バカとE組の暗殺教室   作:レール

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僕とゲーマーと夏休み(中編)

ある夏休みの日の午後。僕は神崎さんを自宅に呼んで、その彼女にちゃっかり着いてきたカルマ君といつの間にか不法侵入していた殺せんせーの四人でゲームをしていた。

そう、ただ楽しくゲームで遊んでいただけだったはずである。それが姉さんが海外から訪ねてきたことによって一変した。

もう僕らには馴染みのある殺せんせーだけど、先生は国家機密ということで政府から存在を秘密にされている。なので一般人である姉さんには殺せんせーの存在を隠さなくてはならない。というより姉さんは何故か外から来たのにバスローブ姿なので、僕的にはこの珍妙な姉さんの存在を知り合いには隠しておきたい。

 

「アキくん、どうかしましたか?早く部屋に入りましょう」

 

「あ、あぁ。うん、そうだね……」

 

僕がこの状況をどうしようかと考えている間にも、玄関先にいる姉さんは部屋へ上がろうと催促してくる。まぁ海外からやってきて荷物もあるのだから多少は疲れもあるだろう。姉さんの催促は尤もなものだ。

かといってこのまま姉さんを部屋へ上げるわけにはいかない。葛藤した末に僕が選んだ行動は、

 

 

 

ーーーバタン。ガチャガチャンッ。

 

 

 

冷静かつ手際良く、扉を閉じて鍵を掛けることだった。要するに時間稼ぎである。

 

『アキくん、開けてください。姉さんはまだ家の中に入っていませんよ?』

 

ただし稼げる時間はそう長くもないだろう。前門の非常識人(姉さん)、後門の常識外生物(殺せんせー)。僕は二人の常識に当て嵌まらない存在を短時間でなんとかしなくてはならない。っていうかなんでよりにもよってこの二人がバッティングするかな……。

 

『アキくん、聞こえないのですか?それとも姉さんに意地悪をしているのですか?そんなに姉さんのバスローブ姿は気に入りませんでしたか?』

 

とはいえ優先順位は国家機密である殺せんせーの存在を隠すことだ。しかし玄関先にいる姉さんを放置しておくと何をするか分かったものじゃないので僕も動くわけにはいかない。

取り敢えず今の僕に出来ることは……

 

 

 

ドンドンドン、ドンッドンッドン、ドンドンドン。

 

 

 

外の姉さんには聞こえず、中の殺せんせーには伝わるか伝わらないか程度の強さで床を叩く。でも先生だったら絶対に気付いてくれるはずだ。

 

「(吉井君、どうかしましたか?モールス信号でSOSなど出して)」

 

僕の思惑通り、殺せんせーは音を立てずに素早く玄関まで来てくれた。モールス信号を使ったことから大きな声で話せないことも伝わっている。流石は殺せんせー。

そんな殺せんせーに対して僕も小声で現在の状況を伝えることにする。

 

「(緊急事態です。姉さんが訪ねてきました。殺せんせー、すいませんが今すぐーーー)」

 

帰ってください、と言おうとしたところで僕は記憶の奥底に眠っていた姉さんとの約束を思い出した。

そういえば僕が一人暮らしをする時に“ゲームは一日三十分”・“不純異性交遊の全面禁止”という条件が姉さんから出されていたけど……不純異性交遊って具体的にどんなことを指しているのだろう?

例えばだけど今のこの状況、カルマ君がいるとはいえ神崎さん(女の子)を家に呼んでいることは姉さんの観点から見てどう判断されるんだ?それでもし仮に不純異性交遊って判断されたら、約束を守れていなかったってことで一人暮らしは終了ってことになるのか?

……どうしよう。殺せんせーの存在がバレるのも不味いけど、このままだと僕の幸せな一人暮らしがどうなるかも分からない。

くっ、考えろ。考えるんだ、僕。この状況をどうにかする最善の方法は……

 

「(……今すぐ神崎さんを連れて僕の部屋に避難してください。何とかして姉さんの気を引いて隙を作ります。その間に二人で脱出してください)」

 

「(私だけではなく神崎さんも、ですか?)」

 

「(はい、お願いします。僕はまだ自由を手放したくないので)」

 

「(いったい何があるというのですか……)」

 

何があるか分からないから困ってるんです。

なんて頭を悩ませながら殺せんせーと密談していると、締め出されていた姉さんもこの状況に何かを感じ取ってくれたらしい。

 

『ーーーあぁ、分かりました。姉さんを中に入れたくない理由、つまりアキくんはこう言いたいのですね?』

 

