SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 一と半話分(文字数九千台)です。去年よりも確実に文章が長くなっているような気がします。良いことなのか悪いことなのか。内容が濃く簡潔な文章が書きたいものです。どうぞ。


#57 死闘

~side:詩乃~

 翔のIDを使って競技場内に裏口から入った。入ってすぐの分かれ道、先導する翔が叫ぶ。

 

「この道を左に! まだ時間前だから入れるはず! 僕は和人君を探してくる!」

「了解!」

 

 それだけを聞き、直進した翔から目を離して左へと曲がる。小さな階段を何回か上るとやや広いスペースに出る。そして左側には競技場の観客席へと続く扉が。

 

「ッ!」

 

 肩から突撃するようにして中へと入る。扉は何の抵抗もなく内側へと開いて私は中へと誘われた。

 競技場内は既に熱気に満ちていた。オーグマーを起動し中央をよく見れば既にユナが現れていた。

 

「それじゃ、皆いっくよーーーーー!!!!!!」

「「「「「「「オオオオオオオオオオーーーーーーー!!!!!!!!」」」」」」」

 

 熱気が会場を渦巻く。指向性のない爆風染みたオーラの波に私は怯む。だがそれも一瞬。すぐにアスナ達を探そうとした。席自体は私の分も取っておいてくれた――自由席だ――そうで場所も連絡を受けている。後はそこに行くだけだった。そう、そこに行く()()

―――や、やるしか、ない、のよね……。

 無事に辿り着けることを願って、私は群衆に身を投じた。

 

******

 

~side:翔~

 詩乃と分かれてから既に競技場を半周ほどしている。この競技場には裏口のような場所が非常に多い。物資の搬入口であったり、自動車の入口であったり、単純に裏口であったりと。

 僕と鋭二は和人は正規以外の入口で来ると睨んでいた。そして僕が張っていたのは丁度正規入口の反対。あそこにある裏口は鍵がかかっていない――酷いことに監視カメラが死角がないように大量に設置されているからただの罠だ――。だからこそあそこに僕は立っていた。

 鋭二はそこ以外の入口を確認していた。彼は駐車場から来ると読んでいた。ただ彼は他の入口を確認できる端末を持っている。駐車場以外に和人が来た場合は僕に連絡して現場に向かう取り決めとなっていたのだが、その連絡はなかった。駐車場にいるのであろう。

 その駐車場へと足を向ける。正確に言えば半周には満たないのだが、それでもこの会場は大きく、更に言えばこのスタッフ通路は狭く曲がりくねり入り組み目的地に真っすぐ向かうことができない。僕が駐車場に着く頃にはユナのライブが始まって数分が経ってしまっていた。

 

 駐車場に駆け込む。薄暗い駐車場、そのどこに鋭二と和人がいるのかは分からない。オーグマーを装着しOSを起動する。途端に剣戟音が聞こえてきた。

―――距離、……それほどでもない。障害物も大してない、かな。

 走る。駐車場だから当然車が多くある。その間を縫うようにして音源に向かう。

 ようやく視界が開けば丁度互いに飛びかかろうとする二人がいた。

 

「チッ!!」

 

 今から間に合うかは賭けだ。脚のバネを限界まで使って跳躍するように走る。激突する寸前の二人のそれぞれ右腕と左腕を掴み、前へと進む僕の慣性を利用して二人の力の向きを変えて流して回転させ、二人をアスファルトの上に仰向けに転がした。

 

「カハッ」

「グッ」

 

 二人が衝撃に呻き、一瞬の間を置いて揃って互いに襲いかかろうとする。その二人の間に僕は立つ。

 

「ストップ!」

 

 手を向け動きを制す。そこまでしてやっと僕に気づいたようで、二人して驚きの視線と敵意を向けてきた。

 

「取りあえず一旦矛を収めて僕の話を聴いて」

「邪魔をしないでくださいッ!」

「明日奈の記憶を返せッ!」

「鋭二さんは、取りあえずこれを見て」

 

 僕は鋭二に例の液晶端末を渡す。僕では俄か知識過ぎて数式の半分以上が理解できなかったが、鋭二ならば分かるであろう。

 

「和人君、記憶どころじゃない。今は明日奈ちゃんを含めた多くの人の命が脅かされている」

「何、て」

 

