SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 微妙に間に合わなかったぁ。
 前話・前々話のタイトルにミスがありました、申し訳ありません。そーっと修正しました。では今話です、どうぞ。


#69 霊刀-落城

 第四階層の回廊の一角に第五階層へと続く道はあった。細いがしっかりとした木の階。それを七人で順番に上る。

 最上層となる第五階層はそれまでの階層と比べるべくもなく狭かった。建造物としてはとても自然だが、霊城は上に行けば行くほど狭くなる。第一階層の迷路は空間を操作されていたが、それ以後はそのような様子は一切見受けられなかった。第一階層も後から見返せば外見通りの大きさに戻っていた。

 第五階層の、学校の教室ほどの広さの板の間の中央では、一人の甲冑姿の武士が胡坐を組んで瞑想していた。

 こちらの七人が揃って横一列に並ぶとその武士――いや、武将は目を開いてこちらを見た。

 

『来たか、兵ども。余がこの城の主……《カグツチ》である』

 

 今度はクラインも話したことに動揺はしない。鎧武者達から移動したとされる言語エンジン。それが阿修羅に用いられていた様子はなかった。必然的に、この霊城の主が言語エンジンを備えていることになる。

―――これは実験なのかな?

 鎧武者たちは同時併用的に言語エンジンを使用していた。更には一つの言語エンジンを全く別のNPCに移譲してみせた。このどちらも他では見ない取り組みであり、この霊城のNPCはその被検体なのだろう。

 しかしそんなことはこのNPCの持つ雰囲気とは何の関係もない些事だ。

 正に歴戦の強者と言うべき風格。瞑想をしているときは何も感じていなかった。それがただ瞼を開くという動作だけで、阿修羅の気刃に匹敵する圧力をこちらに与えてきた。いや、違うのか。それだけの剣気とでも言うべきものを、自らの内に閉じ込める行為が瞑想だったのか。

 

『ここまで侵入を許すなど余も初めてのこと故な、何か粗相があったとしても流せ。して、お主らの目的はこの霊刀であるか? それともこの城か? もしくは……この首か?』

 

 カグツチは脇に置いていた刀を手に取って尋ねた。唾を飲み下してクラインが答える。

 

「その、霊刀だ」

『はっはっは。で、あろうな。既にこの城が朽ちて幾程経ったろうか。然様な城を望むべくもない。お主らを見れば判る。余のことなど露ほども知らなかったのであろう。ならば余の首を望む武芸者でもない。霊刀(これ)が望みであることは明白であったか』

 

 随分と饒舌だ。少し毒気を抜かれる。

 

『無駄話が長くなるのは老人の必然だ、許せ。人と言葉を交わすなど真に久方振りでな。だが安心せい。余もこの刀をそう易々と渡すわけにもいかぬでな、尋常に刃を交えようぞ』

 

 のそりという擬音が似合いそうな動きでカグツチは立ち上がる。だがその動作に音は存在しない。金属だらけの甲冑姿で物音を立てない、まるで無声映画のような違和感を覚える。

 カグツチは刀を鞘から抜く。現れた刀身は()()()()()。鞘を投げ捨て、刀を中段に構える。露わになっている双眸がまるで炎が宿ったかのように光った。

 

『構えよ』

 

 その言葉で僕らはようやく戦闘を思い出した。それぞれが得物を構える。始まりの合図は、やはりカグツチからだった。

 

『参るぞ』

 

 言葉と同時にタッという軽い音がする。一拍遅れて、クラインが踏み込んできたカグツチと鍔迫り合った。

 カグツチの動きが止まった瞬間に残りの六人は散開する。シノンはカグツチから可能な限り遠くへ、ユウキとキリトは右回り、僕とリズベットは左回りでカグツチの背後に回る。アスナは世界樹の杖を構えつつ、常に細剣が抜けるように警戒を怠らない。

 

『良い動きだ。信頼関係が見て取れるな』

 

 カグツチは一瞬力を抜いて軽々とクラインと距離を取る。そして構えた刀を血振りでもするかのように振るった。

 刀を燃やしていた炎が刀から解き放たれる。紅く燃える炎は、刀から少し離れたところで鳥の形へと変わった。

 

キィェェェェ!

 

 鳥が鳴く。火の鳥、霊刀に宿っていたから霊鳥と呼ぶが、霊鳥は炎が燃え盛る音に混じって鷹のように鳴いた。そして距離を取っていたシノンに向かって飛ぶ!

