SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 大変お久し振りです。《白夜の騎士》の方が三月に完結しましたので、こちらに戻って参りました。本日は《Sword Art Online》の発売日ということで、死銃事件の直前のハロウィンを題材に一本書いてみました。どうぞ。


【ハロウィン番外編】

 その夜、《SBCグロッケン》はオレンジや紫の独特な色味に支配されていた。今日は十月三十一日、そう、ハロウィンの当日だ。この煙と火薬に支配された乾燥したGGOでも、このイベントにかこつけた装飾がなされていた。

 

「……レントさん? もしかして、GGOのハロウィン舐めてる?」

 

 ここ最近パートナーとしてプレイしているシノンとの集合地点に向かえば、彼女はいつものカーキ色のジャケットではなく、黒いマントとつばの広い魔女帽子を身に着けていた。

 

「――そう、だね。どうやら情報不足が目立つみたいだ」

 

 シノンが手を腰に当てたことで、そのマントの内側が露わになる。彼女はスリットが深々と入った黒いワンピースドレスで身を包んでいた。

 

「凄い似合っていて可愛いね。でもシノンちゃんまで仮装してるってことは、きっと何かあるんだよね?」

「え、ええ、ありがとう……。コホン、そうね、まずはその説明からしましょうか」

 

 シノンはピンと指を立て、説明を始めた。

 

「今日は仮装をすることで色々な特殊効果が得られるのよ。まあバフとしてはありきたりなものが殆どだけど、その中に注意すべきものが幾つか」

 

 数え上げるようにして彼女は指を折っていく。

 

「通常mobのポップ率()()、対人戦におけるバレットサークルの()()、弾丸によるダメージの一括()()……」

「ちょ、ちょっと待って。それってつまり、今日は戦うなってこと?」

 

 挙げられた特殊効果は総じて戦闘行為をそもそも起こさせないことを意図しているようだ。弾丸ダメージ減衰はメリットであるが、皆が皆そのバフを持っていれば、火力でも同量のバフを準備しなければいけなくなるだけだ。

 

「ええ、概ねそうね。今日は()()の戦いはしないのがオススメよ」

「普通?」

「今日戦うのは、ハロウィン限定mobなのよ」

「それは幽霊とか、ジャック・オー・ランタンとか?」

「魔女とかヴァンパイア、狼男もね。今晩から日曜まで、限定の特殊素材を落とす特殊mobが出現するわ。そしてそのmobをポップさせるには――」

 

 シノンは裾を抓んでくるりと一回転した。

 

「仮装による特殊効果が必要、ってわけ」

「なるほど……。大体理解したけど、僕の戦闘服は軍服だよ? 仮装にならないかな?」

「ならないわね、残念ながら。仮装って認められるためには、専用の道具による加工が必須なの。しかもその加工をすると防具性能とかは一定になっちゃうから、普段使いの防具に加工はできない」

 

 つまり本当にそれ用の衣装が必要になるというわけだ。げんなりとした僕を見て、シノンはにんまり笑った。

 

「情報収集を怠った誰かさんに、当日のこの時間に駆け込んでも衣装を準備してくれそうな、オススメのショップを紹介してあげないこともないかなぁ?」

「……頼むよ、シノンちゃん。この通り」

 

 頭を下げて手を合わせれば、彼女は満足そうに鼻を鳴らした。

 

******

 

 複雑な街の中をシノンに続いて歩いていく。確かに、このむさ苦しいGGOだというのに、道を歩くプレイヤーは誰も彼も仮装をしていた。ヴァンパイア、狼男、フランケンシュタインの怪物、ゾンビ、キョンシー、etc、etc……。出遅れたことに内心臍を噛む。

 

「ここよ」

 

 シノンが呼び鈴の付いたドアを開ける。彼女に続いてその中に入れば、温かみのある電飾に彩られた小ぢんまりした店内が広がっていた。GGOにしては――どこもかしこも鉄板、コンクリ、ガラスばかりなのだ――随分とハイセンスな店だ。

 

「いらっしゃい」

 

 鈴の音に呼ばれて奥から店員が出てくる。声の高さからして、恐らくは女性だろう。ハロウィンの仮装なのか髑髏の仮面をした、背が高く手足のひょろ長い人物が姿を見せる。

 

「シノンじゃない。仮装に何か問題でもあった?」

「いいえ、そうじゃなくて。仮装の準備をし忘れたお間抜けさんに仮装を見繕ってほしくて。仮装はこの通り完璧な仕上がりよ」

「それは良かった。で、そのお間抜けさんがそちらの――」

 

