まさか夏休み期間で丸々一本オリジナル短編小説を書かなければならなくなるとは……。あれ、夏休みって十月いっぱいまであるっけ(お目目グルグル)。
それでは、ひとまず五十三話です、どうぞ。
風林火山の一人を襲撃した、そう鋭二から連絡が入ったのが土曜日の朝。今までと同じように土曜日を過ごし、風林火山の残りを襲撃した、そう連絡が入ったのが土曜日の夜。僕は皆と連絡を絶った。
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~side:和人~
それは完全な気紛れだった、というわけではない。
クライン、そして翔と連絡がつかなくなった。その時点で心の中で不安な気持ちが鎌首をもたげた。クラインだけならいつものだらしなさの発露と笑い飛ばせただろう。そもそも彼だって社会人でありいつでも連絡が取れるほど暇ではない。
しかし翔もそうかと言われれば違う。無論、俺達に関係のない用事だってたくさんあるだろう。すぐに連絡が取れないことだってあるだろう。だが、翔が最近妙に余所余所しかったことも事実だ。何かある、もしくはあったと勘繰ってしまっても致し方ないことだ。
そんな中での興味がないOSのイベントボス戦、参戦する気はないがついつい見に来てしまった。
明日奈とリズ、シリカが参加しているが、三人とも楽しそうである。何事もなく、嫌な予感もただの取り越し苦労だったと帰ろうとしたときにそれは起こった。
シリカのテイムモンスターであるピナがなぜか現れ、そしてシリカが近づいたときに突如巨大なモンスターへと変化したのだ。
慌てて駆け出した。シリカもまだ襲われていなかったが、あまりのことに驚きで行動が止まっている。何とか数歩後ずさり、誰かにぶつかった。
そいつは午前中にも明日奈との会話に出てきた元KoBメンバー、《ノーチラス》。奴は悪意の籠もった表情でシリカを突き飛ばした。それは事故などではない。明確に、害意を持って、シリカを突き転ばせた。
モンスターが迫る。尻餅をついた状態のシリカに避ける術はない。シリカが思わず目を閉じ身体を固くする。それを、――明日奈が護った。
明日奈にも不意の出来事だった。しかし俺よりもシリカに近かった。だから間に合った。
モンスターの爪に引き裂かれて仰け反る明日奈。そのHPがみるみる減っていく。俺はノーチラスに詰め寄り胸ぐらを掴んだ。先程のは明らかなるマナー違反。いくらただのゲーム、命の危険がないとはいえ流石に一言言わねば気が済まなかった。
不敵な笑みを崩さぬノーチラスにカッと頭に血が上る。
殴りかかる直前、俺の動きを止めたのはリズの声だった。
「レ、レント? どうして、ここに……? いいえ、もう何でも良いわ! 明日奈が! 明日奈が!」
明日奈に何かあったのか、そう聞こうと振り返った視界に映ったのは、リズとシリカに剣を振り上げるレントだった。
「えっ!?」
「レn」
驚き硬直した二人を、レントは容易く斬った。二人のHPバーも明日奈と同じように減っていく。
「オオオオオォォォォォ!!!!!!」
半身から体を完全に反転させ、剣を振り上げ、レントに思い切り斬りかかる!
俺の衝動的な剣にレントが剣を合わせに来る。鍔迫り合いの衝撃に備える。が、二つの刀身はぬるりと一瞬不自然に揺らめいて姿を崩し、かち合うことはなかった。
それも当然だ。これはAR、実体があるわけでも、VRのように強烈な実感を与えるものでもない。力の行き場を失った俺は体勢を崩した。
レントはそんなことなく軽やかに俺の脇に回り込み、再び剣の形を取ったものを振り上げ、下ろす。
無理矢理体を回して剣でパリィしようとして、できないことを思い出す。
あわやそのまま斬られるかと思ったが、俺の脚がその前に限界を迎えて無様に背中から地面に落ちた。怪我の功名、レントの剣は仰向けの俺の鼻先を通り過ぎる。
服が汚れることも気にせず、横に転がってひとまずレントの間合いから抜け出す。
「おい! レント! どういうつもりだ!」
激しい口調で詰問しても、先程のノーチラスのように涼しい顔をする。なおも言葉を続けようとした俺にレントは左手で俺の後ろを示す。
「キリト君。後ろの三人は大丈夫かい?」
ハッと俺は後ろを振り返る。そこには重なり合うようにして倒れる三人の姿があった。
―――なぜ!? ダメージを受けただけじゃないのか!?
