SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 はい、つい書いてしまって、エイプリルフールのお話です。SAO時代の話で、時系列が前後してしまってすみません。
 茅場さんが嘘をつくわけじゃないですけど、あるイベントを起こします。どうぞ。


【エイプリルフール番外編】

 僕はその日、迷宮区を一人歩いていた――独りなのはいつもだが――。

 もちろんただ歩いていたわけではなく、攻略をしていた――戦わずに歩ける迷宮区は残念ながら存在しない――。

―――飽きた。

―――疲れた。

―――怠い。

―――面倒臭い。

―――つまらない。

―――ゲームしたい。

 ゲームの中にいながらゲームをしたいとは、余程のゲーム廃人っぷりだ。しかしそれも仕方のない話だ。

 余りにも精巧に作られたSAOでは、ゲームの一環――戦闘や買い物――ですら日常のように感じられてしまう。一年以上もやり続けているゲームだから、既にそれが日常と言ってしまっても差支えはないが。

 そんな中で完全に飽きが来ていた。SAOに。ゲーム開始から一年半だ。様々なイベントがあったが、結局は一つの大きなゲームに過ぎない。

 

「はあ、何か面白いことないかなぁ」

 

 敵をバッタバッタと薙ぎ倒しながら――何戦もしすぎて単純作業と化している――迷宮区の天井を見上げて呟いていた。

 現在時刻は二〇二四年三月三十一日、午後十一時五十五分である。

 

******

 

ピコン

 

 メッセージを受信したようだ。迷宮区の安全地帯にて、街に帰る準備――攻略に飽きたからだ――をしているときだった。

 思考が単調化していた僕は、視界の縁で光るメッセージアイコンを躊躇なく押した。

 

《冒険者の諸君、この世界の主、茅場晶彦だ。そろそろSAOが始まって一年半が経つ。そこで私から特別なプレゼントを差し上げよう。受け取るが良い。返品は受けつけていないので悪しからず。》

 

 ……茅場晶彦はこんな人間だったか?

 驚きと言うか、呆気に取られて怒りを忘れていた。たかがメールに怒ったところで何にもならないのは事実だが。

―――それにしても特別なプレゼントって何だ?

 そう思っていると、目の前にウィンドウが出現した。それを読もうと覗き込んだ瞬間、体が発光する!

 

「なっ、何!?」

 

 眩く光った白い光が落ち着くと、何か体の調子がおかしい。何かしらの不具合か。焦る心を抑えつつ、取りあえずは読もうとしていたウィンドウを改めて眺める。

 

《貴方のアバターはランダムに再生成されました。現在のアバターは元のアバターの影響を受けています。

※《倫理コード》は解除できません。

※《ハラスメント警告》は自身にも発生します。その数が一日で十五回を超えた場合、黒鉄宮に転送されます。

※装備を全解除することはできません。

※防具は現在のアバターに合わせてサイズ調整されます。

※ステータス等に変化はありません。》

 

―――これはどういうことだ?

 嫌な予感が脳裏を過る。

 僕はアイテムストレージから手鏡――チュートリアル時のあれではない――を取り出した。どうしてそんなものを持っていたかというと、この層のモンスターに鏡で反射できる光線を放つモンスターがいたのだ。

 意を決して鏡面を覗き込む。

 

「やっぱり――。日付からしてそういうことなんだろうな……。もういいよ、そういうのは…………」

 

 鏡越しに、呆れたような、哀しいような顔をした美しい()()がこちらを見つめていた。

 

******

 

 街は大混乱だった――わけではない。

 今は深夜零時、つまりは真夜中だ。そもそも活動している――外に出ている――人の方が少ないのだ。日が昇れば混乱が待っているだろうが。

 現在のSAOの男女比率は大体九対一だ。つまりもしプレイヤー全員にこの性転換が起こった場合、男女比率が一対九になる。

 更にシステムがランダムに作ったということは、醜い外見のアバターではない可能性が高い。

 例えば僕の外見だが、非常に綺麗な美人だ。身長は大して変わっておらず、スレンダーながらくびれもあり、出るところは出ている。小顔で、元のアバターの補正が効いているのか、目鼻立ちもくっきりとしている。男とは違うしなやかな肌、白いが肩甲骨の辺りまで伸びた髪、股下の長い美脚、九頭身ほどもあるのではないかというスタイル。俗に言うモデル体型ままだ。

 全員のアバター再生成が行われれば街の様子が大きく様変わりすることは間違いない。

 

「それはなんというか、現実感がないなぁ」

 

