SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 十八時から少し遅れました、すみません。
 主人公の過去話です。え? 題名が銃関係ない? ……すみません、許してください。
 週一更新になりつつある現状が恐いですが、どうぞ。


#36 昔話

「君に、僕の『昔話』をしようか――」

 

 僕は深い記憶を辿りながら、シノンに静かに話し始めた。

 

******

 

 実は、僕はSAOよりも前に人を殺したことがあるんだ。あれはもう十年くらい前になるかな。とある事件が起こったんだ。

 僕の両親は二人とも国際連合――国連の職員だったんだ。二人とも純日本人で、日本で働いているときに出会ったって言ってた。父さんは正義感の強い人だったらしくてね、それで外国に飛ばされたって言われてた。母さんはそんな父さんを抑えるセーフティみたいな人だったらしい。ただ僕が話を聞いた人によると、母さんも父さんに負けず劣らずの性格だったらしいけどね。

 父さん達は僕が産まれたとき、いや、産まれる前から色々なところに盥回しにされていたらしい。能力は高くてかなり上の地位にいたらしいし、周囲の人からの人望も厚くて地域の問題を解決に導いた実績もあったんだけど、正義感が強くてうるさいから上司とか国家権力からは好かれてなかったみたい。そのせいで海外を転々としていたんだ。

 その事件が起きたとき、両親はトルコの支部にいた。六、七歳の僕もそれについて行ってた。普段はベビーシッターとかがついてたんだけど、よく職場に遊びに行ってたんだ。そこの人達とも仲良くなってね。日本語の他にも国連公用語は話せるようになったな。

 支部には色んな人がいたよ。黒人から白人まで、あらゆる国籍の人がいた。それぞれに宗教とか、生まれ育った環境とかで違う思想があった。一緒に遊んでくれてるときもそれぞれに考えが違ってね。それが面白かったりもしたんだ。

 たまに両親の職場に遊びに行って、職員と笑って遊ぶ。そんな平和な日にあの事件は起こった。

 午後三時くらいでさ、遊びに来てた僕は帰ろうとしてたんだ。突然、銃声がした。母さんは僕を抱えて机の下に潜ったんだったかな。父さんは立って警戒してた。オフィスに来たのは、白いアラブの民族衣装を着て銃を構えた二人組の男だった。片方は受付の職員の頭に拳銃を押しつけてた。もう片方は軽機関銃でいつでも発砲できるようにしてたみたいだった。

 その軽機関銃を構えている方が指示を出した。「こいつの命が惜しければ、この支部にいる全職員を十分以内にオフィスに集めろ。それからこの支部が保管している銃火器の類も全部だ」ってね。支部には有事に備えて銃火器が保管されてたんだ。そのときこそ使いどころだったんだけど、誰もそれに気づけなかった。

 それから十分間、大人達は駆けずり回ってた。男達はもう一人人質を増やした。縄で縛られて転がされたその人達は簡単には抜け出せなさそうだった。変な動きをしたらすぐに軽機関銃で蜂の巣だからね。

 集められた職員は互いに縄をかけさせられたんだ。そこで襲撃グループは僕のことに気がついた。人質にするなら逃げられない方が良いからね。僕も奴らの人質になった。そこからは父さんの眼とかが良く見えた。その眼は常に隙を窺ってるみたいだった。

 その瞬間に、とんでもない数の銃声が聞こえたんだ。まるで銃撃戦のど真ん中にいるみたいなね。実際、そんな状況だった。ただ違うのは、銃撃戦とは違って撃ち込まれるだけ、殲滅戦だった。

 支部の壁に穴が広がってくんだ。小さな穴が段々大きくなっていく光景は悪夢だよ。それでもオフィスはある程度中にあったから、実際にはそこまで弾丸は飛んでこなかった。

 その銃撃は国連の職員にとってはまたとないチャンスだったんだ。片方の人質に銃を向けていた一人は運悪いことに、いや僕らからすれば運が良かったのか、その最初の斉射で弾丸が命中して倒れた。初弾で倒れたのはその人だけだった。多分立ってたから当たったんだろうね。