慌てて駆け寄れば、三人共瞼を震わせ目覚めようとしていた。それを確認して振り返るも、そこには既にレントの姿もノーチラスの姿もなくなっていた。
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~side:詩乃~
「それ、冗談だったら許さないわよ」
突然キリトから招集がかかった。ALOで話をしたい、と。それに応じて集まったのは私を始めとしたいつものメンバーだ。エギルまでも一旦店を奥方に預けて話を聴きに来ている。…………翔はいない。
そこでキリトとアスナ、リズ、シリカから話されたのは昨夜あったという出来事だ。
OSのボス戦中にシリカがノーチラスというSAOサバイバーに突き飛ばされ、新たなボスモンスターも現れ動揺が激しくなったところで翔がやって来てリズとシリカにダメージを負わせたと。更にはキリトとも交戦し攻撃を加えてきたという。
これがキリトだけだったならまだしも、その場にいて実際に被害を受けたリズとシリカも同じ証言をしている。恐らくは事実なのだろう。だが、だとすればなぜ。翔は本来後ろから騙し討ちのように斬りかかる人間……ではあるかもしれないが、流石に友人に対してそんなことはしない。
しかし、ただOSのプレイ中にダメージを受けたというだけで軽く気を失っていたというのが気になる。恐らくOSでも一撃死を狙えるであろう翔――彼のランクは相当高かったはずだ――が攻撃を加えてHPが残っていたのだから、そんな機能は寡聞にして知らないがそちらが目的なのかもしれない。
しばらく考え込んだ私に皆の視線が集中していた。
「大丈夫か?」
「シノン……」
「シノンさん……」
「しののん……」
私は慌てて何でもないと手を振る。
「大丈夫よ、別に心配要らないわ。ただなんでそんなことになったのか気になってね。ほら、OSにもオーグマーにも意識を奪うような機能なんてないじゃない?」
私の言葉を聞いてキリトと、女子三人、クラインが顔を見合わせる。そしてクラインが口を開いた。
「実は、なんだが。そのぉ、なんだ。こう言っちゃ、アレだが……」
「何よ、さっさと言いなさいって」
煮え切らない口調にやや苛立ちが募る。
「実は、……俺達、記憶がなくなってるんだ」
……は?
「それはどういう意味で? 記憶喪失ってこと? でも今までの会話、というか状況説明から記憶に不備はなさそうだけれど」
バトンタッチするかのように今度はキリトが話し始める。
「―――アスナ達四人は
SAOの記憶――。意識を失い病院に行く羽目になった四人が四人ともそうなら、このOSにおける事故の共通の被害はそれと見てまず間違いないだろう。
だとしたら翔の目的もそれということに――
「ん? アスナ達『は』?」
「ああ。俺の記憶はなくなってない」
キリトと他の四人の違いは……ダメージの有無か。
「そういうわけで、何があるか分からないからOSはプレイしないでくれ」
そうキリトが締める。それにてその場は解散と相成った。
他の皆が解散していくのをじっと見ていた私に、キリトが近寄ってくる。
「シノン」
「何?」
「SAOの記憶があるサバイバーじゃないから、そんな理由でOSをやるなよ」
「……」
「レントならそんなことしないと思うが、クラインはノーチラスにやられて入院している。記憶をなくすだけじゃなく、単純に危険だ」
「あ、そ」
わざわざそんなことを言いに来たということは、そういうことをしそうだと思われているのか。
「シノン!」
「分かってるわよ。だけど、翔の目的を探ることはする。OSはやらないつもりだから安心して」
それだけ言い残して、私は早々にログアウトした。
******
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル
電話の待機音が聞こえ続ける。呼び出している相手は菊岡だ。だが彼も忙しい。出てくれない可能性があるのは仕方がないが、仕方がないとしても納得できるかは別だ。出てくれ、それだけを思う。
