バカとE組の暗殺教室   作:レール

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実行の時間

そんなこんなで放課後。僕らは寺坂君の暗殺を手伝うためにプールへと来ていた。昼休みに殺せんせーを水の中へ叩き落とすと言っていたことから全員水着である。

 

「よーし、そうだ‼︎ そんな感じでプール全体に散らばっとけ‼︎」

 

そして僕らを呼び出した寺坂君は水辺で一人、銃を片手に持って皆へと指示を出していた。皆は不満そうにしながらも文句は言わずプール内に散らばっている。まぁそれぞれ愚痴は言ってるんだけどね。

 

「寺坂に作戦の指揮なんざ無理だと思うがな……アイツは明久と同類だぞ」

 

「どちらかと言えば彼奴(あやつ)も直情型じゃからの」

 

「…………考えることに向いてない」

 

なんか愚痴に混ざって僕も悪く言われてない?

あと同じ疑問を真正面から寺坂君にぶつけていた竹林君は蹴り落とされていた。気に食わないからって暴力は良くないよ。

竹林君が蹴り落とされ、全員がプールに入ったところで殺せんせーもやってきた。先生はこの場を見てすぐに寺坂君の意図を把握する。

 

「なるほど、先生を水に落として皆に刺させる作戦ですか。それで、君はどうやって先生を落とすんです?ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ」

 

殺せんせーの言う通りである。何回も言ってる気がするけど、そもそも先生を弱点である水の中に引き込むこと自体が殺すことと同じくらい難しいのだ。その方法は悪知恵の働く雄二でさえ思いついていない。

だけど寺坂君を見ている限り何かの策を弄している様子もなく、ただ手に持った銃を殺せんせーへ向けて構える。

 

「……覚悟は出来たか、モンスター」

 

「もちろん出来てます。鼻水も止まったし」

 

「ずっとてめぇが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」

 

「えぇ、知ってます。その辺りの君の気持ちも合わせて暗殺(これ)の後でゆっくり聞きましょう」

 

殺せんせーは微塵も殺される気はないようだ。先生は顔色を緑の縞々に変化させていて、明らかに寺坂君を舐めきっている。っていうかもう暗殺が終わった後の話をしてるし。

当然ながら寺坂君はそんな先生の反応がムカつくらしく、こめかみに青筋を浮かべていた。そうして構えた銃の引き金を引き、

 

 

 

 

 

小さな沢の流れを堰き止めていたダムが爆発した。

 

 

 

 

 

「なっ⁉︎」

 

突然の出来事に一瞬思考が止まる。だがその一瞬の停滞が命取りだった。僕らは為す術もなく激流に押し流されてしまう。

 

「くっ‼︎」

 

僕は押し流されながらも何とか激流に逆らおうとするが、溺れないようにするのが精一杯でとても水からは上がれそうになかった。

不味い‼︎ 確かこの先は険しい岩場になってたはず‼︎ このままじゃ溺れなくても落っこちて全員死ーーー

 

「皆さん‼︎」

 

そんな僕らを見て殺せんせーが血相を変えて飛び出してきた。幸いにも爆発した場所から離れていたこと、必死に水の流れに抗っていたこともあって僕が一番に助けられる。

身体へと巻きついてきた触手によって水から引き上げられ、僕はそのまま近くの草叢へ放り出された。殺せんせーは助けた僕を一瞥するとすぐに他の皆の救出へ向かう。先生が助けに向かったんだからきっと皆も大丈夫なはずだ。

そうして一先ずの危機を脱したところで、僕の頭を占めていたのは安堵ではなく怒りだった。

 

「いったい、何考えてんだ……寺坂君……‼︎」

 

僕は殺せんせーを信じて流されていった皆の方へは行かず、ダムを爆発した寺坂君を問い詰めるべくプールへ戻ることにする。これは幾らなんでも度を越してやり過ぎだ。もしかしたら逃げてるかもしれないけど、そしたらぶん殴って取っ捕まえて皆の前に突き出してやる‼︎