 二人揃って酷い言い草だが、これだけ大規模に行われるイベントを把握していなかったのでは、その評価も致し方ない。店員――いや、店主か――はシノンから僕に視線を動かし、間の抜けた声を出した。

 

「……レント?」

「ええ、僕はレントですが、どこかでお会いしたことがありましたか?」

「え、あ、ああ、そりゃこれじゃ分からないよね。私の名前は《ミト(Mito)》だよ」

「み、ト……、ああ、ミト!」

 

 通じ合う僕らにシノンが怪訝そうに眉を顰めた。

 

「……知り合い?」

「うん、SAOの頃からの」

 

 僕の端的な返答には、つまらなそうな声が返ってきた。

 

「へー、そうなのね。ミトは腕利き……とは少し違うかもしれないけど、尖ったメカニックよ。彼女ならレントさんも満足できるんじゃないかしら」

「ミトはここでも尖っているんだ」

 

 SAO時代の彼女の姿を思い出し、思わず喉が鳴る。

 

「ここでも?」

「ミトの当時の武器聞いたら驚くよ? 彼女が使ってたのは、変形鎖大鎌」

「変形鎖大鎌?」

「そう。普段は普通の鎌くらいなんだけど、変形させることで大鎌になるんだ。その鎌の長柄部分は鎖に幾つかのパーツが繋がっている状態に分離することができて、鎖大鎌としても使えるっていう俗に言う変態武器」

「あのねぇ、本人の目の前で尖っているだの変態だの言い過ぎじゃない?」

 

 ミトが不服を示すように肩を張るが、あんなおかしな武器を使う人間はSAO広しと言えどほぼいなかった。その意味で彼女はプレイヤーの中でも有名で、俺も大鎌の扱いに関してはアドバイスを貰ったこともあるくらいだ。

 

「ま、いいわ。レントに似合う仮装ねぇ……。よし、これにしましょう」

 

 ミトは店内を軽く物色すると、一つの袋を渡してきた。そして店の奥に続く通路を指差す。

 

「奥に試着室があるから、着てみて」

「了解」

 

 何を渡されたのか、少し戦々恐々としながら僕は奥へと向かった。

 

******

 

~side:ミト~

 レントを見送った後、私はシノンの肩を小突いた。

 

「で、レントとはどういう関係なの?」

「どっ、どういうもこういうもないわよッ」

 

 私は髑髏の仮面を押し上げる。長身には余り似つかわしくない顔のアバターであるから普段から仮面を着けているのだが、シノンには既に見せたことがある。

 

「嘘ついちゃって」

 

 じっとりと見つめれば、シノンはその視線から逃げるように天井を見上げた。

 

「ライバル……、今はコンビを組んでるけど、ただのライバルよ」

「へぇ、『コンビ』ねぇ……」

 

 『コンビ』。私にはそれが少し特殊な音に聞こえる。タッグでもパーティでも仲間でもなく、『コンビ』。その独特の距離感が懐かしく思えた。

 

「ミト!!」

 

 試着室から悲鳴のような声が聞こえるが、知らぬフリをする。

 

「似合うと思うんだけど、一回着てみなよ~! それでも駄目なら、また別のを渡すから!」

「……チッ!」

 

 私が譲らない様子を見せれば、レントは珍しく音高く舌打ちをした。それに内心目を瞠る。私は飄々とした彼しか知らない。それが繕った態度であったとしても、それを崩したところを見たことがなかった。

 それはSAOを生きて脱出したからなのか、それとも――。

 

「シーノン、そんな顔で見ないでよ」

 

 疑わし気に私を睨む、この女の子の力なのか。

 

「そんな顔って、どんな顔よ」

「今にも『この、泥棒猫!』って言い出しそうな顔、かな」

「なっ……。そんなこと言わないわよ!」

 

 本人はこうも強がって見せるが、彼女の様子はちょうど三年前くらいの、キリトと一緒にいるときのアスナによく似ていた。

―――あの()()()()()()と同じタイプなのね。

 いや、思い返せばSAOの頃からそうだったか。あの二人、アタッカーとして有能なのと同じくらい有能な女たらしであった。そのくせ二人してその気がまるでないものだから、泣いた女は数知れず、男女比の偏るSAOでそんなことをしたから泣いた男も数知れずだ。

