僕が降り立ったのは北側の砂漠エリアだった。これはありがたい。僕が最も苦手とするのは岩山だからだ。高低差があり遮蔽物も多く、狙い撃ちができない。しかも白い軍服が特に目立つ。森だったりすれば隠れることも可能なのだが、遮蔽物が小さな岩しかない岩山ではそれも難しい。
既に本戦開始三十分が経つところだ。そろそろ二回目のスキャンが行われる。僕はマントを羽織って、その能力を発動させた。
このマントはそのままでもかなりの衝撃減衰機能があるが、表裏逆に着用して初めてその真価を発揮する。裏地の黒い素材に秘められた能力、それは《メタマテリアル
《メタマテリアル光歪曲迷彩》は通常ボスモンスターしか使用できない能力で、相手の視界から自分の姿を隠し、同時に全てのサーチ機能を欺く超高性能なハイド能力だ。先程から、その能力を使って後ろから近づき三人を沈めた。これでサテライトスキャンからも逃げおおせられることも確認してある。
時間になり、全員の位置情報が表示される。僕は素早く手を動かして全ての光点に名前を表示させた。その中に僕を表す光はない。出場者の数は三十人。既に死亡しているプレイヤーは暗く表示される。つまり、暗い点も含めれば光点は二十九あるはず。しかし二つ足りない。確認してみると、足りないのは、《Sterben》と《Kirito》だ。
他の注意すべき人物の名前も探す。《銃士X》《Sinon》《Pale Rider》……。まず確認するのはその三人。次にターゲットになる可能性のある人物。AGI特化型ではなく、近日中に時間の決まっているイベントに参加する予定がないプレイヤーだ。BoB本戦に出場するレベルのプレイヤーだと、この二つに引っかかるプレイヤーはそう多くない。僕とキリト、シノンを含めても八人だ。残りのプレイヤーも大体の位置を頭に叩き込む。上空の監視衛星が去って、光点は全て見えなくなった。
銃士Xが廃墟に近い位置にいる以外は、注意人物全員が南側のエリアに固まっていた。
「仕方ない。取りあえず八人以外は皆殺しにしながら南に向かうか」
僕のいる北側にいるプレイヤーの虐殺を決定する。このBoBでは死亡しても死体がフィールドに残る。死銃が殺す際の縛りとしているのは、
―――あの二人は何で見つからなかったんだろう。
Sterbenは既に死銃に殺されてしまったのかもしれない。殺されれば当然アミュスフィアは異常を感知して断線する。そうすればこのマップから消失することも可能だ。
しかしキリトは違う。僕の考えた殺人方法ではキリトは殺せない。病院にいるからだ。安岐が見ている中で毒殺することはできないだろうし、安岐も殺したらそれこそ大事件になる。
恐らくキリトは電波が届かない場所にいるのだろう。旧式の電話のような表現だが、洞窟の中なんかだとスキャンで表示されなかったりする。その分、人の位置情報も確認できないのだが。
そんなことを考えながら、一人のプレイヤーの背後に姿を現してHPを零にする。非常に驚いた様子を見せていたが、音もなく現れた敵に一瞬で倒されたのだからそれも納得だ。僕は再び姿を隠した。
「少し卑怯な気がするけど、気にしない、気にしない」
相手の驚く表情が少し面白かった。気分が乗ってきた。菊岡の言う通り僕もこのBoBを楽しむとしよう。
次のサテライトスキャンまで、周囲のプレイヤーを手当り次第に倒していた。
******
~in:ALO~
「お兄ちゃん、中々映らないですね」
「戦闘は全て中継されるんですよね? キリトさんのことだからてっきり最初から飛ばしまくると思ってたのに」
ここはALOのアスナとキリトが共同で借りている部屋。共同で借りているため負担は少ないが、そこそこの家賃がかかるイグシティの部屋である。その広い一室には、この部屋の主、その娘のような小妖精、四人と一匹の友人達が集まっていた。
彼らは揃って大きなスクリーンを眺めている。そのスクリーンにはGGOで現在行われているBoBの本戦が中継されていた。BoBはかなり有名な大会で、GGO内や動画サイトはもちろん、他の大手VRゲームでもその中継は見ることができるようになっている。ここに集まっているのは出場しているキリトとレントを見るためだった。
「それに比べてレント君は凄い飛ばしてるよね」
「ね! でもあれ卑怯じゃない? 何もない空間からいきなり現れて撃ってすぐいなくなるって」
「いやぁ、レアアイテムをいかに集めてるかってのも大会の見所だからなぁ。別にレントの野郎は卑怯じゃねぇよ」
「そうですよ! ニイは卑怯じゃないです!」
「そ、そうとも言うわね」
クラインの言葉に反論しようとしたリズベットだったが、ユイの純粋な信頼を打ち砕くのもどうかと思い、口を噤む。その横ではリーファも少し苦笑していた。後ろから現れて一発で相手を倒してすぐに消え去る姿は、確かに卑怯としか言いようがないように思われたからだ。
「それにしてもドンドン参加者が減ってくわね」
「そうですね。あっ、また一人減りましたよ」
「今度もレントじゃねぇか」
「はは、本当に飛ばしてますね」
「たしか、マックスキル賞ってのがあるんだっけ?」
「はい! BoBの本戦では最も敵を倒した人には賞金が出るはずです!」
