イトナ君が正式にE組へ加入したことで、僕らの暗殺はますます活気づいてきた。
イトナ君は“堀部電子製作所”っていう町工場の子供なだけあって、暗殺手段は電子工作を使ったハイテクなものである。今までのE組にはない暗殺手段は、僕らの暗殺計画の選択肢を広げてくれることだろう。
何よりもイトナ君から知らされた殺せんせーの急所……ネクタイの真下にある心臓を破壊できれば一発で殺せるっていう情報がかなり大きい。漫然と触手を狙うよりも格段に暗殺の成功率を上げられるはずだ。
とはいえ急所が分かったところで、無策では殺せないのが殺せんせーである。引き続き訓練を続けて殺せんせーを殺す作戦を練らないとね。
そんなわけでイトナ君を加えて今日からまた勉強と暗殺訓練の日々である。
「ジャ、“
朝のHR前、E組に茅野さんの驚いた声が響き渡った。
“
「皆、武士の情けで“まさよし”って読んでくれてんだよ。殺せんせーにもそう呼ぶよう頼んでるしな」
「最初、入学式で聞いた時はビビったよなー」
「卒業式でまた公開処刑されると思うと嫌ったらねーよ」
木村君の親は確か警察官だったっけ。正義感で舞い上がって付けられた名前らしいけど、キラキラネームを付けられた子供は堪ったもんじゃない。
だからこそ木村君は普段は“
「子供が学校でどんだけからかわれるか、考えたこともねーんだろーな」
「そんなモンよ、親なんて」
と、木村君の話題に珍しく狭間さんが加わってきた。どうやら狭間さんも自分の名前に思うことがあるらしい。
「私なんてこの顔で“綺羅々”よ、“きらら”! “きらら”っぽく見えるかしら?」
「い、いや……」
「うちの母親、メルヘン脳のくせに気に入らないとヒステリックに喚き散らすのよ。そんなストレス掛かる環境で、名前通りに可愛らしく育つわけないのにね」
狭間さんの家も何かと大変そうだ。
でも僕の親だって残念さでは負けてないと思う。
「そういう親の押し付けってあるよね。僕もその気持ち分かるよ」
「吉井は普通の名前じゃねーか」
確かに“明久”って名前は何も問題ないんだけど、その前の名前候補がやばかったんだよね。
「僕の名前がなんで“明久”なのか親に聞いたことがあってさ、母さんが女の子が好きだったからって最初は“明菜”って名前らしかったんだ。爺ちゃんが男でそれはおかしいって言ってくれたみたいなんだけど、それがなかったら多分普通に“明菜”になってたと思う」
「爺ちゃんファインプレーだな」
父さんじゃなくて爺ちゃんがおかしいって言ってくれた当たり、うちの両親の力関係が如実に現れてる気がする。
しかも幼稚園に上がる前までは、姉さんのお下がりのスカートとか穿かされてたしね。どんだけ女の子が良かったんだって話だけど、男としてはスカート穿かされてたなんて過去は隠しておきたい――
『そういえば私、玲さんから明久さんの子供の頃の写真を見せてもらったことがあります。偶に女の子の服を着た明久さんも映っていましたね』
「まさかのところで秘密の暴露が! というか律はいつの間に姉さんとそんなやり取りしてたの!?」
僕の知らないうちに姉さんと律が仲良くなってた件について。
まぁE組や研究者以外で律が話せる相手って限られてるからなぁ。律としても話せる相手が増えて嬉しいのかもしれない。
『ちなみに写真のデータも頂いてます!』
そういうと律は液晶画面に見たことのある子供の写真……って本当に僕の小さい頃の写真じゃん! 姉さんは何を勝手に人の写真提供してんの!?
「小さい頃の写真なんて恥ずかしいからデカデカと映すのやめて! っていうか女の子の服を着てる写真なんて余計に恥ずかし過ぎる!」
そんな僕の写真を見た秀吉が感想を漏らす。
「愛くるしい顔をしておるではないか。別に恥ずかしがる必要などないのではないかのぅ。それに女子の服くらい誰しも一度は着るものじゃ」
それは絶対に嘘だ。分かってるだけでも女の子の服を着たことある男なんて、僕と秀吉と渚君に殺せんせー……あれ、もしかして割合で言ったら意外と多い?
