東方大魔王伝 -mythology of the sun-   作:黒太陽

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第29話 氷華繚乱 ―悲壮友愛のラメント―

 

 

「立てトカゲ……殺してやるわ」

 

 

溢れんばかりの殺意を幽香はヴェルザーへ向けている

 

もう油断は無い

 

いや、有る方がおかしい

 

不様に吹き飛ばされ、眼中に無いと告げた瞳に耐え難い屈辱を覚えた彼女にもはや一片の油断も無い、それを表す様に髪が長く伸びているのだ

 

「そこのトカゲもよ、バーンに関係してるみたいだけど余計な真似をすれば殺す」

 

それは竜王すら例外ではない

 

例え神だろうと退かない不退転の覚悟を幽香は持つのだから

 

「……フッフッフッ!」

 

竜王は笑う

 

「好きにするがいい、元々はお前が先だった……戻るとは思わなかったがこの際また余興を見れると思う事にしてやろう」

 

別に竜王にとってこの戦いはさほど重要ではなかった

 

暇を潰す為に来て、そこで偶々ヴェルザーが居ただけの事でありヴェルザーに会いに来たわけではない竜王は素直に退いた

 

「だ、そうだぞ?」

 

倒れている冥竜王を見ながら「まさか今のでやられたとは言うまい?」と目で語る

 

 

「……妖怪風情が」

 

応える様にゆっくりとヴェルザーは起き上がり、贈られた花を踏み潰しながら幽香を見下す

 

「あのまま消えていれば良かったものを……わざわざ死にに来るとは愚かな女だ」

 

邪魔をし、更には殺すなどと抜かす不遜な態度だったが不意打ち気味とは言え降した事実から軽く見ている

 

「トカゲ如きが……!」

 

猛り狂う妖気がざわざわと髪を揺らす

 

「上等な口を叩くな!死ぬのはお前で……!殺すのは私……!!」

 

殺人鬼のごとき殺意は全てヴェルザーへ向けられている

 

もう幽香はヴェルザーしか見えていない

 

 

「……!!」

 

ドウッ!

 

地を割る勢いで幽香が飛び出す

 

「……アアアアッ!!」

 

傘を構え一直線に突進する

 

「……小娘が!!」

 

それをヴェルザーがブレスで迎え撃った

 

名も知らぬ格下の妖怪に竜王との戦いを邪魔された事への報いと言わんばかりの無慈悲な一撃が突進してくる幽香を飲み込み大地で爆ぜた

 

「続きだ竜……」

 

 

ズドオッ!

 

 

「グオッ!?」

 

竜王へ顔を向けようとした瞬間、爆煙から飛び出てきた幽香に横っ面を傘で殴られ後退する

 

「余所見とは随分余裕じゃない……」

 

続けざまに放つ幽香の重い殴打がヴェルザーを打つ

 

「私を……ナメるなァァ!!」

 

「ヌッ!?グッ……グゥ!?」

 

怒濤の攻撃がヴェルザーの顔を歪ませる

 

「……グオオオオッ!」

 

尾が幽香を上から薙ぎ、叩きつける

 

「ウッ!?ゴアッ!!?」

 

直後に出たレーザーが胸を痛める

 

「アアアアアアアアッ!!」

 

血みどろで更に口から血を流しながらも弾幕を放ちヴェルザーへ向かい傘を腹へ突き刺す

 

強靭な皮膚に遮られ貫けはしなかったがまたヴェルザーの表情が痛みに濁る

 

「ッ……!?オオッ!!」

 

放った闘気の奔流が幽香を襲う

 

「~~~ッッ!……ハアアアッ!!」

 

吹き飛ばされそうな圧力とバラバラになりそうな威力に歯を食い縛り耐えながら零距離からのマスタースパークを放ち巨体を押し上げ撃ち飛ばす

 

「なんだとッ!?この女……!!?」

 

「アアアアッ!!」

 

驚きを見せるヴェルザーへ構いなく突撃する幽香

 

「グオオオオオオオッ!!」

 

「ガアアアアアアッッ!!」

 

死闘は開始されたのだ

 

 

 

 

 

 

「フッ……」

 

その様を眺めていた竜王

 

「やはり傲りが無ければかなりの者だなあの妖怪……面白い」

 

その竜眼は二人を見ていたが幽香を特に見ていた

 

「……勝敗は別としてもう暫し掛かるか」

 

