SAO~if《白の剣士》の物語   作:大牟田蓮斗

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 初投稿です。よろしくお願いします。それでは、どうぞ。


アインクラッド編
#1 救命


 二〇二二年十一月六日――悪夢が始まった。

 俺――大蓮(おおはす)(かける)――は、幸運なことに世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン(Sword Art Online)》を手に入れた。

 昔から新しいものに目がない上に、全く違う自分になれることへの憧れもあった。だから学校を休んでまで――いわゆる優等生だったので周りには驚かれたが――《SAO》を手に入れたのだ。

 そこまでしたのだから当然、SAOの正式サービス開始時刻である十一月六日の午後一時ぴったりにSAOにログインしたのだった。

 それが、人生を変えることになるとも知らずに。

 

******

 

 SAOにログインした俺は初めてのVR世界に感激した。感動した。そしてこの時代に生まれたことに感謝した。それほどまでにVRとは素晴らしいものだった。現実(リアル)では中学二年生の俺は、少し高めの身長に、整ったスタイルに、アニメの主人公のような顔の造形に――裏通りに入り、誰にも見られていないのを確認してから――小躍りした。

 気を取り直して表通りに出ると、早速スタート地点《はじまりの街》を駆けていくプレイヤーを見かけた。世界初のVRよりもゲームに対しての関心が強いその様は、恐らくベータテスターであろう。既にVRには慣れているのだ。

 そこに、別の男性プレイヤーがそのプレイヤーを呼び止めて話しかけた。

 

「その迷いのない動きっぷり、あんたベータテスト経験者だろ。俺今日が初めてでさ、序盤のコツ、レクチャーしてくれよ」

 

 どうやら俺の予想は当たっていたようで、そのプレイヤーはコクリと頷いていた。その様子を横目に俺はその二人に背を向けた。

 赤い髪の男に便乗してベータテスターにレクチャーしてもらうこともできたのだが、今回ばかりはそれは避けたかった。

 なぜならこの世界での俺の目的、目標が、現実とは全く違う別の人間になることだからだ。仰々しい言葉にしたが、要するにロールプレイをするというだけである。

 ロールするのはすっっごい強くて若干ダークヒーローっぽさのあるソロプレイヤーだ。厨二病? 俺は中学二年生だ。その誹りは痛くも痒くもない。

 だから、せめて初日くらいは一人でやってやろう、どうせ失敗してもやり直せば良いのだからと俺――キャラ作りのためにこれからこの世界では僕にしよう――は決意したのだ。

 まあ元よりゲームは好きだが得意ではなかったから、冷静な自分はこの強がりがいつまで続くか見ものだと思ってもいた。

 しかしフィールドに出て分かった。

 

 

―――僕はこのゲームをやるために生まれてきた。

 

 

 そう臆面もなく思ってしまうほど、僕はこの世界に適合していたのだ。

 《フレンジーボア》――序盤の雑魚敵だ――の動きが手に取るように分かる。動きを思い浮かべるだけで、まるで自分の体じゃないように羽の如く体が舞う。

 SAO特有の《ソードスキル(必殺技)》だって完全にものにできている。これならあのロールプレイも夢じゃない! と喜んでいたとき、頭に大きな音が響いた。

 

リーンゴーン、リーンゴーン

 

―――鐘の音か?

 疑問に思うと同時に体の周りに青いエフェクトが漂い、僕の視界はホワイトアウトした。

 目を開いた。そこは《はじまりの街》の大広場だった。見渡す限り、人、人、人。そこには運良くSAOを手に入れられた一万人が勢揃いしているようだった。

 困惑して視線を彷徨わせ続けても、周りも似たような反応ばかり。なぜこのようなことになっているのかは誰も知らないらしい。運営がプレイヤーをここに転移させたのだろうということだけが、周囲の呟きから察せた。

―――どうして強制転移なのにアナウンスがなかったんだ。

 誰かが「上を見ろ!」と叫んだ。見上げると、上空の第一層の天蓋一面には赤い市松模様が広がっていた。

 それをバックに赤いローブが突如現れる。ローブと手袋だけ、中には何もない空洞が広がっていた。

―――これはヤバい!

