SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 お久し振りです。アニメ四期ということで帰ってきました! と言ってもまだまだほのぼのゲーム話なんですけどね。霊刀編の少し後です、どうぞ。


#70 光弓-思案

~side:シノン~

「クソッ、この、チッ」

 

 今の私の顔、決して人には見せられるものではない。口汚く罵りながら顔を歪める。不機嫌そうに。それでも心の中から湧き出てくるどうしようもない空しさ、悲しみは消えなかった。

 突然だが、このALOにおいて弓という武器はとても冷遇されている。『種族の影妖精(スプリガン)、武器の弓』というのがALOにおける二大不遇巨頭だ。

 だが影妖精は前回のデュエルトーナメントにおいて好成績を残した。ベスト八に二人――『元』を含めれば三人――も食い込んだのだ。翻って弓は、結局私がベスト十六に残っただけ。更に言うと本戦に出場したのも私だけだ。

 あのトーナメントの後、『弓なのに強い』と多くの人に称えられた。私のことを特別に記憶した人間も多いことだろう。

 だがそれでは駄目なのだ。『弓()()()強い』ではなく『弓()()()強い』にしなければ。この感覚、きっと最初にBoBを見たときと同じだ。忘れかけているが、最初の動機には『強くなりたい』だけでなく『スナイパーライフルを認めさせたい』というものもあった。

 GGOにおいてスナイパーライフルは一般的に支援用、もっと言ってしまえば()()()()用という認識がされていた。一人では何もできない、と。それを否定はしない。スナイパーライフルの本領は遠距離からの支援攻撃であるし、スポッターがいないスナイパーは戦力が大きく落ちる。よって単独戦のBoBでは、一対一の実力を競うBoBでは、その姿を見ないのも当然だった。

 それが私は不満だった。勝手な思い込みで私の愛銃を見下すな、私とこの銃の限界を他人が決めつけるな、と。だからBoBに出てその固定観念を壊したかった。

 結局スナイパーライフル使いのBoB出場者がほとんどいない現状は変わっていない――本戦に出たのは忌々しい《sterben》くらいではなかろうか――が、それでも『スナイパーライフルだって使い手によれば強い』という認識に変わってきている。『()()()()スナイパーライフルなのに強い』という認識ではない。この違いは非常に大きいものだ。

 ALOにおける弓の扱いは、GGOでのスナイパーライフルのそれよりも圧倒的に酷い。

 有効射程距離は近接武器以上魔法攻撃以下。これはある程度納得できる調整だ。私の腕なら遥か遠くでも当てられるがダメージは出ない。元からHP制のALOにはGGOの一撃死――数多のGGOプレイヤーでも可能なのはレントくらいだろうが――のような裏技は存在しない。

 弾速は魔法攻撃に遠く及ばない。SAO上がりでないプレイヤーですら、遠くからなら余裕を持って避けられるだろう。加えて、空気抵抗や重力の影響で弾速はどんどん落ちていく。魔法に対しては物理法則が働かないのだから、この一点だけでかなりの欠点だ。

 命中率もまた魔法攻撃に劣る。それは魔法攻撃に搭載されているホーミングが存在しないからだ。ほぼ全ての遠距離魔法にはある程度の方向補正が発射後に働く――レントは敢えてそれを失くすことで速度を上げているが――。ところが放った矢が曲がるはずがないということでその機能が弓にはつけられていない。理由自体には納得できるのだが、弾速が遅いこともあってそれでは狙いをつけることすら難しい。

 自分の手で弓を引いて放つALOの弓はそもそも命中させるのが難しい。GGOからの輸入で射た後の矢の軌跡が弦を引いている間は射手の視界に表示される――GGO同様有効射程まで――のだが、当然目標が遠くになればなるほどそんなラインは見えなくなるし、人の手によるのだから放つ瞬間のブレが激しい。GGOの銃は引き鉄を引くだけだからそれほどブレないのだが、弓の軽さがこの点では大きな短所となる。

 遠い目標の動きを想定、矢の速度と物理法則や環境条件を計算に入れてか細いラインをお供に狙いをつけ、しかしそこまでしても発射の際の手ブレでラインとズレて狙った場所に飛ばない、つまりは当たらない。手元が一度ズレれば最終着弾点は一体どれだけズレることか。考えるのも嫌になる。

 遠くに飛ばせば飛ばすほど速度は落ちて避け易く、威力は落ちてダメージは伸びず、命中率は落ちてそもそも当たらない。

 だから安定して運用するなら近接戦に持ち込むのが良い。

 

「ふっざけんじゃないわよ!」

 