二人の戦いから目を逸らすとヴェルザーを遠くから見ていた超竜軍団の竜達を見た

 

「ただ待つのもつまらん……だが邪魔をされて興醒めもつまらん」

 

竜の王はその圧倒的な力を向け告げる

 

「可哀想だが儂が相手をしてやろう、と言ってもお前達はヴェルザーが率いる超竜軍団の兵士だ、逃げるなど出来る筈もないしする気もなかろう、儂が相手だろうがな……ならばこそ感謝するがいい、偉大なる王の中の王、この竜王に挑めるのだからな……!」

 

覇者たる片鱗を見せつけながら竜の王は進む

 

「兵士諸君、任務御苦労……さらばだ」

 

炎獄を背に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故生きているの貴方……私が始末した筈でしょ?」

 

グレイツェルは再び現れたチルノへ向かい問う

 

「へんっ……復活しただけよ……!」

 

今にも倒れそうなチルノは答える

 

(ここの妖精の特性……みたいね、死んでも時間を掛ければ復活出来るのね、それであの妙な死に方を……)

 

グレイツェルはチルノを良く観察する

 

(……ボロボロじゃない、復活するにしてもそれなりの時間が必要なのでしょうね、それを意図的に無理に早めた、だから全快ではないのでしょうね)

 

そして出した結論は合っていた

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

妖精が復活するには本来1日置かなければならない、それが理

 

それを幻想郷を守る意思と不様に負けた屈辱で無理矢理曲げたのだ

 

その反動が既に疲労困憊な今を作っている

 

 

(でも大した問題ではないわ、それよりも……)

 

一度難無く破っただけありグレイツェルはチルノを気にしていない、くだした雑魚よりも今は重要な事が有るのだ

 

「……」

 

対峙していた異常なる相手、大魔王を見る

 

「フフフ……」

 

(……今はこの化物が優先……!)

 

チルノしか見ていないゾーマの方が遥かに危険なのだから

 

(中断されたけど、やはり最大呪氷が最適解……倒せれば良し、倒せなくても自滅して勝ち……!)

 

勝ち筋は見えていた

 

己が最大呪文ならどう転んでもゾーマは倒せる

 

「……ッ!?」

 

汗が凍る

 

(……私の死と引き換えかもしれないけれど)

 

そう、倒せると確信している

 

しているが自分が生き残れるとは言い切れない、二天に匹敵する魔力を持つグレイツェルが死を考慮するまでにゾーマの本領は凄まじいのだ

 

 

(ソル様……)

 

死を覚悟したグレイツェルが想うは絶対の神

 

(貴方様は……私に光を与えてくれました)

 

遠い記憶

 

 

ソルが攻めた最初の異世界であるグレイツェルの居た世界

 

そこで彼女はある村の英雄を恨み、亡き者にせんと謀略を巡らせていた

 

(ザンクローネ……忌々しい奴だったわ)

 

何をしてもしぶとく生き残る英雄に一計を案じた彼女は英雄を捕らえ力をバラバラに引き裂き弱らせてから殺す為に英雄と対峙する

 

 

そこへソルが現れたのだ

 

 

(ソル様は私があんなに手子摺ったザンクローネをあっさりと殺した……あんなに憎んだザンクローネを簡単に……)

 

神へ至りしその力は英雄の決死を寄せ付けず断末魔すら無く消し去った

 

(震えたわ……あんなに強い人初めて見た……)

 

それが獲物を横取りされた彼女に与えたのは怒りではなく……

 

(もうその時には惚れていたわね)

 

愛だった

 

 

『わ、私を貴方様の配下に加えてください!末席でも構いません!どうか貴方様の側に……!』

 

 

そうして彼女は魔王軍に入ったのだ

 

ただソルの傍に居たいが為に

 

 

(頑張ったわ……)

 

それからは無我夢中で魔王軍に尽くした

 

元々高い資質と知恵を持った彼女は度重なる戦いの中で成長し頭角を表すのに時間は掛からなかった

 

そしてソルから空席となった妖魔師団を預けられるまでになったが彼女は満足しない

 

(いつか貴方様に認められる様にと……)

 

彼女が本当に求めたのはソルからの愛なのだから

 

それを果たす為にソルが信条とする力の正義に則り今も研鑽を重ねているのだ

 

(死にたくなんてない……だけど……)

 

その彼女が死を覚悟したのだ

 

(貴方様の為ならこの命……いくらでも差し上げます!)

