SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 駄目ですね。不定期なんだって思ったらサボり癖が出ました。
 前回の続き、死銃から逃げているところです。どうぞ。


#35 鉛弾

~side:シノン~

 レントさんの運転するバギーは、私を乗せて死銃から逃げる。大きくウィリーをしてから走り出したバギーは北の砂漠地帯へと向かっていた。キリトも金属馬に乗ってついて来ている。

 強張った指でヘカートを肩に戻そうとすると、レントさんが叫んだ。

 

「まだ気を抜かないで! 来るよ!」

 

 普段の彼からは想像もできないほどに動揺していた。その焦りように驚き反射的に後ろを振り向くと、影が飛び出してくるのが見えた。小さくなったモータープールから、壊し損ねた機械馬に乗って奴が追いかけてきたのだ。

 

「何……で……」

 

 その熟練の騎手のような機械場の操りに唖然とするも、それよりも恐怖が先に走る。

 蹄の音を立てながら追いすがる金属馬。バギーと金属馬、両方とも二人乗りの乗り物だ。そしてバギーにのみ二人乗っている。加えて障害物の多い道で小回りの利く馬の方が早いのは当たり前であり、段々とその距離は縮まっていく。

 

「逃げて、もっと……もっと、速く!!」

 

 しかし私の願いも空しく、死銃の騎馬は近づいてくる。

 彼我の距離が百mを切った辺りで、死銃は片手をぼろマントの中に突っ込んだ。

 ピトッと私の右頬に赤い弾道予測線が当たる。その先の死銃の手にはあの銃があった。

 

「いや、嫌ぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 反射的に頭を下げる。パァンという発砲音が鳴るも、その直後に光剣が動いたような音が聞こえた。

 

「シノンちゃん、弾丸はキリト君が防いでくれてる。だけどこのままじゃ追いつかれる。クッ――、ヘカートで、狙撃して!」

 

 ガタンとバギーが大きく跳ねる。その僅かなタイムロスでも、視界に映る死銃の姿が大きくなる。

 

「無理、……無理、だよ」

 

 肩にある愛銃に触れるも、先程のモータープールでのことを思い出す。また引き金を引けないのではないか。再びヘカートを拒絶してしまったら、今度こそ(シノン)が私じゃなくなる。その恐怖は何度頭を振るっても落ちなかった。

 

「当たらなくても構わない! 牽制になれば!」

「駄目……。だって、あいつは……っ」

 

 嫌々と子どものように頭を振るっていた。私の意思なのか、無意識なのか。まるで精神が二つに割れてしまったように感じた。まるで感情を置き忘れてしまったかのように冷静なシノンと、弱くて泣き叫ぶことしかできない詩乃に。

 

「なら僕が撃つ! ヘカートを貸して!」

「ヘカー、ト……」

 

 私の相棒、半身とも呼べる存在。それを私以外の人が撃つ? その言葉でシノンの意識が戻ってきた。

 肩にかけていたヘカートを下ろし、銃口を奴に向ける。

―――動け……動け……、動いて!

 しかし私の指は意志に反して全く動こうとはしない。

 

「駄目、撃てない――。撃てない、私、戦えないよ……」

 

 口からは弱気な言葉が漏れ出していた。

 

「いや、違う! 戦えない人間なんていない! 戦うか、戦わないかの選択をするだけなんだ!」

 

―――選……択。

 私はどうだったんだろう、今まで。あの事件のとき、考えていたかは分からないが私は戦うことを選んだ。虐められたとき、私は戦わずに逃げ、怯えて隠れることを選んだ。さっきは恐怖に負け、戦う手段を自ら放棄した。なら今は?

 指がピクリと動いた気がする。それでもまだ足りない。引き金に指がかからない。

 私の手に温かい炎が重なった。

 どうやってアクセルをふかし続けているのかは分からない。それでも、私の指ぬきグローブの上に白い手袋に包まれた手が重なったのは分かった。

 

「シノンが一人で撃てないなら俺も撃つ!」

 

―――……キャラが崩れてるじゃない。

 その声には焦りが見えた。だけど、なぜかその声に私は安心した。

 その手に押されて、私の指は軋むようにして引き金にかかる。バッと視界に薄緑の着弾予測円が広がる。しかしそれはぼろマントを大きく外れていた。心拍が上がっているせいもあるが、バギーの揺れが酷すぎるのだ。これでは撃ったところで当たらない。

 

「駄目! 揺れが酷すぎる!」

「大丈夫、揺れは収まるから。――三、二、一、行くよ!」

 

 ガッ!