 慌てずに迎撃したシノンの矢は、しかし炎で構成される霊鳥の身体をすり抜ける。

 最初の突撃をシノンは前転で躱す。すぐさま切り返した霊鳥の追撃。それは僕が斬り払うことで防いだ。霊鳥は矢は避けないが剣は避ける。

 

「……これは、近接攻撃限定かな?」

 

 アスナによる水属性魔法の攻撃は霊鳥の前で蒸発して消え失せた。どうやら近接のみが有効打撃のようだ。

 

「シノン、頼んだよ」

「了解」

 

 カグツチとの戦闘は四対一で継続している。だが苦闘していることは間違いない。アスナの回復魔法が既に何回か発動している。シノンによる援護は必要だろう。

 ゆえにこの厄介な鳥は僕が一人で抑える。きっと刀に戻れば今度は刀が何かしら特殊な効果――阿修羅の気刃のような――を発揮するに違いない。今のカグツチの相手でさえ精一杯なのにそれの対処が増えてはいよいよ勝ちが薄くなる。

―――大丈夫、六人なら勝ってくれる。

 ただそう信じることだけが僕にできることだ。

 霊鳥、そう呼称したが、実際そうとしか考えがつかない存在だった。

 カグツチは確かに刀を霊刀と称した。霊刀と言うからには何かしら霊的なものが秘められている。それは今のところ最初に燃え盛っていた炎とこの鳥でしか表れていない。そして刀に宿っていた炎とこの霊鳥はイコール関係だ。

 この霊刀は、霊鳥という霊を宿すから霊刀なのだろう。ならば果たして霊を単体で撃破できるのだろうか。

 ましてや霊刀はクリア報酬なのだ。ここで霊を撃破――霊を刀から葬る――ことができてしまったら、それは霊刀の喪失と同義ではないか。それはありえない。

 よって霊鳥の単独での撃破は不可能。霊鳥にダメージを与えても――近接攻撃は避けるためダメージ計算はされているのだろう――、カグツチのダメージとして共通で扱われている可能性が高い。またこういった場合は本体の方がダメージ効率が良い――分体相手だけでは倒しきれない――可能性が高い。

 要するに僕の力でこの霊鳥を排除することは、システム的に不可能な可能性が非常に高いのだ。そしてそれは、六人がカグツチを倒してくれるまで、この霊鳥を相手に持久戦を行わねばならないことを意味している。

 ありがたいことに霊鳥はカグツチ本人から最も離れた位置にいるプレイヤーを第一の攻撃対象とするようで――だからシノンが狙われたのだ――、離れて戦えば囮としての役目は十分に果たせる。

 しかしこの霊鳥が難敵だった。

 その攻撃手段は大きく分けて二つ。突撃を中心とした近距離の直接攻撃と、炎を飛ばす遠距離攻撃だ。

 直接攻撃は恐れるほどのものでもない。突撃の速さは目を瞠るものがあるが、それでも最高速のリーファよりは遅い――空間が狭いことも関係するだろうから飛行能力の比較はできないが――。予備動作も翼を大きく引き寄せるという分かり易いもので軌道も直線的だ。広い場所なら大きく円を描くように飛ぶことで曲線的動きもできるのだろうが、猛禽類の常として狭い環境での小回りは利かない。

 その嘴や爪での斬撃や刺突に近い攻撃も、翼による打撃攻撃も、至近距離でなければ当たらず、剣の間合いの方が広いためそもそも有効射程に僕が近づかせない。

 それに比べて圧倒的に警戒すべきなのが遠距離攻撃だ。

 鋭い目から視線上に放たれる熱線、羽根状の炎を羽ばたきに乗せて撒き散らす放射攻撃、口から火炎を吐き出す火炎放射――これには大小の二パターンある――、突撃の際に自らの身体を燃やして生み出す炎属性の追撃、自らを中心に火球を爆発させる範囲攻撃、とその多彩さは本当に驚嘆に値する。

 そして何より恐ろしいのは、それらの攻撃の予備動作がほとんど同じだということだ。

 その場でホバリングして体に力を込めると、見てからの反応が難しい直線的な熱線、口を中心に扇状に広がる火炎放射――それも広範囲か狭い範囲かのどちらかは分からないもの――、前方の広範囲に回避不能な密度で放たれる羽根の三種類のどれかが放たれる。そう、どれか、なのだ。

