SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 はい、すみません! 今話も話は進みません!
 話が滞っている以上、更に分割するわけにはいかないのでいつもの五割増しくらいの文字数――しかも会話文主体――になっています。それではシノンとアルゴの会話回です、どうぞ。


#55 調査

 私は翌日の火曜日に再びアルゴと対面していた。場所は変わらず例のカフェ。平日のこの時間にも営業していないとはこの店がダミーの可能性すら出てきた。

―――ま、そんなこと関係ないんだけれど。

 私はアルゴより提供された紅茶を口に含む。今日は予め湯が沸かされていた。

 

「さて、昨日確認を取ってみたんだけど、どうやら教授は黒っぽいねー」

「ぶっ!!」

 

 何とかアルゴに吹きかけることは避けたとだけは伝えておこう。

 気を取り直して、中年から老年にかけての男の写真を示すアルゴに確認を取る。

 

「それはOSのバグに関して? それともレントに関して?」

「多分、バグ。私が今たまたま取材してるこの心理学の教授が、後ろ暗い感じで重村教授に技術提供をしているみたい。きっとバグに関して。これでOSのバグに運営――少なくとも重村教授が気づいていない可能性は消えたね」

「なるほど。ってことは今度は重村教授とレントが組んでいるかどうか、ね」

「それは、だな」

 

 アルゴが唐突にウィンクした。

 

「――何よ、まさかもう掴んだって言うの?」

「そのまさか。余り情報屋を舐めるなよー?」

「――――教えなさい」

「むぅ。言われなくても教えるのに。――さて、私が掴んだ情報は、まだレントに直接繋がるものじゃない」

「……エイジの方ってこと?」

 

 アルゴが指を鳴らしこちらを指差す。

 

「さっすがー、読めてるじゃん。エイジだけど、恐らくは重村教授のラボに出入りする『後沢鋭二』に間違いない。ラボにまでいるんだ、無関係じゃないだろうね」

「……どうやって掴んだの?」

 

 純粋に気になった。あの時間からでは昨日の間にできることなどたかが知れているだろうに。

 

「まず検索機能を使った。OSランキング二位の《エイジ》というプレイヤーを調べて画像を引き出した。どの世界でも目立つ人間は写真の一枚二枚ネットに転がっているからね。次に私のリアルの人脈、その中でもあの時間に連絡が取れる連中に総当たりでエイジって名前に覚えがないか尋ねた。その画像もつけてね。それで一人ヒット。しかも多重に。で、そのフルネームでまた検索で画像を照会。それで終わり」

 

 確かに普通に一般人でもできることだけだ。検索などその最たるものであろうし、人に尋ねるというのも庶民的だ。

 しかし普通の人間では確実にヒットさせられるところまで人脈を持たない。今回は重村教授――VR技術の最先端――の関係者ということでアルゴ――Mトゥデの記者――と近かったからかもしれないが、彼女なら北海道の小学生くらいまでなら自前の人脈で特定できそうではある。

 

「よくそんなに順調に行ったわね……。誰かが情報を渋ったりしないの?」

「ふふふ、安心と信頼の情報屋さんだからね。それとシノちゃん、良いこと教えてあげる。動きたがらない人を動かすには、『動きたくなるような報酬』か『動かざるを得なくなる弱み』があれば簡単なんだよ?」

 

 流石にSAOで荒稼ぎした情報屋は違うか。情報提供者の弱みは基本的に準備していそうな性格をしている。

 

「そしてここでもう一つ情報がある。私はこの『後沢鋭二』をSAOで知っている」

「たしか《ノーチラス》だったっけ? アスナのギルドに一時期入ってたらしいけど」

「うん。中層時代の彼は《レント》と親交を持っていた。多分、そこが繋がり」

 

 またしてもSAOの縁か。アルゴは自分の紅茶を飲み切ると立ち上がった。

 

「さて、シノちゃん。今からその裏を取りに行こうか」

 