ガチャッ
―――よし。
「ねえ、菊岡さ『ただいま電話に出ることができません。ピーという音の後にご用件をおにゃがいします』」
「…………」
電話口、そこから流れたのは無機質な機械音声、ではなく菊岡の声。しかし抑揚まで完璧だったのに最後の最後で噛んだ。
これがキリトだったらいたたまれない空気が両者の間で流れることだろう。だが今通話しているのは私だ。ひたすらに流れる苛立ちの雰囲気を感じ取ったのか、菊岡は気を取り直して会話を始めた。
『やあ、シノン君。さっきのはただリラックスしてもらおうと思ってやったことなんだ。さて、今日はどうしたんだい?』
「そんなことで誤魔化さないでほしいけれど、今日は緊急だから見逃してあげる。それで用件は……オーグマーにおけるトラブルよ」
『――それはどういった?』
「あまり、電話で話したい内容ではないのだけど」
『今日は長時間抜けられそうにないんだ、すまないね。周りに人はいないし、この通話は安全だから安心してほしい』
「分かったわ」
はぁ、と一息ついて呼吸を整える。
「OSが今流行っているじゃない」
『ああ、ARだけどまだそれ用の部署がないから僕のところに押しつけられた分野だね』
「そこでダメージを受けたSAOサバイバーに異変が起こっているわ」
『……君らの誰かがそれに巻き込まれたのかい?』
「ええ。巻き込まれた、なら翔とエギル以外の五人。異変が起こったのはキリトを除いた四人」
『……いくら君達といっても今までノーダメージだったわけではないだろう? ダメージ以外の条件はあるのかい?』
「いえ、それは分かってないわ。そもそもダメージが原因ってのも、ダメージを受けたときに異変が起こったからってのと、一緒にいた中でダメージを受けてないキリトにだけ異変が起きてない、その二点からの推測だもの。まだ何も確証はないってのが実情ね」
『……異変とは?』
「表面的には強い眩暈から軽い気絶。実際は記憶の喪失、正確には強い電磁波を浴びせられたことによって記憶を上手く引き出せなくなっているらしいわ。その影響は今のところSAOの記憶に限っているそうよ」
『…………』
長く黙考する菊岡。
そして絞り出すように言った。
『――確証が持てるまではこっちから動くのは難しい。集団で一気にその現象が起これば動けるだろうけれど、それまで待つのは愚かだろうね。元からその気かもしれないけれど、シノン君、調査を頼めるかい?』
「え、……ええ、良いわよ。それにしてもそんなに簡単に一般人を使っていいのかしら?」
『死銃事件のときはキリト君とレント君に頼んだんだ。今更だよ』
「……」
『……レント君に何かあったのかい?』
「――どうして」
『キリト君はアスナ君につきっきりなのかもしれないけれど、こんなことがあればまず間違いなくレント君は連絡を入れてきているはず。なのにそうじゃなかった。だとしたら彼に何かあったと考えるのが妥当だろう?』
菊岡はもっともらしい理由を並べ立てるが、どうせ私の反応から何かを察したのだろう。私としたことが流石に心を乱され過ぎた。
「ええ、そうね。……今回、自然にHPが減るだけでなく、わざわざマナー違反までしてこちらのHPを減らしにきた人がいたわ。SAOサバイバーで当時のプレイヤー名《ノーチラス》、OSプレイヤー名《エイジ》と翔よ。翔はどうやらあちら側のようね」
『なるほど。彼が敵か、それは厄介だ。手の内は知られているからね』
翔が味方ではないということに大した動揺を示さない菊岡。それに逆に私が動揺する。
私が口を開こうとしたときに菊岡の声の調子が変わった。
『おっと、時間だ。すまない、シノン君。後は頼んだよ。あ、それと信用できる人の連絡先を送っておいたから。彼女によろしくね』
それだけ駆け足で言うと電話を切ってしまった。
簡易メッセージで確かにメールアドレスが一つ送られてきていた。それを見る。
「えーと、『《鼠》の一度だけ使える緊急連絡先』? 何よ、その、胡散臭い名前」
