SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 今回はあの戦いの話です。どうぞ。


#7 掃討

 今は二〇二四年八月上旬、現在の最前線は六十五層だ。近頃、SAOでは危険な動きがある。今年の元旦にとあるギルドが全滅したのだ。それ自体は――悲しいことだが――別に珍しいことではない。問題だったのは、それが別のプレイヤー達の手によるものだったということだ。

 犯人集団はその事件で全プレイヤーにギルド結成をアピールした。奴らの名前は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。自分達を殺人者集団(レッドギルド)などと呼ぶいかれたプレイヤー達だ。

 僕がオレンジギルドなんかの犯罪者を積極的に確保していたため、奴らに感化された人間は幸いなことにほとんどいなかったのだが、それでもセンセーショナルな奴らの登場に影響を受けてしまったプレイヤーは少なからずおり、《ラフコフ》は誕生より勢力を拡大していた。

 《ラフコフ》の恐ろしいところはその隠密性にある。アルゴに情報を集めてもらっているというのに、半年たった今でもすんでのところで逃げられてしまっているのだ。だが、今日はそのアルゴから連絡があった。

 

『奴らに関して話したいことがある。六十二層の転移門広場南にある三階建てのレンガ造りの建物に来てくれ』

 

******

 

 その建物にはいつもの会合のメンバーが集まっていた。全員がアルゴに呼び出されて集まっていた。そして最後に呼び出した本人のアルゴがやって来た。彼女はいつもとは違う張り詰めた真剣な表情で話し出した。

 

「ウン、役者は揃ってるみたいだナ。じゃ、オレっちが集めてきた情報を話すヨ」

 

 アルゴは指を一本ずつ立てながら説明を始める。

 

「まず、現在奴らが拠点にしているのは四十二層の《結晶の洞窟》ダ。mobがポップしないから寝床にできるんだナ。次に、奴らは拠点を決めた直後の二、三日はその場を離れない。これは今までの半年で裏が取れてるヨ。だから今なら一網打尽を狙える、襲うなら今だネ。それから、これがラフコフに参加していると思われるプレイヤーの一覧だヨ。総人数三十四人。幹部はポンチョを着たリーダーの《PoH》、刺剣(エストック)使いの《赤眼のザザ》、毒ナイフ使いの《ジョニー・ブラック》ダ。詳しくは資料を見てクレ」

 

 渡された紙束にはダンジョンのマップデータ、各プレイヤーの情報が事細かに載っていた。

 

「――凄いな、こんなにどうやって集めた「十万コル」……やっぱ聞かないことにしとくよ」

「でもどうしてこんなに? 商売でもないですよね?」

「オレっちにも飛び火しそうな雰囲気があってネ。まだ死にたくはないのサ」

「何にせよ、アイツらにゃそろそろ対策が必要だったからな。攻略組にももう被害は出ちまった。手を打たにゃマズいってもんだ」

「攻略組で対処するのは確定事項、と?」

「でしょうなぁ。このままでは攻略に影響が出かねませんから」

 

 順にリンド、アスナ、アルゴ、クライン、僕、タロウだ。

 発言せずともエリヴァとヒースクリフも《ラフコフ》の排除には賛同しており場の意見は一致したが、ヒースクリフは攻略に直接関わらないことに興味はないと帰ってしまった。戦力は貸してくれるそうなので、僕らも不満ながら見送った。

 アルゴの情報もあり、やるなら早い方が良いだろうと早速明後日に襲撃を行うことが決まった。各団体から十人ずつほど、万が一が起きないような人選をしてもらう。

 討伐戦には僕も参加するが、誰も死なさない、それを目的に戦闘しようと思っている。それは味方のみでなく、敵も。僕は味方にも《ラフコフ》のメンバーを殺させないようにしたいのだ。無論、相手方の戦力を考えれば下手に手加減しようとすれば返り討ちに遭ってしまうだろう。殺す気でかかり、殺さずに確保するのが最善だ。

 その最善を叶えるために、戦闘では味方と敵のHPを常に確認し続けようと思う。ボス戦では行えるようになった技術であるが、対人戦に適用するのは初めてだ。最近身につけた新しい高等技術も活用するつもりであるが、果たしてどれほど上手くやることができるか。願わくば、誰にも不幸が訪れませんように。

 

******

 

 襲撃当日、討伐隊は総勢五十人ほどになった。全員が攻略組でも上位の実力を持ったプレイヤーだ。いくら《ラフコフ》が攻略組に匹敵する強さを誇ろうが、倍近い人数で攻めれば犠牲者は出ないだろうというのが大方の見方だ。

 しかし僕の胸中には漠然とした不安があった。

 そしてその嫌な予感は当たってしまうことになった。討伐軍が士気を高め突入したとき、《ラフコフ》はどこにもいなかったのだ。僕らが戸惑っているところに《ラフコフ》の連中は結晶の岩陰から奇襲を仕かけてきた。たちまち乱戦になり、僕らは数の利を活かしきれなくなった。

―――集中しろ! HPを確認! 攻撃と捕縛は他の人に任せる! 保護に全神経を傾けろ!