******

 

 アルゴに連れてこられたのは東都工業大学から程近い病院だ。道中で目的を聞こうとしたが延々と勿体ぶられてしまった。

 自動ドアを通ると、アルゴは大きく回って病院カウンターに向かった。受付の死角を狙っているのか? アルゴは私を途中で止めると一人でフラフラと周りを見渡しながらカウンターへ向かった。

 平日朝で既に時間は九時を回っているので一般的な見舞客はおらず、見舞い用カウンターは暇をしていた。

 

「……あ、あの!」

「ん? どうしたの?」

 

 自信なさげに足元を見る視線、落とされ気味の肩、ここからでは見えないが恐らく表情も。その全てをアルゴは操り演技していた。知らされていなかった私はとても驚く。あのアルゴが今では中学生ほどに見える――服装は変わっていないのに――。

 

「その、『大蓮翔』さん、て来て、ますか? ここに行く、って聞いてたんですけど……」

「ああ、大蓮君ね。いつもお見舞いに来ているんだけど、貴女も?」

「は、はい……。じゃ、じゃない。ただ、お見舞いのつき添いで」

 

 ビクビクした仔兎のようなアルゴ。受付の女性の態度がどんどんと軟化していく。アルゴが中学生でも何でもないと知ったら彼女はどんな顔をするだろうか。

―――て、アルゴも翔の本名知ってたのね。

 

「そうね。()()さんは目を覚まさないから、本人には悪いけど、お見舞いしても退屈だものね。それで大蓮君だけど、今日はまだ来ていないわね。一緒に探してあげましょうか?」

「い、いえ! ありがとうございました!」

 

 それだけ言うと腰を九十度に曲げてお辞儀をし、アルゴはパタパタと病院から出ていった。それを受付の女性は微笑まし気に見ている。

 私も慌てて外に出た。

 

「さーて、シノちゃん。会話聞こえてたでしょ? どう思った?」

「……取りあえず、貴女がとても演技上手なのは分かったけど。――そうね、()()さんを()()()見舞っているのよね。かなり、というかほぼほぼ黒じゃない。そもそも貴女はどうやってこの病院を特定したのよ」

「いやー、人脈は偉大だよー? 重村教授が毎日のようにこの病院に通っていること、重村教授の一人娘がSAOに巻き込まれていたこと、そういう情報は回るのが早いんだ。そこに一つの都市伝説、『未だにSAOから還ってこない唯一のプレイヤー』。火のないところに煙は立たぬ、要するに怪し過ぎたってこと」

「そうね。それにあの受付の人が()()()()()なんて言ってたものね。これは決定的かしら」

「加えて実はSAOでのノーチラスには大事な連れがいてね。その子の名前は《ユナ》。当然レントとも面識はある。ちなみに重村教授の一人娘の名前は『重村悠那』。どう?」

 

 小首を傾げてこちらを眺めるアルゴ。この情報屋がいるだけで情報が自然と集まってくる、そんな錯覚を抱きそうな働きっぷりだ。人脈の偉大さをひしひしと感じる。

 

「それじゃあ、次は歩きながら決めようか」

 

 そう言ってアルゴは颯爽と歩き出したが、歩きながらもオーグマーを使い続けている。その操作速度は常人の数倍だ。先程の演技とのギャップに戸惑ってしまう。

 アルゴは作業を続けつつ話し出した。

 

「ここまでで分かったことは、この事件は恐らく偶然ではなく狙われていたということ。重村教授が主犯格かな。それに後沢鋭二と大蓮翔、その他大勢が協力しているみたい」

「その他大勢?」

「うん。昨日連絡を取った中で、OSっていう単語だけで警戒を示したのが何人か。みんな重村教授と関係を持っている人だった。ほぼ間違いなく共犯だね」

「なるほどね。……で、翔と後沢鋭二と重村教授を繋ぐのが《ユナ》。彼女は都市伝説のSAO未帰還者の少女と思われる、と」

「これでまずは第一段階。事件性の有無が確認できたねー。さて、それで事件の広がりだけど」

 