 そしてもう一人の方も銃撃に意識が逸れたんだ。その隙を突いて父さんは犯人に飛びかかった。他の職員は机の陰とかに避難して縄を解いてたりしてたのかな。まあそれで、父さんに飛びかかられた方は揉み合いになった中で人質の方に弾丸をばら撒いたんだ。犯人も必死の行動さ、多分狙ってたわけじゃなくて、引き金に指が当たっただけだと思うけどね。

 床に転がってた僕は、これで終わりだって思ったんだ。変に大人びてるところがあったから、早々に諦めてた。そんな僕を母さんが庇った。

 僕の目の前で母さんの体に穴が開いていくんだ。母さんは最期の瞬間まで僕を抱き締めてた。そこからは、多分まともに頭が働いてなかったんだろうね。『まずはどかさなきゃ』、それが最初に思ったことで実行したことなんだから。

 そのとき父さんはさ、襲撃者と揉み合ってたのにこっちに視線を向けたんだ。その隙を突かれて父さんは短機関銃の銃身で殴られた。倒れた父さんは襲撃者に銃口を突きつけられながらも必死に抵抗してた。

 それを見た僕は、近くに落ちてたもう片割れの短機関銃を掴み取って揉み合う二人に向けたんだ。あのときはもう頭が真っ白になって撃つことに何の躊躇いもなかったんだけど、後ろから手が伸びてきて僕の両手に重なったときにはびっくりしたな。いつの間にか人質の一人だった現地の男性職員が後ろにいたんだ。その手は真っ赤だった。胸からも大量に血が出ててね。「坊や、それじゃ抑えが足りない。俺が一緒に抑えててやる。その代わり、俺の指の代わりに引き金を引いてくれ」って言われた。僕は指を思い切り握り込んだんだ。

 今にも父さんを殺すところだった襲撃者の身体は衝撃で吹き飛んだ。父さんはそれから呆然とした顔でこっちに来たんだ。今思えば、あれは子どもに殺させてしまった罪悪感だったのかな。

 父さんは泣きながら僕を抱き締めたんだ。そして僕から離れた瞬間に体が浮き上がった。『え?』って思ったよ。そのとき父さんは前から撃たれたんだ。誰に、って? そのとき僕の後ろから撃てたのは一人しかいない。僕に手を重ねたあの男の人だった。

 驚愕やら絶望やらが織り交ざった表情を父さんは見せた。でもそれも続かなかったんだ。外からの二度目の斉射だよ。今度はさっきよりもたくさん銃弾が飛んできてね。当たったのは一人立った姿勢の父さんだけだった。その体に母さんと同じ、小さな穴が次々に開いてってね、父さんは後ろに倒れた。

 実はその後はよく覚えてないんだ。銃撃の音の向きが変わったのは覚えてる。量が増えたことも。後から聞いた話によれば、そのとき銃撃してたのは宗教過激派組織で、現地警察が来て追い払われたらしい。襲撃犯二人はその組織から武器を横領して逃げてたんだって。男性職員は彼らの仲間だったそうだよ。と言っても、警察が突入してきたときには出血多量で意識をなくしてたから、真実は誰も知らないんだけどね。

 これが、僕が巻き込まれた事件。その事実さ。

 

******

 

~side:シノン~

 私は声が出なかった。終始穏やかな声で話し終えたレントさんの顔は、声とは裏腹にとても切なく哀しそうだった。

 

「君は『もし自分がいなければ』って考えたことある? ……もし僕がいなければ、母さんが死ぬことはなかった。それに気を取られないから父さんはもっと簡単に相手を制圧してた。僕に近づいてこないから最後の弾丸も察知できた。もし僕がいなければ、二人は死ぬことはなかった」

 

 私は違う。母は私が()()()()()死んでしまったかもしれないが、自分のせいで死んでしまった人間はいない。今まで私は、自分こそが世界で一番不幸だとでも思っていなかっただろうか。それがどうだろう。彼の方が悲惨ではないか。両親を目の前で、自分のせいと思えるような状況で失ったのだ。時折彼が見せた陰は、SAOだけが原因ではなかった。

 過去を思い返し彼と自分とを考えていたとき、私は気がついてしまった。私が抱いていた感情に。

 

