり長くは持たん、早く行け」

 

「あ、ああ……わかった」

 

異魔神の聖核を持ち扉の前に立ったアランへバーンは呼び掛ける

 

「勇者よ、そいつが此処に来た理由はこの幻想郷に世界樹があるからだ、言ったからには必ず事を果たせ……二度と幻想郷に現れぬ様に……わかったな?」

 

「わかった……そんな事は絶対にならない事を約束する」

 

「それと、だが……もし、余の子と会う事があったなら……その時は良くしてやってくれ」

 

「……名は?」

 

「ソルとルナだ」

 

「……あんたは?」

 

「……余は……」

 

一瞬、バーンは言い淀んだ後、自信を持ってその名を言った

 

「余は……バーン・スカーレットだ」

 

愛した女の姓を足して

 

「バーン・スカーレットか……あんたの名は忘れない、ありがとう、幻想の……大魔王」

 

「……さらばだ」

 

アランが入って行った後、扉は閉じられ

 

「終わった、か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界樹が引き合わせた数奇な誰にも語られぬ独りの神話

 

 

異なる世界の魔神と繰り広げた語られざる神話

 

 

負け続けた王がようやく掴んだ最後の勝利……

 

 

過去と未来を繋ぐ知られざる神話はこれにて幕を下ろした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-語られざる神話・エピローグ-

 

 

「……」

 

 

破壊し尽くされた無縁塚のその場所でバーンは動かず太陽を見つめている

 

「…………」

 

その顔に喜びは無い、勝てたのに何の感慨も浮かばない

 

(寂しいものだな……)

 

独りだから

 

勝利を喜び合う者など一人も居ない、孤独なまでに独り

 

虚しさすら感じる程に……

 

 

(だが、間違ってはいない、幻想郷を守る為に戦った事に、約束を果たす為に戦った事に、我が子の為に戦った事に、仲間の為に戦った事に……)

 

それでも己が行動は心からのモノだったと疑わない

 

(お前達()の為に戦った事に……)

 

そうする事が……孤独な幻想郷を生きる今のバーンの唯一の生き甲斐なのだから

 

 

「勝ったぞ……お前達……」

 

 

その言葉と同時に、バーンの体は老体へと戻る

 

「……くっ!?」

 

一気に押し寄せた負荷に重くなった体を支えきれず膝を付く

 

(そうだ……魔石はもう無いのだったな……)

 

それも当然の事

 

あの魔石は戦闘に用いるだけの物ではなかったのだから、衰えた魔力を増幅し普段の生活の補助にも用いていたのだ

 

それが無くなったのだからこうなってしまう、そしてもう手に入る事は無い

 

「……」

 

老いた体に老いた力を慣らせ、ゆっくりとだが立ち上がる

 

(余にはもはや何も残ってはいない……願わくば、最期を迎えるその時まで……幻想郷が平穏である事を祈る)

 

弱々しい足取りだが1歩ずつ、確かに進み無縁塚を出ていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

霧の湖をバーンは歩く、既に陽は落ち、水面に照らす月が綺麗な夜の時

 

ようやくここまで辿り着き、帰る場所までもう少しといった所でバーンの頬を白い妖精が触れた

 

「……寒くなったと思っていたが、そんな時期だったか……」

 

降り始める雪に足が止まる

 

(どこまでも限り無く降り積もる雪とお前達への想い……)

 

満月を見上げ、ただ想いを馳せる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       切なくて愛おしい程

 

 

 

   想いは時空を越えるが越えても届きはしない

 

 

 

 

 

 

         それでも……

 

 

 

 

 

 

      心は永久(とわ)にお前達の傍に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いつだろうと、思い出を作る時には……お前達と……皆と共に……作りたいものだ……)

 

 

深々と降り続け幻の大地を白く染め上げていく

 

 

「……」

 

 

いつか訪れる最期の時、その時は遠くはない

 

それでも王は今を懸命に生き続ける

 

育んだ不変の絆と永遠の想いを抱いて真摯に……

 

 

 

「今……帰ったぞ」

 

 

 

白に染められた中でも色褪せず一際に紅い館の扉を開け、王は中へ消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   そして神話は……過ぎ去りし時の終点へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




決着……です。

本編エピローグがある事によって結果はわかっていた事ではありますが過程を楽しんでいただけたらと思っております。

バーンと異魔神の力関係は闇の衣と幻の月があれば異魔神が強く無ければ経験の差でバーンが勝ちとしています、全てを使える異魔神は闇の衣ゾーマと同等とお考えください。
ちなみに「かいじん」はイオ系のオリジナル超高密度魔法言語、「いかづち」は異魔神バージョンとなっておりマホカンタでは反射不可としています。

さて、長かった東方大魔王伝の更新もこれにて終了となります、重ね重ねになりますが今まで読んでいただきありがとうございました!多くの感想、応援、とても励みになりました、本当にありがとうございました!


また何処かで会う事もあるかもしれませんがその時はよろしくしてくだされば幸いです。

それでは……さようなら。

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