 壁際で戦っていた討伐軍が押されている。後一撃でポリゴン片になるところに割り込んで守る。相手のHPは十分にあったので、剣のノックバックを上手く利用して手の空いている人間に回す。

 中央の討伐軍が《ラフコフ》を殺してしまいそうだ。《ラフコフ》のHPが尽きる前に《武器交換》で出したリーチの長い大鎌で討伐軍の攻撃を相殺する。意図を察した捕縛班が後ろから近づいて縄をかけた。

 床から突き落とされそうになっている討伐軍を大鎌で掬い上げて助ける。これが新しい高等技術。武器で()()()()()()()()プレイヤーを動かす。

 二対一で戦っていた《ラフコフ》が殺されそうになっている。必殺の一撃を代わりに受け、用意した麻痺毒の投擲ナイフで《ラフコフ》を麻痺状態にする。投擲ナイフは持った状態で使えば味方に当てる心配もない。そのナイフを三人と同時に戦って暴れていたラフコフに投げつけた。

 僕の間合いの際で戦っている討伐組が殺されそうになった。しかし麻痺ナイフを出している時間はない!

 口を強く結ぶ。大鎌で相手の喉を掻き斬った。動かすにはリーチに余裕がなければいかず、麻痺ナイフも使えなければ――殺すしかない。

 分かってはいたことだが、心が痛んだ。悲鳴を上げていた。それを無視して乱戦に目を向ける。またHPが尽きかけているプレイヤーがいた。それを助ける。次は討伐組を助けるのが難しい状態だった。だからラフコフを殺した。泣いていたかもしれない。無我夢中で動いた。そうしなければ立ち止まってしまうから。

 大鎌を回す。ついてもいない血が飛んだ気がした。

 奇襲を受けたとはいえ攻略組の方が質量共に上だ。討伐戦は僕らの勝ちで終わりを迎えた。僕が殺したのは七人。最後の一人が捕らえられたところだ「「死ねえええええええええ」」った。

 捕縛済みの《ラフコフ》の二人が縄を引きちぎって襲いかかってきた! 片方は細剣使い。一瞬驚きはしたが軽くいなして吹き飛ばす。飛んだ先で人海戦術により再び捕らえられる。

 もう一人は別のプレイヤーを襲った。短剣使いに飛びかかられ、その《聖龍連合》のプレイヤーは足が竦んでいる! 僕と殺されかかっている彼以外の討伐隊は捕縛されているプレイヤーを確認しているところだった。

 僕しか間に合わない! 《聖龍連合》の彼はHPを回復しておらず、《ラフコフ》のプレイヤーがソードスキルを放てば殺されてしまう。短剣使いが《ファッドエッジ》を発動した!

 

―――届けええええ!!!!

 

 僕は迷いなく大鎌を振った。僕の大鎌が《ラフコフ》を捉える!

 

 

 

 

 しかし、一瞬間に合わなかった。

 

 

 

 

 《聖龍連合》の彼がポリゴン片と化す。その顔は驚きに満ちていた。

 一瞬遅れてラフコフの体も消滅し始める。

 

「弟じゃ、なく……て良かった――」

 

 そう言い残し、彼は穏やかな顔つきで砕け散った。

 

 救えなかった。

 

 目の前で仲間を殺された。

 

 僕がラフコフを殺したことに意味はなかった。

 

 一対一なら確実に確保できた。殺す必要はなかった。なのに殺した。殺したのに救えなかった。それだけが頭の中をグルグル巡っていた。

 討伐隊は静まり返っていた。いや、僕が何も聞こえていなかっただけかもしれない。頭がグワングワンする。目が回って天地が逆転したようだ。血の匂いがする。五感が狂っている。自分の足元が崩れて――。

 

「――nト! ……ント!! おい! レント!!」

 

 肩を引かれ、ハッと我に返る。キリトが立っていた。慰めるように肩を叩かれ、集計係のプレイヤーに何人殺したかを尋ねられた。

 

「な、いや、八……人」

 

 そう弱々しく答えたのが最後の記憶だった。気づくとホームにいた。ホームと言っても倉庫のようになっているが、そこそこ気に入った立地だ。どうやってここまで帰ってきたのかは分からない。

