バカとE組の暗殺教室   作:レール

52 / 55
体育祭の時間

 二学期の中間テストが迫ってきた今日この頃、僕は柄にもなくテスト勉強……することなく新作ゲームを買いに街へ出ていた。

 

「ずっと楽しみにしてたんだよなぁ、このゲーム。色々あって発売延期してたから、今日くらいは思う存分ゲームしよっと」

 

 以前の僕だったらただ勉強をサボってゲームしてるだけの状況だけど、今は殺せんせーの教育のおかげで勉強も習慣づいてきている。一日くらい自習をサボっても大丈夫なはずだ。

 姉さんが来た夏休み以降、食生活を注意されてからは生活費を削ってゲーム代に当てることもしてない。前みたいに塩水やパン粉飯や六十四分の一カップ麺を主食になんてしてないし、生活面を考えても問題はないだろう。

 

 そういうわけで誰に気兼ねすることもなくゲームを満喫する予定を立てていると、何やら商店街の一角に椚ヶ丘の制服を着た集団がいた。というかよく見ればA組とE組の人達だった。

 A組とE組の組み合わせなんて、絶対に何か問題があった時の構図でしょ。いったい何があったんだろう。

 

「皆、こんなところで何してるの?」

 

 僕が声を掛けると浅野君と他の男賢人(七賢人の男共)が振り返った。この面子が揃ってる時はだいたい碌なことがない。

 偶々通り掛かっただけで状況が分からない僕に、浅野君は芝居がかった仕草で此処に集まっている理由を説明してくれる。

 

「吉井君か。なに、重大な校則違反を繰り返してる生徒がいるって情報を得てね。その真偽を確かめにきただけさ」

 

「重大な校則違反って……」

 

 E組の皆へ視線を向けると、椚ヶ丘の制服に混ざってウェイター姿の磯貝君がいた。

 あー、そういうことか。磯貝君のバイトがバレたんだな。これはちょっと面倒なことになったかもしれない。

 そもそも磯貝君がE組になったのもバイトがバレたからだって話だ。また校則違反を問題にされたら今度はどうなるか分からない。

 磯貝君ちの家計が厳しいからなんて事情を汲んではくれないだろうけど、何とか磯貝君のバイトは見逃してくれないか浅野君に頼んでみることにする。

 

「浅野君、校則違反なのは分かるけど何とか見逃してくれないかな」

 

「いいよ。今回のことは見なかったことにしよう」

 

「そこを何とか……って、え? いいの?」

 

 E組を貶めたいA組にとって、磯貝君の校則違反は格好の標的のはずだ。正直ダメ元半分の粘り勝ちを狙ってたくらいなんだけど、拍子抜けするくらい簡単に要求を呑んでくれた。

 その浅野君の言葉を聞いて、磯貝君が不安そうにしながらも確認してくる。

 

「浅野、本当に黙っててくれるのか?」

 

「もちろん。……ただし一つだけ条件がある」

 

 やっぱりそう簡単に話を進ませてはくれないか。条件って、浅野君はいったい磯貝君に何をさせるつもりなんだろう?

 

「僕達に闘志を示せたら、磯貝君のバイトの件には目を瞑ろう。今月いっぱいで必要なお金は稼げるって話だしね」

 

「……闘志?」

 

「浅野君達をボコボコにすればいいの?」

 

「そんなことをすれば君も暴力沙汰で処分の対象になるよ」

 

 どうやら闘志といっても直接殴り合うわけではないらしい。だったら何か勝負事でもするのかな。

 まだ何を言いたいのが分からない僕らに、浅野君の言う闘志について具体的な内容を話してくれる。

 

椚ヶ丘(うち)の校風はね、社会に出て闘える志を持つ者を何より尊ぶ。違反行為を帳消しにするほどの尊敬を得られる闘志。それを示すために、今度の体育祭で棒倒しに参加するんだ。A組に勝てたらバイトの件は大目に見ると約束しよう」

 

 なるほど、体育祭か。そう言えば間近に迫ってるのは中間テストだけじゃなかったな。

 E組にはほとんど関係ないからあんまり気にしてなかった。球技大会と一緒で団体戦は除け者にされるから、どう頑張っても総合優勝はあり得ないし。

 磯貝君もそう思ったのか、戸惑いの表情を浮かべながら浅野君に聞き返す。

 