 

他ならぬソルの為に

 

(ソル様に……勝利を……!!)

 

狂う程の愛でゾーマを睨んだ

 

 

 

「どこ見てんのよ……」

 

命を賭けていたグレイツェルの耳に雑音が入った

 

「あたいが相手だって言ってんでしょ……」

 

もう眼中に無いチルノから

 

「……」

 

水を差され鬱陶しそうに横目でグレイツェルはチルノを睨む

 

「邪魔しないでおバカちゃん」

 

見えない魔力をチルノへ放つ

 

チルノをパンに変えた凶悪な魔術を放ち始末を確信したグレイツェルは視線をゾーマへ戻す

 

 

 

キンッ!

 

 

 

直後に鳴った渇いた音が視線をチルノへ戻させた

 

「!!?」

 

映った光景に目を見開く

 

「あたいが相手だって言ってんでしょうが!!」

 

パンにはならず、代わりにアイスダストが周囲を舞うチルノを見て何が起きたかを理解する

 

(魔力を凍らせた!?)

 

グレイツェルの放った魔術の効果の源である魔力ごと氷砕されていたのだ

 

「何か……したみたいね、パンになるやつ……?」

 

したり顔で笑うチルノ

 

チルノの極めた冷気は万物を凍らせる、高過ぎる力がそれを可能にしているのだ、それしか出来ない突出した一芸の凍気は全てを等しく凍死させる

 

バーンや妹紅の炎すらも……

 

その冷気をここへ戻った時から周囲に纏っていたのだ、幻想郷が誇る皇帝不死鳥の炎すら凍らせる冷気に本気ではない魔力を凍らせる事など造作もなかった

 

(そんな冷気を使い方をするなんて……考えてもみなかった、冷気しか出来ないから冷気で全てを成そうとした、だからね……)

 

呪文は攻撃手段、そんな先入観に囚われていたグレイツェルは同じく冷気が得意であったが魔法使いという職柄故に効率を求めるためより効果的でより楽な方法を探すから1つの能力や魔法に万能さを求めない

 

だからチルノが見せた力業な魔術防御に様々な可能性を見た

 

(……マズイわね)

 

しかし今はそれよりも急を要する

 

(2対1じゃ間違いなく……)

 

状況の悪化

 

チルノを魔術で無力化してからゾーマを相手にするつもりだったがそうはならなかった、魔力その物を凍らせるチルノに他の魔術も効かないだろう、そうなると相手に異常に強い妖精が増えるのだ 

 

二人の様子を見るにチルノはゾーマを知らないがゾーマはチルノを知っている様子、チルノは自分だけを見ているから同士討ちは期待できない、自分がやるしかない

 

だが魔術が効かなくなったチルノは正面からなら自分を越えているかもしれない冷気の使い手、二人を相手にしては自分だけ負けるのは確定的に明らか

 

(弱ってるコイツより大魔王ね)

 

だから考えていたのはどっちを確実に落とすかであり、決めていた

 

 

 

「やめておけ」

 

ゾーマから声が掛けられる

 

「!?」

 

直後に顔を歪める程の邪悪な魔力がグレイツェルを覆う

 

「折角役者が揃ったのだ、つまらぬ真似をするならそなたは永劫に石像として死生を歩む事になる」

 

「ッ!!?」

 

ゾーマの言葉に決断の遅さを痛感する

 

グレイツェルが考える事程度ゾーマがわからぬ筈がない

 

気付かれぬ様に精霊ルビスすら石に変えた大魔術を巡らせ動き出す前に詰んでみせた

 

「そなたが辿る道は1つ、氷の申し子との決着のみ」

 

脅迫を交ぜた命令、ゾーマはグレイツェルとチルノが戦う所が見たいのだ

 

「……」

 

黙り、考えるグレイツェルだったが詰みから覆す手は無くゾーマを出し抜く事も出来ない

 

もう道は残されていなかった

 

「……いいわ」

 

覚悟を決めチルノへ向く

 

「それでよい」

 

偽り無い意思を感じ石化の魔力を消したゾーマは次にチルノを見る

 

「……何よ、誰よあんた、さっきから……」

 

「フッフッフ……そう睨むでない、一応は味方だ」

 

ゾーマはチルノを感じとる

 