 

 バギーは宙に浮いた。障害物になっていた車に乗り上げて上に飛んだようだ。

―――流石ね、(後衛)の援護が上手いことこの上ないわ。

 レントと一緒に引き金を引く。軽めに調節されたトリガースプリングを全身全霊を懸けて引ききる。

 放たれた弾丸は真っすぐに死銃へと向かっていく。

―――当たった!

 着弾したのは僅かに下方にずれて機械馬の方だったが、あの近距離なら相応のダメージを与え、運が良ければ撃破もできているだろう。しかしその確認はできなかった。金属馬も燃料で動いていたようで、ボディにめり込んだ弾丸で引火して爆発したからだ。

 無事に着地したバギー――バウンドと衝撃が酷かったが――はそのまま都市廃墟を走り抜けていった。

 

******

 

~side:レント~

 廃都市を脱出した僕らは砂漠地帯へと突入していた。機械馬に乗っていたキリトが零す。

 

「いやぁ、それにしてもレントは流石だな。バギーを飛ばせるなんてな」

「キリト君もありがとうね。それより、少し話そっか」

「――ああ。……と言っても、こんなに見晴らしが良いと隠れられないな」

「……あそこ。多分洞窟がある」

 

 僕らが周囲を見渡したタイミングで、シノンが大きな岩を指差した。僕らはバギーと馬をそちらへと向かわせる。シノンが言った通り、そこには小さめの洞窟があった。小さめと言っても、外から見えない位置にバギーと馬を入れて、なおその奥に多少のスペースができるほどだが。そのスペースに僕ら三人は座った。

 

「さて、取りあえずはここで次のスキャンを回避するか」

「…………」

 

 シノンの顔は優れない。殺されかけたのだからそれもそうだろう。

 

「シノン、さっきアイツはいきなり君の前に現れたよな。もしかしてあのマントには姿を見えなくする能力があるのか?」

「……うん、メタマテリアル光歪曲迷彩っていう能力。ボスだけが持つ能力のはずなんだけど」

「! そうだ。完全に忘れてたよ」

「どうかしたのか?」

「このマントも実はメタマテリアル光歪曲迷彩を持ってるんだ」

「えっ?」

 

 シノンの解説を聞くまで思い出しもしなかったが、僕のマントにも奴と同じ能力がある。いや、もしかしたら死銃のマントに使われているのは僕がオークションに出品したものかもしれない。

 

「それを使えばこちらは映らずにスキャンを使えるんだよ。それでスキャンを見てくる」

「ああ、情報が得られるに越したことはないしな」

 

 僕はマントをひっくり返して身体に巻きつけ、そして迷彩を発動させる。この迷彩の能力は、死銃のように全身を覆わなくても装備状態というだけで発動させられる。ここはあくまでもゲームだ。

 洞窟の外に出て端末を構える。左手の時計を眺め、時間を待つ。午後九時十五分になるとスキャンされた情報が端末へと送られる。

 明るく光る光点は六、沈んだ色の光点は十九。合計は二十五だ。僕と死銃、キリトにシノン、それからペイルライダーがいない。キリトから話は聞いて、ペイルライダーは殺されたのだと流石に認めた。

 六人の内、四人は都市廃墟、二人は南のエリアにいる。どこからも北側の砂漠へは十五分ほどかかる。次のスキャンまでは安全と思って良いだろう、現在地の分からない死銃を除いては。

 奴は迷彩を働かせているが、砂漠なら足跡が出る。現に僕の足元にはしっかりと存在を示す跡がついているし、砂を踏む音も聞こえる。警戒していれば大丈夫だろう。死銃は誰かを殺すためにあの拳銃で撃たなければならない。それがルールであり、それを大きく逸脱すれば今までの仕込みも全て水疱に帰す。ゆえにグレネードで洞窟ごと爆破されることもないだろう。

 一分が経ち、送られてきていた電波が止まる。僕は自分を落ち着かせるように一度深呼吸をした。

―――あの髑髏のマスクに、《赤眼》。

―――ぶつ切りの喋り方に、独特な雰囲気。

―――あいつは《赤眼のザザ》。

 SAOでかつて多くのプレイヤーに恐怖を抱かせた存在、《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》。PoHに次ぐ位置にいた二大幹部。その片割れがザザだ。

 僕はその正体を知るまで死銃はデマだと信じていた。しかしその考えは一八〇度転換した。僕がデマだと考えた――信じたかった――理由は簡単、人の良心だ。現代の日本人に備わっている道徳の心、罪悪感、そういったものが殺人の最後の安全装置(セーフティ)だと思っていたのだ。