 後ろで端末を操作する音が聞こえる中で軽く和人に説明する。

 僕らの本来の目的では死者など出るはずもなかったこと。それが恐らく一人の暴走の結果、三万人が死を目前にしているということ。そして明日奈達も三万人に含まれていること。

 

「翔、さん……。これは、本当なんですか……? いや、まさか、そんな、重村教授が? ……そんな、馬鹿な」

「翔。本当のことなんだな。……分かった、俺は翔を信じる。それでどうすればいい?」

 

 まるで対照的な二人の反応。潜った修羅場の数だろうか。ひとまずは僕に対する和人の信頼に深く感謝しておこう。

 

「和人君、ここにいてもどうにもならない。取りあえず会場に向かう。――鋭二さん。その端末、よく見てください」

 

 僕はそう言って鋭二が持つ端末の右下辺りを指差す。そこにはあるサインが入っていた。《Argo》というサインが。

 鋭二はSAOサバイバーでありその名前をよく知っている。そしてそのサインもよく知っていた。それを見つめた鋭二は膝をつく。

 

「はは、なるほど、そうですか……」

 

 失意を隠せない鋭二。そんな鋭二を何とも言えない顔で見つめる和人。問い詰めるべき、倒すべき相手すら騙されていたという事実に困惑しているのだろうか。

 しかしそんな失意に埋もれていてもらっても困る。彼は《ランク二》なのだ。戦力としては落とせない。

 そこで僕は些か卑怯な手に出た。

 

「鋭二さん。――もしそんな事態になって、悠那さんに『おはよう』って言えますか?」

「――分かりました、翔さんは随分と僕に働いてもらいたいらしい」

「はい。《ランク三》の僕を超えるステータスを持つ貴方には是非」

「…………行きましょうか、翔さん。――行くぞ《黒の剣士》」

 

 脅し文句でこちらに従ってくれるそうだ。人を動かすならば、動きたくなるような報酬を準備するか動かざるを得なくなる弱みにつけ込むかのどちらかだ。鋭二の弱みは悠那に決まっている。動かすだけならばさして難しくはない。

 やや釈然としない和人に僕は一つつけ加えた。

 

「あ、和人君。SAOサバイバーの記憶だけれど治療法は準備されているから心配しなくても戻せるよ」

「何だって!?」

「今までのは鋭二さんのただの挑発。気にしなくていいよ」

 

 表情が一瞬明るくなり、現状を思い出して暗くなる。コロコロと変わる表情が面白くもある。

 そんなことが考えられたのも一瞬だけだった。

 

『……どうしたんだい、鋭二君。それに大蓮君も。一緒にいる彼は《黒の剣士》ではないのかな?』

 

 僕と鋭二のオーグマーから流れ出した声の主はこの場に居ない重村教授だ。

 

「きっ、教授! すぐに計画を中止してください! このままでは――」

『なんだ、気がついたのか。ならば仕方ないな』

 

 それだけ。たったのそれだけで通信は切れた。それは見事なまでに対立を、無理解を表していた。

 そして僕ら三人の前に巨大なmobが現れる。

 

「《ドルゼル・ザ・カオスドレイク》……」

 

 その名を発したのは誰だったか。状況から見て僕らの足止め、もしくは恐怖集めのために重村教授が送ったものであることは明らかだった。

 僕はカオスドレイクが動き出す前にIDカードを取り出し和人に握らせる。

 

「ここは僕と鋭二さんで抑える。これがあれば会場には入れるから、頼んだよ」

「ッ…………!」

「――それと、このオーグマーはVR機器のダウンスペック版。見せたくないものはVR空間にある。だかr――」

 

 最後まで告げることはできなかった。カオスドレイクの初動の突進を避けるために和人を競技場内部の方に押しやり、自分は反対に飛ぶ。足止めをするにはもう和人と話せる時間は残っていなかった。

 

「行って!」

 

 それを聞き迷いを見せずに和人は背中を向けて走り出す。そこの切り替えの早さは伊達にデスゲームを二年もプレイしていない。

 体勢を整えた僕の横に鋭二が並び立つ。僕はその首裏にあるはずのものがないことに気がついた。

 

「あ、スーツ壊されてますね」

「ええ。致し方ありません」

「これ、使ってください」

 

