SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 ちょっと間が空きましたが、星錬編ラストになります。どうぞ。


#78 星錬-始末

 《洞穴工房》の攻略戦から週が明け、僕らはまた次の冒険に向けて情報を集めていた。とはいえ、伝説級の情報はそう易々と転がってはいない。少しの欠乏感を感じていた。

 だから、そう、授業中についぼうっとしてしまうのも仕方ないのである。

 

「大蓮、珍しいな。体調でも悪いか?」

「いえ、すみません。普通に注意散漫でした」

 

 今は体育の授業中だ。帰還者学校は当然ながらゲーマーの集まりに近い。一般的な高校よりもインドア派に生徒層が偏ったここでは、体育の授業はかなり緩く体力作りとして行われている。その中では僕の運動能力はかなり高い方で、VRで培われた身体制御能力の高さも相まって体育の担当教員には目をかけてもらっていた。

 その先生に心配げに声をかけられてしまえば、自分が注意散漫であったことを大人しく認めざるを得ない。促されるまま、僕は前に出る。最近は武道が体育の種目となっていた。

 

「大丈夫か? そんな状態で」

 

 防具に身を包んだ和人が僕に声をかける。これは心配か、挑発か。

―――煽りだね、迷うまでもない。

 インドア派の集まりといえど、全員が全員何もかもに素人というわけではない。バスケやサッカー、野球などであれば経験者は一定数いるし、剣道と選択制で行われている柔道の方には経験者がいるらしい。しかしたまたまこのクラスでは剣道経験者は和人だけであり、次いで秀でているのが僕という状態だった。

 今回の授業は試合の体験が行われており、その授業の最後の試合が僕と彼のものだった。

 試合場の中心線を挟んで向かい合い、礼をする。少し前に出て、蹲踞し剣先を向ける。

 

「はじめ!」

 

 体育教師の合図で互いに立ち上がる。いつもの得物よりも相当軽い竹刀をいつもと違う両手で構え、いつもよりも重たい防具を着けて睨み合う。正直なところ、剣道はVRでの戦闘と余りに差があって得意とは言えなかった。

―――でも、負けたくないな。

 この授業で和人と剣を交えるのは初めてだ。流石に経験者だけあって、片手剣ではなくともその姿勢は様になっている。重たい防具にも動きを制限されるストレスを見せていない。

 だが、現実世界では僕は身体能力で和人に圧倒的に勝っているという自負がある。オーディナル・スケールでは彼に一敗も喫していないのだから。剣道とはいえ、現実で負けるのはどうにも癪に障る。

 仕掛けたのは和人からだった。竹刀が撓って僕の面へと飛んでくる。

―――集中。

 VRでの研鑽を経て、最近は現実でもゾーンに入ることが狙ってできるようになってきた。和人の剣先を見据え、足を大きく広げるように間合いを詰めながらそれを避ける。そのまま逆撃をしかけるが、そこには和人の刀が間に合って鍔迫り合いになる。

 鍔迫り合いの技術は和人が上だ。剣道経験だけでなくVR経験でもパリィ型の彼と回避型の僕では差がある。そこは認めよう。だから鍔迫り合いを嫌って僕は早々に離れる。

 そのまま二度三度と打ち合うが、どちらも有効打が入らない。気楽に観戦している他の生徒からも野次が飛ぶ。つい脚が浮きかけ、慌てて踵を下ろす。熱中すればするほど竹刀から片手を離し、防具を脱ぎ捨てたくなるから困ったものだ。

 そうして状況が膠着していると、定番のチャイムが武道場に響いた。授業が終わる合図だ。

 

「お、もう終わりか。大蓮、桐ヶ谷、適当に切り上げてくれ」

 

―――なんと適当な。

 この教師は良くも悪くもフランクだ。今のは悪いフランクさと言えた。適当に切り上げろとは最後に一合組み合って終わりにしろということなのだろうが、SAO上がりしかいない生徒は剣での勝負に興奮する者しかいない。授業が終わったことでより乱雑になった野次が、僕と和人を挑発する。

 最後の一合に向けて距離を詰める僕の目に、和人が竹刀から左手を浮かせたのが見えた。

 

「はぁ」

 

 そして一番良くないのは、僕とてSAO上がりの男子高校生ということだ。いけないと分かりつつも、僕もそれに呼応して左手を離す。大きく右足を踏み込んで前傾姿勢になり、竹刀を振った。打突がまるで有効にならない姿勢ではあるが、致し方ないだろう。和人も同じような姿勢だから文句は言わせない。