 VR適性に物を言わせて視たが、本当に同じ動作で、攻撃の判別がつくのが攻撃開始の刹那。それでは羽根放射であった場合、回避が間に合わず大打撃を受ける可能性が捨てられない。羽根は見かけの密度はさほど高くないのだが、実際には羽根と羽根の間に人が通れる隙間が存在していなかった。

 もう一つの予備動作は旋回しながら宙に上り炎を纏うというもの。そこから火球か追撃をばら撒く突撃が放たれる。恐らくそもそもとして、炎を纏った後にそれを爆発させるか維持して突進するか、という一連の動作なのだろう。ならば纏うところまでは同一だ。

 突撃ならば纏わないときと同様に簡単に見切れるのだが、突撃だと油断して近づいてしまえば爆炎に呑まれる。

 したがって遠距離攻撃の予備動作が行われたとき、僕はすかさず距離を取らなければならないのだ。だが余り距離を取り過ぎると、今度はカグツチに近づきすぎて囮の役目が果たせなくなって――他の六人にタゲが移って――しまう。

 この霊鳥、広い場所でこそ輝くと最初は思っていたが、実際にはこの狭さが霊鳥を有利にしていた。

 何とか攻撃を凌ぎつつ、数度目の突撃を敢えて剣で受け止める。

 質量のある鋭い炎の爪が剣と高い音を立てて衝突した。

―――熱い!

 炎の塊と言うべき霊鳥は、近づくだけで厳しい環境を押しつけてくる。鍔迫り合いの現状、僕の顔が受ける熱量は軽くサウナを超えていた。

 霊鳥はその爪で光剣を掴むと、大きく頭を引いてこちらに嘴を突き出してきた。それを首を傾げて避ける。

 そしてこのタイミングで霊鳥が予備動作に入り、体に力を込めた。それは熱線、火炎放射、羽根放射のどれかへと繋がる。至近距離ではどれも致命的だ。

 しかし僕はそれを狙っていた。光剣のサイズを一気に増大させ、伸びた刃によって霊鳥は不意討ちを食らう。剣自体が太くなったため霊鳥は爪で剣を掴むことができなくなり、飛び立った。

 予備動作の阻止に成功したのだ。

 具体的には不意討ちを加えた辺りで体から力が抜けた。それが予備動作の終わりと見るべきだろう。その後に素早く飛び去ったのだ。

 ここから予備動作は、ダメージを与える、もしくは別の体勢を取らせることで阻止できると分かる。

 

「さてここからは攻勢、かな?」

 

 この霊鳥相手に様子見は良くない。慎重に戦ってもじわじわと炙られてしまう。

 だからこその攻勢。予備動作を取らせる隙も与えずに攻め続ける。

 思い切り斬りかかれば――光剣は元に戻した――、霊鳥はそれを爪で受け止める。先程とは逆の構図。だが今回は鍔迫り合いには持ち込まない。そのまま爪に刃を滑らせて下に潜り込む。下からの回転斬り上げ。それは高く飛ばれることで避けられる。

 そこから炎を纏う予備動作。一旦僕は攻撃魔法を放つ。それは炎の前に蒸発するが、蒸気を目晦ましとして僕はその場から転がる。

 光剣を伸ばして棒高跳びの要領で宙に浮き、霊鳥と同じ目線を得る。そして空中で《ホリゾンタル》を放つ。一撃のみのソードスキルだが、これも《リニアー》と同じで使い易い。

 それを脇腹に受けた霊鳥は体勢を崩し炎は飛散する。

 体勢を崩した霊鳥を僕は見逃さない。単発の突撃系ソードスキルで距離を詰める。刃で横殴りにして予備動作すら起こさせない。

 僕との距離が開いた霊鳥は、今度は無事に炎を纏ってこちらへ突撃してくる。

 僕は光剣の長さを伸ばす。そして《バーチカル》。炎の熱さすら感じない距離で光剣と霊鳥は激突する。

 炎を纏った霊鳥と光を纏った光剣。その激突は両者共に大きく弾かれ纏ったものを失くす結果となった。だが僕はそれを望んで放ったのだ、万々歳である。

 単発ソードスキルの硬直は皆無に等しく、僕は弾かれたばかりの霊鳥に詰め寄る。霊鳥の威嚇のような鳴き声。阿修羅のものとは比べるべくもなく、当然だが怯むはずがない。

 しかしここでも霊鳥は強かさを見せた。威嚇というのは自分が劣勢になったときに発されるものと思い込んでいた。霊鳥はそこを突いて、僅かに油断したこちらの心の隙間にその嘴を差し込んでくる。