 鋭二が身に着けている身体能力向上スーツ。それのコアたる部品が半分ほど欠けていた。僕は同じパーツを取り出す。細かい調整があるのかもしれないが概ね同じものだ、多少の互換性はあるだろう。取り外して鋭二の首裏に手早く取りつける。カオスドレイクに動きはない。OSのmobにはプレイヤーのランクに応じてやや警戒心を示すという設定がある。明確に敵対になっていないのは僕らのランクのお陰だろう。

 

「……スーツ使っていなかったんですか」

「はい、必要ありませんから。……それでは、行きますか」

 

 僕らとカオスドレイク、戦闘に移るのは同時だった。

 

******

 

~in:???~

 重村教授はライブの映像を眺めている。ユナのライブが安定し監視カメラを確認したところで鋭二達の不穏な動きに気がついた。それに手を打ち、打ったことで満足しユナのライブ観賞に戻る。こんな形だったとしても娘のような存在の晴れ舞台だ。それを楽しみにしている――のではなかった。

―――はは、SAOサバイバーがこれほどに! 皆殺しだ!

 彼は既にサバイバーへの八つ当たりのことしか考えていない。彼は、この場にいない明日奈の母と同じような心境であった。

 SAOに巻き込まれた際、自らがナーブギアを与えたことに心の底から後悔した。こんなことになるのならば、ゼミなど開かず茅場など育てなければ良かった。

 SAOがクリアされた。二年もすれば茅場への恨みも熱を失う。SAOは悠那の命を奪いはしなかった。そうなれば愛弟子とも言える茅場への怒りも燻るだけだ。

 悠那は目覚めなかった。ユナをSAOに誘ったあの鋭二だが、SAOで悠那を護り護られ戦っていたらしい。三百人の二次被害者の一人に悠那がなり摩耗する心、そこの一つの癒しとなったのは鋭二のする悠那の話だった。自分の知らない二年間を知りたかった。

 ALO事件が解決した。またもかつての教え子が首謀者であり、強く失望すると共にこれからの日本の電子生理学の未来を不安視した。――悠那は目醒めなかった。二九九人――三百人――は目覚めたと報道があった。

 重村教授は、壊れかけた。

 二次被害は他に二九九人もいたから耐えられた。だがこれは何だ。自らの娘だけが帰ってこない。なぜだ。

 理由は判明する。ALO事件解決後すぐに訪ねてきた大蓮翔により。彼の誠心誠意を籠めた謝罪。彼に重村教授は何も言えなかった。事情を全て聞けばALO事件の被害者全てを助けるために行動したことが分かる。根が善良である重村教授はそれを非難できなかった。

 ALO事件の首謀者、並びに悠那の精神に干渉した者達、彼らは国により正当な罰が与えられる。私刑にすることはできない。わざわざ身元を調べてまで謝罪に来た大蓮翔を責めることなどできるはずもない。

 重村教授の裡にSAO事件から三年半に渡り燻った感情、それが今自分達とは対照的に救われた呑気なSAOサバイバー達に向かう。理不尽でありただの八つ当たりであることは理解している。それでも()()()()()()()()()

 

「これで勝ったおつもりですか? 重村教授」

「――ああ、無論そうだとも。綻びのない計画だ。このライブで誰がオーグマーを外す。誰が気づいて行動に移れる。事情を知った者はもう辿り着かないだろう。そして既にスキャン開始まで感情値残り二五〇〇だ。これを勝利と言わず何と言う」

「ふふ。余り、彼らを舐めないことですね」

「何?」

彼ら(SAOサバイバー)は私を上回った者達です。私に新たな知識を与えてくれた者達です。そして、――明確に私達(理論の範疇にいる者)を越える者達です」

 

 重村教授の見るライブ映像、それは既にCG映画の様態を為していた。掲示板に大きく示された感情値。既に計画の九割方は終了している。

 そこで重村教授の眼と耳に信じがたいものが届く。

 

『――は《白の剣士》だ!!! 揃いも揃ってたかが旧アインクラッドのボスに何を手こずっている!!! 怯えるな! 怖がるな!! これはただの()()()()()だ!!! 狩り尽くせェ!!!!』

 

 それは普段の彼からは想像できない野卑な檄。それでもそれは彼だった。

 

「なぜだ!? まさか、たったの二人で、これだけの時間でカオスドレイクを打ち倒したのか!?」

「はっはっは。流石は私が認めた《白の剣士(英雄)》だ。――勝利に絶対はないのです、先生」

 