「フン……倒す意思は有るがこの期に及んでまだ被害を気にしているか、だから不様に負けてしまうのだそなたは……」

 

鼻を鳴らしたゾーマが魔力を放つ

 

「周囲にバリアを張った、力が漏れる事は我が名において絶対に無いと断言する……これで存分に力を出せよう」

 

「……!」

 

チルノにもわかる強度の魔力結界が周囲を3人だけの密室に変えた

 

「……何が目的よあんた」

 

ゾーマを知らないチルノにしたらゾーマからわかるのはとても強いだけで全く得たいの知れない者なのだ、いくらバカといえ疑う事くらいは出来る

 

「そなたを見たい、それだけの事だ」

 

告げたゾーマが宣言する

 

「さぁ……始めよ」

 

闇の大魔王の立ち会いの元

 

 

「また殺してあげるわおバカちゃん……!」

 

「見せてやる……あたいの本気の本気を……!」

 

 

再び行われる氷絶の大魔女と最強の氷精の真の戦いが氷決する……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小娘が!身の程を知れ!!」

 

ズドォ!

 

ヴェルザーの竜爪が幽香を襲う

 

「ッッ……!!?」

 

傘で受けた幽香の体がミシミシと悲鳴をあげる

 

「ツアアアアアッ!!」

 

竜爪を押し退け顎を蹴り上げる

 

 

バンッ!

 

 

側方から来た竜翼が地へ叩きつける

 

 

ドンッ!

 

 

踏みつけ大地が爆ぜる

 

「オオオッ!」

 

更にいかづちによる追撃

 

「フンッ……手間取らせてくれた」

 

冥竜王の放ったいかづちは落雷箇所にクレーターを作り、威力を物語る様に今だ電気を大気に走らせている

 

「たかが妖怪がオレを殺すなど思い上がりも甚だしいのだ」

 

生きているかはわからないが聞こえる様に呟く

 

「……!」

 

直後に煙から感じた気配にブレスを放とうと口を開く

 

 

ドシュ!

 

 

放つより先に煙から飛び出た傘が左目に突き刺さった

 

「ッ……!?」

 

巨大な竜であるヴェルザーからすれば小さな傘が刺さった程度では失明はしないしダメージも極小、チクリとした程度にしかならない

 

「ヌゥ……」

 

だが一瞬怯んでしまった、竜と言えど同じ目で見る生物には変わらない、反射的に怯むのは仕方ない

 

「思い上がりはお前の方……」

 

その一瞬で煙から飛び出た幽香が傘を掴んでいた

 

「言った筈よ、殺すと……!」

 

ズオッ!

 

突き刺した傘の先から超大のビームが放たれた

 

「ッ!?ウグオオオオオオッッ!?」

 

ヴェルザーが激痛に暴れ回る

 

「うぅ……!?」

 

暴れる最中も撃ち続けていたがヴェルザーの体から出された闘気流に威力は弱まり傘が抜け宙に放り出される

 

「キサマァ!」

 

そこへ左目を押さえたヴェルザーに叩かれ大地を削りながら幽香は飛ばされる

 

「……オノレェェェ……!?」

 

押さえた手を退けたヴェルザーの左目、空洞が出来て中から煙が出ている

 

左目を完全に潰されたのだ

 

「ハッ……侮るからそうなる」

 

立ち上がった幽香をヴェルザーが睨む

 

(……この女……!)

 

全身に激しいダメージを刻んでいる、血は絶え間無く流れ抉れている箇所もある

 

当然だ、魔王軍三強の一人、軍力だけで言えば最強を誇る超竜軍団の長であり冥竜王と呼ばれた竜の攻撃なのだ、妖怪程度がまともに受けて生きていられる筈がない

 

「どうした?今頃怖じ気づいたか?」

 

それがなんだとばかりに幽香は立っているのだ、そして侮りから左目を潰された

 

「……」

 

プライドを傷つけられたに等しいヴェルザーだったが怒りは無かった

 

「名は……?」

 

手遅れだが認めたのだ

 

「……風見幽香よ」

 

幽香も変わったヴェルザーの雰囲気を察し気を引き締める

 

「風見幽香……このオレの力の全てを持って相手をしてやる」

 

目障りな邪魔者から倒すべき敵へと

 

「それこそ今更よ……」

 

侮りが消え完全な敵と認識された幽香だがそんな事は言う様に今更、自分がすべき事に変わりは無い

 