「――レントさん。私、最低な人間だ……。どうしよう、自分が、信じられない。私ね、貴方と一緒にいると気分が良かった。気が楽だった。心の底から笑えた、楽しめた。だけどね、それは私が優越感を感じてたから。私は貴方の闇に薄々気がついてたのよ。変に意識はしなかったけど、けど! 私は、じ、自分より下がいるって、そう思ってただけ! 私、私っ、これじゃあいつらと何も変わらない……」

 

 溢れ出る感情。私を虐めていた人、それを眺めているだけだった人達。彼らと私は何も変わらなかった。酷く、醜い、この汚い感情に気づきたくなかった。知らないままでいたかった。

 そんな私に、レントさんはまだ優しい声で語りかけてくれた。

 

「……人間、誰だってそんなものじゃないかな。シノンちゃんは少し潔癖すぎるんだよ。みんなそのくらいの暗い部分抱えながら生きているさ」

 

 そこで彼は一瞬迷うような表情を見せた。

 

「……シノンちゃんはどうしてそんなに『強い』のか、って聞いたよね」

「ええ。あなたは自分の方が弱いって返したわ」

「その答えは今も変わってない。けどどうして僕がそう思ったのか教えてあげるよ」

 

 彼の手が私の髪に優しく乗せられた。どこか心地良いそれを跳ね除ける気にはならなかった。

 

「僕はあの事件があってから、心が壊れかけた。幼い子どもには厳しい現実だった。だから、そのときから僕は目を背け続けてきたんだ、現実から」

「…………」

「SAOに囚われてからもそうだった。僕が最前線で戦えたのは死の恐怖に打ち勝ったからじゃない。現実から、真実から目を逸らしていただけなんだ。HPが零になれば実際に死ぬって事実はもちろん理解していたよ。けど、本当の意味で真実として受け止めてなかったんだ。真正面から見すらしなかった。僕に比べれば、たとえ死の恐怖に負けてしまったとしても、戦わないことを選んだプレイヤーの方が立派さ。だって、負けたってことは一度死の恐怖と向き合ったってことなんだから。その勇気すらなくて目を背け、耳を塞ぎ続けていた僕とは違ってね」

 

 彼は私に何を言いたいのだろうか。その言葉を、呼吸音すら聞き取ろうと耳を澄ませる。

 

「シノンちゃんも、ずっと恐怖と戦い続けている。それは凄いことだよ。だから、少しくらい休んだっていいんじゃないかな」

「え……」

「君はずっと戦ってたんだ。僕とは違ってね。それは誇って良いと思う。誰が認めなくても、僕だけはそのことを讃え続けるよ。よく頑張ったね」

 

 ツーと涙が流れた。『頑張ったね』。たったそれだけの言葉で私は救われた気がした。そんな気になってはいけないのに、涙だけは勝手に流れていった。

 

「僕みたいに目を背けちゃいけない。SAOで僕はそれを知った。どんなに辛い現実だろうが、真実だろうが、受け止めて歩き続けなきゃいけない。それが人間の定めなんだから。たとえ曲がっていても、後ろ向きでも、進まなくちゃいけない」

「受け止め、歩き続ける……」

「だけど、もう一つ知ってほしい。君は『罪』と向き合い過ぎたんだよ。確かに『罪』も真実だ。けど、もっと世界は広い。受け止めるべき真実にも様々な側面がある。目を向けてみてごらん。『罪』だけじゃないと思うよ、君が受け止めるべきはね」

 

 『罪』以外。そんなこと考えもしなかった。今この瞬間まで。あの記憶の全てを受け止める、そんなこと私にはできないかもしれない。だけどレントさんの話は私に光を見せてくれた。

 

「やっぱり、あなたは『強い』じゃない」

「ん? そうかな?」

「ん……。……ありがとう、あんな話を聞いた後に言うことじゃないかもしれないけど、少しだけ気が楽になったわ。それだけは言っておく」

「僕がしたのはただの『昔話』さ。そこから何かを得るか、ただのお話として聞き流すかは君次第。何はともあれ、まずはこのBoBを無事にクリアしないと僕らの歩みはここで止まっちゃうんだけどね」

 

 レントさんは普段とは違い、片頬を吊り上げて笑った。

 

******

 