「棒倒しって……そもそもE組には団体戦に出る予定はないだろ。A組とは人数差だってあるし、どう考えても公平な闘いにはならないぞ」

 

「だからこそ、君らが僕らに挑戦状を叩きつけたことにすればいい。それもまた、強者に立ち向かう勇気ある行動として称賛される。……まぁこの条件を受けるかどうかは君次第だ。よく考えて決めるといい」

 

 そう言って浅野君達はこの場から去っていった。

 うーん、棒倒しか。確かE組に比べてA組の男子は十人くらい多くなかったっけ。運動神経は訓練してる僕らの方が上だろうけど、単純な戦力差で考えると厳しい闘いになりそうだ。

 

「なんだか大変なことになっちゃったわね」

 

「棒倒しじゃ私達女子は何もできないよ」

 

 事の成り行きを見守っていた皆が近づいてきた。大変なことになったというのは片岡さんに同意せざるを得ない。浅野君ももうちょっと穏便に見逃してくれないもんかなぁ。

 それに茅野さんが言う通り、女子が何もできないというのはきっと歯痒い想いだろう。男子のみ参加の棒倒しで勝つことが条件ってことは、本番では女子は見守ることしかできないってことなんだから。

 

E組(俺ら)に赤っ恥かかせる魂胆が見え見えだぜ」

 

「でも受けなきゃ磯貝はまたペナルティだぞ。もうE組には落ちてるし、下手すりゃ退学処分もあるんじゃねぇか?」

 

 前原君の考えているように、これは球技大会のエキシビションと同じ流れだ。E組がボコボコにされるのを見て笑い物にしたいんだろう。

 とはいえ岡島君が心配してるように、磯貝君の校則違反を盾に取られてるから受けないわけにはいかない。逃げ道を塞いで選択肢を与えない辺り、どうやら浅野君はどういうわけかE組に棒倒しをさせたいようだ。

 

「……いや、やる必要ないよ。浅野のことだから何されるか分かったもんじゃないし」

 

 しかし当の本人である磯貝君がそんなことを言い出した。もしかして何か棒倒しを受けなくてもいい妙案があるんだろうか?

 

「俺が巻いた種だから責任は全て俺が持つ。退学上等! 暗殺なんて校舎の外からでも狙えるしな」

 

 なんて思ってたら何も考えてないだけだった。無理に明るく振る舞ってるし。校則違反の処罰も受ける気満々だし。

 取り敢えず僕は目の前にあるアホ毛を引っ叩いておいた。磯貝君は頭を抱えて痛がってるけど自業自得だと思う。

 

「痛ったー、何すんだよ」

 

「磯貝君、難しく考え過ぎだよ。別に悩む必要ないじゃん」

 

 責任どうこう言うなら黙認してたE組全員に責任はあるだろう。それに磯貝君が退学になるかもしれないっていうのに、それを黙って見過ごすほど僕らは薄情じゃないぞ。

 そこに前原君、渚君、岡島君も入ってくる。

 

「そうだぜ。A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃいいんだろ? 楽勝じゃんか!」

 

「それにもし磯貝君がE組から居なくなったりしたら寂しいしね」

 

「他の奴らも俺達と同じ意見だと思うぞ。A組に対して日頃の恨みを晴らすチャンスでもあるしな」

 

「お前ら……」

 

 そんな僕らのやる気を見て、磯貝君も覚悟を決めたようだ。さっきみたいな無理な笑顔もなくなってる。

 

「……ありがとな。でもまずは他の皆の意見も聞かないと。本当に棒倒しをするか判断するのはそれからだ」

 

「大丈夫だって言ってるのに、本当に磯貝君は律儀だなぁ」

 

 そういうわけで改めて皆の意見を聞いた上で、明日から棒倒しに向けての作戦を練ることになった。作戦を練るだけじゃなくて練習もしないとな。

 そうと決まれば磯貝君は一先ずお店へ戻った。まぁいきなりバイトが抜けて帰らなかったらお店にも迷惑が掛かるしね。

 

 

 

 

 

 

 そうして棒倒しへ向けて準備をしているうちに、数日が経ってあっという間に僕らは体育祭当日を迎えていた。

 E組は団体戦には出ないけど、個人戦には普通に出ないといけない。今は男子の百メートル走で木村君が競技に出ていた。

 

『百メートル走はA・B・C・D組がリードを許す苦しい展開! 負けるな我が校のエリート達!』

 