持てる力を更に高め限界まで妖力を振り絞る

 

「お前は死ね」

 

後先を考えず、ただヴェルザーを倒す為だけに全力を出すのだ

 

 

「……!!」

 

「……!!」

 

 

ブレスとビームがぶつかり弾ける

 

「クッ……ウッ……!?」

 

衝撃に押されるのは幽香

 

今は超竜軍団長に堕ちたヴェルザーだが腐っても冥竜王、総合で幽香を上回るのだ

 

「……ガアアアアアアッ!」

 

「ゴハッ!?」

 

咆哮をあげ、突進し首を殴り血を吐かせる

 

「ハァ……ハッ……ッ!!」

 

実力が劣る、そんな事はわかっているのだ

 

だがわかっていても逃げない

 

「ハアアアアッ!!」

 

ヴェルザーより高く飛翔し弾幕を撃つ

 

プライドは有った、誰だろうが逃げない矜持が

 

「アアアアアアッ!!」

 

だが今はそれよりも強い想いで動いていた

 

『こいつ等は幻想郷を荒らす敵、友を傷つける敵』

 

『ここを通せばいつか殺すと約束した仲間が危険に晒される』

 

そんな事は許さない

 

「ッ~~~!!」

 

言葉に出さないだけで想いの高は誰にも負けていないのだ

 

それが今の幽香

 

 

「グオオオオオオオオッ!!」

 

 

しかし相手はヴェルザー、易々と倒せる相手では断じて無い

 

ズドオッ!

 

咆哮と共に弾幕の嵐を強引に突破し頭突きを放つ

 

「カッ……ア……ゥ……!?」

 

防御し踏み留めた幽香だが無傷で済む筈がなかった、今ので左腕の骨にヒビが入った様だ

 

「風見ィィィ!!」

 

ヴェルザーが幽香を掴み上げ大地に投げつける

 

「チッ……忌々しいトカゲめ……」

 

埋もれた大地から痛々しく立ち上がる幽香の前にヴェルザーが舞い降りる

 

「フンッ……お互い様だ……」

 

花の大妖怪の猛攻に見合う大ダメージを負った体は幽香と同じく激しく痛み竜角の片方が折れている

 

「さっさと死ね」

 

「貴様こそ早く死ね」

 

まだ互いに生きている

 

ならまだ終わらない

 

 

「アアアアアアッ!!」

 

「オオオオオオッ!!」

 

 

竜花の死闘はまだ続く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ……

 

 

寒いと言うのはまさにこの事を言うのだろう……

 

 

「フゥゥ……!!」

 

「ン~ッ……!!」

 

 

零下を優に下回る氷獄のフィールドで妖魔妖精が見せる真価はフィールドの温度を更に下げていた

 

その寒さたるや余りの寒さに体が折れ裂けて流血し、紅色の蓮の花を咲かせると言われる大紅蓮地獄である摩訶鉢特摩(まかはどま)と変わらぬ氷の牢獄

 

「二度と甦れないように永久魔氷に閉じ込めてあげる……!」

 

高まる魔力が冷気に変わる

 

二天に匹敵する大魔女の氷の魔力は全身から蒼いオーラの様に吹き出し、揺らめいている

 

「ハァ……ウゥ……」

 

対称的にチルノは何も起こさず苦しみに呻いている

 

それもその筈、無理に理を曲げて復活した代償で弱り果てているのだ、本来なら能力を使用するのでさえ辛いのだ

 

「負けない……あたいは最強なのよ……負け……ない!」

 

殆ど意思だけで立っている様なもの

 

「……悪いけど手加減はしないわよ」

 

軽い一撃でも倒せそうなチルノだったがグレイツェルはそうしなかった

 

全力でなければならないとあの満身創痍の妖精からそう予感させるのだ

 

「氷魔の王の一欠けよ、虚空の戒め解き放たれし凍れる黒き虚ろの刃よ、我が力、我が身となりて共に滅びの道を歩まん、神々の魂すらも打ち砕け!」

 

詠唱破棄が出来る魔力を持ったグレイツェルが完全詠唱をしてまで放つ最大呪氷

 

「氷結は終焉……せめて刹那にて砕けよ!」

 

極大の氷結呪文

 

 

「マヒャデドス!!」

 

 

放たれた大魔女の誇る深淵の呪文

 

