既に何個かの予選ブロックでは決勝が終わり、準決勝を行っているのは僕の対戦相手のみ。つまり、行われている試合数が少ないのである。当然、試合全てを中継している画面では、一つの試合が占める面積が増える。その一つ、そこがFブロックの試合を中継している画面だった。
僕が見たのは、丁度シノンが初弾を外すところだった。普段のシノンなら外すはずもなかった。真っすぐの道を、遮蔽物に隠れるでもなくゆったりと歩いてくるキリトなど。
―――やる気が、ない?
キリトは下を向いて歩いていた。恐らくシノンとまともに戦う気がないのだ。シノンはそれに激昂したように、キリトの周りに六発の銃弾をばら撒いた。ヘカートには基本的に七発しか弾を準備しないシノンだ。狙撃もできず、これではまともにやったら勝てないだろう。まともにやる気があれば、だが。
シノンは隠れていた場所から出てくると、キリトに詰め寄った。二人の対戦者がこれほどまで近づいたからだろう。システムの中で注目度が上がり、音声まで入ってくるようになる。
『――……何でよ』
『……俺の目的は、明日の本戦に出ることだけだ。もうこれ以上戦う理由はない』
『なら、開始直後にその銃で自分を撃てば良かったじゃない。弾代が惜しかったの? それとも、わざと撃たれてキルカウントを一つ献上すれば、それで私が満足するとでも思ったの!? たかがVRゲームのワンマッチ、あんたがそう思うのは勝手よ! でも、その価値観に私まで巻き込まないでよ……』
シノンは怒っていた。いや、泣いていたのかもしれない。その機微は画面越しでは伝わらない。しかし、キリトはなぜ、試合を捨てたのだろうか。
……あの姿は、いつかの僕に重なる。罪を覚え、正常な判断ができなくなっているのか。だとすればそれは一体何の罪か。
『――……俺も、俺も昔、そうやって誰かを責めた気がする』
『…………』
『……すまない。俺が間違っていた。たかがゲーム、たかが一勝負、でも、だからこそ全力を尽くさなければならない。……そうでなければ、この世界に生きる意味も資格もない。俺は、それを知っていたはずなのにな……。シノン、俺に償う機会をくれないか。今から俺と勝負してくれ』
『今から、って言っても……』
そう、シノンの言う通り。BoBは基本的に相手との遭遇戦だ。一度顔を突き合わせた二人が開始時の状況に戻ることはできない。
そこでキリトが提案したのは、決闘だった。十m離れた位置から薬莢を投げ、それが落ちたタイミングで決闘を始めるというのだ。十m、ヘカートではシステム上必中距離だ。キリトといえども避けられるはずがない。
二人のやり取りを見ながら、僕はキリトの今までの試合を確認していた。驚くべきことに、キリトがメインウェポンとして運用しているのは光剣だ。光剣で相手の弾丸を斬り落としている。それで一気に近づいて斬り伏せるのだ。
しかし流石のキリトでも、この距離でのヘカートの弾を捕捉できるとは思えない。予測して光剣を振るしかない。そのヤマが当たるかどうかの勝負というわけだ。
試合の終わった二人に話を聞きたかった。しかし最後の準決勝が終わってしまい、僕も転送される。最後に見えたのは、反動で後ろに飛ぶシノンと、キリトの後方に飛んでいく二つに斬れたヘカートの弾丸だった。
―――キリトの勝ち、か。
******
~side:シノン~
「どうして……、そんなに『強い』の……?」
キリトとの決闘、軍配はキリトに上がった。キリトはたったの十mの距離からヘカートの弾を斬った。私の視線から弾道を予測したというのだ。
そんなの、VRゲームの枠を超えている。そう思った。強い、と。その思いがふと、口を突いて出た。それに黒髪の剣士は瞳を揺らした。
「こんなのは『強さ』じゃない。ただの、技術だ」
「嘘、嘘よ! テクニックだけで、ヘカートの弾を斬れるわけがない! あなたは、どうやって……、その強さを手に入れたの……? それを、それを知るために私はっ……」
「なら聞こう!」
突然のキリトの低い声に驚く。
「もしその弾丸が現実世界のプレイヤーを本当に殺すとしたら……。そして、殺さなければ自分が、あるいは誰か大切な人が殺されるとしたら。それでも君は引き金を引けるか?」
「…………!?」
彼は
―――貴方も、私と同じなの……?