 剣先が触れ合い、細かなフェイントと共に抜き差しされ、一瞬の隙が生まれる。

 

「やぁ!」

「とぉ!」

 

 交錯が終わる。西部劇のようにお互いがたっぷりと残心を持って振り返る。元の位置に戻って試合終了の礼をした。

 

「……負けた」

「っし! 一本取ったり!」

 

 肩を落とす僕と勝ち誇るように喜ぶ和人は、ちょいちょいと体育教師に手招きされた。

 

「大蓮、桐ヶ谷。今回は大目に見るけど、二度目はないからな?」

「「……はーい」」

 

 和人の肩も落ちたから引き分けということにしておこう。

―――そもそもお互い有効打突じゃないし!

 

******

 

 体育の後は昼休みだったため、体育着から制服に着替えてのんびりと教室に戻ってくると、少し苛立った様子の女子生徒が僕を待っていた。

 

「遅い」

「……兎沢さん、どうしたんですか」

 

 豊かなロングヘアを靡かせている彼女は兎沢深澄――現実世界のミトである。SAO上がりの彼女も当然のように帰還者学校に通っており、学業優秀ゆえに外部に出ることもできただろうに、明日奈から離れたくないからか上の学年の首席をいつも明日奈と争っている。

 しかし彼女は学校では滅多に僕らと関わろうとはしない。明日奈とは仲睦まじく、里香とも明日奈を通じて親しくしているはずだが、僕や和人、珪子には無関心を貫いていた。何でも目立ちたくないのだとか。明日奈だけは許す、とは尋ねたときに頂いたお言葉である。

 そのため『兎沢さん』といういかにも他人行儀な呼び方も彼女のオーダーである。だが、それを聞いて深澄は眉間の皺を深めた。

 

「とりあえず来てほしい」

 

 そのまま何も言わずに僕の手首を掴んですたすたと歩いていく。後ろで目を白黒させている和人に手を振りながら、僕も彼と同じような顔で彼女に従う他なかった。

―――これ、大分目立ってますよ。

 口では言えないことを心中で思いながら、ジロジロと露骨な廊下の目線に溜め息を吐いた。

 深澄に連れていかれた先は、中庭のカフェテリアからも見えないベンチだった。木陰のそこには先客がおり、どうやら彼女はその男子生徒を僕に会わせたかったようだ。

 

「ほら、名乗りなさい」

「あ、えと、い、石見(いわみ)(じん)です」

「えっと、大蓮翔です。よろしくお願いします……?」

 

 どうやら深澄の同級生、すなわち僕の上級生のようなのだが、僕を見るなり目を泳がせて体を縮こまらせてしまった。

 その様子を見て深澄は大きく溜め息を吐いた。

 

「足りない。石見?」

 

 彼女は言葉少なに圧をかける。石見はそれを恨めしそうに睨みながら、吐き捨てるように言った。

 

「チッ……。俺は《シーロック》だ」

「シー、ロック。ああ、シー(see)ロック(rock)で石見」

 

 その態度の悪さは彼の最後の姿とリンクする。最初の自己紹介の気弱さは悪足掻きのようなものだったのか。

 

「そ。なぁんか気になって鎌をかけたらゲロったの」

「鎌かけたら!? 脅しだろ、あんなん!」

「何にせよ事実なんでしょ?」

 

 石見は気まずそうに目を逸らす。どうやら作られた自白というわけではないようだ。

 

「それで、どうして僕に?」

「気にしてたでしょ? なんでこんなことするんだ、って」

「それは、まあ、そうだけど」

「で、貴方の仮説は?」

 

 深澄が小首を傾げる。その確信めいた態度には苦笑するしかない。

 

「僕の仮説はRMTだよ。伝説級武器の売買。《鼠》も使って情報を集めたところ、この間の僕らみたいに罠にかけられて伝説級武器を奪われたプレイヤーは結構数いるみたいだ。その奪われた伝説級はこの間のレイドが使っていた武器と特徴が一致してね。それだけなら伝説級コレクション趣味のPK集団かもしれなかったけど、《鼠》が尻尾を捉えたって連絡が来た。明後日の夜に大規模RMT闇トレードが行われるらしい」

「どうなの?」

「……全部当たりだよ。《洞穴工房》の鍵も出すつもりだったが、星錬シリーズだけで手を打つって話になった」

 

 星錬シリーズとやらは、恐らくあの惑星をモチーフにした武器群のことだろう。僕らの手元にあるのは金刃、土鎌、天斧、冥叉の四本のみであり、石見達は残りの五本を押さえているのだろう。

 