「大変だねー皆、ヘンテコな名前つけられたり女の子の格好させられたり」
僕が女装の普遍性について考えていると、ヘンテコな名前代表とも言えるカルマ君が他人事のように言ってきた。
いやいや、絶対カルマ君もこっち側でしょ。皆もそう思ったらしく、カルマ君の発言にビックリした様子である。
当の本人は全く気にしている感じではなく、皆の反応を見てもケロッとしていた。
「あー俺? 俺は結構気に入ってるよ、この名前。たまたま親のヘンテコセンスが子供にも遺伝したんだろーね」
「お前もヘンテコな野郎だもんな」
これに関しては雄二と全くの同意見だ。どうしてか色々とヘンテコな人が多いE組の中でも、特にカルマ君はヘンテコな部類だろう。
「先生も名前については不満があります」
いよいよ殺せんせーまでこの話題に入ってきた。
でも殺せんせーは名前の何が不満なのさ。殺せない先生だから“殺せんせー”、ピッタリな名前だと思うんだけど。
「殺せんせーは気に入ってんじゃん。茅野がつけたその名前」
「気に入ってるからこそ不満なんです。未だに2名ほど、その名前で呼んでくれない者がいます」
杉野君の指摘に、殺せんせーは烏間先生とビッチ先生を恨めしそうに見遣る。
言われた二人も自覚しているのか、視線を合わせないようにしていた。もしかして殺せんせーって言うの、大人としては恥ずかしいのかな?
「じゃーさ、いっそのことコードネームで呼び合うってどう?」
それぞれ名前に対する不満を漏らしていると、矢田さんがそんなことを言い出した。
「コードネーム?」
「そ、皆の名前をもう一つ新しく作るの。なんかそういうの、殺し屋っぽくてカッコよくない?」
そういえば握力オバケさんが毒ガスおじさんのことを、“スモッグ”とかなんとか言ってたような……きっと握力オバケさんや軍人上がりさんにも、似たようなコードネームがあったんだろう。
そんな矢田さんの提案を聞いた殺せんせーもコードネーム呼びに乗り気である。
「なるほど、良いですねぇ。頭の固いあの二人もあだ名で呼ぶのに慣れるべきです」
というわけで、今日一日コードネームで呼ぶことが決定した。いつもと違う呼び方で皆を呼ぶのも楽しそうだ。
どういったコードネームにするかは、各自全員分のコードネーム候補を紙に書いて殺せんせーが無作為で引いたものにするそうだ。全員分っていうのが少し手間だけど……こればっかりは仕方ないな。直感でどんどん考えていこう。
★
コードネーム呼びで過ごすことになった一時間目は、“
的を狙った射撃とは違って動く標的を、どのように動いて仕留めるかといった訓練だ。個人の技量だけじゃなくて連携も重要になってくる。
「“
偵察で木の上から全体を見渡している“エロ忍者マスター”に、携帯で連絡を取りつつ“堅物”周りの状況を確認する。
「…………今のところ動きは見られない。作戦通り、“
「了解。二人とも、上手くこっちに追い込んでくれるといいけど」
“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が沢まで“堅物”を誘導してくれたら、動きの遅い“
更に僕と“すごいサル”も囮で、“堅物”の注意を引きつつ“
だけど作戦通りに上手くはいかなかったようで、“
「“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が抜かれた! 俺達は“堅物”を追って右から迂回しつつ回り込むぞ、“
「分かった! じゃあ“すごいサル”は“
「OK!」
作戦を変更して僕と“赤髪脳筋ゴリラ”は右方向から、“すごいサル”と“両性二十面相”は左方向から“堅物”を追い詰めていくことにする。
「“
「そのまま待機させてる! アイツらは“ツンデレスナイパー”や“
作戦では“赤髪脳筋ゴリラ”と“両性二十面相”は、僕と“すごいサル”が抜かれた時の予防線として待ち伏せていた。
僕と“すごいサル”の背後で狙撃するため“ツンデレスナイパー”が控えてたように、“神崎名人”と“E組の闇”は“赤髪脳筋ゴリラ”と“両性二十面相”の背後で狙撃するため控えていたのだ。