 背筋を悪寒が走る。ローブから距離を取るために人混みを端の方へと移動し、広場を囲む高めの建物の中に入った。

 赤ローブはこのSAOを生み出した茅場晶彦と名乗った。そして、この世界がデスゲームとなったとプレイヤーを睥睨しながら告げた。

 それを、僕は何の感慨もなく聞いていた。恐らくデスゲームという現実を最も早く受け入れられた内の一人になれただろう。

 

「最後に、私から諸君にプレゼントがある。アイテムストレージを確認してくれたまえ」

 

 赤ローブがこちらに手を振り向ける。同時にプレセントが配布されたようで、プレイヤーは続々とストレージを確認し始めていた。しかしデスゲームの開催者が善意だけのプレゼントを贈るとは到底思えない。

―――様子見、かな。

 どうやら現実の姿にアバターを変えるアイテムだったようだ。広場には混乱が広がっていた。もし開けていたら現実での平凡な顔になってしまうところだった。自分の判断を自画自賛し、胸を撫で下ろす。建物の中にいたので、僕の姿が変わっていないことに気づいた人もいないようだ。

―――さて、これからどうしようか。

 MMOとは限られたシステムからのリソースを奪い合う形式のゲームであり、現状を受け入れられた者はフィールドに出るだろう。それ以外にできることはないのだから。

 僕は幸いこの世界での戦闘力に自信があり、冷静さも失っていない。ならば、最初は自分の能力を高めるついでに人助けでもするとしよう。心を決め、僕はフィールドに出た。

 

******

 

 二〇二二年、一人の天才が完全なVR空間を作り上げた。その天才こそが例の茅場晶彦である。

 彼は《ナーヴギア》というヘルメット型のハードウェアを世に送り出した。脳の信号や脳に受ける情報を電子情報に変換し、多重電波を発生させることで脳と機械での相互通信を可能にする機械だ。今回のデスゲームにおいては、電波を発する機能を悪用して電子レンジのように脳を破壊する手法が取られている――らしい――。

 その脳破壊シークエンスが起きる条件は四つ。

一、ナーブギアを取り外す。

二、通信や電力供給がしばらく途絶える。

三、ナーブギアの破壊、分解を試みる。

 ここまでは(げんじつ)の話。プレイヤーに最も関係するのは最後の一つだ。

 

四、ゲーム内でHPが零になる。

 

 このゲームでは体力や耐久値が尽きたものは全て結晶になって砕け散る。砕け散ったらジ・エンドだそうだ。

 このゲームをクリアすることでプレイヤーは解放されると茅場は言った。僕たちは実際の命を賭けてSAOをクリアしなければならなくなってしまったのだ。

 問題のSAOは全百層からなる《アインクラッド》を舞台とした冒険RPGだ。各層には強力なボスがおり、それを倒せば次の層が解放される。そして百層にいる最終ボスを倒すことでゲームクリアとなる。

 中世ヨーロッパのような世界観のSAOには、ファンタジーでは珍しく魔法は存在せず、武器を用いた戦闘が主となる。その代わりなのかソードスキルという、規定のモーションを起こすと発動する必殺技のようなものが存在した。使用すると武器が発光し、通常の攻撃とは比べ物にならないダメージを与えることができる。

 武器の種類は様々あり、一般的な剣からメイスまで選り取り見取りだ。僕が選択したのは片手剣である――格好良いのはあるが、何より取り回しが楽だからだ――。

 現実世界のような視界の端には、これがゲームであることを示すように様々なパラメータが表示されていた。そのプレイヤー名の欄には《レント(Rento)》と入っている。本名を少し捻っただけだが、気に入っていて頻繁に使うハンドルネームだ。

 そうして現状を確認しながらフィールドを駆けていると、明らかに難儀しているプレイヤー達を発見した。

 五人でパーティを組んでいるが、六体のフレンジーボアに囲まれ慌てているようだった。あれはソードスキル一発で倒せる雑魚なのだが、囲まれてしまい落ち着いて対処できていない。というわけで、要救助対象第一号だ。