アスナの言葉にユイが答える。こういったところは流石AIだ。会話をしながらでもネットの海から知りたい情報を引き出すことができる。
「でも、ニイはやっぱり凄いです!」
「どうして?」
「前回と前々回のデータを見ても、こんなにハイペースな大会は初めてです! 既にマックスキル並みに倒しています!」
「おいおい、もう北半分で生き残ってるのレントだけじゃねぇか」
「ちょっとやり過ぎじゃないですか?」
「ははは、流石は《白い悪魔》……」
「! ニイにはGGOでも通り名がついてるみたいです!」
「え、どんなの?」
「確かに知りたいです!」
「まず、一km先からアサルトライフルで狙撃してくる超絶技術の《幻影の射撃手》。それから超近接戦闘で一弾も受けずに圧倒する《白い殺人鬼》だそうです」
「うげ、何そのおかしな話」
「遠くからと近くで、って相変わらず化け物染みてるなあの野郎」
「ALOでも、一レイドを一人で潰す本職メイジ以上の魔法剣士。しかも剣でもユージーン将軍に勝つような人ですからね。何でもできるんですよ、師匠は」
全員がその通り名に引いたところで、シリカが声を上げた。
「あっ、あの人凄い強いです!」
「ん? この青い服を着た人?」
そう言いつつ、アスナはシリカが注目した画面を拡大表示する。そこの画面の下には、《ダイン》VS《ペイルライダー》と両者の名前が表示されていた。ペイルライダーが三次元機動でダインに接近し、ショットガンでそのHPを零にした。
リズベットが口笛を吹く。
「おー、凄いわね。って、何あれ?」
リズベットが感嘆の言葉を口にした瞬間、ペイルライダーの右肩に針の様なものが刺さる。倒れたペイルライダーの身体には、電撃のようなものが走っていた。
「当たった対象を一定時間麻痺にするものかもしれません」
ユイが冷静に推測する。誰が撃ったのか分かるように、アスナは画面を別角度の映像に切り替えた。
「あっ!」
誰が声を上げたのか。それは分からないが、先程まで誰もいなかったペイルライダーの横に、ボロボロのマントを着たプレイヤーが立っていた。
解れが見えるダークグレーのギリーマントに、マントが作り出す闇の中で燃えるように光る赤い目。まるで幽霊のように見えるが、ちゃんと二本の足で立っていた。
そのプレイヤーはギリーマントの中から黒い銃を取り出した。遠隔攻撃で相手の動きを止め、近寄って仕留める。ALOでもよく見られる戦型だ。
「なんか…………ショボくねぇか?」
懐から出てきた銃は黒光りするハンドガンで、誰の目にも肩に提げているライフルの方が強そうに見えた。
「い、いやでもレントさんも拳銃使ってましたから! 意外と強いのかもしれません……」
シリカの言葉も尻すぼみになっている。そんな観客の気持ちを知ってか知らずか、ぼろマントはゆったりとした動きで銃を構えた。いつ撃つのか、ゴクリと唾を飲む音が聞こえるほど集中が集まる。ぼろマントは依然緩慢な動きで左手を動かした。人差し指と中指を揃えて、額から胸、左肩から右肩へと素早く動かしたのだ。これは十字架を斬る動作である。別に何ら珍しいものではないが、チリッとアスナの脳を刺激した。
「あっ……」
ぼろマントがいきなり体を後ろに仰け反らせた。一同から驚きの声が上がるが、その理由はすぐに発覚した。先程までぼろマントの心臓があった位置を銃弾が通過したのだ。銃弾は斜め後ろから飛んできていた。それを避けたぼろマントをアスナは心の中で称賛する。
突然の銃弾を華麗に避けたぼろマントは、今度は何の溜めも見せずにペイルライダーを撃った。その体が衝撃で跳ねるが、HPは大して減っているように見えない。
「あのぉ、レントさんと拳銃って部分は同じじゃないですか。何で威力がこんなに違うんですか?」
「それはですね! どうやらGGOのアバターには一撃死が確定のウィークポイントが存在するようで、ニイはそこを寸分違わずに撃ち抜いているんです!」
「相変わらずのトンデモ技術でぇの」
シリカの質問にユイが淀みなく答える。画面の中ではペイルライダーが跳ね起き、その手のショットガンをぼろマントに向けた。
「うわ、大逆転」
「…………」
ぼろマントはそれでも動揺を見せない。いや、アスナには少し笑っているようにも見えた。またちりりと脳が揺さぶられる。
ガシャンとペイルライダーの手から銃が滑り落ちた。そしてその体も再び横倒しになる。がくがくと動く体は何かの感情を表しているようだ。アスナには、それは驚きだと感じられた。その動きは一時停止されたように唐突に止まり、ペイルライダーの身体にはノイズが走って消滅した。
「な、何……?」
ノイズは集まって、
対戦相手が突如消失したぼろマントが、その右手の銃をこちらに向ける。中継カメラの場所がわかるのだろう。GGOとALOという境界線を越えて、自分が直接狙われているような感覚になったアスナの背筋に寒いものが走る。赤い目は不気味に光り、機械的なぶつ切りの音声が流れ出した。
「……俺と、この銃の、名は、《
一語一語区切って喋る喋り方はどこかで聞いたことがあって。
「俺は、いつか、貴様らの前に、現れる。そして、この銃で、死をもたらす。俺には、その、力がある」
会ったことがあるなら、
「忘れるな、まだ、
ガシャン!