 キリトがアスナ一筋なのは私や周囲の人間からしたら一目瞭然だったが、レントはそんなこともなく、強いて言うならキリト一筋だった。

 

「ミト……、恨むよ?」

 

 色々と葛藤したのだろう、レントがようやく試着室から姿を現した。

 

「レント、その恰好――」

「……」

 

「メイド服じゃない!」

 

 

 シノンの上げた声は歓声と悲鳴が入り混じったようなものだった。レントも居心地が悪そうにそっぽを向いている。満足しているのは私だけのようだった。

 この世界のレントのアバターは現実世界の姿によく似ているが、GGOらしく少し厳めしくなっている。当然、メイド服を着せたら高身長もあって似合う筈がないのだ。筈がなかったのだが……。

 

「……なんか、少し似合っているのが腹立たしいわね。百二十点が出る筈だったのに百点が出てきた感じで何とも言えないわ」

 

 レントは酷く嫌そうな顔をして私に告げた。

 

「他のものは!」

「はいはい、次はちゃんとしたのを持ってきますよー」

 

 メイド服のレントを眺めればいいのか、眺めない方がいいのか、挙動不審に陥っているシノンを後目に私は準備していた次の衣装を渡した。

 今度は試着室に行く前に中身をチェックしたレントは、軽く頷いてからまた試着室に戻った。

 彼の姿が消えたと同時に、シノンに掴みかかられる。

 

「ちょ、あれ、どういうことよ!?」

「ごめんごめん、ちょっと遊びたくなっちゃって。でも面白かったでしょ?」

「……まぁ、良かったけど」

 

―――『良かった』って、ねぇ。

 これで隠しているつもりなのか。もしかしたら自覚もしていないのかもしれない。まだきちんと名前を付けられるほど育っていない感情の萌芽が感じられた。

 

「ねぇ、ミト。SAOの頃も、レントさんって『強い』人だったの?」

「そうね。一緒に戦ったことは殆どないんだけど、強かったよ。――あーあ、シノンはいいなぁ」

「え?」

 

 私は行儀悪く、レジカウンターに座った。目を瞑り、彼と出会ったSAOの日々を思い出す。

 

「私はさ、『強く』なかったんだ。SAOでも、……現実でも。だから、()()()の隣にも、後ろにさえも立てなかった」

 

 シノンが不思議そうに首を傾げるが、きっと彼女にもいつか理解できる日が来るだろう。

 

「だからシノンが羨ましい。『コンビ』なんでしょう? あいつの背中を任されるシノンが、少しだけ羨ましい」

 

 試着室のカーテンが開く音がした。

 

「私が『強い』人だったら。きっと、立場は変わってたんだろうね」

「何を――」

「話はここまで! レント、どう?」

 

 通路から丁度レントが現れる。私の言葉がシノンに届く必要なんてない。私はもう当事者ではないんだから。こんなハロウィンの亡霊みたいに立ち上がった想いなんて、いつかこのやり取りを思い返したシノンが後から気付くくらいが相応しい。

 目を開き、仮装をしたレントに目を遣る。彼は黒々とした燕尾服を元にした、ヴァンパイアの仮装を完成させていた。高い身長と存外造りの安定した細身の体は燕尾服がよく映え、白い髪をオールバックにしたことで晒される白い顔面は鼻が高く、その背格好に見合った品の良さを醸し出していた。

 

「メイド服に比べずとも、良い仮装だね。最初からこっちを出してくれれば良かったのに」

「それじゃつまらないじゃない。じゃあ、それで決定ね。会計、済ませちゃいましょう」

 

 着たままの衣装を軽くタップすれば、売買契約ウィンドウがポップアップする。レントは額を確認してからそこに掌を置き、支払いを済ませた。

 

「ありがとう、ミト」

「ま、シノンの頼みだしね」

 

 SAOのときより大人びたアバターの癖に、あの頃と変わらない笑みを見せる。我慢できずに口が動いた。

 

「そういえば、レントはシノンのことどう思ってるの?」

「どう、って。腕の良いパートナーだよ」

「『パートナー』、ね。ありがと。……シノンのこと、泣かせたら許さないからね」

「う、うん?」

 

 私の言葉の意味が理解できないまま、レントは肯ずる。その後ろでシノンも同じような顔をしているのを見て、自然と頬が綻んだ。

 

「じゃ、狩りに行ってきなさいな。あ、うちは武器の方も見ているから、レントも何かあればまたどうぞご贔屓に」

 

―――まだまだ無自覚な二人の未来に祝福を!