 後に聞いたが、掃討戦の結果は二十五人拘束、八人殺害、PoHには逃げられたらしい。こちら側の犠牲者はただ一人だけだった。

 

******

 

~side:キリト~

 俺は何もできなかった。今までも俺はレントに何度も助けられた。五十層のときがその最たるものだろう。

 討伐戦の中だけでも俺は二度も三度も救われた。あいつは俺の代わりに人を殺したんだ。手を下す瞬間に後ろから鎌が飛んできて、俺の剣はポリゴンの中を空振っただけだった。

 あの戦いでのレントは鬼神のようだった。鬼気迫る様で、どこにいても、誰であろうと、殺される瞬間には助けていた。手を下さないように自分が代わっていた。

 いくつ目がついていたとしても俺には――いいや、あいつ以外には到底できないことだった。敵味方含めた全てのプレイヤーのHPや攻撃力を把握していたのだ。そして《ラフコフ》すらも助けていた。……どうしても助けられないときだけ、自分が代わりに《ラフコフ》のプレイヤーを殺していた。そのことを知り、レントが去った後の討伐隊――捕らえた《ラフコフ》の連中は黒鉄宮に送った――は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 そして誰も何も言葉を発さないまま、黙々と各々のホームへと解散していった。

 自分で全ての業を背負い、最後の最後で失敗してしまった《白の剣士》のことを思いながら。

 

******

 

 六十五層の攻略戦が行われる。しかしこの場にレントはいない。あいつが攻略会議に来たときに《血盟騎士団》の一部のプレイヤーが叫んだからだ。

 

「人殺しめ! いなくなれ!」

「この殺人鬼が、顔見せんじゃねぇ!!」

「《大量殺人者(レッドキラー)》のくせに何攻略に参加しようとしてんだ! 牢屋にでも入ってろ!!」

 

 奴らは討伐戦には参加していないプレイヤーだった。あの戦いのことは誰も話そうとしないだろうから、記録上でしかあの戦いを知らないのだ。だからあんなことが言える。

 その罵詈雑言を聞いた事情を知っているプレイヤーは一瞬鼻白みつつも怒鳴りつけようとしたが、レントの動きの方が早かった。目を瞠り、隈の入り始めた暗い顔がすぐに自嘲の表情に変わった。

 

「――そう、ですよね。殺人者()とは一緒に戦いたくありませんよね。……失礼、しました」

 

 顔は微妙に引き攣り、眼は下の方を見つめて顔に更なる翳を落としていた。あの討伐戦から間も空いていなかった、無理をしていて当然だ。その表情(かお)はいつもとは余りに違うもので、あいつには不似合いだった。いつも薄い微笑を浮かべ、一歩引いたところから面白そうに眺めているあいつには。

 震える声を発したレントは止める間もなく去り、悪罵の声を発した連中もただちに退出させられた。

 そうしてこのボス戦に至ったのである。ボス戦の内容は覚えていないが、犠牲者が出る一歩手前まで行ってしまったのはこの暗い雰囲気にも原因があるだろう。

 次の六十六層には絶対にレントを連れてこようと、俺やアスナを始めとしたあいつと親交がある攻略組で約束して解散した。

 

******

 

~side:アスナ~

 六十六層の攻略戦に彼はやって来た。私やキリト君、エリヴァさん等で連日連絡を続けたのが功を奏したようだ。

 攻略会議のときに顔を合わせたが、すっかりいつもの調子だった。キリト君は何か引っかかる様子だったが、問題を起こしそうなプレイヤーは今回も外してある、大丈夫だろう。攻略会議中も彼への敵意は感じず、安心していた。

 六十六層のボスは顔の前面に馬の頭、後頭部に獅子の顔を持つ悪魔型ボスだ。ゾロ目の慣例に漏れず、今回は鎌の刃を持つ両刃剣を使う。武器攻撃が円状の当たり判定を持つので近寄りにくいのが特徴だ。

 攻撃パターンは基本的に三種類。武器による攻撃、前後の顔からのブレス攻撃、そしてエネルギー波だ。エネルギー波の力を貯めている最中に一定範囲に入ると、不可避の確定スタン衝撃波に変わる。ヘイト値もその攻撃を食らったプレイヤーに集中するため実に危険な攻撃だ。誰もその範囲に入らなければ回転しながら周囲にエネルギー波を放つのだが、このエネルギー波は細く避けやすいためチャンスタイムだ。今回のエネルギー攻撃系統には盾が機能しないためタンクは最小限に抑えている。

 ボス戦は非常に順調に進んだ。六十五層が嘘のように。要所要所でレントさんがフォローに入ってくれるのだ。手が足りないとき、誰かがピンチに陥ったとき、場が混乱したとき。本当に優秀の一言に尽きる人材だ。だから、私はボス戦の後半になるまで()()に気づくのが遅れてしまった。