「で、どうするの?」

 

 深澄が何の色も乗せずに尋ねてきた。彼女はこの件に関してほとんど関心がないのだろう。僕の判断に従うというポーズを取っていた。

 

「今のところ、闇トレードの現場を押さえて纏めてBANできるように運営と動いてるよ。まあ違法行為でもないし、取れる手はそのくらいかな」

「甘いのね」

「実害はなかったわけだし、当事者じゃないからね。ゲーム内でPKをして伝説級を奪うのもモラルはないけれどルール違反じゃない。後は大規模RMTに対して運営がどういう判断をするか、だね。損害賠償くらいまでなら行くかも」

「そっ、損害賠償!?」

 

 石見は僕の言葉に泡を食ったように顔を歪める。僕と深澄は揃って溜め息を吐いた。彼と話していると、どんどんと幸せが逃げていってしまう。

 

「当たり前でしょ。そもそも規約違反だし、伝説級武器の占有とそれのRMTによる売買はALOの一つの売りを台無しにするようなもの。あんた達のPKによる伝説級奪取が許されるのは、この間の私達みたいにあんた達をPKして伝説級を奪い返せるから。それをRMTでやられたんじゃゲーム性の崩壊」

 

 深澄は端的に告げていく。実際にはALOほどの話題力のあるゲームとなれば、訴訟一つとっても様々な利害関係が絡むため運営がどんな判断を下すかは分からないが、脅しだけはいくらでもかけられる。

 

「ど、どうすればいい!? 損害賠償なんてできないっ!」

 

 ベンチから滑り落ちるように石見は僕らに問いかけた。頭が痛くなってくる。

 

「……石見さん、損害賠償を避けたいなら簡単な話ですよ。RMTをしなければいいんです」

「え?」

「まとめて闇トレードをするから価格の有利な設定ができる。そのために伝説級をわざわざ集めたんでしょう? なら、まだRMTを実行してはいない。現状はちょっと悪質なプレイヤー集団といったところです」

 

 目の前の男の顔が救われたように明るくなるにつれ、僕らの顔はどんよりと曇っていった。深澄は頭を押さえてベンチに腰を下ろした。

 

「で、どうするんですか?」

「止めるに決まってんだろ! そもそも俺は後から入った組だし、縁も簡単に切れる!」

「そうですか……。これに懲りたら、楽な金儲けに流れないことですね」

「助かったわ!」

 

 石見はそう言ってにこやかに中庭から走っていった。良くも悪くもと言うか、圧倒的に頭の軽い男だ。この間の憎々し気な様子から何か事情があったのかと思っていたのに、あの様子ではGGOの方で僕が稼いでいるのが気に食わなかった程度の難癖だったのだろう。

 倦怠感に身を包まれたまま空を見上げると、深澄がベンチに沈みながら声を上げた。

 

「えーと、ありがとね。正直、見つけたはいいけど手に余ってて。……あんなに馬鹿だとは思わなかった」

「僕もです。帰還者学校の名誉が守れたと思えば、兎沢さんには感謝です。……あんなに馬鹿だとは思いませんでしたけど」

 

 最初に出会ったときの商人然とした態度や、今日の自己紹介のときの気弱な態度を思えば、きっと彼の天職は俳優だろう。小物系の。

 

「教えてもらえたお礼に何かしますよ」

 

 そう言えば、深澄はんーと唸り、それから背もたれに預けていた体を起こした。

 

「じゃあ、何かクエスト付き合ってもらいましょう。今夜空いてる?」

 

 

******

 

 その日の夜、僕とミトは新生アインクラッドのダンジョンに潜っていた。

 

「はい、スイッチ!」

 

 僕がかち上げた敵の懐にミトが飛び込み、身を捩じるようにして大鎌で敵を斬り払う。

 

「さて、ボス戦だ」

 

 このダンジョンはそれほど大きなものではなく、地味で人知れない場所だ。それ相応に敵の層は薄く、二人でも特段の支障なくボスの間の目前までやって来れた。

 

「あ、そうだ」

 

 ミトは今まで使っていた鎌をオミットすると、代わりに見覚えのある大鎌を取り出した。その鎌の柄は濃紫を貴重とした暗い色で、その大きな刃に至る少し手前に大きな宝玉が埋まっていた。そしてその宝玉を囲うように、土星の環のようなラインの入ったキラキラと輝く大鎌の刃が湾曲している。

 

「それはこの間の……」

「そ。《土鎌サターン》がこの子の名前。折角だから使おうかと思って」

「エクストラスキルは?」

「《グロウコントロール》。効果は、斬った相手のバフとデバフの延長、もしくは短縮」

「強いね」

 