そうは言いつつも、私は直感に従いメールを認めていた。
******
「ヨッ! アンタがシノンちゃんだね?」
GGO内の酒場――若干酔ったようなデバフを与えるドリンクを提供している。ちなみに雰囲気だけなので年齢制限はない――のボックス席で大柄な女性に声をかけられた。後ろに立たれただけなのに影が手元にかかる。低い女声は全く淀んでおらず、気分が良い。
私の向かいに女性が腰を下ろす。その格好は迷彩服。フードを目深に被り、三日月形の口元だけが見えている。そして僅かに見える両頬には三対の髭がペイントされていた。
「アタシが《鼠》だ。さて、早速だが依頼は何だい?」
「それは伝えたはずよ? 噂に名高いSAOの情報屋はボケてしまわれたのかしら?」
「―――おっと、それはすまないね。アタシにとって客はアンタだけじゃないのさ。こう見えて中々の高給取りなんだぜ? 一々客の細かい依頼なんざ覚えてないよ。こうして対面に座って直接依頼を告げられるだけ嬢ちゃんは幸福なんだよ?」
―――よく言う。あの連絡に五分と経たずに返事をして、日が沈む前に私に会っている癖に。
女性の三日月型の唇は形を崩さない。そのまま軽く身じろぎをする。埃が立った。
「にしても、この椅子少し狭くないかい? いや、アタシのケツがデカいのか。ハッハッハ!」
私は目の前の女性の話を流し、新たに注文したドリンクを、持ってきたウェイター――相場より高い飲食店ではこういったサービスもしていたりする――の顔にぶちまけた。
「流石に馬鹿にし過ぎじゃない? 何、嫉妬?」
「……にゃハハハハ。流石はレン坊とBoBを同時優勝した
GGOには特殊スキルがいくつもある。存在はあまり知られていないが。
その中には面白いものが溢れている。例えば人や物に何かを描いたり色を塗ったりできる《ペイント》。声を変える《変声》。一時的にアバターのグラフィックを変更する《変装》。声だけを遠くに飛ばす《発声》。
このウェイターに扮した本物の《鼠》がしたことは簡単だ。そこら辺にいた一般人を連れてきて私の前に座らせ、《変声》で声を変えながら《発声》で一般人が話しているように装った。一般人が口の形をほとんど崩さなかったのは、冷静を装っていたのではなく単純に口パクすらできなかったためだ。そうして自分は《変装》でウェイターの振りをしてホールを動きつつ私と会話していたのだ。
私がそれに気づいた理由は複数ある。一つ目の理由は推測されるステータスだ。この女性が《鼠》だとしたとき、その頬のペイントは恐らく自分で描いているだろう。情報屋は敵が多いゆえに狙われる可能性も高く、大抵のことは自分で済ますはずだからだ。そして《ペイント》を習得するにはDEXというステータスを上げなければならない。DEXが高まれば副次効果で行動による周囲への影響が少なくなる。《ペイント》を取れるほどのDEXならば、大して埃っぽくもない店内で身じろぎしただけで埃が立つなどありえない。
次に最初のコンタクト。大柄で《鼠》が似合わないからだろうか、自己の主張が激しかった。余計なことまでペラペラと。まるで端から嘘であるかのようにポロポロと情報を落とす。しかし女性に嘘を言っているような素振りは本当に一切なかった。決められた台詞だったとしてもある程度の仕草はあるだろうに。
そして決め手になったのはウェイターとしての本人だ。この店のウェイターは全てNPCでその動きやAIは全て同一品だ。しかし本物の動きはNPCに比べて余りにも
それらは全て些細なことだ。しかし全ての違和感は、『この女性が偽物である』とすると説明がつくのだ。
大柄な女性に幾許かの金を渡して、《鼠》は私の前に座った。
「さて、ごめんネ、シノンちゃん。シノンちゃんのことは知ってたけど、少し試したくってネ。――それじゃあ、仕事の話をしようカ」
……こんな調子でOS編何話かかるのでしょうか。構想と内容は浮かんでいるのに文章にならない、不思議。