 ただそうでなかった場合、つまりみにk……男性が女装したような女性アバターばかりが生成された場合、多くのプレイヤーが悲鳴を上げることになるだろう。その悲惨な光景は避けたいので、このふざけたイベントの阻止に動こうと思う。

 取りあえずは顔を隠すための白いフーデッドケープでも買おうか。

 

******

 

トントントン

 

 ドアをノックする。反応がない。もう一度試し、今度は声もかける。普通なら完璧な防音が行われているドアだが、ノック後数十秒間は防音が切れ、中と外とで意思疎通ができるようになる。

 

「アルゴさん! 起きていますか? レントです」

「むにゃ、――レントっ!? ……コホン、どうかしたのカ、レン坊? こんな夜遅くに」

「実は相談したいことがありまして」

「ああ……、ちょっと待っててクレ。すぐ行ク」

「あ、メールボックスは確認しないようにしてください」

「……? 分かっタ」

 

 一瞬可愛らしい寝起きの声が聞こえたが、そこは紳士――今は女だが――、華麗にスルーして話を続ける。僕の声は元々中性的なところを今は僅かながら高くなって女性らしくなっているのだが、寝起きで気づかなかったようだ。

 一分程度でアルゴはドアを開いた。立ち話も何だからと、アルゴに促されて部屋に上がり込む。

 

「で、何があっタ? レン坊が夜遅くに訪ねるなんて珍しいし、部屋まで来るなんてナ」

「ええ。――アルゴさんは今日が何日か覚えていますか?」

「……日付が変わってるから四月一日カ?」

「はい。だからなのか知らないですけど、こんな風になっちゃって……」

 

 フーデッドケープを解除すれば、ハラリと長い髪が垂れる。

 

「なッ――」

「性転換、とでも言うのでしょうか。アバターの性別が逆転してしまっているようです」

「そうカ。……何が性転換のトリガーだったんダ? オレっちは変わってないゾ?」

「恐らくはメールボックスです。茅場からのメールが零時丁度に転送されてきました。それを開いたら初日みたいな光が出て、この姿ですよ」

「ムムム。――ヨシ、レン坊……レンちゃん、一儲けしないカ?」

「え?」

「レンb、ちゃんはおいらに騒動が起きる前に、こんな美味しいネタを知らせてくれた貴重な情報提供者ダ。悪くはしないヨ」

「……どうやって一儲けするんですか?」

「フフフ、それはだナ。《記録結晶》で性転換した写真を撮るんだヨ」

「なっ……」

「写真は本人に売っても、他人に売ってもある程度の額にはなる」

「その上、面白いものが見れる……?」

「アア」

「…………」

「どうダ? やる気になったカ?」

「……はい!」

「そうと決まれば、行くゾ、レンbちゃん!」

「……レン坊で良いですよ?」

「にゃハハハハ」

 

 さて、前言撤回だ。これが茅場のお茶目なら明日には勝手に戻っていることだろうし、今だけなのだ、飽きを吹き飛ばすこのイベントを存分に楽しもうではないか。

 

******

 

 《記録結晶》というのは文字通り、何かを記録できる結晶(クリスタル)アイテムだ。動画用だったり、写真用、録音用などがある。

 今回はその中の写真用――結晶一つあたり十五枚の写真を撮影できる――を使う。理由は一番廉価だからだ。

 僕とアルゴは五十層のとあるNPCショップに向かっていた。そのNPCショップは五十層主街区《アルゲード》の奥まったところにあり、辿り着くのは非常に難しい。そこで販売されているものこそ、ずばり結晶アイテムだ。

 流石に《回廊結晶》は売っていないが、《解毒結晶》《回復結晶》《転移結晶》等まで高価ではあるが販売されている。当然各種《記録結晶》も。

 僕とアルゴは余計な荷物を全て置いてきているので、非常に身軽だ。敏捷値極振りのアルゴと敏捷値優先の僕だから、今の状態なら《ラグーラビット》――素早く逃げるため仕留められないことで有名だ――にも追いつけるかもしれない。

 その空っぽのアイテムストレージに大量の写真用《記録結晶》を詰め込み――大量に購入した特典である程度値引きされ、想定以上に買えてしまった――、計画を練った。こういう場合、商品の尽きないNPCショップは便利である。

 

「サテ、どうするカ? レンちゃん」

「レンちゃんなんですね……。ええと、売れそうな人を狙う、と」

「アア、それが良いだろうナ。対象は攻略組中心、知名度があったり、外見が良かったり、悪かったりで選抜」

「一人につき一つ《記録結晶》を使って撮りまくる」

「明日以降、本人と交渉した後に《記録結晶》を売り捌く」

「そして、その全てを」

「「楽しむ!」」

 