まぁ国家機密がいるなんて姉さんは想像にも及ばないだろうから、部屋が散らかっていて片付ける時間を僕が欲しがっているとか納得のいく形で察してくれるなら……

 

 

 

 

 

『家に入れて欲しければバスローブではなくメイド服を着て来い、と』

 

 

 

 

 

僕には想像も及ばない納得の仕方だった。

 

「(ま、まさか吉井君のお姉さんはバスローブで外出されているのですか⁉︎ お姉さんって巨乳ですか⁉︎ メッチャ見たいんですけど‼︎)」

 

「(黙れエロダコ‼︎ いいからさっさと神崎さんを連れて撤退しろ‼︎)」

 

そして姉さんの発言に反応した殺せんせーを適当に(あしら)って行動に移させる。マジでどうでもいいところに反応しているんじゃない。ムッツリーニか。

名残惜しそうにリビングへと引き返していく先生を急かして神崎さんを連れに行かせる。出来る限りの時間稼ぎはするから急いでーーー

 

『……仕方ありませんね。今からお隣さんに事情をお話しして、メイド服を借りてきます』

 

「やめてっ‼︎ バスローブ姿でご近所様にメイド服なんて借りに行かないでっ‼︎ あと一般家庭にメイド服は置いてないから‼︎」

 

(にゅやッ⁉︎ 早いですよ吉井君‼︎)

 

思わず扉を開けて叫んでしまった僕に背後から殺せんせーの慌てる気配が伝わってくる。でもこれはどうしようもないだろう。この姉を玄関先に放置して時間稼ぎなんて僕には無理だったんだ。

 

「そうなのですか?でも先月知り合った海外の方は『Fujiya-ma(フジヤーマ)Tenpo-ra(テンポーラ)、メイド服』が日本の文化だと言っていましたよ?」

 

「姉さん、ソイツ絶対におかしい‼︎ どうして『富士山』や『天ぷら』すらきちんと言えてないのにメイド服の発音だけ流暢なのさ‼︎」

 

そもそも数年前まで普通に日本で暮らしてた姉さんが、なんで外国人から日本の文化を教わっているんだ。普通は逆だろう。確実に間違った日本の文化を教えることになるとは思うけど。

 

「まぁ積もる話は後にするとして、取り敢えず上がらせてもらいますね」

 

「あ」

 

僕が止める間もなく姉さんは玄関へ足を踏み入れてしまう。

大丈夫だよね、殺せんせー?先生だったら今の短い時間でも神崎さんを連れて僕の部屋に撤退するくらい造作もないよね?

内心で冷や汗を掻きながら玄関で靴を脱ぐ姉さんに着いていく。

 

(あれ?神崎さんの靴がなかったような……)

 

そう思ってチラッと玄関を再確認すると、カルマ君の靴はあるけど神崎さんの靴は見当たらない。殺せんせーが回収してくれたのかな?正直そこまで頭が回ってなかったから助かったよ。

しかし靴にまで考えが及んでいるってことは粗方の痕跡は処理済みと考えていいだろう。一先ずは安心である。あとは姉さんを上手くやり過ごすことが出来ればーーー

 

「ちょっ、なんでっ⁉︎」

 

玄関から視線を戻すと、そこには今まさに僕の部屋へ入ろうとする姉さんの姿があった。

なんでリビングじゃなくて真っ先に僕の部屋へ入ろうとしてんの⁉︎ おかしくない⁉︎

またもや止める間もなく姉さんは僕の部屋へ足を踏み入れてしまう。終わった、もう駄目だ。あんな珍妙な生き物を見られたら誤魔化しようがない。

 

「…………」

 

だが幾ら待っても姉さんからのリアクションは返ってこなかった。寧ろ黙ったまま僕の部屋を見回して何かを探している様子である。

……もしかして、まだ望みはあるのだろうか?

 

「ど、どうかしたの姉さん?いきなり僕の部屋に入ったりして」

 

「いえ、何やら気配を感じたので覗いてみたのですが……」

 

姉さんの後ろから僕も部屋の中を覗くと、そこには殺せんせーどころか神崎さんの姿も見当たらない。

……ふむ。姉さんに見つからなかったのは良かったけど、そうなると二人はいったい何処に隠れているんだ?クローゼットの中とかか?