流されてきた山道を登り始めたその時、上の方から誰かが駆け降りてくる足音が聞こえてきた。寺坂君かと思って足音のした方を睨みつけたが、僕の予想に反して降りてきたのは別の人である。

 

「カルマ君‼︎」

 

「吉井、なんで登ってきてんの?皆は流されてったんだから下だよ」

 

殺せんせーに懇願されて寺坂君の暗殺に参加した僕らとは違い、カルマ君は普通に面倒臭がって不参加を決め込んでいた。多分ダムが破壊された時の爆発音を聞いて駆けつけたのだろう。

 

「そんなことは分かってるさ。でも皆は殺せんせーが助けてるからきっと大丈夫。それより寺坂君を見なかった?上から来たんだったらプールを見たと思うけど、あれをやったのは寺坂君なんだよ」

 

上から駆け降りてきたってことはプールだけじゃなくて寺坂君も見ているはずだ。既に逃げてしまっている可能性もあるものの、取り敢えず何かしらの情報が欲しい。

そう思って簡単に起こった出来事を話したのだが、僕の言葉を聞いたカルマ君は納得した上で僕の行動を否定した。

 

「……あぁ、そういうことね。吉井の気持ちは理解したけど、その気持ちをぶつける相手は寺坂じゃない」

 

「……?どういうこと?」

 

「話は皆のところへ向かいながらする。とにかく行くよ。あ、それと寺坂のことは俺がぶん殴っといたから」

 

「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ‼︎」

 

そのまま駆け降りていくカルマ君の後に僕も慌てて着いていく。っていうか寺坂君はもうぶん殴られてるの⁉︎

上で寺坂君に会ったというカルマ君の話だと、今回の暗殺は寺坂君が考えたことじゃなくてシロさんとイトナ君が裏で糸を引いていたらしい。しかも寺坂君は爆弾のことを知らされていなかった様子で、詰まる所あの二人に利用されていただけだということだった。

 

「そうだったのか……じゃあ最近の寺坂君の行き過ぎた行動は……」

 

「あの二人に操られてた……ってわけ。確かに殺せんせーが助けてるんだから皆は無事だろうけど、助け終わった直後の気の緩みを突いてシロとイトナが先生を襲撃してるはずだ」

 

プールを爆破して皆を殺しに掛かるだけじゃ意味がない。生徒が死にそうになったら殺せんせーは死んでも助けようとするだろう。そして触手の扱いは精神状態によって左右される。プールの爆発で動揺して皆を助け終えたら気が緩む、そんな先生の隙を突くのは同じ触手を持つイトナ君には容易いはず……それがカルマ君の予想した二人の計画だった。話を聞く限りおかしな点はないし間違ってないと思う。

そうこうしているうちに皆の姿が見えてきた。全員の姿は確認できないけど、助けた場所が離れてるから合流できていないだけだと思いたい。皆の元へ駆け寄った僕らは状況を確認する。

 

「皆、無事⁉︎ あと殺せんせーは⁉︎」

 

「明久、お前も無事だったか。全員の無事はまだ確認できてないが、殺せんせーのことを訊くってことは奴らのことは知ってるようだな」

 

僕の問い掛けに答えた雄二は切り立った岩場から眼下へ視線を向けた。僕とカルマ君も釣られて岩場から覗き込む。するとそこでは殺せんせーとイトナ君が触手による高速戦闘を繰り広げていた。少し離れた場所ではシロの姿も見える。(まさ)しくカルマ君に聞かされていた通りの光景だ。

 

「まさかプールの爆破はあの二人が仕組んだことだったとは……」

 

皆もシロさんとイトナ君の登場で大凡(おおよそ)の背景は理解しているようだった。眼下の戦闘を覗き見ていた岡島君が驚きを込めた呟きを漏らしている。

 