「俺には、……俺には、それができなかった。だから俺は、強くなんかない。俺は……俺が被せてきた罪を、それを被せるという罪を、何もかもを忘れようとしてたんだ。ただ何も感じないで、忘れようとしていただけ……」
彼の暗い感情が零れた。でもこの人は、私とは違う。私とは根本的に違うのだ。自分の手を汚した私と、人に手を汚させてしまったこの人では。
不意にキリトの顔に不敵な笑みが戻った。
「ところで、そろそろ降参してくれないかな。女の子を斬るのはあんまり好きじゃないんだ」
確かに、こいつに勝てるほど私の近接戦闘技術は高くない。私は取り出していたサブウェポンを地面に落として、リザイン! と叫んだ。
******
~side:レント~
厄介なことになった。僕の予選最後の相手、それは《闇風》だった。前回大会準優勝者の彼は極AGI型だ。《ランガンの鬼》と呼ばれている。
フィールドは遮蔽物のほとんどない砂漠地帯。名前は《無の砂丘》。砂丘なので一応高低差はあるが、全体的に見てスピードの高い闇風有利の地形だった。僕の狙撃もこの地形では上手く活かせない。取り回しの良さを考えて、SG550を肩にかけP229を二丁とも構えた。肩に物をかけながら戦うのは慣れている。
ジリジリとしながら砂丘の頂点で待つ。遠くから砂埃が見えた。どうやらあちらも隠密で殺す気はないらしい。VRに適した無駄のない走りで僕へと向かってくる。
左右にランダムに動く彼を狙い撃つのは流石に無理だ。僕はそもそも、相手の認識していないところから撃つのが得意なだけで、シノンほどの狙撃の腕を持っているわけではない。彼女の有利な条件下で勝負したら僕が負けると思うほどにはシノンは強いのだ。
闇風もそのシノンと同じように、強い。短機関銃の《キャリコM900A》を操って近づいてくる姿は、脅威だ。
―――待つのは、余り好きじゃないんだよね。
僕も闇風へと走る。彼もこの行動には驚いたようで、一度止まって僕に機関銃を乱射する。
意識が、純化される。
これはいわゆるゾーンと言うやつだろうか。VR空間で極度に集中したときに起こる現象だ。周りが遅く見える。いや、意識だけが加速される感覚。相手の行動など見なくても手に取るように分かる。ある種の全能感が僕を満たす。
僕に向かって飛んでくる大量の銃弾。しかしその全てが、
大きく脇に飛ぶわけでもなくその場にいながら軽機関銃の銃撃を避ける僕を見て、闇風は動揺した。その動揺で、一瞬だが大きく銃弾が外れた。心拍が大きくなり着弾予測円が広がったのだろう。その隙に懐へと飛び込む。しかし闇風もそのAGIを活かして飛びすさり、捕捉には至らない。
「今度は、僕の番だ」
僕は闇風に飛びかかる。両手に持ったP229が銃弾を吐き出すが、闇風もそれは避ける。そこで僕は更に踏み込んで砂を蹴り上げる。視界を潰された闇風は安全策を取り一旦後ろに下がった。
僕も闇風も、互いにこの世界において異端児と言われる超近距離戦闘タイプだ。そしてこの二回の銃弾の応酬で分かった。PSは僕の勝ちだ。
それを理解してか、闇風は後ろに駆け出した。僕はその後を追おうとするが、闇風の
「流石に速いなぁ」
僕は背中に引っかけていたSG550を持つと、銃身を持って思い切り後ろに振り抜いた。
ゴンッ!!!!