最後のたどたどしい英語が流れた瞬間、クラインの手にあったグラスが床に落ちて破砕音を鳴らす。
「何よ、クライン。びっくりはしたけど、あんた男でしょ。しっかりしなさいよ」
「嘘だろ、あいつ、まさか……」
「知ってるの? ……あいつが、誰だったか」
リズベットの声が聞こえていないように、クラインはフラフラとスクリーンに近づき呆然と言葉を漏らした。アスナが立ち上がって尋ねる。
「……すまねぇ、昔の名前までは思い出せねぇ。けど、これだけは分かる。野郎、《ラフコフ》のメンバーだ」
「! 《
ラフコフの名前が出た瞬間に、リーファを除いた全員の空気が硬くなる。
「まさか、あのリーダーの包丁使いなの?」
「いんや、PoHの野郎じゃねぇよ。野郎の喋りと態度とは全然違う。けど、さっきの『イッツ・ショウ・タイム』ってのは、PoHの決め台詞だった。多分、野郎にちけぇ幹部プレイヤー、だ」
「キリト君ッ……」
段々と深刻化していく空気に、リーファが疑問を挟む。
「あの……、《ラフコフ》って何ですか?」
「ああ、リーファちゃんは知らない、か」
SAOを体験していないリーファは、あの凶悪ギルドを知らない。その説明をするために、アスナは重々しく口を開いた。
「ラフコフ……《
「PK……。でも、SAOじゃHP零って……」
「その通りよ。でも奴らは現実世界で人が死ぬことを知って、なおもPKを繰り返した。殺人の愉悦に酔ってた。それがレッドギルドって呼ばれた最悪のギルド」
「ああ。でも八月、だったかな。野郎どもを無視できなくなった攻略組がアジトを急襲して壊滅させた」
アスナの説明の後をクラインが引き継いだ。リーファの顔は強張っていた。
「アスナさん。お兄ちゃん、多分GGOにさっきの人がいるって知ってたんだと思います」
「えっ……!?」
「夕べ帰ってきてから様子がおかしかったんです。その、昔の因縁に決着をつけるためにBoBに……」
震えるアスナの手をリズベットは握りしめ、その桃色の髪を揺らした。
「でもキリトってバイトでGGOにいるのよね? だとしたらおかしくない?」
既にキリトとレントのバイトの話は伝わっている。GGOについてのレポート提出というそのバイト内容と、BoBに出場している元ラフコフのプレイヤーの存在は関係ないのだろうか。そんな疑問がアスナに浮かぶ。キリト達の依頼主は総務省の菊岡だ。その菊岡の目を引く何かがGGOにはあったのではないか。その何かはあのプレイヤーだったのではないか。
そう思うといても立ってもいられなくなった。リズベットの手を握り返し、アスナは心を決めた。
「私、一回落ちてキリト君達の依頼主と連絡取ってみる」
「えっ!? アスナ、知ってるの?」
「うん、実はみんなも知ってる人なんだ。ここに呼び出してみる。その間に、ユイちゃん、GGOの情報をリサーチしてあのぼろマントのプレイヤーについて調べてくれる?」
「了解です、ママ!」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
そう言って、アスナは左手を振り下ろしログアウトボタンを押した。体が虹色の光に包まれ、仮想世界の樹上から現実世界のダイシーカフェの二階――キリトのところにすぐ駆けつけるためにエギルに貸してもらっていたのだ――へと帰還する。
「無事でいてねっ! キリト君……!」
携帯端末で目的の人物に電話をかけながら、アスナは心の中で無事を願っていた。想い人の無事を。《英雄》の帰還を。
以前の感想でも指摘されていたように、メタマテ(ryの布装備はレントが入手しました。自分の分を加工した後に、残りをオークションに出品。死銃が購入、ぼろマントに加工ということです。原作で値段は三十万円ちょっとって描写がありましたね。それを溶かしても半分しかいかない部品って、キリト達は何をしているんでしょうか(笑)。でもバイトの報酬も三十万でしたね、これで満額だ! おめでとう、キリト君!