「でもちょっと押され過ぎな気がする。あの程度の水のハンデはなんとかなるんじゃ……?」

 

その戦闘を冷静に分析していた片岡さんが疑問を零す。言われてみれば確かに。幾らイトナ君が触手を持っていようがベースは人間、全身が触手生物の殺せんせーとでは地力が違うはずだ。なのに戦況はイトナ君が圧倒的に優勢。いったいどうして……

 

「水のせいだけじゃねぇ」

 

と、そこに寺坂君が遅れてやってきた。よく見なくても左の頰が腫れているのが分かる。本当にカルマ君からぶん殴られていたらしい。

 

「力を発揮できねぇのはお前らを助けたからだよ。見ろ、タコの頭上」

 

そう言って寺坂君が指差す方向に視線を向けると、眼下の戦闘に気を取られて気付かなかったけど上の方に吉田君、村松君、原さんがいた。殺せんせーに助け上げられたのだろう。

無事を確認できたのはよかったけど、しかしまだ安全とは言えなかった。その場所というのが戦闘を繰り広げる触手の射程圏内であり、何より原さんがしがみついている木の枝が今にも折れて落ちそうなのだ。

 

「あいつらの安全に気を配るからなお一層集中できない。あのシロの奴ならそこまで計算してるだろうさ。恐ろしい奴だよ」

 

「呑気に言ってんじゃねぇよ寺坂‼︎ 原たちあれマジで危険だぞ‼︎ お前ひょっとして今回のこと、全部奴らに操られてたのかよ⁉︎」

 

淡々と語る寺坂君に焦った様子の前原君が声を上げる。寺坂君がシロ達の元ではなく皆の前に現れたことで、彼らとグルなのではなく利用されていただけだという可能性に思い至ったのだろう。

寺坂君はその問い掛けに自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「……フン。あぁそうだよ。目標もビジョンも()ぇ短絡的な奴は頭の良い奴に操られる運命なんだよ。……だがよ、操られる相手ぐらいは選びてぇ」

 

でも次の瞬間にはその表情を真剣なものに変え、決意を秘めた瞳でカルマ君へと近づいていく。

 

「おいカルマ‼︎ てめぇが俺を操ってみろや。その狡猾なオツムで俺に作戦を与えてみろ‼︎ 完璧に実行して彼処にいるのを助けてやらァ‼︎」

 

その声に今までのような不安定さは微塵も含まれていない。利用されるんじゃなくて自分の頭で考え、自分の意思で行動したからこそ気持ちに芯が通っているんだ。

そんな寺坂君に選ばれたカルマ君は不敵な笑みを浮かべる。

 

「良いけど……俺の作戦、実行できんの?死ぬかもよ」

 

「やってやンよ。こちとら実績持ちの実行犯だぜ」

 

それに対して寺坂君も強気な笑みで返す。頭の良いカルマ君と馬鹿だけど行動力のある寺坂君、この二人は意外と良いコンビなのかもしれない。

カルマ君は少しだけ考え込むとポンっと手を打ち、

 

「思いついた‼︎ 原さんは助けずに放っておこう‼︎」

 

その発言に全員がげんなりしたのは言うまでもなかった。人でなしの悪魔のような提案である。

しかしその中で一人だけカルマ君の提案に肯定的な反応を示す奴がいた。というかそいつは僕の隣に立っていた雄二である。

 

「おいカルマ、その作戦には俺も賛成だけどよ……どうせやるなら倍返しの方がいいんじゃねぇか?」

 

口端を吊り上げながらそう言った雄二が視線を向けたのは……僕?