「うーん、体育祭でも相変わらずのアウェイ感」

 

「まぁもう慣れたもんだよ、敵に囲まれてる状況なんて」

 

「そんな状況に慣れるのもどうかと思うがの」

 

 こればっかりは環境の問題だから仕方ない。暗殺教室にいたら嫌でも度胸はついてくる。

 

「ふぉぉカッコいい木村君! もっと笑いながら走って!」

 

 こうやって殺せんせーが浮かれて騒がしくしてるのも暗殺教室では慣れたもんだ。

 国家機密とかもう周りにバレなければ何でもいいや。殺せんせーもその辺は最低限配慮してるみたいだし。ホント、よくバレないよなぁ。

 

「ヌルフフフフ、この学校の体育祭は観客席が近くていいですねぇ。ド迫力を目立たずに観戦することができます」

 

「目立ってないかと言えばギリギリだけどね」

 

 身内だったら知られたくないくらいには目立ってるっていうか、まず間違いなく本校舎の生徒には不審がられてる。全校集会で一度だけ姿を見せたことはあるけど、見慣れてない人からすると不審が服を着て歩いてるようなものだ。

 

「でもさ〜烏間先生。トラック競技、木村ちゃん以外は苦戦してるね。陸上部とかにはなかなか勝てない」

 

 倉橋さんが競技の様子を見ながら烏間先生に話しかける。

 今は女子の百メートル走で矢田さんが競技に出てるけど、残念ながら一位じゃなくて二位だ。どうやら一位は陸上部の人らしい。

 

「当然だ。百メートル走を二秒も三秒も縮める訓練はしていない。君らも万能ではないということだ」

 

 まぁ身体能力は暗殺訓練で全体的に上がってるけど、流石に専門分野で鍛えてる人には敵わないってことだな。

 でも僕らの身体能力があれば、専門分野で鍛えてる人以外には負けないだろう。

 

「うぉぉ! 原さんやべぇ!」

 

「足の遅さを帳消しにする正確無比なパン食い!」

 

 今やってるパン食い競争では、原さんが獲物を仕留める野生動物もかくやといった跳躍で吊られたパンを食い千切った。まるでワニのデスロールのようだ。

 そのままパンを加えてゴール前の完食ゾーンまで行った原さんは、パンを食べる……のではなく吸引力が売りの掃除機のように吸い込んだ。

 

「飲み物よ、パンは」

 

 ただただ純粋に原さんが凄い。でもパンは噛まないと身体には良くないよ。食事の回数が少な過ぎて胃が退化してる僕が言うのもなんだけど。

 

「うんうん、こういった意外性は殺し屋ならでは。暗殺で伸ばした基礎体力、バランス能力、動体視力や距離感覚は非日常的な競技でこそ発揮される。棒倒しでどう活かすか……それは君次第ですよ、磯貝君」

 

 殺せんせーに言われた磯貝君は、この数日で纏めた“棒倒し作戦表”ノートを見ながら表情を硬くしている。他の皆も緊張の色が隠せないでいた。

 まぁ無理もないか。イトナ君とムッツリーニの情報収集で判明した浅野君の本当の目的は、僕らを痛めつけて中間テストに支障をきたすことだったんだから。

 

「とはいえ()()はやり過ぎな気がするけどね」

 

「浅野らしいっつーかなんつーか……程度ってもんを知らねーよな、アイツ」

 

「浅野は完璧主義なようじゃからのぅ」

 

「…………容赦がない」

 

 もちろん本校舎の一般生徒相手にやられるほど僕らは柔じゃないけど、まさか棒倒しのためだけに外国から一回りも二回りも体格の大きい外国人を呼び出すとは思ってなかった。

 情報によればそれぞれ有名なレスリングジムの次代のエース、ブラジルの世界的格闘家の息子、韓国バスケ界の期待の星、全米アメフトのジュニア代表と、よくもまぁE組を潰すためだけにかき集めてきたもんだ。

 全員そこら辺の大人より大きいけど、本当に十五歳で合ってるんだろうな。さっきのA組対D組の綱引きなんて、ほとんどその四人だけで勝ったようなもんなんだけど。

 

 そんな浅野君や外国人留学生達を見て、磯貝君はさっき以上に思い詰めた顔をしていた。

 同じく殺せんせーもそんな磯貝君に気付いたようで声を掛ける。

 