まぁ何はともあれ見つからなかったのならそれでいいや。あとは姉さんをリビングに連れていったら任務完了だ。そうすれば殺せんせーが神崎さんを連れ出してくれるはず。

 

「…………」

 

だが姉さんは黙ったまま部屋の中を見つめており、何を思ったのか鞄から缶コーヒーを取り出した。なんでこのタイミングで缶コーヒー?喉が渇いた……わけじゃないよね。

警戒する僕を余所に、姉さんはカシュッと缶のプルトップを引き上げて開けるとコーヒーを部屋にぶち撒けた。……ぶち撒けた⁉︎

 

「姉さん⁉︎ 何やってーーー」

 

「きゃっ‼︎」

 

あまりに意味不明すぎる姉さんの行動に驚いていると、姉さんがコーヒーをぶち撒けた先で短く悲鳴が上がる。そして唐突に姿を現した神崎さんにぶち撒けられたコーヒーが降りかかっていた。

 

「ぅえぇっ⁉︎ 神崎さん⁉︎ いったい何処から出てきたーーー」

 

「す、すみません神崎さん‼︎ 予想外のことで思わず躱してしまいました‼︎」

 

「い、いえ。私は大丈夫ですから」

 

神崎さんの登場で更に僕が驚いていると、今度は慌てながら殺せんせーが徐々に姿を現していく。あ、なるほど。殺せんせーの保護色で擬態して神崎さんごと透明になっていたわけか。道理で姿が見当たらなかったわけだ。

 

「……それで、アキくん。色々と説明していただけますか?」

 

同じように柔らかな笑みを浮かべる姉さんの姿も見当たらなければよかったのに……。

傍から見れば穏和な様子の姉さんだが、弟の僕には分かりやすい攻撃色を示していた。まぁ得体の知れない生き物がいれば警戒するのは当然だろう。しかし殺せんせーのことはいったい何処から説明すればいいのかーーー

 

「貴方はいつから女の子を家に連れてくるようになっていたのですか?」

 

え、そっち?殺せんせーはどうでもいいの?

思わぬ追及で呆気に取られてしまったものの、よくよく感じ取ってみると姉さんの攻撃色は殺せんせーではなく僕へと向けられている。あぁ、だから警戒色じゃなくて攻撃色の笑みを浮かべていたのか。

しかしそれはそれで不味いことになった。やっぱり姉さんの基準だと女の子を家に呼ぶことはアウトらしい。もしかして本当に一人暮らし終了の可能性もあり……?取り敢えずここは何か弁明しておかないと。

 

「あ、あの、姉さん。これには深い深〜い事情があって……」

 

「にゅやッ⁉︎ 二人とも私のことはスルーですか⁉︎ 私が何者かとか吉井君の家にいる理由とか、お姉さんも気になることはいっぱいあるでしょう⁉︎ ってなんかデジャヴ‼︎」

 

説明を始めようとする僕を無視して、呆然とした様子の殺せんせーが割り込んできた。

せっかく姉さんが気にしてないんだから、国家機密である自分の存在をわざわざ掘り下げなくても……いや、待てよ。既に殺せんせーは見つかっているんだから、もう存在を隠すも何もないよね?だったら姉さんの関心を殺せんせーに移せば、神崎さんを家に呼んだことは有耶無耶に出来るのでは……?

 

「あら、活きの良いミズダコですね。今夜はたこ焼きですか?ですが食材の管理はきちんとしておかないと。台所から逃げ出していますよ」

 

「確かにタコっぽいですが先生は世界最大のタコではありません‼︎ 食べても美味しくないですよ‼︎」

 

僕の予想通り、姉さんの発していた攻撃色は鳴りを潜めて殺せんせーへと興味が向けられていた。

一人暮らし終了の可能性を排除するためにもこの流れに乗るしかない‼︎ 国家機密なんていう政府の都合なんか知るか‼︎ まずは僕の幸せを確保‼︎ あとで烏間先生に土下座で謝る‼︎ うん、それで行こう‼︎

 

「あのね、姉さん。実は殺せんせーはタコだけど今の僕らの担任でもあるんだ。色々と説明してほしいって言ってたし、取り敢えずリビングに移ろうよ。それにもう一人友達が来てて待ってるからさ」

 

「そうですか、分かりました。ですがまずはコーヒーで濡れてしまった神崎さん……でしたか?彼女に着替えてもらわないといけませんね。アキくんはジャージなどの着替えを出してください。服はあとで私が洗濯しておきましょう」

 

「え?あ、はい。すみません、ありがとうございます。……あの、明久君のお姉さんも着替えた方がいいんじゃ……?」

 

