〜side 殺せんせー〜
ヌルフフフフ、先日のケイドロは実に有意義なものでした。我々教師を出し抜けるまでに成長したとは……若さとは凄まじいものですね。
火薬の取り扱いにフリーランニング……他にも烏間先生は考えているでしょうし、一学期とはまた違った暗殺を繰り広げてくれそうです。
「二学期も滑り出し順調! 生徒達との信頼関係もますます強固になってますしねぇ」
一学期から夏休みの南の島での暗殺を経て、確実に私と生徒達との絆は深くなっているでしょう。
これは自惚れではないと思います。その証拠に今日も生徒は親しみの目で私を見つめて――
と、教室に入った瞬間、生徒達から汚物を見るような目で見られました。
「にゅやッ!? な、何ですか皆さんその目は!? 先生何かしましたか!?」
明らかに昨日までの皆さんと反応が違います。少なくとも今日はまだ何もしてないはずですが……。
わけが分からず狼狽えていると、中村さんが持っていた新聞を渡してきました。その新聞の見出しは多発する巨乳専門の下着泥棒についてであり、犯人の特徴は黄色い頭の大男でヌルフフフフという笑い方と謎の粘液を残す――
「これ、完全に殺せんせーよね」
「正直がっかりだよ」
「こんなことしてたなんて」
そう、皆さんの言う通り私の特徴と完全に一致しています。というより私でも私以外に思い当たる人物は考えられません。
しかし私は下着泥棒なんてしていません。これは明らかな冤罪です。こんな冤罪で皆さんと積み上げた絆を壊されては溜まったもんじゃありません。
「ちょ、ちょっと待ってください! 先生全く身に覚えがありません!」
「じゃ、アリバイは?」
私が下着泥棒ではないことを弁明しようと口を開いたところで、透かさず速水さんから質問が飛んできました。
「この事件があった昨日の深夜、先生は何処で何してた?」
そうです。私のアリバイが証明できれば犯人ではないと、手っ取り早く皆さんに分かってもらうことが出来ます。
えぇと、昨日の深夜に何をしていたかと言われると……。
「高度一万メートルから三万メートルの間を上がったり下がったりしながらシャカシャカポテトを振ってました」
「誰が証明できんだよそれをよ!」
確かに私以外に証明できる人が居ませんね。
でしたらシャカシャカポテトを売ってくれた店員さんに聞き取りを……いえ、駄目です。完璧な変装で普通の人を装っていたので、店員さんの記憶にも残っていないかもしれません。
「そもそもアリバイなんて意味ねーよ」
「何処に居ようがだいたい一瞬で
必死になってアリバイを証明できないか考えましたが、吉田君や狭間さんにそれすら否定されてしまいました。
にゅやぁ……いったいどうすれば私が下着泥棒ではないと信じてもらえるのでしょうか。このままでは本当に私が下着泥棒として扱われてしまうことに――
ガララララドンッ! と私がどうしようもなくて焦っていたところで、激しい音を立てて教室の扉が開けられました。
「すみません! 遅刻しまし――って、あれ? 皆どうしたの?」
慌てた様子で教室へ入ってきたのは吉井君です。
あれ、まだ登校してませんでしたっけ……? 下着泥棒疑惑ですっかりパニクってたので気付きませんでした。
しかしこれはチャンスです。人は誰しも集団心理が働くと意見の多い方へと流れやすいもの。まだ何も知らない吉井君であれば、私が下着泥棒をするわけないと冷静に判断してくれるかもしれません。
「吉井君、この記事を読んでください! 率直な意見として吉井君はどう思いますか!?」
私は僅かな期待を込めて吉井君へ新聞を渡します。これで教室の空気が少しでも変わってくれれば……!
「えー、何々……あー、殺せんせー、ついにやっちゃったの? 記事に素っ破抜かれるなんてヘマしたねぇ」
「なんで私が下着泥棒であることは普通に受け入れてるんですか!? なんかそっちの方がショックなんですけど!?」
私の期待を余所に下着泥棒であることを冷静に受け入れられてしまいました。え、私ってそんなに下着泥棒しそうに見えますか?
「待てよ皆! そんな決めつけて掛かるなんて酷いだろ!」
と、そこでようやく私を擁護してくれる味方が現れてくれました。
いいですよ磯貝君! その調子で私が下着泥棒なんてするはずがないと皆さんに言ってやってください!