それは凍らせた空気から伸びた八本の氷蛇

 

「ほぅ」

 

それは奇しくもゾーマがかつて率いた配下である八岐大蛇に酷似していた

 

「終わりよ!」

 

氷蛇が走る

 

 

「……」

 

チルノは動かない

 

(もう、負けないから……)

 

八本の蛇が迫ってもまだ動かない

 

(勝つからあたい……絶対勝つから……)

 

弱り果てた妖精が思うのは己に秘めた幼い矜持

 

『自分は最強だから皆を守る!』

 

『最強は負けないからサイキョー!』

 

それを果たせなかった悔しさがここに再び立たせた

 

(あたいは……!)

 

ならば成すべき事は1つしかない

 

 

「最強だーーーーーッ!!」

 

 

全霊を籠めたチルノの叫び

 

「!?」

 

グレイツェルの視界に青が広がる

 

(……ソル様……)

 

幻想郷に一瞬……冬が訪れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オアアアアアアアアッ!!」

 

「アアアアアアアアアッ!!」

 

2体の殺し合いは苛烈の極みに達する

 

 

ズガッ!

 

 

ヴェルザーが打つ

 

 

ドドドドッ!

 

 

幽香が打ち返す

 

「ウゴハッ!?……ヌゥオオッ!」

 

「カ……ハッ!?……アアアッ!」

 

野獣の様にただ相手を殺さんと猛り狂う冥と花

 

 

「「グアアアアアッ!?」」

 

 

互いに不退転、故に血だけが飛び散り、炎獄の熱に蒸発し血生臭さだけが充満する血死の死闘

 

「オレにここまで追い縋るとは……見事だ……ハァ……風見幽香……ハァ……」

 

左目は抉れ、角も折れ、指も数本消し飛び片翼ももがれたヴェルザーは語りかける

 

「……」

 

俯き反応しない幽香

 

右腕はグシャグシャに潰れ使い物にならなくなり全身に酷い火傷、割られた頭蓋から血が止めどなく流れ長かった髪も焼け爛れ普段と変わらぬ長さ

 

「……!」

 

幽香が気付いた様に顔を向ける

 

「フッ……意識が飛んでいたか、無理もない……お前は既に限界を越えている、いつ事切れてもおかしくない傷を負っているのだからな……正直何故生きているのか不思議なくらいだ」

 

差を覆すには至らなかった

 

現状で1名を除き力と知、両を備えたソルに、ひいては大魔王の位に一番近いヴェルザーに幽香は善戦したに過ぎなかったのだ

 

「お前はよくやった」

 

ヴェルザーは構える

 

「健闘に敬意をくれてやる……」

 

口内に凄まじき力が集まる

 

「これで冥府へ逝け」

 

竜の力と闘気が凝縮し体の半分もの巨大なエネルギーの弾を作る

 

 

「……死ぬには……良い日ね」

 

幽香は左手に持つ傘を突き出し妖力を集中させる

 

 

そして……撃たれた

 

 

「冥竜王の逆鱗!!」

 

 

ヴェルザー最大のブレス

 

 

「祖符「ヴェリターブル……マスタースパーク」……!!」

 

 

真の名を冠した最大技、ブレスに匹敵する極大のレーザーが迎え撃つ

 

 

「ハアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

雄々しい花の意地が轟音を奏でる

 

「ヌゥゥゥゥ……!」

 

攻めぎ合っていたブレスとレーザーだったがヴェルザーが唸りをあげるとレーザーを押していく

 

「ッッ……!?」

 

膝から屈しそうになる

 

止めてしまえば楽になれる、だが止めない

 

「さらば……気高き幽玄の妖花……貴様は強かった」

 

勝利を確信したヴェルザーは最後の一押しを決める

 

 

「……ウアアアアアアアアアッ!!」

 

 

直後、レーザーの線が細く集束し、ブレスを突き抜けた

 

 

「ヌオアアアアアアッ!?」

 

 

雨垂れ石を穿つ

 

細く絞られたレーザーがブレスの一点を突き破り、ヴェルザーを光が貫く

 

 

「…………」

 

瞬間の閃光が終わったその場所

 

「グフッ……」

 

右肩を中心に周辺を消し飛ばされたヴェルザーが血を吐く

 

「……ソル」

 

その範囲は首にも及び、根本が半分無くなり今にも千切れてしまいそうな程危うい

 

もはや致命

 

不死身の魂を持つが故に再生能力が無いヴェルザーは瀕死となっていた

 

(これが……オレの限界の様だ……)

 

その片目が映すのは太陽を背に飛びかかる影

 

 

「アアアアアアーーーッ!!」

 

 

幽香

 

その目は見えている様で見えていない、意識すら飛んだ幽香は本能だけで敵を殺す為にただ動いていた

 

 

ドズッ!