殺せんせー以上に呆然とした様子だった神崎さんも促されるままに頷いていたが、流石に僕と同じく常識人なだけあって姉さんのバスローブ姿は見過ごせなかったようだ。ただコーヒーをぶっ掛けたのも姉さんだから感謝する必要はなかったと思う。

神崎さんの提案もあって姉さんには一緒に着替えてもらうことにした。というか僕としても実の姉の恥ずかしい格好は止めさせたかったので渡りに船である。

さてと、二人が着替えている間にカルマ君にも姉さんのことを話さないとなぁ……話したくないなぁ。でも絶対カルマ君は今から帰ってくれないだろうしなぁ……はぁ。

 

 

 

 

 

 

着替え終えた二人がリビングにやって来たので、僕らは自己紹介を終えてから姉さんに殺せんせーのことを説明した。

殺せんせーが月を破壊したこと。来年の四月には地球も破壊すること。今は三年E組の担任をしていること。そんな殺せんせーを殺すために僕らが暗殺技術を学んでいること。“月見”に変わる料理の名前が未だ僕の中で決まっていないこと。

大まかに言って重要なのはこれくらいか。

 

「でもやっぱり“月見”って名前が定着してしまっている以上、月が壊されて意味が分からなくなったとしても“月見”という料理名は変わらないのかなって最近は思うんだ」

 

「吉井君、そこは本当にどうでもいいです。というか“月見”を引き摺り過ぎです」

 

僕が熱弁を振るっていると殺せんせーに止められてしまった。いったい誰のせいで僕が悩まされてきたと思っているんだ。っていうか本当に誰も気にしてないの?……まぁ確かに僕の個人的なことだから今は置いておこう。

 

「それで、どうして姉さんは日本にいてバスローブで外を歩き回っていたのさ?」

 

暗殺教室について粗方の説明をしたところで、今度は僕が姉さんに説明を求めた。寧ろ僕としては此方の方が本題だ。

姉さんは特に隠す様子もなく話してくれる。

 

「五月中旬から八月下旬まではうちの大学も夏休みですからね。アキくんも夏休みの時期に合わせて少しだけ帰省することにしたんです」

 

「そういうことなら事前に連絡をしてくれたら良かったものを……」

 

それだけで今のこの状況を回避することは出来たはずなのに……不幸なタイミングが重なってしまったものだ。

 

「そして今日はあまりにも暑かったのでたくさん汗を掻いてしまい、その全身の汗を何とかする為に姉さんはバスローブを着ていたのです」

 

「どうしてそこで“タオルで汗を拭く”っていう選択肢が出てこなかったのかな……」

 

バスローブを持っていたってことは普段から利用しているってことなんだろうけど……海外でもバスローブで外出していたのかどうかは僕の精神衛生的に訊かないでおこう。この姉のことだから外出していた可能性の方が高い気がする。

 

「五月中旬から夏休み……あの、ちなみにお姉さんは何処の大学に在籍されているのでしょうか?」

 

と、そこで何かが引っ掛かったらしい殺せんせーが姉さんに質問していた。まぁ確かに夏休みの期間がちょっと長いとは思うよね。

 

「アメリカのボストンにあるハーバード大学というところです。殺せんせーもご存知でしょうか?」

 

「は、ハーバード大学ですか⁉︎ ご存知も何も、世界最高峰の大学の一つじゃないですか‼︎」

 

これには殺せんせーだけでなく神崎さんやカルマ君も目を丸くして驚いている。不思議なことに、この姉は勉強だけは異様に出来るのだ。その分だけ常識が圧倒的に不足しているけど。

 

「吉井ってお姉さんと血繋がってる?」

 

「カルマ君。その言葉の真意を聞かせてもらえないかな」

 

普段見せないであろう純粋な疑問の視線が逆に腹立たしい。君は人を食ったような態度がデフォルトでしょ?

 

「でも凄いねぇ、吉井のお姉さんって。擬態している殺せんせーを見抜いたんでしょ?とても一般人とは思えないんだけど」

 

「うん、私達でも難しいよね。どうして殺せんせーのことが分かったんですか?」

 

そう言われると確かに姉さんの気配察知は異常だったと思う。常識的に考えてーーー姉さんは常識的じゃないけどーーー何もない空間に何かがいると思ったり、思ったとしてもコーヒーをぶち撒けたりはしないだろう。ってか今更だけど人の部屋に対して何してくれてんだよ。

神崎さんの疑問に姉さんは口元に手を当てて考え込んでいる。

 

「そうですね……なんと言えばいいのでしょうか。見抜いたというよりは感じ取ったと言った方が正しいかもしれません。何やらいやらしい視線を強く感じたものですから」

 