カルマ君もその視線を辿って僕を視界に収め、

 

「そうだねぇ……吉井も怒りをぶつけたがってたみたいだし、坂本の案も採用しようか」

 

なんか寺坂君と一緒に僕も実行部隊に加わったっぽい。二人とも内容を省いて話すもんだから、僕らにはカルマ君の作戦も雄二の案も全く分かんないんだけど……

 

「……おいてめぇら、自分達の頭ん中だけで話進めてんじゃねぇよ。いいから早くその作戦やら案やらを話して指示を寄越せ」

 

いい加減に痺れを切らした寺坂君が二人に指示を催促した。取り敢えず僕らの役割を教えてもらわないと動きようもないしね。

 

 

 

 

 

 

カルマ君の作戦と雄二の案を聞いた僕らはすぐに行動を起こした。シロさんとイトナ君は戦闘に集中していてバレずに動くのは意外と難しくない。

そうして裏で皆がこっそり動いて配置についている間、少しでも二人の気を引くために寺坂君が怒声を上げた。僕もそれに続いて怒声を上げる。

 

「おいシロ、イトナ‼︎ よくも俺を騙して利用してくれたな‼︎」

 

「それだけじゃない‼︎ 皆を殺しかけておいてタダで帰られると思うなよ‼︎」

 

ただしその怒声に込められた怒りは作戦でもなんでもなく僕らの本心だ。誰だって利用されたらムカつくだろうし、そもそも下手をすると死んでたんだから怒らない方がおかしい。

だけど僕らの怒声を聞いてもシロは何処吹く風で涼しげなものである。

 

「……寺坂君に吉井君か。まぁそう怒るなよ。殺せんせーを追い詰めるには必要なことだったんだ。あと前回のように対触手武器をイトナに向けられたら面倒だからね。殺せんせーに水を吸わせて対触手武器を遠ざけるには今回の作戦が最適だったんだよ」

 

シロさんの言うことは確かに合理的だった。殺せんせーが生徒を見捨てるわけがないし、この前の暗殺を踏まえて不利になる材料を排除するのも当然だろう。殺せんせーを殺すために対先生ナイフを持ってプールに入ってたけど、溺れて死にかけたら対先生ナイフなんか持っていられない。相変わらず用意周到なことである。だが、

 

「最適だった、だって……?たったそれだけの理由で皆を殺しかけたのか……」

 

それを聞いて理解はできても納得できるかどうかは話が別だ。殺されかけた側からすれば堪ったもんじゃない。

更にムカつくのが自分達は準備するだけで最後の一手を寺坂君に押し付けたことである。最悪の場合、罪に問われたら寺坂君に罪を擦り付けて自分達は逃げる魂胆が丸見えだった。自分達は安全な場所から有利に物事を進める、というスタンスも前から変わってないな。

 

「てめぇらは許さねぇ‼︎ イトナ、まずはてめぇだ‼︎ 俺らと戦いやがれ‼︎」

 

そろそろ本気で我慢できなくなってきた僕らは、岩場から飛び降りてイトナ君と同じく川の中で対峙する。寺坂君は着ていたシャツを脱いで両手で広げ、その後ろに控えた僕は握り込んだ拳を構えた。

そんな僕らの様子を見てシロさんは失笑を漏らす。

 

「クス、布切れ一枚でイトナの触手を防ごうとは健気だねぇ。しかも攻撃手段がまさかの拳と来たもんだ。ーーー黙らせろ、イトナ。殺せんせーに気をつけながらね」

 

その指示を受けたイトナ君は狙いを手前に立つ寺坂君へと定め、僕らが動く間もなく間髪入れずに触手を振るった。

イトナ君が本気で殺しに来たら僕らは確実に死ぬだろう。マッハで触手を叩きつけられたら人間の身体なんて脆いもんだ。でもシロさんの目的は僕らを殺すことじゃなく、僕らを生かして殺せんせーの注意を逸らすこと。つまりたとえ触手を振るわれても死ぬことはない、というのがカルマ君の意見だった。

実際に触手の直撃を食らった寺坂君は苦痛に表情を歪めて脂汗を流しているものの、意識を保ったまま広げたシャツで上手くイトナ君の触手を受け止めている。

 