 アルゴが動かし続けていた手を止めた。

 

「日本全国のSAOサバイバーの知り合いの半数以上がこの記憶封印の被害に遭っているみたい。ほとんどは特殊な治療措置で記憶を取り戻してるけどね」

「日本全国、事件の規模は広いわね……。それだけの範囲なら協力者の存在も納得するわ。――そう言えば、治療措置って具体的に何をするのかしら?」

「それはただ特殊な電磁波を発生させるだけだったよ。そこに頭突っ込んで終了。時間も大してかからずに終わったね」

 

 アルゴの指示で目に入った喫茶店に入り席に着く。それぞれの注文品が届いた頃、私達は疑問点を浚い出していた。

 

「取りあえずは動機と目的ね。それが分からないことには翔の行動の判断がつかないわ」

「後は単純に目的への手段が気になるね。目的と動機が崇高なものでも、手法によっては言語道断の外道に堕ちるからねー」

 

 緩い笑顔でとんでもないことを言う。……否定はできないが。

 

「で、手段だけど、記憶封印がそれなんだろうねー。ただ向こうから解除を申し出ているし、本来の手段は一度でも記憶封印をかけることか、全くの別で記憶封印は副作用ってことだろうね」

「……たしか、強い特殊な電磁波を浴びせられることにより記憶の引き出しが上手くできなくなっている、だったかしら。アスナ達の症状は」

「そこに別の特殊な電磁波を浴びせることで治すんだね。記憶は箪笥に仕舞うって表現で表されることがあるけど、それに当てはめれば最初の電磁波で建つけを悪くして、次の電磁波で建つけを元に戻しているってことかな」

「建つけを悪くすることが目的……? それよりは副作用説を唱えるわね、私は」

 

 一杯目を飲み切り、二杯目の飲み物を頼む。喉を潤しつつも会話は終わらない。

 

「だとするなら電磁波で何かをして、その結果建つけが悪くなっちゃった、ってことだねー。単純に考えるとすれば無理矢理開けようとした、とかかな?」

「記憶の盗み見ってこと? ……それに何の意味があるのかしら」

「私達被害に遭った人間は記憶以外に影響を受けていない。電磁波で軽く気を失うけどそれだけ。だとしたらー記憶に細工をされたと思うのが自然だよねー。改竄はされてないはずだから盗み見の可能性が高いかなー」

「記憶――それもSAOの記憶だけを覗いたってことでしょ? 本当にそんなことできるの?」

「――あ」

「どうしたの?」

 

 アルゴがガサゴソと慌ててタブレットを取り出した。そしてやはり常人の数倍のスピードで操作し始める。

 一分もしない内にアルゴは液晶を私に突きつけてきた。

 

「これが、私が取材してる教授が最近出した論文」

「ふうん、『感情の揺らぎと関連記憶への接続』ね。……関連記憶への接続?」

「うん。多分これが技術提供。これは特定の感情を強く起こすことでその感情を強く抱いたときの記憶を鮮明に思い出すっていう研究。これがあれば特定の記憶を選別することが可能、かもしれないね」

「でも、それには強い感情が必要なんでしょ? それを引き出すのって難しくないかしら」

「それも多分提供された技術。最初の切っかけは小さな感情で良いんだけど、人体に害を与えない緩い低周波ウェーブとか、可聴音域外の音波とかを使ってその感情を強めることが可能になる。それもあの教授の専門分野。その機能がオーグマーには搭載されているんだと思う」

「それで記憶を覗き込んでいた。で、外部からの無理矢理な接続のせいで記憶の引き出し機能に齟齬が生じる」

 

 手段は段々と推測ができてくる。問題は、ここから。そんなことをして最終的に何をするつもりなのか。

 