 僕が飛び込みながら一体をソードスキルで屠れば、リーダー格の青年がすかさず指示を出したことで数の優位を使って逆に敵を囲んでタコ殴りにすることができた。戦闘は二分にも満たない短いものだった。

 

「助けてくれてありがとう!」

 

 戦闘が終わり、見事な指示を出したリーダー格の青年がこちらに頭を下げる。気持ちの良い笑顔だ。

 

「いえいえ。こんなことになってしまったので助け合いの精神ですよ」

 

 これからはキャラづけのために敬語にしようと今この瞬間決めた。敬語を使わない爽やかさを体現する青年は僕の目指すものではない。SAOがデスゲームになろうと、僕はまだロールプレイの野望を失っていないのだ。

 その後、リーダー格の青年とフレンド登録をした。その青年は《ディアベル》と言うらしい。リアルの容姿だというのに整った容姿をしており、喋り方も堂に入っている。将器というやつだろう。彼はこれからの攻略で重要な位置を占めることになるという確信を僕に抱かせた。

 ディアベル達とはそれで別れ、僕は一人で救援活動を続けた。意外にもフィールドに出ていた人数は多かったのだが、どうにも覚悟が出来ていないようで全体的に腰が引けていた。その隙で命を永遠に失ってしまっては元も子もない。とはいえ覚悟はこれから出来るであろうし、これならSAOの攻略は存外可能そうだと一人安心していた。

 

******

 

 人を助けてフレンド登録をし別れる。その繰り返しをかれこれ二週間ほど続けていたが、攻略に熱心なプレイヤー達はその間に第一層の攻略を慎重に進めていた。《鼠の攻略本》というものも一部のベータテスターによって作られており、フィールドでモンスターに負ける者は少なくなった……と思っていたのだが。

 ようやく覚悟が決まったのか、中々進まない攻略に痺れを切らしたのか、《はじまりの街》からの新規プレイヤーは断続的に出続けていた。覚悟が出来たとはいっても、現代日本人が命を懸けた戦闘にすぐに入り込めるかと言えばそうはいかない。元より自殺志願者もいたり、フィールドでニュービーを助けている実力者もほぼいない現状で死者は確実に増えていた。

 そんなある日、一人の少女に出会った。

 その少女は栗色の髪とヘイゼルの瞳をしており、誰もが振り返るような美少女だった。

―――こんなに可愛い子も閉じ込められているのか……。

 思わず胸の裡で零してしまった。

 少女は《ワーウルフ》という狼の獣人と戦っていた。様々な変化系の存在する狼獣人モンスターの基本種で、一体一体は大した強さではない。しかし群れでの行動を習性としていて、どうにも数が多い。

 しかし可憐な見た目に反してその少女の戦闘は存外危うげのないものだった。得物の《細剣(レイピア)》で違わず弱点の首を突きつつ、周囲を完全に囲われないように立ち回っている。少数で多数と戦うコツを理解していた。

 だが彼女の戦いは一気に彼女の不利へと傾いた。彼女の細剣が儚くポリゴンに散ったのだ。

―――!

 

「っ、助太刀します!」

 

 彼女も流石に剣が壊れるのは初めてだったのか、見逃せない隙を生んでしまう。少女の背後に飛び込みながら、彼女に後ろから爪を伸ばしたワーウルフを斬り飛ばす。いきなり現れた僕に驚きつつも、少女は慌ただしくアイテムウィンドウを開いた。

 一旦は僕が彼女を守りつつ一人で戦っていたが、新しい剣を装備し直した少女が参戦したこともあってワーウルフの一群は案外簡単に蹴散らせた。

 間近で戦いながら観察した少女の剣筋は美しいものだった。放ったソードスキルの《リニアー》の一閃も、システム外スキルのモーションアシストがかけられていて僕の目でも追えないほどの速さであった。

 大群を凌ぎきって一息吐いていると少女が話しかけてきた。

 

 

 

 

「なんで助けたのよ」

 

 

 

 

―――は?