「よく耐えたねぇ。ではイトナ、もう一発あげなさい。次も背後のタコに気をつけながら……」

 

「くしゅんっ‼︎」

 

持ち堪えた寺坂君を見てもう一度シロさんが指示を出そうとしたところで、突然イトナ君がくしゃみをし出した。二人とも不思議そうにしているが、これこそが僕らの狙いである。

ここ最近の寺坂君の行動が二人に操られたものだっていうなら、昨日の教室で彼が撒き散らしたスプレーにだって意味があるはずなんだ。そして今日の粘液を垂れ流して殺せんせーの様子を見る限り、あのスプレーには先生の粘液を絞り出す効果があったに違いない。流される僕らを助ける時に粘液で水の吸収を遮られるのを防ぐためだろう、というのもカルマ君の意見である。

そこで鍵となるのが寺坂君のシャツだ。ズボラなことながら寺坂君は昨日と同じシャツを今日も着ていたらしい。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

そんなもので受け止められたらイトナ君の触手だって無事で済むはずがない。現に今だってイトナ君はくしゃみをしているし、触手からは少し前の殺せんせーと同じく粘液が垂れ流されている。くしゃみと疑問で生まれたその隙を突くのが僕の役目だ。

 

「くっ‼︎」

 

透かさず距離を詰める僕に対してイトナ君は再び触手を振るう。幾ら隙を突いても足場が悪くて素早く動けず、触手を捉えられる動体視力を持つイトナ君だったら当然反応できるだろう。

だけど咄嗟のことで触手の狙いは大雑把なものになる。そうなれば自ずと当てやすい場所……寺坂君に一撃を食らわせた場所と同じ胴体を狙うはずだ。僕らを殺さない程度の速度で、更に触手を振るわれる場所も分かってるんだったら……カウンターを合わせられる。

振るわれるイトナ君の触手に対して、僕も構えていた拳を勢いよく振り抜く。そうして触手と拳がぶつかり合いーーーイトナ君の触手が崩れ落ちた。

 

「何っ⁉︎」

 

イトナ君の表情が疑問や焦燥から驚愕一色に彩られる。絶対的な力として振るっていた触手がたかが拳に破れたんだからそりゃあ驚くだろう。加えて触手を破壊されたことによる動揺は思考を一瞬停止させる。その一瞬があれば十分だった。

 

「皆の分の一発だッ‼︎ 歯ぁ食いしばれッ……‼︎」

 

残る距離を詰めてイトナ君の懐に入った僕は、触手を破壊した拳とは反対の拳を振りかぶって思いっきり彼の頰へと叩き込んだ。その衝撃によってイトナ君は軽く吹っ飛んで川の中で尻餅をつく。

そして僕らがやり合っている間に殺せんせーが原さんを助け出していた。イトナ君の猛攻が途切れればいつでも助け出すことは出来ただろう。その状況を僕らで作り出したのだ。

これで一先ず心配することは何もない。が、僕らの仕返しはまだ終わりじゃなかった。原さんが助け出されたことを確認した寺坂君は、まだ上の方に残っている吉田君と村松君へ向けて声を張り上げる。

 

「吉田‼︎ 村松‼︎ お前らはそこから飛び降りられんだろ‼︎」

 

いきなり話を振られた二人は戸惑っている様子だったが、それでも寺坂君は構わず言葉を続けた。

 

「水だよ、水‼︎ デケェの頼むぜ‼︎」

 

その一言で吉田君と村松君も寺坂君の言いたいことを察したようだ。愚痴を零しながらも笑みを浮かべて二人は飛び降りた。それに合わせてこっそり配置についていた皆もカルマ君の指示で岩場から一斉に飛び降りる。

 

「ま、まずい‼︎」

 

岩場から飛び出してきた皆を見てシロさんも僕らの考えを悟ったみたいだけどもう遅い。尻餅をつくイトナ君の周りに皆が飛び降りたことで、激しく跳ね上がった水飛沫がイトナ君に降り掛かった。その水を吸い上げてしまった彼の触手がみるみるうちにふやけていく。