 その空間には驚愕する重村教授だけが立っていた。

 

******

 

~side:???~

 競技場内は酷い混沌の様を呈していた。

 先程までは別の意味で混沌――サイリウムが眩しかった――としていた場内だが、現在はそこら中で剣戟やら銃撃やらの音が聞こえる異空間となっていた。

 それは全て大量のSAOボスが出現したためだ。

 ゲーマーの性だろう。美味しいボスモンスターが大量に出現してそれを逃す者はいない。ユナのライブに付随する、告知なしのゲリライベントと思ったプレイヤー達は挙ってボスに攻めかかった。

 しかしいかんせん相手が悪かったとしか言いようがない。

 本来OSでは接近戦が一般的だ。遠距離射撃の方が難易度が高い。そもそも一種のエクストリームスポーツであるOSをやるならば接近戦を楽しみたいのが人の心だ。

 更にボスモンスターなどは総じて遠距離攻撃耐性が高い。それを抜ける技術やらスキルやら武器やらを手に入れられれば良いのだが、そこまでに脱落するプレイヤーも多い。

 この競技場は三万の人が十分に動き回るには狭過ぎた。ボスモンスターは存在自体が巨大な場合がほとんどで、現在の人口密度と合わせると大胆に動ける空間は少なかった。一足早く広いスペースが取ってあるフィールドまで降りられた者だけが抵抗を可能とした。

 戦闘が始まってある程度経った今では、積極的に戦いたくない者が壁際に寄ったために戦えるようにはなってきている。だが今回のイベントボス戦には実に厭らしい調整がされていた。

 しばらく戦闘行為を行っていなかったりすると、普段の戦闘においては自動的にゲームオーバー扱いになるルールがある。しかし現在はその対象外になっていた。戦闘圏内にさえ入っていれば戦闘状態が持続される。そしてボス討伐時には戦闘状態だったプレイヤーに戦利品が与えられる。

 つまり壁際だろうが戦闘圏内に入る現在の状態では、戦わないで傍観していても戦利品が手に入るのだ。これはオーグマーを外させないようにするための策だろう。

 非戦闘中のプレイヤーは上手く手の中で転がされているのだ。

 

 そんな喧噪の中、静かに座り続ける一団がいた。キリト達だ。そしてその目前でボスモンスターの攻撃を一人で受け続ける白いフードの少女。彼女は巨大な盾を操り、死神のような姿のボスモンスターの鎌の連撃を防いでいた。

 その顔には苦悶の表情が浮かぶ。このボスモンスターはとても強力で、そのヘイトを一人で受け切っているのだからそれも当然だろう。彼女は後ろの面々を護るためにそうしているのだろうか。

 しかし少女の奮闘には終止符が打たれようとしていた。

 ボスモンスターが一体増えたのだ。その一体は巨大な狼の姿を取っている。見た目から判別できる特異な点はないが、その狼は一瞬身を屈めた後に目にも止まらぬ速さで少女に突撃した。

 辛くも少女は盾で防ぐ。いや、防いだというよりは防いでしまっただろうか。狼はその速さもさることながら体格も良い。その突進を受けてしまった衝撃はとても大きなものだった。

 盾が浮かぶ。そして浮いたところを狙って死神の下からの斬り上げ。少女は全身を使って盾を下ろし真正面から受ける。鎌が硬質な音を立てて弾かれた。

 その間に狼は反時計回りで少女を回り込み、少女の左後ろから大顎を開き鋭い牙を剥き出しにしながら迫る。

 少女は遠心力も使って盾を狼にぶつける。巨大な盾と巨大な狼。質量のある物同士がぶつかり合い両者は逆方向に飛んでいく。狼は何度も地面を転がり、見事なまでにパリィされた結果軽いスタンに陥る。少女は飛んでいく盾を抑えられず無手で尻餅をつく。

 尻餅をついた少女の前で大きく鎌を振りかぶる死神。鎌は扇形で広い面積を攻撃する武器だ。あの長大なリーチから抜け出すことは今からでは難しい。そしてボスモンスターの溜め攻撃を生身で受ければ耐えられるはずもなかった。

 それでも必死に打開策を探る目をする少女だったが、死神の鎌が少女に当たる瞬間、強気な少女も目を閉じた。

 そして鳴り響く、――金属がぶつかる音。

 おずおずと目を開いた少女が眼にしたのは紫衣の剣士だった。

 