 また不可避衝撃波だ。貯め中は近づかないようにと伝えてあるのに誰だろう。ふと疑問が芽生えた。

 そして次のタイミングで私は見てしまった。《血盟騎士団》のプレイヤーで構成されているパーティに、レントさんが()()()()()()()()()のだ。ボスの攻撃範囲内へと。気のせいかもしれない、目の錯覚であってくれと思って次も確認してみたが、やはりダメージは与えないように背中を押している。その次のタイミングで私の堪忍袋の緒は切れた。

 

「止めなさい!!」

 

 気づいたら叫んでいた。私の声に彼らは驚き、動きを止めた。その瞬間にレントさんが()()()()()。そしてそのまま蹴り飛ばされる! 何事かと思ったが、よく見てみると私がいた場所はエネルギー波が丁度通ったところだった。衝動に任せ行動し、命を落とすところだったのだ。

 取りあえずレントさんには礼を言って、ボス戦に戻る。ちゃんとした謝罪は終わった後にしよう。私は油断した心を締め直した。が、締められていない、危機に気づけていない者達がいた。例のグループだ。

 

「副団長に何すんだよ! てめぇ!!」

「後でぶっっっ殺す!!!」

「やっぱ殺人鬼はちげーな! 薄汚ぇ《レッドキラー》がっ!!」

 

―――このボス戦中に何を言っているのか!

 自らの所業を棚の上に置き去りにした発言に怒り心頭に発す。そもそもレントさんに何かしらの害意があれば、彼らなど一瞬で斬り伏せられていただろうに。しかし当の本人のレントさんは彼らの発言など気にもせず、ボスへと真っすぐ向かっていった。

 そこから先は特に何もなかった。恐ろしくなるほどに。誰一人として言葉を発さず、ただ淡々とボスを切り刻む作業だった。

 あのパーティを除けばある程度の事情を知っている人間が集まっていたため、レントさんにかける言葉が見当たらないのだ。慰めれば良いのか。笑わせれば良いのか。愚痴でも言えば良いのか。分からない。当たり前だ、今までこのような人に出会ったことなどないのだから。

 連携は崩れる寸前だった。後から思えば、あそこで崩壊しなかったのにもレントさんの力があったのかもしれない。

 ボスのHPを削りきってひとまず安心できるようになり、私は膝をついた。この空気のせいで精神に疲労が異常に溜まったのである。周りも力を抜いて体を休ませていた中、レントさんは一人立ったままだった。タブを操作していたかと思えば、彼は《転移結晶》を取り出す。

 呼び止めようかと思ったが、一体私が呼び止めたところで何があるのだろう。その思いがふと脳裏を過り動けなかった。しかしキリト君は違った。走り寄ったかと思うと、転移先を告げさせる間も与えずにレントさんの手から《転移結晶》を叩き落とす。

 

「レント! ……何も言わずにいなくなるのはなしだ」

「…………」

「ッ何か言えよ! お前はこのままで良いのか!? このままだとお前、いつ殺されるか分からないじゃないか……」

「――別に構わないよ。それに僕がいない方が攻略は捗るだろう? 今の僕は不和の種なんだから」

「な……ッ!!」

 

 自嘲するようなその口振りがキリト君の癇に障ったようだった。

 

「お前はッ! そんなこと言わなくても良いんだ! だってお前は何も悪くない――」

 

 キリト君の口にレントさんは人差し指を突きつける。

 

「キリト君。僕は《大量殺人者(レッドキラ-)》、だよ?」

 

 諦めるようにレントさんは笑った。

 拳が飛ぶ。レントさんの言葉に耐えられなかったらしい。キリト君の顔は悲しみと怒りの綯い交ぜになった感情に染まっていた。レントさんはさっきの私へのドロップキックでオレンジ化していて、ダメージを与えたであろうパンチでも、キリト君のカーソルの色は変わらなかった。それが、なぜかとても悲しく感じた。

 殴り飛ばされ倒れ伏していたレントさんはユラリと立ち上がると、《転移結晶》を懐からもう一つ取り出し、それで転移してしまった。キリト君は俯いて拳を握ったまま顔を上げない。ボス部屋にいた他のプレイヤーは急展開についていけていない者か、茫然と眺めているしかなかった私のような者の二種類だった。ボスを撃破したというのに誰の顔も晴れてはいない。代わりに沈黙と哀しみと困惑が満ちていた。




 死者が原作に比べてかなり少ないのがこの作品の特徴です。

主人公の二つ名
・オレンジキラー
・奇術師
・白の剣士
・レッドキラー NEW

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