「殺せんせーは確かに小さな煩悩がいっぱいあるよ。けど今までやったことと言ったら精々エロ本拾い読みしたり、水着生写真で買収されたり……“手ブラじゃ生温い、私に触手ブラをさせてください”って要望ハガキ出してたり…………先生、正直に言ってください」
「磯貝よ、せめて最後まで擁護してやれ」
い、磯貝君まで……もう限界です! 幾ら言葉で言っても理解されないなら行動で分からせるまでです!
「先生は潔白です、失礼な! いいでしょう、教員室の先生の机に来なさい! 先生の理性の強さを証明するため、今から机の中のグラビアを全部捨てます!」
私が世界中で集めてきた逸品の中から、保存用・鑑賞用・実用用で揃えた特にお気に入りで学校まで持ってきたものです。
これを捨てることで先生がエロくても下着泥棒には走らない紳士であることを証明しましょう。皆さんも納得せざるを得ないはずです。
「見なさい! 机の中身、全部出し……て……」
ところが机の中からはお気に入りのグラビアだけでなく、何故か入れた記憶のないブラジャーまで出てきました。
い、いったい何がどうなって……いや、それよりも皆さんに何か弁明しないと! 明らかに引いています!
「ちょっとみんな見て!」
しかし私が弁明するよりも早く、岡野さんが教室から何かを持ってきました。今度は何ですか!?
「クラスの出席簿、女子の横に全員のカップ数が調べてあるよ!」
「しかも最後のページ、街中のFカップ以上のリストが……」
何ですと!? いやいや、そんな馬鹿な!
確かに巨乳が大好きなのは事実ですが、そんな街中の巨乳を調べて回るような真似しませんよ! それに生徒を邪な目で見るわけないじゃないですか!
「私だけ永遠のゼロって何よコレ!」
出席簿を覗き見た茅野さんが怒鳴り散らしていました。どうやら茅野さんだけは私と同じく被害者みたいです。
ただ茅野さんにフォローを入れられるほどの余裕がありません。寧ろ私の方がフォローしてほしいくらいです。
とはいえ今の空気の中で幾ら弁明しても聞いてもらえない気がします。まずはこの状況を少しでも緩和させなければ……!
「そ、そうだ! い、今からバーベキューしましょう皆さん! 放課後にやろうと思って準備しておいたんです! ほら見てこの串! 美味しそうで……しょ……」
机の下に置いておいたクーラーボックスから串焼き用のお肉を取り出したら、何故か刺さっていたのはお肉ではなくブラジャーでした。
本当にわけが分かりません。引き出しやクーラーボックスがブラジャー専門の四次元ポケットにでもなったのでしょうか。そうでなければ説明がつきません。
思わず呆然となってしまいましたが、ハッとして皆さんの方を見ればあり得ないくらい冷たい眼差しを向けられていました。
あ、コレもう私が何を言っても駄目ですね……。
「きょ……今日の授業は……此処まで……」
結局、私が下着泥棒であるという疑惑は拭えないまま一日が終わってしまいました。授業中の皆さんの視線が痛かった……。
私は教室を出て教員室へ戻ると、客観的に物事を見れるであろう烏間先生へ縋り付きます。
「烏間先生! 助けてください! 烏間先生でしたら私が下着泥棒なんてしないって信じてくれますよね!? ね!?」
「泣くな、纏わりつくな、鬱陶しい」
しかし烏間先生はそんな私を意にも返さず、助けてほしいのに無下に
「……お前が本当に下着泥棒なのだとしたら、その証拠を分かりやすく残したりはしないだろう。何者かの偽装工作と考えると納得が行く」
「やはり烏間先生は私のことを分かってくださっているのですね!」
「仮にお前が下着泥棒だとしても何ら疑問に思うことはないがな」
烏間先生、落としてから挙げるなんて……もしかして、私のことを狙ってるのでしょうか? ってそういえば私の命を狙ってましたね。
烏間先生の言葉を聞いたイリーナ先生から疑問の声が上がります。
「でもそれなら誰が何の目的で、タコに下着泥棒の罪を擦りつけようとしてるっていうのよ?」
「……コイツの無実を証明するようで不本意だが、俺の方で少し情報の出処を調べてみる。これを機にコイツの存在が明るみに出てしまう可能性もあるからな。お前は大人しくしておけよ。いいな」
