#26 銃撃
僕には最近ハマっていることがある。それはコンバートだ。
コンバートは《ザ・シード
それは簡単に言えば、一つのゲームで使っていたデータを他のゲームで使えるようにするシステムのこと。
例えば、ALOでパワー型の中の上の戦士だったとする。コンバート機能を使って別のVRゲームに移住すれば、そこでもパワー型の中の上の戦士職になるという具合だ。所持していたアイテムや通貨は消滅してしまうため帰ってくる気があるならどこかに保管しなければならないが、一々キャラを育てる手間がかからず非常に便利だ。
僕はそのシステムを使ってVRゲームの移住を続けているのだ。昔から新しい物好きだったが、その影響だろうか。次々と様々な種類のVRゲームを試しては移住を繰り返している。
一般的にコンバートは完璧に移住すると決めたときしか使わないらしいが、一応僕は全てのVRワールドに戻ろうと思えば戻れるようにしている。しかし新しい物好きなのと同じくらい飽きっぽいので、長く続いているゲームはALO位しかないのだが。
「ん?
今は新しい移住先を大手MMO攻略サイトの《MMOトゥデイ》で探しているところだ。
MMOトゥデイ――通称Mトゥデのトップのニュース欄には、『第一回BoB開催!!』という見出しがあった。
BoBが行われているのは
サイトからGGOのページを開く。それによるとGGOは銃の世界だそうだ。剣や魔法は存在せず、荒廃した地球を舞台に銃で戦う。FPSとMMORPGを合わせたようなゲームらしい。
「よし、ここにしてみるか」
思い立ってすぐにコンバートができるわけではない。元のゲームのアイテム整理などをしなければならないからだ。明日までにはその作業を終わらせてやると決意し、僕はVR世界へとダイブしていった。
******
「さて、ここがGGOか」
翌々日、僕はGGOへとコンバートしていた。BoBが終わったのは一昨日なので、その熱も既に収まっている。
プレイヤーが最初に配置される若干広いスペースに立つ。服装は完全なる初期装備だ。
脇には人影が綺麗に映り込むガラスがあった。自分のアバターを確認するために置いているのだろうか。
それを覗き込む。すると、そこにはよく見る顔が映り込んでいた。
「――………………」
「いや、あの、この展開はもう見たんですが」
「おかしいだろ。何でVRワールドの癖に自分の顔なの? アホなの? 馬鹿なの?」
何度か口調を変えて喋るが、顔はきちんと同じ動作――鏡映しだが――をする。やはりこれは間違いなく僕の顔で、ついでに言うとリアルと同じ顔だった。
いや、よく見れば細部は違う。現実よりも年齢が重ねられているようで、少し荒んでいる。この世紀末なGGOの雰囲気に合わせてか。
なぜ僕は自分の顔でゲームをプレイしなくてはならないのだ。盛大に溜息を吐くが、決まってしまったことは仕方がない。決定したアバターを変えるためにはアカウントを作り直すしかないのだが、僕はコンバートでプレイしたい――アカウントを維持したい――のだ。つまり、この外見はもう変えられない。
がくりと肩を落としていると、一人の筋肉質な男が話しかけてきた。
「よお兄ちゃん、いきなりで悪いけどそのアバター売ってくんない?」
「え? ……どうしてですか?」
「いや、このGGOだとアバターはランダムだろ? しかも世界観に合わせてか知らねぇが美形が少ねぇんだよ。つまり、美形アバターは高値で売れるわけだ」
「なるほど……。すみませんが、このキャラはコンバートなので売れないんです」
「そうなのかぁ。ま、気が変わったらいつでも連絡してくれ」
それだけ言うと、その男性プレイヤーは名刺のようなものだろうか、ホロウィンドウを出して去っていった。
僕も初期位置に用があるわけではない。アバターがランダムなら、たとえ同じ顔であってもまさかそうであると大概の人は思わない。起こってしまったことは諦めて、すぐに動こうか。
ALOでは事前リサーチは常識程度に留めておいたが、この世界は僕の中でFPSという区分なのでかなりの情報を調べてある。
GGOには現実の通貨とゲーム通貨の換金システムがある。変換比は日本円だと現実が一、GGOが百だそうだ。現実世界で金を払ってゲーム内通貨を手に入れられるのだ。要するに課金である。
僕は課金に関しては多少躊躇するタイプだ。ただ、この世界の通貨は逆にリアルに還元することも可能なので、それで取り戻せば良い話だ。ならば問題はあるまい。
僕はゲーム内から課金操作を行うために、《総督府》という建物の隣に建っている《貨幣局》という建物に向かった。