 

 

殴りつける

 

(枷の有る竜王を楽に倒せず……格下の妖怪にすら勝てぬ不様なこの姿こそ証明……)

 

ドッ!グチャ!

 

脇目も振らず殴り続ける

 

(終ぞ……並びは出来なかったか……)

 

ヴェルザーは遠い昔に交わした約定からソルの下についた

 

最初はいつか寝首を掻いてやろうと思っていたが戦いを経ていくにつれ敵わぬ存在と知った

 

ズドッ!ズドオッ!

 

(お前は何故戦う……何の為に戦う……)

 

敵として見れなくなってしまったその時、ソルが空虚だと初めて気付いた

 

どんな難敵を討とうが、幾度勝利を重ねようが何も感じないソルにヴェルザーは己が成そうとした野望の愚かさと終わり見えぬ道に空しさを知った

 

ドッ!ドウッ!ドガァ!

 

(ソルよ……)

 

その時からヴェルザーに目的が出来た

 

力を付け、いつかソルに並ぶと

 

(オレは……)

 

対等な立場になって言ってやりたかった

 

"もう戦い続けるのはやめろ"と……

 

(オレ……は……)

 

魔王軍の総意にただ一人反対していたのはヴェルザー

 

反抗からだったそれはいつしか願いに変わっていた

 

 

ドッ……ドドッ……ズドドドドドッ……!!

 

 

(お前……の……)

 

不器用な想い

 

冥竜王が諦めた野望の代わりに叶えたかったのは勝利ではなく

 

(友……に…………)

 

最期を思うと視界は黒い闇に包まれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛の魔氷と矜持の冷氷の衝突の果て

 

「……」

 

グレイツェルは何も言わない

 

「フッ……フフフ……」

 

愉快気に笑うゾーマが見守る中

 

「……」

 

グレイツェルは動かない

 

……いや、動く事も話す事も出来なかった

 

 

「最氷「イリュジオンフリーズ(幻想凍結)」……!!」

 

 

チルノが放った幻想郷に永遠の冬を与えると言われる冷気が氷蛇ごと全てを凍らせていたのだから……

 

「へへっ……」

 

出し切ったチルノが力無くふらつく

 

「やっぱり……あたいったら……サイキョー……ね……」

 

もう立つ事も出来ないチルノは倒れ

 

「そなたの勝ちだ、氷の申し子チルノよ」

 

闇の大魔王が勝敗を言い渡した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

 

一心に拳を振り続ける幽香

 

「やめろ風見幽香」

 

魔力を込めた竜王の制止に意識を戻した幽香の手が止まる

 

「ヴェルザーはとうに死んでいる」

 

「……」

 

ゆっくりと離れ、見上げるとヴェルザーは立ったまま息絶えていた

 

「……!?ハァ……ハ……ァ……カッ……ハッ……!?」

 

緊張の糸が切れ、堪らず膝を着き血を嘔吐し苦しみに悶える

 

「……死してなお体は屈さず、か……冥竜王のプライド、超竜の長たる意地を見せて散ったか」

 

超竜軍団を殲滅し終えた竜王がヴェルザーの骸の前に立つ

 

「見事なりヴェルザー、誇り高き竜の死に様にこれ以上はあるまい」

 

炎を吐き、遺体を燃やす

 

「褒美だ、我が王炎にて気高き魂と共に送ってやる……竜にとって最大の誉れだろう、抱いて逝け」

 

竜の王から贈られた炎と共にヴェルザーはこの世を去った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルパレス

 

「……」

 

二人の死を黙し見つめるソル

 

(ヴェルザー、グレイツェル……)

 

神妙な顔で考える様に頬杖をつく

 

(お前達は余に何を望んだ……)

 

それはソルには決して理解出来ないモノ

 

敗北の果てに友を得て、愛を知ったバーンとは違い、あの満願成就の日から絶える事なく勝ち続け、変わらなかったソルにそれを真に理解出来る筈もない

 