 何のための遠距離物理攻撃だ!? 近接戦をするならば近接武器の方が簡単で、もちろんダメージも稼げる。弓を使う理由がいよいよなくなった。

 遠距離攻撃は基本的に魔法にのみ許された攻撃だった。よって魔法防御が高い相手に対しては遠距離攻撃ができなかったのだ。そこに現れた弓は待望の物理属性の遠距離攻撃。そこが弓の強みなのだ。それを捨ててどうする。

 更に、実は上に挙げた理由の他にも魔法攻撃に劣る部分が弓には存在する。それは『矢』の存在だ。

 GGOでも弾薬費というのは常にプレイヤーの頭を悩ませる問題だ。私のヘカートのような代物は特に。そしてそれはALOでも変わらない。かなり廉価であることは事実なのだが、自然回復するMPを用いる魔法に比べれば弓は圧倒的にコスパが悪い。

 また別の問題として矢がストレージを圧迫することが挙げられる。弓を安定して運用するには大量の矢が必要だが、ダンジョン攻略に行くのにストレージを満杯にして向かう阿呆がどこにいるのだ。私のALOでの主な悩みは矢の費用ではなくこちらだ――いつものメンバーでの高効率な狩りで蓄えはあるのだ――。

 弱みが多過ぎるのだ、弓という武器には。ところが強みは唯一の遠距離物理攻撃武器であることだけ。遠距離魔法の強みにはMPという土台が同じであるため支援魔法も熟せるという点が挙げられるのに。

―――そりゃ不遇よね。

 運営は調整が下手糞か。

 そんな現状では弓を使う者はほぼいない。いたとしても周囲からの勧め、という名の圧力で転向する。

 そして弓使用者がほとんどいない状況で弓必須な重要クエストやダンジョンやボスを実装すれば炎上は免れず、そういったものが実装されなければ必要性の薄さから弓使用者は増えない。ある種の負のスパイラルである。

 私はこのALOの『弓不遇』という環境を変えたい。最早『不遇』というよりは『ネタ』に近い扱いすらされるのだ。許せるだろうか、いや、少なくとも私は絶対に無理だ。

 樹々を飛び回っていた足を一旦止め、大樹の太い枝に腰を下ろす。

 大きく溜め息を吐いた。

 

「…………はぁ」

 

 帰宅後すぐにALOにログインして水妖精の領地の森林で虐殺(スローター)に勤しみながら考えるが、良い案は一切思いつかない。

 私がいくら強くなろうとも、私ではなく弓が強いと認識されなければならない。スナイパーライフルのときは私が使って結果を残すことで認識を変えた。だから同じようにしようと考えたのだが、デュエルトーナメントでその夢は崩れた。

 近接戦に手を出してもみたが、それは直接弓とは関係のない戦闘技術であって弓の強みとは言えない気がする。

 かと言ってアウトレンジからの支援に徹してみたところで、火力が出ないのはどうしようもない。それはカグツチ戦で痛感した。あの戦闘で私の支援が役に立っていたとははっきりと口にできない。

 弓での支援――というよりは遠距離攻撃一般――はやはりヘイトを散らすことや、敵の予備動作を潰すことに重点が置かれる。短期間の爆発的火力ではなく、敵の行動を封じてじわじわと仕留めるのだ。

 だがカグツチ戦ではそれを上手く熟せなかった。ダンジョン攻略の連戦で矢の残数に不安が生まれ、圧力をかけきれなかった。カグツチのような高性能なボスの初期動作を潰すにはそれ相応の威力が必要で、それを行うのに矢は多く必要とされる。私たちのパーティは高火力近接パーティだからヘイトを遠距離戦で稼ぐのは至難の業で、矢の本数が足りなければそれは不可能となる。

 どうしても溜め息が漏れる。弓という武器に火力が足りないから矢を浪費してしまい、矢を浪費してしまった後ではなおさら威力が落ちて役割を果たせない。手詰まりだった。

 私は、自惚れるわけではないがALO最高の射手だと思っている。そしてカグツチ城は特別長大なダンジョンではなかった。その条件ですらあのざまだ。弓の普及は遠過ぎる目標なのだと思い知らされた気分だ。

 弓。VR適性S組(レント、アスナ、キリト)が手をつけていない武器種。その独特過ぎる特性を私はいたく気に入った。ただ扱いづらいだけのような仕様も私の実力を試されているようで心が躍ったのだ。事実、会心の一射を放てたときは常に嬉しさで悶えている。