 ガシとアルゴと手を結ぶ。

 何にせよSAOから帰還した後にデータは残らないのだ、精一杯笑ってやろうではないか。

 ターゲットは二手に分かれて捜索することにした。アルゴが下層から、僕が上層から面白そうな人を探す。

 果たして、キリトやアスナはどんな外見になっているのだろうか。

 

*****

 

~target:キリト~

 最初に狙うは《黒の剣士》だ。なぜかと言えば、親しい知人の中で彼が一番朝早いからだ。

 彼の居場所が最前線の街の宿であることは把握している。白み始めた空に悲鳴が響いている気がするが、気にせず目的の宿屋へと足を進める。道中の被害者たちは皆、良くも悪くも平凡な人ばかりだった。撮る価値もない。

 宿屋に着いたらキリトの部屋のドアを確認する。以前から思っていたが、日常における彼は存外抜けている。恐らくは目が覚めてから夢現で動き始め、ドアを開ける段階で身体の異変に気がつき動揺したのだろう。鍵がかかっていなかった。

 

「……おはようございます! キリト君! どうですか!」

「うわぁ!!!」

 

 ドアを開け放し声をかけながら中に入れば、大声に驚き数歩後退ったキリトと思われる女性(target)がいた。

 

「だ、誰だッ!?」

「ああ、この姿じゃ分からないか。レントだよ、キリト君。いや、キリトちゃんか」

「……お前か。はあ、びっくりさせるなよ。腰が抜けるかと思った」

「はは、鍵をかけていないキリトちゃんにも責任はあると思うけどなぁ」

「……お前は何か知っているのか? この体について」

「エイプリルフール企画なんじゃないかな、程度だよ」

「ああ、そうか。今日はエイプリルフールだったな……」

「と、いうわけで」

 

 言うと同時に、床にへたりと座り込んでいる美少女をカメラ()()()()に収める。使用方法は簡単。長方形の結晶を通して目が見た物を、脇についたボタンを押して撮影する。スクリーンショットよりも現実のカメラに近い使い方だ。

 キリ子(仮称)は普段のキリトよりも背が低く、サラサラの黒髪が腰の辺りまで伸びていた。顔は小さいのに目は大きく、美人顔の僕とは打って変わった美少女顔だ。声も当然のように高く、肌は触れてはいないがきめ細かいことが見ただけでわかる。飾りっ気のない黒装束なのにそれがむしろ白い肌の艶やかさを感じさせる、正に美少女だ。まな板だが。

 突然響き渡ったシャッター音にキリ子は少し戸惑い、事態を把握すると顔を赤く染めて《記録結晶》を奪いに来た。その赤く染まった可愛らしい顔もちゃんと写真に収めておく。

 元のアバターですら僕とキリトでは身長差がある。女性化しても大して低くなっていない僕と、低くなったキリトでは更に。僕が《記録結晶》を高く掲げてしまえば、キリ子では取ることはできない。ただ目で見るという仕様のせいでこの状態で写真は撮れないのだが。

 ふっ、と力を抜き、倒れるように後退する。キリ子との間に空白が出来る。倒れる僕の手が下がってきて、それを奪おうと手を伸ばすキリ子。その鳩尾を蹴り飛ばしてベッドが置いてある壁にぶつける。

 キリ子は背中から壁にぶつかった衝撃で息が詰まり動きが止まる。力なくベッドに落ちた彼女の上に即座に馬乗りになる。今は女性同士なため傍目にはじゃれ合っているようにしか見えないだろうが、今ここには紛うことなき戦闘が存在した。高度な読み合いの結果が現状のマウントポジションだ。

 その状態で、乱れたキリ子を連写する。顔を赤くして上気させる息も絶え絶えな美少女。うん、犯罪だ。

 十五枚を撮り終えたところでキリ子を解放する。アイテムストレージに入れてしまった《記録結晶》は僕以外に取り出すことはできない。

 怒りなのか羞恥なのかは分からないが、震えているキリ子から僕は思いきり逃げ出した。

 

******

 

~target:クライン~

 次は誰にしようか悩みながら最前線の街を歩いていると、知り合い――らしき人――が歩いてくるのが目に入った。

 フーデッドケープを目深に被っている僕の顔は見えないので――見えても分からないだろうが――そのまますれ違い、通り過ぎたところで僕から声をかけた。

 

「クラインさん……ですか?」

「ん? 確かに俺はクラインだ。どうかしたか?」

 