「記憶を覗き見て、多分データとして収集して。何を目的としているのか、よね」

「それなんだけど、情報屋としての勘が告げてくるんだよねー。ARアイドル《ユナ》が気になる、って」

「ユナが?」

「そう。――恐らくあのAIのモデルは重村悠那。SAOでのアバターとよく似ているんだ、きっとそう。そして、AI、特にユナみたいなトップダウン型AIは、どれだけのデータを持っているかが完成度に直結している。重村教授は大量のサバイバーの記憶というデータを所持している。ユナは高い完成度を誇っている。ほらね、繋がってそうでしょ?」

「……ユナは重村悠那の再現って言いたいの?」

 

 流石に飛躍し過ぎか。アルゴが驚いた顔をしている。間違えたか。しかし情報屋に任せきりにはしたくない。私も大胆に、柔軟に頭を働かせなければ。

 

「なるほど! それだ! 思ってたんだ、大量の記憶データを全て注ぎ込めば完成度は高くなるかもしれないけれど、むしろ一貫性がなくなってしまうんじゃないか、って。それにデータ量も重くなるしね。けど、そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ!! データ量も抑えられるし、他人から見た彼女のデータってことで一貫性も保たれる。サバイバーの数を考えればそれでも十分過ぎる記憶データが集まるはずだからね」

 

 キラキラと目を光らせながら早口で捲し立てる。その熱気に私は目を白黒させた。《鼠》はロールプレイの一環なのだろうが、情報屋として動いているときはあっちのキャラの方が数倍それらしいだろう。この姿を見せたら確実に顧客は減ると思う。

 

「これで手段が消費されたわね。……でも、《ユナ》の作成が本当に彼らの目的なのかしら」

 

 四杯目を飲みきったところで、ふと私の携帯端末から通知音がした。開いて中身を確認する。そしてそれをアルゴに聞かせるために読み始めた。

 

「『午前中に直接重村教授の研究室まで乗り込んだ。奴はどうやらOSによる記憶への影響を知っているみたいだ。それから重村ラボの写真にエイジが写っていた。本名を後沢鋭二というらしい』。どうやら貴女の情報の裏づけが取れたみたいね」

「キー坊……。情報が遅いよ、全く。情報屋舐めるなって」

「『それとエイジと重村教授の二人ともが怪し気なことを言っていた。明日のユナのライブで何かあるのかもしれない』だって。……ユナのライブね、今の状況だと嫌な予感しかしないわ」

「――シノちゃん、キー坊に重村ラボの詳しい話を送ってもらえるかな。キー坊は何だかんだ言って勘が冴えてるからね。面白い、興味深い、そう思ったことがあったら、って」

 

 言われた通り送る。数分で長文のメッセージが返ってきた。思わず「うげ」と声が出る。いくら自分が面白いと思っている分野だからといっても、水を得た魚過ぎるだろう。

 

「えーと、『オーグマーを用いた看護、寝たきりの人に安心安全ARを楽しんでもらう。オーグマーとアミュスフィアの機能合体、VRとARを一つのハードで。ややオーグマーを離れるが、半VR、VRのアバターの代わりに現実世界の機械なんかの操作をする。ARで行えればより良い』だって」

「……それだけ?」

「ええ」

「……珍しくキー坊が興味を外したなー、いや、むしろ興味ばっかだったのかなー」

 

 雑な要約文に対するアルゴの反応は芳しくなかった。

 期待していた糸口は潰えたので別の疑問点に言及する。

 

「それにしても《ユナ》のライブに何があるのかしら」

「むー。……人が集まる、それが目的かなー。それとも特定の人を誘い込む罠とか?」

「……その両方。SAOサバイバーを集める罠なんじゃない?」

「――あ、そういえば帰還者学校の生徒はライブに招待されているんだっけ。オーグマーが配布されたっていう話もあったし、確かに集めているのかもしれないねー」

「ええ、たしかエギルも応募に当たったって言ってたわね。サバイバーが当たり易いように確率操作されているんじゃないかしら」

 