―――どうしてこの良さが分からないのかしらね。

 単純な武器としての強さだけではない奥深さが面白いのに。今は冷遇されていたとしても、使用者人口が増えれば待遇も改善するだろうに。

―――なんて、弓仲間を増やせていない人間が言ってもしょうがないか。

 一旦心が落ち着いたので、もう一度ストレス発散兼特訓であるモンスターの虐殺を始めようか。

 

******

 

 今日はこのくらいにするか、そう思い始めた頃に私は一本の不思議な大樹を見つけた。

 この森林の樹は全体として大きい。リアルに生えていたとすれば車道を一つ塞いでしまうような太さだ。高さもそれに見合ったもので、所々から張り出した枝でさえも車一台ほどの大きさはある。

 だがその樹のおかしなところは大きさではなかった。その大樹には洞があったのだ。他の樹には存在しない洞が。

 思わず近づいた。枝を飛び移りながら、洞の前にある枝に着地――地ではないが――する。すると突然洞から声が聞こえてきた。

 

『そこな、妖精よ。こちらに、来い』

 

 思わず体が跳ねる。洞の中から聞こえてきたその声は、しゃがれていて弱々しかった。

 恐る恐る洞へと足を進める。そして洞の中へと足を踏み入れた。外との明るさの違いに一瞬視界が奪われる。それに過敏に反応してしまい、反射的に腰を落として弓を構えた。

 

『はは、そう、構えるな』

 

 目が慣れれば洞の中も見渡せる。そこは居心地の良さそうな調度品で固められた居間であった。その中心に、安楽椅子に座り膝掛けをした老人がいた。

 

『この体では、外に出られぬでな。わざわざ中に呼び、すまなんだ』

 

 椅子の中にあってもその老人が非常に衰えていることは分かった。背中は曲がり、指は節くれだっている。背中の歪曲のせいもあって首で頭を支えるからか、肩周りは固まっているようで、それらを合わせて動きづらそうにしていた。

 

「いいえ。それで、私を呼んだのはどうしてかしら」

『まあ、そう急くな。まずは、自己紹介からだな。儂の名は、《ケルビエル》。かつて、主の御許で力を振るった者。今は、ここでただ朽ちるのを待つだけの老骨よ』

 

 老人はケルビエルと名乗った。それに目を開く。私はその名に聞き覚えがあった。

 《ケルビエル》。聖書に登場する天使の一人だ。そしてその天使は《光弓シェキナー》の所有者でもある。私はかつて《光弓シェキナー》――伝説級武器の方だ――の由来を調べてその名を知ったのだ。

 《光弓シェキナー》は《霊刀カグツチ》同様、早くから存在を知られていた伝説級だ。それも運営からこういった伝説級武器があるという例で挙げられたのが初出である。しかしその知名度は決して高くない。……何もかも弓が不遇なためなのだが、必死に探す者もおらず、情報は今まで一切なかった。

 私も事前情報に欠けているため、冗談で口にしたりもしたが、のんびりと探すだけに留めていた。だからここで身体に力が入ってしまったのも仕方がないだろう。

 

『何だ? もしや、儂を知っているのか?』

「……僅かに、真偽の定かでない情報ですが」

 

 このALOにおいて全てが聖書の設定通りとは思えない。様々な付け足しやら改変が行われているはずだ。だがそれでも高い地位――聖書においては第二階位の智天使の長だ――にいることは変わらないはず。私の口調は自然と敬語になっていた。

 

『なるほどな。だが、敬う必要はない。儂は既に、一線を退いて久しい。何の権威も、力もない老いぼれなのだからな』

「――なら、私に何の用があるのか教えてもらえるかしら」

 

 ケルビエルにはクエスト受注可能であるというアイコンが出ている。私の発言が受注意思と取られたようで、ケルビエルは話し出した。

 

『儂はかつて、主よりある《力》を賜った。儂はそれを大切にしておる。だがな、主はその《力》を、皆のために用いよと仰られた。今の儂ではその命は到底果たせぬ。だが、気づいたのだ。そも、儂一人の人生でできることなど、高が知れているとな。であれば、この《力》を皆のために用いるならば、分配するべきだとな』

「……それで私に目をつけたの?」

『うむ、多少言い方は悪いがな。この《力》は限られている。儂の矜持でもある故、一人に一部を譲るのみだが、どうにも譲る相手が、見繕えずにおってな』

 

 老人は話し過ぎたのだろうか、少し苦しそうに咳き込んだ。思わず駆け寄りそうになるが、ケルビエルは片手をふるふると振って拒絶を示した。

 

『儂は、何にせよもう長くはない。それで、お主さえ良ければ、お主に譲りたいのだが』

 