「ぐあぁ!」
SG550の銃床は闇風の蟀谷に直撃し、その体を吹き飛ばす。僕は腰に下げてあった手榴弾の一つを手に取って闇風へと放った。
ダァァァァァァァン!!!!
爆発の音と、遅れてアバターの消失音が聞こえる。ホロウィンドウの通りならば僕は闇風を倒したようだ。お返しの手榴弾を受け取ってもらえたようで何よりだ。
******
「どうして分かったんだ? 俺が後ろに回り込んでるって」
試合が終わりロビーに転送されると、闇風が僕に話しかけてきた。
「まずは足跡ですね」
「足跡はしっかり消したぞ?」
「それですよ。消しながら撤退したというのではいくら貴方でも速過ぎです。なので撤退はしていないと踏みました。でしたら、背後に回り込んでいるのは当然でしょう?」
「なるほど。少し手が込み過ぎた、と。だが、もう一つ。どうしてあそこまで完璧なタイミングで打撃を与えられたんだ?」
「それは、耳ですね」
「何?」
「音を聞くんですよ。風の音と、それに舞う砂の音とがあのフィールドでは聞こえました。そこに混じっている靴で砂を踏む音を探したんです。後はその音が突っ込んでくるタイミングで振り抜いただけです」
「音、か。考えたこともなかった。ふ、本戦では君とは当たりたくないものだな。俺と戦う前にリタイアしていることを望んでおくよ」
音を聞くこのシステム外スキル、《聴音》はSAOでもかなり有力な技術だった。攻略組は使えたと思うが、僕はその中でも使うのが上手い方だ――VR適性のお陰だ――。それに闇風と戦ったときは感覚が加速されていた。それでは負ける方が難しい。
闇風と別れ、ロビーから現実世界へとログアウトする。目を閉じてログアウトすれば、次に見えたのはアミュスフィアのバイザー越しの病院の天井だった。安岐が僕に気づき声をかけてくる。そこで僕は、この部屋にいるのが二人だけだと気づいた。
「おっ、おかえり。大蓮くん」
「はい、今戻りました。……和人君は?」
「それがね、さっき戻ってきたんだけどすぐに出てっちゃったのよ」
「置いていかれてしまいましたか」
「そうだね。言い方は悪いけど、桐ヶ谷君には大蓮君が目に入ってなかったって感じかな」
「そう、ですか。それでは、僕も失礼します」
「ん、じゃあね」
「はい、また明日もよろしくお願いします」
僕は脱いでいた上着を着ると、病院を後にした。
家まで帰る途中も家に着いてからも、僕はずっと死銃の殺害方法を考えていた。トリックも何もなく、本当にオカルトな力でVR空間から人を殺しているというのは信じがたい。死銃事件の裏にあるのは、どういったトリックだろうか。キリトには殺人と決めつけるなと言われたが、殺人の場合にはそれを止めなければならないのだから、検討は必要だろう。殺人でなければ検討する必要すらないのだから、脳の容量は殺人の可能性に割くべきだ。
「まずは状況を整理しよう。殺害されたと思われるのは《ゼクシード》と《うす塩たらこ》の二人。犯行時刻には二人とも人目につく場所にいた。ゼクシードはMMOトゥデイの生放送中、うす塩たらこは自分が主催するスコードロンの集会中。互いに《死銃》を名乗るプレイヤーに銃弾を撃ち込まれた直後、現実世界で心不全によって死亡している。ゼクシードの場合はGGOの中のとある酒場で画面越しに撃たれた。死銃はハンドガンを使って犯行に及び、射撃の前に名乗りと台詞を入れている。目撃者によれば、死銃と名乗るプレイヤーはボロボロのマントを着ていた、と」
ここまで整理してから、動機について考える。