 思わず思考が止まる。最近増えてきた自殺志願者にしては、少女の戦闘には負ける気は見えなかったような気がしたのだが。

 

「……助けてはいけませんでしたか?」

「そうは言わないけど、今のこの世界でただの親切心で動く人なんていないでしょ」

 

 少女はかなり冷めている人間のようだ。遠目からでは野の花のように見えた美貌も、凄まれてしまえば茨のようだ。

―――ただの親切心なんだけどなぁ。

 

「その、()()()()()()で動く人間ですよ。フィールドで人助けをしているんです」

 

 ムッとした勢いのままにやや強い語調で言えば、少女は申し訳なさそうな顔をした。

 

「え、そうだったの。それは……ごめんなさい」

「別に構いません。親切ついでに、一つアドバイスです」

「……聞かせてもらっても良いかしら」

 

 気まずそうな少女に、僕は指を立てる。

 

「戦闘中、武器の耐久度を気にするのは確かに難しいかもしれませんが必須の注意です。というよりも、一回の戦闘ごとに使用する武器の調子は確認し、耐久度が尽きないように立ち回るべきです。武器が勿体ない」

「……別に武器なんてどうでもいいのよ。どうせ店売りの乱造品だし、ストックもあるもの」

 

 少女の吐き捨てるような口調に、僕は踏み込めなかった。

 

「そう、ですか。そう思っているならこれ以上は言いませんが……。武器が壊れたときに隙ができないように鍛えるべきですね」

「それは……そうね。今回は助かりました、ありがとう」

 

 その少女――《アスナ(Asuna)》とはフレンド登録をして別れた。

 

******

 

 それからまたしばらくして、あるパーティがボス部屋を見つけたという噂が広まった。その攻略会議が《トールバーナ》という街で開かれるそうだ。いつか助けたディアベルがフレンド機能を使ってメールを送ってきたのだ。参加してほしい、と。これも何かの縁だと思い、僕は初めて本腰を入れて攻略に参加することにした。

 攻略会議が始まる。ディアベルたちが例のボス部屋発見パーティだったとは驚いたが、いつか思った通り、ディアベルが攻略の音頭をとれる人間だったことは素直に喜ばしい。

 順調に進んでいくと思われた攻略会議だったが、闖入者が現れた。

 

「ちょお待ってんか!」

 

 イガイガの頭をした関西弁の男が、ディアベルがいるステージに飛び込んでくる。

 

「えーと、君は誰かな?」

 

 冷静に対応するディアベルに感心しながら男の言葉に耳を傾けた。

 

「ワイは《キバオウ》ってゆうもんや。ワイが言いたいんはな、こん中に詫び入れなきゃあかん奴がおるっちゅうことや」

「それは……ベータテスターのことを言いたいのかな?」

「そうや」

 

―――いや、ディアベルよく分かったな。

 

「こんのクソゲームが始まった日に、奴らニュービーを置いて逃げ出したんや! ベータの情報つこうて取ったアイテムと金この場で出してもらなぁ背中は預けられんわ!」

 

 思わず眉を顰める。彼は自分が無茶苦茶なことを言っていると分からないのだろうか。

 

「それに、こんなに人が死んだんもテスターどもが情報なんかを独占してたからや! 今まで死んでった二千人に泣いて謝れぇや!!」

 

 そろそろ我慢の限界で立ち上がろうとしたが、僕の他にもそういう人がいたみたいだ。浅黒い肌をした外国人のようなスキンヘッドの大男が発言を求めた。

 

「発言いいか? ――俺の名前は《エギル》だ。キバオウさん、少なくとも情報はあったぞ」

 

 男、もといエギルは外見に似合わない流暢な日本語で話し出した。

 元テスターの《鼠》の攻略本の話に始まり、最初から最後まで正論尽くしだった。流石のキバオウもこれには何も言えず、ディアベルに諭されるまま静かに最前列の席に腰を落とした。