 脳裏に外れたサバイバー――クラインの顔が浮かぶが、彼は特別運がなかったのだと思おう。

 

「サバイバーを集めて、何が目的だろうね。普通に考えれば《ユナ》のデータ集めの大詰めだろうけど……、情報屋の勘がそれを否定するんだよ」

「さっきから勘、勘って。確証はないの?」

「そんなこと言うなってー」

 

 小突いてくるアルゴ。生憎そこまで心に余裕はない。何せ《ユナ》のライブは明日なのだ。一つ回り道をしただけでも間に合わない可能性が高くなる。

 

「そもそも確証のある情報からいかに推測するかが情報屋の腕の見せ所。推測して叩いて埃を見つけて。そうやって確証を得ていくの。調査が一日二日人脈を駆使しただけで終わるようなら、《鼠》は要らなかった。情報集めと推測を一緒にやってもらう代わりに、手に入れた情報から結論を導き出すのを手伝ってあげるんだからあんまり固いこと言わないでさー」

 

 それはそうなのかもしれない。たしかに現状では《ユナ》作成という目的すら推定に過ぎない。しかし時間が足らないのであれば無理を承知でも賭けて押し通すしかないのだろう。明後日の方向に向かっていないことを願うだけか。

 

「――――」

「――――」

 

 しばし沈黙が貫かれる。分かっていること、推測したこと、それを浚って新たな疑問点を見つけ出し、それを潰そうとする。一度流したことでも振り返ってみると不思議に思う、そんなことはよくある。今回もまたそれを見つけた。

 

「……そういえば、感情を増幅させるって言ったけど、どの感情がSAOの記憶に繋がっているなんて分かるのかしら」

「――たしかに、そうだね。どんな感情を抱くかは人それぞれ。さっき言った増幅法は特定の感情を増幅させるもの。感情の種類ごとに微調整が要るはず。それができないってことは一律の基準で感情を拾ってるってことだね」

「……アルゴ。貴女が記憶を覗かれたとき、どんな感情だった?」

 

 真剣に考えるアルゴ。アルゴは事実を大事にする性格だ。いくら記憶力に優れているとはいえ、さして重要に思っていなかったことを思い出すのは辛いだろう。

 

「よくは覚えてないけど……、怖かった、かな。でもあれは自転車があったからだし……。OS自体には感じてたかなー?」

「怖かった、ね。……何人か話を聞いたけれど、状況からすると、どうやら記憶への干渉はダメージを受けたときに起動されるみたいね」

「多分。それから感情を検出して、もし該当の感情が検出されたら増幅。増幅された感情に関連した記憶を覗き見てる」

「見られて引き出せなくなった記憶はSAOのものだけ。――つまり多くのサバイバーがその感情をSAOに関連づけている、と。アルゴ曰く『怖い』を」

「……それなら『生命の危機に対する恐怖』とかはどうかなー? 私はダメージで思い起こされたわけじゃないけれど自転車で感じたからね。OS中は普通は周りに車両は存在しないし、物体もフィールドに反映されるから突っ込むこともほとんどない。それなら事故によるサバイバー以外の誤作動も防げるかな」

「……でも、生命の危機をSAOサバイバーは感じるの?」

「――」

 

 私の何気ない質問はアルゴの顔を翳らせる。そして落ち着いた声で語り出した。

 

「……シノちゃんの周りの人は違うのかもしれないけどね。私の知り合いによれば、精神科にかかるサバイバーは割と多くいるんだ。ふとしたことで恐怖を感じる、特にHPバーが急速に減っていってmobが迫ってくると、ってね。《()》のところには色々噂が集まってくる。VR世界でHPが減ったときにふと本当に怖くなったっていう話はやっぱり数多あるんだ」

 