“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が作戦通りに沢へ“堅物”を誘導できていたら、“堅物”に逃げ場はなく四方からの狙撃で蜂の巣である。
『はい、終了でーす!』
と、“堅物”へ向けて駆けている途中で“
んー、時間内に“堅物”へ追いつけなかったか。僕らは接触すらできなかったけど、いったい何発命中させられたんだろう。
「“萌え箱”、結果はどうなった?」
“赤髪脳筋ゴリラ”が“萌え箱”に射撃訓練の結果を聞く。
『“
「そっちの作戦は上手くいったか」
メインの作戦としては“貧乏委員”と“女たらしクソ野郎”が“堅物”を追い込んで“ツンデレスナイパー”が狙撃する手筈だったけど、もし二人が突破された時のためのサブの作戦ももちろん練っていた。
その作戦は“ギャルゲーの主人公”の狙撃ポイントへ“堅物”を誘導しつつ、“ギャルゲーの主人公”が警戒されていることを利用して遠くに注意を向けたところで“ジャスティス”による速攻を仕掛けるというものである。
“萌え箱”から聞いた結果で分かるように、“ジャスティス”の奇襲は見事に成功したようだ。
「じゃあグラウンドへ戻ろうか」
「そうだな。射撃訓練の批評会だ」
★
グラウンドでの簡単な批評会も終わり、体操服から制服へ着替えた僕らは教室へ戻ってきていた。
「……で、どうでした? 一時間目をコードネームで過ごした気分は」
「「「なんか……どっと傷付いた」」」
そして全員が分かりやすく精神的に参っていた。
訓練中は敢えて気にしないようにしてたものの、皆の考えたコードネームの酷さが半端じゃない。精神をガシガシ削られた気分だ。
これ絶対にコードネーム選んだの無作為じゃないわ。だってまともなコードネームがほとんどないもん。
「そうですかそうですか」
殺せんせー、他人事だからってサラっと流しやがった。そうですかそうですか、じゃないよ全く。
「殺せんせー、何で俺だけ本名のままだったんだよ」
皆が精神的に参るようなコードネームを付けられた中、一人だけコードネームじゃなくて本名だった木村君が殺せんせーに疑問を投げかける。
それは僕もちょっと気になってたし、コードネームが無作為じゃないと思った理由だ。まぁキラキラネームだからコードネームみたいなもんだけどね。
「今日の体育の訓練内容は知ってましたから、君の機動力なら活躍すると思ったからです。格好良く決めた時なら、“ジャスティス”って名前でもしっくりきたでしょ」
確かに殺せんせーの言う通り、決め手の瞬間だったら“ジャスティス”でも違和感はなさそうだな。漫画でいう必殺技というか、掛け声みたいな雰囲気もある。
更に殺せんせーは何かの紙を取り出すと、その紙を木村君へ見せた。
「安心のため言っておくと、君の名前は比較的簡単に改名手続きが出来るはずです。極めて読みづらい名前であり、普段から読みやすい名前で通してますからね。改名の条件はほぼ満たしています」
「そうなんだ……」
殺せんせーが取り出した紙には推薦図書購入申込書と書かれており、その名前の欄には“
木村君、呼び方だけじゃなくて振り仮名も必要じゃなければ“まさよし”にしてたんだ。そこまでは知らなかった。
「でもね。もし君が先生を殺せたなら、世界はきっと君の名前をこう解釈するでしょう。“まさしく
おぉ、そんな風に記事にでもされたらめちゃくちゃ格好良いな。本当にヒーローみたいだ。
木村君もそう思ったのか、今まで散々嫌だと言っていた“ジャスティス”について考えている様子である。
「親がくれた立派な名前に、正直大した意味はありません。意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか。名前は人を造らない。人が歩いた足跡の中に、そっと名前が残るだけです」
そうだよね。親としては名前に意味を考えて子供につけるんだろうけど、ぶっちゃけ生きる上で名前に意味なんて必要ない。