~in:ALO~

 一度、キリト達の依頼主に電話をしにアスナがログアウトしてから三分ほどが経った。連絡をつけた直後に戻ってきたアスナは深刻な顔をしている。

 ガチャリと扉の開く音が聞こえ、部屋にいた全員の意識がそちらに集中した。

 

「クリスハイト! 遅い~!」

「これでもセーブポイントから超特急でやって来たんだよ。ALOに速度制限がなくて助かったくらいさ」

 

 入ってきたのは水色の長髪の水妖精(ウンディーネ)の青年だった。菊岡である。

 つかつかとアスナが歩み寄り、棘のある口調で詰問する。

 

「何が起きてるの」

「……何から何まで説明すると、ちょっと時間がかかるかもしれないなぁ」

 

 クリスハイトはスッと目を逸らす。

 

「それに、そもそもどこから始めていいのか――」

「誤魔化す気!?」

 

 アスナは既に噴火間際だった。そこに小さな妖精がテーブルから飛び上がった。

 

「なら、私が説明します」

 

 ユイはそこから淀みなく説明を始める。その説明は菊岡が依頼のときに二人に話したのとほとんど遜色ない情報だった。

 

「これは凄いな。この短時間に一般に公開されている情報だけでそこまで導き出したのか。……うちでアルバイトする気はないかな?」

 

 クリスハイトのその言葉にアスナが眉を上げる。クリスハイトは慌てて弁明をする。

 

「怒らないでくれ、この期に及んで誤魔化す気はないよ。――おちびさんの言ったこと、それは全て事実だ」

 

 それを聞いてクラインがカウンターから降りる。

 

「おい、クリスの旦那よぉ。あんたが二人の依頼主なんだってな。だったら、そのことを知ってて殺人現場にコンバートさせたのかよ!?」

 

 クリスハイトは右手を振りその動きを遮った。そしてキリトと辿り着いた、アミュスフィアでは殺人ができないという結論を伝える。

 今度はリーファが問いかけた。

 

「だったら、何でお兄ちゃんたちをGGOに行かせたんですか? あなたも感じてたんでしょ? いや、感じているんでしょう? あの死銃には何かある、って」

 

 クリスハイトはその口を閉じる。そこにアスナが新しい情報を投げ入れた。

 

「クリスハイト、死銃は、私達と同じSAOサバイバーよ。しかも最悪と言われたレッドギルド《ラフィンコフィン》のメンバーだわ」

「……本当かい、それは」

 

 流石のクリスハイトも驚きの声を上げる。

 

「ああ、名前までは思い出せねぇけどな……。俺もアスナもラフコフ討伐戦に参加したからな」

「クリスハイト、あなたなら調べられるんじゃない? ラフコフに所属していたプレイヤーをリストアップして、今自宅からGGOに接続しているか契約プロパイダに照会してもらって……」

「いや、それは不可能だよ。GGOの運営は海外にあるからそう簡単に照会はできないんだ」

 

 アスナは言葉に詰まってしまった。クリスハイトは考える。

 

(レッドプレイヤーリストはレント君から貰っているから、前者はできないこともないんだが……)

 

 ただ、菊岡の一存でそれを行うのは残念ながら不可能だ。周りから見えないようにクリスハイトは臍を噛んだ。彼とて何もできずに見ているだけなのは悔しいのだ。

 

(後はレント君の策に嵌まってくれることを祈ることしか……)

「クリスハイト、あなたは知っているんでしょう? キリト君達が今、どこからダイブしているのか」

「え、まあ……」

「教えて。すぐに!」

 

 アスナの剣幕に押され、しどろもどろになりながら答える。

 

「ち、千代田区御茶ノ水の病院なんだけど……。あ、安心してくれ! 警備はしっかりしてるし、バイタルチェックも行われている。ナースもつきっきりで見ていてくれるから」

「千代田区……。それって、キリト君が入院していた病院ですか?」

「ああ、まあ、そうだよ」

「私、行ってきます!」

 

 キッと上がったアスナの顔からは迷いはなくなっていた。




 今回の話は書いているときに小説七巻のあとがきを思い出しましたね。残念ながら私はノリと見切り発車で書くタイプなので、そう深く物語を創れないのが欠点です。
 はあ、外に立っているキリト君、どうしましょうか……。

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