 

 

―――何か、引っかかるな。

 

 

 最初の登場から余りにもタイミングが合いすぎていた。あれよりも早ければインパクトに欠けるし、遅ければ入り込む隙がない。計算し尽くされているかのようだ。

 そういえばディアベルも余り驚かなかったし、すぐに元テスターのことだと察していた。論破されたキバオウも感情的にならずに席に着いた。彼ならそれでも暴論を展開させそうなものであるのに。

 

 つまりこれは、ニュービーの不満を暴発させないために仕組まれた茶番か。

 

 別に気づいたからといって何をする気もないのだが。むしろディアベルがそんな腹芸のできる、正義感だけの人間でなくて安心した。安定した長に据えるには清濁併せ呑む器が必要なのだ。

 それ以降は恙なく進行し、ボス攻略のチーム分けで僕はディアベル率いるパーティに入った。ボスへの直接的な攻撃をするチームだ。

 翌日の攻略戦に向けてプレイヤー達は気炎を上げた。

 

******

 

 翌日、ボス攻略当日。僕達はディアベルのやり過ぎとも思える言葉で士気を高めてからボス部屋に突入した。

 ボスの攻略は順調に進んだ。取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》も的確に撃破されている。二人だけのH隊も、予想以上に手練れの二人のようであった。あれなら心配は無用だろう。

 そしてボスである《イルファング・ザ・コボルド・ロード》の四本あったHPバーも最後の一本となる。

 

「俺が出る! みんなは下がれ!」

 

 ディアベルが駆け出す。コボルド王は持っていた斧を投げ出し、ベータの情報通りにタルワール……、

―――違う! あれはタルワールじゃない!!

 コボルド王はタルワールではなく、刀のようなものを装備した!

 

「ディアベルさん! 武器が情報と違います!!」

 

 必死に叫んだが、コボルド王の咆哮に搔き消される! ディアベルはボスの影で武器を視認できていない! そして、

 

 

ボスのソードスキルを食らい、青髪の青年は宙を舞った

 

 

「な、そ、そんなディアベルさんが……」

「嘘だ……。情報と違うじゃないか!?」

「と、取りあえず、ひ、退けえええ!」

 

 信じがたい光景に多くのプレイヤーが茫然とし、背中を向けて逃げ出した!

―――このままじゃ犠牲者が増える!

 そのとき、二人のプレイヤーがボスに向かって駆け出した。例のH隊だ。勇敢にもたった二人でボスに立ち向かう。

 結果だけ言えば、ボスは突破された。たった二人の活躍によって――その内一人はあのアスナちゃんだった――。

 問題はその後だった。

 

「何でや! 何でディアベルはんを見殺しにしたんや!!」

 

 ()()キバオウだ。そしてベータテスターへの恨み言を言い始める。それは、意図しているかどうかは分からないが、仲間割れを促しているようだった。

 それに対してボスにラストアタックを決めた少年は……全てを、独りで背負ってしまった。

 こんなに情報を持っているのは自分だけだ、他の奴らは何も知らない。その言葉で周りの憎悪(ヘイト)を一身に集めていた。そして周りを拒絶するように黒いコートを纏って去っていった。

 

 その足取りは断頭台に向かうようで――、

 その眼は全てを諦めているようで――、

 その背中は触れられるのを拒んでいるようで――、

 

 その様は……成り損ないの英雄のようだった。

 

 そしてそれは、僕の望んだ姿だった。

 

******

 

 第二層からの攻略には参加しなかった。その結果、僕の実力は上の下から中の上くらいに落ち着いていた。

 主な時間はフィールドでの救援活動に力を注ぎ、空いた時間は趣味の生産スキルを磨いていた――今では職人並みだ――。

 そんな形でこの世界に満足し始めていた僕は彼――成り損ないの英雄のことをすっかり忘れていたのだ。

 《黒の剣士》の名を聞くまでは。




 第一層攻略戦でした。ディアベルさんは嫌いではないのですが、面倒臭いんですよね、出すのが。ここで惜しくも退場です。

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