 霊鳥の急加速に対応できず、霊鳥の嘴が左脇に突き刺さる。右手に構えた光剣を左肩の霊鳥に突き出すも、既に離脱されていた。

 霊鳥は距離を取って楽し気に鳴いた。

 

「……やり返してやった、と」

 

 チリと頭の奥で音が鳴った気がした。

 ダンッ、そう音がするほどに強く床を踏み切る。今度は光剣も使わないただの跳躍力で霊鳥に到達し、そのやや上を取る。

 霊鳥が少し驚いたような気がした。

 宙で起動したOSSを叩き込む。牽制の三発は、人間より横幅が広い原因の翼に当たる。上からの打撃で霊鳥は床に向かって落ちる。それを自由落下に加えてソードスキルのブーストで追いかけ、追い抜き様に残りの斬撃を撃ち込んだ。

 床には僕の方が先に着陸する。霊鳥はダメージとノックバックで、宙に留まることができずに無様に床に落ちる。

 

ドンッ!

 

 その炎の体からは想像もできない重い音がした。バウンドするように霊鳥は宙に戻るが、その頃には既に僕の技後硬直も終わっていて、未だにやや目を回しているような霊鳥に肉薄する。

 ソードスキルを乗せずに素の状態で斬撃を三本刻む。翼と尾羽を斬り落とすような線は、間違いなく鳥型mobの弱点部位だ。

 今度こそ間違いなく、霊鳥は苦悶の声を上げた。

 

『戻れ!』

 

 そして更なる追撃をかけようとしたとき、板の間にカグツチの声が響いた。

 その声と共に霊鳥はただの炎へと溶け、炎は大きく渦を巻きながらカグツチの手元の刀に吸い込まれた。

 カグツチへと目を遣る。霊鳥との格闘に夢中になっていたがために確認できていなかった戦況は。

―――ナイス!

 そのHPバーは残りの一本の半分を切っていた。近接組の五人だけでなく後方支援のシノンやヒーラーのアスナまでもが肩で息をしているが、欠けた者もHPが危険域の者もいない。

 

『……ふはは、ふふ、ああ実に楽しい。余はこの城でもう朽ちるだけだと思っていた。だが、お主らのおかげで最期にこれほど楽しい死合ができた。感謝するぞ』

 

 既に満身創痍なのだろう。少し回らない呂律でカグツチは零した。

 それに対し、クラインは言葉も出せずにいた。だがその瞳は強い闘志を示す。

 カグツチは少し頭を振ると、再び炎を纏った霊刀に手を翳した。霊鳥が弱っていたからか、その炎は最初に比べるととても小さくなっていが、カグツチが霊刀を撫でると炎は再び激しく燃え盛り始める。

 そしてもう一つ変化があった。それはカグツチのHPバーが目に見えて分かるほどに目減りし始めたこと。

 

『これは、余の奥義だ。必殺などとはとても名づけられたものではない。これを出さざるを得なくなったとき、それは最早負けているに等しいのだからな。つまりな、これはただの足掻きだ。醜い、醜い、な』

 

 自嘲するようなその口振り。クラインは皆に下がっているように手で示してから、口を開いた。

 

「醜くなんかねぇよ。むしろ綺麗過ぎて眩しいくらいだぜ、その炎」

『はっはっは、そう言ってくれるか、名の知れぬ武士(もののふ)よ』

 

 その言葉で、刀を構えたクラインがハッと目を開く。また目を細めた。

 

「こりゃ失礼。――俺はクライン、ただの侍さ」

『余はカグツチ。畏れ多くも火の神の名前を戴いた者だ』

 

 二人は同時に踏み込んだ。互いの右足が板の間を滑る。炎を纏った霊刀と、クラインの持つ刀が交わる。

 一合、二合、三合。

 交わる度にクラインに剣創が増える。HPが削れていく。しかし同様にカグツチのHPもまた、自然に減るよりもペースを上げて減っていく。

 最後の一撃。

 クラインの左下からの逆袈裟。カグツチの右上からの袈裟斬り。それは噛み合うことなく互いの身を削り、……カグツチのHPバーだけが黒く染まった。

 

『……お主とは、もっと長く戦っていたかったものだ。はは、持っていくが良い、この霊刀を――』

 

 そう言うと、刀を遺してカグツチの体は塵へと変わっていった。




 ここでの言語エンジンの実験がOSの100層ボスとユナに活かされてます!(裏設定)
 今回の投稿はここまで! 霊刀獲得編でした!

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