「動機は? 狙われた二人にはAGI特化じゃないっていう共通点があった。そこから怨恨を考えたわけだけど、名乗りを聞かせたってことは自己顕示欲の表れとか、愉快犯っていう線もあるのか。ただゼクシードと一緒に闇風もMトゥデには出演してた。そちらが撃たれていないのはどういうことだろうか。AGI特化ビルドだから怨恨の対象外? それとも次は自分ではないかという恐怖を与える目的? でもさっきの様子を見る限りだと死の恐怖に怯えてはなさそう。ということは闇風には後ろ暗い、恨まれるようなことがない? それとも本人が気にしていないだけ? 自己顕示欲の表れなら同時に殺すよりもバラバラに殺した方がインパクトはある、か。愉快犯でも同様と」
全く分からない。動機から考えて分からないなら、殺害方法から考えてみるのもいいかもしれない。
「動機がないから殺さなかったじゃなくて、トリック的に殺せなかったというのはどうだろうか。例えばアミュスフィアに何かを繋いでいるから殺せない、とか。……いや、それを死銃が知っているのはおかしいか」
そもそも、殺害方法は何だ。和人達と検証して不可能という結論には至ったが、それで終わらせるならこの考察の意味がない。
「……二人ともアパート暮らしってのが気になるんだよなぁ。アパート暮らしだと何がある? 一人暮らし? 一人暮らしなら何がある? まずは遺体の発見が遅れるかな。二人ともプロのゲーマーだから仕事場の人に不審がられることもない。実際遺体はかなり腐敗が進んだ状況で見つかったんだしね。それが犯人の目的? あの状況なら普通はVRゲーム中の変死と見るだろう。だとすれば解剖も行われないはず。……解剖されたらマズかった? でも心不全、何を見つけられたらマズかったんだ? 普通に考えれば死亡の原因。ちょっと穿った考えだと事前に仕込まれていた何かしら。こっちは検討することができないから、死亡原因の方で考えようか」
声に出すと考えがまとまっていくように感じる。段々と思考が発展する。
「死亡原因で解剖されてマズいもの。……薬品? 毒殺だった? いや、それじゃ銃撃の意味が……。――あっちは関係、ない? 死亡した原因に銃撃は関係ないとすればどうだ。VR関係だと思わせれば銃撃と死亡を関連づけたくなる。実際にそうだった。そうすれば結果的に現実世界で毒殺された可能性は検討されなくなる、ってことか。でもそれだと死亡時間と銃撃時間のログが一致するわけが分からない。遅効性の毒を使えば投薬してから銃撃も可能だけど、多少のタイムラグが発生する。そうしたら大失敗だ。じゃあやっぱり無理なのか……?」
折角のVRに目を向けさせるための銃撃なのに、死んでから撃ったのでは意味がない。確実にタイミングを計らなければいけないが、それではリアルとVRを行ったり来たりしなければならず、一人では面倒臭いことこの上ない。
―――ん? ……一…………人?
「!! そうか! 死銃は二人以上! 一人がGGOの中で銃撃を行い、二人目が現実世界で毒殺する。ゼクシードもうす塩たらこも事前から時間が決定している、確実にそこにいることが分かるイベントの途中だった! 現実世界の実行犯と時間を決めておけば同時に作業を行うのは難しいことじゃない。死亡して断線するタイミングまで一人目がGGOの中で目撃されていれば、より強くVRの中から殺されたと感じさせられる! つまり、闇風は殺さなかった可能性もあるけど、やっぱり
影も形も見えなかった《死銃》の、ボロボロのマントの裾がようやく見えてきたようだった。
死銃のトリックに気がついた主人公でした。相変わらず鋭いですね。ただこれが事実かどうかは分かりませんし――事実ですが――、犯人の情報もないのでまだまだ続きます。
キリトは主人公とラフコフについて言葉を交わしませんでした。それがどんなことを呼び込むのか。大したことは起きないと思いますが、楽しみにしていてください。