 しかし奴らは、ラフコフはそのセーフティが完全に外れている。PoHの洗脳染みた話術によって心の奥深くにあった衝動を解放させられた彼らには、最後の枷など端から存在していない。

 僕は菊岡に無理を言ってラフコフの一人と面会したことがある。彼はSAO帰還後に、精神に問題があるとして精神病院に入院していた。

 そこで警備員の監視下で彼と言葉を交わした。ややしどろもどろながら、彼はしっかりした口調で言った。

 

「ヘッドについて行けばいいと思ってた、今もその気持ちは変わっていない」

「オレはヘッドのようには成れないと知ってた、だけど真似をしたかった」

「ヘッドがいなくてもオレは人を殺す、帰ってきてそれを自覚した」

「オレにはまだ良心が残っていた。他の奴らも大抵はそうだと聞いてる。だけど、あの二人は違う。あの人達はオレらじゃ見えないところまで行っちまった」

「ああ、人の顔を見てるとまた殺したくなっちまう。もう、オレは終わりなんだと心から思うよ」

 

 彼は自分の心を、衝動を持て余していた。理性は殺しを求めず、衝動は殺しを求める。感情は自分を抑えようとするが、欲望がその蓋をぐらつかせる。

 菊岡によれば他のラフコフメンバーや、レッドプレイヤー達も同じなんだそうだ。数人を除いて。

 その数人の何が恐ろしいかと言えば、既に社会に復帰していることである。彼らの精神に異常はなかったそうだ。それが何を意味するかと言えば、既に()()()()()()()()()()()()()()()()ということである。菊岡では外見上は真っ当な彼らの意思を無視して引き留めるわけにもいかず、彼らは社会復帰を果たした。

 ザザもそんな一人だと聞いた。彼なら、人を殺すことを躊躇わないだろう。殺人は犯されてしまう――犯されてしまったのである。

 洞窟に戻ると、立ち上がって洞窟から出ようとするシノンと、それを引き留めるように手首を掴むキリトの図があった。

 

「それが私の運命だったのよ……。私は、一人で戦って、一人で死ぬ……。だから、離して」

 

 その言葉に、僕は状況の分からないまま思わず否定する。

 

「それは違うよ、シノンちゃん。君は間違っている」

「レント、さん」

「人が一人で死ぬなんてありえない。真に孤独に生きる人がいないように、真に孤独に死ぬ人もいないんだよ。君はもう僕らと関わっている、関わり合った僕らの一部なんだ。君が死ぬとき、僕らの一部も一緒に、死ぬ」

「そんなの、そんなこと、頼んでない! 勝手に私を預かったりしないで!」

 

 シノンの言葉に反応しつつ、僕は前へと進む。

 

「預かってるんじゃない、一部なんだ。もう返せない。僕らの関係は今更なかったことになんてできないし、させない」

「……なら、なら! 貴方が一生私を守ってよ!!!」

 

 シノンがキリトの手を振り払い、僕の方へ詰め寄ってくる。その燃え上がるような瞳からは涙が零れていた。

 シノンは両手の拳を固く握ると僕の体に叩きつける。視界の隅では僅かながらに減っていくHPが見えた。

 

「何も知らないくせにっ! 何もできないくせにっ、勝手なこと言わないでよ!! これは……、これは! 私の、私だけの戦いなの! たとえ負けて死んだとしても……っ、誰にも私を責める権利なんてない! それとも、貴方が、貴方が背負ってくれるの!? このっ――」

 

 シノンは震える右手を僕の前へと持ち上げた。

 

「この……、ひ、人殺しの手を、貴方が握ってくれるの!?」

 

 シノンは最後に強く僕の胸を叩くと、そのまま凭れかかってきた。

 

「うっ…………、ぅっ……」

 

 小さく押し殺すような泣き声が聞こえた。シノンの震える背中を見て、咄嗟に右手で背中を撫でようとするも、肩に触れた瞬間に右手はシノンに弾かれた。

 

「っ触らないで! あんたなんか、あんたなんか……!」

 

 叫ぶ間もシノンの涙は止まることを知らなかった。

 静かな洞窟の中には一人の泣き声だけが響いていた。

 

******

 

 僕らは再び地面に座っていた。シノンは体の力を抜いて、僕の肩口に額を寄せていた。

 

「少し、寄りかからせて」

 