 私の前に浮かぶウィンドウ。『YES』『NO』の二択。文面をさして見ずに迷わず「ええ」と口にした――ウィンドウのボタンを押すか発声することで回答したことになる――。だが少なくともクエスト受注画面ではなかった。

 

『そう、か。お主は良しとするか。だがな、儂には条件があってな。この《力》は強力だ。扱いを間違えれば、一部と雖も災いとなるだろう。故に、お主を試そうと思う』

 

 今度こそ、クエスト受注ウィンドウが浮かんだ。『クエスト《智天使の試練》を受けますか?』。

 

「構わないわ。望むところよ」

 

 ウィンドウはなくなり、ケルビエルのアイコンはクエスト受注可能からクエスト受注中へと変わる。

 

『ならば、良い。では、ついて来い』

 

 ケルビエルは膝掛けを取り払って立ち上がった。よろよろと洞から出ていく。私はその後を追った。

 私が着陸した枝の中央辺りにケルビエルは立つと、こちらに手を向けて留めた。

 

『そこで、少し見ておれ』

 

 そう言うとケルビエルは体に力を込める。何をするのかと見ていたが、ケルビエルの身体が段々と光り輝いていき、直視できなくなる。

 腕で目を庇い、その隙間からケルビエルを見る。

 ケルビエルの曲がった背中が盛り上がっていく。服を突き破って、四本の骨のようなものが腰の少し上から飛び出す。それは鮮やかな黄金色をしていた。

 骨と思っていた細長い物体は、ほろほろと解けていく。広がってみればその正体が判る。それは黄金の翅であった。

 そして翅が大きく広がると同時に、一層ケルビエルから放たれる光が強くなる。視界がホワイトアウトし、再び取り戻した視界に老人は立っていなかった。

 代わりにそこに立っていたのは、高身長で薄い金色の長髪を備えた壮年の美丈夫だった。

 

『はっはっは、決して謀ったわけではないのだ。そのような目で見るな』

 

 声にも張りがあり、楽し気に笑う姿からは先程の老人の面影は感じられなかった。だが先程の様子を見る限りこの男性がケルビエルで間違いないのだろう。

 

『我とてあの姿でいたいわけではない。だがあれが今の我の真実の姿であるからには仕方がないのよ。この姿であるだけで我は命を消耗する。はっはっは、というわけで早々に向かうぞ』

 

 ケルビエルは黄金の翅を大きく広げ、枝から飛び立った。私も慌ててその後を追う。

 ケルビエルは悠然と飛ぶ。恐らく最高速で飛べば私は追いつけないだろう。こちらを急かしつつも気遣いを忘れないのは、その見た目も相まって非常に紳士的である。

 黙々とどこかへと飛ぶケルビエル、しかしその横顔はとても満足気であった。

 

『やはりこうして風を切るというのは気持ちの良いものだ。洞の中ではどうも腐ってしまって堪らん』

 

 それに何か返そうとしたとき、ケルビエルは一気に急降下した。口を開くタイミングを逃したままケルビエルに続いて――今度はきちんと地面に――着陸した。

 ケルビエルは降り立った場所の側の樹に近づき、樹の皮を何度か撫でた。すると樹の足元の落ち葉がごそっとなくなる。

 私はぎょっとしてそこを覗いた。足元の地面はただの黒い穴となっていた。先日即死する穴を見たばかりなので恐る恐るそこから離れようとした瞬間、私は穴に突き落とされた。

 犯人は誰か、そんなもの考えるまでもなくケルビエルだろう。罠だったかと考えたのも束の間、今度はケルビエルまでも私に続いて落ちてきた。つまりこれは罠ではなくただの移動手段である可能性が高い。

 念のために翅をいつでも広げられるようにしつつ待つこと数秒、穴の角度が緩やかに曲がっていき、遂には水平となる。慣性で残りの部分を滑ってどこか開けた場所に私の体は投げ出された。

 身を回して受け身を取りつつ、次に出てくるであろうケルビエルの方へ弓を向ける。

 

『くっふふふふふ。すまない、人と会うのは久し振りでなっ。少々驚かしてやりたくなったのよ。くはっ』

 

 猛烈に殺意が湧いたが、同時にその純粋な仕草に害意を削がれる。結局は無事で済んだことであるし、私は大きく息を吐きながら弓を下ろした。

 

「で、ここは何なの?」

 

 私の疑問に、にんまりとしながらケルビエルは答えた。

 

『ここは、私だけが知る訓練場だ』




 アリシゼーション編ですが、少しずつ書き始めていきたいと思っています。ただその際は別作品として投稿したいと思っています。投稿を始めたときは、どうかよろしくお願いします。

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