 二人はまた鈴を鳴らして街へと、その先のフィールドへと歩き出していた。

 

******

 

~side:シノン~

 シャリン、と音を鳴らしながら店内に入る。鈴の音ですぐに奥から店主が現れる。

 

「いらっしゃい」

 

 彼女は私を見て、すぐ髑髏の仮面を外した。彼女自身はGGOでは数少ない女性プレイヤー同士仲良くするためと言っているが、死銃事件が終わってからそうし出したから、きっと気遣ってくれているのだろう。

 

「今日はどうしたの?」

「……一つ、報告したいことがあって」

 

 私の様子に、ミトは何かを察したみたいだった。彼女はいつも察しが良い。それとなく聞いてみたら、『SAOで色々経験したから』と返されたものだ。ああ、それならきっと、親友のアスナに同じように話しかけられたことがあるから、今も居住まいを正したのだろう。

 

「その、レントと、こ、恋人になったわ」

「おめでとう」

 

 ミトは静かに笑いながらパチパチと手を叩く。

 

「それで、去年のハロウィンを思い出したの」

「ああ、レントを連れてきたときの」

 

 ミトは表情を崩さない。

 

「そう。それで、あのときの言葉の意味が漸く分かった。……ミト、貴女もレントが――」

「うん、好きだった」

 

 表情を崩さないまま、ミトは言葉を紡いだ。

 

「何回も助けられて、何回も助けられなかった背中を見て、それでも変わらない彼を信じた。『強い』人だと思わせてくれた。恋をしてしまった」

 

 私を見て彼女は笑う。

 

「そんな顔で見ないでよ。安心して、もう、この恋は捨てたから。私は『弱い』。彼の隣に立つことも、後ろに立つことすらできなかった――ってのは前に言ったか」

 

 ミトはやっと表情を変えた。それは、酷く寂しそうな顔だった。

 

「私には、彼は自分を崩してはくれなかった。彼の城に私は踏み込ませてもらえなかった。女装を見せたくないなんていう分かりやすい反応、あのハロウィンで初めて見たのよ。私は彼の作り上げた、いつも態度を崩さない落ち着いた『レント』以外を見せてもらえたことがなかった」

 

 言葉を重ねるその様子は、まるで丁寧に自分の心を殺しているように見えた。

 

「だから、きっと私じゃなかったの。彼に認められる『強い』人じゃなければいけなかった。それが貴女だった」

「……」

「きっとね、貴女はレントの『弱い』部分を知っているんでしょう? 『強い』レントってのが幻想だってこと、薄っすら気付いてた。でも私も『強く』なかったから。だから諦めた」

 

 ミトは自嘲するように、いや、私を祝福するように笑った。

 

「あのハロウィンのとき、安心したの。二人はまるで気付いていなかったけど、お互いがお互いを向いていた。この二人なら、互いの『強い』部分も、『弱い』部分も支え合っていけるだろうって思えた」

「そう、だったの。あのときはまだ、全然そんな感じじゃなかったのに」

「ふふ、あんまり好きな言葉じゃないけど、きっとこういうのが女の勘って言うのね。シノンは私の友達。貴女にも幸せになってほしかったから、レントが貴女に『レント』を少し崩しているのが悔しいようで、同時に嬉しかった」

 

 ミトはまた拍手を繰り返した。

 

「改めておめでとう、私の友達、シノン。幸せを掴みなさいね」

「……ありがとう、ミト」

「あと言っておくけど」

 

 ミトはおどけたように指を立てた。

 

「レントの女たらしぶりに泣いてる人数は多いからね。いちいち気にしてる余裕はないわよ? 気を強く持ちなさい」

「――ええ、そうするわ。アスナにもアドバイス聞かなきゃ」

 

 私とミトは顔を見合わせて笑った。




 ミトの登場、です! SAOPの映画がこれからどう進んでいくかは分かりませんが、たとえ何があっても彼女は救済します()。その決意表明も兼ねて登場してもらいました。レントさんに惚れてたのはご愛敬です。まさかキリトに恋してアスナさんと三角関係するわけにはいかなかったので……。

 SAOPの映画でキリアスの『コンビ』『パートナー』発言が凄い頭に残っていました。あの映画、二時間ひたすらキリアスのイチャイチャを見せつけられたようなもので脳が焼けました。結果、こんな話になりました。どうしてSAOPのキリアスあんなに甘いのに付き合ってないの……? あそこからどうして離れ離れになったの……?

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