「わからぬ……」

 

何度考えても答えは見つからなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「想像以上だ」

 

倒れたチルノをゾーマが傍で見下ろしている

 

「な……にが……よ……」

 

「よもや通さぬと断言した我がバリアを抜ける冷気を放つとは……素晴らしい力だチルノよ、わざわざ見に来た甲斐が有った」

 

意識が途切れそうなチルノへ感心した言葉を掛け邪笑を向ける

 

「気に入った……我が配下となれ」

 

ゾーマはかねてよりチルノに興味が有った

 

同じ冷気を得意とし、現時点の幻想郷で一番王に近い力を持つチルノに

 

「復活の暁にはそなたを我が片腕として迎え入れてやろう」

 

今の戦いを見てチルノはとても気に入られたのだ

 

「えっ……と……」

 

今にも寝そうなチルノは問い返す

 

「あたいと……友達になりたいって事……?」

 

緊張が消え、良く言えばいつも、悪く言えばバカに戻ったチルノは眠気も合いまり魔族が畏敬の念から自然と頭を垂れるバーンと同じ位を持った大魔王ゾーマにそんな言葉を返した

 

「!?」

 

ゾーマの目が一瞬見開かれる

 

「フッ……ハハハハハハ!!」

 

急に高笑いをしだしチルノは意味不明な顔をしている

 

「我を友と抜かすか!フフフ……大した妖精だ、いや……それでこそと言うべきか、やがては我すら越える大物になるやもしれんな……クククッ……!」

 

その答えが余程面白かったのか笑い続けるゾーマ

 

「よくわかんないけど……おやすみ……」

 

大魔王の誘いを蹴った妖精はその目を閉じた

 

「ハーッハッハッハ!!」

 

残るは闇の笑い声だけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不死身の魂も消えたか、自ら拒絶し冥府へ逝った、もう奴が甦る事は無い」

 

灰を見上げ竜王は呟く

 

「復活の度に強くなる能力を活かせばいずれはソルはおろか儂すら越えれただろうに……冥竜王に相応しき誇りを持つに至った貴様の生き様、この竜王が後世まで伝えてやろう」

 

語り終えた竜王は一息置いて幽香へ向く

 

「まさかヴェルザーを倒すとは思わなかった……大義なり風見幽香」

 

「……は?」

 

不遜な言葉に睨み付ける幽香

 

「貴様が見せた竜のごとき荒々しい戦い、力量はまだまだだが大変気に入った」

 

「あぁ……?」

 

竜王は褒めているのに何故か怒気だけが溜まっていく

 

「儂が目にかなうなど勇者以来、もし儂が復活した際に味方になれば世界の半分をやろう」

 

「……!」

 

ピキッ

 

幽香の怒りが臨界に達した

 

「バーンに関係有るみたいだから見逃してやろうと思ってたけど……殺されたいなら殺してやるわ」

 

傘を竜王へ突き出す

 

「それに……欲しいなら自分で奪う!半分と言わず全てを!」

 

フリではなく本気で撃つ気だ

 

「死ね」

 

レーザーが撃たれる

 

 

……バンッ!

 

 

振り落とされた竜尾が幽香を叩きつけた

 

「フンッ、今ので寝る様な死に損ないが粋がるでない」

 

尾を引き姿を戻すと背を向け炎獄のフィールドを外に向け歩いていく

 

「それくらいでなければな……そうだからこそ欲しくなる、簡単に懐柔出来てはそれこそ無価値」

 

「……褒美にもう少しバーンの願いを叶えてやるとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

竜花魔氷の妙縁を得て戦いは佳境へと向かう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんて言うか……自分でも言い表せない感覚の話でした。
ただ言えるのはゆうかりん大金星!相討ちだけど大金星!それは確実な事実です。 

・現在の主な犠牲者(リタイア含む)
幻想郷 永琳、咲夜、白蓮、チルノ、にとり、霖之助、アリス、美鈴?、幽香

魔王軍 ザングレイ、ダブルドーラ、キルギル、親衛騎団(3/6)、純狐、へカーティア?、バベルボブル、戸愚呂、戸愚呂(兄)?、テリー、ゴリウス、キル、ガルヴァス、グレイツェル、ヴェルザー


次からいよいよ終盤戦、頂点とかルナの番がついに来ます。

次回も頑張ります!

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