 シノンは投げ出された僕の脚に体を預けた。顔を見られるのが恥ずかしいのか、僕に背中を向けている。

 シノンはぽろぽろと言葉を紡ぎ出した。

 

「私ね……、人を、殺したことがあるの。ゲームの中じゃないよ。……現実世界で、本当に、この手で人を殺したんだ。五年前、東北の小さな街で起きた、郵便局の強盗事件。犯人は拳銃の暴発で死んだって報道されたけど、実際はそうじゃないの。私が、強盗の銃を奪って、そのまま撃ち殺した」

「五年、前」

 

 今まで黙って様子を見ていたキリトが、囁くように問いかける。

 

「うん、私は十一歳だった。……もしかしたら子供だからできたのかもね。私、それからずっと、銃のこと考えたりすると吐いたり倒れたりしちゃってた。銃を見ると、目の前に殺したときのあの男の顔が浮かんできて、怖い。凄く、怖い」

「…………」

「だけど、この世界なら銃を見ても大丈夫だった。だから思ったの、この世界で一番強くなれたら、現実の私も強くなれるって。あの記憶を忘れることができるって。なのに、さっき死銃に襲われたとき凄く怖くて、いつの間にかシノンじゃなくなって、現実の私に戻ってた。……死ぬのはそりゃ怖いよ、だけど、だけどね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも辛いんだ。死銃から、あの記憶から戦わずに逃げたら、今よりももっと弱くなっちゃう。だから、だからっ……」

 

 シノンが抱えていた辛い記憶。それが彼女が度々見せる表情の理由。それを聞いて、僕の口は勝手に音を出し始めた。

 

「僕も、……僕も人を殺したことがある」

「え――」

「レントっ」

「大丈夫だよ、キリト君。僕は前とは違う。エリヴァさんのお陰さ。……シノンちゃん、君は僕が生還者(サバイバー)だって知ってるよね」

「うん」

「……レントと同じで俺もあのゲーム、SAOに囚われていた。そしてアイツ、死銃も」

 

 キリトも話す。シノンにあの世界で起きた『ラフコフ掃討戦(悪夢)』のことを。

 

「あの男はラフィンコフィンという殺人ギルドのメンバーで、レッドプレイヤーだ。……あるとき、奴らを牢獄に送るため討伐パーティが組まれたんだ。俺とレントもそこに参加した」

「ここからは僕が話すよ。――あのときは情報が洩れててね。こっちが奇襲されてしまったんだ。その混戦の中、僕は人を守るために八人……この手で殺した」

「じゃあ死銃はあなた達が戦ったラフィンコフィンの……」

「ああ、討伐戦で生き残って牢獄に送られたメンバーのはず、……だけど、アイツの名前が思い出せないんだ。確かに会ったはずなのに、言葉も交わしたはずなのにッ」

XaXa(ザザ)。《赤眼のザザ》、それが彼の名前だよ。ラフィンコフィンの幹部の刺剣(エストック)使いだ」

「――……レントは、凄いな。俺は昨日アイツと会うまで、あのときのことは記憶の底に閉じ込めていたってのに。一番辛かったお前は何も忘れてない」

 

 あの記憶まで忘れてしまったら、僕は、今の僕はいなくなってしまう。あのとき殺した八人のことは忘れない。他のことも。

 

「……レント、教えて。貴方は、貴方はその記憶を、『罪』をどうやって乗り越えたの? どうやって過去に打ち勝ったの? どうして今、そんなに『強く』いられるの?」

 

 シノンが僕に問いを発す。彼女のその必死さと真剣さが、僕にその場限りの、ただの綺麗な言葉を言うことを拒ませる。

 

「僕は、『強く』なんかないよ。……前も言ったけど、その点で言えば君の方が『強い』」

「じゃあ! じゃあ、どうやってあなたは今、そんなに笑っていられるの!?」

 

 シノンは僕の返答に苛立ったようだった。僕は自嘲する。確かに、これでははぐらかしているのと変わらない。

 心を、決めた。

 

「キリト君、少し外を見てきてくれないかな。シノンちゃんと二人で話がしたい」

「……ああ」

「…………」

「シノンちゃん。少し、僕の『昔話』をしようか」

 

 僕は今まで秘してきた僕の原点、いや元凶を紐解く。かつての僕と同じように苦しむ彼女に、一つの道を示すために。




 考えてみたらGGO編に戦闘描写がほとんどなかった……。なんかすみません。もうラストバトルぐらいしか残ってないんですけどね。
 次回、明かされる主人公の過去。お楽しみに。

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