******
《SBCグロッケン》という名前の初期スポーン地点の都市は宇宙戦艦がモデルになっているらしく、最後部の甲板に初期位置が設定されている。先端にある総督府に向かうにはこの街を縦断しなければならない。
グニャグニャとした道を何度も曲がる。既に調べてあったので迷わずに曲がるが、リサーチしていなければしばらく彷徨うことになっていただろう。
「ここだね……」
僕は目の前に聳える黒いビルのような建物を見上げ、その入口へと向かった。
入口は自動扉で、それが作動音を立てて開閉したのを見て不思議な気持ちになる。中もよくある近未来的な銀行でリアルにいるような気分になったのだ。
気を取り直して入店した僕はATMのようなタッチパネルの窓口に向かう。
画面にタッチし、表示された項目を一つ一つ埋めていく。銀行口座から直接引き落とされるようで、口座番号だったりを記入。そして引き下ろしたい、変換したい金額を打ち込む。二回出てくる確認ボタンを押すと、カシャンと音がした。
システム窓を開く。すぐに目につく所持金額の欄は、桁が何個も跳ね上がっていた。
この世界には二種類の銃がある。実弾銃と光学銃だ。実弾銃は対プレイヤー向け、光学銃は対mob向けだ。
僕はこの世界でALO以来すっかり癖になった、
大量の金を手にした僕は、大きなショッピングモールのようなところへと向かった。
中に入り――こちらも自動扉だった――、銃が売っているコーナーへと向かう。
目指すはライフル。最初の物ということもあり、耐久力が高く性能もかなりあるAK-47を選ぶ。近づいてきた自動機械の掌紋認証のようなシステムを通す。それで支払われたようで、準備した金額がガクンと減った。
「うわ、こんなにするのか」
データでは分かっていたことだが、実際に体感するとまた少し違った印象を受ける。AK-47はリアルではそこまで高価な銃ではないらしいのだが、ゲームでは性能とのバランス調整があるから高価なのだろう。
サブウェポンとして自動拳銃を購入する。FNファイブセブンだ。こちらは金額と性能を天秤にかけた結果である。
二つの銃の弾丸や、諸々の装備を調える。光学銃の威力を低下させる《対光弾防護フィールド》――これのせいで光学銃の対プレイヤー性能が低い――も購入して服装も初期装備から一新。世界観に合わせた暗い色だ。
一通り準備は完了した。後は実践あるのみである。僕はショップの地下にある射撃場に向かった。
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射撃場では試し撃ちができる。しかも弾薬は減らない。そのため新たに購入した銃を試すのには絶好の場所なのだ。
まずはAK-47だ。射撃の体勢を取る。我ながらとても様になっているのではなかろうか。そして狙いを定めてトリガーに指をかけると、目の前に収縮を繰り返す緑色の円が現れた。
これは《着弾予測円》と言い、この円の中のどこかに弾が飛んでいくというわけだ。この円の収縮は使用者の心拍、視線、身体の動き、体勢などに左右される。落ち着いていればいるほど収縮が収まる――狙ったところに弾が飛ぶということだ。
ちはみにこの円が使用者に表示されている間は、狙われているプレイヤーにも《弾道予測線》というものが見えている。これは『線』だけあって、着弾予測円の『ここのどこかに飛んでいく』とは異なり、『この弾道で飛んでくる』とかなり特定されたものだ。
視線を目標の人の形をしたパネル――正式名称は何なのだろう――に固定。特に脳髄を狙い、呼吸の制御をする。ゆっくり、ゆっくりと息を吸ったり吐いたりする。体勢も安定させ動きを止める。
これだけでも既に着弾予測円は頭の部分に収まっているが、更に高等技術。心拍をできうる限り落とした。システム外スキルの一つだ。気配を殺す際にプラス判定が出る――気がする――。それで急激に円は小さくなり、点となる。それでも更に目を凝らして、最も点が小さくなったときにトリガーを引く。それを数度繰り返した。
対象のパネルを表示する。どこに当たったのかを確かめるためだ。結果は、全弾が脳髄部分に直撃していた。空いている穴が一つしかなかったのは全く同じ所を撃ち抜いたからだろうか。自分でも怖くなるぐらいの集弾性能である。茅場にも言われたが、VR適性が異常に高いことが関わっているのだろうか――最近、改めて検査を受け直した――。初心者詐欺の命中精度の上、一発目は時間をかけたが、その後はほとんど時間をかけていないのだ。驚きである。
気を取り直してFNファイブセブンへと持ち変えた。
******
―――おかしくないですか?