「大丈夫かい? ユナ」

 

 頭上に三という数字を浮かべた紫衣の剣士が少女に手を差し出す。

 

「――、エー、君……?」

 

 一という数字を同じように浮かべる、ユナと呼ばれた少女は震える声で紫衣の剣士に問いかけた。

 

「ッ……。――悠、那……?」

 

 一瞬辛そうな顔をした剣士は、はたと何かに気づいたように声を絞り出した。

 

「エー君!」

「悠那!」

 

 今にも抱き合いそうな二人の雰囲気に水を差す者がいた。

 動きを止めた二人に襲い掛かる死神と狼。そしてその二体を受け止め、柔軟に受け流したレントだ。

 

「――悠那さん、お久し振りです」

「――レントさん?」

「はい。憶えていてもらえて嬉しいですが、現在戦闘中であることも忘れないでほしいですね」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 にこやかに会話を交わす二人。レントは涼しい顔でボス二体のヘイトを稼いでいる。

 

「スイッチ!」

 

 紫衣の剣士……元《ランク二》のエイジがレントに声をかけて前に出た。流石に任せきりにはできなかったのだろう。そしてその間に悠那は大盾を拾ってきていた。

 

「悠那さん! 死神の方、頼みます!」

 

 エイジと入れ替わったレントは悠那に叫び、一人で狼に立ち向かう。

 レントは狼の動きを全て読んでいるかのように立ち回る。狼が大顎を広げたときには既に後ろ脚に回り込み、後ろ蹴りを行った瞬間には鼻面を斬りつける。

 いくら狼がボスとしては小型で、また近場でヘイトが一点に集中していて得意の高速突進が行えていないとはいえ、一人でボスを手玉に取る様子は圧巻だった。

 周囲の目線はレントに集中する。レントは、低く唸り頭を下げ屈み込む狼と正面で向き合っている。構えた剣で狼の突撃にカウンターを合わせるつもりなのだろう。傍からでも高音が鳴っていそうな集中が見て取れる。

 突然だが、この競技場内でのボスモンスター達の行動指針を分析して分かったことがある。ここのボスモンスター達は戦闘圏内で戦闘中のプレイヤーの中でも特に積極的戦闘を行っている者をターゲットとする。今のレントのようにタゲを誰かが引きつけていないときは、より人の多い方へ、より多くの人にダメージを与えるためへと動く。そしてそれとは別に、現在競技場内で()()()()()()()()()()()を優先して攻撃する傾向がある。人々の前で強者が敗北する、それもまた恐怖を与えるからだろう。

―――いけない!

 そう脳を電気信号が走り、()は駆け出していた。今はまだレントにヘイトは向いていないが、これだけ視線を集めればすぐに別のボスが来るはずだ。

 戦闘が得意でない私は脇に避けていた。距離もあって先程悠那が体勢を崩したときには咄嗟に助けに出られなかった。だが今度は前もって飛び出していた。

 レントに狼が飛びかかると同時に、後ろから巨大なラミアが曲刀を振り下ろした。それに気づいていたレントはカウンターを挟まずに脇に避け、通過する狼の脇腹に剣で傷を残す。レントのいた場所目がけて振り下ろされた曲刀は飛びかかった狼の背骨に直撃する。そして口から苦悶の鳴き声が聞こえると同時に狼は消滅した。

 脇に避けたレントに、向かって左から悠那達が相手にしている骸骨の死神とは別の、悪魔のような見た目をした大鎌持ちが襲いかかる。それを剣で受け止め、鎌と剣は一瞬拮抗する。

 そのレントの後方、遠方からの……狙撃。骨でできた無骨な矢。レントは気づけていない。風を切る矢は今からでは避けきれない。私は何とか骨矢とレントの間に体を滑り込ませた。

 真後ろに来た私に気づいた()は目を瞠る。そして目を強く瞑んでからすぐに正面の敵に向き直った。

―――そういうところだよ、私が好きなのは。

 感情と理性を鬩ぎ合わせ、理性を勝たせられる性格。理性が勝てども感情を軽視しているわけではなく、理性の勝利にはこちらへの信頼が大きく関わっていることがよく分かる。

 私はその全てに喜びを感じる。

 身体に矢が突き刺さる。が、貫通はすれども身体から抜けはせず翔を守ることはできた。

 HPが急速に減っていくのが分かった。このままなくなってしまうだろうことも。

 