そうじゃなかったら僕は、元々女の子として生きる運命だったみたいなことになる。こんなに男らしい生き様なのに、名前の意味だけで女の子として生きるなんて無理な話だ。
「もうしばらくその
「……そーしてやっか」
どうやら木村君は自分の名前と一応の折り合いをつけることができたらしい。自分の嫌な部分を克服できたんだったら良かった。
「……さて、今日はコードネームで呼ぶ日でしたよね。先生のコードネームも紹介するので、以後この名で呼んでください」
と、綺麗に話が纏まったところで殺せんせーがそんなことを言い出した。もう既に“殺せんせー”がコードネームみたいなもんだと思うんだけど。
そうして殺せんせーは黒板に自身で考えたらしいコードネームを書いていく。
「“
めっちゃドヤ顔でスカしたコードネームを告げた殺せんせーに、コードネームで精神をガシガシ削られたE組の皆が切れた。
「一人だけ何スカした名前付けてんだ!」
「しかも何だそのドヤ顔!」
「にゅやッ! ちょ、いーじゃないですか一日くらい!」
「うるせー! お前なんて“バカなるエロのチキンのタコ”で十分だ!」
というわけで、誰が言い出したか分からないけど殺せんせーのコードネームは“バカなるエロのチキンのタコ”に決まったのだった。
今日の授業が終わって放課後、僕らは自主訓練の準備をしながらコードネーム呼びについて話していた。
「ようやく今日一日が終わったね。もし次コードネーム呼びする時は、出来ればもう少し格好良いのがいいな」
「そうだな、“超絶美少女アキちゃん”」
「もうそのコードネーム呼び終わりだから! ってか僕の名前考えたのって雄二でしょ!」
まるで女装したら自分がめちゃくちゃ可愛いって主張してるみたいで痛過ぎる。絶対に律が見せた僕の小さい頃の写真が由来でしょ。
こんな絶妙に恥ずかしいコードネーム、考えつくのは他人を貶めることに慣れた奴に違いない。つまり僕のコードネームを考えた最有力候補は雄二だったのだが、
「いや、俺が考えた明久のコードネームは“バカ世界ランキング一位”だ」
「え、雄二じゃないの? ってことは――」
「吉井の名前考えたのは俺だよ」
そう言って会話に混ざってきたのはカルマ君だ。
「カルマ君か。そうだと思ったよ」
他人を貶めることに慣れた奴なんて、雄二じゃなければカルマ君しかいないと思ってた。
二人とも特徴から悪辣な思考回路まで似たもの同士だからなぁ。僕が直感で考えた二人のコードネームも、“赤髪脳筋ゴリラ”と“赤髪スカシゴリラ”だったし。実際のカルマ君のコードネームは“中二半”だったけど。
「ちなみに雄二とカルマ君はお互いのコードネーム何にしたの?」
「「“鬼畜悪魔”」」
二人にピッタリなコードネームだった。
でも雄二とカルマ君は同じコードネームが嫌だったのか、二人揃って“鬼畜悪魔”の称号を押し付け合っている。
「いやいや、不良相手に重機を持ち出す奴の方が鬼畜だろう」
「いやいや、不良ごと廃墟ぶっ壊そうとする方が悪魔だと思うね」
「どっちもどっちだと思うよ」
ホント、どっちも不良が相手だからってやり過ぎなんだよね。まぁあの時は多勢に無勢で加減してる余裕もなかったけどさ。
そんな話をしてると岡島君が急に立ち上がった。
「よし! この際だから俺も聞くぞ! 俺のコードネーム、“変態終末期”にした奴って誰だよ!」
どうやら岡島君もコードネームをつけた人に物申したいようだ。とはいえもう引き返せないくらいの変態、って意味ではこれ以上ないくらい岡島君を表してると思う。
岡島君の大きな声を聞いて、“変態終末期”のコードネームを考えた人が手を挙げる。
「……女子ほぼ全員じゃね?」
そう、大半の女子が岡島君のコードネームを“変態終末期”にしていたのだ。これには流石に同情の念を禁じ得ない。
僕ら男子は項垂れる岡島君を慰めながら、気分晴らしに自主訓練へ向かうことにしたのだった。
雄二とカルマ君の不良無双は番外編で書こうかなー、と思ったり思わなかったりしてます。
ちなみに秀吉のコードネームは中村さん、ムッツリーニのコードネームは岡島君が考えたものです。