そう言って私に釘を刺すと、烏間先生は教員室から出て行ってしまいました。
まぁ烏間先生からすれば、私が動くことで世間に
「こんな状況で大人しくなどしていられません! 一刻も早く真犯人を見つけ出して、隅から隅まで手入れしてやらなくては!」
私は早速、私用と仕事用の携帯とパソコン四台を使って情報収集に当たります。
下着泥棒と私に関する情報、それに下着泥棒が次に狙う場所が分からないかも調べてみましょう。これまでの被害者に巨乳以外の共通点があればいいのですが……。
「……にゅや。巨乳を集めたアイドルグループが某芸能プロの合宿施設で新曲のダンス練習中……私が下着泥棒ならまず間違いなく狙いますね。となればきっと犯人も来るはず……確証はないですが、他に有力な候補もありません。此処を張り込んで真犯人が来たら取り押さえましょう」
そうと決まれば現場へ直行です。基本的に犯行は夜間に行われていたようですが、真犯人が下見に来たり早めの犯行に及ぶ可能性もありますからね。
流石にこの格好では何処かの学校の服と思われるかもしれません。闇に紛れるような別の黒い服が良さそうです。あとは黄色い頭の大男という情報もありますし、せめて頭は何かテキトーなもので隠して行きましょう。
「……どうでもいいけど、その格好で行くわけ? 怪しい黒服に唐草模様の手拭いって……逆に犯人として扱われる未来しか見えないんだけど」
イリーナ先生が何か言っていますが準備バッチリです! マッハ二十のスピードを誇る私を本気にさせたこと、後悔させてあげますよ!
「ヌルフフフフ。これで先生が下着泥棒を捕まえた暁には、生徒達との信頼関係も回復できて巨乳女性からも感謝されるウハウハ生活の始まりです!」
「アンタ、マジでそういうところだからね? これを機に少しはその邪な考えを改めなさい」
ですが私はそこで思わぬ人物と相対することになろうとは、この時は夢にも思っていませんでした。
★
〜side 明久〜
「……で。下着泥棒の正体はシロさんとイトナ君で、殺せんせーが返り討ちにしたけど触手が暴走したイトナ君は何処かへ行って行方不明のまま……ってことでいいのかな?」
「うん。僕らも先生も防衛省の人も、辺りを探したんだけど消えたイトナ君は見つけられなかった」
殺せんせーのド変態疑惑が出てきた日の夜、渚君達は別に真犯人がいると踏んで調べていたらしい。僕は普通に受け入れてたから全然気にしてなかったけど。
そこで下着泥棒の行動を予測して待ち伏せていたら、同じく殺せんせーも待ち伏せしていてシロさんとイトナ君が先生を殺しに現れたということだ。
しかし暗殺に失敗したイトナ君の触手が敗北のショックで暴走して、もう殺せないと見切りをつけたシロさんにイトナ君は見捨てられたという。イトナ君でさえ捨て駒か。かなりムカつく話だ。
「真犯人が別にいるのは分かっていたが、まさかシロとイトナが絡んでたとはな」
「…………(コクコク)」
「え、二人は殺せんせーが犯人じゃないって思ってたの?」
殺せんせーが下着泥棒なんて、ハマり役過ぎて僕は疑問にすら思わなかったのに。どうやら雄二やムッツリーニは最初から、殺せんせーが下着泥棒じゃないと信じていたらしい。
「
「…………下着を串刺しにするなど下着好きには考えられない。少なくとも今回は殺せんせーは犯人じゃない」
なんかムッツリーニは別方向の信頼だったけど、ムッツリスケベが言うと説得力が違うな。流石は殺せんせーと同類の変態なだけある。
「わ、悪かったってば殺せんせー!」
「俺らもシロに騙されて疑っちゃってさ」
「先生のことはご心配なく。どうせ身体も心もいやらしい生物ですから」
そして下着泥棒の濡れ衣は晴れた殺せんせーだったが、すっかり拗ねてしまい口を尖らせていた。皆も何とかご機嫌を取ろうとしてるけど……事あるごとに蒸し返されそうだなぁ。
「それよりも心配なのは姿を隠したイトナ君です。
確かに話を聞く限り、暴走したイトナ君にまともな判断能力が残っているとは思えない。