 僕の返答は端的だ。バフとデバフの効果時間は常に頭を使う情報であり、それを操作できることの強みは字面の何倍もの強力さを秘めている。

 ボス部屋に突撃する前に、僕が二人にバフをかける。効果時間は短めに設定し、MPの消費を節約する。

 

「じゃあ行くよ」

 

 ミトが自分を巻き込むように二人ともを大鎌の刃で撫で斬りにする。発行する刃はダメージを与えず、どこかくすぐったいような違和感を覚える。しかしそれ以上に、斬られた瞬間から視界の端に映る効果パーティクルからバフの継続時間が伸びたことが分かった。

 その勢いのまま、ボス部屋に走り込む。雑魚敵を展開するタイプのボスであり、鈍重な本体が動き出す前にその体から二桁に上る敵が出現する。

 

「頼んだ」

 

 いつもの鎌に持ち替えたミトはさながら忍者のように鎖を使って空を飛び、雑魚敵を飛び越えながら本体へと向かう。彼女に向かいかけた雑魚のヘイトを引くべく、僕は即座に魔法を展開する。これもバフにMPを割かずに済んだからこそできる戦いだ。

 両手に持った剣で敵を斬り払えば、ミトは一人でボスの本体をすっかり追い込んでいた。どうやらデバフを撒くタイプのボスのようだが、デバフを受ける度にミトは鎌を持ち換えて自身を斬って回復してしまう。相性有利を取って嵌め殺しを仕掛けていた。

 下手に僕がデバフを食らえば、嵌め殺しを終わらせてしまう。僕は魔法使いに専念し、後方から援護射撃を加える。

 そうしていれば、一人でも圧倒できていたボスは簡単に倒れていき、ダンジョンを一つ攻略したとも思えない軽傷の僕らの前に、小さくポップアップウィンドウが表示された。これで本当に終わりらしい。

 

「よし」

「狙いの物は手に入った?」

「うん」

 

 ミトはウィンドウを上機嫌に閉じた。

 

「あの《ブリーシンガメン》の作り替えに必要なパーツが足んなくてさ。あーあ、結構使い心地良かったから、リズにサターンの作り替え頼もうかなぁ」

「伝説級の作り替えなんてできるのかい?」

「やってみなきゃ分からないでしょ」

 

 僕の背中に彼女は張り手をする。その勢いに思わず笑ってしまった。このくらいのダンジョンの方が、ストレス発散には丁度良いのかもしれない。

 

「あ、そうだ。今度から兎沢さんって呼ばないでね」

「……目立ちたくないんじゃなかったんですか?」

「その敬語も禁止。今まで話してなかったから気づかなかったけど、レントに敬語使われると、こう、鳥肌が立つ」

 

 おどけたように彼女は身を震わせた。

 

******

 

 完全に余談であるが、闇トレード会は予定通りに行われ、大量のBANアカウントが発生した。石見は難を逃れたようだが、残りは一網打尽であった。

 今回はRMTが行われる前に押さえられたために実害がなかったことを鑑みて、運営のブックス・トーンは民事に訴えることもしないそうだ。

 彼らが押さえていた伝説級武器は、運営主催の正規のオークションにかけられ、ゲーム内通貨で交換される運びとなった。

 これを聞いて嘘を吐いたと僕らのもとに石見がやって来て頭を抱えることになるのは、また別の話だろう。




 また暫く更新の予定はなくなってしまいますが、のんびり行きましょう。
 では、伝説級武器の紹介です。

金刃ヴィーナス
 武器種は《短剣》。名前通りの金色の刃が、雲のような鍔の先に伸びています。ギリギリ可憐の範囲に収まった派手さです。
 エクストラスキルは《ミラージュウィップ》。効果は一時的な刃の延長です。MPを材料に短剣の刃と同じ形の刃を大量に刃先に繋げて鞭のようになります。MP量によって長さの調節ができ、また延長された部分には魔法属性が付随しています。扱いづらいエクストラスキルです。

天斧ウラヌス
 武器種は《両手斧》。薄い水色から灰色ほどの大理石のような材質で出来た、のっぺりとした大斧です。
 エクストラスキルは《スカイルーラー》。効果は本編でもたくさん使われた魔法属性無効化空間の発生です。空色の球が発生し、その内部では魔法属性や魔法が消滅します。非常に強力なエクストラスキルになっており、これからSAO上がりの近接屋どもの選択肢にこれが入ることを思うと、敵が可哀想になってきます。

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