 振り向いたのはスケバンだった。赤い髪は長く波打ち、トレードマークの髭はなくなっているが、その分顔もくっきりとしている。ノリが良いのか、はたまたそういうアバターなのか、化粧もしている。刀を佩き赤い着物を着て大通りを闊歩する姿は、『姉御』と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。

 フードの下の僕の顔を見て怪訝な顔をしているクラインに自己紹介をする。

 

「えっと、レントです」

「何!? お前、レントか! はぁ、美人なアバターだなぁ」

「ええ、クラインさんの方も。姉御って感じですね」

「はは、そうか! いやあ、ギルメンにもそう呼ばれてな」

 

パシャ

 

「へぇ、そうなんですか。今日は攻略には?」

「いや、慣れない体でなんかあっても嫌だからな。今日は行かねぇよ」

 

パシャシャ

 

「そうですよね。今日は僕も攻略は休憩です」

「おう! ……それより、さっきから何を撮ってるんだ?」

「え、クラインさんですよ?」

「…………」

 

パシャパシャシャシャシャ

 

 刹那の停滞の後、クラインは無言でこちらに手を伸ばしてくる。それを避けて逃走を図れば、猛烈な勢いで着物の裾を捌き追いかけてきた!

 鬼気迫る表情は本当に怖い。しかし逃亡する中でも振り返って更に数枚撮ることに成功する。

 キリトが同じ女性に絡まれて困っている脇を走り抜けて路地裏に入る。キリトは僕の狙い通り、通りがかったクラインに助けを求めた。それでクラインの速度が一瞬落ちる。その隙に建物の陰に隠れることに成功し、息を整える。

 

「はぁ、はぁ。何で、着物で、あんなに、走れる……。敏捷値僕の方、が、高い、のに」

 

 陰から様子を窺い、未だ僕を探しているクラインを盗撮する。

 発見されない内に次のターゲットのもとへ向かうとしよう。

 

******

 

~数日後~

 

「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 四月一日の写真だよ!!」

「にゃハハハ、売れ行きはどうダ? レン坊」

「良い感じですよ、アルゴさん。もうあと数個です」

「いやあ、焼き増しして正解だったナ」

「ええ」

 

 あれからエギル――グラマラスな黒人女性だった――、エリヴァ――聖母や慈母の風格を持っていた――、タロウ――旅館の美人女将、簡単に言えばそうだ――、等々を撮影して回ったものだ。

 美人もいたし、これは酷いというアバターもあった。どちらにせよ極端なものは面白いものだ。そういったものを今日は最前線で販売している。アルゴによる宣伝効果もあって屋台は大盛況だった。ちなみに焼き増しというのは《記録結晶》の中身を丸ごとコピーする機能のことである。これで商品を増やしたのだ。

 一番人気はやはりキリト。二番はアルゴにいつの間にか撮られていた僕だ――自分の写真を売るのは少し気恥ずかしかった――。三番につけたのはアスナ。眉目秀麗、イケボ、高身長の三拍子揃っていた彼女はたったの一日で絶大な人気を獲得したのだ、恐るべし。アルゴは……結局、最後まで変化しなかったということにしておこう。

 撮影されたターゲット達とは一応交渉はしてある。しかし、甘い甘い。タロウには売り上げを渡すことになってしまったが、他の人はアルゴに上手く言い包められてしまった。しかも焼き増し機能のせいで、《記録結晶》を買い取ったのに販売されてしまうという半ば詐欺のような行為もチラホラ。まあ、笑って――怒って、かもしれない――許してくれたから構わないだろう。アルゴも幾分かは分け前を握らせたようであるし。

 茅場も良い気分転換をさせてくれたものである。この騒動で飽きは吹き飛び、攻略のやる気が戻ってきていた。

―――さ、ボコボコにしてやろうか!

 

******

 

~side:アルゴ~

 アイツ、結局気づく素振りも見せなかった。

 あの日の最初に注意してくれたとき、寝惚けた頭でついメールボックスを開けてしまい、そして男性化した。

 身長も変わらず。顔も大して。正直、変化したのか分からないようなものだったが、気づいてくれたって良いじゃないか。

 

「そろそろ敬語を外してくれても良いんじゃないかなー。どうして私には外してくれないんだろー」

 

 いつもの作った喋り方ではなく、素の声と一人称で私は呟いた。

 

「さて、じゃあいきますかー。あはははは。……レン坊、オネーサンに興味、ないのかナ」

 

 いつか、アインクラッドの外で再び出会うことを祈って。




 キリ子ちゃんは、この当時から存在していた!(驚愕) ……なんて。

 アルゴさん好きなんですけど、書けないんですよね。
 明日は本編が進みますので、お楽しみに。

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