どうして強さを求めていて触手に手を出したのかは分からないけど、その執着を持って暴走しているなら何をするか予想がつかなかった。そもそも予想するには僕らはイトナ君のことを知らな過ぎる。
だけどすぐに姿を消したイトナ君の足取りは掴むことが出来た。
それは次の日のニュースで流れてきた事件についての情報である。
『椚ヶ丘市内で携帯電話ショップが破壊される事件が多発しています! あまりに店内の損傷が激しいため、警察は複数人の犯行の線もあると――』
「これ……イトナの仕業、だよな?」
「……えぇ。使い慣れた先生には分かりますが、この破壊は触手でなくてはまず出来ない」
映し出された映像の中には、まるで爆発でも起きたかのような見るも無惨な携帯電話ショップの店内が広がっていた。
触手の存在を知らなかったら、いったいどうやったのか検討もつかないレベルで荒らされている。まさかイトナ君がこんなことをするなんて……。
「……どうして携帯ショップばっかりを?」
「何か思い入れでもあるのかの……?」
「それは分かりませんが、担任として責任を持って彼を止めます。彼を探して保護しなければ」
触手は維持するだけでも相当のエネルギーを必要とするって話だ。此処でイトナ君を止められなければ、被害が拡大するだけじゃなくてイトナ君自身もどうなるか分からないらしい。
でも相手は暴走状態とはいえ触手である。何が起こるか分からない以上、殺せんせーでも安全確実というわけには行かないだろう。
「……助ける義理あんのかよ、殺せんせー」
「つい先日まで商売敵だったみたいな奴だぜ」
「アイツの担任なんて形だけじゃん」
特に今回はあっちから仕掛けてきて勝手に暴走しているのだ。今までのことだってあるし、一度は殺されかけたこともあるのだから皆の反応は分からないでもない。
「それでも私は担任です。“どんな時でも自分の生徒から手を離さない”。先生は先生になる時に誓ったんです」
まぁ殺せんせーはそうだよね。カルマ君や寺坂君だって、最初は反抗的だったけど手入れしてきたんだし。かといって殺せんせーだけに任せるのはなんか違う気がする。
学校が終わって日が沈み始める中、僕らは殺せんせーとともにイトナ君を探しに街へ向かった。
★
街へ着く頃には日は完全に沈み切っており、イトナ君が現れるまで待っていたのですっかり夜も更けていた。意外にも人通りは少なく静寂に包まれている。
殺せんせーはこれまでのイトナ君の襲撃から次の襲撃場所を予測して、僕らは大人数なので散らばって周りの建物の陰に隠れていた。
「イトナ君、本当に此処へ来るのかな?」
僕らが見張っている携帯電話ショップでは、ニュースにもなっていた襲撃を警戒してか警備員が二人もいる。普通に考えたら襲撃は避けるべきだと思うけど…….。
僕の疑問に一緒に隠れていた雄二とカルマ君が答えてくれる。
「殺せんせーの予測が正しかったら来るだろ。少なくとも警備員を見て引くなんてことは考えられねぇな」
「触手があれば一般人とか相手にもならないしね。暴走したイトナならお構いなしでしょ」
確かに理性が働いてるなら携帯電話ショップを襲撃しまくったりはしないか。
どちらにしても行方を眩ませたイトナ君を見つけられなかった以上、殺せんせーの予測を元に現れるまで待ち伏せするしかない。あとは眠気と戦い続けて根気よく待つ――
次の瞬間、携帯電話ショップの入り口が粉々に砕け散った。
「な、何何!?」
「イトナだ! 行くぞ!」
いきなりのことでわけも分からず驚いた僕に対して、雄二やカルマ君はすぐ反応して携帯電話ショップへ向かった。僕や他の場所に隠れていた皆も急いでいく。
表から見える店内は既に嵐に遭ったかのような有り様だ。警備員の二人も気絶して倒れているが死んでないっぽい。イトナ君が手加減したのか、単純に見向きもしなかったのか。
その惨状を作り出したイトナ君は、携帯電話ショップの真ん中で一人立ち尽くしていた。
「――綺麗事も遠回りも要らない。負け惜しみの強さなんて反吐が出る。……勝ちたい。勝てる強さが欲しい」