「このエロダコ‼︎ 要するにバレたのはあんたのせいじゃないか‼︎」

 

「し、仕方がないじゃないですか‼︎ 夢にまで見た巨乳女子大生がまさかのバスローブ姿で登場したんですよ⁉︎ それはもう我慢できるわけがないでしょう‼︎ ねぇカルマ君⁉︎」

 

「いや知らないから」

 

本当に殺せんせーは全くもう……‼︎ やっぱり先生には自分が国家機密だっていう自覚がなさ過ぎるよ。よく今まで世間にはバレていないもんだ。

そうやって僕らが騒いでいる間、姉さんは変わらず口元に手を当てて思案顔を浮かべていた。なんだろう、今の流れで何か考え込む要素ってあったかな?

 

「……アキくん、少し殺せんせーと二人で話させてもらってもよろしいですか?」

 

そして思案を終えた姉さんは殺せんせーとの話し合いを希望してきた。

 

「え?うん、僕は全然構わないけど……先生、いいですか?」

 

「えぇ、もちろんです。断る理由など先生にはありませんよ」

 

殺せんせーも二人での話し合いを受け入れてくれたので、僕らは姉さんの要望に応えてリビングから移動する。

いったい姉さんは殺せんせーと何を話したいのか。もしかして僕の学校での様子とか?あ、まさか成績についての話なんじゃ……ま、まぁ最近は先生のおかげで成績も上がっているし大丈夫だろう…………多分。

 

 

 

 

 

 

〜side 殺せんせー〜

 

吉井君達がリビングから移動し、私と吉井君のお姉さんは二人で向かい合います。

さて、私と話したいこととはいったいなんでしょうか。学校での吉井君の様子でしたら本人もいた方が良いでしょうし、私に関することでしたら彼らがいた方が真偽を確かめられる。なんの話をするにしても二人きりになる必要はないと思われますが……

 

「殺せんせー。単刀直入に訊きたいのですが、地球を壊すのはなんとかならないのですか?」

 

私がお姉さんの意図を推し量っていると、彼女は前置きもせずに本題へ入ってきました。

ふむ、話とは私に関することでしたか。まだ彼らを退室させた意図は量りかねているものの、しかしその問いに対する返事は考えるまでもなく決まっていました。

 

「申し訳ありませんが、私は来年の三月には地球を破壊します。これは決定事項ですのでなんともなりませんねぇ」

 

ただまぁお姉さんの問いは妥当なものです。私を見て何一つ動揺しない胆力は大したものですが、来年には死ぬと告げられて気にしない人はいないでしょう。生きたいと思うのは至極当然のことです。

ところが私の返事を聞いたお姉さんは目を丸くして何やらキョトンとされていました。おや、想定していた反応とは少し違いますねぇ。てっきり言い返してきたり気を落とされたりすると思っていたのですが……何処か欲しい返事とは違っていたのでしょうか?

彼女と同じく私もキョトンとしてしまって沈黙がその場を支配していましたが、それを察したお姉さんが言葉を変えて再び問いを投げかけてきました。

 

「……?あぁ、少々齟齬が生じてしまったようなので言い換えますね。地球を()()()()()()のはなんとかならないのですか?」

 

その問いに今度は別の意味で私は言葉を失ってしまいます。何も知らない者が聞けば先程の問いとなんら変わっていませんが、私には彼女の問いに隠された真意が理解できました。

地球を“壊すこと”ではなく“壊してしまうこと”はなんとかならないのかという問い。能動態から受動態への言い換え。それの意味するところはつまりーーー

 

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

半ば以上に彼女が伝えたいことは理解しましたが、私は敢えて惚けた振りをして誤魔化します。その理解が私の考え過ぎということもあり得ますし、何も知らない彼女が全てを悟っているとは思えませんでしたからね。

そうして返事をはぐらかした私に対して、お姉さんは誤魔化しの利かない直球で言い返してきました。

 

「あくまで私の推測に過ぎないのですが、貴方に地球を破壊する意思はありませんよね?」

 

……やはり彼女は詳しい背景までは知らないようですが、暗殺教室の根幹である前提条件の違和感には気付いているようです。

イトナ君と決闘した日のように黙秘するという選択肢もありますが、お姉さんが吉井君達にその推測を話してしまえば彼らの殺意に迷いが生じるかもしれない。…………どうしましょうかねぇ。




次話 番外編
〜僕とゲーマーと夏休み(後編)〜
https://novel.syosetu.org/112657/35.html

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