流石の僕でもシステムの不備を疑ってしまった。
この射撃場はターゲットまでの距離を自分で選ぶことができ、先程まではAK-47の限界射程辺りで撃っていたのだ。そして銃を切り替えた後も距離を変えるのを忘れていた。
一通り撃った後にそれに気づき、やらかしたと思いながらターゲットを表示したのだ。すると、先程と同じ結果なのである。全弾同じ着弾地点、脳髄だ。自動拳銃で、並のライフル以上の距離を命中させたのだ。慌ててログを確認するも、本当に全弾同じ位置に着弾している。我ながら気味が悪い。
「ま、まあ、命中精度が良くて悪いことはありませんからね!」
明るく言ってみたが、嫌な予感しかしないのである。
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少し対人戦をやろうと思った。もう少し練習した方が良いのはそうだが、気分転換がしたかったのだ。というわけで現在荒野にいる。そういうフィールドだ。
荒野を彷徨って誰かいないかを探る。実は、既に何度か遭遇戦をしていた。相手は数人の集団――スコードロンと言うらしい――で、荒野には遮るものがなくかなり遠くから見えたのだが、そのタイミングでAK-47を撃った。一人が死亡した。もう一発、また一人が死んだ。そこまで来てようやくこちらに気づいたらしい。しかし遮蔽物の少ない荒野だ、こちらに着くまでに全員撃ち殺した。
これが何度か起こっているのだ。やはり僕の射撃精度は異常としか言いようがない。スナイパーライフルで狙っているわけでもないのに、点のように見える人影を撃ち殺してしまえるのだから。
この世界は一応
しかし、それにしても、いや、だからこそ、数百メートル先の敵を自動拳銃で倒せるってのはおかしくないですかザスカーさん――GGOの運営だ――。流石に一撃では無理だが、二、三発で殺せてしまう。これは現実ではありえないどころの話ではない。拳銃の有効射程距離は五十メートル程度で、その距離でも当たる確率なんてとんでもなく低いのに。GGOがゲームであるばかりに、着弾予測円を外れることがない。
僕の強みは精度以外にもある。有効射程を越えてしまうと僕のように弱点に当てる以外では有効なダメージを与えられないが――現実ではそもそも弱点云々の前にそこまで飛ばない――、逆に弾道予測線はなくなるのだ。つまり有効射程外では僕の攻撃を弾道予測線で発見することができなくなる。
―――射程外でターゲットに当てられる僕がおかしいんですけどね。
さて、気分転換で逆に自棄になりそうになってきたところだし、そろそろ帰ろうか。
僕はバク転した。
バシュッ!!!!!
僕の頭があったところを通って、弾丸が地面に突き刺さる。
「うわっ、殺気を感じるってこんなとこでもあるんだ」
そう、ゾワッと背筋を悪寒が走ったので、避けてみたのだ。弾道予測線が見えなかったことと弾丸のサイズから考えると、撃ってきたのはスナイパーだ。方向的には遠くに見える岩山から撃ってきたのだろうか。
スナイパーというのはスキルのようなもので、自分が捕捉されていないときに限って初弾の弾道予測線をなくせるのだ。
頭を狂いなく狙ってきたのだ、かなりの腕の持ち主だろう。そんな人間が一人を撃ち損じるとは思わないだろうし、スナイパーまで動員したスコードロンの獲物が一人では割に合わない。よって近くに近接担当部隊が潜んでいることもないだろう。それなら、五分経って捕捉した情報がリセットされ再び予測線なしで撃たれる前に逃げるのが得策か。
最後に岩山の方向にAK-47を撃ってから、僕はSBCグロッケンに帰還した。
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GGO、かなり面白い。ハマった。ALOと同じくらい。というわけで、しばらくはここを中心にVRをプレイしようと思う。狙うは第三回BoBだ。第二回、つまり次回は有力選手の偵察に徹しようと思う。一度空気感を感じてみてからでも参戦は遅くない。
ちなみに僕の命中精度はまだ上昇を続けている。この間は目測百メートル先のプレイヤーをFNファイブセブンで一撃死させてしまった。あのゲームルールは僕に有利すぎる。心拍を限りなく落とせる――一度アミュスフィアに死亡したと判断されかけた――僕からすれば、狙ったところを撃つなんて楽勝である。リアルとは違ってシステム補正がかかるのだから脳髄に簡単に当たる。
最近分かったことだが、弱点部位にも特に大ダメージ――確定一発で死亡判定――の部分があるようで、そこに当たればたとえ威力減衰が激しく地に落ちるような弾でも死ぬ。殺せてしまう。
その姿を見せずに、見せてもスナイパーライフルの射程距離のようなところから一撃で撃ち殺す僕に、とうとう二つ名がついてしまった。《
僕はそうして今日もログインする。運営のザスカーがあのとんでも仕様を修正するまでではあるが、思いきり遊び尽くしてやろう。
最近忙しくなってきてペースが守れないときがあるかもしれません。先に謝っておきます。
それにしても銃のことが分からない。Wikipedia片手に書いてます。本文でもありえない描写がありましたが、間違いがあってもゲームとしてのGGOの仕様と思ってください。ザスカーさんェ。
それにしても最後の狙撃手誰なんでしょうかねぇ(棒)。気になるところです。