今にも倒れてしまいそうな様子で強さを求め続けるイトナ君に、僕はどうしてイトナ君がそこまで強さに執着するのか気になった。
何があったのかなんて知らないけど、得体の知れない触手に手を出すなんて余程のことがなければ考えられないだろう。携帯電話ショップを狙う理由もそこにあるのかもしれない。
「やっと人間らしい顔が見れましたよ、イトナ君」
殺せんせーに話しかけられてようやく僕らに気付いたようで、イトナ君は苦しそうにしながらもこちらを睨みつけてきた。
「……兄さん」
「殺せんせーと呼んでください。私は君の担任ですから」
「拗ねて暴れてんじゃねーぞ、イトナァ。てめーにゃ色んなことされたがよ、水に流してやるから大人しく着いてこいや」
寺坂君なりの言葉でイトナ君を諭そうとしているようだが、イトナ君の眼中には殺せんせーしかいないようだ。
暴走している触手を振り回して殺せんせーを牽制する。
「うるさい……勝負だ。今度は……勝つ」
「もちろん勝負してもいいですが、お互い国家機密の身です。何処かの空き地でやりませんか? それが終わったらバーベキューでも食べながら、皆で先生の殺し方を勉強しましょう」
どうやら下着泥棒騒ぎでシロさんにお釈迦にされたバーベキューの準備をまたしていたらしい。へこたれないなぁ。
でもそういうことなら速攻で終わらせてほしいところだ。早くバーベキュー食べたい。
「そのタコしつこいよ〜。ひとたび担任になったら地獄の果てまで教えに来るから」
「当然ですよ。目の前に生徒がいるのだから、教えたくなるのが先生の本能です」
何処までも先生としての立場を貫く殺せんせーを前に、イトナ君も少し毒気が抜けたような表情になっていた。
これは触手が暴走していても話し合いで何とかなりそうだ。それなら勝負をしなくてもバーベキューを食べながらでも話し合えば――
その時、突如として携帯電話ショップに投げ込まれた何かが爆発した。
「ゲホッ! な、何……!?」
「え、煙幕っ……!?」
しかし爆発に巻き込まれても視界が遮られただけで、痛みはなく身体にも異変は感じない。
「うぅっ!?」
ところが僕らとは違ってイトナ君からは苦しげな声が漏れ聞こえてきた。続け様に何かが撃ち込まれるような連続した音が聞こえてくる。
いったい何がどうなってるんだ!? 何も見えないから状況が全く分からない!
「がっ……!?」
すると再びイトナ君の呻き声と、煙幕の中で何かを引き摺るような音が離れていく。もしかして引き摺っていかれたのってイトナ君!?
煙幕が晴れた頃にはイトナ君の姿がなくなっていた。やっぱり……!
「大丈夫ですか皆さん!?」
しかも殺せんせーは身体がドロドロに溶け出していた。さっきの煙幕は前に寺坂君も使った対触手物質の粉塵か!
ってちょっと待て。じゃあ殺せんせーと同じ触手持ちで暴走状態のイトナ君はもっと酷いことになってるんじゃ……。
「……多分、全員なんとか」
「では先生はイトナ君を助けてきます!」
殺せんせーは僕らの無事を確認すると、連れ去られたイトナ君を追って一目散に飛び出していった。
「……俺らを気にして反応が遅れたな」
「というよりこのタイミング……イトナを放置して殺せんせーが対処しに来るのもシロの手の内じゃったということか」
対触手物質の粉塵を使ってきた時点で分かってたけど、やっぱり強襲してきたのはシロさんか。夜中とはいえ人通りが無さ過ぎる気はしてたけど、多分交通規制とかされてたんだ。
というか此処までやられっぱなしだといい加減に腹が立ってきた。皆も同じ気持ちだったようで、分かりやすくシロさんへの怒りを滲ませていた。
「……あンの白野郎〜……とことん駒にしてくれやがって」
「マジで一回、アイツもぶっ飛ばしとくか」
僕もプール爆破事件の時はシロさんを殴れなかったからな。対触手物質の粉塵を浴びたイトナ君も心配だけど、イトナ君を助けるついでに殴れそうなら本気で殴ろう。
殺せんせーの身の回りの細工をできるってことは、シロは殺せんせーの嗅覚なんかの探知機能も完璧に擦り抜けられるんでしょうね。流石は弱点を全部把握していると豪語するだけあります。