「磯貝君、どうしました?」

 

「……殺せんせー、俺には浅野みたいな語学力はない。俺の力はとても浅野には及ばないんじゃ……」

 

 それは……磯貝君に限らず皆そうじゃない? 寧ろ浅野君に匹敵する人なんて片手で数えるくらいしかいないんじゃないだろうか。いきなり浅野君レベルを求める方が無理がある。

 殺せんせーもそう考えらしく、磯貝君の弱音を否定することはなかった。

 

「……そうですねぇ、率直に言えばその通りです。浅野君は一言で言えば“傑物”です。彼ほど完成度の高い十五歳は見たことがありません。君が幾ら万能といえども、社会に出れば君より上はやはりいる。彼のようなね」

 

 そうだろうな。世界は広いってよく言うし、少なくとも僕より上は山のようにいるはずだ。

 

「でもね、社会において一人の力には限度がある。仲間を率いて戦う力。その点で君は浅野君をも上回れます。君が劣勢(ピンチ)に陥った時も、皆が共有して戦ってくれる。それが君の人徳です。先生もね、浅野君よりも君の担任になれたことが嬉しいですよ」

 

 そう言って殺せんせーは磯貝君の鉢巻を締めてあげる。

 

 浅野君は配下を使うことには慣れていても、仲間と一緒に戦うことには慣れていないだろう。それだけ能力が突出してるってことだけど、だからこそ誰かを頼ることはしてこなかったに違いない。

 浅野君に欠点なんて呼べるものがあるとしたらそこだ。A組の男子は浅野君を無視して勝手は出来ないはずだし、リーダーである浅野君の言うことは絶対だろう。浅野君さえ何とか封じることが出来れば勝機はある。

 

「今更怖気付いてんじゃねぇぞ、磯貝。もしビビって不甲斐ねぇ指揮取ったら、俺が先にお前をぶん殴るからな」

 

「俺と坂本と神崎さんで磯貝を虐めまくったんだ。どんな状況にも対応できるシミュレーションはしてるでしょ」

 

「あれは棒倒しのシミュレーションじゃなくて虐殺のシミュレーションだったよ……」

 

 カルマ君の言葉に磯貝君が遠い目をする。

 いったいどんな作戦会議をしたんだろう。僕ら実行部隊は棒倒しに向けて練られた作戦については聞いたけど……きっと壮絶なシミュレーションが幾つも繰り広げられたんだな。

 

「……棒倒しにさえ勝てば、磯貝君のバイトのことは咎められない。お願いね、男子。腹黒生徒会長をぎゃふんと言わせてやって」

 

 そろそろ棒倒しが始まるから準備をしていると、片岡さんが切実そうな表情でそう言ってきた。

 もちろん全力を尽くすつもりだ。磯貝君を退学になんてさせないし、僕らだって黙って痛めつけられるつもりはない。

 

「よっし皆! いつも通り殺る気で行くぞ!」

 

「「「おぉ!」」」

 

 そしてついにA組とE組の棒倒しが幕を開けた。

 

 椚ヶ丘中体育祭の棒倒しは殴ったり蹴ったり、武器の使用は原則禁止されている。まぁそれらを許可したら確実に怪我人が出るからな。

 でも例外として棒を支える人が足を使って追い払ったり、他の人も手で掴んだり腕や肩でのタックルなんかは認められている。

 

 A組がE組を痛めつけてくるとしたら、この例外となるルールを使ってくるはずだ。レスリング選手に格闘家にアメフト選手、ルールに則って痛めつけるには打って付けの専門家だろう。バスケ選手は防御の要に据えてくるというのが僕らの予想だ。

 あとなんかチームの区別をはっきりするためとかなんとかで、A組は長袖の体操服を着てヘッドギアが支給されていた。まぁ僕としては邪魔なだけだし別にいいけどね。

 

 此処からは浅野君や磯貝君の采配一つ……お互いのリーダーの指揮によって戦況が左右される。無駄に戦力を分散させられない以上、最低限の戦力でA組の動きに合わせて対応していくしかない。

 つまり僕らの狙いはカウンター。棒倒しではまず考えられない攻め手なしの、“完全防御形態”陣形でA組を迎え撃った。




取り敢えず今回は棒倒しへの導入回みたいなものなので、出来るだけ近いうちに次の更新をしていきたいと考えています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。