ドクン

 

 心臓が大きく脈打つ。怖い、怖い怖い。死ぬのが怖い。何もできず死にたくない。怖い、嫌だ。嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌―――

 

「すぅ」

 

 脳内を埋め尽くしかけた思考を呼吸で無理矢理散らす。心に残る恐怖を噛み殺して叫んだ。

 

「レント! 無事カ!? ()()()()ゲームだからって調子に乗るなヨ!」

 

 強がり、片頬を吊り上げて笑う。敢えて声を出した。周りで見ていた者にも聞こえるように。

 電光掲示板に表示される上昇を続けていた数字――七千をやや超えている――の上昇速度が落ちた。レントがやられかけた瞬間に跳ね上がったのだがもう大丈夫だろう。

 HPが零になってもOSがゲームオーバーにならない。視界の端に出ている表示によると『ユナのライブ記念! 今回だけ特別、ゲームオーバー後もアバター維持! 更に戦利品獲得!』だそうだ。とことんオーグマーを外させないつもりのようだ。

 レントは大鎌持ちの悪魔を上手く左に受け流し、突進するラミアの盾とする。その周囲を私の手を引いて骨矢が飛んできた逆方向に回る。そうすればモンスター同士が互いの行動を阻害し合って一瞬の間隙が生じる。

 翔が私に話しかけてきた。

 

「――アルゴさん?」

「久しぶりだネ、レン坊」

「……詩乃にデータを渡したり、暗躍していたみたいですがね」

「そちらこソ。ところでスキャンの閾値はどのくらいだイ?」

「あの電光掲示板の数字で一万だったはずです。ただ、僕が知っているよりも二体多くボスが出現していますからそちらも誑かされていたかもしれません」

 

 言葉を交わせたのはそれだけ。モンスターとていつまでもぶつかり合っているわけではない。むしろ協働しているのだからスムーズに動く。既にゲームオーバーの私と違ってまだレント(ランク2)が脱落するわけにはいかなかった。

 そして私と離れてすぐに、レントは自らの存在を示すように声を張り上げた。

 

「SAOサバイバーにOSプレイヤー!!! 俺は《白の剣士》だ!!! 揃いも揃ってたかが旧アインクラッドのボスに何を手こずっている!!! 怯えるな! 怖がるな!! これはただの()()()()()だ!!! 狩り尽くせェ!!!!」

 

 その声はとてもよく響いた。普段と違う口調は叫び易いように調整されていた。そしてレントの声はマイクに拾われて更に響く。

 一拍置いて、競技場が震えた。

 

『『『『『――――――――!!!!!!!?!!???!!!』』』』』

 

 様々な声が聞こえる。レントの声に反応した雄叫び。怒りの声でもあり、困惑の声でもあり、鬨の声だった。

 何にせよプレイヤー達の意識が一旦恐怖から離れたことは間違いなかった。

 そしてレントに続いてもう一人声を上げる者がいた。

 

「《白の剣士》の言う通りだ!! 戦術もなしに無謀な突撃なんぞなんと愚かな!!!!! 連携を取れ!!! そして確実に各個撃破だ!!!!」

 

 聞き覚えのある野太い声。発信源を見れば、やはり海賊のような顔つきをした男が立っていた。

 エリヴァは全体に向かって檄を飛ばした後に周囲の者に細かく指示を飛ばしていく。人は流れがあり、相手の声が大きい――物理的にも比喩表現的にも――とつい従ってしまうものだ。そうして簡単にボス一体と拮抗する戦力を統率してしまう。

―――流石は《聖龍連合》元団長。人の動かし方が分かってる。

 エリヴァは態勢が整ったと見るや、余剰戦力を近場の別のボスに誘導する。当然そちらのボスにも群がっているプレイヤー達はいるが、集団戦力を率いているように見えるエリヴァにやや腰が引けている。そういった者をエリヴァは簡単に戦力に組み込んで動かしてしまった。

 その様子は私だけではなくレントも見ていたようで、こちらを見て肩を竦めた。




 やや中途半端なところで終わらせてしまいました。
 今回出てきたSAOボスですが、骨矢を放ってきた奴以外は既に登場済みです。
 ……一体くらい飛び道具を使うボスも書いておくべきだったかっ。

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