 それは私では想像のつかない現実。二年間も戦いの日々に身を置いたSAOサバイバー。その心は予想外に傷ついているのかもしれない。私の周りの彼らも。

 

「私だってたまに怖くなるんだ。『こうして何気なく遊んでいるけれど、もしもこれがSAOの続きでHPバーと命が直結していたら』ってね。それは止められない、自然と浮かんでくる悪い考えだよ」

 

 SAOの低層プレイヤー、中層プレイヤー、最前線プレイヤー。誰でもあの世界ではダメージが怖かった。二年間の恐怖は既に脳に刻まれているということか。

 

「――重村教授はそれを利用している。ということは、明日のライブでも」

「……ライブ中か、ライブ前か、ライブ後か、何にせよ多分大量のOSのmobを投入するんだろうね。それで一斉収穫。収穫されたらバタバタ気絶する、正に阿鼻叫喚だね」

 

 その光景を想像する。あの新国立競技場を埋める観衆が次々と電磁波を浴びせられ倒れていくのだ。

 

「……? ねえ、唐突だけど電磁波ってどうやって浴びせるの?」

「え? それは当然オーグマーから――。……出力が足りない?」

 

 そう、そこだ。オーグマーは脳に干渉する機能を大幅に減らしたことが特徴なのだ。それにも関わらず記憶にアクセスするほどの干渉が行えるのだろうか。

 

「うーん。オーグマーにはリミッターが設定されていて普段よりも出力が上げられる、とかかなー」

「でもそれだとリミッターを外す方法が問題になるわよ。個人のオーグマーの設定を弄れるわけがないんだから」

「いや、あのドローンとは接続されているからそこから特殊コマンドでも送るんじゃない? それに電磁波の制御はたしかあっちでやってたはずだし、記憶干渉もドローンからのコマンドの可能性が高いねー」

 

 あのドローンとは、オーグマー普及のために日本全国に飛んでいるドローンのことだ。それ一つでかなりの範囲のオーグマーの通信を管理できるらしい。あれが全て落ちれば、独自で電波を発している一部の施設付近を除いてオーグマーはオンラインで使えなくなる。

 

「……あのドローンって一台でオーグマー何個を受け持てるのかしら」

「そりゃかなりの数はいくでしょー。千、は言い過ぎでもその半分くらいはいけると思うよ、街中のドローンの数的に」

「……一台千人としたら、明日のライブに三十台は動かされるってことよね」

 

 私の言葉にアルゴが眼を細める。

 

「なるほど。一網打尽にこっちの記憶に干渉する気ならかなりのドローンが要るねー。それに感情のモニタリングだけど、記憶を引き出すためにはある程度の感情の揺らぎがないといけないんだよね。そして感情の揺らぎは移ろい易いもの。モニタリングは常に行わなきゃいけなくなる。普段の通信は本当に全てのオーグマーを常に繋ぎ続けているわけじゃないからね。ドローンの仕事量は数倍から数十倍になるはずだよ」

 

 アルゴは身軽に席を立つ。伝票を持って会計に向かいつつこちらに告げた。

 

「さて、私はその方向で調べるよ。こっから先は情報屋さんの企業秘密。シノちゃんはここでお別れ。結果が出次第連絡するよー。それじゃ」

 

 店を出たアルゴは跳ねるように駆けていった。小柄な体とその動きは《鼠》というより《兎》だった。

 残された私は瞬きを繰り返す。はっきり言って今の私にできることはないに等しい。翔の家は知っているが、訪ねたところで会ってくれるかは別だし、会ってくれてものらりくらりと躱されるだけだろう。

 

 私はシリカから誘われたカラオケに行くことにした。




 まさかのほとんどをカフェでの会話で終わらせるという。
 でもこれがないとシノン達の情報量が読者に追いつかないんです……。
 ここで追いつかないとOS編は重村教授大勝利のバッドエンドで終了ですね。
 さて、次話でようやくユナのライブですね。ライブ描写は恐らくないでしょうが。

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