 

「あーあ、だいぶ吸っちゃったね。殺せんせーと同じ水を。これであんたらのハンデが少なくなった。寧ろ触手を破壊されて不利になったんじゃない?」

 

一人岩場に残ったカルマ君が現状を確認するように言う。原さんを助け出したことで殺せんせーも戦闘に集中できることだし、もうさっきまでのイトナ君が有利な状況は逆転したと言ってもいい。

 

「で、どうすんの?俺らも賞金持ってかれんの嫌だし、そもそも皆あんたの作戦で死にかけてるし、ついでに寺坂もボコられてるし……まだ続けるならこっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」

 

飛び降りた皆もイトナ君に水を被せる気満々なようで、一緒に流れてきたゴミの袋や水の滴る木の枝、両手で水を掬い上げて応戦する姿勢を見せている。これ以上やるって言うならE組全員が相手だ。

 

「……してやられたな。丁寧に積み上げた戦略が、たかが生徒の作戦と実行でメチャメチャにされてしまった。……ここは引こう。君らを皆殺しにでもしようものなら、感情に左右された反物質臓がどう暴走するか分からん。……帰るよ、イトナ」

 

なんかゴチャゴチャとよく分からないことを呟いたシロさんだったが、僕らとイトナ君の状態を見てこの場で殺せんせーは殺せないと判断したのだろう。大人しく踵を返して去っていこうとする。あっちもぶん殴りたいけど……難しいか。

それに引き替えイトナ君の闘志は僕らに向けられたままだ。というよりなんか僕を睨んでるような……あ、触手を壊したから?それとも三番目にしてやられたから?

そんな闘志を剥き出しているイトナ君に殺せんせーが声を掛ける。

 

「どうです?皆で楽しそうな学級でしょう。そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

 

「……フン」

 

その問い掛けにイトナ君は応えることなくシロさんとともに帰っていった。二人の姿が完全に見えなくなったところで皆も肩の力を抜く。

 

「ふぃーっ、なんとか追っ払えたな」

 

「良かったねー、殺せんせー。私達のお陰で命拾いして」

 

「ヌルフフフフ、もちろん感謝してます。まだまだ奥の手はありましたがねぇ」

 

そう言う岡野さんに殺せんせーも笑って返してるけど……奥の手?えぇ、まだ何か力を隠してるの?ホントいい加減にしてよ。これ以上殺せんせーの暗殺難易度を上げないでほしいなぁ。

まぁ今はそのことは置いとこう。考えるのは僕の役目じゃないし。それよりも彼女は……っと、いたいた。

 

「片岡さん。これ(・・)、ありがとう。助かったよ」

 

「どういたしまして。役に立てたなら良かったわ」

 

僕は片岡さんの側まで歩いていくと握り込んでいた彼女の髪飾り(バレッタ)を手渡した。対先生ナイフを仕込んだ髪飾り、これがイトナ君の触手を破壊したタネである。握り込んでいた髪飾りを殴り掛かる直前に指の間から出しておいて殴ったのだ。流石に生身で触手は破壊できないよ。

なんかカルマ君が水の中に引き摺り込まれたりして皆が和気藹々としてる中、それを眺めている雄二の元へと殺せんせーが近づいていった。

 

「坂本君、この後に君達の暗殺を受ける予定でしたが……どうしますか?」

 

殺せんせーの言葉で僕も暗殺のことを思い出した。そういえば僕らの暗殺も今日の放課後にする予定だったっけ。すっかり忘れてたよ。←本日二度目。

問われた雄二は溜め息を吐いて肩を竦める。

 

「どうするも何も、プールが破壊されちゃどうしようもねぇよ。仕込みの一部も流されちまっただろうし、今日の暗殺は中止だな」

 

あれ?確か今回の暗殺にプールは使わないって話じゃ……。そう思っていると雄二が視線で“余計なことは言うなよ”と少し離れた僕に釘を刺してきた。どうやら顔に疑問が出ていたらしい。

よく分からないけど何やら情報戦が始まっているようなので、僕も迂闊なことは喋らないように大人しく黙っておこう。でもプールを使うって思わせたいんだったら、プールが直るまで僕らの暗殺はお預けか。となると次の機会は少なくとも明後日以降ということに……

 

「……つーわけで、明日までにプールを直しといてくれ。明日にでもまた暗殺すっから」

 

「にゅやッ⁉︎ あ、明日ですか⁉︎ 明日となると今すぐプールを作り直さないと……でも先生、今はちょっと疲れてーーー」

 

「んじゃあ頼んだぜ、殺せんせー。明日の放課後までに完成してなかったら、あんたが巨乳女優の田出はるこに送ったファンレターの直しをネット上にばら撒くぞ」

 

「今すぐ修復に取り掛かりますーーーッ‼︎」

 

残像を残してマッハで消えていった殺せんせーを見送った僕は一人頷く。うん、明日には暗殺を決行できそうだ。寺坂君もクラスに馴染んできたみたいだし、今のところ何も問題はないな。よかったよかった。




次話
〜バカ達の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/29.html



雄二「これで“実行の時間”は終わりだ。楽しんでくれたか?」

カルマ「今回は俺と坂本、あとは誰も予想してなかった奴が後書きに呼ばれてるよ」

雄二「まさかコイツが後書きに来る日が来ようとは誰も想像できんわな」

カルマ「というわけで最後の一人はアイツだよ」





寺坂「これを読んでる奴、全員俺が来るって分かってたわ‼︎ なんせ前回の後書きで吉井の馬鹿が口走ってたからな‼︎」

雄二「気にすんな、ただのネタだから。お前が普通に登場したところで何も面白味がないだろ」

カルマ「面白くもなんともない寺坂をイジってやってるんだから感謝してほしいくらいだね」

寺坂「するか‼︎ このドS悪魔コンビが‼︎ とっとと後書き進めんぞ‼︎」

雄二「ずっと寺坂イジってても仕方ねぇしそうすっか」

カルマ「そうだねぇ。まぁなんといっても今回の違いは吉井の参戦でしょ」

寺坂「そういや、なんで吉井なんだ?別に他の奴でもよかっただろ?」

雄二「それは明久の奴が一番自然だからだ。アイツは前回の奴らの暗殺にも割り込んでるからな。今回また割り込んでも不自然じゃない」

カルマ「それに前回の暗殺で吉井の性格はシロも把握してるでしょ。猪突猛進の馬鹿。寺坂もそうだけど、そういう奴は小細工してくるって思われにくいんだよ」

寺坂「俺を例えに出す必要はねぇだろ」

カルマ「寺坂は一々煩いなぁ、ちょっとは吉井を見習いなよ。吉井はどんだけ雑に扱われても次の瞬間にはケロッとしてんじゃん」

雄二「過去を引き摺らないのは明久の長所だな。たとえその過去ってのが数分単位の超短時間でも気にしねぇ」

寺坂「それはただの馬鹿なんじゃねぇのか……?」

カルマ「いやいや、立派な長所だよ。俺達みたいな人間からしたら」

寺坂「都合のいい人間ってだけじゃねぇか‼︎」

カルマ「おっと。寺坂がそのことに気付いたみたいだし、今回はこの辺でお開きにしとこうか」

雄二「そうだな。というわけで次回も楽しみにしとけ」





殺せんせー「渚君、どうして先生の秘密をバラしちゃったんですか……」

渚「どうしてって……坂本君に殺せんせーの弱みになることはないかって訊かれたから?」

殺せんせー「そんな簡単に他人のプライベートを話したら駄目ですよ‼︎」

渚「どの口がそんなことを言ってるのさ……」

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